アリス・ギア・アイギス 影道化師の辻芸   作:NAIADs

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Ep.02 粗雑過ぎる新人研修

…翌日。

 

霞から鍾馗をプレゼントされた俺は、鼻歌を歌いながら愛車を走らせていた。

昨日は不安であんなに塞ぎ込んでいたというのに、愛機を持っただけでこの変わりよう。

つくづくわかりやすい奴だなと自分で思いつつハンドルを握る。

ま、アイツには感謝しないとな。

今日はここに所属しているアクトレスが初出撃を行う予定で、俺は指揮と彼女らの技能確認を兼ねてこれに参加するつもりだ。

この為に昨晩は寝るギリギリまで鍾馗のフライトマニュアルを読み込んでいる。

ぶっつけ本番で操るとはいえ、まぁ何とかなるだろう。

 

会社に出勤してまず向かうのは、鍾馗の入っている大きな倉庫。

これは、点検を兼ねて機体を磨くという新米の頃からやっている儀式を行うためだ。

まぁシャッターを開けた瞬間、寝袋に包まれた人々が床に転がっているのを見た時は若干…いや、かなり驚いたが。

どうやら、一部の整備員が俺と磐田整備長が帰った後も残って整備していたらしい。

整備部のメンバーに感謝し、儀式に取り掛かる。

 

「…ん?」

三十分掛けて機体を拭き終わった時、俺はある事に気付いた。

尾翼に書かれたエンブレム、最初は骸骨だと思っていたのだが違う様だ。

頭蓋骨に見えたのは王冠を被った白い顔で、右目には黒い星、左目には黒いハートが描かれている。

真ん中の黒い球体は鼻の様だ。

白く縁どられた黒髪は、ウェーブがかかっているというかモシャモシャしているという表現が一番近い。

もしかして…アレか?

決定的だったのは、絵の下に書かれた”Shadow Clown”の文字。

若干”Clown”の”l”が”r”に見えなくもないが、”l”であれば…。

 

…そのクラウンの意味は、道化だ。

 

“存分に暴れてくれ、ピエロ君”

昨日の霞の言葉が思い浮かんだ…が、それが只の遊び心なのか、本気でバカにしているのかは分からなかった。

シャドークラウン自体に意味はないはずだ…。

シャドーはたぶん名字の”鹿毛”と”影”をもじった言葉で、もしかしたら影法師と道化師を掛けたダジャレなのかもしれない。

だとすると…クラウンは名前か?

あぁ、手端を手爪や手妻にすると手品とか奇術って意味になるからか…。

序でとばかりに王冠のクラウンと道化のクラウンという英語のダジャレも添えて。

…変な言葉遊びだなぁ、いつもの事だけれども。

そんなことを考えていたら整備長の岩田さんが倉庫に入ってきたので、一言あいさつを交わして一目散に逃げた。

 

寝袋を着て床に転がる整備員を見て、彼が特大の雷を落としたのは言うまでもない。

 

〇〇〇

 

「あらよっと…」

自分のデスクに自販機の缶コーヒーを置いて席に着く。

今着ているのはパイロットスーツと呼ばれるもので、感覚的にはぴっちりとした長袖シャツとズボンといった感じだ。

重力下での耐Gスーツと宇宙服を兼ねた特殊な代物で、宇宙での視認性を高めるために上は白に近い薄いグレーとなっている。

これは東京AEGISに所属していた時に来ていた服だ。

もっとダサいオレンジの奴よりかはマシなのだが、こいつもアクセントとして腕とポケット、ズボンの側面に黒い線が入っているだけでつまらない。

高校のジャージを着ている気分だ。

なので、俺はいつも黒いジャケットを上から羽織ることにしている。

 

手持無沙汰になったので、履歴書をパラパラッと捲る。

ここに所属するアクトレスは比良坂夜露、兼谷シタラ、百科文嘉、そして他所へ出張中のを含めて四人。…いや、俺を入れると五人か。

雇用形態はアルバイトの様なものであるが、業績如何では給料は普通の会社員より高くなる。

故にアクトレスが使えるかどうかを見抜くのは結構大事なのだ。

まぁ、所長が採用しているのならその心配はないだろう。

それぞれ動機は様々だが、アクトレスとしてのやる気は皆あるようだ。

夜露はこの春免許を取ったばかりだから論外として、シタラと文嘉の実力はどうなんだ?

