『ログ・ホライズン』 幻獣記   作:Kaisu

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輝きを纏って

 泰山(たいざん)仙境で迎える5度目の朝。

 ゲームに転移してからの通算ではもう16日目だ。いい加減果物にも飽きてきた気がする。

 

 合議の最後の議題は、燕都(イェンドン/北京)への戻り方と、そのあとどうするかだった。

 

 角端(かくたん)王燁(おうよう)ちゃんを連れての燕都同行を拒否したのが問題になったが、崔花翠(さいかすい)立案の、王燁角端ペアを安全な泰山に残して〈翠壁不倒(すいへきふとう)〉組のみ下山、全速力で燕都に戻り荷物回収しつつ燕都で一泊、早朝出発で泰山砦まで戻って王燁ちゃんに連絡して下山してもらい合流の形で最終的にまとまった。

 泰山砦までは帰還呪文が使えるので、下山に危険がないことが前提として存在する。

 

 同時にいつそれを行うかということも議題になった。

 できるだけ早く行いたいことではあるものの、泰山に登った理由のひとつである郭貂麟(かくてんりん)の召喚生物契約がまだ終わっていない。

 昨日を丸ごと会議に費やしたので探す時間は無かったという当たり前な話。

 

 なので郭貂麟には期限を追加で5日と切って、もしそれまでに納得のいく召喚生物を契約できなければ今回は見送るということになった。

 5日で切った理由は、持ち込んだ食料の限界日数。

 多少は泰山仙境で自給できているとは言っても、バリエーションには限りがあって、5日かけて決まらないのであれば縁が無かったと納得してもらうことにした。

 プレッシャーにはなると思うが仕方ないのだ。

 

 

 索峰は女性陣が召喚生物を探していた3日間を、寝る2割散歩1割〈鑑定士〉をフル活用しながら食べられる木の実採集4割〈幻想級〉武具の試運転3割で過ごしていた。

 

 木の実採集の途中には、泰山仙境の住人3人から養蜂作業の手伝いを依頼された。

 養蜂対象は蜂型モンスターではなく、現実世界でもよく見る蜜蜂だった。

 ゲーム時代に表記されることはなかったが、こういうものもちゃんと生態系として存在していると勉強になった。

 常識的に、果樹に能動的に受粉させる手段がないと大量の収穫までは見込めまい。

 これも考えてみればあって当然の営みだ。仙境でなぜそれをやっているのか理由はわからないが。

 

 

 索峰が声をかけられた理由は、巣を開ける際に楽ができるから。

 もっと言えば吟遊詩人 (バード)や〈付与術師(エンチャンター)は広範囲に及ぶ睡眠魔法が使えるからとのこと。

 

 仙境からやや降りた東向きの斜面にナツメと(すもも)の群生地があり、その樹々の間に養蜂箱が設置されていた。

 煙で燻して蜜蜂をおとなしくさせた上で巣箱を含めた周辺地域に睡眠魔法を、吟遊詩人の場合は〈月照らす人魚のララバイ〉を、丹念に丹念にばら撒いて蜜蜂を完全に沈黙させた。

 呪歌は煙と違って音波なので巣の中まで簡単に効果を通すことができるのは利点なのだとか。

 

 呪歌を使うたびに蜜蜂の羽音と警告音が鎮まっていくのも面白かった。巣の内外のあちこちで無警戒に寝落ちている蜜蜂を見るのは、なんとも不思議な気分。

 依頼者たちは蜜蜂が寝静まったその隙に慣れた手つきで巣箱から巣板を引っこ抜いて、巣板について眠った蜜蜂を振り落として回収。蜜蓋を削ぎ落として遠心分離機に入れ採蜜していった。

 巣枠型の蜂の巣箱と遠心分離機を使うあたりこの蜜蜂はセイヨウミツバチ系なのだろうか。

 

 索峰の仕事はその間ひたすら作業中の巣箱を巡って〈月照らす人魚のララバイ〉を連発して蜜蜂を沈黙させ続けることである。

 どうしても巣板を出すときに起きる蜜蜂はいるのだ。

 

 おおよそ2時間後、依頼者3人は予定されていた範囲の巣箱を開き採蜜は完了された。

 退避後、蜜蜂の起床ラッパとなる状態異常解除促進の〈毒抜きのタランテラ〉をばら撒いて依頼完了。

 

