お待たせしました、前後編の予定でしたが中が挟まりました。
────それは、私にとって、忘れることの出来ない日になった。
空に舞う黒い灰、阿鼻叫喚、地獄絵図。
そんな言葉が似合うような場所で、綺麗で、儚い光。
私達の胸に、心に、命に宿ったその光は、永久に消えることのない……
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薄く点いていた照明が落ちて、一瞬の静寂。そして一番目の曲のイントロがかかると同時に湧き上がる大歓声。
舞い散る羽と共に一斉にサイリウムが光り、ステージの中心に空から降りてくる二人。
(なぜだろう……まだ歌ってもいないのに、あの二人があそこに立っただけで気持ちが熱くなる。全身の血液が湧き上がるようなこの感情は……)
「逆光のフリューゲル!最高ーッ!」
「わぁ……イェーイ!」
その感情は二人が歌い始めると更に強くなる。唯は既に興奮の極致にいるし、響もまた、雰囲気に呑まれるように歓声を上げる。
手に持ったサイリウムの存在すら忘れて、ただ見入ることしか出来ない。しかし、それでも、確かに今、この身に受けている衝撃はあの二人が巻き起こしている物なのだと。
「これが……歌というモノ。これが、歌に込められた思いがもたらす力」
自分がその身に持たない物、持たなければいけないもの。その全容を目の当たりにした舞歌の口元は、確かに笑みを浮かべていた。
ほんの数分、たったそれだけの時間であっという間に観客のすべてを虜にした一曲が終わる。余韻に浸る間も無く歓声が巻き起こり、答えるようにステージの二人が大きく手を振っている。
「……どう?生で聞いた感想は!」
「気持ちが落ち着かない。跳ね回る心臓を抑えるのに必死で……そう、これが……ライブなんだね」
「……そっか、響ちゃんは?」
「私も、ドキドキして、ずっと目が離せなくて……すごい、です!」
「そっか、よかった。……でも、まだまだライブは始まったばかりだよ」
それぞれの返答を聞いた唯が楽しそうに笑う。そうだ、まだ一曲目、ライブは今スタートしたばかりなのだ。
『まだまだいくぞーッ!』
観客を煽る奏の叫びに、ボルテージは更に上がっていく。興奮が冷め遣らぬまま次の曲がかかり始める。
「おぉ、ORBITAL BEAT!本当に最初から全力だねぇ!」
そしてライブを更に盛り上げようと二人が歌いだそうとした瞬間─────ステージの中央に起こった爆発と共に、興奮は一気に恐怖の叫びへと変わることになってしまった。
──────
「あれはッ!?」
「演出……な訳ないか。あんな場所で爆発なんて、一体……」
なんらかの原因による事故、テロ……様々な原因が唯の頭の中を駆け巡る。しかし、その予想は響の悲鳴のような叫びに一瞬で覆された。
「あれは……ノイズですッ!!」
響が指差した先……爆煙の中から姿を現したのは、怪獣のような見た目を持った半透明の化け物、即ち、ノイズ。
「ノイズがなぜここに……!?」
「わからないけど……舞歌、響ちゃん。とにかく今は!」
「は、はいッ!」
「逃げないと……ねッ!」
──────
「なんで今、ノイズが……!?」
その頃、ステージ上にいたツヴァイウィングも困惑の表情を浮かべていた。確かにノイズはいつどこにでも現れる可能性があるのは間違いない。しかし、よりにもよって、このライブの時に現れるとは。
「……ッ!」
自分たちの歌を聞きに、見に来てくれた人たちがまさに今、生死の危機に立たされている。ノイズという通常の手段では敵う事のない敵。
(けど……)
しかし、今は……と、ペンダントを取ろうとした手が止まる。思い出されるのは今朝、櫻井了子と二人っきりで交わした会話。
───
「ギアを纏うな……?」
「そうよ、理由は……わかってるわよね」
了子が真剣な表情で放った言葉に、こくりと頷く。今回のライブ……その裏の目的である、ネフシュタンの鎧の起動実験。奏はその実験に不確定要素を持ち込まないために、自身がガングニールを纏うために不可欠な薬品、LiNKERの摂取を絶っている。それはつまり、シンフォギアからのバックファイア……人体を過剰に蝕むそれが、奏の身体に襲い掛かるということだ。