まぁ、それは今日確かめる事だ。

 

「おーっ、本当にいるよ」

「隊長ですね?所長より話は伺っております」

「ぜぇぜぇ…ふぅ。よかった、間に合った」

声が聞こえたので廊下を見る。

廊下を歩いてくる褐色の小柄な少女と眼鏡を掛けた少女を確認。

記録が正しければ、兼谷シタラと百科文嘉の筈だ。

後からダダダっと駆け込んで来たピンク髪の子は比良坂夜露だな。

 

「今日より君たちの隊長に着任した鹿毛手端だ、よろしく頼む」

「よろしくお願いします」

「よろしくぅ~」

「最初に言っておくが、俺がここの指揮をしている限り俺はお前らを死なせる気はない。だから俺の指示に従ってもらう。しかし命令は絶対ではない。間違っていると判断したら指示に従わなくても構わん。だが、これだけは守れ。決して命を捨てる行動はするな。絶対にだ」

「「「はい!」」」

ビシッと敬礼でもしそうな感じの返事に、思わず笑いそうになるのを堪える。

今まで機械を相手にしてたから分らんかったが、隊長というのはこんなに信頼されるものなんだな。

ならば、きちんと期待に応えられる隊長になろうと心に誓った瞬間だった。

 

「よし、いい返事だ。今日はお前らの実力を見るテスト、実力を存分に発揮してくれ。では、出撃!」

三人が部屋を出たのを確認して、端末から任務詳細を確認する。

安全を最優先して選んだ任務の作戦地域は、現役時代によく帰還ルートに選んでいた脅威度の少ない宙域だ。

夜露はともかく、文嘉とシタラにとっては簡単なはず。

鍾馗のテストにも丁度良いのだが、残念ながらアクトレスは三人しか出撃できないという運用上の問題がある。

そこで俺は、アクトレスが必要に応じて任務をサポート出来るサポーター制度を利用することにした。

サポーターのリストの中から、ちゃっかり載っていた俺を選択。

これで俺のギアの申請やフライトプランを提出したことになる。

後は鍾馗に乗ってあの3人に追いつくだけ。

 

逸る気持ちを抑え、倉庫…もといハンガーへと向かう。

ハンガーに駆け込んでみると、整備長以下数名が最終整備を行っていた。

改めて皆に感謝する。

機体に触れて生体認証を済ませると、装甲で覆われたキャノピーが開いてゆく。

継ぎ目の一片すら見せない霞の技術に改めて感心させられた。

俺をすっぽりと包む座席はオーダーメイドであることを感じさせる。

機体の蓋が閉じられると、全周囲モニターが倉庫内の映像を映し出す。

座席以外がすべて透明な光景には少しギョッとした。

一応、機体の輪郭は黒い線で映し出されている。

速度計や方位、高度といったものが目線の位置に赤色で表示されており、真横では機体がシステムチェックを行っている。

 

機体制御装置          正常

生命維持装置          正常

火器管制装置          正常

グラビティ・バランサー     正常

エミッション・コントローラー  正常

アリスギア           正常

…機体システム全て正常…

 

「よし、行けるな」

整備してくれた彼らに感謝を込め、スロットル・レバーを握る。

この機体にはグラビティ・バランサーという特殊な機構が搭載されている。

グランサーは機体に搭載された装置から重力波を発生させて飛行する方法で、従来の尾翼や補助翼とは比べ物にならない程に感覚的に操縦できるらしい。

という事は、機体操作に細心の注意が必要だという事でもある。

操縦桿とスロットルレバーをゆっくりと前方に傾け、まずは機体を倉庫の外に出す。

外に出ると、整備部の皆が帽振りをして見送ってくれている。

「シャドークラウン、出る!」

お決まりのセリフを言ってスロットルを全開にする。

すると、無音で機体が垂直に昇り始めた。

グランサーの発した重力波で整備員が何人か尻餅をついているが、気にせずに操縦桿の上に付いているトリムスイッチを手前に倒した。

鍾馗は氷を滑るように前進を始め、全周囲モニターも相成って橇に座ってスケートリンクを滑っている気分にさせる。

風切り音しかしない静かな機内が何とも不気味で、天使というか超能力者のサイコキネシスに押されて空を飛んでいるという感覚だ。

…って、いかんいかん。感覚に戸惑っている場合じゃない。

早く追いつかないとな。

俺はグランサーをフル出力まで一気に上げた。

 

