あたしたち、厳密に言えば索峰の尻尾を見て目的の相手だと察したようで、立ち上がると黙礼し手招きして席に誘う。
豪放な感じでも気品のある感じでもなく、風格のある所作だった。
4人顔を見合わせ、なんだか長話になりそうだなあと共通認識を持ちはしたが、行くしかないな、と索峰が言うので、半ば諦めの境地に早くも辿り着きながらガタゴトと椅子を集めてテーブルを囲んだ。
謎の男の真正面は索峰に座らせる。ギルドマスターではあるが、面倒ごとは頭脳担当に任せるに限る。
「初めまして、でいいですよね」
代表して最初に話しかけるのはあたしなのだけど。
「ええ、それでいいでしょう。こちらからは一方的に
「え、あたし知ってるんですか? 憶えないですが」
「ですから、こちらが一方的に知っていると。ああ、無理してかしこまった口調をする必要はありません。私よりも、熟練の冒険者のあなたの歳の方が上でしょうから」
おばさん呼ばわりされたようでカチンと来た。
どう見ても、目の前の男の歳はあたしより上に見えるのだが。
「失礼ですが、お名前と、よろしければご身分をお聞かせ願えますか」
「ああ、まだ名乗っておりませんでした。拙僧、
上人、ということは高僧か。なぜ角端によって引き合わされたのかさっぱりわからない。
「えーと、あたしがギルマスで、こっちの狐が索峰、全身赤い子が角端の主人、
「はい、王燁様は角端より聞き及んでおります。索峰殿、郭貂麟様ご両名とも、お気遣いないようお願いします」
「瑞袞さん、なんであたしを知ってるんですか?」
ステータスを見ればただの
ゲーム時代の索峰を覚えていたNPCもいたというから、あたしを記憶している人がいてもおかしくはないが、坊主の関係者にそれがいるとは思いもよらなかった。
「50年前ぐらいですか、
それからたびたび中層でご活動されていたようですが、40年ほど前には涌き出でる〈
「おー」
王燁ちゃんは素直に感嘆している。
索峰と
そしてあたしにも言われて思い出したことがある。
毒龍は〈地底
どちらも、ギルド〈
「索峰、これ、両方あんたが中国来る前にやってたイベントの話よ、たぶん」
「マジか、いつだ」
「うろ覚えだけど現実時間で3、4年ぐらい前だと思う」
「だいぶ前か。でも桁が違う」
「拙僧が一方的ながら存じている〈冒険者〉の方はかなり多いと思います。歴史知識に近いですが」
偉人扱いか、あたしは。
それにしたって、時間の経過がダイナミックに飛び過ぎやしていないか。
「ゲーム内時間が現実より早く動いていた影響でしょうか?」
「かもね。それだと辻褄合うのかも」
貂ちゃんの指摘で、ヘルプを思い起こす。
確か、現実時間の1ヶ月で、ゲーム内は1年経過していたはず。
現実時間の1年でゲーム内が12年進むなら、時間勘定は概ね合うか。
貂ちゃんや王燁ちゃんは目の前の瑞袞上人と年齢を争うだろうが、あたしと索峰は言われた通り年上ということになるだろう。
「索峰は何年ぐらいプレイしてたんだっけ?」
「13、14年いくか? もう数えてない」
「ということはこっちじゃ150歳近い?」
「うへ」
「狐のおじいちゃんだー」
苦々しげな索峰の表情は、こちらの世界で何度見ただろうか。
狐化著しいが、そろそろ細かな表情の変化も判別できるようになってきた。
「ふむ、尻尾7本の狐尾族、相当な研鑽を積まれているようですな。泰山の狐仙の試練に御用でも?」
「いえ、そういうわけでは。角端に連れてこられただけで」
狐尾族は尻尾の多さが実力と霊格のバロメーターという。
尻尾が多ければ多いほど格が高い。索峰の7本というのは狐尾族としてはかなり上だろう。
それとも、中国サーバーの
「なぜか尻尾や耳隠せないので邪魔ですけども。隠し方分かります?」
「それはお力になれませんな」
「残念」
「隠す必要ないじゃないですか」
あたしも貂ちゃんの意見に賛成だ。せっかくのふわふわ、もったいない。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
「あ、ちょっと待ってください、朝飯まだでして」
「お食事しながらで構いません。おそらく長話になるでしょうから」
