翌日、放課後
「……これ?」
舞歌の姿はCDショップにあった。
唯にお使いを頼まれ学校終わりに直行し、入店後迷いなく最新ポップスのコーナーに走る。
目的の物は大々的に宣伝されており、探す手間は省けた。
「ツヴァイウィング……」
手に取ったのはツヴァイウィングの最新シングル。
さっさと購入して帰ろうと思いレジへと向かう際、CDが置いてある隣に視聴するためのヘッドホンがあるのを見つけた。
そういえば、唯の話に適当に相槌を打つ程度で、曲を真面目に聞いたことは無かった筈だ。
「…………聞いてみよ」
急ぐ用事もない。少し考えた後ヘッドホンを耳に着け、慣れない手つきで曲を再生する。
──────♪
(へぇ……)
耳に流れる旋律と歌声。確かにこれは良い、今まで聞かなかったのが勿体無かったと思わせる程に。
(心を惹き付けるような歌声……)
少し名残惜しいがヘッドホンを外し、レジへと向かう。
悪くない、この次のシングルからは唯に頼まれずとも買いに行こう。
そう思いつつ会計を済ませ、店を出る。
CDの入った袋を鞄に仕舞い、腕時計を見る。……帰るにはまだ早い、宿題も出ていないしCDは今日ならいいと言われている。次の行動を思案。
(ふらわーに行こう)
思案するまでも無く即決した。おばちゃんのお好み焼きに思いを馳せながら歩き出そうとした矢先、トントン、と軽く肩を叩かれた。疑問符を浮かべつつ振り向く。
「どうだった?あたしたちの歌は」
「奏さッ……!」
「叫ぶな叫ぶな、ばれちゃうだろ」
慌てたように人差し指を口に当てられ、はっと気付いた舞歌は周囲に目を向ける。
下校中の学生や買い物中の主婦等も多く歩いていて、人混みとは言わなくてもそこそこの数だ。よく見ると天羽奏も目立たないように帽子を深く被って目が良く見えないようにしている。
舞歌がこくりと頷くと、口に当てられていた指が離される。
「ふらわーに行こうぜ、あそこなら気を使わずに話せるからな」
丁度行こうと思っていたのだ、わかりました。と舞歌が返すと、天羽奏は満足そうに笑って歩き出した。
──────
「まさかあんな場所で奏さんに声を掛けられるとは思いませんでした」
「ここに来る途中で窓越しにあたしらの曲を聞いてる舞歌を見つけたんだ。楽しそうに聞いてるみたいだったから感想が気になってな」
ふらわーにて。
舞歌はいつもの席に、天羽奏はその隣に座って、おばちゃんが焼いてくれたお好み焼きにがっつく。 今は他に客も居らず、声を気にする必要も無い。
「それよりさ、どうだったんだよ、あたしと翼の歌」
「歌の感想なんて、ファンレターか何かでいっぱい送られてくるんじゃ?」
舞歌が最もな疑問を口にすると、天羽奏は「そりゃそうなんだけどさ」と苦笑を交える。ソースが満遍なく掛かったお好み焼きをがぶりと一口、噛むのもそこそこに飲み込み、水を一杯喉に送り込む。
「くはーっ。
……見ず知らずの人からの感想はそりゃ届くし、それに目を通すのも嬉しい。……けどさ、身近な人からの感想って、意外と聞かないんだよなー、一緒に歌ってる翼に聞くのもおかしいだろ?だから舞歌に聞いてみようかと思ったんだ」
「……奏さんが私を身近な人だと思ってたのが驚きです」
今日が2回目の遭遇で、初対面だって今日のようにお好み焼きを食べながら会話に勤しんだだけだ。
そんな人間を身近と言えるだろうか。そんな舞歌に、天羽奏はそれこそ意外だと表情を疑問のそれへと変えた。
「だってあたしら、もう友達だろ?」
「……友達」
友達。
それは心地好い響きになって、すっと入ってくる。
そう言われたのはいつ以来だったか、何年もなかった気がする。
それもそのはず、友達らしい友達なんて、唯以外には暫く居なかった。
「一緒にお好み焼きを食べただけで、友達?」
「知らないのか?友達になるには、一緒にふらわーのお好み焼きを食ってダベる!それで十分さ」
「なんですか、それ」
だけど、悪くない。
舞歌がクスリと笑みを漏らす。それを見た天羽奏が嫌ににやついた顔でうんうんと首を降っていた。
「どうしたんです?」
「いやぁ、舞歌が笑うの今始めてみたけどさ、結構、可愛いじゃん?」
「可愛い……」
可愛い?私が?
