「…え、鍾馗が壊れた?」
白塗りの研究室に僕の声が響く。
部下たちが僕の声に反応するが、手で制して電話に集中する。
それは出社して遅めの朝食のビタミンゼリーを食べていた時に掛かってきた。
何故かプライベートで使う携帯の方に。
その電話を掛けてきたのは、成子坂製作所に所属する比良坂夜露という少女。
日頃から彼女の隊長である鹿毛君から非常時には僕に連絡するように言い含められていたらしい。
プライベートの携帯に掛かってきたのはそれでか。
僕は叢雲工業の親会社に勤めているからね。
「成程、先輩の百瀬君は叢雲とAEGISにとぼけられて怒りに燃え、リミッターの鹿毛君は鍾馗が壊れたんで意気消沈。面倒なことになったワケね」
「ちょっと収拾がつかなくなってて…」
「だろうねぇ…」
AEGISと叢雲の醜態はどうでもいいとして、このまま鹿毛君を放っておくのは不味いな。
いつあのトラウマでパニックになるか分からないし。
鍾馗が壊れた原因も探っておきたいし。
あと、序でにトラブルになる前に彼の代理で指揮をしておこうかな。
「1時間ほどで着くから待っててね」
「ありがとうございます!ではこれで失礼します!」
彼女はつんざく様な声でお礼を言って早々と電話を切ってしまった。
ふーん、鹿毛君って結構慕われてるんだね。意外。
「どうされましたか、主任?」
「ちょっとラーメン屋さんへ行ってくるよ。磨墨君、池好君付いてきて」
「了解。トレーラーを用意します」
「いいですぜ。で、あっしらは何しに行くんです?」
「調理道具の修理」
「了解っす」
成子坂製作所に行くことを、僕たちはラーメン屋に行くと言っている。
ただナルコとナルトを掛けただけなんだけどね。
子会社のライバルを支援してるなんて上司にばれたら不味いし。
ま、一応手は打ってあるけど。
〇〇〇
キッチリ1時間後。
ラーメン屋『鳴子』…ではなく成子坂製作所に到着してみると、中々の酷さだった。
眼鏡を掛けた少女…恐らく百瀬君は顔を真っ赤にして爆発しかかっており、ゲームをしている褐色の少女…兼谷君は何故かテンションが低い。
鹿毛君はまさしくどんよりという言葉が似合うほど落ち込んでいた。
唯一まともに動いている夜露君がみんなを心配そうに見つめている。
メンバーのモチベーションは最悪だったけど、取り敢えずの救いは2つある。
まず鍾馗の損傷が思ったよりマシだったこと。
エンジンは交換が必要だけど、その他は何とか再建できそうだ。
何故壊れたかはともかく。
二つ目は鹿毛君の落ち込み度が5段階で2程度だったことだ。
最大の5まで行くとトラウマが蘇ってパニックになってしまう。
あの時は大変だったなぁ。
夜露君の話によれば落ち込んではいても指揮はしているみたいなので問題はないだろうね。
というか、この程度だったら”ある事”によって落ち込みは解除される。
叢雲工業が造ったという新型機の噂、うちの上司とAEGISと叢雲工業のバカさ加減を考えると、もうすぐそれはやってくる。
出来ればこの予感は当たって欲しくないんだけどなぁ。
「…大丈夫ですかね?」
「大丈夫大丈夫、鹿毛君はもうすぐ元気になるよ」
「本当ですか!」
「正確に言うと、もうすぐ皆はシャキッとしなきゃいけない」
「え?」
夜露君が首を傾げた瞬間、それは最悪の形となって表れた。
けたたましく鳴り響くサイレンによって。
テレビは緊急放送に切り替わり、大型ヴァイス警報と避難指示情報が表示される。
「だから言ったじゃない!」
「だよねー、大型ヴァイスがびっしりだ―」
「このままじゃ街が…」
百瀬君が吠え、兼谷君が呆れ、夜露君が心配する。
