「……なんですか、このトンデモは」
「……これが、翼さんの……家?」
あの後、唯の回復を待って、そこまで離れていないと言う風鳴翼の家へ向かった四人。
風鳴翼の案内に従って歩く事数分、着いたは着いた、が、その家と言うのが、デカイ。とにかくデカイ。まさに和風の豪邸、といった程だろう。
風鳴、と大きく彫られた木彫りの表札が自己主張をする入り口……門ですら、なんだか時代劇とかで見る代官所の入口を彷彿とさせる。
「あたしも初めて来た時は同じ反応だったな」
「……自覚はしてる」
「着いてきて」と促されて門を潜ると、また広大な庭が姿を見せた。どうやら離れの様な建物や、「道場」とでかでかと彫ってある……まぁ道場なのだろう。庭には池があって、鯉が泳いでいた。確かに唯が言う通りトンデモだ。
「……翼、ダンナは?」
「しれ……叔父様なら、多分道場に……」
────ズガンッッ!!
「なッ!?」
「何、何の音今の!?」
方角は道場だろうか。破壊音のような、爆発音の様な、筆舌し難い音が聞こえてきたのは。舞歌と唯は盛大に驚き、風鳴翼は呆れ、奏は笑っていた。二人が気楽なのを見ると、風鳴家では割とよくあるらしい。この屋敷怖いかもしれない、と素直に感想を抱いた唯を責める人間はいないだろう。
「呼んでくるわ、奏は二人と一緒に待ってて」
「ああ」
奏が頷いたのを見て、風鳴翼は少しも変わらない何時も通りの足取りで道場へ向かって歩いていった。どうやら本当に日常茶飯事の様だ。
一体どんな化物が出てくるのか戦々恐々としている唯に、奏はまた笑っていた、楽しそうだ。
「ダンナは確かにまあ……ちょっと人間止めてる節があるけど、性格はまともだから大丈夫さ、そんなに怖がることないぞ」
「ほ、本当……ですか?」
「あたしが信じられないか?」
「そりゃ信じたいですけどさっきのアレ聞いちゃったら無理ですよ!?」
「舞歌は?」
「楽しみ」
「なんてこった一般人は私だけだった……ッ!」
そうこうしている内に、道場の方から3人を呼ぶ翼の声がした。振り向くと、中から体半分だけ出した風鳴翼が手招きしている。
未だ怖がっている唯の手を舞歌が握り、先に歩き出した奏を追って道場へと足を向けた。
────
『それで?どこまでが貴方達の差し金なのかしら?』
『残念だが、今回の件に関しては我々も予想外だ』
『本当に?嘘を吐くとどうなるか、分からぬ貴方達じゃないでしょう』
『……我々単独でアレを製造することは不可能だ。貴様が一番知っているだろうに』
『当然。アレは……シンフォギア・システムは私にのみ許された
『フン……此方でも探ってはみよう』
『殊勝ね。自分達がやるより早くオモチャの作り方が割れてお怒りかしら?』
『…………』
「……切れた、図星ね……さて。
レーヴァテイン……何者なのかしらね。人のオモチャを勝手に使う悪い子にはお仕置きしないと……」
────
「ようこそ、風鳴家へ!俺は翼の叔父の風鳴弦十郎だ、よろしく!」
「天海舞歌です」
「ひゅ、日向唯です……」
道場に足を踏み入れた一行は、赤い胴着を纏い爽やかに汗を拭うとても強そうな人がいた。なんかこう、凄そうな武術とかいっぱい知ってそうな感じだ。
どうやら叔父の風鳴弦十郎からしても、翼が友人を連れて来るのは珍しいらしく、舞歌と唯の二人を見るや、年不相応にきらきらと目を輝かせている。視線を受けながら舞歌がちらりと風鳴翼を見ると、何やら神妙な顔をして、隣の部屋へと入っていった。
「ダンナ、さっきの音はなんだったんだ?」
「あぁ、昨日映画で見た技を試す為にちょっと岩をな」
「岩って何!?」
「やっぱり何時も通りだったか」
「何時も通りって何!?」
「興奮しすぎ」
「舞歌はなんで平然としてるの……?長いこと一緒にいるけど、わからないよ……」
「そうね……奏が大丈夫って言っているから、大丈夫でしょ?」
表情一つ変えず言い切った信頼に、思わず奏と唯の双方が静止した。