〇〇〇

 

いつもの手付きで、東京シャード宇宙港内にある航宙機用のエアロックを通過する。

宇宙へと足を踏み入れた所で、ようやく三人を視界に捉えた。

ここから少し行ったところが今回の任務地だ。

という事は…。

『隊長、聞こえますか?』

来た来た、これは百科文嘉の声だな。

彼女は俺が作戦指揮所のモニター君の前に居ると思っているだろう。

ふっふっふっ、ここはひとつ驚かせてやろう。

「ああ、聞こえる。序でに姿も捉えている」

『『え?』』

『え?どういう事っすか隊長?』

「後ろを振り返ってごらん。う・し・ろ」

ゆっくりと三人が振り返る。

誰かの甲高い声が通信機を通して鼓膜に突貫してきた。

余りの五月蠅さに思わず通信機のスイッチを切ってしまったので、モニターで三人の反応を観察する。

夜露はただ単純に鍾馗の姿を見て驚いている様だ。

シタラは鍾馗が戦闘機であることを知っていて喜んでいる様だ。…何故かは知らんが。

文嘉は…なんだそのホラー映画を見たような青ざめた表情は。

ははーん、さっきの金切り声の正体はお前の声か。

何か悪いことしちゃったなぁと思ったら、瞬時に呆れた顔にチェンジした。

 

通信機のスイッチを入れようとしたら、機体が流されているという警報が表示されている。

そうか、ここはシャードの重力圏の範囲外。

グランサーは重力下でなければ効力を持たない…当然か。

どうやら宇宙空間で使うスラスターはアリスギアを起動しないと使えないらしい。

稼働するように祈りつつ、操縦桿の付け根にある赤いボタンを押す。

何かを吸われるような感覚を覚えると同時に『アリスギア起動』の文字が表示される。

無事に起動したようだ。稼働時間は…表示されていない。

「ふーぅ…」

『これは…アリスギア…?』

『えっ、隊長アクトレスだったんすか!?』

『男のアクトレス…聞いたことないけど』

「こちらはシャドークラウン、現場主義の隊長アクトレスだ。毎度毎度はさすがに無理だろうが、これからは現場で指揮兼サポートをさせてもらう」

『『『了解!』』』

「付いてこい、ミッションスタートだ」

俺は三人を導くべく機体を左右に傾けてバンクした。

 

〇〇〇

 

ミッションスタートから約10分が経過。

俺は少し離れた場所で任務推移を見守っている。

いつでも三人を援護できる位置にいるが、任務は俺が介入するまでもなく順調に進んでいる。

だが、各々の問題点も明らかになった。

夜露の射撃や格闘のセンスはまずまずだが、動きが教科書通りだなぁ。

彼女にはまず戦場での動きを教えなくては。

シタラは動きは良いがバカスカ撃ちすぎるのが問題だ。

トリガーハッピーにつける薬はないので、命中精度を上げる訓練を科すかな。

文嘉は動きは良いが肝心な時に撃たねぇな。

一撃必中を狙ってギリギリまで引きつける癖があるので、遠距離狙撃の訓練を増やそう。

考えている間にレーダーが捉えていたヴァイスの反応がどんどん消えていく。

こりゃ、機体のテストもまともに出来ないまま終わるな。

『隊長、この辺りのヴァイスを撃破しました』

「ちょっと待て…。タリホ―、大型ヴァイス…蛇だ」

『蛇って…サーペントですか!?』

「こちらで相手する、お前らは下がっていろ!」

『りょ、了解!』

『ウィルコ!』

三人を急いでシャードの方へ退避させる。

レーダーの反応に沿って機体を急旋回させると、首に翼を付けた蛇が視界に躍り出た。

何というタイミングで来やがる…。

初出撃で大型ヴァイスに遭遇するなんて運が悪い。

だが、俺の腕や機体の性能を試す場でもあるな…。

 