そんな中で響く僕の間延びする声は場違いだったかもしれない。
この場に似合う声なんてないかもしれないけど。
「はいはーい。みんなー、僕と一緒に指揮室に来てねー」
「え、どうして?」
「窓の外を見てみなよ」
三人が窓の外を覗くと、ちょうど鹿毛君を乗せた隼が離陸していくところだった。
あー…やっぱりそうなったかぁ。
「隊長!?」
「ありゃりゃ…」
「要請もなしに出撃するなんて…」
「戦闘機乗りとしてのサガさ」
「どういう事っすか?」
「彼らは警報を聞いたら数分以内に出撃するように出来てるの。所謂スクランブルだね」
「もうこうなったら正当じゃなくても出撃しちゃお!」
「会社を潰す気?違法行為は一発で業務停止よ」
「だから後付けで理由を作るのさ。早くおいで」
「は…はい」
三人を連れて指揮室の中に入ると、既に通信機が鳴っていた。
既に戦闘高度に上がっているのだろう。
『こちらダークホース。オペレーター、方角を指示せよ。繰り返す…』
「ありゃりゃ…」
テープの様に繰り返される機械的な音声に夜露君達は困惑している。
AEGIS時代のコールサインに戻っているし。
あー、鬼人モードが発動しちゃってるなぁー。
「機械みたいな声…」
「早く任務を受注しないとね。ヴァイスの予想進路は…」
「いや、AEGISとの臨時契約をですね…」
「叢雲とべったりな所とそんなことできると思う?鼻で笑われるのがオチさ」
三人は口籠ってしまった。
キツイ言い方だったのかもしれないけど、今は鹿毛君に任務をあてがうのが先。
というか、近頃の叢雲の事情を考えるとそんな予感しかしないし。
えっと、進路予測がこうだから…迎撃ポイントはここ。
普通の任務中に大型ヴァイスに遭遇させればいいから近くの任務は…あった。
アクターは鹿毛君を選択、ギアは隼を選択して提出…OK
序でに三人の任務も入れておこう。
「ダークホース」
『こちらダークホース』
「ウェイポイントを送信しました。そちらに向かって下さい」
『了解した。迎撃ポイントに向かう』
「現場に到着次第、その場で旋回して待機してください」
一旦通信を切り、三人の方を向く。
うーん、百瀬君の機嫌がよろしくない…。
…というか、信用されていない気がする。
あれ?鹿毛君説明したんじゃないの?
彼女らからの信用を得ないと指揮なんて出来ないぞ。
良くないなぁ。
「はい、君たちにも任務をあてがったから出撃してね」
「ちょっと待ってください。貴女はなぜそのような事が言えるのですか?」
「これでも叢雲の親会社に勤めているんでね。おバカなお上の考えは分かるのさ」
「では…そんな人が何故我々にに協力してくれるんですか?」
「自分のやりたいことをやっているだけって理由は…ダメかな?」
「いえ、問題ありません」
「さ、君たちも出撃してね。指示は僕がするからさ」
「はい、今日はよろしくお願いします!」
夜露君達はバタバタと慌ただしく出ていった。
2分30秒後にモニターで離陸を確認。
彼の教育のお陰かどうかは知らないけど、あの子たちもまぁまぁ早いな。
さてと、指示しなきゃって…秘匿暗号通信?誰からだろう。
警戒しつつ応答する。
「はい、こちら赤穂霞。成子坂の臨時オペレーターです」
「こちらは吾妻楓、叢雲工業所属のアクトレスです。そちらの迎撃任務を及ばずながら援護をさせてください。チームへの合流を希望します」
「要請を受諾します。ウェイポイントを送信しますのでそちらに向かって下さい」
「了解しました」
ふーっ、さっきまで叢雲の噂をしてたから焦ったぁ。
…吾妻君とは何度も顔を合わせたけど、彼女には気付かれてはないよね?
