『ログ・ホライズン』 幻獣記   作:Kaisu

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原作『ログ・ホライズン』ですが、設定借りて展開完全にオリジナル。


まったく絡まない原作キャラ。
恋愛要素なし。
全力で中国の『エルダー・テイル』コンテンツを設定していくスタイル。
全力で特定スキルをオリジナル解釈で掘り下げるスタイル。

以上お付き合いいただける方はよろしくお願いします。


『ノアウスフィアの開墾』IN北京

 空気が綺麗だった。

 雑味の少ない透明で清涼な空気。

 肺いっぱいにこれを吸い込み座ったまま爽やかなる深呼吸をすると、少しは頭がすっきりしたような気がした。

 

 スタートタウン、燕都(イェンドン)。現実世界における北京に相当する場所にある。

 そこには普段の燕都よりも明らかに多い人(?)がいて、見える範囲で自分を含めたほぼ全員が例外なく混乱している様子だった。

 叫ぶ者、泣く者、怒る者、呆然とする者、視線を泳がせる者、自らの体を触る者、力なく膝を抱える者、空を見上げる者、それはもう様々であった。

 

 自分はといえば、布防具の裾から手を突っ込みもっさりと生え揃った体毛を掻き、困惑する頭とは無関係に振るわれる太い狐尾7本のふんわり感を眺め、高いというか尖った鼻に触れ、頭の横からではなく上から聴こえる音に違和感を覚える。

 直感的に開いたメニューをゲーム時のように操作し、プロフィール欄に「索峰(さくほう)」Lv90、吟遊詩人(バード)、狐尾族、という記述を発見して、夢ではないのであろうということを認識するに至った。

 ここはMMORPGの『エルダー・テイル』の世界であると。

 

 

 

 劣化し砕けたアスファルトとところどころの石畳、街路樹は見えずもコンクリートビルの残骸に苔や蔦、道路をぶち抜く竹も幾ばくか。ゲーム上でよく見た背景上の燕都のそれであった。

 

 そんなことを把握するのにおよそ20分。

 

 ディスプレイを前にして突如襲いかかってきた胃袋をシェイクする浮遊感と白と黒の曼荼羅に染まった目眩と、処理が重なり動作が鈍くなった旧式パソコンのカリカリ音を同時に叩きつけてきた『エルダー・テイル』覚醒時の不快な症状は、もうやってこないようだ。

 

 体は獣人のそれで、あまりにも小さな足の裏の面積であったが二足での直立に不足はなく、案外スッと直立できた。歩き出そうとすれば違和感の塊で、思いっきりつんのめりそうになる。

 

 手を見れば存外指は長く爪は短く、人間のそれに近い。

 手の甲が細かく短い毛に覆われていなければ、だが。

 

 四足歩行ならばと思いきや二足歩行以上に腰高への違和感が強烈で、これは素直に立つべきと考えるほかなかった。

 

 狐尾族の二足歩行、感覚としては爪先立ちか竹馬か。

 どうしても重心を下にできない。立つことはできるが、安定して歩けない。

 

「大変そうだな兄ちゃん、か? 尻尾だ尻尾。逆立ってる尻尾を下げて、それでバランス取ればいい」

「あ、どうも」

 

 近くにいた狼牙族の兄ちゃんと思わしき人から言われて尻尾の存在を思い出す。

 ゲームの時はランダムに動くだけだったのだが、もっさもさが7本ということでそれなりの質量である。獣人寄りにアバター設定した自らを恨むことになろうとは。

 

 意識すれば割合簡単であった。数分の格闘の後、舌を回すようにぶおんぶおんと意識して回転させることに成功。

 尻尾に質量があるのでさながら扇風機のごとく風が巻き起こる。見た目にもなかなか豪快で、周囲にちょっとしたどよめきが起きた。

 そんな大道芸をしたかったわけじゃない。改めて尻尾にも意識を残して数歩、ぎこちなさはあるが、重心が安定し転倒しそうな感じは薄れた。

 

 

 

 そろり、そろり、てく、てく、てしてしてし、トットットットッ、タッタッタッタッタッタ。

 自転車に初めて一人で乗れたとき、初めて泳げたとき、形容するならそんなところだろうか。

 一度しっかり歩き出すことができれば、立ち止まる、再び歩き出す、走る、それらが自然に身についた。

 

 小さな感動が沸き起こり、そう、ちょっとばかり調子に乗ったのだ。

 小躍りするように走り幅跳びするつもりで軽く足に力を入れ、跳んだ。

 上に。

 

「あえ!?」

 2メートルぐらい前に着地するつもりで跳んで、前方斜め上方向に高さ2メートルほど、跳べてしまった。

 

 当然加速をつけてそんな高く跳べてしまえば目標着地地点など簡単に飛び越すことになり、加速度的に迫るのは蔦に覆われたコンクリートの壁。

 手がわたわた、尻尾が伸びる。そんなささやかな抵抗で速度が落ちるわけもなく、来るであろう痛みと歯の一本も覚悟を決めカエルみたいにべしゃりと。

 

 いかない。

 いやもっと酷かった。

 

 狐になった体は崩壊気味のコンクリート建築物の壁を破壊し蔦を引きちぎりながら中に転がり込んだ。

 それでいて、痛みは人にタックルを行なった程度でしかなく。

 

「なにがどうなっているんだ、これは」

 跳躍距離6メートル+コンクリート壁を貫通して転がること2メートル。身体被害ほぼなし。HPは1も減らず。

 見た目の変化もさることながら、身体能力がトップアスリートをも上回るなにかに変化している。

 

 

 

 索峰はゲーム外ではしがない輸入企業の現地駐在員である。

 年の10ヶ月以上を中国で過ごし、運動はせいぜい休みの日の朝にご近所付き合いで公園の太極拳にラジオ体操感覚でなんちゃって参加する程度だったのだが。

 硬功夫がいつの間にか身についていたとはとても思えない。驚嘆すべき変化であり、慣れと検証が必要であろう。おちおちスキップもできやしない。

 

