『ログ・ホライズン』 幻獣記   作:Kaisu

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用語解説

敵愾心/ヘイト(値)
ゲーム用語でターゲット集中効果の意味(主に)
次に誰に攻撃するかを内部で判定されるために使われる処理。
大きなダメージを出す技や復活技や回復技を使うとこの数値を大きく稼ぐのは現実のゲームにおいても割と多い。
ヘイト固定、となると仕掛けた相手が特定の相手にしか攻撃行動を起こせなくなる。
ポケモンなら「ちょうはつ」がそれ。

バフ
上昇効果の総称
「つるぎのまい」がそれ。

デバフ
低下効果の総称
「にらみつける」はこれ。

エンカウント
遭遇のこと
「あ!やせいの〇〇がとびだしてきた!」ということ。



呪わぬ化け狐の奮戦

 瑞袞上人(ずいこんしょうにん)との会談から一夜明けた朝、王燁(おうよう)たちは眠い目を擦りながら、まだ住民もまばらな泰山砦を出発した。

 〈封禅の儀〉によって燕都を含む中原北東部の支配を宣言できる泰山仙境へ登山を行う。

 もっともギルドとしての人数が足りず〈封禅の儀〉の起動ができないはずなので、仙境に行く理由はみんなの知的探究心と少しばかりの欲だ。

 

 

 玲玲(れいれい)は会談後また王燁の警護に戻った。やはりというか崔花翠(さいかすい)さんに王燁を差し出したのは短時間預かりのつもりだったようだ。

 泰山の麓までは〈駿馬(しゅんめ)〉や〈軍馬〉ら騎乗生物でも移動することができたが、山岳地帯となり足元が不安定になったので徒歩に切り替え。

 

 そこで問題が起きたのが郭貂麟(かくてんりん)さんで、石段とはいえお世辞にも足場が良いとは言えない登山道に高底の《紅蜥蜴厚底鞋(あかトカゲブーツ)》は相性が悪いらしく、何度も足を段差にひっかけバランスを崩すこと多く転倒も数回。

 見かねて玲玲(れいれい)の背に乗せてあげようとするとやはり玲玲が拒否し、唯一悪路走破性が高い〈赤騎狐〉を索峰(さくほう)さんが再度召喚、郭貂麟さんに貸して一応の解決を見た。

 

 しかし登りの悪路のために〈赤騎狐〉も不規則な動きをするため、郭貂麟さんはなかなか安心できていない様子。

 王燁も最初こそ玲玲に騎乗していたが、登り悪路の不規則な動きに、敵を見つけるやまたしても突然駆け出す玲玲に肝が冷え切って、自分の足で歩くことの方がまだ安心できると徒歩登山を選んだ。

 

 

 瑞袞上人に貰った〈応鳳霊麟徽(おうほうれいきき)〉の効果は、想像を超えて強烈なものだった。

 敵モンスターの逃げっぷりは凄まじく、遭遇率が一昨日に比べて極端に下がっている。

 向こうがこちらを発見しても敵愾心(ヘイト)を煽らないのか遠巻きにして襲って来ず、時折進路を塞ぐような場所に出現しても玲玲が向かっていくと慌てて飛び退き離れていく。

 

 角端の威光が目に見えている。

 出てくるモンスターもレベル85を軽く突破しており、レベル90以上すら見かけたのだが。

 これはもう敵愾心の煽りを抑えるというレベルではなく戦闘回避の域。エンカウント率そのものが下がっている。

 そのため登山もすこぶる快調で、今のところ戦闘は1度だけで山の5合目ほどまで登って来ている。

 

 その1度の戦闘も、4合目の山門を守護する熊で、強制エンカウントだろうと思われるもの。

 戦闘後の崔花翠(さいかすい)さんに「体力バカ」と評された鈍重な熊は、崔花翠さんと索峰さんと玲玲によりいとも簡単に撃破された。

 もともと鈍重だったものが行動遅延系デバフを受けては、袋叩きも同然の状態に。

 

