急いで仕上げたらなんか色々おかしくなってしまった……。
結局、互いの力を出し合った一戦は、双方の木刀か砕け散った事により、引き分けで決着。
舞歌と翼が互いの力量を称賛し合っていたその横で、唯は渋い顔で奏と全く同じことを考えていた。
(賭け、どうする……?)
と。
弦十郎は思案顔で考え事だし、対象の二人に至っては賭けの事等すっかり忘れて、不敵な笑みで拳を合わせたりしている始末。
ジャンプかお前ら、と唯が突っ込もうと決めた所で、奏がそれを遮り、舞歌と翼の表情が凍る一言を放った。
「引き分けだからさ、両方の勝ちってことで!」
「……はッ?」
「奏さんは天才だった」
「だろ?」
「ちょっと待って……うぐぇ」
「はい舞歌頂き」
「か、奏……うわ!」
「翼さんもーらいッ」
方や首根っこ掴まれた舞歌、方や腰に手を回され後ろから抱き付かれた翼。二人は早々に観念するしかなかった。
深い溜め息を吐いた翼は、じんわりと額に滲んだ汗を拭いながら、脱力気味に呟いた。
「せめて、汗は流させて……」
────
「……奏」
「お、来たか」
翼との一戦でかいた汗を流して着替え、離れの縁側で待ってるから、と言っていた奏の元へ向かう。棒アイスを食べていた奏は舞歌に気付くと、空いた手で自分の隣を軽く叩いた。意味を察した舞歌が隣に座る。
「どうだった?翼はさ」
「……翼さんは……」
舞歌の脳内にさっきの一戦が再生される。鋭い目付きと相応の覚悟、強い意志の宿った一つ一つの攻撃。年不相応に高い技術に強い心。どれを取っても、舞歌が初めて出会うタイプの人間。
「……私には、眩しい人」
「眩しい?」
「あの人には確立した意志とそれを成すための力があって、そんな彼女を支えてくれる奏のような仲間がいる。私にはそれが眩しく見える」
「……舞歌には無いのか?力も、仲間も」
「……私には、そんなの、無いよ」
「唯は?」
「唯は……」
ルームメイト、友達、仲間……様々な言葉が並んでは、霧散していく。仲が良いのも確かだろう、遠慮も無いし、少し位なら考えている事も分かる、付き合いも小学生の時、彼女が私の学校に転校してきて以来だ、そこそこには長い。
それでも、そう言った関係とは何か違うと、心中が訴えていた。
「分からない……私と唯って、友達なのかな?」
「そりゃ、端から見ればそうだと思うけど……違うのか?」
「……分からない、そんな気もするし、違う気もする」
「なんだそりゃ」
さすがに奏もよく分からないといった顔をしていた。無理もない、言った舞歌でさえよく分かっていないのだから。
「……あ、ごめん。なんか辛気臭い話になっちゃった」
「いいよ、舞歌はあたしを信頼してくれてるから、そういう事も話しちゃうんだよなー」
「う……面と向かって言われると結構恥ずかしいな……」
にへらと笑顔の奏に、苦笑が漏れる。
そんな話をしてる間に奏はアイスを食べ終えたようで、「ちょっと待ってな」と言って、ゴミになったアイスの棒をくるくる回しながら歩いていった。
「……友達、ねぇ……」
────
「翼さん!アイス、如何ですか?」
舞歌と奏が離れで喋っている頃、シャワーで汗を流した翼が意味もなく庭にある池を泳ぐ鯉を眺めていると、後ろから唯の声がかかる。
振り向くと、弦十郎から貰ってきたのだろう棒アイスが二つ、唯の手からぶら下がっていた。
「ありがとう、頂くわ……あ、ソーダ味の方で」
「了解でーす。じゃあ私はコーラ味、っと」
唯からアイスを受け取り、包を破る。ごみを回収するためのビニール袋も持ってきている辺り、この娘は用意周到なのだなと感じていた。
突っ立っていた翼の隣に並ぶと、キンキンに冷えたアイスにかぶり付く、シャク、と独特の音が翼の耳を打った。
「んん、美味し」