 ふと、ゲーム時代に使っていたスキル群のことが気になった。

 タッチパネルでタブを開いていくような操作感覚に、意識の先行により次々と目的のページに向けてのアクセスが行われる。

 それらは全てゲーム内でのUIに則っていたが、求めるページへのレスポンス速度は物理的操作を伴わないぶん目が追いつかなくなるほどの情報表示速度で、また雑多であった。

 

 画面の消去も意思ひとつで行われるため、めまぐるしくウインドウが表示消滅を繰り返す。

 反映が早いことはいいことだが、情報処理に慣れるにはこれも多少の時間を必要とするだろう。

 

 壁を破ったそのままで瓦礫に腰掛けディスプレイと格闘すること数十秒、目的であった習得済みスキルの一覧、普段全く使わないようなスキルも含めた一覧を引っ張り出す。

「これも、ゲームのまま、か」

 

 吟遊詩人(バード)の固有スキル、武器職共通のスキル、狐尾族の種族ボーナスで置き換わった付与術師(エンチャンター)の特技が少し、ゲーム時代に育てた主要特技全てが奥伝以上の習熟度で変化なし。

 

 ほとんどの特技で戦闘禁止区域の注意がポップアップされている。

 なぜか、ゲームであった頃は燕都ほぼ全域で一律スキル使用禁止で黒文字になっていたものがポップアップで注意が出ているだけで白文字表示。使用することは可能な様子。

 

 装備に関心を向ければ、こちらに来る直前のソロで釣りに勤しんでいたときの装備そのまま。所持アイテムも記憶にあるものと同様。

 PK(プレイヤーキル)に遭ってもこちらの懐が痛まない、襲う側に実入りの少ないであろうちょっと上質程度の店売り装備群である。ソロ戦闘力全職中最弱クラスの吟遊詩人が標的にされないためのささやかな自衛手段。

 

 そう、本当に、普段と変わらないゲーム生活であったのだが。

 そういえば、深夜0時の日付が変わるぐらいの時間帯であった気がする。

 今現在、明らかに真昼であるので、これもゲーム内の時刻とほぼ合致するはず。

 ただ、現実世界の時刻が見れたはずの部分は空欄となっているし、ゲーム内時刻表示も不明であった。

 

 

 改めてわからないことだらけ。

 全部がゲーム時代の状態で放り込まれたというわけでもなさそうで、細かなUIに変化が見られる。

 スキルの使用が一応可能でありそうなこともそうならば、そもそもメニューウインドウの開き方なぞ別物。

 情報が足りないというよりも、WindowsからMacに乗り換えたときのような、同じ方向で設計思想の違うものを触っている、小さくとも明確に違うズレが生じている。

 

 どこまで既存の知識が通用するのか、試そうにも一歩踏み出すための不安要素が強すぎる。

 焦っていないわけではないが、闇雲に手を出せるほどには頭が迷走しているわけでもない。それは社会人としてまず状況判断と確認に努めよと培われたものかもしれず、巷に溢れる超常現象を扱うフィクション作品に親しみ過ぎた日本人の性質だったのかもしれず。

 

 頭上からダイレクトチャットへの誘いであったチャイム音が降ってきて、同時にプレイヤー名「崔花翠(さいかすい)」と表示されたウインドウが湧き出て応答のYesNoを迫ってきたのは、そんなときであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 天変地異が起こったと思った。

 なにかが軋み圧壊するような音と突然椅子の脚が折れたのかのように急な浮遊感が生じ、そのまま落下、したような気がする。

 マンションが崩れでもしたのか、そう思って目を閉じ、浮遊感に身を任せた。

 

 骨が悲鳴を上げた。

 上下に引き吊られ血管がゴム紐のように伸ばされている。

 赤血球すら歪んだ気さえする。

 口から胃が出そうになり、頭蓋骨が内側から膨らみ破裂寸前。

 心臓は強く、ゆっくりと動いた。

 骨がしゅわしゅわと泡を立て大きくなる。

 内臓からの圧痛が皮膚を張り詰めさせ、限界まで膨らませた薄ビニールのように部分的に皮膚細胞が引き攣った。

 

 永遠のようでもあり、僅かな時間でもあったかもしれない。悪夢で目が醒めるように覚醒は急に訪れた。

 

「っはぁっ!?」

 体が酸素を欲した。まるでずっと息を止めていたかのように。

 ひとしきり肺に空気を満たして、体には汗が吹き出していると思ったが肌はサラッとしたものであった。

 少しずつ目眩が収まり目の前の風景に焦点が合ってくる。

 

 

(いや、ちょっと待って)

 

 

 緑色の竜巻のようなファントムと呼ばれる精霊種を傍らに伴った、小さな体格に不相応な巨大な錫杖を持て余している少年を。

 重そうなプレートメイルに身の丈よりも大きなガーディアンシールド2枚持ちで動く砦のような性別不詳の施療神官を。

 防具は毛皮の腰巻と胸当てだけの露出度の高い格好で、体を隠すことに躍起になっている女性武闘家を。

 そして、そのゲーム内においては、珍しくもない格好であった。

 

 女性武闘家を暫時眺めて、自分の格好はどうだったか気になった。

 黄砂色の布製のベスト、青葉色の上っ張り、デニム色のスカートと黒のストッキング、爬虫類系の皮の赤いカバンを肩からかけていた。

 その姿はさっきまで部屋にこもってゲーム内ショッピングに励んでいたプレイヤーキャラのものと相違なく。

 

 カバンの中身はと開いてみて、底が見えなかった。

 適当に右手を突っ込んで最初に指が触ったものを取り出してみると、卓球の玉ほどの黒い玉石を繋げた腕輪。

「〈破壁玄珠環(げんしゅかん)・撥〉だー、これ。うーわー」

 

 見覚えのあるそれは、愛用している秘宝級の投擲武器。

 10発投げ切りだが、時間とともに再使用個数が自動回復する財布に優しいサブウェポン1番手。

 そして、腕輪をつまんでいる指と手が白粉を塗ってもいないのに白かった。

 

