Ep.00 全ての面倒事の始まり
…二十一世紀の終わり。
宇宙に進出した人類は、謎の機械生命体『ヴァイス』と遭遇した。
既存兵器が通用しないヴァイスとの激戦の末、地球は滅亡の危機を迎える。
全能人工知能アリスは月を分割して超巨大宇宙船ムーンシャードを建造することを決断。
生き残った人々を数千の箱舟に乗せて地球圏から脱出させた。
半世紀という期間と銀河系半周という逃亡の中で、人類は高次元エネルギー『エミッション』を利用した対ヴァイス兵器『アリスギア』を開発し、ようやくヴァイスと互角以上に戦う力を手にしたのだった。
それから約数世紀。
宇宙船ムーンシャドーの一つ、東京シャード近傍。
彗星の間を縫うように一機の宇宙船が飛行していた。
難しい技術を強いられているというのに、コックピットの中の俺はまるでダンスでも踊っているかのように鼻歌を歌っていた。
なんてことはない、いつもの東京シャードへの帰り道だ。
鼻歌を歌いつつお気に入りの曲を掛けようとしたら、邪魔をするように通信が入る。
…ったく、催促しやがって。
『テスター君、テスター君。テストは終わったかな?』
「旋回テストは終了、問題なし。…データは送信した」
『データ受信、次の試験までもう少し待っててね。ダークホース君』
「…了解」
ヘラヘラした中性的な白髪ポニテ女のホログラムがフッと消えると、一面真っ黒な景色が映る。
…また一人の時間に戻ることが出来るな。
俺はコックピットの中が好きだ。
機械に囲まれた密閉空間は、何にも代えがたい安心感をくれる。
特に宇宙の様な死と隣り合わせの場所では、まるで揺り篭に居る様に感じる。
何より、単座のコックピットは自分だけの場所という征服感がある。
俺だけの空間、俺だけの部屋、俺だけの聖域。
故にこの俺、鹿毛 手端(かげ てづま)は…戦闘機パイロットを志望した。
戦闘機。
それは制空任務のために真っ先に戦場に飛び込む尖兵。
機動性を生み出す優美な姿をした戦闘機は、俺の憧れの存在であった。
だが、他の兵器に洩れず戦闘機はヴァイスには全くの無力だった。
今の戦闘機乗りには偵察任務やアクトレスが来るまでのヴァイスの足止め、アクトレス教習所での標的といったショボい任務しかないという没落っぷりだ。
パイロットを乗せるべき戦闘機も10年前くらい前から生産されていない。
殆どの戦闘機パイロットは宇宙船乗りや大企業のテストパイロットに転向していった。
俺はどっちに行くか決めかねて、宇宙船や航空機の教官をしつつ使い古しの戦闘機に乗っている。
俺が所属する東京AEGISという対ヴァイス行政組織の中では、第42偵察戦闘小隊『ダークホース』なんて呼ばれているが、所詮は監視網を作るローテーションの一つに過ぎない。
僚機も全員無人機だ。
元戦闘機仲間に誘われてエアレーサーやエアロバティックス競技(曲芸飛行の美しさを競うスポーツ)もやってみたが、俺は趣味も兼ねたバイトという程度にした。
勝った時の賞金はいいが、普通に暮らすにはあまりにも不安定すぎる職種だ。
『さ、いよいよ最後のテスト項目だよ』
「この機体ともお別れか」
『あれれ、愛しの機体と別れるのが寂しいのかな~?』
「違ぇよ!休暇も終わりなんだなって思っただけだ!」
『んふふ…そっかぁ』
彼女は意味深な笑顔を残して通信を切る。
…相変わらず食えない女だ。
彼女の名前は赤穂 霞(あこう かすみ)。
白衣共々見た目は真っ白な彼女だが、性格は180度異なる。
俺と同じ大学の工学部を首席で卒業した彼女は、ヤシマ重工株式会社という日系の大企業で研究開発主任として働いている…が、コイツは大学時代から結果を得るために違法行為スレスレのことを平気でやるマッドサイエンティスト…もといマッドエンジニアなのである。
故に彼女は違法な狩猟道具である『霞網』とあだ名されている。
今日はそんなマッドエンジニアの作った宇宙船のテストパイロットを務めている。
折角の休暇を無駄にしても嬉しい額を報酬として提示されているので、俺はキッチリとこなしていく…のだが、その途中で妙なことに気付いた。
宇宙船は各所に設置されたスラスターで上昇下降や方向転換を行うのだが、この宇宙艇は俺の操作に対して妙に過敏に反応してくるのだ。
スラスターの推力が強過ぎるのか、この機体が軽いのかは判らないが…これだと素人が操れないんじゃないか?