そんな唯を見て自分も食べたくなった。翼もアイスを一口食べる。
冷たさとソーダ味が口の中を支配して、何とも言えない気持ちよさを与えてくれる。時期的には秋だがまだ暑い日もあり、そんな日にアイスを食べるのはやはり良いものがあった。
「……そういえば、アイスを食べるのは久し振り」
「食べなかったんですか?弦十郎さんがアイス出してきた冷凍庫には沢山入ってましたよ?」
「あれは……奏が好きだからだと思うけど……気付いたらいつもあるのよ。誰かが買ってきてるみたい」
「羨ましいですねー、家にいつもアイスがあるなんて……食べ放題じゃないですか」
「それは、そうなんだけど……」
そう言って翼が視線を落とした先には、衣服に隠れた自身の腹部。
「……成程。
【速報】風鳴翼、激太り!アーティスト活動に支障あり」
「うぁッ……や、やめなさい!それが嫌だからあまり食べたくないの……」
「あはは、まあ気持ちは分からなくもないですが……食べたいもの食べれないのは辛そうですね」
「……ええ、本当にね……」
そう言った翼の脳裏に甦ったのは、好き勝手にアイスを食べ、ふらっと消えては「お好み焼き食ってきたー!」と笑顔の奏。それでいてスタイルは抜群、ある一点では完敗。何故、何故なのだ……
「翼さん?目が死んでますよ……?」
「大丈夫だ、羨ましくなんか無い、あのような
「うわぁ戻ってきてくださいー!」
────
「お待たせー、舞歌も食うか?」
数分経った後、戻ってきた奏の手にはチョコレートのカップアイスが二つ乗っていた。先程平らげただけでは満足出来ず、おかわりを持ってきていたのだ。
「うん、ありがとう……そんなに食べて大丈夫なの?」
「ん?へーきへーき、腹も壊さないし不思議と太ったりもしないからな!」
それは非常に羨ましい体質ですね、と思いつつ、受け取ったアイスを一口、うん、美味い。
「やっぱりアイスは良いね」
「だろ?美味いよなー」
そのまま特に話す事も無く、揃って流れる雲を眺めながら無心にアイスを口に運んでいく。
気まずい感じは無く、苦にならない無言の時間。
「……」
「……なぁ、舞歌」
「ん?」
「あたしの……あたしと翼の歌、間近で聞いてみる気は無いか?」
そう言って奏はポケットに手を突っ込むと、そこから1枚の紙を出して舞歌の前に出してきた。受け取った舞歌はそれを見て、僅かに目を見開く。
「これ……ツヴァイウィングの」
「今度……単独ライブがあるんだ。舞歌さえ良ければ、歌っているあたし達の姿を、見てほしい」
恐らく、普通に手に入れようとすればその難易度は計り知れない程の物だろう、ツヴァイウィングのライブのチケット。それが今、自分の手の中にある。
返事を待っている奏は、確信を持っているような、でも何処か不安を覚えていそうな、そんな表情だ。
そんな奏に、舞歌は笑みを漏らす。
「……ありがとう」
「……!」
「必ず、観に行くよ」
そう言った時の奏の顔は、一生忘れないだろうな、と舞歌は確信した。だってそれは、その笑みはとても輝いていたから。
「……ありがとな!」
────
「大丈夫ですか?戻ってきました?」
「ええ、もう大丈夫よ。ごめんなさい……変な所を見せてしまって」
死んだ目で虚空を眺めて呟いていた翼は、数分かかって現実世界に復帰してきた。呼び掛けていた唯はほっと胸を撫で下ろす。憧れの人のあんな姿、少しならいいが、長くは見ていたくない。
「……意外と、コンプレックスだったんですね、気にしないもんだと思ってました」
「……それは、まあ……私だって女だし、気にはなるわよ。奏はあれだし、舞歌も……結構……」
「……神様って、理不尽ですね」
胸囲の格差社会。
「……あ、そうそう。
