「……禁煙?」
ある日の昼下がり、騎空団の風紀委員長リーシャから突然そんなことを言われた。
「はい。船内の部屋や雑貨にタバコの匂いが染み付いてしまっていると何人かから苦情が来ています」
「そいつぁ悪かった。必ず外で吸うようにする」
「それに、タバコの煙は若い年代の団員たちの身体にも悪影響を及ぼしてしまいます」
「あー……じゃあ、誰もいない時にだけ吸うことにするよ」
「何よりラカムさん自身の身体に良くありません。なので、禁煙をお勧めしようと思います」
「心配してもらえるのは嬉しいんだが……ほら、このタバコって俺のアイデンティティみたいなものだし……」
「えっ、ラカムさんのアイデンティティは爆発とデュレーションですよね?」
「いやそんな「その二つしかないでしょ?」みたいな顔するなよ!操舵とか銃とかもあるだろ!」
「とにかく、禁煙していただきます。団員たちにも、ラカムさんがタバコを吸ってたら頭から水を浴びせるよう呼びかけていますので」
「普通に注意してくれたらいいんじゃねぇのか!?あといつのまにか禁煙が決定事項になってねぇか!?」
「それでは失礼しますね。頑張ってタバコやめましょうね!」
「クソッ、さすが話聞かない堅物ガールだ……!100%善意なのがまたキツイ……」
そんなわけで、俺の禁煙生活が始まった。
☆
翌日。なんとか昨日は我慢出来たが、そろそろ限界だ。
この操舵室に来ると、どうしても吸いたくなっちまう。
煙草吸いながら舵を取るのがルーティーンになってるからなぁ。
さっきから貧乏揺すりが止まらねぇ。
「……あー、落ち着かねぇなぁ」
周りをチラリと見る。操舵室はいつも誰も来ないというわけじゃないが、今は俺一人だ。誰も見張ってないし、今ならいけるか。
「………………一本だけ」
胸ポケットから煙草を一本取り出す。
カチッ、シュボッ、ビシャア。
煙草に火をつけた瞬間、上から水が降ってきた。
「す、すまない。でもラカムのためなんだ」
後ろでフェリが、耳を申し訳なさそうに垂らしながらバケツを持っていた。どうやら幽霊の力で体を見えなくしていたらしい。
「……あぁいや、謝らなくていい。早々に吸おうとした俺が悪かった」
面白半分で水をぶっかけられたなら多少苛立つかもしれないが、フェリもまた善意で水をぶっかけただけだ。
なんだろう、水ぶっかけられたのは俺の方なのに罪悪感が凄い。
この人選、リーシャ……奴は本気で俺にタバコをやめさせる気だ。
☆
しかしやっぱり我慢できなくなる。
一度煙草を取り出してしまったが最後、もう口が煙草を受け入れる態勢になってしまっているのだ。もう煙草以外口に入れられる気がしねぇ。しねぇが……
「…………グランサイファーの甲板の一番後方。ここなら……」
バシャア。
「ダメですよ、ラカムさん!」
ペトラが。
☆
「普段使われてない物置なら……!」
バシャア。
「やるならとことんですっ!」
ブリジールが。
☆
「この部屋なら知ってる団員もほぼいないっ……!」
「ハァ…ハァ…くっ……ラカム、か……?」
バタン。
鎖に繋がれたランスロットが。
☆
「自室ならさすがに誰も……」
ジリリリリリリリリ。ザッバァ。
『ラカムにぃやんのために、火を察知したら即☆消☆火な装置を作ってあげちゃっぴー!お礼はまた今度でいいやーぅ!ぺぐぺぐー!』
ペンギーが。
皆が一丸になって俺の喫煙を阻止してくる。しかも全員もれなく善意100%だ。もはや安息の地はどこにもなくなっていた。
☆
「くっ……!デュレーション!」
禁煙してから一週間、どうにも調子が出ない。
敵の怒りを散らすデュレーションにもそれが表れ、効果がイマイチになってしまう。
「なんだ?ラカムのデュレ、今日はキレが悪いな」
「あー、なんかリーシャに禁煙させられてから調子が悪いみたいやでー」
「ほーん」
このままじゃ、アイツらにも迷惑かけちまう。
☆
自室のベッドにうつ伏せで寝転がり、ぼーっと考える。
俺は、なんでタバコ吸ってたんだっけか。
☆
「スゥー……げっほ、ごへ、う"ぇっ!」
「だっはっはっ!お前にゃまだタバコは早ぇよラカム!」
「タバコよりもミルク吸えミルク!」
「っるっせぇ!見てろ……スゥげほがっは!!」
「ぎゃははははは!!」
「ぷっくく……おいラカムよぅ、なんでそんなにタバコ吸いてえんだ?吸えて何か得があるわけじゃねぇぞ?」
「けほっ…………カッコいいだろ。なんか、大人の騎空士って感じで。タバコふかしながらさ、こう舵を取って、ギュイーンと……」
「ぶはは!10年早えよラカム坊!雑用もまともに出来ねえくせして!」
「んだとぉ!見てろよ、今にタバコの似合う男になってやるからな!」
「やめとけやめとけ、はっはっはっ……」
☆
いつのまにか寝てたみてぇだ。昔の、夢を見た。
あぁ、そういえば、そんな理由だったか。
はは、くだらねぇな。
なぁ俺。俺はタバコの似合うカッコいい男に、なれてるか?