「ということは、耳、ああ〜もうっ、やっぱりか!」

 左手を耳に持っていけば、尖った長い耳が帽子の横から突き出している。

 手鏡がないことが惜しまれた。そして、考えたくなかったことがおそらく現実であることを表層で自覚した。

 

「『エルダー・テイル』だ」

 否定したいことではあった。しかし、状況証拠はそれを雄弁に物語っていた。

 

「なんで!? どうなってるのよこれ! ねえ知ってる人どっかいないの!? これ説明してよ! 運営、どっかいるの!? 華南電網公司! 告知なりアナウンスなりしないさいよ!」

 言いたいことはいくらでも出てきた。

 それを溜め込むよりも一通り吐き出した方が自分にとってはあとの精神衛生に良いことも、経験で知っていた。

 

「運営潰してやる! 絶対潰してやる! 大問題なんだからねこんなの!」

 息継ぎついでに視線を上げてみると、同情的で共感的な視線が突き刺さってきた。

 それで、不思議と少し落ち着きが戻ってきた。涙が溢れたまま止まってはくれないのだが。

 

「誰かぁ、誰か説明してよぉ……」

 涙を手で拭った時だった。

 指の動きにつられて、小指に引っかかるように視界にウインドウが引き出されてきた。

 Lv90、「崔花翠(さいかすい)」のプレイヤー名、盗剣士(スワッシュバックラー)と続いて、ギルドマスターの識別アイコン。

 

 以下黒字でオフラインを表現するギルド構成員達の最も上、白字でオンラインを表示している、ギルド内唯一の古参メンバーにして、エルダー・テイル内で最も親しいプレイヤー名を発見して、藁をも縋る思いでその名前を連打し、崔花翠は念話機能を起動させた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ダイレクトチャットへの誘いを放置し、フレンドリストを左手で起動する。

 崔花翠(さいかすい)の名は確かにオンラインで、それ以外にも何人かオンライン状態であることが確認できた。

 

「はい、索峰(さくほう)です」

「出るの遅い!」

 開口一番、食い気味に叱責が飛んできた。

 

「戸惑ってた、わたわたと。出るの躊躇った」

「どうなってるのよこれ! ねえ今どこ!? 日本にいないわよね!?」

「いや、こっちも聞きたい、それは。あと自分は今燕都(北京)だ、スタートタウンの。リアルだと天津からINしてたが」

 そういえばプレイヤー索峰は現実では内モンゴル自治区東部付近でクエスト納品用の魚を釣っていたはずだ。燕都に強制転移させられている格好になる。

 

「燕都? じゃあ近くにいるのね!」

 念話から聞こえてくる声が少し弾んだものになった。

翠姐(すいねえ)も燕都?」

「たぶん」

「たぶんと言われましても」

「……今確認した、あたしも燕都。大丈夫」

 どこが大丈夫なのだろうか。

 

「ねえ、燕都にいるなら合流してよ。話聞きたいのよ。話せる相手欲しいのよ」

「他のフレンドは確認したか?」

「わかんない。とりあえずリストの上にいたからコールした」

「まだしっかりと調べてはいないと」

「ごめん、索峰の微妙に変な北京語聞いたら、ちょっとまた泣けてきた」

「悪かったなコノヤロウ」

 

 これでも中国駐在直後よりは相当に、雲泥の差と言えるほど北京語の喋りは成長しているのだ。

 少なくとも、就任当初カタコト同然だったものが、一般的中国人から見れば相当に話せる日本人と言える域には、伸びた。

 

 2年近くを中国北京周辺で過ごし、書く読む喋るに概ね不自由しない。それでもネイティブから聞くと違和感はあるという。

 日本時代も『エルダー・テイル』でバリバリ遊んでいたものの、中国駐在期間は近所に友人がいなかったため、唯一の趣味として持ち込んだ『エルダー・テイル』のアカウントを中国サーバーで遊んで余暇を過ごしていた。

 好きこそものの上手なれと言わんばかりに、スラングを含め相当言語力は鍛えられた。喋るか入力するかしないとやっていられないのである。

 

「あー、翠姐? 今横でギルドメンバーとフレンドリスト見てるんだけど、(てん)ちゃんINしてる、たぶん」

「嘘、貂ちゃんも!?」

 

 

 崔花翠の率いるギルド〈翠壁不倒(すいへきふとう)〉は、零細ギルドである。

 そもそもギルドというのもおこがましいレベルではあるが、方向としては新人育成しつつチャットもできればいいな、というスタンスで。

 

 ある程度の見込みが立った新規プレイヤーは、ギルド単位のアクティブプレイヤーの少なさから来る物足りなさから次々巣立っていくのがお約束の踏み台ギルドである。慰留できるほどの魅力があるとは口が裂けても言えないので、来るもの拒まず出るもの追わず。

 

 現在の構成員10人。そのうち2人が念話中で、更に崔花翠と索峰のそれぞれサブアカウントが1名づつで4人。

 さらに5人はレベル30にも満たない上にここ数ヶ月以上最終ログイン日も更新されない、挫折した新規プレイヤーの成れの果てな幽霊構成員。ギルド所属人数の軽微なボーナスのためだけに登録されている。

 

 

 そして最後の1人が「郭貂麟(かくてんりん)」。

 2ヶ月ほど前に崔花翠が右も左もわからない状態の若葉マークの森呪遣い(ドルイド)を言葉巧みにギルドへ勧誘し、以後調教、もとい教育、いやパワーレベリング(強制レベルアップ)に近いことを施されている。

 

「少なくとも自分とは連絡ついて、同じ燕都(イェンドン)にいるってことはわかりましたし、合流より先に貂ちゃんと連絡取ってください」

「先に合流しないの?」

「翠姐はギルマスでしょ。誘ったのも主に面倒見てたのも翠姐でしょ。連絡するならそっちの方が自然」

「でも今は索峰の方が落ち着いてるでしょ?」

 

 落ち着いてなどいない。

 断じて落ち着いてなどいない。

 これでも相当困惑している。

 崔花翠が焦り過ぎていて、それを宥めるためにリソースを使わされているだけだ。

 