って、アレ?吾妻君には日向君と小鳥遊君がセットで付いてくるはずだけど。
その疑問は鍾馗を持ち帰っている部下からもたらされた。
興奮する彼らの言葉通りにテレビを付けてみると、叢雲の新装備に不具合があってアクトレスが出撃出来ず、さらにデータ偽装の疑いもかかっているという。
確か彼女も新装備を付けるメンツだったはず。
彼女は会社の意向に逆らって従来品のギアで出たってところかな。
部下が主任の予想通りでしたね!と叫ぶ中、僕はある心配をしていた。
鹿毛君の上げる戦果で僕らの事はどうにでもなるけど、果たして吾妻君の分までカバーできるかしら。
もうちょっとプランを変えよう。
取り敢えず、百瀬君たちに吾妻君が来ることを伝えないとね。
通信機を手に取った。
〇〇〇
…出撃から7分30秒後。
僕からの連絡を受けた夜露君達は、合流した吾妻君と共に迎撃ポイントに到着した。
例の裏技を使っているので何の問題も無い。
隼はもう理性を抑えきれない様にぐるぐると旋回している。
今回は前衛に鹿毛君の乗る隼を配置し、後衛にアクトレスチームを置く布陣。
彼らの前方には大型ヴァイスの群れ。
レーダー上で見る限りサーペントとレントラー、ポイゾネルモスの混成が18体。
それぞれがある程度の距離を取り、副都心へと向かっている。
作戦としては前衛の鹿毛君を暴れさせて大型ヴァイスを撃滅し、撃ち漏らしたヴァイスは後衛のアクトレスが迎撃する。
「ダークホース」
『こちらダークホース』
「オール・ウエポンズ・フリー、交戦を許可します」
『ラジャー。ダークホース、エンゲージ』
荒れ狂う猛禽類を解き放つ。
20対1という普通のアクトレスならば絶望を抱くほどの物量に対し、彼は何の躊躇も無く突撃していった。
決して破れかぶれではなく、きちんと倒す算段を付けての行動だ。
しかし彼の部下は分かるはずも無く、止めに入ろうとしている。
…あ、いけないいけない。
指揮をしているのは僕なのに、完全にその説明を忘れてた。
「はーい、アクトレスの皆はちょっと待ってね」
『えぇっ!?』
『何故ですか!』
「君たちは小型ヴァイスの掃討と鹿毛君が撃ち漏らした大型の迎撃に専念してね」
『はい!?』
『私たちが加わって少しでも減らさないと…』
「で?5対1の戦いに持ち込もうってのかい?それこそ無茶だよ。吾妻君も君たちもね」
『でも…』
「というか、君たちが横槍を入れても鹿毛君の邪魔だからね」
『邪魔って…』
というか、こうしている間に鹿毛君はもう2体も撃墜しているんだよねぇ。
手の早い奴。
落ち込みから回復したのは良いけど、もう鬼人モードになっているのは確定。
今の彼に敵味方を識別する理性があるかどうか怪しい。
こんな中に四人を放り込んだらフレンドリーファイアやら隼との衝突やらといった事故が発生する可能性が高いね。
この場合は怪我どころか下手すれば誰かが死ぬ。
もし誤射された場合、彼が夜露君達を敵と認識してしまう可能性もある。
それが一番最悪のパターン。
「それに、君達には一度彼の本気を見てほしくてね」
『本気…ですか?』
「そう。彼が絶対見せたがらない本気の姿をね」
というか、僕がデータを取りたいし。
鍾馗のデータはこの前の試験で取ってあるけど、隼のはまだ取っていない。
今作っているアレを完璧なものに仕上げるためには、鬼人モードの時の隼の動きを探るためのデータが必要だ。
「彼が撃ち漏らしたヴァイスを迎撃、全部撃ち落とすよ!」
『了解!』
僕の隊長代理としての戦いが始まった。
〇〇〇
作戦開始から10分34秒。
「夜露君と百瀬君はこの部分を射撃して行き足をそいで」
「命中、吾妻君は今のうちに接近戦に持ち込んで。兼谷君はここを狙撃して吾妻君の援護を」
「サーペント及びポイゾネルモスの撃墜を確認。次に備えて」
…ふう。
ロッテ戦法を参考に四人を二人のグループに分けてみたけど、実際に指揮をしてみると鹿毛君の大変さがよくわかるよ。
データを基に戦闘を組み立てる頭と、それを基に四人を指揮する頭を別々にしなければならないから。
よく彼も戦闘をしながら出来るよね。
四人とも良く動いてくれるんだけど、こればっかりはなぁ。
一応彼女らの戦闘が一段落したので鹿毛君の戦闘を見守る。
彼の操る隼は設計以上の性能を発揮して、襲い来る大型ヴァイスをバタバタと撃ち落としていた。
極限まで機体を軽くして強力なモーターを積んだのもあるけれど、鹿毛君はこの機体の最適な速度である1000kmhを見つけている。さすがだね。
鬼に金棒という言葉があるけれど、まさに彼の為にあるような気がする。
『鹿毛に隼(シャード内限定)』と言ったところかな。
さてと…。
