「あー、頭痛が痛い…」
頭が妙にガンガン痛むし、全身がカチコチに凝り固まった様に重い。
実の事を言うと、昨晩の記憶がない。
いつどこで何をしていたのか、いつ飲み食いしたのか、いつ眠ったのか。
なぜ成子坂製作所の隊長席で寝ていたのか。
全く記憶にないのだ。
夜遅くまで三人を指揮していた事と電話に出た事は覚えているんだが…。
こう、酔いつぶれて二日酔いになった気分だ。
電話に出た事は覚えているが、中身はさっぱり思い出せない。
そして電話の道具として使っていたと思われる私用の携帯電話は何故かソファーの座面と座面の間に突き刺さっている。
まるでその場の怒りに任せてソファーに叩きつけた様に。
着信履歴を調べてみると、最後の着信は元の職場であるAEGISからだった。
そして極めつきは『昨晩、怒気どころか鬼気を纏ってハンガーにやってきて、鍾馗に乗りこむとどこかへ飛んでいった』という磐田整備長や鈴木有人の証言。
ここから導き出された結論は”昨晩はAEGIS関連の任務で何かをやっていた”という事。
多分面倒になって無念無想の境地で臨んだんだろうな。
…もしくは任務をやる前かその途中でブチ切れたのか。
酒以外で記憶が飛ぶとすればこれらしかない。
まぁ何にせよ、仕事をやったんなら後で報酬が入ってくるからいいや。
取り敢えずコンビニに行って頭痛薬やらを買ってこよう。
座席から文字通り重い腰を上げると、身体のどこかからパキパキパキッという音がした。
近くのコンビニで頭痛薬と栄養ドリンクを買って事務所に戻ると、既に文嘉とシタラが出勤していた。
女性特有の高めの声が挨拶という砲弾になって頭に直撃する。
俺が思わず顔をしかめるのを見て、文嘉が怪訝そうな顔をした。
「どうかされましたか、隊長?」
「少し頭痛がするだけだ、どうってことない」
「そうですか」
うーむ、朝から早速部下に心配を掛けてしまったな。
そのことを反省しつつ、即効性の風邪薬と栄養ドリンクを飲む。
朝礼を始める頃には頭痛は問題ないレベルまで落ち着いた。
「今日の連絡を伝えたいんだが…夜露はまだ居ないのか」
「はい、恐らくまた遅刻でしょう」
「だろうな、今日はどんなトラブルに巻き込まれたのやら」
「いつもながらトラブルに愛される体質だよねー」
「だな…」
最近この会話が朝の挨拶代わりになっている気がする。
言っておくが、夜露の勤務態度には全く問題はない。
寧ろ勤務態度はすこぶる良好であり、まじめな性格の好人物だ。
まぁ問題があるとすれば、彼女がトラブルに愛され過ぎているところだろうか。
彼女が行くところトラブルが頻発…とは言わないものの、まぁまぁ起こる。
軽い場合はおばあちゃんが困っている的な奴なのだが、酷い場合は交通事故に遭遇する。
真面目でお人好しな彼女はどうしても困っている人を助けずにはいられず、それに関わって遅くなってしまうのだ。
『トラブルメーカー』ならぬ『トラブルに巻き込まレーター』といったところか。
…あんまし上手くねぇな。
シリーズ物のサスペンスを読んでいる度に『こんなに事件に遭遇する人間が居るかよ普通』とつくづく思っていたのだが、夜露のトラブル遭遇率を見てるとそういう人も居るんだなぁと実感せざるを得なかった。
彼女の志望先であるオモチャ会社の開発や営業よりも医者や救急隊員の方が向いているんじゃないか?と最近思うようになったのは夜露には内緒だ。
「おはようございますっ!」
「よし、夜露が駆け込んで来たところで朝礼を始めたいんだが…」
「何か問題が?」
「今日は何も任務が来ていない。必要になったら呼び出すから自由に過ごしてくれ。では、一旦解散」
稀にだが一応こういう日もある。
こんな場合は開店休業も同然なので、基本的にアクトレス達には自由に過ごしてもらうことにしている。
今日は休日なのでなおさらだ。
最初は仕事がない事にパニックになったものだが、5回目となるともう慣れてしまった。
アクトレス達は示し合わせたように行動を始める。
文嘉はいつも通りの読書に、夜露は子供たちへの読み聞かせをしに図書館へ行くのだろう。