「ではちょっと失礼して」
取り出したスイカとメロンを索峰が手早く切り分けて5枚の皿に盛った。
寝起きということもあって、水気の多いこれらは胃に優しい。他に食べたい果物があればリクエストだ。
瑞袞上人にも押し付けるようにスイカとメロンの皿を回し、王燁ちゃんは角端にリンゴを齧らせた。
「まず、拙僧がご説明いたしましょう、なぜこの場を設けたか。なぜ角端が拙僧と一緒だったのか」
角端の暴走が、あたしたちにとっての大きな謎だ。角端が暴走しなければこの街には来ていない。
「最初から脱線しますが、皆様は、角端について、どの程度理解しておられますでしょうか。戦闘能力ではなく、伝承や生物としての角端です」
「
「黒い麒麟が
「ふむ、では根の方からお話しするべきですね。立ち位置としてはお二方の説明で合っています。付け加えるとすれば、麒麟は毛のある獣の長としての立場もあります。賢明なる為政者の出現と共に現れ、麒麟という種そのものも頭脳に優れ人語を解し気性は穏やか。
強大な力を持つが殺生を嫌い、虫を踏まず、草を折らず、仁徳の顕現ともされる。概ね正の妖異ですから、召喚獣として使役できるとも言えますでしょう」
そう言うと、瑞袞上人は傍に置いていた竹紐の編みカバンから鮮やかな羽根を取り出した。
よく見ると羽根飾りで、うっすらと五色の魔力光が湛えられている。
「魔法道具の〈
今回は角端が単独で登ってきたもので大層驚きましたが。効果は、角端召喚中に
「ありがとうございます、頂きます」
「
「〈冒険者〉風に言いますと、MP消費が減りますな」
「なるほど、魔法職には良い効果。王燁ちゃんが角端に大量にMP吸われるのも多少マシになるかね」
王燁ちゃんに〈応鳳霊麟徽〉を渡すと、ふぅー、と、瑞袞上人が大きく息を吐いた。
「泰山仙境の秘宝のひとつですから、渡すまでに盗まれでもしたら、拙僧、崖から飛び降りねばならぬところでした。角端自らが持ち出せと指示しなければ仙境の外に持って出ることはなかったでしょう。
拙僧にとっての最大の用件は終わりました。あなた方にとっての重要事はここから先でしょうが」
配膳はされたが全く手をつけていなかったメロンに、瑞袞上人は手をつけ始めた。
「先ほど麒麟は賢明なる為政者の出現と共に現れると申しました。そしてこの地は泰山で、〈
索峰が
「つまり、賢明なる為政者がいるから〈封禅の儀〉を行え、という勧めですか?」
「郭貂麟様、そうではないのです。本来、麒麟とは戦乱の世に現れてはならぬのです。諸侯が競って覇を唱えんとしていたのに、なぜ王燁様の元に現れたのでしょう」
「抽選籤ですから、いつでも出る可能性はあって、不思議ではないと思いますけど」
「いえ、60年ほど、麒麟とその系列種に目撃記録はありません。以前の目撃記録でも1年ほどで姿を見なくなった、とあります」
60年、現実時間でざっと5年間。
角端はレアリティが〈幻想級〉の位置付けであった上に、人を選ぶ追加課金要素で排出期間も制限されていた。5年間排出されなくても不思議ではない、のかもしれない。
「翠姐、ギルドウォーシステムっていつ頃導入されたかわかる?」
「んー、あたしが始めた頃に試験導入だった気がするから、5年ぐらい前じゃない……あ」
麒麟が姿を見せなくなった期間と一致する。
偶然と片付けることもできるが、連鎖的に記憶が蘇る。
王燁ちゃんの父親が引いたであろう《ノウアスフィアの開墾》大型アップデート適用前最後の課金抽選籤だった「特級麒麟種復刻召喚獣籤」の特賞として、真正の麒麟種復刻で外部コミュニティは盛り上がっていた。
その前の麒麟排出がいつだったかは知らない。この手の籤で目玉として設定された、鍛えればバランスブレイカーにすらに至りかねない本物は中国サーバー管理区域全体で総個数が決められている。
その本物を所持したアカウントが削除されたり、長期間ログインもせず放置されたり、ログインしつつも使用実績がなかったりした数が合計して一定に達すると、また課金籤に登場させる形がとられている。
大抵は外見を使いまわした優秀な下位互換排出で当たりと満足するものだ。それとて強化上限は100%と90%程度の差でしかない。