 依頼(クエスト)という括りでは、この世界に来て、初めて達成したことになる。

 〈毒抜きのタランテラ〉は冒険者(プレイヤー)用の援護歌で蜜蜂に効果があるのか疑問はあったのだが、使用し始めた途端に羽音がうるさくなったので効果があったらしい。

 モンスターと蜜蜂と冒険者の援護歌の効力の境界線はどこにあるのか謎が深まった気がする。

 その後不純物の濾しとり作業を手伝い、報酬として採れたての蜂蜜と削り取られた貯蜜層をいくらか頂いた。

 

 

 濾過しただけと削っただけ。加熱もしておらず加工もしておらずちゃんと味がする。

 過剰なほどの甘みは以前燕都(イェンドン)で入手した蜂蜜とはまた違う風味で少し粘り気が強かった。

 

 夕飯どきにもらった貯蜜層を女性陣に出してみるとあっという間に食べ尽くされ激賞された。

 特に王燁ちゃんは一際強い衝撃を受けたようで、せびられて索峰は自分の分をそのまま王燁ちゃんに回すことになった。

 狐尾族の全身の長い毛は蜜蜂の針を容易に通さず、呪歌もあって一切刺されていない。

 また、があれば養蜂手伝いの依頼は積極的に受けていくべきかもしれない。

 蜂蜜はまだ隠しているのでそちらはこっそり賞味することを決定。

 

 

 そんな感じで仙境5日目となったこの日も、ほどほどにのんびりと、惰眠を貪れるのはいいことだなあとしみじみ思いながら、とっぷりと二度寝三度寝に浸って寝坊した。

 なんだかんだで相当な疲れが蓄積されていたらしい。

 体力充電するつもりでいた泰山5日目の昼前、ギルドマスター(崔花翠)からの念話が索峰の静穏を乱した。

 

「索峰、午後から戦闘訓練するからそのつもりでいてね」

「んー、了解」

「3対1だからね。索峰にあたしと(てん)ちゃんと角端で当たるから」

「は?」

 

 微妙に残っていた眠気が吹き飛んだ。

 暇なのだろうかと生返事で了承したのが間違いだった。

 なぜそうなったのか。

 

翠姐(すいねえ)、説明を求める」

「あたしと貂ちゃんと角端は武器と特技のみ、索峰は幻想級や消耗品含むアイテム全部使用可能で」

「いやそういうことじゃなくて」

「索峰の全力がどんなものなのか試してみたくて。いいハンデでしょ、たぶん」

「修理とか補充の話したよな」

「1戦ぐらいいいでしょ別に。それに、これって幻想級隠した索峰が原因だからね。

 この2日ぐらい索峰が幻想級の試運転したことは知ってるし。実際どうなのか見てみたいと思ったわけだし。拒否権無いわよ、これ」

 王燁ちゃんは演習メンバーに入っていない。残り3人は幻想級隠しで嫌悪感を持たれたメンツだ。

 

「王燁ちゃんはどうなんだ。参加しないのか」

「角端にMP供給だけよ。王燁ちゃん本人は反対だったけど、角端の強い要望で折れた」

「そうかい」

 

 またも主従関係の逆転現象。

 忠誠を誓っていたくせに、相変わらずのじゃじゃ馬ぶりである。

 王燁ちゃんの申し訳なさそうな顔が見えるようだ。

 

「わかった。開始は何時ぐらいだ?」

「昼ご飯食べて一服した後ぐらい、現実時間の13時ぐらい」

「そっちのアイテム不使用以外になにか条件あるか?」

「仲間内でデスペナ付けてもあれだし、あたしと貂ちゃんと索峰はHP残り3割以下で戦闘不能扱いで、瞬間的ならそれ下回っても大丈夫。

 HP判定は王燁ちゃんだからブレるかも。角端にはデスペナ無いからHP0以下まで削っていいって」

「デスペナ付けたくないのはわかるが、案外条件キツイな」

 

 単発高火力で削ることが難しい。HP3割までは削れるがデスペナはつけられないのだ。

 そして索峰にも崔花翠にもほとんど一瞬でプレイヤーのHPを5割以上削れる方法がある。

 3対1であり、事故で大技が被る可能性もあるだろう。索峰の防具だと3人分の火力が直撃すればかなりサックリとHPは削れ落ちる。

 

「翠姐の投擲物あり?」

「3対1なら酷かな、って思ったから使わないつもりだったけど、使っていいのかしら?」

「投げナイフ系のみ可でいい」

「吹いたわね」

「翠姐から投擲物抜いたらかえって予想立てにくい」

「あっそ。あとデッツ(行動阻害延長)嵌めはしないわ。勝つのが目的じゃないし。実験するまでもないし」

「それは助かる」

 

