アリス・ギア・アイギス 影道化師の辻芸   作:NAIADs

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珍しくハイペース。


Ep.07 『燃える蛇、墜ちる翼』

「着陸アプローチに入ります、準備はよろしいですか?」

『おう、いつでもいいぞ。降りてこい』

「了解しました」

モーターの出力を絞ってフラップを展開し、脚を降ろす。

プロペラの直径が大きいので注意は必要だが、恐らく問題はないだろう。

というか何十回もこなしてきたことだ。

高度計が20mを示している。

モーター出力を限界まで落とし、操縦桿を引いて機体をアップの姿勢に持っていく。

隼は離陸の時と同じくふわりと着陸した。

機体が軽いからか、着陸滑走はブレーキを掛けると40mと極めて短い。

今日も今日とてハンガーの前でピタリと停止できた。

 

キ43-Ⅲ丙を受領して一週間ちょっと。

抜群の整備性と圧倒的な低コストを発揮した隼は、シャード内専用とはいえ成子坂製作所の貴重な戦力として認識されるようになった。

出撃コストは鍾馗の半分以下どころかうちのアクトレスよりも安い。

整備性も良くて故障知らず、おまけに強いと来た。

コスパ最強すぎるだろ、隼。

お陰で三人を相手とした金魚すくい訓練も気兼ねなく出来る。

アクトレスどころか隊長までフル出撃するという異常なシフトだが、取り敢えず我らが成子坂製作所は安定期に入っていると言えるだろう。

ただし…

「任務も無いからいったん寝るわ…ふわぁ」

「お疲れさまです、隊長」

「何かあったら遠慮なく起こしてくれ」

「はい」

アクトレス兼隊長を務める俺の消耗が半端ない。

ドッグファイトを主体とする隼は元々パイロットへの疲労が大きい。

しかも出撃して指揮を執ってまた出撃して…という事を繰り返しているので猶更だ。

最近では鍾馗のシミュレーターが俺の仮眠室代わりとなっている始末。

経理やら何やらも文嘉に任せきりになってしまっている。

せっかく経営を勉強したのに全く生かせておらず、寧ろ部下に負担を掛けてしまっているダメダメ隊長っぷりだ。

そのことを反省しつつ、栄養ドリンクを飲んで俺は眠りについた。

 

〇〇〇

 

コンコン…コンコン…

 

…ん?誰かがシミュレーターを叩いているな。

もうそんな時間か…。

って、おいおい…手のひらでバンバン叩くなっての。

確かに遠慮なくって言ったけどよぉ。

もうちっと優しく起こせよな…。

「ふわぁ…」

寝ぼけ眼で開閉スイッチを探し、ポチっと操作する。

ウィィィィンというモーター音と共に、ゆっくりと蓋が開いていく。

隙間から見えたのは、こちらを覗き込む知らない女の顔だった。

思わず驚いて立ち上がった。

当然のことながら、頭上には開きかけの蓋がある訳で。

「どうわぁつ!?…いてー」

コメディアニメの様にガツンと頭をぶつけた俺はそのままひっくり返る。

シミュレータが完全に開ききる頃には痛みで悶絶していた。

我ながら間抜けな絵面だが、がっつりぶつけられた脳みそにそれを考える余裕はない。

紅い目をしたその女は指で長方形を作ると、そのままどこかへ歩いて行ってしまった。

「…大丈夫か、隊長」

「はぁい、だいじょうーぶですよ…いわたさん」

「ほら立て、嬢ちゃんたちが呼んでるぞ」

「了解でぅすう」

磐田さんに引き起こされ、そのまま事務所へと向かう。

まだふらっふらの千鳥足だった。

 