「正直、自分も誰かに当たり散らしたい気分で一杯なんですけれど。

 文字チャットなら伏せ字だらけになるような罵詈雑言並べ立てる寸前で社会人の理性がブレーキかけてるだけなので。

 落ち着いてるわけないじゃないですか、こんな状態で。飛ばされて1時間そこそこで落ち着けられたら超人過ぎますよ。

 もうちょっと頭まとめてる時間欲しかった時に翠姐が念話掛けてきて、恐慌に加速つきましたよ、ええ」

 

 混迷とした頭の一部が、苛立って口から溢れ出た。これではやつあたりだ。

 やらかしたと思ったが、それでも口が止まらなかった。

 

「そんな言うことないじゃない」

「じゃあ指示出します。念話切って、貂ちゃんに念話して、どこにいるか聞いてください。

 燕都にいるようなら、3人で合流するようにしましょう。燕都外なら迎えに行く必要があるかもしれません。

 困ったら貂ちゃんにこっちに念話するよう言ってください。こっちも全力で頭冷やします」

 

 返事は聞かず一方的に通話は打ち切った。すぐに再び念話呼び出しの鈴が鳴り、崔花翠と表示されたが無視した。

 

 

 頭は真っ白にはなっていない。錯乱の極みではないにせよ、苛つきも焦りもあり、思考に大きな遅延と混迷が出ているのもまた事実。

 

 相談できる相手が欲しかった。

 しかしフレンドリストを眺めても、多くの知人日本人プレイヤーは日本サーバーのためオンラインでも元々中国サーバーからはわからない。

 中国サーバーにいた日本人プレイヤーの知り合いも、フレンドリストを見る限りではほぼいない。これは彼らを幸運に思うべきなのだろうか。

 

 

「現実世界、どうなってんだろな」

 どのようにして飛ばされてきたのか。

 意識だけだったのか、体ごと失踪したのか、それとも現実世界では一瞬のことで、なにかを達成すればすぐ戻れるのか。

 

 いずれにせよ、来れたからには戻る方法もあるのだろう。

 あるのだろうが、三次元から二次元に滑り込んだようなものなので、来るにせよ帰るにせよどのような過程を経ればこうなるのかさっぱり見当もつかない。

 いくらなんでも中国共産党の新型兵器による人口抑制策というわけでもあるまい。

 

 

 国外の『エルダー・テイル』ではどうだったのか。

 全世界に及ぶ事象であれば、創造神か全能神の存在を崇め奉ることになるかもしれない。

 熱烈な宗教家にとって、ゲーム内の神を崇めることにどんな意義を見い出すことになるか。

 

 スキルがゲーム内と同じと仮定すれば、人間は銃よりも危険な能力を得たことになる。

 個人によるジェノサイドもきっと不可能ではないはずだ。

 自爆テロや銃乱射事件や連続通り魔殺傷事件に近いことならば、発想して実行する勇気があれば、この世界では容易に実現できる。

 もし大神殿による死からの蘇生機能が生きているならば、リスクは非常に小さくなる。キリもないが。

 

 

 そもそも、エルダー・テイルは他プレイヤーへの攻撃による略奪行為(PK)が可能である。

 中国サーバーにおいても、常習的PKで有名なギルドやプレイヤーはいて、嫌われこそすれ違法性はない。

 中国サーバー環境で悪名が拡がると動きにくくなるからと他地域サーバーに遠征してPKを狙う変わり種までいて、逆もまた然りで遠征しに来るプレイヤーもいる。

 

 現実世界でシルクロードと呼ばれた交易路は名前を変えてサーバー横断クエスト群が実装されており、交易系ギルドの大きな収入源のひとつとなっていた。

 山賊行為で隊商を襲ってPKなんてことも比較的よく聞く話で、隊商護衛を求める募集も少なくなかった。

 

 PK行為禁止の交易路もあることにはあるが、PKを受ける可能性のある交易路の方が利益率が高く、時間の拘束が短く設定されていることが殆どであることも拍車をかける。ゲームバランス上仕方のないことではあるが。

 PK行為禁止でかつ高収益を得られる交易路となると、それは対モンスターとの大規模戦闘、レイドコンテンツの括りだ。

 

 

 お国柄が出る、というのだろうか。

 中華大陸における群雄割拠、三国、五大十国、歴史上とにかく国が割れる。

 『エルダー・テイル』においても同様で、領土争いではないものの、大手ギルドの分裂崩壊引き抜き独立内紛対立は日常的な物笑いの種であり死活問題でもあった。

 

 大手ギルド同士のいさかいが血で血を洗う大騒動に発展することも少なくなく、大規模なPvP(対人戦)イベントで決着をつけることに至った話もこれまた少なくない。

 

 

 そんな血の気の多い人たちが中国共産党の支配のない世界に放り出されたら。

 『エルダー・テイル』のルールがどれほど残っているかはわからないが、権力を握る、影響力を得ようとする方向には向かうだろう。

 それが穏便な方法で理性的な手段を伴うとはまるで思えない。

 

 大手ギルドには優秀な戦術眼戦略眼持ちは必ずいる。人海戦術で雑多な情報を集めても処理しきれるはずだ。

 ギルド《翠壁不倒》でできることなど高が知れている。

 もちろんギルマスも自分もそれぞれに知り合いはいるし、巨大ギルド所属の廃人の友人がいないわけではないから、対価を出せばそれなりにまとめられた情報を後から入手することも可能だろう。

 隠しようもない事柄や当たり障りのない情報ならそのうち勝手に広まるだろう。

 

 まずは足元を固めなければ動けない。

 

 念話着信の鈴がまた頭上で鳴った。ポップアップされた画面には「郭貂麟」と表示されていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ギルマス崔花翠(さいかすい)さんが燕都(イェンドン)にいてホッとしたことがまずひとつ。

 気にはかけてくれていたベテランの索峰(さくほう)さんも巻き込まれていて、こちらも燕都にいたことで主立った3人がとりあえずは合流できたことは心情的にかなり救われた。

 

 ゲーム開始から比較的日の浅い郭貂麟(かくてんりん)にとって、『エルダー・テイル』で数少ない親しいといえる第1と第2の人物。

 なにか知っていたかもしれないその2人がそれなりに混乱していたことは、幻滅したことではある。

 私も混乱しているので偉そうなことは言えないが。

 