 〈応鳳霊麟徽〉のMP消費軽減効果の実態もここで明らかになった。

 当然のように王燁の言うことを聞かず勝手にMPを吸い取って暴れ回る玲玲だったが、一度に吸われる量がおそらく3割近く減った。

 最終的に王燁の最大MPの8割近くを短時間で断続的に持って行かれたにもかかわらず、あの無気力系脱力感と軽い頭痛は襲って来なかった。精神的疲労も1戦終えて飲み物休憩すればリフレッシュするぐらい。

 一気にMP0になるまで使われることにはならなかったが、随分と体が楽だ。玲玲も心なしか気楽そうに見える。

 

 

「こんなにサクサク登れるなら、昨日登っても良かったんじゃない?」

 時刻にして、まだ午前9時頃だろうか。

 〈封禅の儀〉を行う祭壇は山頂だが、仙境は9合目から別ルートだと瑞袞上人は言っていた。

 強化された冒険者の身体能力と戦闘回避による登山専念でぐいぐい進めるので、昼前には着くのではないかと王燁は思う。

 

「〈応鳳霊麟徽〉がここまで強力とはわかりませんでしたし、仕方ないんじゃないですか」

「嬉しい誤算かな。さすがにそろそろ戦いになる相手も通常エンカウントするだろうけども」

「山の上か地底の方が強いって言ってたもんね」

「レベル90超えてるモンスターも見かけてるのに、全て逃げていくってのも謎ではあるけど。玲玲って扱いの上ではレベル90のはずだし」

 

 

 召喚生物は召喚術師(サモナー)のレベルに準じる。王燁はレベル90なので玲玲もレベル90。

 彼我(ひが)のレベル差があるほど格下モンスターが逃げ出しやすくなる。格下相手にはダメージや特殊効果が発動しやすくなる特技も多い。

 逆に王燁たちの方が格下ならば相手が逃げる理由はないはずなのだが、玲玲がちょっと戦意を見せるとレベルが格上でも関係なく逃げていくのだ。

 

 

「不思議だね、玲玲」

「案内役としては便利ね」

「経験値としては不味いが」

 

 崔花翠さんがサクサクと表現した登山速度は、玲玲の戦闘回避だけではなく道案内も多大に貢献している。

 明らかにここは正規ルートじゃないところにも時々進んでいくのだが、気付けばかなり進んでいる状態になることも多かった。

 

「うーん、地図っていったい……。ゲームじゃなくなったから当然かもしれないけどさあ」

 索峰さんは瑞袞上人から仙境への簡素な地図を受け取っていた。しかし玲玲の脱線いけいけルートの前には全く役に立っていないようだ。

 

「でも、早いです」

「だから釈然としないというか」

 予定通り進まないと気分が良くない人なのかな、と、ここ数日一緒にいて思う。玲玲の行いからくる正当な疑念もあるだろうけれど。

 

 結局、9合目の守護獣がいる門に来るまでに通常の遭遇戦は3度。

 どれもLv95と表示されたモンスターだったが、引き回しが上手く機能して乱戦にはならず、王燁が武器を振って殴りかからなければならない場面も発生せず、素人目に見ても危なげのない戦闘だった。

 相手も弱くはないと索峰さんは言っていたがそうは見えなかった。淡々と処理された感じが強い。

 本当にこの人たちは王燁と同じ日にこの世界に来たのだろうかと思うほどに。

 

 

「これは……、どうしましょう……」

「うーん、乱戦になるなあ、どう見ても……」

 眼前には、9合目へ至る登山道を塞ぐ巨大な石壁と門扉。

 その門を守るように、翼の生えた虎が3頭寝転がっている。

 表示レベルは91と93と95。名前を〈挿翅虎(そうしこ)〉。

 

「角端、勝手に先走るなよ。なにかあのモンスターの情報持ってる人?」

 誰も答えない。

「つまり、初見で格上を3頭倒せと。最初は情報取集に徹するのもアリだと思うけど?」

「これ、戦闘に入ったら逃げられないパターンでしょ。4合目の熊の時みたいに。ここまで来てリスポンで街まで戻されるのは嫌よ」

 