「#&%@$…」

事務所の隊長席にどかっと座っても、まだ頭の上をピヨピヨと小鳥が舞っていた。

黄色い小鳥が物理的に見える気がする…。

三人の話もまともに耳に入ってこず、口を開いてもまともに言葉が飛び出さない。

ただ頭をぶつけただけなんだがなぁ。

だが三人が数分議論しているうちにようやく頭が回復してきた。

回復した耳をフル活用してみると、どうやら三人は叢雲の業績についての話をしていたようだ。

「叢雲工業の大型ヴァイス撃退案件は達成率に偏りがあるわね」

「…つまりどういう事っすか?」

「つまり、大型を撃破したり撃破しなかったりしていた事がある訳か」

「そういう事になります」

文嘉の操作でモニターにデータが表示される。

AEGISと随意契約を結んでいる叢雲の大型ヴァイスの撃墜数はまさに圧倒的といえる数値だ。

だが、撃墜率となると話は違ってくる。

宇宙港や市街地といったシャード内の重要施設の撃退率はほぼ100%だ。

しかし、宇宙となると撃退率は半分近くまでグッと下がる。

その理由としては活動停止中で脅威度が低いとか、ヴァイスが見つからず捜索中といったもっともらしいものが挙げられていた。

だが、飢えたハイエナの様に大型ヴァイスを探し回り撃破するウチ(つーか俺?)としては、納得いかない部分があるのも事実だった。

確かに撃破せず増殖させている可能性はあるかもしれない。

「うーむ、養殖か…」

「隊長、調べてみる価値はあると思います」

「よし、外壁案件を受注する。チーム成子坂、出撃!」

「「「了解!」」」

作戦指示所に向かいながら、俺は一抹の不安を抱いていた。

もし外壁での養殖が事実だとして、どういう大型ヴァイスがどれほど増殖しているか分からない。

だんだん実力を付けているとはいえ、そんな場所へ放り込むのは心配だった。

ちゃんと帰ってこれるよな…?とか思っていたのだが。

 

全くの杞憂だった。

三人は遭遇した大型ヴァイスを普通に撃墜して帰ってきた。

しかも2回も。

日頃から訓練を重ねていたとはいえ、よくここまで成長したなぁ。

そういうことを考えていたら涙がちょっと出てきた。

しかし、俺の感動とは無関係に事態はトントン拍子に進んでいく。

確信を持った文嘉は今すぐ何かの行動を起こしかねない状態だ。

もう纏っているオーラがヤバいもんね。

ほんとこの子怖い。

「隊長、厳重抗議してよろしいですね?」

ほーらきた。

「だーめ」

「何故ですか!これでもまだ」

「これだけでは状況証拠に過ぎない。下手すりゃ成子坂が叩かれるんだぞ」

「ではどうしろと?」

「元AEGISのワークホースが一緒に出て証拠を見つけるしかないんじゃないの?」

「…え?」

「外壁案件は受注しておいた。チーム成子坂及びクラウンシャドーは直ちに出撃。三人とも大丈夫だな?」

「大丈夫っす!」

「大丈夫―」

「ありがとうございます、隊長!」

夜露達と共に出撃の準備をする中、俺は再び不安に襲われた。

悪寒というべきか恐怖というべきか、心臓に氷のような冷たいものが走る。

嫌な…予感というには余りにも具体的な感覚。

この感覚、前にもあったな。

何の事だったかはすっかり忘れてしまったが。

感覚のバグだと判断した俺は再び出撃準備に取り掛かった。

 

〇〇〇

 

数分後…。

俺は外壁区域344に来ていた。

この付近は死角が多く、大型ヴァイスの養殖には丁度良い。

もしやってたらだが。

別々の任務を受注した俺と夜露達はここで合流し、共にこのエリアを調査するという算段の元に行動している。

今日は久しぶりに鍾馗の調子がいい。…序でに言うと俺も上機嫌だ。

モニターから見える吸い込まれそうな漆黒の星空。

スラスターによって無重力の空間を自由に動き回れるこの感じ。

何もかもが久しぶりの感覚だ。

身体が、心が、精神が、俺の全身全霊そのものが喜んでいる。

小型ヴァイスを蹴散らしつつ慣らし運転をしていたら、いきなりビィービィービ―!という警報が鳴った。

初めて聞く警報に戸惑ったが、すぐに全周囲モニターに表示される情報に目を通す。

すぐに自分の目を疑う事になった。

 