 

 都市間トランスポーターゲートのところで合流したが、その場所はひとつの問題の中心点でもあった。

「ゲート死んでるかー、参ったなこりゃ」

「3人燕都に飛ばされててよかったわね」

「ごもっともです」

 

 石灰岩の石門を思わせるそれの表面には、本来青いラインが明滅していた。

 それがなくなっており、今も何人かが試しているが沈黙したままですぐに直りそうな気配はない。

 誰もそんな技術を持っていないし、どんな理論かもわからない。

 

 

 人が多く話をするにも落ち着けず、南門へ向かって歩きながら街の様子を観察しつつ情報交換となった。

 

「又聞きだが、上海、広州、台湾の位置に該当するゲーム内都市にも飛ばされた人がいるらしい。ゲームやってた時の1番近いスタートタウンに飛ばされたみたいだな。索峰アカウントは日本で作ったキャラだが、日本に飛ばされてないし」

 

 索峰さんは艶のある明るい茶色の毛並みの狐尾族、身長は耳を抜いて170cmほどだろうか。

 どうやら現実世界の顔面や体格がある程度反映されるようだが、だいぶ狐人化が強く、細身で元となる顔は比較的穏やかそうとしか察せない。今は眉間に皺を寄せていて気難しそうである。

 体の幅より大きく広がっている太く長い狐の尻尾がかなりの存在感を主張している。33歳と改めて言っていた。

 

「2人ともなにか食べた? 味ひっどいのよ、なんて表現すればいいのかなあ、あの味」

 翠姐(すいねえ)さんは、白い肌、暗めの金髪、尖った耳はエルフのそれ。

 こちらも痩身で160cm少々といったところの22歳。

 目は釣り上がっており、ゲーム内の時の印象よりややキツい印象を抱いた。

 顔を合わせて少し喋って、いつもの翠姐さんであるとわかってからは違和感が消えている。

 

「クレープ屋さんで引っかかりました、私……」

 合流してすぐに索峰さん評「ちっさ!」と形容された私、郭貂麟はハーフアルヴ15歳。身長は135cmジャスト。

 白胡麻色の明るい肌に、ダークブラウンの髪。現実世界ではもっと背があったのに、キャラメイクを小さく設定していたせいでこの状態。

 視線の高さが全く違い非常に歩きにくく何度もつんのめった。

 まず靴屋に行って厚底ブーツでも探そう、なんて言ってもらったぐらい。

 

 

「自分は豚角煮饅頭でやられた。濡らした竹皮かダンボールだな、ありゃ。もうちょい甘みがあれば不味い餅ぐらいにはなったんだろうが」

「果物は味するみたいよ?」

「嘘つけ、ミックスジュースは不味いミネラルウォーターだった」

「加工してない果物よ。オレンジとかスイカとか」

「境界はどこなんでしょうね……」

 

 転移から5時間ほど、食品市場の生モノはsoldoutか出品取り下げの2択となっており、残ったのは味がしないと思われるものばかりであった。

 散々もいいところではあるが、ゲーム時代は料理にバフ効果が付与されていることもあり、一定の需要はゲーム中では存在し得た。

 誰もかれも手探りの現状で、味のしないバフ料理を食べることは当分ないだろう。

 

 

 トイレ問題も発生していた。

 ゲーム中では存在しなかったことで、現在プレイヤーは尿意や便意を感じるようになり実際に排泄行為は必要になっている。

 シャワーも必要になるかも、とは翠姐さん。

 

 しかしどこにトイレがあるのかで一騒動。

 街を出れば野山や街道が待ち受けるだろう。女子にとっては死活問題。

 男はいいな、と思っていたが、索峰さんは「尻尾が邪魔だ!」と嘆いていた。

 

 

 街を歩いて靴屋探しをしている間に狐尾族は何度も見かけたが、索峰さんほどのボリューミーな狐尾はまだ見ていない。

 日本産の見た目用の買い切り追加課金アバター部位で、ゲーム時代は自由に着脱可能だったそうだが今は外すこともできないという。なにが災いするかわからない。

 

 好奇心に負けて触らせてもらったが、非常に柔らかくふかふかとした毛並みの良いもので、いつまでも触っていたかった。

 狐尾族は幻術で尻尾や耳を隠してヒューマンっぽくできるらしいと翠姐さんが言ったので歩きながら試していた様子だったが、うまくいかないようだ。

 

 

「普通の靴屋あったよ!」

 ゲーム時代はミニマップが使用できて、外部の攻略サイトには大きなギルドの商店は記載されていたが、どちらも今は使えない。

 それでも記憶を頼りにプレイヤー運営の商店に赴いて、さて話してみれば、職人が巻き込まれていなかったとか、職人がいても材料を消費したくないとか状況判断させてほしいとか、断られるのも当然といった状態。

 

 歩いて大地人の靴屋を探すしかなかった。ゲーム内では24時間開店のNPC商店であれば今も普通に開店しているだろうという索峰さんの予想の元で。

 

 

 靴屋の垂れ看板を見つけて覗いてみれば、果たしてちゃんと営業しているこぢんまりとした靴屋さん。

 ゲーム時代は初期〜50レベル帯の脚部防具であったり、アバター向けのグラフィック重視の靴であったり、場所によっては課金防具や課金アバターの購入先となるNPC商店。

 

「おや、高レベルの冒険者がうちみたいなところに何の用だね?」

 出迎えたのは職人然とした老紳士であった。

「ブーツ買いに来たんです。今の身長じゃ歩き辛くて」

「ああ、さっきもおんなじような人が来たね」

 合点がいったとばかりに老紳士は頷いた。

 

 一方、索峰さんは厳しい顔をして腕を組み棚を睨め付けている。

「……ゲーム時代はこんなセリフ言わないぞ。それに品揃えも明らかに多い」

 郭貂麟にとってはごくごく自然に思える会話や品揃えも、『エルダー・テイル』の長期プレイヤーの見方は違うらしい。

 