 4合目の戦闘時、門扉から周辺に結界のようなものが立ち上がり逃げ道を塞いだ。

 幸い1頭だけでいくらでも引き撃ちを続けられたの、問題にならなかった。

 

 門の前は傾斜はあるが見通しのいい広場だ。サッカーコートぐらいはあるだろうか。

 戦闘エリアとしては狭いとも広いとも言えない。

 門の左は崖、右は岩山。回り込めそうな場所はない。

 岩山を登って高台から撃ち下ろすことも考えたが、相手に翼があるのでこちらの足場を悪くするだけで意味はなさそう。

 

 

「ストロングポイントは角端がやたら強いこと。ウィークポイントは踏ん張り役のタンクがいないこと。数的有利だが、戦闘力で食い下がれるのは翠姐と角端と自分のみで、みんな真正面からの殴り合いには向いていない、と」

 

 玲玲の戦い方は索峰さん評では前線型殴りヒーラーに近いという。

 防御はそれほどでもないがHPの基礎値が高く、行動速度と範囲魔法攻撃に優れ、同時にHPの回復も可能、と多芸で高次元にまとまっている。

 その代わり戦闘時にはやや注意を集めやすい。

 

 レベル90の冒険者4人を相手に相当の時間を稼げる、召喚獣の等級である〈ミニオン〉ランクでは破格の強さだったが、崔花翠さんの介入が遅れればおそらく撃破されただろう戦闘力でもある。

 王燁による制御が効いていないので、回復してくれるかは玲玲の機嫌ひとつなのもヒーラーとしての計算を難しくしている。

 瑞袞上人は角端を温厚と言っていたが、これまでの行動はそれを肯定しない。かなり好戦的な性格をしていて相当の攻めたがり。

 

 

「王燁ちゃんの時と同じで1番弱い虎を速攻強襲して落として、あとはじっくりやるしかないんじゃない? 集中力が続くのを祈って」

「まー、取れる手段はやっぱりそんなもんか。問題は、最初の虎落とすまで誰が残り2頭のヘイト持つか。

 翠姐(すいねえ)は火力的に虎落としに行ってもらわないといけないし。王燁ちゃんは最悪隅っこでじっとしてれば狙われることはないだろうけど」

 じぃっと索峰さんが玲玲を見た。ふんっと玲玲は首を逸らした。

 

「玲玲、嫌なの?」

 苛立たしげに前足の蹄で地面を軽く蹴った。汚れ役などやるものかという強い意思を感じる。

 

「はい、索峰で決定ね」

「知ってた。角端、せめて1頭目倒すときに火力集中はしてくれよ? 翠姐の火力補助捨ててこっちがヘイト引くんだから」

「それは王燁が頑張る」

 玲玲のたてがみを掴んで、宣言した。

 

「できるの?」

「王燁も攻撃するから。なにもしないのは嫌。王燁が一緒に攻撃すれば、玲玲も一緒に攻撃してくれると思う」

 怖さはある。でも迷惑をかけるのも嫌。

 玲玲が勝手なことをするのなら、守ってくれることを利用して、王燁も玲玲を困らせるようなことをすれば少しは制御できるかもしれない。

 度胸はもう玲玲に散々鍛えられた。

 

「言うこと聞かない玲玲が悪いんだからね」

 王燁が使える特技は多くない。それは選択肢を迷わずに済むということでもある。

 玲玲を経由してできることは多いが、多すぎるほど。

 

 

「無理は絶対しないように。迷ったら逃げ最優先で。王燁ちゃんが戦闘不能になったら角端が消える可能性が高い。そうなるとほぼ負ける」

「あと(てん)ちゃんも倒れたら蘇生できないから、仙境行きたいなら生き延びること。あたしと索峰は戦闘不能になってもあとで起こせばいいだけ。

 きっちり1頭目倒して、角端とあたしたちのどっちかが生きてれば蘇生の時間は稼げるわ」

「攻撃して、避ける、逃げる。わかった」

「心します」

 2人で頷く。崔花翠さんが頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 

 