さて、俺もあそこに行って勉強しないと…。
席を立とうと思ったのだが、シタラが眼前から動かない。
「ん?どうしたシタラ」
「隊長、ゲームセンター行かない?」
〇〇〇
ゲームセンター。
子供の頃はなけなしの小銭を握りしめてお気に入りのゲームをしによく行ったものだが、中学高校を過ぎるとぱったりと行かなくなってしまった。
AEGISに入隊すると忙しさからゲームという存在すら縁遠くなってしまった。
ところが最近では兼谷シタラという部下の少女に誘われるまま半々ゲームセンターの常連の様になっている気がする。
理由は二つ。
今通っているゲームセンターが成子坂製作所にほど近い位置に存在し、仕事終わりや休憩に寄るのにちょうどいい立地なのがその一つ。
もう一つは隣で息巻いている褐色の少女の存在が大きいだろう。
「よし、今日こそ隊長に勝つぞー!」
「あのゲームに拘らずとも他で勝ってるんだからいいだろうに」
「どーしても譲れないものがここにあるっ!」
「はいはい、目的地に着いたぞ」
そんなことを話しながら、俺達はあるゲーム機の前で止まる。
アーケードゲーム『ゴッズオブドッグファイト(Gods Of Dogfight)』
GODという略称で呼ばれるこのフライトシミュレーションゲームは俺の子供の頃からあるゲームで、シリーズとしては確か4作目だったと思う。
いわゆる空戦ゲームと呼ばれる奴で、チーム同士で戦って制空権を獲得する比較的自由度の高いゲームだ。
オンラインのチーム対戦だけではなく、1対1で戦うデュエルモードや単独でミッションを楽しむモードもある。
機体構成も1000機以上と豊富で1920年代のプロペラ機から現代のジェット機とありとあらゆる時代のあらゆる国の機体がそろっている。
最初はしょせん子供向けのゲームと思っていたのだが、リアルな操作と機体挙動、弾薬や燃料制限やら機体強度といった要素もあり案外シビア。
360度を囲むモニターは鍾馗のフライトシミュレーターとよく似ており、あのシミュレーターよりシビアなゲームは訓練にも最適で、意外とお気に入りのゲームだったりする。
「うぉぉぉぉ…!」
で、何故シタラがこのゲームを前に燃えているかというと、GODで俺に連戦連敗中だからである。
最初は単なるジュースを賭けた勝負だったはずなんだけどなぁ…。
その戦いで5対0でボロ負けしてからというもの、シタラは俺とゲームセンターに来るたびにこのゲームで俺に勝負を挑み…そして連敗記録を重ねている。
連敗はしているものの、別にシタラがこのゲームが下手という訳ではない。
得意ゲームの一つだって本人は言ってたし、実際に動きは良い。
やはり実戦経験の有無が大きいのだろう。
実際、シタラが得意とする音ゲーやFPSでは彼女に手も足も出ないわけだし。
このバトルを面白くするために、俺はある縛りを設けることにした。
名を『鯉下り』という。
「えっと、2回勝ったからワンランク下がって…一式戦闘機一型『隼』か」
「ついに来た…F-2A支援戦闘機」
「いよいよヤベェな…」
鯉下りとは日本機ツリーを利用した縛りルールだ。
最初は双方ともに『火龍』からスタートし、片方が勝ったら勝者はワンランク下の機体に下げ、敗者はワンランク上の機体に上げる。
双方が不慣れな機体で挑むことによる縛りと、このゲームを俺の戦闘訓練とする為の縛り。
…一応シタラへの救済措置でもある。
「よし、勝つ!」
「あー…お手柔らかにお願いします」
どう戦略を練ろうか迷っている間にもゲームは無慈悲にスタートした。
「あーもーヤバい…」
口ではそんなことを呟きつつ、頭がフル回転する。
闘いの舞台はビル群を備える市街地A。
旋回性能の良い隼には隠れる場所に富むので大きなアドバンテージだ。
俺が操る隼の武装は7.7mm機銃1挺と12.7mm機銃が1門のみ。
一方シタラが操るF-2は空戦パッケージを使っている筈だから短距離ミサイル4発と長距離ミサイル4発か…。
絶望的なレべルではあるが、勝てないという訳でもない。