 

「えっと、(てん)ちゃん何cmだったの? 現実で」

「152cmで、今は135です」

「そりゃまた結構な差じゃなあ」

 街中を歩いて少しは慣れもしたが、歩きにくいにも程があった。

 なにより2人に比べて歩幅が圧倒的に足りない。

 

「足から脛のあたりは横には曲がらない靴の方がいいわね、重心が高くなるから。足の長さを伸ばす感覚の方が近いかしら」

「それならブーツより金属防具寄りじゃな。グリーブの方が適当じゃ」

「重くない? あとこの子森呪遣い(ドルイド)だけど」

「冒険者が重いとはなにを言うかね。すぐに慣れよるわ。特殊能力を求めるなら職業制限やLv制限の引っ掛かりもあろうが、そうではなかろう?」

 

 確かにその通り。

 身体能力が上がっていることは3人それぞれが体感したことで、この靴屋を訪れた理由も郭貂麟の足をどうにかしようという、間に合わせのための装備を求めに来ている。

 

「なら大丈夫じゃ。全職使用可能な防具はいくらでもある。ブーツを求めたいなら、それらしいものもな」

「レベル上限90になってるから、低中レベル帯の装備は徐々に緩和されていたからな」

「その通り」

 一通り品定めを終えたらしい索峰さんが補足説明を入れた。

 

 

 『エルダー・テイル』の歴史は20年近くあり、度重なるアップデートで遊びの幅が広がっていくと同時に、新規プレイヤーが既存のプレイヤーに追いつきやすくするための施策は当然行われている。

 新規プレイヤー向けに、入門には十二分な性能の防具をチュートリアル終了時点で与えることに始まり、職業制限のある防具の撤廃及び汎用武具の性能上昇、安価で高性能な公式テンプレ防具の店売り、レベルアップに必要なEXPのブースト薬などなど。

 

 月額基本料金が必要なゲームとはいえ、金になる最前線コンテンツはハイレベルが基本で、新規プレイヤーにとっては遥か彼方に見えるもの。

 長寿ゲームにおいて時代遅れとなった序盤中盤を一足飛びでは済まない速度で駆け抜けてもらうのは、どこの運営でも同じである。

 あらゆるブーストサービスを駆使して新規キャラクターのLv1からスタートしLv90までいかに早く育て上げられるかのタイムアタックも楽しみ方のひとつですらある。

 

 郭貂麟のLvは81。Lv90の翠姐さんによって半ば強引にLvを上げてもらっており、装備品もスキルの習熟度もLv相応とは言い難い。

 先にLv90に上げて解放できることは解放してから装備を整える予定だった。

 

 

「上げ底ってできるもんなんですか?」

「可能じゃよ、限度はあるが。武闘家が蹴り技の攻撃範囲を伸ばすためにやったり、重りを入れて威力を上げたり」

「そういえば蹴り技のマスクデータにそんなのあったな」

「10cm以上となるとそうそうないがな。義足義手や安全靴の方が近いことになるかもしれん。厚底グリーブの対応できる範囲ではあるから安心することだ。毒湿地のような場所を踏破するために使うようなものになるか。改造費込みで多少値は張るが、いいかね?」

 

 提示された予想額を見て、郭貂麟は少し言葉に詰まった。

 Lv70付近の上等な防具がふた揃いは整えられるだろう店売りとしては破格とも言える額。

 手持ちの金貨はなく銀行残高もあまりない。

 

 

「あー、こっちのオジさんが全部払うから、好きにやっちゃって」

「オジさんじゃねえまだ33だ。ここはギルド資産使うべきだろうが」

「年長者が若い子に払ってあげるもんでしょー」

「ゲームに年齢は関係ない」

「今は関係あります〜。ねえ?」

 

 話を振られても困る。ゲーム内で話をしたとはいえ、ほぼ初対面。

 そして、銀行に預けてある金貨も含めればギリギリ郭貂麟の所持金で払える額でもある。

 

「この中でゲーム内資産1番持ってるのだーれだ?」

 郭貂麟の目は索峰を向く。

 

 

 武器攻撃職である吟遊詩人ではあるが、中後衛型の支援ビルドで装備を組んでいる索峰さんは最前線に飛び込んでいく翠姐さんに比べて武具の消耗度合いが大人しい。

 大規模戦闘にも度々参加して、吟遊詩人(バード)という性質から地味だがとりあえず支援でいて欲しい職柄として重宝されており、食いっぱぐれもしていないようだった。

 そうそういないであろうレベルでの長期プレイヤーであり、『エルダー・テイル』廃人もいいところ。

 

 翠姐さんはオシャレ装備に目がなかったが、索峰さんは完成されたアバターにさらなる資産を投入する性格でもなかった。

 誰が1番資産を溜め込んでいるかとなると、この場の3人の中では索峰さんがぶっちぎりなのは明白であった。

 

 

「あー、はいわかりました、出しますよこれぐらい」

「よっしゃー!」

 翠姐さんがハイタッチを求めてきたので、郭貂麟は手を伸ばした。身長差はやはり如何ともしがたかった。

 

「決まったかね」

 靴屋の店主は手早く郭貂麟の足のサイズを測って一度奥に引っ込むと、金属補強された厚い紅蜥蜴皮製のブーツを持ち出してきた。

 

「期待に沿えそうなのは〈紅蜥蜴厚底鞋(あかとかげブーツ)〉だな。土蜥蜴、青蜥蜴のもあるが、どれにするかね」

「紅蜥蜴で大丈夫です」

「なら、底のかさ増しをする前に足の形に合わせんとな。ちょっと履いてくれ」

 明らかに大きいサイズと思えたが、郭貂麟は言われるがままに厚底靴を履いた。

 

 大地人の職人親父は、慣れた手つきで空中に指を躍らせた。

 すると、どんどん厚底靴が全体的に縮んでいき、135cmの体相応に小さくなった足にほぼ一致した。

 