「けど、今日はライブだぞ?確かにネフシュタンの実験はやるが、あたしがギアを纏うような状況にはならないんじゃないか?」
「それに越したことはないんだどね。でも、相手はノイズよ。いつ、どこに現れるのか、誰にもわからないんだから……」
それもよくわかる。先日もふらりと立ち寄った公園でノイズに襲われているのだ。
「もし会場にノイズが現れたのなら、対処は翼ちゃんに任せて、あなたは下がってちょうだい。
……約束、できる?」
「……ああ、わかったよ」
───
「このままシンフォギアにこの身を委ねれば、あたしはどうなっちまうかな」
思わず呟く、本当は口にしなくたってわかっている。ただでさえ適合の為に、そして今までにシンフォギアを纏い戦う中で自分の身体を虐めてきた。そんなぼろぼろのこの身で歌を歌えば……
(だけど大丈夫だ、覚悟はある)
それでも、
「飛ぶぞ、翼」
「え……」
「この場に槍と剣を携えているのは、あたし達だけだ」
「でも、指令からは何も……」
「翼!」
戸惑う翼に向き直り、真っ直ぐに視線を合わせる。綺麗な瞳の色は困惑に揺らいでいた。奏はふっと笑うと、右手でくしゃりと翼の頭を撫でる。
「支え支えられ、手を繋ぎ空の先まで飛ぶ比翼連理の鳥」
「え……」
「一人では飛べなくても、二人でなら飛べる。そうだろ?」
「奏……」
優しげなその表情に、翼は目を閉じて一呼吸置いた後、目を開く。そこには戸惑いでは無く、決意の炎が宿っていた。
「ごめん、ありがとう、奏。……行こう!」
「ああ、それでこそ、翼だッ!」
──────
「唯、響……!く、はぐれたみたいね」
人混みに潰されるのを避けながら避難していた舞歌は、自分の周囲から知った顔がいなくなっていることに気付いた。自分の避難に手一杯で、二人にまで気を回せなかったようだ。
「取り敢えず、避難しないと……二人とも、無事でいてよ」
心中で二人の無事を願い、足を進めようとした。だが……
「……この、音は」
悲鳴が飛び交う中で、確かにその音が聞こえた。
「……いや、この歌はッ!」
弾かれるように視線はその歌の聞こえる方角へ。
「……ッ!」
ステージの方向に体を向けた先には、響き渡る歌と共にノイズを殲滅する二人の姿があった。
「奏、翼……」
助けなきゃ、そう一歩踏み出そうとして、足が止まる。そう、だ。逃げないといけない、逃げないと……
「……ッ」
逃げなければいけない、そうわかっているのに、足が動かない。
恐怖では無い。自身の内に渦巻く二つの感情がぶつかり合って、心が動けなくなってしまっている。
「頭が……痛い……ッ」
いつの間にかキリキリと痛み始める頭、言うことを聞かない身体が膝を突く。意識が吹っ飛びそうな程の頭痛に屈しようとした。
「……え?」
唐突に、頭の中に映像が浮かび上がる。それはこの前の、奏との一時。
───本当にありがとう、奏
「これ、は……」
──おいおい、あんまり感謝されるとちょっと調子のっちまうぞ。
……そうだ
冗談交じりにも取られるような、気軽に交わしたその約束。
「約束……」
その約束に
「……そうだね、奏」
揺らぐ視界でステージを見る。そこには、本来の調子が出ない様子で、ノイズの多さに苦戦する奏の姿があった。
「約束したから……」
まだ頭は痛む。だけど、力は入る、体は動く。懐から顔隠しの仮面を取り出して、顔に付ける。
服の内側に潜ませていたギアペンダントを取り出す。ただの無機物の筈のレーヴァテインは、心なしかキラリと光ったように見えた。クスリと笑みを零す。
「もう、迷わない……ッ!」
≪Inyurays laevateinn tron≫
聖詠に答えるように、ギアが装着されていく。あとは感情のままに、好きに行動すればいい。
──今度はあたしが困った時に、助けてくれよな。約束だぞ?
「……勿論ッ!」
最後に響いた思い出に、あの時と同じ答えを返して、強く地面を蹴った。