 行動遅延に加え移動阻害をひたすら当てられ続ければ、1対1でも辛いのに3対1では被弾即詰みもいいところ。

 崔花翠の技術をもって投擲武器で隙を伺うのであれば、全ては避けきれないだろう。

 

「目的に貂ちゃんに実践経験積ませるのと角端の観察もあるのよ。貂ちゃんには言ってないけど角端は察してるとは思う」

「乗ってきてる時点で、角端の自分への警戒度はそれ以上ってことなんだろう」

 郭貂麟を速攻で落とすな、角端はできれば狙え、と言っているようなものだ。

 八百長とまではいかないがなかなか条件が多い。

 

「事前バフはありか?」

「使うものによるわね。援護歌とスタイル起動系ならいいかなって思うけど。こっちもスタイル起動使うかもだけど」

「了解」

「他に質問は?」

「ない」

「じゃ、昼過ぎに瑞袞(ずいこん)さんの(やしろ)前で合流で」

 

 ツーツー、と電話が切れた幻聴がした。

 窓の外を見た。だいぶ陽は高い。猶予は3時間あるだろうか。

 

 

 正直なところ勝ち目はかなり薄い。

 崔花翠との1対1のタイマン戦は何度もやったことがあるが勝率は1割を割る。懐に入られるとイコール敗北でほぼ間違いない。勝った内容は動きを読み切って近づかれる前に削り切ったのが全て。

 

 こちらも近接武器を装備して殴り合ったこともあるが、絶望的に習熟度とメイン職業の対人戦闘適性の差があった。

 勝てないまでも達成目標を定めそれを行う装備を組むべきだ。加えて幻想級武具を使わなければ納得もされない。

 

 索峰の戦闘スタイルは、長射程と多い手数に高価な矢を組み合わせて火力を出しつつ、かつ狐尾族の種族ボーナスによって一部の特技が付与術師(エンチャンター)のものに置き換わったことで使えるようになった非常に多彩な支援バフのばら撒き。

 2職ともに味方強化もしくは敵弱体化に優れたメイン職業であり、大人数で行う大規模戦闘(レイド)に相性が良い。

 今回のような1対多に対しては、単独(ソロ)戦闘力がぶっちぎり最下位の付与術師と、同ドベ2争いの吟遊詩人の組み合わせだけに相性が悪い。

 〈挿翅虎〉戦なぞ、プレイヤースキルがどうあろうと事前情報無しのソロ戦闘の時点でかなり無茶がある。

 

 

 狐尾族で付与術師のスキル派生テーブルを引いた場合、日本の攻略サイトではキャラ作り直しでリセットが安定。少なくとも推奨はされない組み合わせ。

 種族で狐尾族を選びメインジョブで付与術師を選択するそれそのものの組み合わせ自体は良好な部類だが、スキルが置き換わるサブ派生となると扱える付与術師の特技の数が減るせいで対応力が落ちるため死にスキルとなりやすく、ソロ活動にも向かない。

 

 索峰は吟遊詩人で相当な期間遊んでいたところに大型アップデートで種族特性が追加されたため後付けで付与術師派生を引いてしまったケース。

 かといって散々金を突っ込んだキャラだけにリセットするには惜しくそのまま遊び続けた索峰は、狐尾族吟遊詩人+付与術師の組み合わせを追究してソロ活動を投げ捨てた大規模戦闘特化型となった。

 

 日本のプレイヤー人口ワースト1、2の、逆張りになる組み合わせは、プレイヤー人口全メインジョブワースト2位、全体の5%台の吟遊詩人を選択し、そこから選べるベースの8種族で狐尾族になり、さらにスキル派生のメイン11職の抽選。

 索峰と同じ種族と職業派生の組み合わせは、単純計算で日本の総プレイヤーの0.00064%程度である。希少もいいところ。

 

 

 逆張りする変わり者呼ばわりもされたが狙ってやったわけではない。

 大元のアタルヴァ社のせいだと、何回訂正したかわからない。

 大規模戦闘におけるポテンシャルは確かに高いが、わざわざ狙って育成するほど面白くはない。

 純粋に狐尾族以外で吟遊詩人か付与術師で育成する方がわかりやすい。

 改めて同じ条件で育て直せと言われたら断固拒否する、そのぐらいには苦行の道。

 