「索峰、強い方2頭相手にどれぐらい引きつけたまま耐えられそう?」

 

 崔花翠さんが纏う空気が鋭いものになった。

 

「1分は耐えられるはず。1分半はヘイトが微妙だと思う。2分はほぼ確実にこっちのHPが尽きる」

「1分半死ぬ気で引き寄せなさい。それまでに必ず倒すわ」

「オーケー、やってやろう。絶対止めてやる」

 

 ぶわりと索峰さんの尻尾の毛が一度大きく波打ち膨らんだ。

「入る前にバフ盛って入場、索峰が最初ヘイト稼いでから崖側に離れて、1番弱い虎をあたしが〈ターキーターゲット〉でこっち向かせて岩山の方へ誘導。みんなでボコボコにする。いいわね」

「はい」

 玲玲が高らかに嘶き、攻撃強化バフをかけ始めた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 この世界に来て約10日。初めての鉄火場と呼べる戦闘になるかもしれないと索峰は思った。

 回復役の補助はなく。全体バフ以上の支援も得られず。引きつけた後も更に戦闘は続くのでMPもなるべく温存。

 かといって出し惜しみしていられるほどの余裕は見込めない。

 当分死蔵する予定だった〈冒険者〉製の消耗品を全力で消費していかなければいけない最大2分間。

 

 たとえ全滅しても復活するということはわかっている。

 わかっているが4人ともまだこの世界での死の経験はない。

 この世界で死んだ時、人間の内面になにが起きるかはわからない。

 最悪2度と戦闘に赴けなくなる精神状態になるかもしれない。

 皆若く、性別も違う。死の影響なんて予測などできるものか。

 

 それは索峰(さくほう)自身にも言えることで、この世界で死を迎えたあと自分にはどんな変化が訪れるか。

 みんないずれ一度この世界での死は経験しておく必要はあるだろうが、今ではないし、死なない方が良いに決まっている。

 多少の戦闘経験を積んで慣れ、恐怖感は薄れてはいる。それでも仲間と一緒に戦ってのことだ。

 単独で格上と戦うことはこれが最初。

 武者震いと恐怖が混じって、全身の毛がざわざわしている。

 

 

 崔花翠(さいかすい)の集中力が羨ましい。

 至近距離に踏み込めない病は既に克服しもうゲームだった頃と大差ない没入感だという。

 そこまでの境地にはまだ入っていけない。余計な考えがどこかで混じる。

 

「やるぞ」

 鏑矢(かぶらや)を1本取り出して呪歌を呟き、〈音叉響弓・遠〉で高く射出する。着弾を待たず駆け出した。

 ぶぉおと音を立てて飛んでいく鏑矢は冒険者製の〈録歌鳴矢(カナリヤ)〉。

 発射時に対象の特技分のMPを消費し着弾地点で呪歌を発動させる。

 着弾地点というのがミソで、矢ゆえに弓によっては本来の呪歌よりも遠い場所から攻撃できる。

 加えて変容後のこの世界では矢の軌道を山なりにすることで僅かながら呪歌の遅延発動が可能。

 二の矢はもう準備済みでこれも〈録歌鳴矢〉。込める呪歌は別のもの。

 

 

「さー、かかって来いや!」

 山なりに射った最初の〈録歌鳴矢〉が3頭の中央に落下、同時に地面から水色の波紋のような呪歌が放たれる。

 矢に込めたのは〈月照らす人魚のララバイ〉。

 小ダメージと睡眠効果のある呪歌だが、即効性はなくしばらく後に相手を眠りに誘う。

 

「さて、状態異常耐性はあるかね……」

 間髪入れず二の矢を放つ。ほぼ地面と水平に射って着弾もすぐ。〈夢見る小熊のトロイメライ〉を込めた。

 相手を確率で陶酔状態に陥らせ、行動不能状態でこちらに引き寄せる。ダメージで解除されるので追撃厳禁。

 

 