何か不味い事言ったかしら、と首を傾げる舞歌を、唯は信じられない物を見るような目付きで改めて驚愕していた。あれ、この人誰だっけ、とか。
対して奏は、自分がそこまで信頼されていた事にだ。奏自身、
「……なんだよー、嬉しい事言ってくれるじゃねーか。お姉さん泣いちゃいそうだぜ」
「むぅ……少し奏さんに嫉妬しちゃうわ、こんなに早く舞歌の信頼を勝ち取るなんて……一体どうやったんですか?」
「別に?ふらわーで飯食って敬語止めさせただけさ」
「……というか、いつから私は難攻不落の要塞みたいな扱いになったの」
「学校での自分をよく考えてみれば分かると思うよ」
「……」
切り返されて舞歌は沈黙する。確かに、学校にいるときは一人が多く、話すのも唯ばかりだ。しかし、それとこれとに何の関係があるのだろうか。
「……奏、よかったな」
「ダンナ……」
弦十郎は楽しそうな奏を見て、心底喜びを感じた。あの見るもの全てに食らい付く手負いの獣だった奏が、シンフォギアという裏はあるものの、日常を過ごせている。それは彼女を引き取った自分達にとって、最上位の報酬だ。
「今のあたしにはダンナや翼、舞歌に唯、皆がついてる。だから、あたしは今、すっげぇ幸せなんだ」
歌にのせて人に幸せを運ぶには、先ずは自分がそうじゃないとな。と続けた奏に、舞歌と唯はだから、ツヴァイウィングの曲は人を惹き付ける魅力があるのだと感じた。自分が感じた沢山の幸せを、歌にのせていたのだ、と。
「……ん?」
ふと、風鳴弦十郎が視線を反らす。その先には先程別の部屋に入った風鳴翼が出てきていて、手に二本の木刀を持っていた。
「翼?何故木刀を持ってきた、緒川は今留守にしているぞ」
「いえ、稽古ではありません」
風鳴翼はまるで戦に赴く時の様な、鋭い気配を全身から滲ませて歩を進める。それは舞歌の前で止まり、不思議そうな面持ちの彼女にスッと木刀を差し出した。
「天海舞歌、私と
「なッ!?」
「試合……だとぉッ!?」
「……」
風鳴翼の行動に対する反応はそれぞれだ。奏と風鳴弦十郎は驚き、舞歌は沈黙。唯はピクリと眉を動かした物の、目立った反応はしなかった。
数秒間の沈黙の後、舞歌は風鳴翼と木刀を交互に見て、口を開く。
「……何故?」
「先程、不意に飛んできたボールが唯に当たりそうになった時……貴女はあの場にいた誰よりも速く、軌道を読みきってボールを受け止めた」
「確かに」
「それ自体は、運動能力が高ければ誰でも出来る事です。ですが、唯の前に出た時の足捌きは、そうはいきません。隣にいた奏すら気付かない程一瞬の移動……生半可ではありません。これは私の予想ですが……舞歌、貴女は剣を使う人と見ます」
「…………ええ、そうです」
疑問は本人が認めた事により事実へと変わる。実は違ったらどうしようとか心中思っていたりしたのは内に秘めたまま抹殺して置くとして。
舞歌の気配が鋭くなっていくのを肌で感じつつ、翼は続ける。こんな機会、滅多に無いのだ。
「私は……防人として守るために、強くなりたい。その為に、お願いします」
「……」
舞歌は答えず、横目で唯を見る。唯は少し考えるそぶりを見せた後、うんと頷いた。それを見て、舞歌は差し出された木刀を手に取った。
「わかりました、お相手しましょう」
「ありがとうございます」
「おいおい……本当にやるのか?言っとくが翼は強いぞ?」
「大丈夫ですよ、舞歌も強いですから」
道場の隅に退きながら、隣を歩く唯に小声で忠告を送る奏。確かに風鳴翼は年齢に合わない強さを持っているだろう。そうでなければシンフォギアをああも巧く運用は出来ない。それでも唯は、にこにこと笑顔で、軽く素振りをする舞歌を止めようともしない。
随分信頼しているらしいその態度に、奏は悪戯な笑みを浮かべてたった今思い付いた妙案を実行に移す事にした。
「なら……賭けるか?」
「何をです?」
「そうだなー……翼が勝ったら、舞歌を一日くれ」
「……えっ」