 そんな極めて不向きな単独戦闘を行いながら善戦するための作戦となると、速攻で1番装甲が薄い郭貂麟を落としたいところだがそれは止められている。

 ヒーラーが長生きするとそれだけ戦闘が長引く。角端も回復行動ができるのでなお固い。

 

 一方で崔花翠による速攻もおそらくない。

 速攻を仕掛けて自分を倒してしまっては勝ちはすれども目的を達しはしないだろう。

 

「角端と長くやりあうために雷耐性は意識するとして、さて、どう組むか」

 魔法の鞄(マジックバッグ)から、主要な装備を取り出し並べ、作戦を組み立てていくことにする。

 惜しいが、採算もある程度は諦めるしかないだろう。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 索峰(さくほう)という狐尾族は、玲玲(れいれい)という名を賜った角端(かくたん)にしこりを残し続けていた。

 いつから玲玲がそれを自覚したかと問われれば、燕都(イェンドン/北京)を出て泰山へ向かう途中のこと。

 

 そのしこり、違和感と言えるそれは「索峰という冒険者はもっとできるのではないか?」ということだ。

 完成された精鋭たる技量を持っているとは評価できるし、実力で見るならばなんら不足はない。

 だが、別の一面があるのではないかという疑念は拭い去れなかった。

 

 果たして、それは正しかった。

 生半可な戦歴では到底集めることができないであろう見るからに強力な宝具や祭具を、狐尾族は隠し持っていた。

 

 

 離れた場所からこちらに視線をくれる狐の枯れススキ色をしていた毛並みはうっすらと光の粒子を発し、木弓を携える静かな佇まいは威圧感と神々しささえ漂わせている。

 それでも、まだ浅い。

 横にいる崔花翠(さいかすい)というエルフ族の方が、集中が深い。

 

 

「それじゃ、いくよ。えいっ!」

 我が主人、王燁(おうよう)が一握りほどの石を高く投げた。

 人間の足で50歩の距離を置き、石が地面に落ちた時が戦闘開始の合図。

 

 小石が地面で跳ねた。

 その瞬間に狐尾族の纏う雰囲気が一変する。猛禽のような眼差しがこちらを向いていた。

 次の瞬間、それぞれに1本、合わせて3本の矢が飛んできた。連射ではなく1度に3矢。

 (われ)と斧のエルフは額、森呪遣い(ドルイド)は腿。

 我は首をひねって避け、エルフは横へ避け、森呪遣いにはそのまま腿を掠めた。

 完全に狙ってやってのことか。

 

 彼我の距離は人の足で50歩。我にとっては8歩といったところ。

 遠くではないが、まだ弓の間合い。

 

「〈ハープボウ・スタイル〉使ってるみたいね」

 

 あの狐尾族が主戦としているスタイル。

 対モンスターには必中と聞くが、対人及び我ら召喚生物には命中上昇のみという。

 接近させる気がないのか、再び3矢、それを7連続。一息二息で射ってきた。

 21矢、明らかに1人で射れる弾幕ではない。

 

「はぁ!?」

 

 それらは全て我と斧のエルフに向けられていた。

 1矢であれば避けられようものも、上級弓兵に伍する命中精度を持つ者がこれだけ射ればその全ては避けられない。

 避けるか弾くか、それでも半数は貰ったか。

 

「あ、痛くないこれあんまり! (てん)ちゃん脈動回復!」

「〈セコイヤヒール〉!」

 

 効果の低い継続式回復。狐尾族の放った矢は数こそ多いが、数撃つために威力を犠牲にしたか。

 同じことを思ったらしいエルフが被弾を覚悟して前に出かけたところ、ばちこんと衝撃音がしてたたらを踏ませられていた。読まれて手痛い一撃を貰ったようだ。

 反撃とばかりにナイフを投げ返しているが、悲しいかな命中精度に差がありすぎて簡単に避けられている。

 

 

 エルフの間合いは斧を使う割に遠くから戦えるが、まだ当てられる距離ではない。

 森呪遣いも魔法の射程内ではあるが、同じことだ。

 この距離で牽制の中距離攻撃は無意味。弓兵の間合いの内側に入らなければ。

 

 我がやるべきであろう。

 主人の魔力を吸い、四肢に雷撃を走らせ、加速、突進。〈雷電石火〉。

 

「突進とか舐めてんのか」

 

 で、あろうな。もう見せた動きだ。

 長距離であれば方向修正が利くが8歩ではほぼ直線行動。避けられるであろうことは織り込み済み。

 避けたついでに射かけてくるであろうことも知っている。

 であるからして、通過後に遅延発動で狐尾がいた辺りの左右周辺に雷を落とす。

 

「適当予測で当たるかっ!」

 そうか、こちらに射かけずそれも避けたか。

「もらったあああああ!」

 だが連続回避後までは無理であろう?

