援護歌がぷっつり途切れたことで、
3人と1頭で集中攻撃を与えている〈
「みんな、索峰倒れたから注意!
空を飛ぶ虎、それを飛ばさないようにすることに失敗し、思ったより攻撃時間を削られた。
腹や首や鼻といった弱点に攻撃が当たらないとクリティカルが出なくなっていることも火力低下を招いた。
索峰をさっさと蘇生しないと、時間経過で大神殿送りになる。そうなると戦闘継続そのものが辛くなる。
「このヘタレ虎がっ!」
また〈挿翅虎〉が高空で油を売っている。
〈ジャグラースタイル〉での飛刀使用と〈トマホークブームラン〉による武器そのものの投擲によって空中に逃れられても攻撃手段は残されているが、飛刀はあくまで補助火力で〈トマホークブームラン〉は連発が利かない。直接斬りつけてこその武器攻撃職。
飛行可能なモンスターを飛ばさせず常に地面に縫い付ける技術と手段は索峰が得意としていて担当していたこと。歯がゆい。
もうひとつ困ったこととして、角端の主攻属性だった雷は〈挿翅虎〉も雷を操るだけあってまるで効いていない様子。
結果角端は〈挿翅虎〉が空中にいると手が出せず、降りて来るまではほとんど1人でダメージを稼がなくてはいけない。
逆に、角端が受ける〈挿翅虎〉の雷攻撃もほとんど通っていないようで、
HPを凝視していて、貂ちゃんの攻撃呪文〈フリージングライナー〉がレベル差装備差の割にかなりダメージを与えている。そのため冷気の属性が弱点らしいことはわかったが、冷気属性なんて使えない。
援護歌〈虹のアラベスク〉で冷気属性付与が欲しい。そうすればあたしの攻撃も角端の物理攻撃もかなり強くなる。
「残り2頭こっち見てます!」
索峰のダウン体が持っていたヘイトが尽きたか。
相手が3頭になると、この世界の乱戦の経験値が足りないから厳しい。
なにを最優先で行うべきか。どう動けば後に繋げるか。なにが必要か。
「貂ちゃん迂回して索峰蘇生しに行って!」
索峰を叩き起こしてターゲット分散、かつ弱ってる〈挿翅虎〉を撃墜してもらって、援護歌の吹き直しも要る。
蘇生さえできれば、中距離アタッカーはすぐには再ダウンしないはず。
「王燁ちゃん、角端で索峰の方にいた虎のタゲ取れない!? 蘇生終わるまででいいから!」
「やってみます!」
索峰の方へ王燁ちゃんが走っていく。護衛対象が攻め込もうとするので、角端もそれを追いかけ前に出る。
角端に雷が通らないと言っても、後衛職の王燁ちゃんは電撃や強物理攻撃を受けたら致命傷になるので騎乗はしていない。
〈
貂ちゃんの蘇生魔法は詠唱に時間がかかりヘイトの稼ぎ率も高い。
索峰を蘇生できさえすれば、〈カーテンドロップス〉ですぐヘイトを下げてくれるだろうが、それまでは3頭の〈挿翅虎〉を貂ちゃんと索峰に近寄らせてはいけない。
角端も察したのか、なにやら大きなモーションでバフをかけ〈挿翅虎〉の懐へ猛進して行く。
王燁ちゃんも杖から赤い光弾を飛ばして援護している。
あたしが見るべきは、虫の息まで追い込んだ〈挿翅虎〉。間違っても王燁ちゃんや貂ちゃんを狙わせてはいけない。
ヘイト稼ぎ能力の高い飛刀〈
赤い羽根がついた飛刀で射程は短いがキラキラエフェクトで空中に尾を残すのでやたら目立つ。
飛刀といいつつ飛ぶ速度も遅く、新体操のリボンのようだと数値以上に視覚効果でも目を引くため魅せプレイにもよく用いられる。
未だ空を飛び様子を伺っているヘタレた〈挿翅虎〉に向けて3本投げた。
3筋のラインはどれも当てることはできなかったが、注意を惹くには十分な効果であたしへの攻撃を決めたようだ。
