『ログ・ホライズン』 幻獣記   作:Kaisu

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後始末

 いろんな意味で大きな被害を受けた索峰(さくほう)さんは、なかなかの激怒っぷりだった。

 

 消耗品は矢を中心に在庫をかなり減らし、お気に入りの〈幻想級〉武具は戦闘に敗北したことで耐久値を大きく減らされた。

 なんのための演習だと、翠姐(すいねえ)さんはこってり絞られた。翠姐さん自身が失態を自覚しているために言い返せないようだった。

 

 幸い蘇生が間に合って、泰山仙境から索峰さんが泰山砦まで強制送還されなかったことだけが救い。たぶん。

 

 

 索峰さんが倒れる前、文字通り置き土産として、迫る翠姐さんを無視して角端(かくたん)にあらん限りの猛攻を仕掛けHPを削り切った。

 索峰さん曰く、〈フレイミングケージ〉を突破した時点でHPは3割を切っていたそうだ。そこに近接職必殺技カテゴリの猛攻を無防備で受ければ、結果は見えている。

 

 索峰さんが自分のHPを自覚してなお戦闘を継続しているのだから、自業自得の面も多分にある。

 それに気付かずトドメを刺した翠姐さんも大きな失策ではあるのだが。

 

 酷なことかもしれないが、静止が遅れた王燁(おうよう)ちゃんにも責任はある。

 あるのだが、索峰さんも翠姐さんも、それを咎める気はないようだった。審判として、あまり期待はしていなかったのだろう。

 

 そうでなくとも、角端が〈応鳳霊麟徽(おうほうれいきき)〉があってなお容赦なく王燁ちゃんのMPを大量消費したせいで、途中から魔力酔いでグロッキーになっていたのだ。

 よって審判としての責務は果たせる状態になかったと結論付けられている。

 角端は本当にろくなことをしない。戦闘中は誰も気付いていなかったが。

 

 

 私、郭貂麟(かくてんりん)自身は、索峰さんからだいぶ手心を加えられていたな、と思うほかなかった。

 急所は狙ってこない、射程武器であるのにそもそもこちらへあまり攻撃をして来ないと不完全燃焼の感は否めない。

 あまりに自由に攻撃ができる状態が長くタイミング取りや狙いもつけ放題と、郭貂麟が知っている索峰さんからは外れた印象。

 

 実質的に〈フレイミングケージ〉が決勝打になったとはいえ、ヒーラーとしての〈森呪遣い(ドルイド)〉で見ると、角端や翠姐さんの回復を疎かにして索峰さんに角端を撃破されてしまった。

 瞬間回復量は回復3職の中で最も低く、瞬間大火力に対しては相性が悪いが、意識が攻撃に寄りすぎたのはまぎれもない事実。

 もし適切に回復と攻撃を配分できていれば、角端を守り切れたかもしれない。

 索峰さんの目的が角端撃破であったあたり、適切に配分できていてもなお角端は撃破された気もするが。

 

 

 攻撃の差し込みと妨害のタイミングについては索峰さん本人からお褒めの言葉をもらいそれはそれで嬉しかったのだが、同時に手心を加えることができる隔絶した強さの差も、感じさせられた。

 

 そもそもこの世界上で、装備の質も含め、現在の索峰さんと同レベルの実力まで届くのかと思うほどに。

 持ち込んだ蓄積の年輪があまりにも違う。ハードルを落として翠姐さんのレベルまで至れるかとしても遠い。

 

 

「ていうか索峰、容赦せずに急所狙ってきてたけど、人にあれだけ矢射るのって抵抗とか恐怖ないの。それに最後にあたしを完全に無視して角端に矢叩き込んだわよね。攻撃受けそうならなにかしら反応しない?」

「…………そういや全く意識してなかった。狙いつけるとき、視界が結構狭まる感じもあってな」

 

 意識してないで済ませられるあたり、相当振り切れた肝の太さだと思う。

 

「山門で1回死んで、『あー、こんなもんか』と。矢が当たって矢が残るわけでもないし、血が出るわけでもなくエフェクトだし、大して痛くもないし」

「死生観が緩くなりすぎてませんか」

 

 人は1回死んだだけでこうまで割り切れるものなのだろうか。

 

「そうは言っても、矢が飛んでくるとかなり怖かったんだけど。特に顔狙い」

「そうですね。まとまった数の矢が狙いよく飛んでくると、かなり威圧感が」

 

 郭貂麟に急所狙いはされなかったし、それほど攻撃があったわけでもない。

 それでも、明確に害意をもった凶器が飛来すると怯むものがある。

 魔法による攻撃に怯みが起きないわけではないが、私個人の感覚では、実体のない魔法によるものの方が恐怖が薄い。

 

「心臓狙いより顔面狙いの方が心理的な怯みとアドバンテージ取れると」

「すぐそういう発想するのが怖いわ」

「一種のゲーム脳なんですかね」

「否定はしない」

 

 

 その後も、索峰さんは使用した幻想級武具のネタばらしをしてくれた。

 