明確な差としては、エフェクトが派手になり経験値ブーストやアイテムドロップ率アップといった直接戦闘には関係のない効果が付与されていることか。
「ギルドウォーシステムを実装したために、麒麟を排出させなかった、という理屈は成り立つかしら?」
「可能性としてはありうるが、確かめようがないな。運営のみぞ知る」
世が戦乱に染まり、世が乱れるから、安泰を好む麒麟は籤にも出さない。
瑞袞上人を信じるなら仮組みながら辻褄は合う。
辻褄が合うだけで、実証の術がない。本筋から外れた話でもある。
「角端が現れた理由、ね……」
「王燁を守ってくれるため?」
「それも間違ってはいないと思いますが、瑞袞さんの欲しい答えじゃないでしょうね」
この世界においての情報が足りない。ゆえになにが正しいのか判断もできない。
巻き込まれた側の気持ちとしては、王燁ちゃんの元に排出されたことも、この世界変容を思うとなにか理由があるのかもしれないという気にもなる。
「お手上げです。こちらも角端がなぜ王燁ちゃんのところに現れたか、説明できません」
「残念です。経過観察、というところになりますか。いずれ理由が説明できるようになれば、お教えいただきましょう」
「申し訳ない」
索峰と瑞袞上人が同時にスイカにかじりついた。あまりにも同時だったので、ちょっと笑えた。
「これは私どもがお聞きしたいのですが、なぜ〈冒険者〉による泰山や
スイカで喉を潤した瑞袞上人が、再び切り出した。
明確に異変を察知した〈大地人〉に会うのも初めてである。
瑞袞上人に現在の状態を説明はできるが、原理を含めてなにが起きたとは言いにくい。
瑞袞上人はきっと、泰山におけるギルドウォーの管理を司る立場の人だ。
コンテンツの性質上、終わりがなく、また時間の区切りもない。常に争っているのが当然、日常の一部とさえ言えるだろう。
それが全くの無係争、そもそも人もいないとなればなにかあったと察しもするか。
回答任せた、と顔に書いて索峰にばしばし目線を送る。
「どこまでご存知かはわかりませんし、自分らも全ての理由と原因を知っているわけではないので、全ての疑問の解決にはならないかもしれませんが、お答えします」
顔に書いた意図を、索峰はしっかり読み取ったようだ。
「10日ほど前、理由はわかりませんが、全土に散らばっていた冒険者は沿岸部のいくつかの都市に分散して飛ばされました。おそらく泰山にいた冒険者もです。加えて都市間移動のゲートが原因不明の停止で都市間の移動が物理移動となり、妖精の輪による移動も補助計算ツールが使えなくなり、目的地へ高速で向かうことが非常に困難になりました。
冒険者が一斉に集められ、長距離都市間移動も出来なくなった結果、冒険者による商店も仕入れや販路に混乱が生じて食料供給に問題も起き、そちらの確保にも一定以上の力を注ぎ込む必要が出ています。
一斉にいくつかの都市へ飛ばされた結果、知り合いと別々の都市に飛ばされた者もいますし、そもそも行方が全くわからなくなった者のほうが多いようです。
ギルドの長や幹部が行方不明になったところもあるでしょうし、安否確認と組織再編と食料確保、必要なら都市間遠征で合流を目指すといった事象が積み重なり、
いずれなんらかの形で混乱は収まるとは思いますが、自分たちが燕都を出た時点では近隣に気を向けるまではできても、軽い遠征になる泰山に気を回す余裕はまだ無かったように見えました。
封禅が解かれた理由と原因は、強制転移によってなにか影響があったのではという推測しかできません」
突然丸投げされたのに、よくもいろいろと喋れるものだ。
謎の転送と都市間移動ゲート停止によって混乱は起きているが些事である、そう言いたげな回答だった。
些事には程遠いと思うのだが索峰にはなにか考えがあるようだ。
「概ね把握しました。ありがとうございます。まるで大災害で強制的に休戦したような状態ですな」
索峰の説明で全てを納得した表情ではない。しかしそれに聞き返すこともなかった。
単純に索峰が喋りまくって要点を絞らせなかったからかもしれないが。