「はやく来なさいよ」
〈ピンポイント〉を発動。武器攻撃の威力上昇。次に使う特技も決めた。
翼を一打ち、電撃を翼に纏わせ〈挿翅虎〉が突撃してくる。
待つ。避けない。タイミングだ。この空中滑空突撃も何度も見た。ゲームでよくやったことの再現。
どのタイミングなら刺し違えずに済むか、体で覚えているはずだ。
「見切った!」
その場で跳躍、空中で体を横に倒し〈鉄山黒戦斧〉と回転。
車のボンネットを転がり上がるように〈挿翅虎〉の顔面を無敵時間でやり過ごしながらすれ違いざまに〈挿翅虎〉の上を取り、回転の勢いで背骨に沿って切り進む。
連続でクリティカルが出た。背骨も弱点か。
使用したスキルは〈ラウンドウィンドミル〉。
跳躍の出始めに一瞬無敵時間がありそれで上を取った。
攻撃命中時にヒットストップが相手にかかり、無敵時間が延長される。
足を折るように〈挿翅虎〉が胴体着陸。こちらも回転受け身で着地し地面を転がる。
こういう無茶な挙動も、スキルが発動さえすればきっちり受け身までできる。現実の体ならこうはいかない。
5、6回は当てた感触がある。反撃が来るかと思ったが〈挿翅虎〉は動かない。
HPを凝視すると事切れていた。残り少しのHPを削り落としたようだ。
「しゃぁ!」
〈挿翅虎〉の中でも1番弱い相手だが、まず1頭撃破。索峰が倒れたことまで含めても想定の範囲内。
一仕事終えた感が強く気が緩む。
まだ終わっていないが、緩んでしまったから止められない。
没入していた集中の糸が切れた。ゲーム時代よりもはるかに精神疲労が重い。
時間の制約に追われることが有形無形のプレッシャーとなっていた。
集中力の再起動を早めることにする。具体的には状況確認。
残りの〈挿翅虎〉は2頭、今のところ王燁角端コンビはうまく注意を惹きつけている。
索峰が相当集中攻撃したのかレベル95個体のHPはほぼ半減している。
レベル93個体は1割弱削れているのみで、無傷と言っていいだろう。
あたし自身はどうだろう。
残HP7割で徐々に回復継続中、残MP3割ちょっと、大技にカテゴライズできるスキルはことごとく再使用規制時間中。全力で叩き潰す必要があったから仕方ない。
王燁ちゃんのHPは微減でほぼ無傷だがMPはあたしと同程度、角端はHP6割。貂ちゃんはHP8割のMP5割。
倒れている索峰はHP0ながらMPを7割強近くも残している。ダメージレースの割合がMP消費より矢攻撃による比重が大きいとはいえ、小憎たらしい。
次の目標はレベル95個体を先に削り切ることか。
「蘇生準備できました!」
「詠唱開始! 蘇生後HP回復に全力で!」
貂ちゃんの蘇生特技〈ネイチャーリバイブ〉の詠唱時間は熟練度がまだ低く20秒もかかりHP30%での復活。更に詠唱中は完全に無防備となる。扱い辛さは否めない。
一息大きく吸って〈クイックステップ〉で急加速、戦線に復帰する。
20秒。MPを惜しまず使ってでも、索峰が戦線復帰まで粘れば、勝利はほぼ確定する。
HP回復に比べMP回復手段に乏しいエルダーテイルにおいて、援護歌〈瞑想のノクターン〉のMP回復効果を〈音叉響弓・遠〉で強化するとパーティ全体のMP管理にかかる負担がぐぐっと下がる。
「王燁ちゃん近い方1頭に集中! 片方タゲ引き継ぐ〈ターキーターゲット〉ッ!」
「はいっ!」
角端が〈挿翅虎〉2頭と目まぐるしく跳ね蹴りあって注意を引いていたところからヘイト操作で1頭引き剥がす。
担当が1頭になれば、被ダメージの低い角端は容易に仕事を全うできるだろう。
