それでは『夢から覚めるとき』第2話、お楽しみください。
最初はただ、ただ少し疲れが溜まっているようで学校を休んだだけだった。
でもその疲れは“あの夢”を見るたび日に日に増えていき、私の体を苦しめ、ついには私の体を部屋に縛り付けるほどになってしまった。
……いや、それはきっと違うのだろう、私は恐れているのだ、これから先のことを。
これまで築き上げてきた千歌ちゃんとの関係が壊れるかもしれない、ということを。
それだけではない、千歌ちゃんを不快にさせてしまった、という罪悪感が私に疲れがあるような感覚を覚えさせているんだろう。
それを心のどこかで理解しているからこそ、私は外に出ることを拒んでしまっている。
それに私がもし外に出たとして、何になるというんだ、千歌ちゃんを傷つけてしまった私なんかが。
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「よーちゃん……今日も休み……だね」
「そうだね……どうしたんだろ」
私はそんな会話をもう何日も梨子ちゃんと繰り返している。
曜ちゃんが学校に来ない理由はきっと私のせいだ、私があの日に、あんな言い方したから……でも曜ちゃんも曜ちゃんだよ、なんで……あんなこと、急に。
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それは、曜ちゃんと喧嘩してしまった日の前日の話。
「よーちゃん、ここどうすればいい?」
「ん〜?どれどれ……あ、ここはね」
曜ちゃんが横から細かく教えてくれる、とてもわかりやすくて、先生の授業より何倍も楽しい。
……それに曜ちゃんと二人きりで勉強なんて、一人で過ごしてた中学時代じゃ考えられないから、嬉しい。
そしてだいぶ課題が終わり、一段落、というとき、曜ちゃんが口を開いた。
「ち、千歌ちゃん!」
「ん?なぁに?よーちゃん」
「わ、私ね!ずっと前から、ち、千歌ちゃんのことが……」
そこまで言ったところで曜ちゃんは急に固まり、それから先の言葉は聞けない。
なんだろう、と思いながら、子首を傾げる。
曜ちゃんの顔は熱があるのか耳まで真っ赤だ。
そして、数秒経たないうちに曜ちゃんは「や、やっぱり、な、なんでもないよ!気にしないで!」と言う。
なんだろう……気になるな〜
そう思いながら曜ちゃんと駄弁っていると、今日は練習が休みなため、気が抜けているのか、眠気が私を襲い始める。
「ふぁ〜、眠くなってき……ちゃ……」
「え、ちょ!?千歌ちゃん!?はや」
曜ちゃんの言葉をすべて聞くことなく私は眠りに落ちた。
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すっと、目を覚まし、上体を起こそうとしたとき、曜ちゃんの声が聞こえ、条件反射で、その動きを止める。
「千歌ちゃん……私ね、千歌ちゃんのことが……」
曜ちゃんのどこか寂しげで、凛々しい声が私の耳に届く。
しかし、それから先はまただんまりで何を言いたいのかわからない。
なぁに?よーちゃん、と今、体を起こして聞き返したい、でも、なぜか体が強張って起こすことができない。
今、体を起こすとなにか起こる気がして……
「大嫌い」
え。
考え事をして数秒が経った頃だろうか、そんな言葉が曜ちゃんの口から放たれた。
その声色は冷たく冷ややかでナイフのように鋭かった。
そして、その鋭い言葉は私の心に音も立てずに突き刺さる。
うそ……だよね?よーちゃん……?
心臓が早鐘を打ち、言うことを聞いてくれない、体から冷や汗が流れるのを感じる。
胸の内がきゅう……と締まっていくのを感じる。
この心臓が治まるまで……少し寝たフリをしておこう。
治まってから、曜ちゃんと一緒に帰ろう……でもなんで嫌いなのに一緒に帰ってくれるんだろう、なんで?なんで?