「ギルド間の対立をしている余裕もなく、皆が各々で内政しなければいけなくなっているので、大災害という表現も間違いではないでしょう。元々ギルド間の対立に興味がなく人数も少ないウチのような集団が最も早い段階で立ち直って金を稼ごうとしている、というのは皮肉かもしれません」
「いえ、立ち直りが早いことはいいことでしょう。組織が大きくなればそれだけ有事の際の重しも増えますし、被害を受ける可能性も高まるでしょうから」
「〈封禅の儀〉に余力を出せるまでに立ち直る集団がどれほどいるか。先に言った通り冒険者はバラバラに飛ばされましたので、大きなギルドでも主要メンバーが方々に散っている可能性があり、一概にどこがすぐに立ち直りそうとは言いにくいのです。もしかしたら街単位で全くの新興集団が立ち上がるかもしれません」
「どんな形にせよ、なるべく早く立ち直って欲しいものです。拙僧らのように常日頃からモンスターの脅威と隣り合わせに暮らしている者は、冒険者に活躍して貰わねばなかなか安心できませんから。泰山地獄は淀みのようなもので、いつまたモンスターの大発生が起きるか」
〈冒険者〉は全くまとまらないかもしれない。
燕都で崔花翠が感じた空気は、自治に動こうとする流れにはなっていなかった。それどころではなかった、というのも正しい。
大きな方針も打ち出されておらず、不満と不安は方々で蓄積していたので大きな衝突が起きることは避けられないだろう。もしかしたら既に起きているかもしれない。
索峰がおそらく意図的に全く触れなかった戦闘の変化も、間違いなく今後に影響する。
PC上での俯瞰視点でマウスとキーボード操作で行う戦闘から、全身で操作する一人称視点戦闘に変化したのだ。
触覚も嗅覚も痛覚も実装され、得られる情報も要求される技術もまるで別物になった。
ゲームだったころの技術が完全に役立たなくなったわけではないが、装備やレベルによるゴリ押しが通じない。高いレベルのモンスターゾーンでは影響は顕著に現れるだろう。
ゲームでは数時間単位で集中を持続できたものが、こちらで同じパフォーマンスを発揮できるとは思えない。
試しの戦闘でも慣れていないとはいえ混乱で頭が真っ白になった時もあった。
角端に引きずられて無理やり戦闘させられた時も、スムーズに攻撃を繋げられない場面は数多くあった。
なにを思って索峰が情報を選んで出しているのか、まだ理解できない。
***
「それでなぜ
話がひと段落つき
最初に脱線したまま、答えられていない。
「ああ、まだ言っていませんでしたね。ご承知の通り、泰山の頂には〈封禅の儀〉の神殿があります。そこは仙境と呼ばれる場所で、拙僧共が静かに暮らしている場所でもあり、角端ほどの格はないですが聖獣が住まう場所でもあります。
聖獣の言葉を解する者もおりますし意思疎通が可能です。
泰山を選んだ理由はわかった。しかし説明が不十分だ。
「〈
「貴重と言えば貴重ですが、鳳凰は西方の
おそらく〈冒険者〉の中にも、鳳凰を見かけた、あるいはその羽根や卵を手に入れたことのある者はそれなりにいると思いますよ。〈応鳳霊麟徽〉も、南方の光山や別の〈封禅の儀〉が可能な山でも同じものが入手できるはずです」
「では、なぜ角端を連れた人にそれを渡すんでしょう?」
「鳳凰、応竜、麒麟、霊亀、どの瑞獣を連れていても良いのですがね。なぜと申されますと、拙僧がこの世に生を受ける前からの決まりですからなあ。これはなんともわかりませんな。神に近しい存在ですので制御するために特製の手綱が必要という解釈でも、不思議とは思いませんな」
基盤は『エルダー・テイル』を踏襲しているのだから、運営がそう設定していたと考えるべきことなのかもしれない。
「角端の言葉がわかる人がいるんでしたよね。じゃあ、瑞袞さんではなくて角端の言葉がわかる人が来るか、もしくは一緒に来たら良かったんじゃないですか?」
「仙境でしか生きられない、生きようとしない者も多いですし、そもそも、悟りを開き俗世の事情に無頓着な者が多いのです。
拙僧は仙境に暮らしてはおりますが、最初に申した通り解脱しておらず俗世に関わることを許されている身で、それなりに世間の事情に明るいということもあります。