そして、あたしが引いたのはレベル95個体。引きの強さに笑ってしまいそうだ。
使える特技は小技ばかり。〈トマホークブーメラン〉は使えるが1対1では不向き。投げナイフ程度ではヘイトの稼ぎが甘くなる。
接近して切り結ぶことが最上最善。もう予行演習は済んでいる。
かかとに力を入れて移動技の〈クイックアサルト〉を起動し間合いを詰めて、頬袋に貯められた電撃のモーションを攻撃阻害効果つきも〈レイザーエッジ〉で発動キャンセル。下がらず、なおも前へ。
レベルは高いが大規模戦闘のボスほど強くはない。
大技もあたしの基準からすれば常識的な範囲に収まる。
戦闘難易度を上げている要因は、ひとえに人数不足とマンパワーの弱さ。
もし一般的なレベル90冒険者が6人集まっていれば、まず苦労はしなかっただろう。
あってないような援護呪文だけで接近戦を演じられるのもその証拠。
範囲攻撃はそう多くなく、物理攻撃の命中率も回避率に長けた
〈挿翅虎〉のストロングポイントは飛行能力と電撃による麻痺と行動阻害。
行動間隔はやや長く一撃のダメージが大きいタイプで、それも雷の属性ダメージに大きく依存する。
3頭いるから厄介なだけで1頭単位では空を飛ぶのが鬱陶しいだけ。体格も動物園で見たアジア虎を一回り太らせて翼を生やした程度でしかない。
ゲーム時代の「エルダー・テイル」ではもっと大きな敵はザラにいて、こちらの世界に来てからも体格だけなら既に〈挿翅虎〉よりも4回り以上大きな雑魚を撃破済みだ。
恐怖がないわけでもないが、この程度の大きさ、と思うぐらいには感覚が麻痺しつつある。
角端の
動きが遅く見えるというほどではないが、明確な自覚としてPKを行った最初の対人戦より広く視野がとれる。
そして案外、動きが読めるのだ。ゲーム時代似たタイプの攻撃パターンを持つモンスターと戦ったことがあったのかも。
おそらく時間経過で定期的に放つタイプの強攻撃は持っていない。目の前の動きから次を予測するだけで済む。
レベル90個体でなんとなく理解したことだが、この虎の本領は中衛殺し。
中距離以遠の距離を取ると選択肢が増えるようだが、至近距離を維持している限りではスパークによる削りダメージこそあるが強攻撃に乏しい。
翼も虎が自ら距離を取るためのもの。飛ばせさえしなければ一方的にダメージを与えることも難しくはない。
3頭いて互いに襲撃者の背中を狙い合ってこそ面倒なのだ。
「蘇生できました!」
ほら1対1なら20秒なんて簡単に捻出できる。接近戦では〈ヴァイパーストラッシュ〉の命中低下付与が殊更にモノを言う。
「貂ちゃん全体回復唱えながら逃げて! 索峰! 貂ちゃんのヘイト落として自力でHP戻しなさい! 王燁ちゃんあとちょっと頑張って!」
HPであれば回復に徹すれば個人でもかなり回復できる。MPに比べればよっぽど気軽に戻るのだ。
ましてあたしや索峰の持っているHP回復の消耗品は、貂ちゃんの下手な回復特技よりも強力だ。
「アラベスクで氷寄越しなさい!」
「まだ回復中だっ!」
ダウン中の景色はどう見えていたのであろうか。立ち直りが早い。
ちらと索峰を見やる。もうHPが8割近辺まで戻っている。
「エチュード切ってアラベスク早く!」
「〈アンプロンプチュ〉!」
索峰が唱えたのは援護歌の高速切り換えスキル。
同時に2曲しか使用できない自動半永続バフである援護歌は、本来は切り換えるのに多少の切り替え時間を必要とする。それをMPを多めに消費して即交換する。