シザース、スプリットS、ハイスピード・ヨーヨー、ロースピード・ヨーヨー、旋転戦法、ひねり、燕返し、etc、etc…。
いちいち解説するのが面倒になる程の技を調和させて駆使し、まるで妖精が舞っている様に戦っている。
その動きは正に芸術的だった。
2体の大型ヴァイスを撃ち落としたばかりの夜露君達が思わず見惚れてしまうほどに。
もし撮影している人間が居るとすれば、その演舞に釘付けになっていただろう。
『…その、やはり援護した方がいいのでは?』
『いや無理だよー。下手に撃っても隊長に当たっちゃう』
『あれじゃ接近戦も無理っすね』
『あんな機動…とても生身の人間が耐えられる動きじゃないわね』
3つに空中分解するレントラー。
ものすごい勢いで錐揉み降下しつつバラバラになるポイゾネルモス。
真っ赤な鉛筆の様に燃え落ちていくサーペント。
東京の空にポッポッと爆炎がはじけ、あれほど居たヴァイスの群れがたった1機に殲滅されていく。
鹿毛君の撃墜カウントは既に15を超えている。
彼の部下+1が援護に困る中、僕はある心配をしていた。
隼は極限まで旋回性能が良い分、パイロットには普通の戦闘機より高いGが掛かる。
あの戦闘機動では10Gを軽く超えているだろう。
ある程度のGが掛かるとパイロットは脳貧血によるブラックアウトを起こし、それ以上ではGロックと呼ばれる失神状態に陥ってしまう。
それを防ぐためにパイロットは耐Gスーツを着ているけど、鹿毛君が着ているのはAEGISから支給された5年前の代物だ。
アレは15Gは耐えられる設計の筈だけど、出撃の分だけ消耗していくから五年も経つとその機能も段々怪しくなってくる。
何もなければいいけど、そのまま失神して墜落するという最悪のパターンが頭をよぎる。
…まぁ流石にないとは思うけどね。
そんな心配をよそに、隼は最後の一匹であったサーペントを空中分解させた。
〇〇〇
迎撃作戦は成功し、東京シャードは守られた。
ニュースによると多少の被害は出ているものの、数人のけが人のみで死者は出ていない。
成子坂製作所の活躍も報道されている。
鹿毛君はこの戦いで16体を撃墜し、夜露君達も2体を共同撃墜している。
この大戦果に成子坂製作所の職員は沸き立っていた。
今、先に降りた夜露君達三人も加わって、彼らは着陸する隼をまるで凱旋パレードの観客の様に迎えている。
人数としてはささやかだけど、その興奮ぶりは天を衝く勢いだ。
ちょっと嫌そうな人もいるけど。
ちなみにそんな集まりの中に僕も加わらせてもらっている。
パレードの主役は少しふらつきつつも、見事と呼べるほどふわりと着陸した。
機体から降りてきた鹿毛君は予想通り。
目的を果たしたため、鬼人モードは解除されている。
その代わり顔は真っ青になっていた。
脳を血液が行ったり来たりを繰り返しているので、気分が悪くなっているのだろう。
重い貧血をひっきりなしに起こしている様なものだからねぇ。
完全にフラフラの千鳥足だけど、倒れるのは彼のプライドが許さないのだろう。
彼を見送って帰ろうとした時、あの三人に呼び止められた。
「…隊長は大丈夫でしょうか?」
「しばらくしたら回復するからそのままそっとしておいてあげて」
「りょーかい」
「赤穂霞さん、本日はありがとうございました」
「お役に立てて何より。アフターサービスが良いのもヤシマ重工のウリなんでね」
「でも、良かったんですか?ライバルであるウチに協力して」
「鹿毛君の戦果が全て帳消しにしてくれるよ、吾妻君の分も含めてね」
「そうですか…良かった」
「霞さん、これからも来てくれる?」
「当然。修復した鍾馗を納入しなきゃいけないし」
「あはは、そっかぁ」
「まぁ、これから君達とは付き合っていくことになりそうだから名刺を渡しておくよ。これからよろしく、夜露君、シタラ君、文嘉君」
「はい、よろしくお願いします!」
今度こそ帰ろうと思ったところで、また別の人間に呼び止められた。
職員に磐田整備長と呼ばれていた厳しそうなおじさんだ。
「何でしょう」
「お前さんが鍾馗と隼を作ったっていう嬢ちゃんか?」
「ええ、そういうものになりますね」
「良い腕してんな」
「自分の実現したいものを実現できる程度の腕はあるつもりです」
「謙遜すんな。ウチに欲しいくれぇだ」
「お誘いは有難いですが、まだ実現しきれていないものがまだまだありましてね。当面はユーザーとメーカーの関係となりそうです」
「そうか。今後ともよろしくな」
「ええ、鹿毛君と鍾馗と隼を頼みますね。では今日はこの辺で」
「またな」
…研究所を出てから4時間12分45秒。
ようやく僕は隊長代理から解放され、家路へと付くことが出来た。