 

翠姐(すいねえ)わかりやすすぎ」

「あ」

 次の瞬間、エルフはハリネズミにされていた。完全に待ち構えられていたようだ。

 

「でもさすがに私には対応できませんよねー!?」

「げっふ」

 狐は地面を割って出てきた木の根に打ち据えられた。

 回避回避連続攻撃、まで隙を作らせば、さすがに届かせることができるようだ。

 

 

 もちろんそこで止まることもない。まだ体力は皆残されている。

 〈雷電石火〉を終え転進。二角に電撃を溜め振り下ろし、広範囲放電を放つ。

 〈方陣放電〉、技術どうこうで避けられるものではない。

 

「効かねえよ!」

 輝く毛並みを焦がされながら、狐の弓兵は怯むことなくこちらに向かってきた。

 実際、ほとんどダメージを与えられていない。

 

「主攻属性が雷だっつーことは知ってるからな」

 

 特技の硬直中、電撃の海の中から何本もの矢が飛び出し、全て我の身体に突き立った。

 笑うような表情が癪に障る。

 

 だいぶ耐性を上げているようだがダメージは通っている。

 無効化するまでの準備はできていなかったらしい。

 ならばやりようはある。耐性をも貫通する高火力で焼けばいい。

 

 主人には謝らねばならないだろう。

 宝具を介してなお強烈にMPを削る、黒い稲光。

 

「貂ちゃん離れて! なんかやばい!」

 よく勘の働く女だ。

 予備動作は長いが、味方すら巻き込む広範囲極大ダメージ。

 我の扱える特技において単純なダメージだけなら最大威力である〈星砕黒雷〉。

 

 巻き込まないのは主人のみ。

 もっとも、主人の実力と戦闘継続を考えると最大威力は出せないが。

 あの狐が逃げられる距離では攻撃範囲内だ。

 

「翠姐もっと退がれ!」

 敵を(おもんばか)る余裕があるとは見上げたものだ。

 防御を重ねる余裕ぐらいはあるだろう。耐えてみるがいい。

 

 ヘラジカのツノの如く黒雷を展開しそれを振り上げ、螺旋状に纏めた極太雷撃を指定範囲に降らせる。

 地面に触れた後に拡散し一帯に付随ダメージ。大地を砕く衝撃に地を走る黒雷。

 〈道士(タオマンサー)〉の立場をも奪う大攻撃は、加減したこれでも〈召喚術師(サモナー)〉の尺度から外れている。

 

 

 で、あるのに。

「角端お前、HP3割残す制限忘れてないよな」

 主人と同級同格であれば、直撃すれば一撃で蒸発させることができるであろう威力があるはず。

 土の地面は広い範囲で真っ黒に焦げつき、中心部では地割れすら入っている。

 それでも索峰という狐尾族は最大HPの3割しか削れていない。

 最大に近い火力を出してこれでは、焼き切ることは難しいようだ。

 

 それぐらいしてくれねば、戦いに誘った甲斐もない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 高い雷耐性を持つ〈幻想級〉防具〈武甕雷(タケミカヅチ)御史(ぎょし)〉。

 同じく〈幻想級〉の武器〈古松弓・天橋立〉。

 さらにアクセサリーに〈幻想級〉の〈月銀・鏡写〉。

 

 角端(かくたん)対策の防具と、索峰(さくほう)が日本で主力の一角として使っていた武器とアクセサリーの組み合わせ。

 〈古松弓・天橋立〉は、ある短い時間にこの弓による攻撃を10連続ヒットさせると11回目以降の与ダメージが的を外すまで激増する。

 当て続けることが前提の武器であり、固定砲台として当て続けることで継続火力に貢献する。

 しかしそんな一方的に当て続けることができる状況はそう多くなく、10回も短時間で連続ヒットさせ続ければ否が応でも自分へのヘイトが溜まり(攻撃が集中して)逃げを打つ必要が出てくる。

 

 