それに…既視感漂う俺好みのフォルムをしたこの白銀の機体には、スラスターとして機能していない大きな穴が何個かある。
操縦桿にも不必要なボタンがいくつかある。
そしてデジタル文字で『DANGER』と表示されている操縦席横のオレンジのボタン。
この機体…変なボタン以外は戦闘用の機体にそっくりなんだが。
「おい霞…これ戦闘機か?」
『大正解だよ、ダークホース君。武装としてアリスギアを搭載している』
「おいおい…戦闘機に不向きな武装じゃないか」
高次元エネルギー兵装『アリスギア』。
アクトレスが運用するこの兵器によって、『人類の敵』とまで言われたヴァイスは害虫程度の存在になった。
…では、何故戦闘機や軍艦といった既存兵器に搭載されないのか。
要を言えば、既存兵器ではヴァイスの動きに追い付かないのである。
もちろん戦闘機でヴァイスと互角に戦えるぐらいに腕の立つ奴もいるが、その数は限られている。
一から徹底的に育てるにしても、訓練には時間が掛かる上にその腕は才能次第。
生身の体の方が従来の人間の感覚がそのまま生かせる。
訓練も簡単に済み、あまり才能に左右されない。
そういう訳でアクトレスの基本スタイルは、生身の体にシールドを張って武器を持たせるというものとなっている。
「げ、機銃用の照準器しかねぇ…いつの時代の戦闘機だよ…」
『そこは自分の腕で補ってよ、不遇の奇術師さん。腕は良いもんね…戦闘機の』
「はいはい、俺はどうせ時代遅れの戦闘機乗りだっつーの。こちとら天才エンジニアさんとは訳が違うんでね…というか」
『何かな?』
「バカ!これ使うにはエミッション能力が要るだろうがよ!」
『元アクトレスの君なら大丈夫、大丈夫♪』
「おいおい…」
霞は軽く言うが俺は内心穏やかではない。
ギアを起動するにはエミッション能力という特殊能力が必要になる。
例え戦闘機にギアが搭載されたとしても、この能力がなければ絶対に起動しない。
エミッション能力は性別や年齢に偏りがあり、その保持者は殆ど思春期の女性で占められている。
これが既存兵器の兵装にアリスギアが使われない最大の理由だ。
「あぁ、もうどうしろってんだよ…」
…俺は男には珍しくエミッション能力を持っている。
男性のアクトレスは聞いたことがないので、エミッション能力を持つ男は存在が希少とかいうレベルじゃないのだろう。
そんな能力を持っていた俺は、何を血迷ったのか一度アクトレスをやったことがある。
が、生身にシールドというスタイルにビビり、たったの一か月であっさりと戦闘機パイロットに戻ったのだった。
しかも三年も前なので、起動できるか正直不安なんだが…。
第一、アクトレス免許なんぞとうの昔に失効しているぞ。
『さて、いよいよメインディッシュだよ』
「てめぇはいつも話を聞かないな…。いや待て」
『どうしたの?』
「警報だ…。ヤバい数のヴァイスが教習部隊のアクトレス共々来るぞ、離脱する」
『よし、戦闘テスト序でに教習生を助けちゃおうか』
「ハァ!?ぶっつけ本番は無茶だろ!」
『じゃあ教習生を見捨てるのかなぁ?救援部隊の到着まで20分もあるのにー?』
アクトレス免許を失効した状態で戦闘行為を行えば、確実にボコボコにされる。
しかも、こいつのアリスギアを起動できるかどうかもわからない。
だが、教習生を見捨てるのも癪に障る。
えぇい、こうなったらヤケだ!やってやる!
「ああもう分かったよ!足止めだけだからな!」
『その意気だよ。ボタンを押したらスタートだ』
「起動できなくても知らねぇからな!」
『頑張ってね~』
くそっ!
俺はやけくそになってオレンジのボタンを思いっきりぶっ叩いた。
すると『戦闘システム起動』のデジタル音声がして、ボタンに残り時間と思しき数字が表示される。
一応起動したか…よかった。…って、え?540秒って事は9分しかないのかよ。…マジで?
