俺が新人歓迎会でスタンドプレー卒業を宣言してから早一か月。
「大型が来るぞ、総員構えろ」
「夜露、あまり突っ込みすぎるな!10時方向から敵弾!ブレイク、ブレイク!」
「バズーカを撃ち込んで奴の注意を引け、文嘉」
「よし、シタラ!奴の注意が逸れた隙にありったけの弾をくれてやれ」
「夜露は援護を!」
「大型の撃墜を確認した!やったぞお前ら!」
「お疲れ様、帰還してくれ」
成子坂製作所内にある作戦指示所。
俺はそこでコンソールに向かって指示を飛ばしていた。
現場に出られないこの方式を最初は嫌々やっていたが、始めて1週間であまり気にならなくなり、今では全く支障ない。
夜露と文嘉とシタラがこっちの指示に従ってキビキビ動いてくれるのが一番大きいな。
ここ3週間弱にこのチームは5体の大型ヴァイスを撃墜した。
俺の分を含めるとこの会社のアクトレスは12体の大型ヴァイスを撃墜したことになる…かな、多分。
まぁお陰で借入金に続いてここ半年分の赤字を一気に消すことが出来た。
会社にはまだ累積赤字が残っているし、新型高性能ギアを開発した(らしい)叢雲工業の動きも油断は出来ないが、倒産の危機は当面訪れないと言っていいだろう。
これで安心して夜露達をゆっくりと着実に育てていくことが出来る。
ここ最近はロクに訓練せずに実戦あるのみ的な感じだったからなぁ。
そろそろあの訓練を始めてもいいかもな…。
しかし…本当に比良坂夜露は本当に運がいい。
わが社の業績回復の立役者と言っても過言ではない程に。
叢雲工業が大型ヴァイスの受注指定を受けている以上、我らが成子坂製作所にはそういった任務は一切回ってこない。
通常任務中に遭遇した大型ヴァイスはイレギュラーと呼ばれ、その名の通り滅多に現れないどころか遭遇率は1割弱程度でしかない。
だが、夜露と出撃すると結構な頻度でイレギュラーに遭遇している。
俺も夜露の訓練を兼ねて出撃したら2体の大型ヴァイスと遭遇してこれを撃墜し、その報奨金で新人歓迎焼肉パーティーで大ダメージを受けた俺の財布も回復した。
シタラは『ラッキーガール夜露ちゃん』と呼んでいたが、彼女には戦場でヴァイスをおびき寄せるフェロモン的な何かがあるのだろうか?
…うーむ、アイツらが戻ってくるまで暇だな。
次の任務はどれにするかな…おっと、もう8時20分か。
この時間だとアイツらが戻ったら帰宅させないと。
こういう場合、大体は暇になる。
一応は磐田整備長達のギアの整備を見届けるなどの仕事があるが、基本的に夜露たちを家に帰したらここの見回りと戸締りをするまで何もすることはない。
かといって今朝持ってきた小説は読んでしまったし、もう一回読むのもなぁ。
会社の本棚のラインナップを確認しようと立ち上がった時、ふと大きな欠伸がでる。
今日は指揮で頭を使ったからかちょっと眠い…ここで少し寝ちまうのもアリだな…。
俺はソファーにバフッと寝っ転がる事にした。
枕代わりのクッションの柔らかい感触と襲い掛かってくる睡魔に身を委ねた…のだが。
突如として鳴り響いた大音量の音楽で即席ベッドから転げ落ちる事になった。
「なんなんだ…」
音源は仕事で使っているAEGIS端末ではなく、私用の携帯だ。
着メロが軍艦マーチってことは元の職場であるAEGISかー。
あー、緊急の呼び出しもあるんで音量最強にしてたっけ…。
今度元に戻しておかないとな…ふぁぁ。
ったく、誰かは知らんが今更何の用があるってんだ…。
煩わしく思いつつ通話ボタンを押す。
…何故か俺はこの後の記憶がない。
〇〇〇
やっほー、僕の名前は赤穂霞。
ヤシマ重工株式会社で研究開発主任として働く22歳。
鍾馗の生みの親でもあるよ。
鹿毛君とはいわゆる同い年の腐れ縁の悪友の関係だね。
っと、そんなことはともかく、ちょっと愚痴を聞いてほしいな。
今日は東京AEGISの面々に御呼ばれされて、彼らの宇宙船でシャード近接宙域092に来ているんだ。
しかも夜8時だよ、夜の8時。
事前に通達があったとはいえ、本当に勘弁してほしいなぁ。
今はただでさえ忙しいというのになぁ。
何故僕が彼らに呼ばれたかって言うと、どこぞのシャドークラウン様が鍾馗で派手な戦果を上げちゃったから。
アクトレスにしろアクター(アクトレスの男性版)にしろ、数年のブランクを持つ人がいきなり一か月で8体も撃墜したらその人が何を使ってるか気になるじゃない?