攻撃速度と命中アップ〈剣速のエチュード〉とMP自動回復〈瞑想のノクターン〉の2曲から、エチュードを属性選択付与の〈虹のアラベスク〉で冷気付与に変え、回転率より単純な火力バフへ。
「索峰はそっちスイッチして王燁ちゃん撤退フォローしながらあたし援護3割! 貂ちゃんは王燁ちゃん回復してからあたしの方に攻撃呪文!」
指示を飛ばしたそばから返事の援護矢が返ってくる。
炸裂音がして〈挿翅虎〉が怯む。本当に小憎たらしい。〈挿翅虎〉の鼻にクリティカル2連撃の〈デュアルベット〉を叩き込んで援護に報いる。
的確な位置に攻撃を強打できればクリティカルが出るということで、確率でクリティカルが出るゲーム時代よりも技術でクリティカルが出せる分、弱点部位に当てられるなら連続してクリティカルが出しやすくなった気がする。
〈虹のアラベスク〉で弱点属性の冷気が付与されこの2連撃のみでレベル95個体のHPが1割も削れた。
索峰が戦線復帰し、ズルズルと2頭の〈挿翅虎〉の距離が広げられていく。
またしても索峰と残り全員の分断戦闘になった。この時点でもう終わりが見えた。
2対1で、要求を超えて2分耐えられた索峰が1対1でこの程度の相手で再度ダウンすることはないしヘイトを稼ぎ損ねてこちらに乱入されることもないだろう。
「これでっ! 終わり!」
4対1で数的優位に立って角端に壁役を任せ、〈アーリースラスト〉でチクチク付与したターゲットマーカーを〈ストリート・ベット〉で投げナイフを乱れ投げして一斉起爆しフィニッシュ。
続けざまのマーカー炸裂にビクガクと痙攣を起こしながらレベル95の〈挿翅虎〉も事切れた。
あとは消化試合だ。
***
2頭の〈
特に
角端は離脱を補助したまま王燁ちゃんを守るのかと思いきや、王燁ちゃんのヘイト値がしっかり下がったと見るや翠姐さん側の戦闘に復帰し戦闘を継続。2頭目撃破までは奮戦した。
しかしそこで王燁ちゃんのMPが空になったため3頭目との戦闘には参加せず、王燁ちゃんを背中に乗せて距離を取り広範囲攻撃の範囲から逃れている。
結果、
もっとも、少々攻撃を行った段階で翠姐さんの〈オープニングギャンビット〉が再使用規制を終えたため即時再発動で追加ダメージマーカーを大量付与。
それを比較的多くMPを残していた索峰さんが〈リピートノート〉で強制再発動、まだMPに余裕があったので更にリピートして合計3回の〈オープニングギャンビット〉。翠姐さんと索峰さんがよくやる連携攻撃パターンに嵌め込まれた。
〈挿翅虎〉は追加ダメージ予約を全身に浴び、これまた再使用規制明けの〈ブレイクトリガー〉によるまとめて起爆で8割ほど残っていたHPを一瞬で2割に満たないHPまで下げられる大打撃。
その後も最終戦ということで残ったMPを大技で遠慮なく消費していく索峰さんと、大技の再使用規制時間が一周して使用規制が解除された翠姐さんがそれぞれ猛然と3頭目の〈挿翅虎〉を削り落としたので蚊帳の外に置かれていたような気はした。
郭貂麟自身もMP残2割を割っている
大体のHP継続回復特技は付与したか再使用規制中で3頭目に挑みかかったのだから、回復職としては攻撃に参加せず戦況を見守るだけでも保険として仕事しているのだけれど。
「主目標3頭撃破、周囲警戒!」
「前後左右上空敵影ありません!」
「崖下と岩山裏!」
「〈ディゾナンスソナー〉! ……反応なし!」
「戦闘終了! よしみんなお疲れ!」
翠姐さんが締めて、ぐにゃあと索峰さんが膝から崩れ落ちた。
「死ぬ。いやさっき1回死んだ。なんだよこの酷使はふざけんな。無茶苦茶消耗品使ったぞ」