「レベル93陶酔!」

 (てん)ちゃんが判定結果を叫ぶ。1頭だけか。再使用規制時間がやや長いのでトロイメライは連発できない。

 だから次なる矢を出す。これも冒険者製の〈重撃瓢箪(ひょうたん)矢〉。

 短射程の単体ダメージだが当たれば火属性の高いダメージと高ヘイトを稼ぐ。

 

 狙いはレベル95個体で、瓢箪矢三連射。陶酔しているレベル93個体は放置していいし、レベル90個体はヘイトを稼ぎ過ぎると崔花翠が〈ターキーターゲット〉で寄せた後に分断できなくなる。

 外れなく瓢箪矢を被弾した〈挿翅虎(そうしこ)〉のレベル95と陶酔しなかったレベル90が翼を打って跳躍する。距離があるので避けることは容易。

 

「〈ターキーターゲット〉!」

 翠姐がここで介入。レベル90個体の目を強制的にズラさせる。

 

 背走して残りの3人と逆方向に、崖側へ逃げながら距離があるうちに高威力矢の連射。

 何本か外れたが勿体ないと考えていられない。もうすぐレベル93個体の陶酔が切れる。

 

「いや、もうこっちから切るか」

 レベル95個体に牽制で更に数矢、怯ませてから、再度の〈重撃瓢箪矢〉を陶酔した〈挿翅虎(そうしこ)〉の顔面に撃ち込んだ。

 陶酔が解除される。ここからが厳しい。

 

「〈のろまなカタツムリのバラッド〉!」

 吟遊詩人十八番の行動遅延呪歌を叩き込む。これがないと弓で近距離戦は無謀だ。

 続けざまに飛びかかってきた2頭を掠めて隙間を逃げる。

 スリップダメージ(かすめただけ)なのにHP1割は削られた。

 しかも目論見が外れる。行動遅延は確かに入ったが相手の速度に大差がない。

 行動遅延の効果が限りなく薄い。

 

「(翼あるから当然っちゃあ当然かね)」

 ならばと第2案の〈鋼大蜘蛛(はがねおおぐも)糸矢〉、2本1対の冒険者製粘着ワイヤーアロー。

 これも移動阻害効果のついた矢で、翼や足を粘着ワイヤーで絡めて移動能力を一時阻害する。空中の敵に当てれば小型モンスターであれば撃墜も可能。対人でも便利な矢。

 範囲攻撃に近いのである程度当たりをつけて乱れ撃ち。それだけで結構なハイエンドコンテンツ素材が飛んでいく。

 

 振り向き際に〈挿翅虎〉1頭は絡め取った、しかしもう1頭が視界から消えている。

 スパーク音を伴った風切り音。見えていないが接近している。

 

「〈エレガントアクト〉!」

 乾燥した7本の尻尾がぞわっと帯電した瞬間に横っ跳びして矢をノータイムで置き撃ち。

 同時に〈挿翅虎〉が雷撃を纏った翼ですれ違っていく。

 矢は外した。崖下から出てきたようだ。

 

 再びスパーク音、糸を絡めた方だ。既に口元に電撃を溜めている。

 予備動作を見逃した。攻撃キャンセルは間に合わない。

 魔法の鞄から札を取り出す。〈挿翅虎〉が溜めた電撃を地面に吐き出す。面の範囲攻撃、避けられない。

 

「ぐっ」

 取り出した札が瞬時に焼き尽き、周囲を吐き出された電撃が胸の高さまで埋めた。痺れが足から尻尾に抜けていく。

 短時間雷属性の攻撃を和らげる〈雷滅護符〉の軽減率は60%、それでも3割HPを持って行かれた。これは何発も受けていられない。

 

 

 もう1頭をまた見失った。視界が狭い。

 トロイメライのウェイトタイム逆算で、もう40秒ほどは経ったか。

 〈ディゾナンスソナー〉を即時発動。音のドームが広がっていく。

 前、と、上。レベル90個体は遠い。

 

 思考は止まっていないが判断力がいっぱいいっぱい、もうきっちり狙いをつける余裕がない。

 そして飛び回っている方のヘイトも稼ぎ続けないといけない。

 