で、わが悪友が使っている鍾馗にAEGIS関係者の注目が集まったんだ。
ならば開発者も立ち会わせてこの機体をテストしようという話になったワケ。
全く、別にテストだったらウチの面々で充分だってのに…。
はぁ…。何でAEGIS兵器開発局の無才でむさいオッサンとか、どうでもいい経歴を持つお偉方とか、ソイツへのおべんちゃらしか知らない指揮官だとか、何故よりにもよって僕が最も嫌う人種ばかりが揃っているのかなぁ。
はぁ、こんな連中と観戦しないといけないのか。
…本当に迷惑。
ここまでくると鹿毛君にも文句の一つも言いたくなってくる。
全く…別に目立つなとは言ってないけれど、ここまでやれとも言っていないんだけどなぁ。
鍾馗を使いこなしてくれている事は嬉しいし、彼が成子坂の窮状を何とかしようと努力してるのは認めるけどさぁ。
目立たない様にステルス戦闘機に加工した意味ないんだけど。
…とまぁ愚痴はここまでにしておいて。
鹿毛君が使っているのが時代遅れとされている戦闘機型アリスギアだったので、その実力をアクトレスを交えて再評価しようというのがこの演習の目的。
演習相手であるAEGISアクトレス部隊は30名。
練度自体はまちまちっぽいけれど…その中に東京シャード最強と謳われる鳳加純が混じっているのは何故なんだい?
比較試験に最強を持ってくるなんて、一体何を考えているんだろう?
いくら悪友の腕が良くても、これじゃ試験にならないと思うんだけどな。
『こちらシャドークラウン、目標宙域に到達した。おい、聞こえているか?』
お、来た来た。
通信機から聞こえる悪友の声は妙に刺々しい。
通信の反応を見る限り、詳細は伝えられていないようだね。
僕が口を開こうとした次の瞬間、鍾馗の周囲を数人のアクトレスが取り囲む。
当然だけど鍾馗はスラスターをふかして急停止した。
機体には一切の動揺は見えないから、状況を冷静に分析しているのだろう。
そろそろ声を掛けるべきかな?
いきなり彼が通せんぼするアクトレスに機銃をぶっ放さない保証は無いわけだし。
「やぁやぁ鹿毛君、聞こえるかな~?」
『霞か。という事は…鍾馗の実地試験か?』
「察しが良くて助かるよ。さすが僕の悪友」
『ちっ…余計な御託は良い。で、ご注文は?』
「…ヒッ………君に…任せ、る」
「大体察しは付いてると思うけど、金魚すくいをやってもらいたいんだ」
『だろうな。…チッ、最悪な予想ばかり当たりやがる』
舌打ちされてしまった。
あのね、呼び出したのはAEGISなんだから僕のせいみたいな顔しないでくれる?