「種族によって体格も違うのに同じ装備ができるわけね」

 翠姐さんは1人納得している。

 一方、索峰さんは頭の横に手をやったと思えば頭の上に持っていく不思議な動きをしてから、念話だと言って店の外へ出て行った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 索峰(さくほう)に念話をかけてきたのは、崔花翠(さいかすい)と一緒にレイドコンテンツメンバーとして時々参加させてもらっているギルドの武闘家であった。

「元気してるか、呪わない化け狐」

 念話先からは日本語。安心感すら覚える。

 

「元気な訳ないだろ。その呼び方やめろ、索峰って名前があるんだ一応」

「なら古都のコンダクター」

「冗談やめろ梅石(うめいし)。異名呼び嫌いだって知ってるだろ」

 

 

 『エルダー・テイル』において最もプレイヤー人口の少ない、不人気メイン職業はどれか。

 年1回ぐらいのペースで運営会社が発表する職業別人口分布で毎回最下位争いをすることになるのは、付与術師(エンチャンター)吟遊詩人(バード)である。

 どの国、どの大陸、どの地方でも、割合に差異こそあれ最下位とブービーはほぼ動かない。

 

 どちらも単独行動の性能は非常に低く、また派手さにも乏しく、集団になるほどより能力が光ってくるタイプである。

 それだけに活躍の場はある程度以上のギルドに入らないと楽しめないが、コミュニケーションが苦手であったり他の干渉を是としない人にとっては非常に面倒なメインジョブ。

 索峰の場合、中国では言語の壁が存在するためあまり大人数と関係を持ちたくはなかったので、零細ギルドに留まっていた。

 

 

「それで、何の用事だ? 話してる時間が惜しいのだが」

「まずは、お互いの無事を喜ばないか?」

 

 梅石は中国駐在日本人が集まるギルド外ゲームコミュニティの知り合いでもある。

 年齢は知らないが中国滞在歴では索峰よりもずっと先輩。

 おそらく年上だが、誰にでも砕けた話し方で、軽口もよく言っていた。

 そしてゲームに年齢は関係ない論者。

 

「どこが無事だ、どこが。こっちはあのアバターそのままに、デフォルメしたキツネだぞ。馬鹿でかい尻尾ついて外せねえんだぞ。

 ヒューマンだったよなそっち、羨ましい限りだ。飯も食ったか、あのなんとも形容しがたい詐欺の塊を。味がするだけダンボール肉まんのほうがよっぽどマシだと思ったね」

「いつになく饒舌だな」

「日本語通じるなら口数多くもなるわ」

 いくら北京語に慣れたと言ったところで、索峰の語彙力は生まれ育った日本語が勝る。

 

「イライラしてるのは現状を鑑みて察してくれ」

「落ち着くわけもないよな、コンサートマスターと言えど」

「だからそういう呼び方をやめろ。切るぞ」

「待て待て待て待て、索峰、ウチのギルドに来る気ないか? 崔花翠さんも巻き込まれてることはわかってる。まとめて受け入れてもいい」

 

 

 もともと梅石は崔花翠の知り合いで、出会った時既に梅石は日本人ということを隠していなかった。

 日本人コミュニティに誘われたのも梅石からだ。

 一方的ではあるが、日本時代不人気職ながらハイエンドコンテンツを最前線で爆走していた索峰の名前と姿を梅石は知っていた。

 

 やたら異名呼びで持ち上げたのは、勧誘の腹積もりか。

翠姐(すいねえ)に言え、翠姐に。引き抜き行為はマナー違反だ」

「崔花翠さんに言っても、索峰に任せるって言うだけだろ。あの女傑にリードつけてるのは索峰だからな」

 

 

 ギルド〈翠壁不倒(すいへきふとう)〉では、崔花翠がやりたいことをやる。

 それが唯一絶対のルールで、それ以外は大きな縛りはなかった。

 適当そうに見えて崔花翠はギルド存続に必要なことはやっていた。

 自分は必要な時に呼び出される後詰めである。

 

 最近は郭貂麟の育成に没入し、ギルド共有倉庫に無造作に放り込まれるドロップ素材や装備を選別して不要な分を市場に流すのは自分の仕事だった。

 大した儲けにもならなかったが郭貂麟の装備更新料の足しにはなった。

 

「試したいことがまだいくつもある。半日も経ってない状態で勧誘するほどと梅石が見積もってくれたのはありがたいが、今はノーコメントだ。前提条件が足りん。どんな好待遇を提示されても、今は無理だ」

 まだ『エルダー・テイル』の本領すらも確かめていない。

 その本領は、今のまま超えなくてはいけないことだった。

 

 

「意思が固いことはわかったよ。だが、索峰は貴重な『わかってる』吟遊詩人だ。それは理解しておいた方がいい。

 あれだけ日本で暴れてたんだからわかってんだろ、自分の実力ぐらい。

 全体で何人こっちに来てるかわからないが、プレイヤー全員が飛ばされて来たわけじゃない。その中の不人気職は当然少ないはずだ。

 まして囲い込まれる傾向がある吟遊詩人だ。在野で、ある程度以上の即戦力として数えられる吟遊詩人なんてのは一握りだろうよ。

 極少人数ギルドにいることぐらいすぐわかるし、とりあえず声かけたい優良物件だよ、間違いなく。これは客観的事実だ」

 

「貴重な評価をありがとう梅石」

「真面目に受け取ってないだろ索峰」

「そうでもない。人的価値までは考えが及んでなかったから、そういう見方もあるのかと感心した。ただ、即戦力評価はまだ早い」

「なんでだよ」

「まだこっちの世界で戦闘経験がない。街の外に出てもゲーム画面に切り替わるってわけにはいかないだろうし、迫ってくる獣相手に臆することなく武器を振れるか?

 梅石は実体化したプレイヤー相手に全力で殴りかかることができるか?