いや、というか何のタイムリミットだ?
だが制限時間に悩んでいる暇もなく、11時の方向にルイカの群れが現れた。
ルイカというヴァイスはイルカをデフォルメ化した様な姿をした、比較的ポピュラーな小型ヴァイスだ。
コイツの動きは飛行機に似ているが遥かに遅く、しかも標的に向かって来て向かってくる事しかしないので動きは読みやすい。
いつも集団で現れてエネルギー弾を撃ってくるとは言え、慣れれば素人のアクトレスでも撃墜できる。
だが旋回半径が小さいので、この宇宙戦闘機でドッグファイトに持ち込むのは無理だ。
武装は…機首に30mm機関砲2門と…エンジンポッドにロケット弾か…。
武装の配置が第二次世界大戦時の機体を思わせるが、ギアは最新式の筈だ。
機体はヴァイスの群れのちょうど真上に居る。
だがルイカはアクトレスに気を取られてこちらには気付いていない。
このまま上から一撃離脱を仕掛けて、最後尾から仕留める!
俺は上方から一気に機体を降下させつつ引き金を引いた。
機首と兵装ポッドからアイスキャンデーの様なものが飛び出して数体のルイカを一直線に貫通する。
一群の下に潜った時にはヴァイスを35体撃墜していた。
機首のスラスターを吹かせ、機体を下から突き上げる様に再びルイカに襲い掛かる。
…50体の撃墜を確認。
一瞬で殆どの同胞を失ったルイカは散り散りになって2グループに分かれた。
訓練生の方に向かった奴らは教官が撃墜するだろう。
問題は…俺の後ろに付いた方だ。
「やるか…!」
機体を垂直方向に緩やかに上昇させる。
ある程度の距離を進んだら180度機体を回転させ、ヴァイスの方へ戻りながら射撃する。
金槌を放り上げた時の動きに似た、プロペラ機の曲芸飛行…"ハンマーヘッド"の擬きから繰り出す垂直降下射撃。
真上から弾丸のシャワーを浴びたルイカは成すすべもなく爆散した。
…30体撃破、残存数不明。
機体を立て直す暇もなく、新たに出現したヴァイスに目をやる。
位置をレーダーで確認、スロットルレバーの兵装選択スイッチを操作…ロケット弾を選択。
まずは先制攻撃で数を減らす!
「行けぇぇぇっ!」
いつもの感覚で操縦桿のボタンを押す。
ポッドから射出されたロケットはそれぞれ目標を設定して飛翔していく。
3発ほど外れてしまったが、残りの3発は命中した。
弾頭に充填された高性能液体火薬は、命中したヴァイスを数体まとめて葬り去っていく。
…15体撃破、残存数30。
煙が晴れるのを待たずに突入し、ヴァイスの姿を確認する。
…クリオスか。
クリオスは北海道シャード等で見られるクリオネという生物によく似た姿をしている。
こちらもよく出てくる小型ヴァイスだ。
その動きはヘリコプターによく似ており、常に砲口のある正面を向けるように動く。
コイツらも集団で現れてエネルギー弾を撃ってくるので厄介だが、動きが遅く被弾面積が大きい正面を向けようとするので、どの方向に動くかさえ読めればルイカよりも簡単に撃墜できる。
「さて…」
タイムリミットはあと5分。
残敵はアクトレスに委ねても問題ないが、ここまで来たらキッチリ倒しておきたい。
ちょうどクリオスが一直線上に並ぶし。
ペダルを操作して機体を階段を降りる様にカクカクと加速させ、照準に入ったヴァイスに次々引き金を引いていく。
後に『カスケード・ショット』と命名された俺の得意技。
その最初の標的になったクリオスはアクトレスを目前に次々と爆散した。
…30体撃破、残存数0。
息を吐く暇もなく離脱の準備に入る。
ヴァイスを撃破して教習部隊を救ったのは良いが、このままだと未申請、しかも無免許で戦闘行為を行ったという理由で救援のアクトレスにタコ殴りにされる。
スロットルを全開、ブースターを吹かせて現場を離脱する。
アクトレスの横をすり抜けた瞬間、ピンク髪の少女と目が合ったような気がした。
…多分気のせいだろう。
○○○
五分ほどフルスピードで宇宙を逃げ回る。
予想通り救援部隊のアクトレスが追いかける素振りを見せてきたからだ。
…マジでヤバかった。
なんとか追撃から逃げ果せたとはいえ、久しぶりに生きた心地がしなかった。
戦闘宙域を離脱したと判断した俺は、再びオレンジのボタンを押す。
『通常モードに移行』というデジタル音声と共にパネルのカウントが止まる。
…残り3秒。
「ふいーっ、死ぬかと思ったぜ」
俺は冷や汗と共にようやく溜息を吐くことが出来た。
○○○
東京シャード宇宙港。
その端っこの第十四埠頭に停泊するヤシマ重工株式会社の調査船『カナヤゴ』。
僕、赤穂霞はカナヤゴのカーゴベイで本を読みながらある物を待っている。
いや、彼かな?