☆
「ラカムさん」
「ん、リーシャ、どうした?」
「今日をもってラカムさんの禁煙策をとりやめますね。場所を選ぶのであれば、またタバコを吸ってもらっても結構です」
「そいつぁまたどうして急に……」
「ラカムさんの調子が悪くなって戦闘にまで支障が出てしまうのは本意ではありませんし……。それに、何人もの人から、ラカムさんにタバコを吸わせてあげてほしいとお願いされました。ラカムさんはタバコがなかったらただのアラサーオッサンになってしまうと」
「言い過ぎだろ!!誰だそれ言ったの!」
「とにかく、申し訳ありません。頭ごなしに禁煙を決めつけてしまって」
「あ、あぁいや、大丈夫だ」
☆
俺に敷かれた禁煙令は解除された。嬉しいはずだ、嬉しいはずなんだが……。
どうにも、吸う気が起きない。
船の縁にもたれかかり、煙の代わりにため息を吐く。
「よう、一本どうだ?」
ふと隣から声が聞こえた。
いつのまにか、オイゲンが同じように縁にもたれかかって、こちらに煙草を差し出していた。
その口には煙草が咥えられている。
「あー……いいや、今は気分じゃねぇ」
「そうかい。……まったく、煙草ってのはロクなもんじゃねぇよな。金はかかるし身体にも悪い。おまけに周りから迷惑そうな目で見られる。やめられそうならやめるべきだぜ」
「……そうだな」
カラカラと笑うオイゲンを横目で眺める。
おお、なんつーかやっぱり、サマになるなぁ。
そういえばグランサイファーで再会してから、オイゲンが煙草吸ってるとこ見たことなかったな。昔はずっと吸ってたはずだが……。
「カッコいいよなぁ」
「おう……っておう!?びっくりしたぁ、グランかよ!気配消すんじゃねぇよ!」
「お、グラン。よう」
「よっす」
俺を挟む形でオイゲンとグランが縁にもたれている。
なんだ?何かされるのか俺は?
「もう煙草吸わねぇの、ラカム?」
「あ、あー、そうだな。体にも悪ぃらしいしな」
こっちをまっすぐと見つめてくるグランの視線で、なんだか罰が悪くなり頬杖をつき船の外を見やる。
「ふーん、そっか。止めはしないけどさ。でも俺、ラカムが煙草吸いながら舵取ってるとこ見るの、結構好きなんだよなぁ。なんかこう、歴戦の騎空士!って感じで」
「おう、グランもそう思うか。昔はラカムが煙草なんて、つって笑い飛ばしたもんだが、なかなかどうしてサマになりやがらぁ」
しかし、二人の言葉を聞いて反射的に体を起き上がらせる。そして、交互に二人と顔を見合わせた。
グランが俺に抱いてくれた感想は、あの頃俺がオイゲンに抱いた感想だ。
そしてあの頃は煙草は10年早い、なんて言ってたオイゲンが、そんなことを言うなんて。
「で、でもな、今更カッコつけるためだけに吸うのもな……」
とんでもなく嬉しいはずなのに、なんだか照れ臭くなってまた思ってもないことが口から出てしまう。しかし二人は何でもないことのように答える。
「何言ってんだ?男がカッコつけなくてどうする」
「男にとって一番大事なものだろうが。カッコつけてなんぼだ」
「…………は、ははは!そうだよな!」
ここまでお膳立てされて、まだ吸わないとか言えねぇな。
いや、やめれるんならやめるべきなんだが……。
やっぱ、カッコつけたい生き物なんだよな、男ってのは。
煙草の箱をポケットから取り出し、煙草を一本抜き取る。
オイゲンが口角を上げながらライターをこちらに向け、火を灯す。
火のついた煙草を一吸い。煙を吐く。
随分と久しぶりに吸う気がするそれは、体の隅々に行き渡る感覚がして。
「うん、やっぱイイ男が吸うとサマになるな」
グランが屈託ない笑顔でそう言った。
☆
「デュレーション!!」
「今日も良いデュレーションやなぁ!」
「やっぱそうじゃねぇとな!」
登場キャラ紹介
ラカム
るっ!の被害者の一人。完全ギャグ時空ではないので爆発に巻き込むのは難しかった。次はデュレーションだけでなく、なんとかラカムを爆発させられるよう精進していきたいと思う。