そもそも速度域が違い過ぎるし、空対空ミサイルは脅威そのものだが、全てのミサイルを避けてしまえば武装は機関砲1門のみとなる。
M61A1 20mmバルカン砲は毎分6000発の発射速度と弾丸の威力こそ脅威だが、弾数は500発強しか無かった筈だ。
避け続けさえすればあっという間に弾切れになるはず。
落とされないが、落とせないという奴である。
更にこのゲームのミサイルはやや誘導性が悪く、機銃弾が運悪く命中すれば爆発する。
今回は初のドローになるかもしれないな。
まずは押し寄せる4発の長距離ミサイルを避けたらだが。
「もう来たか…」
ミサイル警報に早速心臓がバクバクする。
幸いにもここは市街地だ。
ミサイルをビルに当てるように動けば無力化できるだろう。
高度を下げてビル群に潜ると、追いかけてきた4発のミサイルはオフィスビルに命中した。
崩壊するビルを見ると多少心が痛むが、すぐに戦闘モードに切り替わる。
赤外線誘導ミサイルが飛んできたからだ。
今度は3発か…。
思い切って地面スレスレを飛行し、隼特有の低空での機動性の良さを生かして高架下へと潜る。
潜り抜けた所で直角を描く様に一気に上昇する。
欺かれたミサイルは高架橋に当たって派手な爆炎を上げる。
安堵して水平飛行に移った瞬間、上昇するF-2が目に入って思わずギョッとした。
いかん、俺としたことがミサイルの回避に夢中になってて索敵を完全に忘れてた。
シタラもさぞ驚いているだろう。
此方はミサイルの回避の為に高度を上げ、シタラはミサイルの命中を確認するために高度を下げたからだろうな…多分。
その経緯はともかく、正に絶体絶命と言える状況だ。
で、俺はどうしたのかというと。
何をトチ狂ったのかシタラとの正面決戦を挑んだ。
前方に機銃が付いている戦闘機同士の闘いでヘッドトゥヘッドは最もしてはいけない行為の一つである。
では何故それをやったかというと、自棄になったの一言に尽きるだろう。
F-2が速すぎてあっちから向かってくるわけだし。
機銃の射程圏内まで2.15秒。
どこかに当たれば儲けもの、失敗したら確実に死ぬ。
機体を旋回させてF-2を正面に捉える。
シタラの方も避けりゃいいものを、完全にこちらに突っ込む気だ。
機関銃が火を噴き、お互いに激しい銃火を浴びせあう。
F-2の20mm弾が隼の左翼を貫いてもぎ取り、隼の12.7mm弾が右翼に備わっていた短距離ミサイルを自爆させて右翼を破壊する。
コントロールを失った隼は左に傾いてF-2のコックピットへと迫り…。
初のドローになった瞬間だった。
〇〇〇
闘いを終えてゲームセンターを後にした俺が次に向かったのは…区立図書館。
何もなければここに来るつもりでいた。
この図書館はゲームセンターよりさらに事務所に近く、区立という割には蔵書数もかなり多い。
読書が趣味の文嘉にとっては正にパラダイスだろう。
まぁ俺が来た理由は娯楽じゃなくて勉強なんだが。
この一か月スタンドアローンで力尽くな経営手腕しか発揮出来てないことを反省し、少しでも本を読んでビジネスを学ぼうと来ている次第である。
前回は『アンポンタンでもわかる経営のあれこれ』を読もうとして失敗したので、今日は更にレベルが低そうな『類人猿でもわかる経営』を読むことにしよう。
席についてページをめくり、中身を読み進めたのだが…。
ぜんっぜんわっかんねぇ!!
いちいち専門用語が多すぎて分かんねーんだよ!
しかも用語の説明も一切ねぇしっ。
俺みたいな脳筋パイロットじゃこれっぽっちも理解できねぇんだよ!
ただ用語をつらつらと文章っぽく並べ立てただけだろコレ!
こんな内容じゃオランウータンでも理解できるか怪しいもんだなっ。
読んでてイライラしてきたので、6分45秒で読むのを止めてしまった。
くそっ、早速イライラしてしまった。
あ、そうだ。
文嘉にお勧めの本を聞けば良いんじゃないか。
読書が趣味で司書を目指している彼女の手にかかればあっという間に見つけてくるだろう。
何でこの手が思いつかなかったんだ…。
よし、探しに行くか!