まったく、血の気が多いなぁ。
金魚すくいとは正式名称を『擬似ヴァイス攻撃演習10号』といい、要を言えばあるルールにのっとったアクトレスと戦闘機の鬼ごっこだ。
そのルールは簡単、『双方とも一回攻撃を受けたら終了』というもの。
そんなルールと、数機の戦闘機が多数のアクトレスの攻撃を逃れようと宇宙を泳ぐ姿から、いつしかこの演習は金魚すくいと呼ばれるようになった。
案外ルールがシビアにみえるかもしれないけど、アクトレスにとっては簡単な訓練なんだ。
それに付き合わされる大体の戦闘機パイロットにやる気がないんだもの。
だけど、鹿毛君は違う。
わが悪友は常に容赦なく攻撃を回避して反撃するので、時にはというか大体は狩る側だった筈のアクトレスを全滅させてしまう。
その度に上司にキツく怒られているけど、彼は全く止める気はないようだ。
常に全力でやるという彼の持論は分からなくもないけど、なんか大人げないというか…。
今まで一体何人のアクトレスを涙の海に沈めてきたんだろうね。
『で、ルールはどうすんだよ』
「…赤穂君に一任する」
「あ、そう。アクトレスはトップスとボトムスギアの使用を禁止、君は機銃以外の使用禁止。あとは普通の金魚すくいと同じで良いよ。訓練モードに切り替えてね」
『よし、訓練モードに切り替えた。取り敢えず1分くれ』
「とパイロットは言ってますけど、どうでしょうか?」
「…1分後に演習を開始する、総員準備せよ」
『了解!』
うわ…この指揮官、鹿毛君との会話を全部僕に押しつけちゃったよ。
いや鹿毛君の凶眼が鋭すぎて直視出来ないとはいってもさ、いくら何でもビビり過ぎだと思うんですけど。
おべんちゃらな上にビビりとか本当に使えないなコイツ。
それにしても、鹿毛君の機嫌悪いなぁ。
まぁ君がイラついている理由は分かるけど、そこは自業自得という事で。
うーむ、あの機嫌の悪さはすぐにキレそうだねぇ。
ま、彼が本気になった時の鍾馗の動きとデータを取るには良いんだけど。
「演習開始まであと10秒」
アクトレスはパラパラと移動を始めたが、全般的に空気は緩んでいる。
どうせいつも通りの金魚すくいと高を括っているんだろうね。
そうやって舐めてると、一気に足元をすくわれるよ?
「演習開始っ!」
「え…13番、5番、21番、9番、30番、被弾しました!」
「何っ!?まだ開始1秒も経ってないぞ!」
…ほらね。
始まった…”鹿毛流金魚すくい”が。
演習が始まった瞬間、鍾馗はのほほんと突っ立っていたアクトレスを5人撃墜。
いや、この場合は脱落かな。
これは鹿毛君が金魚すくいで必ずやる戦術だ。
我が悪友曰く『ウォッチアウト』と呼ばれる彼なりのやり方で、“ヴァイスは何もかも一切合切待ってくれない”という彼の持論の元、アクトレスに戦場での見張り能力を付けさせる為に良かれと思ってやっている。
まぁそれとは裏腹に、油断したアクトレスをだまし討ちにしている様な見た目なのが難点だけれども。
というか、今の彼にそんな考えが存在してるかどうかさえ怪しい。
最初の混乱に乗じてアクトレスの集団を襲撃し、次々と彼女らを脱落させていく。
まるでイワシの群れを食い破るサメの様に。
鍾馗は宇宙での視認性の低い黒い塗装で塗られているため、殆どのアクトレスは反撃も出来ず逃げるのに精一杯の様だ。
鳳加純を含めた一部のアクトレスは、体勢を立て直して攻撃に移っている。
鍾馗は魔法の様に様々な方向から飛んでくるライフル、デュアル(サブマシンガン)、スナイパーライフル、バズーカといったショットギアの弾を最小限の動きでかわして集団から離脱した。
開始からわずか30秒、アクトレス14人を脱落させて残りは16人。
残った内の3割は逃がすものかと鍾馗を追いかけていく。
まんまと彼の誘いに乗せられたとは知らずに。
あー、完全に彼のスイッチ入ってるねぇ。
全速力の60%で逃げる鍾馗とそれに必死に食らいつくアクトレス。
彼女らからパラパラと撒かれる銃弾は、まるで後ろに目があるかの様にひらりひらりとかわされてしまう。
最小限の動きで、何度も、何度も。
しかも、段々と鍾馗は速度を落としている。
人によってはおちょくっているように見えるだろうね。
当てられるものなら当ててみろやバーカ、という感じで。
その挑発(?)にムキになったアクトレス達はクロスギアを構えて接近戦に持ち込もうとしている。
その瞬間。
突如機体がその場で反転し、さっきのお返しとばかりに銃弾のシャワーを降らせる。
近付いていたアクトレスは回避できずに弾丸のシャワーを浴びてしまった。
5人の脱落を確認。…残りは11人。
周りが騒めく中、今のデータを冷静に分析する。
機首と機尾に装備されたスラスターと、無重力という空間を利用した超信地旋回。
反転したところでアクトレスに機関砲を2秒ほど連射して離脱。
まさか鹿毛君が1か月で鍾馗をここまで使いこなしているなんてね。
流石の僕も驚きだよ。
鍾馗は機首と胴体に30mm機関砲を6門装備している。
機関砲の発射速度は毎分600発だから120発ほど撃ったと推定できるね。
そして射程は
一方のアクトレスは40mまで接近していたので回避できなかったってワケだ。
襲い掛かってきたアクトレス達を撃退した鹿毛君は、鍾馗を駆って再びアクトレスの集団へと向かう。
そのアクトレス側は鳳加純の指示のもと鍾馗を迎撃する準備を整えていた。
残存のアクトレスを前衛と後衛の2つに分ける。
5人の前衛で鍾馗の動きをかき乱したところで、後衛から必殺の一撃を加える。
迎撃としては確実な方法だ。
一方の鍾馗はこの迎撃網の斜め右から攻撃を仕掛けようとしているね。
何の策も弄さずに突撃するつもりなのかな?