 呪歌を捨てる。〈ハープボウ・スタイル〉を起動した。

 階級は鍛えに鍛え最上位の秘伝。

 効果はターゲットできる射程内モンスターへの矢必中、及び攻撃命中ごとに援護歌の効力が数秒間上昇、同時に呪歌は使用不可になる。

 

「上に毒矢……じゃない!」

 先ほど電撃を吐いたレベル95個体に毒矢を連射、更に落ちないように注意しながら崖ギリギリに近づく。

 レベル95の〈挿翅虎〉はまた口元に電撃を溜め始めている。

 

 想定できていた行動のひとつ。

 通常販売されている〈爆竹矢〉を果断なく3本射かける。

 そして、上から降って来た〈挿翅虎〉を見上げ身をかわす。

 

 連続した甲高い炸裂音がレベル95の〈挿翅虎〉を怯ませて電撃チャージを中断させる。

 崖ギリギリに立っていたことで自分を狙って急降下して来た〈挿翅虎〉はそのまま山肌を落下していく。

 

 最初に〈録歌鳴矢〉で当てた、奥伝〈月照らす人魚のララバイ〉。

 プラス3レベルの相手は睡眠状態まで約55秒。レベル93個体は空中で眠って墜落した。

 鈍い衝撃音が崖下から聞こえる。相当な高さから落ちていったが死にはしないだろうし、落下ダメージで目覚めただろうが、10秒ほどは意識から外せるはず。

 

 幸い飛翔攻撃主体で攻めて来ているレベル93個体の攻撃間隔は今のところ長めだ。1分経過で残りHP6割なら及第点。

 

 〈月照らす人魚のララバイ〉の対象レベルプラス5は約1分10秒後に10秒だけ睡眠。

 もうすぐにでも寝始めるがレベル差があると効果時間が短い。

 

 だが十分。

 〈音叉響弓・遠〉から〈鉄叫ハープ〉に持ち替える。秘宝級で、一応弓。

 もはや大弓や長弓を通り越してバリスタや床机(しょうぎ)弩に近いサイズで、実際に移動速度にマイナス補正がかかる固定砲台タイプの楽器属性の弓。

 

 そして、弓としては索峰は考えていない。

 電撃チャージを中断させたレベル95の〈挿翅虎〉が寝始める。まだ崖側から翼を打つ音は聞こえていない。

 柄を握って腰を落として自分を軸にジャイアントスイングで2回転、〈ファイナルストライク〉の起動、そのまま勢いを殺さず投げ飛ばす。

 

 

 崔花翠が〈トマホークブーメラン〉で武器を投げるように、索峰も専用の投擲武器を用意している。

 巨大弓としての性能も悪くはないが、これは弓として使うものではなく、〈ハープボウ・スタイル〉で投げるためだけに用意している武器。

 1発投げ切りで再度これを投げるには高額な修理となるが、睡眠状態への初撃ダメージボーナスを活かす最大限の一撃。

 

 めこりと重量のあるハープが〈挿翅虎〉に食い込み爆裂する。

 HPの減少を確認せず再度〈音叉響弓・遠〉に持ち直し〈ディゾナンスソナー〉を再発動。

 崖下に追い落とした〈挿翅虎〉はもう戦闘フィールドに戻りつつある。次の狙いはそちらだ。

 

 〈ハープボウ・スタイル〉は継続中。直接見えていないがソナーの効果時間は継続中で位置を把握中、ならば直接見えずともターゲットにできる。

 まだ飛んでいるはず。〈鋼大蜘蛛糸矢〉を崖下方向に再び4連射し、意識から外す。

 必中状態を維持しているので、見なくても再度撃墜して崖下に転落することになる。

 

 爆煙の向こうに1頭が、もういない。

 だがソナーの効果で上に飛んだことはわかっている。持ちうる瞬間最大火力に近い一撃を与えた後だ。確実に自分を狙ってくる。

 