「過ぎたことをぐちぐちと小さいわね。それに休むのは早いわよ。仙境行ってから好きなだけ休みなさい。少なくとも一晩は仙境で過ごすんだから。
ほら見なさい、王燁ちゃんがはやく行きたいって門の前で手振ってるわよ」
「人の苦労も知らないで……」
「角端に聞きたいことあるんでしょ、鬱憤はそっちに回しなさいな。今日はお酒飲んでもいいから」
「味しないけどなぁ!」
「立ち直りが早くてなによりです。〈キュアブルーム〉」
「あー、いい匂い。ちょっと元気出た」
〈キュアブルーム〉は状態異常やステータス異常を治すディスペル系の呪文で、清涼感のある花の香りがする。
すぐに香りは消えるが、部屋の中で使うとカビ臭さや埃っぽさがさっぱりするので私は空気清浄の効果もあるのではないかと疑っている。
「早くいこー!」
小休憩を先に取っていた形になる王燁ちゃんは、早くも元気を取り戻していた。
「呼んでますよ、索峰さん」
「はいはい」
膝に手を当てぐわぁと索峰さんは腹筋で起き上がった。
王燁ちゃんの手により仙境への門は開け放たれていて、わくわくと擬音が聞こえてくるようだ。
門を通り過ぎ、岩山の裂け目に作られた道をしばらく登ると尾根を越えた。
「うわぁ」
「おおー」
視界が開け、尾根から見下ろした急峻な岩の斜面に点在する東屋と、桃李と思われる果樹と松系の針葉樹。
北側に出たのか山陰になっており霞みがかっている。なんとも幽玄で厳かな場所だ。
人の姿は見えず、姿が見えるのは豆狐が数匹。東屋で丸くなっている。
時折風に乗って甘い匂いがする。花の匂いなのか果実の匂いなのかは定かではないが。
「着いたら
「門通って、道なりに進んで最初の建物に鈴があるから鳴らせば迎えに出るって言ってたわね」
「じゃああれかな」
索峰さんが指差した先に石碑と小さな社があった。
賽銭箱があり、その上に手で振る飾り鈴が置いてある。
王燁ちゃんがそれを振りしばらく待つと瑞袞上人が社の奥から現れた。
「ようこそいらっしゃいました。無事登頂されたようでなによりです」
「まあ、無事よね。概ね」
「そうだな。よくあると言えるレベルだろ」
索峰さんのワンダウンのことを言っているのだろうが、瑞袞上人にはなんのことかわからなかったようだ。
「さて、封禅の儀もなく、地域に覇を唱える者もなく、いつになく静かな仙境ですが、ご用命は?」
「仙境案内と宿的な腰落ち着けられるところの斡旋かしら。角端の通訳できる人も紹介してほしいし。とりあえずはそんなところよね?」
「そんなところだろ」
「承りました。仙境案内は致しますが泰山仙境に宿はございませんな。冒険者向けにはこういう社がところどころにありますので、勝手に使っていただければ。
今は冒険者がおりませんしどこでも空いているかと。掃除と炊事はご自分でお願いいたします」
「あの桃って甘いの? 食べていいのー?」
「あまり陽の当たらない桃李ですし、酸味はないと思いますが、硬いかと。探せば甘い桃もあるやもしれません。
我々はあまり食べませんので。梅もございます、梅も桃もご自由に。年中実をつけますし」
「梅はいらなーい」
「広さの割に人少ないんですね」
尾根から見えた範囲では、結構な長さの斜面で、そこそこに建造物は見えていた。
「上から見るとそうでしょうな。洞窟や、斜面の窪みで生活している者が多いですし、賑やかであったり、暖かい場所でもありません。
封禅の儀に使用する祭壇近くで暮らしている者もいますし、修業中の者や、人との関わりを断っている者も多くいます。不要不急の物事でなければ、そっとしておいてください」