さっきみたいな奇襲は鳳君達には通じないと思うけどなぁ…。
杞憂だとは思うけどね。
一直線に突撃して来る鍾馗に対し、アクトレス達は冷静に照準を向ける。
ショットギアの射程圏内まで後10m。
…勝った。
アクトレスもその指揮官も、誰もがそう思った瞬間だった。
鍾馗がツルっと真横に滑った。
突然の出来事にアクトレス達の対応が遅れる。
その間にも鍾馗は円を描く様に滑りながら機関砲を連射していた。
一見でたらめに見える射撃も、その射線は正確に前衛の一人一人を捉えている。
意表を突かれた前衛は成すすべなく5人全員が脱落した。
A級テクニック『テーブルスライド』。
それは機体のスラスターを駆使し、水平に機体を左右に滑らせる技。
無重力である宇宙ならではのテクニックだ。
言うのは超簡単だけど、この技はスラスターの調整がすごく難しい。
これをさらに難しくしたのが、SS級テクニック『ラウンドテーブルスライド』という水平に円を描く様に機体を滑らせる技で、これが出来るのは全シャードの宇宙船や宇宙機のパイロットの2割しか居ないとされている。
今回鹿毛君が使用したのは『ラウンドテーブルスライド』の方で、前衛部隊を中心に逆向きの6を描く様に機体を滑らせたんだ。
この技は本来ヴァイスのセンサーにエラーを起こさせてその間に逃げるの為のテクニックで、これはアクトレスの使っているセンサーでも同じことが起こるんだ。
このセンサーがエラーを起こすとショットギアの照準装置もエラーを起こし、アクトレスの混乱も相まって数秒の隙が出来る。
その数秒の間に鹿毛君は無防備な側面に回り込んで射撃をしたってワケだ。
そんなことを考えている間にも鹿毛君は後衛に襲い掛かって隊列をかき乱していく。
既に4人が脱落させられていた。
鍾馗が漆黒の鷲となって猛威を振るう中、デブリに潜んでいた一人のアクトレスが躍り出てコックピットに銃口を向ける。
…万事休す。
だがその瞬間、鍾馗は機首のスラスターを吹かせてササッと後退した。
今度は機関砲の射線上に出たアクトレスの方がピンチだ。
彼女は回避しようとするが当然間に合わない。
黒髪で小柄のアクトレスは、そのまま訓練弾を浴びて脱落した。
今の子、かなりいい所まで行ったんだけどねぇ。
限界ギリギリまで気配を消したのは良いんだけど、殺気までは隠せなかったか。
我が悪友はピンチを凌いだ喜びを噛み締める間もなく、鳳君から撃たれた銃弾をひらりひらりと回避する。
鹿毛君を乗せた鍾馗はそのまま鳳君と縺れ合う様にドッグファイトを開始した。
鬼人モード。
それは今の鹿毛君の状態を示す言葉だ。
彼がブチキレたり逆に無念無想の状態になった時に発動する一種のトランス状態で、目標に対して自身の直感と技量を基に文字通り機械的に対処する。
鬼人モード(普段もだけど)の鹿毛君の直感は鋭く、敵意や殺意には敏感に反応する。
だからこそアクトレス達の射撃や接近戦を回避し続けられたんだ。
この能力は昔からあったけど、幾多の死線を潜り抜けてさらに洗練されたねぇ。
今も東京シャード最強のアクトレスと派手に格闘戦を演じているワケだし。
〇〇〇
あ、さてさて…
「演習開始から2時間30分が経過ぁ…」
「あの二人、まだ続けてるぞ…」
「早く終わらせてくれよ…」
ドッグファイトからかれこれ2時間以上が経過。
二人の闘いは一向に終わらず、AEGIS関係者は完全にグロッキーになっていた。
流石の僕も眠くなってくる。