 呪文ならともかく、思いっきり武器で殴りつけることには簡単には慣れないだろうと思う。支援寄りの性能って言ったって、吟遊詩人は武器攻撃職だ」

 

 梅石からの返事はなかった。

 前衛肉弾職の武闘家(モンク)である彼には、非常に多く求められる役割であろう。

 殴る蹴る投げるは武闘家における基本の攻撃パターンだ。それらを抜きに武闘家を語ることはできない。

 

 

「突進系の攻撃に体が竦むことがないとは思えない。それに人間やそれよりも大きな他生物からの明確な害意を生で、肌で感じてそれでも冷静に動けた人ってそうそういるもんじゃないだろ。

 密猟者だって、ナイフ持って虎やパンダと格闘するわけじゃない。大概は銃で相手の警戒範囲外からの狙撃か、罠猟だろう」

 

 本当は合流後すぐにでも低レベルモンスター相手に戦闘してみたかったのだが、郭貂麟の身長問題は自分も尻尾に多少の苦労があっただけに最優先で解決しないといけないものだと思えたのだ。

 

「こっちの世界での戦闘経験抜きにしても、強さ評価してるんだよ。単純に強いからな索峰は。ウチのギルド《玉旗艦隊》もそこそこ大きいとは思うが、廃人クラスの頭数が多いことに損はないだろ」

「褒め殺して勧誘できると思ってるならそれは梅石の大きな間違いだ」

「とりあえず知り合いに声かけろ、って言われて、俺がフレンドリスト眺めて真っ先に思いついたのは索峰だった。それに、今だって真面目にしっかり話してくれるとも思ってなかった。予想以上ってぐらい」

「褒め言葉と受け取っておく。楽観できない性格でな。こんな状況じゃ真面目にもなる」

 日本人である、ということで生じた不快な出来事もあったのだ。拙い文章入力やボイスチャットでバレることも少なくなかったが。

 

 たとえゲームの世界でも、異文化圏の人間が目立っていいことはあまりないのだ。

 崔花翠は自分の国籍を知っているが、自分から国籍を明かすことはせず、対外的には作戦会議までは加わらない傭兵気質で通していた。自然とそうなった。

 梅石は、その点では勇気があるし、尊敬できる。

 

 

「ところでだ」

「どうした索峰」

「いま梅石はどこにいるんだ?」

大都(ダァドン)。上海だな」

「……こっちは燕都(イェンドン)。北京にいるんだが、こっちの都市間トランスポートゲート死んでるんだわ。そっちは動いてるのか?」

「動いてない」

「どうやって合流するんだ?」

 

 長い沈黙があった。

 

「……妖精の輪(フェアリーリング)生きてるかな?」

「生きてたとして、行き先計算ツールも無しに飛び込めと? それは博打が過ぎるだろ」

「……すまん、大都にいるもんだと思ってた」

 索峰は相手に聞こえるように意識して思いっきり大きな溜め息をついた。

 

「勧誘の話はなかったことにしよう。そっちのギルマスに言っとけ、まず上海にいるか聞くようにってな。焦り過ぎだ。あと、翠姐も北京にいるから、勧誘するなら無駄だぞ」

「ご忠告痛み入る……」

 声に力がない。梅石はよほどショックであったらしい。

 

「ギルドをまとめられることを祈っているよ。じゃあこれで」

「あー待て待て、勧誘以外で相談したいことあったらまた念話していいか? 多分索峰もわかってるとは思うが、日本人コミュ所属組ほぼ全滅だし、別に話したいことあるかもしれん」

「了解、こんな状況じゃ仕方ない」

 念話はこちらから切った。少し待ったが、再び梅石から念話の呼び出しが来ることはなかった。

 煙草の一本でも吸いたい気分だった。

 しかし索峰というキャラクターに、煙草の持ち合わせはなかった。








原作用語解説的な?


『エルダー・テイル』
アメリカ産の、世界で大ヒットしたMMORPG。
各大陸に大元であるアタルヴァ社から委託を受けた会社がサーバー運営を行なっている。
各管理会社ごとにある程度の自由設定が存在する。
今作品の中国サーバーは華南電網公司が運営。

念話
いわゆるチャット機能。
原作見てる限り、ゲーム時代では1対1のボイスチャット・文章チャットが可能な様子。
集団転移後はおそらく1対1のボイスチャットのみとなる。
メタ読みすると、この手のゲームで軍団チャットやパーティチャットがないとは思えないので、距離に応じたオープン回線やパーティ内(最高6人対象?)でのチャットはおそらくあったのではないかなあ……。

吟遊詩人(バード)
雑に言えばモンハンにおける狩猟笛をもうちょっと攻撃的にした武器攻撃のメインジョブ。
援護歌という常在型バフを使用可能なのが特徴。
遠中近一通りの武器が使えるが、支援能力の方が充実しているためダメージ出力は抑えめになりがち。
特性上大人数同時接続イベントで真価が発揮される。


盗剣士(スワッシュバックラー)
機動力と手数に長けた軽戦士。
ほぼ近接武器しか使用できないが、片手剣・双剣・双盾すらも可能な拡張性に富んだ職。
ターゲットマーカーという追加ダメージを発生させる付与効果を活用するか、近接職としては豊富な状態異常発生能力か、純粋に手数を追求するかで方向性はだいぶ変化する。


森呪遣い(ドルイド)
精霊使い系回復職。
持続型ヒールを得意とし総回復力はメインジョブ中最高。魔法攻撃力もぼちぼち。
反面瞬間的な回復量はおとなしく、魔法攻撃の燃費は劣悪。


付与術師(エンチャンター)
原作主人公シロエのジョブの魔法攻撃職。
攻撃性能は最弱クラスだがバフデバフの能力では全メインジョブ中最高の潜在能力。
ただ地味で扱いは面倒。


エルフ・狼牙族・狐尾族・ハーフアルヴ
プレイヤーキャラを作成する際に選択する基礎となる種族のうちのいくつか。
ステータスの伸びる方向が異なり、種族ごとに別のボーナスが発生する。
特定の種族限定のイベントも。


冒険者
ゲーム内におけるプレイヤーキャラの俗称。
というかそういう種族でもある。
無限と思える寿命に強靭な生命力と身体能力を持つ(という原作設定)

大地人
こちらは多くのモブNPCキャラの俗称であり種族。
プレイヤーに比べ非常に弱い生命力と低い成長率と能力。

都市間トランスポーターゲート
行き先固定の移動用ワープゲート。街に設置されている。
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