サーペント級サーペントはサーペントの名前通り蛇型の大型ヴァイスだ。

全長は8mから17mと大きさはまちまちで、偵察隊の連中からは『ヘビ』と呼ばれている。

主な攻撃は体節に該当する部分から発射する光線と口から吐くエネルギー球で、大型ヴァイスの中では弱っちい方だ。

とはいえ、攻撃が通用しない宇宙船や航空機のパイロットにとっては大敵の一つである。

それはアクトレスにとっても…特に新米の夜露には荷が重すぎる。

俺もアクトレスの経験でいえば新米同然なんだが。

 

「さてと、やるっきゃねぇな」

まずは先制攻撃を行ってサーペントの注意をこっちに向ける必要がある。

武装は機首の辺りに30mm機関砲2門、主翼の付け根に4門の計6門。

胴体下のメインウェポンベイに6連装ミサイル、メインの左右にあるサブウェポンベイに7発に分裂する大型拡散ミサイルか…。

スロットルレバーにある兵装選択スイッチで大型拡散ミサイルを選択。

鍾馗のコンピュータが自動的にサーペントに四角い枠を付ける。

ターゲットロック、発射準備完了。操縦桿の発射スイッチを押す。

鍾馗のサブウェポンベイから2発の大型ミサイルが放たれ、目標の直前で分裂する。

一つのミサイルに付き7発、合計14発の小型ミサイルが雨雹の様にサーペントに襲い掛かった。

ミサイルは体節を食い破るように炸裂し、体を三つに切断する。

「よし、こっちにこい!」

注意がこっちに向いたところで機体を反転させて逃げる。

ある程度離れた所で背面になるまで機首を上げ、背面になったら機体をロールさせて水平飛行に戻してサーペントの鼻先に突っ込む。

インメルマン・ターンからのヘッドトゥヘッド。

サーペントに5連装ミサイルを発射し、ありったけの機関砲の弾を叩き込む。

奴からはエネルギー弾は全く飛んでこない。

なぜなら、サーペントはクルクルっと錐揉みになって燃えながら墜ちていったからだ。

戦闘終了。

人生で初めて大型ヴァイスを撃墜した瞬間だった。

不思議なことに感動は一切ない。

戦い始めてから3分しか経っていないにも拘らず、俺は額や汗をびっしょり掻いていた。

 

初陣とはいえ、大型の出現に慌てるなんて俺もまだまだだな。

だが、鍾馗が素晴らしい機体であるという事は分かった。

本当に最高のプレゼントだ。

…あ、そういえば。

これから俺はうちのアクトレス(ぴよっこ)達がこれ位出来る様に育てなきゃいけないんだよな。

まぁ兎も角…

「何とかやってみるもんだな…」

『お疲れ様です、隊長』

『すごいっすよ、隊長!』

『ホントだよ、隊長何者~!?』

さっきの宙域に戻ってくるなり、三人が鍾馗の周囲を囲んできた。

何事もなく無事だったようだ。

安堵を覚えるのと同時に、これからこういう事にも気を使わなきゃいけないんだよなと改めて肝に銘じた。

スタンドプレイも今回限りにしよう。

「よし、来たな。無事で何より」

『はい、隊長のお陰です』

「ありがとう。まぁそれはともかく、お前ら今の空戦を見たな」

『はい、しっかり見ました』

「これからお前らにはこういうことが普通に出来るようになってもらう…と言いたい所だがな、俺もアクトレスとしてはド素人だし教えるのも下手だ。だが、教えるからにはお前らには度胸と技術をみっちりと仕込んでやる…覚悟しろ」

『はい!』

「…と言いたかったんだが」

『だが?』

「まずは、この会社を立て直さなきゃならないらしい」

 

俺は受信したネットニュースに目を移す。

そこには『成子坂製作所、叢雲工業に買収か!?』と書かれていた。

 


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