うーん、もう11時過ぎちゃったかぁ…。
この闘いは終わらないというよりかは終われないという方が正しい。
鍾馗が鳳君の後ろを取ったと思ったら鳳君が反転して反撃する、鳳が後ろを取ったと思ったら鍾馗が宙返りして後ろを取る。
両者共にあらゆる技を駆使していて、映像を見ている方が疲れてくる。
今の両者の腕は拮抗しているのか、この激しいドッグファイトは鹿毛君と鳳君の間で一進一退という言葉のラリーを続けたまま一向に終わる気配を見せない。
この闘争を終わらせるには、どちらかが闘いに打ち勝つか、どちらかがグロッキーになって倒れるか、僕らが強制的に終わらせるかしかない。
しかし僕らがこれを終わらせようにも、鬼人モードの鹿毛君は人の話を一切聞かないし、鳳君も熱くなっているのか通信に出ないんだよなぁ。
さて、この闘いはいつ終わるのやら。
んー…いや、この時間なら…もうすぐこの闘いは終わるね。
鹿毛君の負けで。
突如として鍾馗が電池切れを起こした様にピタッと停止した。
いきなりの出来事に、グロッキーの指揮官も今まで闘っていた鳳君も戸惑っている。
指揮官が慌てて鍾馗との通信を開く。
画面に映ったのは、座席に身を預けてすやすやと眠る悪友の姿であった。
威圧感を放っていた彼の姿は何処にもない。
鬼人モードにも一応弱点は存在する。
それはいくらトランス状態になるとは言っても、生理的欲求には抗えないという事。
飲まなければ喉が渇くし、食べなければおなかだって減る。
このモードは特に睡眠欲求に抗うことが出来ない。
もし彼が朝から働いていたとすれば、この時間だといつ睡魔が襲ってもおかしくなかった。
オプションとしてやった事に応じて疲労と倦怠感が翌朝に襲ってくるらしい。
しかも鬼人モード中の事は何も覚えていないというオマケつき。
ホント、得なんだか損なんだかわからない能力だねぇ。
「…演習はこれにて終了とする。アクトレスは鍾馗を回収せよ!」
『了解』
「時代遅れがここまで活躍するとはな…。何事も作り手次第、使い手次第という訳か」
「そうなりますなぁ」
「鍾馗とそのパイロットはこちらにお任せください」
「わかった」
「ありがとうございます、では僕はこれで」
「ではまた」
僕はそそくさと格納庫へと向かう。
格納庫に着くと、すでに鍾馗はアクトレス達によって運び込まれていた。
ここに来た目的は鍾馗に蓄積された戦闘データとさっきの鬼人モードのデータ収集。
実はこれが今回の試験の一番の目的だったりする。
まずは鍾馗から鹿毛君を出さないと…。
キャノピーを開けてコックピットで眠っている悪友を引きずり出し、ポーンと放り投げる。
鹿毛君は眠りながら無重力の格納庫をフワフワと流れていくが、壁に当たる寸前にあの小柄なアクトレスがキャッチしてくれたようだ。
彼はそのまま医務室へと運ばれていった。
僕のコンピュータを鍾馗のデータバンクに接続し、蓄積された戦闘データをコピーする。
よし、最大の目標は達成。
これで今開発中の機体にこのデータをフィードバックさせる事が出来るね。
次は…恐らく今回の演習でボロボロになったであろう鍾馗の整備。
あーあ、今から鍾馗の整備をしたら徹夜確定だなぁ。
いや、それよりも鹿毛君をどう返すか考えないと。
幸いなことにキレる前の経緯は全く覚えてないだろうけど、途中で起きたらまた面倒なことになるし…。
いいや、直したら考えよう。
取り敢えず、今日はいろいろな意味で眠れそうにないね。