風切り音を立てていた舞歌の木刀が止まる。まて、今何て言った。
「じゃあ、舞歌が勝ったら翼さんを一日下さい」
「おう、いいぜ」
「へっ!?ちょっと、奏!?」
「……お前ら、大人の俺がいる前で賭け事とは中々だな」
「「あっ」」
そうだった、と奏が冷や汗を背中に垂らして首を向けた先には、ポキリと指を鳴らして笑顔の風鳴弦十郎がおられた。
あかん人生終わった、と唯が辞世の句を考え初め、奏が何とか言い訳を考え初める。
しかしそんな二人の心中等知らず、風鳴弦十郎はその場にどかりと座り込んだ。
「奏、舞歌君と遊びにいくプランでも考えておいたらどうだ?」
「へっ……お、おう!」
どうやら見逃してくれるらしい。二人はほっと胸を撫で下ろした。対して牙城が崩れた賭けの対象二人の意見はもれなく黙殺された。酷だ。
────
そして冒頭へ戻る。
木刀を構え静かに視線を交わす。準備万端、後は風鳴弦十郎による開始の合図を待つのみ。
風鳴弦十郎がゆっくりと片腕を上げ……
「始め!」
降り下ろした。合図と共に風鳴翼は駆け走り、舞歌は動かずに、正面に木刀を構え続ける。
待機する舞歌を試す様に、先ずは横からの薙ぎから入る。
「……ッ」
乾いた音が響く、受け止められた。息を吐かせぬまま二撃、三撃と続けた打ち込みも、涼しい顔で防がれる。
(木刀とは言え、迫る太刀をこうも冷静に捌くとは……此方も未だ全力では無いけれど、容易ではない……)
とは言え、この試合を吹っ掛けたのは自分であり、また訳の分からない賭け事の賞品にもなっている以上、負ける事は許されない。
たたんっ、と軽快に跳び退き、すぅと息を吸う。相手はまだ動かない、試しているのか、それとも……否、余計な思考は剣筋を鈍らせる。左足を下げ、腰を僅かに降ろし、確りと床を踏む。
(速度を乗せた一撃にどう合わせるのか……!)
「……シッ!」
溜めた力を弾くように、勢い良く、弾丸の様に相手の懐に飛び込み、木刀を槍と見立てた刺突の一撃。身軽さと速さは風鳴翼に取って自信を持てる得意。その速さを乗せた一撃が相手が見る以上に重い事も理解している。ただ受けるだけでは済ませない一撃をどう対処するのか。
対して舞歌、取った行動は。
(刺突は速度と威力に長ける、点の攻撃を無策に受けるのは愚手。ならば……)
迫る一撃、まさに命中しかけた瞬間。風鳴翼の視界から、舞歌の姿がフッ、と消えた。
(消えた!?……いや、下か!)
風鳴翼が下を見た時には、屈んで牙突を回避した舞歌が、木刀を振っていた。伸びきった体で対処するのは不可能だ。下から切り上げられて風鳴翼の木刀が弾かれ、がら空きになった風鳴翼の腹部に追撃の舞歌の脚が飛ぶ。
「がッ……!」
くの字に体が折れ、腹部から痛みが弾ける。それでも倒れまいと瞬時に態勢を整え、少し後ずさる形で着地した。
「くッ……蹴撃とは」
「剣縛り、と言う訳ではないですよね」
「……勿論」
容易ではないと理解しているつもりだったが、まだ認識は甘かった様だ、と風鳴翼は舞歌に対する評価を引き上げる。今の斬り合いで油断を許される相手でない事も思い知った。手なんか抜いている場合じゃない。
「行きます」
「……」
今度は舞歌が攻める。両手をだらりと降ろした舞歌は、ゆらり、と体ごと前へと倒れ始める。
身構えた風鳴翼が疑問符を浮かべるより速く、舞歌は体の倒れる力を利用し、速さに変えて一気に接近。気付けば既に舞歌の木刀が眼前に迫っていた。
「しかしッ!」
木刀に左手を添える事によって舞歌の木刀を受け止め、間を置かずに足で木刀を真上に弾き、柄頭で舞歌の鳩尾を打つ。
「があッ……!」
一瞬視界が滅点する舞歌、その隙を逃すまいと振るわれた風鳴翼の木刀を、刹那のタイミングで正面から受け、そのまま鍔迫り合いに持ち込んだ。
(あの一撃をまともに受けてこうも速く立て直すとは……想像を越える、速さには分があるけど、力は向こうが上……様子見のさっきとは違う、一撃でも貰えば叩き伏せられる……)