「なるほど」
上から見下ろしても洞窟の入り口を見分けることは難しいだろう。ただでさえ霞がかかっている。
「そうそう、角端ですがね、この斜面を直接登って来たのですよね。飛んで来る者は時折おりますが、人にせよ獣人にせよ、上からしかこちら側に来れる道はないのですが」
「うっそぉ、こんなところ登ったの?」
急峻な岩の斜面とは表現したが、断崖絶壁をちょっぴりマイルドにした程度の斜面である。
見える道もところどころに柵はあるものの概ね岩肌を削って作られたものだ。
冒険者の身体能力があるとしても、挑戦したいとはあまり思えない。
「ちなみに、下るときもこの斜面でして」
「それは……、生きた心地しなかったでしょうね……」
口に咥えられて岩肌を降りたと昨日言っていた。
こう地形を見た後だとなおのこと真似したくない。瑞袞上人はどこか苦々しげに角端を見ていた。
「あとでご要望に応じてご案内しようと思いますが、泰山仙境のことを少しご説明させて頂きます。
宿はない、と言いはしたものの、宿代わりに使える建物があることはご説明致しました。山頂を経由してぐるっと回るか、斜面沿いの道を進んで南側斜面に出れば、それらの社はございます。一応北側にもございますが。
また、南側斜面では催事のたびに冒険者の出店がありました。概ね南側は冒険者、北側は我々の、という住み分けは一応されておりました。
そしてここから一際高い峰に向かいますと、封禅の儀の祭壇がある山頂です」
「あんまりやることないのね」
「景勝地かつ戦略的拠点、元々は我々が細々と暮らしていた場所でもありますし。これでも賑やかになった方ですよ。社の多くも冒険者が必要と感じて要望し、出資されて建てたものです」
この辺は運営の過去のアップデートかイベントで追加されたことのようだ。
世界遺産の泰山をモチーフにした影響もあるのかもしれない。
「召喚生物の契約場所はどこですか?」
郭貂麟個人では仙境まで登山した理由の第1がこれ。
戦闘を何度か経験してなんらかの戦闘補助を行う召喚生物がいた方が安定するだろうとより強く思った。
ゲーム時代と同じ感覚なら、王燁ちゃんと角端のようなスロットを独占させた方が強い場合もあるとはいえ、メインが決まるまではとりあえず契約のスロットは対応バリエーションを増やして埋めておくべき。
「南側斜面を少し降りたところに人馴れした温厚なモンスターがおります。コミュニケーションを取り、仲良くなるか、力を認めさせれば、契約に至るでしょう。
封禅の祭壇があるエリアを除く仙境全域が非戦闘エリアで、ときどき南側斜面下以外でも、好奇心旺盛なモンスターが山を登って来ていることもあります」
レアエンカウントもする、ということなのだろうか。
「ねえ索峰、食料どれぐらい持って来てる? 現地調達しない前提で何日保つ?」
「昨日結構買っといたから、馬鹿食いしなけりゃ5日は余裕。多少我慢して7日」
「じゃ、とりあえず2泊を予定して、改めて伸ばすか決めましょうか。ちょっとのんびりしましょ。死んだら麓の街で復活だから、死なないように」
「はーい」
「わかりました」
返事はしなかったが索峰さんが露骨なまでにホッとしている。
気疲れもあったのだろう。羽根を休めるいい機会かもしれない。
陽もまだ高く、仙境を見学して回る時間はまだたっぷりありそうだった。
書いていたときの4話終了。
次から書いていたときの5話、かつ全体の4割を占める長い最終話。