今回に限らず、何度か山を降り〈冒険者〉の方に助力を願ったこともあります。そのひとつと考えていただいて構いません。今回は異常事態につき、情報収集も兼ねておりますが」
角端が泰山へ急いだ理由がまだわからない。
「じゃあ、仙境って場所まで行けば
その王燁ちゃんが話題に食いついた。
「はい。通訳を介しますが可能です」
「行ってみたーい!」
満面の笑みを浮かべ煌々とした光を湛えた視線が索峰さんと翠姐さんに突き刺さった。
あまりに純真な視線に、2人が顔を反らすほどに。
「……瑞袞さん、戦闘を避けて仙境まで行けます?」
「無理ですな。仙境そのものは安全ですが、普段の下山は〈冒険者〉の護衛で移動しておりましたし。登山時は拙僧専用の帰還の宝具があります。今回の下山は角端が拙僧を口に咥えて猛然と岩肌を駆け下りまして。生きた心地がしませんでしたな、あれは」
「お、お疲れ様です」
「角端お前、意地でも王燁ちゃん以外背中に載せないのな」
当然、といった感じで角端は首を持ち上げた後に頷いた。
大の大人が口にぶら下げられて移動する絵面を想像して、私は吹き出しそうになった。
「帰還の宝具でまとめて移動ができたりしないかしら」
「しませんな」
「ですよねえ」
「……仙境行けないの?」
急速に王燁ちゃんの顔が曇っていく。すぐ感情が顔に出るのは8歳という年相応なのかもしれない。
「ちょっと相談する時間ちょうだい」
翠姐さんが索峰さんの尻尾を1本掴んで席を立った。
「仙境へ行く道って、どんなところなんですか? 角端が行けるなら登れると思いますが」
「角端が規格外なのですよ郭貂麟様。角端にとっては泰山の獣程度はほぼ全て格下。向こうにとって争うには無益な相手なのです。角端単独の登山なら、どうぞお進みくださいでほとんど戦いにすらならぬでしょう。
拙僧が角端と下山する時も、まあ似たようなものでした。山に住まうモンスターも生半可な〈冒険者〉では簡単に返り討ちになる猛者の筈なのですが」
「角端ってなんでこんなに強いのでしょう? 王燁ちゃんに使役されているなら、能力に制限がかかりませんか? 私が考える召喚生物の枠組みに照らして考えるとあまりにも強いと思うのですが」
「仙境にも登山道にも召喚獣として使役できるモンスターがいると聞きます。しかし王燁様と角端の契約に詳しくありませんので、角端の強さの理由はわかりませんな。仙境で直接お聞きになれば解決するかもしれません」
使役できる召喚獣がいる、というところが郭貂麟の欲を刺激した。
「
「ほう、森呪遣いでしたか。ええ、おりますよ」
しかし郭貂麟にはまだ戦闘に耐えうる召喚生物を従えていない。高レベルゾーン産の召喚生物なら、満足のいく強力な助っ人を契約できるだろう。
「翠姐さん、索峰さん! 仙境行きましょう! 私も召喚生物欲しいです!」
翠姐さんはぎょっとした表情でこちらを見て、更に、勝ち誇ったように索峰さんの肩を1回叩いて笑い出した。
一方で索峰さんは吐き気を催したかのように顔を歪めて席に戻って来た。
「いやー、
「やったー! いえい!」
「いえーい!」
「…………
呪詛のようにぶつぶつとなにかを呟く索峰さんに、瑞袞上人はかける言葉が出てこないようだった。
「瑞袞さん、この泰山砦から仙境って時間でどれぐらいかかります?」
「〈冒険者〉の方々の強さにもよりますが、概ね日の出と共に出れば、夕暮れになる前に楽に着くかと思いますよ。道案内は角端がするでしょうから」
「じゃあ今日これからすぐ出れば、急げば日没に間に合うかしら」
「人数と戦力的に安全策選んで登ることになるんだから、時間見積もり長く取った方がいいよ。だから今日は無理。なんだかんだ陽が高くなってるしまだ聞きたいこともある」
「えー、行かないのー?」
「王燁ちゃん、さすがにここは引かないから。超強力モンスターに怯えながら野宿したくないから今日は諦めて」
「……はーい」
ふと周りを見回せばフリースペースの客は入れ替わり人数もかなり減っていた。
窓から見える空はもう眩しい。朝食としていたスイカもメロンも皆とっくに食べ終えている。
「角端が現れたって出来事の優先度、事件性はどれほどのものでしょう? 王燁ちゃんから聞いた話では、王燁ちゃんのところに角端が現れたのはこっちの基準ではもう5ヶ月ぐらい前になるみたいですが、ご存知ではなかった?」