(鳩尾に受けたのは不味かったか、痛みがしぶとく残る……しかも、重さでは此方が上でも速さは向こうが強い、今みたいに隙を突かれて急所に貰い続ければ力尽きる……)
鍔迫り合いながら目の前の相手を冷静に分析し、勝ちへの道筋を組み立てていく。一撃で叩き伏せるか、急所に極めて落とすか……
ギリギリと音を立てて続く力の押し合いは、二人が同時に後方にステップを踏んだことで終わりを告げた。
(下手に防御に回っては力で潰される、速度を活かして急所に狙いを定めるか……)
(無理に倒そうとして大振りにでもなれば間違いなくそこを突かれる。攻め手の中から隙を見つけ出して、一撃で極める)
風鳴翼は下手に待つより果敢に攻める選択をし、舞歌も前に出る。再び互いの木刀がぶつかり合い、乾いた音が道場に鳴った。
────
「うっはー、舞歌の奴強いな!翼と互角とは思わなかったぜ」
「翼さんも凄いですね、正直私にはなにがなんだかな状態ですけど、舞歌にあんなに渡り合ってる同年代の人は初めて見ました」
横で会話している奏と唯を尻目に、弦十郎は翼とまともに打ち合える舞歌に驚愕とは別の感情を抱いていた。
(確かに強い、翼と対するだけでなく、一撃を入れることすらやってのけた。俺だって翼と同年代であんな動きを出来る奴はそう見ちゃいない。
……故に、何故だ?何故天海舞歌は、あんなにも強い?)
彼女が持つ技術と力は、一般の学生には余りにも不相応な物だ。普通に暮らす上であの力は明らかに必要が無く、また日常生活で会得できる物でもない。
目の前では、足払いを掛けられた舞歌が膝を曲げ飛び上がって回避し、そのまま上段から木刀を振り降ろし、間一髪翼に防御されている。
速さでは劣るものの天地の差と言う程でも無く、攻めの苛烈さでは翼を上回っている。この身防人とシンフォギアを纏い、戦い続ける翼をだ。
(天性だけではあるまい。誰かに師事を受けたのか、それとも……翼や奏のように、強くならなければいけない理由があったのか……)
「おっ、そろそろ決まりそうだな」
奏の声に弦十郎は耽っていた思考を破棄し、取り敢えずは、と目の前の決着に注視した。
────
埒が開かない、と最初に判断したのは舞歌だった。互いの体力は減り、息は荒くなってきたが、それだけだ。序盤に互いに浴びせた一撃の他に有効打は無い。
このままではだらだらと続くだけだ。だから、次で決める。
木刀を握り直し、一歩踏み出す。同時に風鳴翼も前に出る。成程、考えは同じらしい。
「「…………!」」
同じタイミングで振り上げた木刀が、相手に向かって振り下ろされる。そして先程と同じように鍔迫り合いになる……と、舞歌だけが思っていた。
互いの木刀が触れ合った瞬間、舞歌は瞬時に自分の失態に気付いた。
(力が来ない……しまったッ!)
風鳴翼は木刀に力を入れていない、最初から先の攻撃で決めるつもりは無かったのだ。風鳴翼の木刀は舞歌の木刀を滑り、切っ先を逸らす。受け止める力が無くなった舞歌は、自身が狙い続けていた隙を、風鳴翼に思いっきり晒してしまった。
当然、それが見逃される筈もなく。
「はあッ!」
がら空きの横腹に風鳴翼の渾身の一撃が決まる。勝った、と風鳴翼と風鳴弦十郎と奏が思った。
「まだだよ」
「えっ?」
「……まさか、防ぐとは」
渾身の一撃は、いつの間にか逆手に持ち変えられた舞歌の木刀が横腹の前に滑り込んだ事で、威力が減衰されていた。
間を置かず、風鳴翼の木刀が弾かれる。
「──はあああッ!」
試合の最中も声を張り上げなかった舞歌が叫ぶ。全力を込めて、木刀を振るう。
「──おおおッ!」
風鳴翼も吼える。全力にて、剣を振った。
互いの全力が、ぶつかり合うッ!
────────バキィ!
「……ッ」
「……くッ」
振り抜いた二人が自身の木刀を見る。衝突点から、ボッキリと折れていた。
「……いい試合だったッ。引き分けだ!」
戦闘描写は難しい……頭にある映像を言葉にできない。