そして、数分狸寝入りをして私は起きるフリをして、待ってくれていた曜ちゃんと一緒に家へと帰った。
その曜ちゃんの顔と声はいつも通りの元気な顔で……だから、帰り道、頭の中は「なんで?」でいっぱいで……もう何がなんだかわからなくて……
夜はまともに寝れたもんじゃなかった。
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それで、次の日、真意を聞くのが怖くて、心配してくれた曜ちゃんの全部せいにして逃げて……
そんな不甲斐ない自分にイライラする。
「よーちゃん……会いたいよ」
その言葉は誰にも届くことはないほどの大きさで口を飛び出す。
もちろん、私などに注目している人間など誰もいないため、誰にも届かない。
でも、心の何処かで誰かに届いてほしい。
私はそう願ったのかもしれない。
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夢を見た、同じ夢を、見た。
どれだけ引き剥がそうとしても引き剥がせない夢。
逃げようとしても何度も迫ってくる声、音、そして影。
千歌ちゃんらしき“モノ”、それを私は影と呼ぶことにした。
影はどれだけ早く走ろうと、振り返るとすぐそこにいて、私の肩を掴む、何度振り払おうと何度も私の肩を掴み、言うのだ「曜ちゃんのせいなのに」と。
夢で何度も謝った、何度も泣いた、何度も自分を責めた、それでも、結果は変わらない、最後にあの一言を言われていつも目が覚める。
その夢のせいか最近は寝不足で鏡を覗くとそこには目の下に太い隈を作った私が居た。
それだけではない、髪はボサボサ、微妙に頬は痩せこけ、腕や足は不健康そうに細くなり、肌なんて荒れ過ぎていて酷いものだ。
こんな女がスクールアイドルの一員だなんて笑わせてくれる。
こんなの……こんなの……。
そう思うと涙が溢れ、止まらなくなる。
その涙が溢れるように、疑問が一緒に溢れ出す。
「私、何やってるんだろう」
「Aqoursのみんなは今どうしてるんだろう」
「私はなぜ逃げてるんだろう」
そんな疑問やその他の多くの疑問が溢れ出す。
しかし、私はその疑問に対する答えを見つけることはできない、もう諦めているのだ。
どうせ私のことだ、一人で動いても何も打開することなど出来ない。
「はぁ……私……どうすれば」
そう言うと私はおでこを膝の上にコツンと乗せ、目を閉じた。
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夢を見た、それは、輝いた世界の夢、今までの悪夢とは全く持って違う夢。
私達……Aqoursの輝きの夢。
眩しい、目眩がしそうだ。
それぐらい眩しい、でも、その夢のAqoursには私という存在自体が抜け落ちている。
なんだろう……寂しい、私だけ取り残されてる。
手を伸ばしたい、この輝きに手を伸ばさなきゃいけない。
私も輝きたい。
そう思ったとき一気に景色は変わり、いつしか見た電車の中の光景になる。
私が座っている反対側の座席に影が居た、でも、口から上の表情が見えない所は変わらないが、姿形が私になっている。
これは、私自身の影だろう。
そう、容易に想像ができた。
そして、その影が私に問いかける。
「悔しくないの?私は……悔しくないの?」
それは、あの日私が千歌ちゃんに問いかけた言葉、その言葉に千歌ちゃんは内心悔しいのに、みんなで全力で頑張ったのだから悔しくない、と答えたのを私はよく覚えている。
これに対する答えを私は持ち合わせている、だから、私は口に出す。
「悔しいよ、私はなんでこんなに弱いのか、どうしてこんなに不甲斐ないのか、そして、何も動くことができないのか、きっと怖いからだよね、私は恐れているんだと思う、でも、それにずっと怯えているから、私は前に進めない、そんな自分の弱さが悔しい、だから、打開するんだ、自分一人で、私自身の力で」
私は影に向かってそう答える。
すると影は私の笑い方でニコッとしたあとこう言う。
「もう、バカ曜だなぁ全く……私は一人じゃない、そうでしょ?」
あ。
そうか……そう……だったな、私はほんとにバカだ、バカで単細胞なのに一人じゃ何も出来ないバカ曜じゃないか。
そう思った瞬間、電車の中にAqoursのみんなが居て、みんなが私に向けて笑いかけているのがわかった。
そうか、一人で引きこもってても意味なんかないんだ、まずはアクションを起こさないと、千歌ちゃんに謝らないと。
一度に全部解決する必要なんてない、不安は一つずつ消してしまえばいいんだ。
「わかった?私、さぁ次は目を覚まされるんじゃない夢から自分で目覚める番だよ、打ち勝とう、そして、千歌ちゃんに想いを伝えるんだ」
「うん!」
そう返答した瞬間、世界は遮光カーテンに包まれたかのように暗くなる。
しかし、怖くはない、これは私の心の中、それなら全部受け止められるはずなんだ、そして、この闇をすべて私は受け止め、自分の手で目を覚ますんだ、そして……そして私は……千歌ちゃんに謝って、それで……想いを伝えるんだ。
あの声が響く、何度も聞いて聞き飽きた声ではあるが、全て静かに聞き、拒絶はせず、受け入れる。
そう……全て私なんだ、だから全部受け止めて心に刻もう。
全部私のせい、そうさ、だから、謝るんだ。
そうすると声は止み、何も聞こえなくなる。
さぁ次だ。
次出てくるのはきっと千歌ちゃんの影だ。
これも私の心の歪み、だから抱きしめる、最初の縋り付くような抱擁ではなく、優しく、包むように。
そして、ちょっとした、予行演習をするのだ。
相変わらず声は響かないが、私は影にこう伝える。
「千歌ちゃん、ごめんね、しつこくて、本当にあのときは心配で……それで……それ……で……」
そこで、涙が瞳を覆い、視界がぼやける、そして、過呼吸のようになり、声が出しにくくなる、そんな状態でも、伝えなきゃ。
私は呼吸を整えて息をしっかり吸い、こう続ける。
「罪悪感で千歌ちゃんから逃げた私を許してください、また、私と仲良くしてくれますか」
そう言葉にした私に向けて影は少し満足げに笑うと私の中に消えていった。
「さぁ、目覚めのときだよ、おはよう!キラキラな世界!」
そう言うと真っ黒な空は白く晴れ、上から射し込んだ光が優しく私を包みこんでいく。
その時初めて私は夢から覚める瞬間というものを味わった。
やはりプロットがssレベルだからでしょうか、もう次話で終わってしまいそうな空気感ですね()
さぁ、次回曜ちゃんは千歌ちゃんに思いを伝えることが出来るのでしょうか。
お楽しみに。