数分前に彼から帰還の報告を受けているので、あと少しで帰ってくる筈だ。
無事に部隊を振り切ってくれたおかげでプランBを発動せずに済む。
「試作機、帰還してきます!」
「よし、撤収準備急げ!」
…やっと来たね。
白服のメンツが見上げる中、白銀の鶴が無音で舞い降りてくる。
かなりの戦闘をこなしたというのに、何事もなかったのように静かに着地する。
もちろん、真っ白な肌には傷一つない。本当にいい腕をしている。
キャノピーが開いてムスッとした顔の彼が下りてきた。
まぁ昔からいつもそんな顔なのだけど。
「やぁ、テストはどうだったかな?」
「…死ぬかと思ったぞバカ」
ヘラヘラとした僕の態度にイラっときたのか、彼はジッと睨んでくる。
凶刃のような視線に部下たちは皆ビビっているが、これくらい僕には慣れたものだ。
目以外はいたって平凡な男なのだけど、鋭すぎる眼光とガタイの良い体つきのせいで日頃から任侠映画に出演出来そうな位の威圧を放っている。
まぁ、本気で怒っている時と比べると生暖かいけどね。
「…………」
予想通り、彼は何も言わずに出ていく…今回はこれでおとがめなしの様だ。
『事前に何の連絡の無しに乗せられたのはムカつくが、楽しかったから許してやる』…という所かな?
彼が行ったのを確認して、職員全員で作業に取り掛かる。
鹿毛君が派手にやらかしちゃったし、手早くパパっと撤収しないとね。
機体をコンテナに移しつつ、テスト結果を確認する。
「シールドに損耗無し」
「兵装もロケット一回の消費のみか」
「すごい…。いくら元アクトレスとはいえ、一撃も食らわずに小型ヴァイスを全滅させるなんて…」
「えぇ、しかも生身じゃなく機体に乗っているから難易度は遥かに高いですよ…」
「いや、それだけじゃないよ」
「どういうことですか、主任?」
「強力な機体でもパイロットが全く慣れていないと機体の実力は発揮できない…。でも彼はこの機体に2時間も乗っていないのにこの成績だよ?」
「適応力が化け物だ…」
そう、彼の最大の能力はその操縦の腕ではない。
1時間操っただけでその機体に慣れてしまう化け物クラスの適応力だ。
アリスギアを搭載した機体さえあれば、どのような場所でもアクトレス以上に働ける。
今開発している新たなアリスギア実験機の被験体には丁度良い存在だ。
あんなところで燻ぶっているのは本当に勿体ない。
「うちの傘下の叢雲工業にいたら凄いんだろうなぁ」
「…ううん、違うよ」
叢雲工業みたいな場所に置いておくのも惜しい。
あそこじゃアクトレスに埋もれてギアの実証実験すらできない。
そういえば、あの人が経営している会社…最近アクトレスが少なくて大変って言ってたな。
実験ついでに恩師に一つ貸しを作っておくのもアリか。
「ひょっとして主任は彼のことが好きなんですか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「いや、彼の事を評価しているみたいですし…」
「まぁね、僕が評価しているのは被検体としてだよ。腕はいいし適応力は高いし、昔から彼の事を知ってるから扱いも簡単だ。これほど理想的な人型実験動物はいないと思うけど?」
「…………そうですか」
「あぁ、少し電話をするから待っていてくれ」
「了解」
うーむ、新入り君には少し引かれちゃったかな。
引かれるのは仕方ないか。自分でも狂っているって思うし。
でも彼はそれを分かってて、僕の実験に付き合ってくれている。
まぁいいか、という安直な思考で。
…これかも実験に付き合ってもらうよ、鹿毛君。