レーダー上で6体のサーペントが続々こっちに向かって来ている。

…最悪だ。

 

全身がビーム砲の発射台といっても過言ではないサーペントは、大型ヴァイスの中でも投射火力が高い傾向にある。

いうなれば第二次世界大戦期の爆撃機のような物だ。

最低でも15以上はビームの発射機が存在する。

その為、気を抜いてるとあっという間にシールドのHPを減らされてしまうのだ。

それが編隊を組んで襲い掛かってくるのである。

サーペントのコンバットボックスから放たれるビームの滝は脅威とかそういうレベルじゃない。

下手すりゃアクトレスの3倍以上ある鍾馗のシールドでも秒で削られかねない。

ここは一旦逃げるほかないだろう。

まずは連絡しないと。

「クラウンシャドーより成子坂。すまん、ハチの巣を突いちまったらしい!」

『すぐに向かいます。大型の数と種類は?』

「蛇の数は6体、なるべくこちらで数を減らしてみる」

『無理しないでね、隊長』

『頑張ってください!』

「おう、待ってるぜ!」

通信を切ると、頭脳が早速フル回転を始めた。

鍾馗と夜露達の位置を基に計算すると、彼女らと合流するには推定で7分。

一方、サーペントはすぐ近くまで来ている。

さてさて、しっかりと時間を稼がないといけませんなぁ。

まずはミサイルで牽制するかな。

機体を180度旋回させ、5連装ミサイルと拡散ミサイルを放つ。

適度にばらけたミサイル達は、各々目標であるサーペントへと向かっていく。

爆炎視認、命中を確認。

警戒したのか、サーペント達のスピードが少し遅くなった。

このまま遠距離からのミサイルで遅滞戦闘といこうかな。

ただしミサイルの再装填には10.7秒、ミサイルの使用残数はあと3回。

どれだけ粘れるかなぁ。

機体を再び反転させてサーペントから逃げつつ、ミサイルの再装填を待つ。

そういえば、現役時代はこんな感じで大型ヴァイスから逃げてたなぁ。

あの時乗ってた宇宙戦闘機はミサイルが6発しか無くて、1発1発を大切に少しづつ少しづつタイミングを考えて使わなきゃいけないから大変だったな。

そんなことを思い出していたらミサイルの再装填が終わる。

お、このミサイル真後ろの敵にも撃てるのか。

逃げながら撃てるなんて最高だな。

首が痛くなるまで振り返らないといけないのが難点だけれども。

ミサイルはサーペントの群れ全体にまんべんなくダメージを与えてはいるが、1体当たりのダメージは小さい。

このままだとジリ貧だろう。

1体ずつ格闘戦に引きずり込んで各個撃破するしかない。

早速サーペント編隊の側面から釣ってみると、1体が引っ掛かってこちらに来た。

センサーによると半分近くまで体力が削られている様なので、このまま至近距離に近づいてもいいだろう。

ビームを避けて首の下に潜りこみ、鉛弾をプレゼントする。

200発ほど送った所で1体目のサーペントの体がはち切れた。

奴の爆発を見る暇もなく、プレゼントをお届けするために再び群れへと向かっていく。

先程の要領で2体目を群れから引きずり出してドッグファイトに持ち込もうとするが、出てきた蛇は学習しているのか中々近くに寄ってくれない。

近付いては逃げられ、近付いては逃げられという攻防をやり始めて3分経つ。

業を煮やした俺は思い切り側面から接近してミサイルをぶっ放すというゴリ押しの策に出た。

辛くも撃墜は出来たものの、シールドに4、5発被弾してしまう。

そして遂にサーペント達が誘いに乗ってこなくなった。

4体の蛇はコンバットボックスを崩さず、スピードを上げてこちらをビームの物量で押しつぶそうとしている。

このままじゃ不味いかもしれない。

もうミサイルを撃ちつつ突撃するしなけりゃならんかと思った瞬間だった。

 