 地面に影、吠え声、スパーク音、帯電した〈挿翅虎〉が滑空してくる。

 〈エレガントアクト〉で緊急回避かつ矢の置き土産、視界の端に姿を捉え続けた。

 振り向きながら着地して即座に飛びかかりが来る、見えている。避けたが電撃が体を痺れさせた。

 

 

 〈挿翅虎〉が前足に電撃チャージしている。見えているが足が痺れている。動けない。〈エレガントアクト〉は再使用規制中で避けられない。

 振りかぶられた、間に合え〈ディゾナンススクリーム〉と〈雷滅護符〉。

 耳障りな高音量の金切り音、使ったこっちも不快だが攻撃阻害には至らない。2枚目の〈雷滅護符〉は使えた。

 

「ごぉお!」

 威力は軽減したが電撃お手の直撃を貰って地面を転がる。

 HPは2割切った。もう掠められても落ちる。

 

 崖下の方の〈挿翅虎〉が今どうなっているかわからない。もう復帰してきてもいいはず。

 

「俯瞰視点寄越せっ」

 

 1人では情報が足りない。

 目と耳をフルに働かせているがどうしても1人だと注意が逸れる。

 視野が広がっていかない。

 

 頭が要求した情報に体が追いついていない。

 もう1分20秒は経った。あと10秒は確実に捻出できる。そこから引き延ばせるか。

 

 立ち上がりかけたとき、電撃お手をもらった方向とは別の方向から吠え声がする。

 そちらを確認しようとして、射竦められたように寒気がする。

 意思に反して首を捻られる。レベル95個体にヘイトを固定された。

 

「〈カーテンドロップス〉ッ」

 薄絹のカーテンエフェクトが自分を覆う。

 ヘイト固定状態を解除し、更に今まで稼いだヘイトを極端に下げるが、自分に引き寄せておかねばならない状態では諸刃の剣。

 ヘイト固定を解除しつつ距離を取りもう1頭を探し、必中の〈重撃瓢箪矢〉をヘイト固定しようとした〈挿翅虎〉に連射しヘイトを稼ぎ直す。

 

 秘伝〈ハープボウ・スタイル〉の矢必中効果がここにきて効く。目線を完全に切ったまま狙いを放棄して当てられるのだから。

 比較的オーソドックスな特技ながら秘伝にならないと矢必中にはならないため、日本でプレイしていた頃にあっちこっちで頭を下げて、大規模戦闘にも入り浸って秘伝の巻物を入手し鍛えた。

 索峰の戦闘スタイルの根幹を担う部分である。

 

 中国に転勤になってからは言われなくなったが、呪歌を放棄し援護歌と支援特技と弓矢を駆使して戦う姿から、日本時代の二つ名は「化け狐なのに呪わない」。

 

 

 緑色のオーラが索峰の体をぼんやり包み、ほんの僅かにHPが回復した。

 距離は結構あるので、おそらく貂ちゃんの森呪遣い(ドルイド)専用の全体脈動回復。

 もしダメージを受けないままやり過ごせれば、索峰のHPは全体の5割程度まで戻る。そんな悠長に待っていられるわけもない。

 

 もう1頭をようやく見つけた。

 音叉弓の射程おそらくギリギリ範囲内、こちらは向いていない。稼いだヘイトが〈カーテンドロップス〉で減ってほかの3人の方にターゲットが向いたか。

 レベル95個体の攻撃をいなし、レベル93個体のヘイトを稼ぐ。同時にやらなければいけなくなった。

 

「くそがっ!」

 目線は切ったままレベル95個体に近寄る。賭けだ。悪い出目を引いたら即死。

 音叉弓にはできれば使いたくなかった最高級品の矢を番える。

 

 

 〈烈光矢結晶〉。ハイレベルエンドコンテンツのセミレア汎用素材から精製される結晶加工の矢。飛距離による威力減衰がなく、無属性ながら相手の防御力を割合減算して強烈な貫通ダメージを与える追加効果。

 〈ハープボウ・スタイル〉で必中といっても、射出後にターゲットが大きく移動し矢の本来の射程を超えることもままあり、それを矢が追尾するので飛距離限界による非常に大きな威力減衰が起きる。