 それを解決するのが〈月銀・鏡写〉。

 狼牙族・狐尾族・猫人族限定装備で、効果は使用中体毛が輝くエフェクトがつくことに加え武器が3本に増える。

 しかも増えた2本は自分で操作する必要がなく元となった武器を鏡写しでなぞる。

 実質的に手数が3倍になる。敵愾心(ヘイト)の煽りは相応に上がるが。

 

 いかな〈幻想級〉といえど、手数3倍で簡単に火力3倍になるようでは壊れ性能(バランスブレイカー)にもほどがある。

 使用時は火力減算がかかり、武器1つあたり元の45%、フルヒットで合計135%で収まっている。

 

 それでも単純な火力補強としては破格の性能。

 更なる代償として、近接武器で使用すれば耐久値を3倍消費するし、弓であれば矢を3倍消費する。

 近接武器では空振りで耐久値を消耗しないが、弓であれば矢を当てようが外そうが矢の消費量は3倍で変わらない。

 3本同時発射でも命中判定は別個に存在し、1本でも外すか防がれれば元の火力より落ちる。

 

 

 そこで組み合わせになる。

 短時間10連続ヒットで威力激増の〈古松弓・天橋立〉、矢を相応に消費するが手数3倍の〈月銀・鏡写〉、対モンスター必中で対人対召喚生物でも飛躍的に命中率を伸ばす〈ハープボウ・スタイル〉の最高位秘伝等級。

 

 弾幕を張ること容易く、火力は高く。

 矢の消費速度に目を瞑れば〈古松弓・天橋立〉の特性を限界以上に引き出してやれる組み合わせ。

 矢を連射する特技ひとつで簡単に条件を満たすことすらできる。

 

 矢の損耗速度が尋常ではなくなるが、アイテム面でのバックアップがあれば火力を出しにくく吹き専援護専呼ばわりされやすい〈吟遊詩人(バード)〉が、武器攻撃職であることを証明できる。

 

 消耗品への補給が容易だった日本時代にはこの組み合わせで援護歌と特殊矢による支援と火力を高い次元で両立。

 貴重な「最前線でも戦える吟遊詩人」として大規模戦闘へ食い込ませ、索峰に「化け狐なのに呪わない」の異名を与えた。

 

 

 ゲームだった時にも長く連れ親しんだ相棒である。

 ほとんどぶっつけ本番に近い起用だが、驚くほど手に馴染む。

 未だ完全な操作が怪しい狐の尻尾よりも取り回しに苦がない。

 

 〈音叉響弓・遠〉に連なる装備群もひとつの到達点ではある。

 今現在のこれは、もっと高いところにある到達点。

 隠していた顔と言えるもののうちひとつであり、支援よりも個人火力に寄せた装備。

 

 

「雷耐性上げて更に護符使って1発で3割削られる? なんつーアホな火力だよ」

 

 雷系に対する抵抗力を極端に高い数値で加算する〈武甕雷の御史〉。かけることの雷系ダメージ60%カットの〈雷滅護符〉。

 直撃させられたとはいえ、消耗品の護符を使ってまで3割削られたのだ。護符がなければそのままHPが3割以下に落ちて戦闘演習が終了していた。

 防具のブーストもなければ、一撃でHPがゼロにまで落ちていたかもしれない。

 〈雷滅護符〉も決して安いアイテムではないのだが。

 

 小憎たらしいのが郭貂鱗(かくてんりん)で、逃げつつ〈ウィロースピリット〉でこっちの足を絡め移動阻害。

 的確に角端(かくたん)をサポートしたせいで直撃を耐えるしかなくなった。

 

 ただ、あまりにも大規模な攻撃過ぎて攻撃範囲から退いた崔花翠(さいかすい)と郭貂鱗は開始時よりも距離があり、角端は開始時より近い。

 そう長くはないが、邪魔が入らず角端と戦える状態。

 

 

 (てん)ちゃんの修行も兼ねてとか、幻想級武具を使っての本気を見せろとか、思惑はそれぞれにある。

 索峰が設定した達成目標は、角端のHPを削り切って強制送還し召喚解除。

 

 いろいろと予定を狂わせてくれたお礼参りもしなければいけないし、高い鼻っ柱も一度はへし折らないといけない。

 王燁(おうよう)ちゃんが主従の立場を逆転させられている現状への打破もある。

 