救いの女神の一撃がサーペントを貫いたのは。

 

「来てくれたか!」

『騎兵隊、ただいま到着ーッ!』

『助けに来たっす!』

『大丈夫ですか、隊長!?』

「おう、なんとかな。よーし、総員攻撃開始!」

『了解!』

奴らがコンバットボックスを築くならば、俺達がそれを打ち破るまでだ。

夜露達が来るまで粘った俺は、彼女らと共同でサーペントを迎撃し全機を撃墜した。

俺がミサイルを撃ち込みつつ突撃してヴァイスの群れを崩し、アクトレス達がヴァイスを各個撃破するという戦法は今後の役に立てるかもしれないな。

しかし…。

出撃前に感じた悪寒は一体何だったのだろうか。

闘っている最中は考える暇もなく、終わってみると予感が一体何を示していたのかよく分からない。

サーペントの編隊と出会った事がそうだったのか、それともただの杞憂だったのか。

杞憂という事にしておこう。

だが、それがとんでもない間違いだったと気付いたのは割合すぐだった。

それも最悪のタイミングで。

 

〇〇〇

 

三人と共に成子坂製作所まで帰還して、着陸の為に高度を下げた時にそいつは訪れた。

フラップを開き、ランディングギアを降ろした瞬間。

突如激しい爆発音と振動が起き、ジリリリリリというエンジン火災の警報が鳴り響いた。

すぐにシューっという音が警報をかき消す。

自動消火装置の作動を確認、グランサーがあるから飛行にはまだ問題ない。

一旦取り敢えずゴーアラウンドしよう。

モニター越しに黒煙を確認した瞬間、何故かガクッと機体が下がった。

爆発の衝撃で今度はグランサーのシステムが落ちたらしい。

泣きっ面に蜂ってレベルじゃねぇぞ!

「くそっ、どうあがいても着陸するしかないのかよッ!」

何もかも最悪だ畜生!

シャード内では使わないスラスターを作動させながら、スルスルとゆっくり滑空を行う。

ギリギリのところで電線を避け、何とか滑走路に滑り込んだ。

ズシンという衝撃と共に、俺は自動的に全力でブレーキを掛けた。

キャキャキャキャッというタイヤの軋む音はするが、機体は全然止まる気配を見せない。

俺は思い切って機体前方に付いたスラスターを全力で吹かせた。

「止まってくれぇーっ!」

その願いが届いたのか知らないが、機体は成子坂製作所の前で何とか止まった。

墜落を免れたことにふぅと安堵のため息をつく。

 

キャノピーが開いたので慌てて機外へ出ると、鍾馗は痛々しい姿だった。

余りの惨状に目を覆いたくなる。

爆発した後部胴体が無残という言葉を通り越して悲惨だった。

その破片を食らった垂直尾翼ももれなくボロボロ。

エンジンとタイヤがもうもうと灰色の煙を上げ、ゴムの焼けるにおいがする。

「隊長、危ねぇから退きやがれ!」

「消火しますから退いてください」

「消火急げーっ!」

呆然とする暇もなく磐田さんに突き飛ばされ、尻もちをつく。

立ち上がれた筈の俺はリモコンで一時停止を掛けられた様に何も出来なかった。

思考も完全にフリーズした。

立ち上がることを忘れた俺の目の前で、整備員たちが消火器を持ち出し消火を開始する。

黒かった機体が消火剤によって白く染まっていく。

言葉を発しようとしても、口がパクパクするだけだった。

ギアを外した夜露達が心配そうに近づいてくるが、それに反応する事すらできない。

立膝のまま石膏像のように白くなっていた。

 

俺が愛機を失った瞬間だった。

 


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