「角端が仙境に登って来るまで我々は存じておりませんでした。大きな集団ではありませんから。もしかしたら、独自で角端が現れたことを掴んでいる大地人はいるかもしれませんが。角端が目撃された、出現した、ということへの関心度は、広まれば相当なものではあると思いますよ」
王燁父が角端をプレゼントしたのは現実時間で半月ほど前だったという。
王燁ちゃんのログイン頻度もそう高くはなかったと聞いているので、知らなくても不思議ではないか。
私も課金籤の内容に興味がなく誰かによって角端が排出されたなど気にも留めていなかった。
「戦乱の世に角端が現れた。このことの意味はなにかありますか? なぜ王燁ちゃんのところに現れたかは別にして」
「凶兆ですな。本来現れてはいけないものが姿を見せたのですから」
麒麟の排出が凶兆ならこれ以上の悪い出来事はない。
郭貂麟にとっては、空が落ちた、天地がひっくり返った、そんな神話を思わせる域だ。
「実際に大混乱になっていることを思うと、確かに凶事の予兆だったということになるな。結果論だが」
「これだけで済めばまだ良いのですがね。以前麒麟が姿を見せた後には何十年も〈冒険者〉同士が争い、悪く言えば内輪揉めしている状態が続いているのですから。
もちろん、重大な局面では派閥の垣根を超えてひとつの目的へ向けて協力されていたこともありましたが」
「耳に痛い話だわ……」
長く中国サーバー管轄区域で『エルダー・テイル』を遊んでいた翠姐さんは思うところが多いらしい。
「大神殿って仙境にもあるかしら? もしくはそれに準ずる施設か場所通って仙境に行くかしら」
「山の別の場所にはそのような場所はいくつかありますが、仙境にはありませんな。〈冒険者〉が死からの復活が行われる場所もだいぶ深くですから、よほど潜らない限りは到達することはないでしょう」
「索峰、この街に大神殿は?」
「あった。大ってほどじゃなかったが」
「じゃあ、神殿送りでも燕都まで送還されることはないのね。ならだいぶ気持ちが楽になるわ」
死からの復活。
冒険者であれば、大神殿による経験値減少ペナルティ付きの蘇生。既にこの世界でもその機構が生きていることは索峰さんが確認している。
森呪遣いの使える特技の中にも大神殿送りになる前なら蘇生可能なものがある。
数多の支配者が欲した能力であり、この世界では死による人生の終わり、ゲームエンドを迎えられない残酷な呪いでもある。
「瑞袞さん。死がない、死んでも蘇るって、仙人になろうとしている人からすると、どう思う、どう見えるんですか?」
この世界の宗教がなにかはわからない。
それでも、仙人へと至った人と暮らしそれに成ろうとしている者には羨ましいものに見えるのか、それとも別のなにかに見えるのか。
「そうですなあ、拙僧の個人意見として言うならば、危ういものに見えますかな。冒険者が長寿で不死でもあることは承知していますが、それなのに死に急いでいるようにも見えるのです。
我々大地人は死すればそれで終わりですが、冒険者の皆様は往往にして自らを含む死体で道を舗装しながら進まれる。
必要な犠牲もあるでしょうが、無駄な犠牲も多く、それを殆どの冒険者が無駄と思っていないところに最も危うさを感じますな。
不死ゆえに死を恐れず、呪術妖術を用いて、ただ目的へ邁進する巨大な集団。
用語解説
大神殿
戦闘で全滅した場合、または戦闘不能からの蘇生が間に合わなかった場合に強制的に送られる場所。
要は死亡した際のリスポーン地点。だいたい街中に存在する。
ゲーム時代は経験値の数%を失って蘇生されるが武具の損耗も激しくなる。
プレイヤーがこの世界に飛ばされて来てからは、上記に加えて現世の記憶を僅かに失うデメリットが追加されている。(当作品の時系列だとまだ気付かれていない)
喫菜事魔
マニ教のこと。
北宋時代に宗教指導者「方臘」によって大規模な叛乱が起き、江南(長江南岸地域一帯、ざっくり言えば現在の上海より南付近広範囲)を占拠した。
最終的に北宋軍により信徒数十万人をジェノサイドされて叛乱は鎮圧された。