 話を聞く限り、王燁ちゃんは召喚を自力で解除できないが、角端も自力で召喚されることはできない。

 あくまでも王燁ちゃんが喚び出さないと表にはいられない。

 そこまで王燁ちゃんが考えて角端のHPを削り切っていいと言ったかはわからないが、あと2人のダメージ計算して寸止めするよりは、よほど楽。

 だから、角端を撃破するまでは出し惜しみをするつもりはなかった。

 

 

 あくまで寄らせないように牽制しつつ、角端撃破に全力を尽くす。それが目標。

 ターゲットを角端に固定し、新たな矢〈重衝矢〉を選んだ。

 〈月銀・鏡写〉の火力減算には、抜け道と言えるものがいくつかある。その抜け道のひとつ。

 

「悪く思うなよ」

 〈重衝矢〉の先端は平たく大きく、分銅のような形状をしている。そして重い。

 3矢、全てが角端に当たる。ドドド、と、大きな衝撃音がしたが、威力はそこまでではない。

 当たったことが重要で、〈重衝矢〉には命中時にのけぞり効果があり1秒に満たない時間だが操作不能のウエイトタイムを付与する。

 それが3回分、3秒弱ほど相手を動かせなくする。当てどころが良ければ効果が伸びる。

 ダメージ効果ではないので素の性能が重複する。

 

 3秒あれば第2射が間に合う。動けない的であればどこでも狙える。

 

「〈ヘッドブレイクシュート〉!」

 頭撃ち。これをちゃんと頭に命中させるとめまいによる操作不能を延長するスタン効果を更に付与、の3乗。

 矢効果も延長、矢は3倍消費するがMP消費は特技1回分なのも非常に大きな強み。

 

「〈ハートブレイクシュート〉!」

 心臓撃ち。同様に胸部に命中で別計算のスタン効果、これも3乗の〈重衝矢〉も3本。

 〈重衝矢〉には最大ウエイトタイム上限やのけぞり効果発動に個体サイズの限界があるが、角端はサイズ限界には遠い。

 

 仮にスタンやウエイトタイムに抵抗があっても無効がなければ最低5秒は角端も動けない。

 これは戦闘において致命的に長い。

 加えて、短時間に9矢連続で当てている。〈古松弓・天橋立〉の火力ボーナスが次手から加わる。

 

 ちらと崔花翠を視界に入れる。まだ1手角端に打てる。矢を高威力のものに切り替えた。

 

「〈ラピッドショット〉!」

 武器攻撃職用弓汎用特技、矢の6連続速射。めまぐるしく手が回る。

 火力を求める射撃型〈暗殺者(アサシン)〉で採用されることが多いが、索峰も主戦技として利用している。

 さらに〈月銀・鏡写〉の効果で3倍、18本もの矢を放つ。もはや弓というカテゴリを破壊する人力ガトリング。

 6連射だけあってややばかり拘束時間が長いが威力は並々ならず、全てが角端の頭から首に吸い込まれ、これだけでHPが目に見えて削れた。

 

 一瞬影が視界を通り過ぎた。

 真上から斧が降ってきて索峰の頭頂部と肩に痺れるような痛みが走った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 距離はあった。

 だが索峰(さくほう)が位置を動かず連射する特技を使ったのを見て、思いっきり空に〈鉄山黒戦斧〉を投擲した。

 山なりの軌道を描いて、空から秘伝スキルが襲いかかる。

 避ける余裕は与えず2挺の黒い斧は索峰を割りにかかり、片膝をつかせすらした。斧の片方はクリティカルも出ていた。

 

「不用心よ!」

翠姐(すいねえ)も顔面食らわせただろうが!」

 

 被弾直後戻ってくる斧を目で追った索峰に(てん)ちゃんがまたしても足元から木の根による痛打を浴びせていた。

 相手被弾直後は追撃チャンスとは教えた覚えがあるが、なかなかどうして絶妙なタイミングで差し込んでいる。

 

 落雷の衝撃音。角端(かくたん)がなにか自己強化を使ったらしい。

 黒いたてがみが膨らみ、目が黒からエメラルド色に変化し輝きだした。

 

 索峰がまた分銅付きの矢を射ったが意に介した様子がない。耐性をつけたらしい。

 それを見て取った索峰はいきなり明後日の方向を向いた。

 

「貂ちゃん!」

「え」

「〈スリーバーストショット〉!」

 注意を飛ばしたが遅かった。

 9本の矢が貂ちゃんに向かって飛び、急角度で曲がった。

 