「……初めてです、そんな事言われたの」
「そうなのか?そりゃあたしもまだ二回しか会ってないからよくは知らないけどさ、今みたいな自然に漏れた笑顔、悪くないと思うぜ」
「…………」
言葉に詰まる、どう返せばいいか分からない、と言うより、何を返しても照れる、こっちが。
返答に切羽詰まった舞歌は照れ隠しのようにお好み焼きを食べる。
その最中、そういえば最初に質問されていた、と思い出した。
今までの話題を切り替えよう。
「そういえば、歌の感想を聞いてたんでしたね」
「んぐっ……と、そうだったそうだった。
で、どうだった?聞いたのは多分、フリューゲルだと思うけど」
確かに、逆光のフリューゲル、と言う曲だった筈だ。
頷いて、先程聞いた曲を思い返す、メロディーと歌詞、歌う二人の声から感じたのはどんな物だったか。
「……支え支えられ、手を繋ぎ空の先まで飛ぶ比翼連理の鳥」
「ほぉ?」
「なんと言うか……歌の中に強い意志があって。
君と行こう、何があっても、どんな時でも。
そんな眩しい意志の輝きを歌声から感じました。……なんか言ってて恥ずかしくなりますね、これ」
若干顔を赤くした舞歌が再び逃げるようにお好み焼きを食べ進める。
それを見ながら奏は今言われた言葉を頭の中で復唱。
比翼連理の鳥、君と往こう。
成程、わかる気がする。
奏はお好み焼きを食べる舞歌の頭に手を置くと、がしがしと撫でる。
「むぐっ、奏さん?」
「ありがとな、真面目に答えてくれて。……なんか嬉しくってさ」
「……どういたしまして?」
──────
(作っといてなんだけど、わっけわかんないなあコレ)
舞歌と奏がお好み焼きを食べている時間、唯は寮で一心不乱に自分のPCのキーを叩いていた。
次々とウィンドウが出ては消えてを繰り返すディスプレイ、そこからコードが伸び、それの先には何かの機器、それに待機状態のレーヴァテインが繋がっている。
唯が帰宅直後からレーヴァテインとの格闘を始めてもう暫く経つ。痺れてきた指の休憩の為に、その手を止めて立ち上がり、精一杯背中を伸ばす、ゴキゴキと骨が鳴った。
格闘と言っても実際に聖遺物と殴り合える訳もなく、レーヴァテイン……正確にはシンフォギア・システム、その解析に躍起になっているのだ。
盗み出した『櫻井理論』と、危ない橋を渡って手に入れた『聖遺物』を使って、某国の協力もあり製作できたシンフォギア・レーヴァテイン。
しかし、万全な設備と安全なバックがついて開発・運用している
……解りきっていた事だが、地盤の固さではあっちと勝負どころか敵として見るのも烏滸がましいのが現実であり、出来ること等たかが知れている。
「……ま、一学生、しかも中学生の身分でこんなこと出来るのが異常って言うのはわかってるけど」
挑んでいる相手が如何に強大なのかはよく理解している、それほどだ。だからこそ、打ち破ってみたい。
『その存在』を知ってしまった時点で、
「目指せジャイアント・キリング……ってね」
そして十分な休憩を挟んだ唯は、再びシンフォギアとの格闘に精を出し始めた。
──────
日も落ちた頃には、お好み焼きもとっくに食べ終わりおばちゃんを交えての雑談に花を咲かせていた。
最近小麦粉が値上がりしてきついとか、この前あいつがバイクで飛ばしすぎて怒られたとか、友達がツヴァイウィングのファンで会いたがってたとか、そんな話をしながら舞歌がふと腕時計に目を落とすと、既に中々の時間になってきていた。
「そろそろ帰りますね、遅すぎると拗ねるのがいるので」
「もうそんな時間かー、じゃああたしも失礼すっかな」
「二人とも、帰りは気を付けるんだよ」
お会計を済ませ、おばちゃんに礼を言って店を出る。