 それを無視しつつ大きなダメージを与えられるこれは、使い方によっては射程の拡張とも似る。

 絶対にこちらに向き直させるために必要な〈烈光矢結晶〉の本数がわからない、もったいない。

 かといって、使わなければ射程外に逃げられ有効打を与えられなくなる。

 

 

「くそがぁ!」

 〈烈光矢結晶〉5本、間を置かず連射した。

 5筋の流星のような矢が続けざまにレベル93の〈挿翅虎〉へ飛んでいく。着弾は確認している余裕はない。

 

 背中のすぐ後ろでレベル95の〈挿翅虎〉がなにか攻撃行動を起こそうとしている唸り声と翼を動かす音が聞こえている。荒い息が狐の尻尾を撫でるのも感じ取れる。

 電撃音がする。口、ではない。前足、ではない。翼、胴、これも違う。

 どこからだ。前足を持ち上げて〈挿翅虎〉の頭が高く持ち上がり、釣られて索峰の視線が上へ向く。

 

 索峰と〈挿翅虎〉の上を小さな雷雲が覆っている。

 全身の毛がふわりと持ち上がりチリチリする。

 まだ見ていない大技の気配。〈挿翅虎〉の眼前は当たる、どこに逃れるのが正解だ。どこに雷が落ちる。

 〈挿翅虎〉自身に落として拡散か、直接索峰を狙うか、地面に複数落とすランダムか。

 

 ヘイト稼いだ上で近寄ったのだ、近距離強攻撃に張る。

 目線を切って全力で斜め方向に走って距離を取りつつ、正面から逃れる。が、雷雲の下からは逃れられていない。

 直後、腹の底を震わせる轟音と全身の毛を駆け抜ける軽い痺れと閃光。

 

 こちらのHPと状態異常共に変化なし。第1撃は当たっていない。

 ここで索峰はレベル95個体の方へ振り向いた。

 

 蛍のような無数の雷球が〈挿翅虎〉の周りに浮いている。

 類似の行動はゲーム時代何度も見た。対象複数の半誘導連続間接攻撃の待機モーション。

 その全てが、索峰を狙っている。

 

 それを全て捌ききる術を索峰は持っていない。

 詰んだ。

 HPが豊富に残っていればアイテムブーストで凌げただろうが、残余2割のHPでは確実に削り切られてダウンする。

 あとはダウンへの時間を何秒引き伸ばし、影響を残せるかの撤退戦。

 

 

「やれるだけ耐えてやるぞ虎。〈金獣骨灰(こっぱい)〉」

 匂い袋の紐を引いて開封し灰を体にかけた。緑色のオーラが霧散し一気にHPが5割弱まで戻る。

 自身に付与された脈動回復や攻撃反応回復といった、将来受けられるであろう回復効果を強制的に解除し回復するはずのHPを前借りする。

 その代わり1分間回復効果全般を受けられず、30秒後に前借りしたHPと同じ量が失われるが、その際HP1は残る。

 

 どうしても緊急でHPが必要になったときに戦線離脱を覚悟して使うことがほとんどの消耗品。HPが1残ることを逆に利用する場合もあるが、高難度。

 

 3枚目の〈雷滅護符〉が焼け落ちるのとほぼ同時に、〈挿翅虎〉が身をよじって雷球を散弾のように撒き散らした。

 避け切ることは最初から考えていない。

 弾幕が薄いところに体を投げ、いくつかの被弾を許容して壁を破る。HP残り3割。

 

〈挿翅虎〉の周りに残っている雷球の数は半減しているが、体を翻した〈挿翅虎〉は続けざまに第2波を放った。

 体が痺れている。〈エレガントアクト〉で無理やり跳躍、また被弾しながら矢を射返す。ギリギリHPが残った。

 

 しかし、そこまで。

 空からレベル93個体が体に電撃を纏って降ってきた。

 スキル動作の硬直中で手立てはもうない。翼の一撃によって、索峰は意識を失った。

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