俺は文嘉を探しに席を立った。
〇〇〇
読み聞かせをしていた夜露に居場所を教えてもらい、図書館を歩くこと数分。
書庫に埋もれる様な読書スペースでようやく文嘉を見つけた。
ちょうど何かの本を読み終わった所のようだ。
「あら、隊長どうされました?…もしかして私を探しに?」
「ん、まぁそうだな」
「出撃ですか?」
「ノンノン、俺みたいな脳筋パイロットでもわかる経営の本を探しに来たんだが…ん?」
ふと文嘉の背後にある机に目が行く。
机の上には文嘉が今さっきまで読んでいたであろう書籍が何冊か積まれていた。
脳筋男には理解が難しそうなタイトルだったが、どうやら中身はアクトレスに関連する事らしい。
「どうかされましたか?」
「アクトレス関連の本を読んでいる様だからな。少し気になったんだ」
「アクトレスの能力の衰えを調べてまして…」
「ん?体の調子が悪いのか?」
「いえっ、そんなことは…心身ともに健康です!」
「そうか。しかし…確かに能力の衰えは重大な懸案事項だな」
「はい」
エミッション能力は無限という訳ではなく、いつかは衰える時期がやってくる。
平均的には20代後半と言われていて遅い場合は30歳代らしいが、早い時には20代前半で来ると言われている。
エミッション能力が衰えれば、無論アリスギアは使えない。
アリスギアが使えない=アクトレス引退となるので真面目な彼女は気になっていたのだろう。
こういうのって俺が気にしないといけない奴なんだよねぇ。
「それに気付くとは流石だな。俺は考えてなかったぞ」
俺は褒めたつもりだったのだが、何故か文嘉は固まっている。
え?あれ、俺なんか変なこと言った?
早口でもにょもにょと言っているが、何か踏ん切りのつかない事があるのだろうか?
「どうした、悩みがあるなら行ってみろ」
「え?それはちょっといくら隊長でも…。いえ、もしかしたら隊長なら答えを…でもこんなことを隊長に聞くべきか…」
「おーい、はっきり言ってくれよ」
「甘えてもいいのでしょうか?」
「どうぞどうぞ」
「分かりました、ではお言葉に甘えて言わせていただきます」
「お、おう…」
一礼して気を付けの体制で何を言おうとしているんだ…。
もしかして不満か?それとも俺への説教か?説教なのか?
頬を冷や汗が垂れる。
「隊長、私ってポンコツですか?」
「ふえっ?」
え?ポンコツ?
思わず間抜けな声が出たが、すぐに表情を真剣なものに戻す。
ポンコツ…ポンコツってアレか?
オンボロと同系統の意味のアレか?
文嘉は若いのに古くて使えないってどういう意味だ?
俺の貧弱な脳みそが混乱する間にも、文嘉の表情はどんどん曇っていく。
ヤバいヤバいヤバい、フル回転して早く返答を導き出せ俺の頭!
ええいっ、ままよ!
「そんなことはないと思うぞ。お前には物事を冷戦に見て分析する能力がある。夜露は真面目だがパニックに弱いし、シタラはふざけることもあるからな。お前のような人材は何処でも貴重なんだ。第一事務作業もまともに出来ない俺を手伝ってくれている時点でポンコツ要素なんかどこにあるってんだ?」
そう言い切ったところで胸板に重みを感じた。
文嘉が涙を流しながら胸に縋ってきていると気付いて体が硬直する。
彼女は何故か泣いていた。
誰かにポンコツと言われ、まじめな彼女はひそかに気にしていたのだろう。
「ほーら、泣け泣け。今は俺しかいないからな。たっぷり泣いてそんな気持ちなんぞ流してしまえ」
嗚咽する文嘉を受け止めつつ、右手で彼女の頭をそっと撫でる。
俺が来る前から経理やら事務作業やらといった苦労をこなして成子坂を支えてくれた功労者なのだ。
偶にはこうやって気を晴らさないとな。
ほんの少し文嘉の父親になった気分になった7分間だった。
「ふぅ、スッキリしました」
「そうかそうか。まぁ相談しにくいこともあるだろうが、悩みがあるならちゃんと言えよ?」
「はい…。そういえば、何の御用ですか?」
「ああ、分かりやすい経営の本を探していてな。子供向けの奴でも良いんだが」
「かしこまりました。少しお待ちください」
「よろしく頼む」
数分後、彼女は10冊の本を持って戻ってきた。
最初は量に圧倒されたが、本を開いてみるとわかりやすい内容でするすると読み進んでいける。
成程、司書を目指すだけはあるな。…司書がどんな仕事なのかは知らないケド。
おっと、いかんいかん。勉強に集中しないと。
子供に読み聞かせをする夜露、ゲームをするシタラ、再び読書に戻る文嘉、そして経営の勉強をする俺。
各々が思い思いの方法で過ごしたインターミッションの一コマだった。
次回、新たなマシーンが登場?