「食った食ったー、こりゃ晩飯はいらないな」
「そうですね、夜更かししちゃうと夜食が欲しくなりそうですけど」
「お、夜更かしする方なのか?」
「まあ……でも唯に付き合わされるのが大半です」
途中まで帰路は一緒、ふらわーで話していたような何でもない会話を続けながら歩を進めていく。
これが学校に行って、帰りに寄り道して、友達と一緒に帰る。特筆することの無い、どこにでもあるような日常なんだろう。
まるで、ノイズやシンフォギア等、どこにも存在しないかのよう。
……くだらない話で盛り上がり、次のテストにうんざりし、買い食いしながら帰る。まるで遠い日の夢、日常。
(……憧れている?まさか)
自分の中で燻った感情を、それを理解した舞歌は即座に否定する。
意思無しの自分が何かに憧れるなんて考えられない。そもそも、唯にシンフォギアの事を頼まれ、わかったと言ったのは自分だ。それなのに今以上を期待するのは傲慢だろう。気楽故に大切な日常は、かなり昔に置いてきてしまった。
「……どうかしたか?」
「あ……いえ」
急に会話を切り、考え込んでしまった舞歌に声を掛ける、僅かに遅れて苦笑いが帰ってきた、奏はそんな様子に首を傾げる。
そうだ、裏でなにがあろうと、表ではこうやって日常を満喫出来ているじゃないか。何も憧れる必要なんてないんだ。
「少し、考え事をしてしまいました、ごめんなさい」
「そっか。……」
返事を返してはくれたが、奏の表情は宜しくない。何か不満げな顔をしているように舞歌は見えた。
この時、奏の心中は舞歌の予想通り不満だった。
(友達って、言った時は嬉しそうに見えたけど……なーんか距離あるんだよなぁ……)
そりゃあ会って2回目だし距離はあって当然だ。しかし、奏はそれを差し引いても距離を感じてしまう。
最も、舞歌当人は既に結構気を許している。少なくとも考え事と言う無防備を晒してしまう位には……なのだが。
それでも翼と仲良くなる為に踏み出した時の様な一歩目が、しっかりと地面を踏み切れていないような、何かが突っかかりになっている。
「奏さん?」
今度は奏が考え込んでしまった。怒らせてしまったかと不安げな表情の舞歌が奏を呼ぶ。
そこで、奏は何かに気付く。
(奏さん……さん、さん!それか!)
単純だった、敬語を使われているから距離を感じてしまうのだ。
勿論、舞歌は年下の為、年上の奏に敬語で接するのは間違っていない、寧ろ良い事だ。
実際、舞歌はそれをどうとも思っていないのだろう。
だが、奏にはそれがどうも、もどかしく感じてしまう。
「なぁ」
「はい?」
確信を得たように顔を上げた奏に舞歌は思わず少し仰け反った。真面目な顔をしていたかと思えば急に表情が変わる。
ころころと変わる表情は失礼かも知れないが、見ていて結構面白い。
「敬語、止め」
「……えっ?」
きょとん、と首を傾げる。
何をいっているのだろう、この赤毛の年上は。
「だからー、敬語、止めようぜ」
「でも、年上ですし」
「年上のあたしが良いって言ってんだからさ、な?名前も、奏、って」
「う……」
存外……でもないか、押しが強い。
とはいえ、本人がそう言うならば敬語を外しても構わないのだろう。別に敬語が苦手なわけではないが、普通に話して良いなら願ったりだ。
「……わかった、奏」
「へへ、おう、舞歌」
名前を呼びあって、どちらが先か、クスリと笑い出す。
一頻り笑った後、止まっていた歩みを再開した。
心なしか、敬語で接した時より楽な気持ちを感じる。と舞歌は思い、踏み切れなかった足がしっかり地面に付いた、と奏は実感した。
それから結局、帰路が別れる所まで再び開始した日常会話が途切れることはなかった。