さっきの舞歌との試合、凄かったですね。……正直、私は舞歌が勝つと思ってたんですけど、翼さん、すっごく強くてビックリしました」
「私は、幼い頃から欠かさずに修練を積んでいるから……まだまだ至ってはいないけれど」
「あれで、ですか……?私には分からない世界です」
「……舞歌も、凄かった。あれは一体どこで身に付けたのかしら」
翼の脳内に思い出されるのは、先程の一戦。
的確で重い一撃に、淀みの無い体の動かし方、澄み切った気迫。あれで素人と思うのは無理があるし、本人も心得があると認めている。挑んだ時は気にならなかったが、今になってみるとあの力量をあの年にしてどうやって会得したのか、非常に気になる事だ。
「さあ……どこですかね……?」
「知らないの?」
首を傾げた唯に、翼は意外そうだった。彼女からすれば、舞歌と仲の良い唯ならば多少は知っていると思ったのだろう。
「えっと、私が舞歌に初めて会ったのは小学4年、私が舞歌の学校に転校して出会ったんです。その時にはもうああいう動きは出来るようになってたみたいですけど……そういや、私も聞いたことなかったな……」
「小学4年から……」
ならば独学は考え辛い、師がいると考えるのが妥当だろうか。
顎に手を当てて考え込んでいた翼は、そこまで思案して人のプライベートに深入りしようとしてしまっている事に気付き、罪悪感に苛まれた。
「……止めましょう、プライベートだし、本人に聞いた方がいいわ」
「ん……そうですね。聞けば話してくれると思いますよ」
私が知らないのは聞いてないからってだけですし、と続けて唯は食べ終えたアイスの棒をくるくる回して遊んでいる。ちなみに棒には【あたり】と書かれていた。
「……あ、そうだ。奏に頼まれていたの、忘れていたわ」
「はい?」
同じく既に食べ終えていたアイスの棒を口に加えたまま、翼は服のポケットから1枚の紙を取り出して、唯に差し出す。奏が舞歌に渡したライブのチケットと同じものだ。
受け取ってそれを見た唯は、目を白黒させてチケットから翼と視線を左右させた後、わぁぁと歓声を上げた。
「こ、これッ、チケット、いいんですか!? 」
「奏から、今日付き合ってくれたお礼だそうよ」
「ありがとうございます、絶対に見に行きます!」
「ええ、会場で待っているわ」
────
「……予定、空けとかないとね」
「勿論、ツヴァイウィングのライブなんて一生物の宝物だよ!」
隣で心底楽しみにしている唯を見て、舞歌の口元が弛む。
あの後また四人で談笑し、日が落ちてきたのでお開き、と言う事になったのだ。来るときはファンに追われて一生懸命に走っていた道だが、さすがに帰る時間まで張っていたファンはいない様で、周囲に人は見えなかった。
「ライブグッズ買うためのお金はあるの?無駄遣いしてない?」
「……舞歌は私のお母さんか何かですか、こんなこともあろうかと貯金しといたのがあるから大丈夫ですッ!」
「それはよかった」
まだチケットを手に持って眺めたり撫でたりしてニヤニヤしている唯を尻目に、思い出されたのは翼の研ぎ澄まされた気迫と剣閃。
奏と話している時から何度も思い出されたその光景は、今でも手に木刀を受けた感覚を甦らせた。
(……また思い出してる、これじゃまるでバトルマニアだ)
「……ん、どうしたの?」
クスリと笑う。それを見た唯が尋ねたが、舞歌は何でもない、と返して帰路を歩く。シンフォギアを纏ってから随分周りが騒がしくなったな、なんて事を思いながら。
だから、そう。
「キャーーーッ!」
「ノ、ノイズだぁぁッ!」
「ノイズ……!
ッ、舞歌、行って。人避けは私がやる!」
「わかった」
(こういう事も、起こる訳だ……!)
服の内側からギアペンダントを取り出して、既に爆煙が上がっている方向へと走り出した。