「ちょ、あたし!?」

 心の準備をしていなかった。顔付近に来た2本叩き落とすのがやっと、5本受けた。2本は外れた。

 顔を完全に横に向けながらこっちをロックオンするとは、カマキリみたいなやつ。

 スキル発動後の隙を衝くべく、緑の残光を残して角端が索峰に突撃していく。

 接近戦を仕掛けるつもりに見える。その方が索峰も嫌だろう。

 

 

 前衛を買って出てくれているのだから、存分に角端を盾にさせてもらう。

 角端は眼前にアーク放電を発し、当たらば痛いであろうことは容易に想像できるそれが、索峰を捉えた。

 いや、捉えたが、索峰は朧となって消え角端はすり抜けた。

 

「んなっ!?」

 索峰の回避技能は、それなりに長く一緒にやっていただけによく知っている。

 あらかじめ当たらない位置に移動することでなるべく攻撃を避け、どうしようもない攻撃には消耗品を惜しまず使って耐える。

 これがあたしの知る索峰の回避のほぼ全て。

 

 攻撃が当たる直前に消えて無くなる、という動きは見たことがない。

 角端が通り過ぎた後には全く同じ場所に索峰が立っていて、貂ちゃんに矢を射かけていた。

 

 改めて索峰の姿を認めた角端が、放電もそのままにUターンして戻ってきた。

 確かに索峰はそこにいる。角端を盾に追いかけたあたしも、すぐ斧が届く距離にいる。

 

「〈朱髯烈公(しゅぜんれっこう)〉!」

 斧(まさかり)専用の特技。朱の輝きを武器に宿し大地を割る豪傑の振り下ろし。

 一撃の威力に優れ、直接当たらずとも衝撃波が範囲攻撃となる。

 

 逃げ場はない、はず。

 完全に当たるタイミングだったはずだ。

 しかし索峰はまた朧と消え、叩きつけた2挺の斧と衝撃波は索峰にダメージを与えた様子がない。

 

「どこ行った!?」

 Uターンして戻ってきた角端も虚しくなにもない空間を突く。

 

「まだいるんだなこれが」

「うぉわ!?」

 

 本当に目と鼻の先に、索峰が出現した。

 既に攻撃態勢を取っていて弓を引き絞っていた。背筋に戦慄が走る。

 

「〈ラピッドショット〉」

「〈ブレードオペラ〉!」

 超至近距離での弓矢と短斧。

 あたしは乱れ切りを選択、奇しくも、索峰も手数技。

 

「おりゃあああああああああ!」

 3張の弓から放たれる矢をことごとく撃ち落とす格好になった。

 前には進めないが、ダメージも受けていない。

 

 驚愕している索峰。そして索峰の攻め手をあたしが引き受けているということは。

 

「ぐがっふ」

 2度の空振りを経てようやく角端がクリーンヒットを決め蹄にかけて轢き倒す。

 索峰のHPが半分を割った。

 

「〈フレイミングケージ〉!」

 そこに貂ちゃんが追撃の炎魔法。炎の檻がダメージエリアを作り出して索峰の逃げ場を塞ぎ、継続ダメージを与える。

 その炎の檻の中から矢が飛び出して角端を穿つ。

 逃げる手段はないが、炎の檻に突入すればこちらにもダメージがある。

 

 

 いや、今有利なのはあたしたちだ。ここで押し込めば勝負は決まる。

 

「いっくわよおおおお〈エンドオブアクト〉!」

 

 盗剣士(スワッシュバックラー)最大の大技のひとつ。

 〈ブレードオペラ〉よりさらに多い斬撃を繰り出す長時間技。結構な移動を伴うため炎の檻のダメージは受けてしまうが気にしない。

 

 中にいる索峰を切り刻まんと炎の壁を振り払い、手応えは、ない。

「またぁ!?」

「いーや、無理やり炎の壁突破して裏にいただけだ」

 ぶすぶすと毛を焦がした索峰が、炎をブラインドにして、裏にいた。

 

「んで、視界確保ありがとよ」

 ぞっっとするような数の矢が、索峰の手に握られていた。

 

「〈七星矢連弩〉」

 散弾のように多数の矢が放たれたがなおも索峰の手が動き続け、それを一瞬で3連射。

 

「でも、終わりね」

 索峰が射終えた直後にあたしの〈エンドオブアクト〉が索峰をくまなく斬り刻んだ。

 

 後ろで爆竹をもっと重厚感のある破裂音にしたような連続した炸裂音が鳴りまくった。

 

 勢い余ってあたしは索峰のHPをゼロにしてしまった。

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