 ちょっと聞いたことのない数値で電撃系への耐性と効果を上昇させる衣、10連続ヒットで与えるダメージが跳ね上がる弓、毛並みを輝かせて手数を3倍にする腕輪、4秒間の透明化無敵を3度まで使用できる、使い減りしない幻想級の〈狐惑(こわく)のお札〉。

 

 索峰さんによると、〈月銀・鏡写〉で手数が増え、矢1本あたりの攻撃力は下がっても矢の効果で追加の固定ダメージを与える部分には火力減算が起きないという。

 固定ダメージを与えるぶんには、純粋にダメージ3倍に近く、数百数千万の破格のHPを持つレイドボス級ではあまり役に立たずとも、高くても1万そこそこのHPである対人では非常に優秀なダメージソースになるのだとか。

 

 加えて、自身のATKの3%の固定ダメージを与えるという矢を選択、足すことに7本同時射出する〈七星矢連弩〉スキルを使用した上で、それを手数3倍化。

 更にそれをごく短時間で3回繰り返し、実に63本分の固定ダメージを一瞬で角端に叩き込み、角端に残った5割弱のHPを防御バフもろとも蒸発させるに至る。

 

 〈七星矢連弩〉は〈七星矢〉という特技の発展系で、索峰さんは中国サーバーに来てから習得し、奥伝まで伸ばしたそう。

 日本サーバーには存在しないスキルらしく、1度発動すると追加入力で更に2回までは再使用規制時間がほぼ生じないまま連続発動が可能なのだとか。

 あくまで手数を出せるだけでスキル単体の威力は〈七星矢〉よりも低く、同様に射程も長くないそうだが、最高21本の矢をごく短時間にバラ撒けるだけでも特殊効果つきの矢を使う弓兵には便利という。その代わり近距離で射たねば真価は発揮されない。

 

 

 中国に存在しなかった〈幻想級〉装備との組み合わせの結果ではあるが、一瞬で63本の弾幕とそれを全て思い通りに当てられるステータスの融合は凄まじい相性の良さだろうと、『エルダー・テイル』のダメージ計算式に疎かった私にも、理解が届く。

 

 使用を敬遠した訳も、ここまで解説されるとさすがにわかる。

 最後の角端に向けたものだけでも63本の特殊矢の消費。

 5分とかからなかった戦闘時間で消費した矢の数、本人申告で300本強。

 ほとんど1秒に1本以上撃ち続けていたペース。なんという人力連弩。

 

 弓系武器にはそこまで詳しくはないものの、異常な速度の消費であることはわかる。

 手数に優れるレイピア二刀流〈盗剣士(スワッシュバックラー)〉でも、そうそう出せるペースではない。

 1回の攻撃行動で当たり前のように矢を10本20本と消費しているようでは、やりくりのことを考えもするだろう。

 確かに強力無比な組み合わせだろうが、コストパフォーマンスが悪すぎる。短期決戦用にもほどがある。

 

 

「索峰さんって、どの部分を優先して伸ばしてるんですか? 装備構築を見て察しはつきますけど」

「弓なら命中最優先、次点で攻撃の回転速度と特技の再使用規制時間(リキャスト)短縮だな」

「ああ、やっぱり……」

 

 数を当てる、ということに重点を置いているのだろう。

 多数の矢を撃てるスキルを回転させ通常以上に火力を出すのだ。

 矢の消耗が激しい戦闘スタイルなのだから、攻撃を外しているようでは火力貧弱かつ金欠一直線。

 素の攻撃力を追求しなくても良いのは、長いプレイ時間による装備強化やステータス底上げがあるから。

 贅沢な使い方だな、と思う。

 

「索峰、もしかしてやりくり度外視の超全力なら、山門の〈挿翅虎〉2頭倒せてたりした?」

「事前情報なしで2頭は無理ゲー。2頭のうち1頭なら倒せたかもしれん。でも満身創痍は避けられなかったと思うぞ、再使用規制時間でもHPでもMPでも。情報ある今なら、継戦能力とコスパ無視してなら2頭倒せるだろうな」

「3頭全部相手なら」

「情報あったうえで、アイテム装備フル投入かつ同士討ち上等の超長期戦チキン戦法でワンチャン、それ以上は勝ち目ないない」

 

 僅かでも勝ち目が残るだけ相当なものではないだろうか。それをやりそうな気すらする。

 集中力とその深さ、オンオフの切り替わりの強さは翠姐さんの方が上だが、集中状態の持続力では索峰さんの方が上だろう。そのせいで仙境到着当日に糸が切れている。

 

 

「ひょわぁ!?」

 王燁ちゃんの悲鳴。

 

 3人揃って殺気立ちそちらを見やれば、〈霊芝狐(れいしこ)〉の群れに王燁ちゃんが取り囲まれているという、既視感のある光景がそこにあった。

 

 角端に暴虐的にMPを吸われ、翠姐さんと2人、戦闘後に気づいた時には船酔いのような重く溶けた様子で地面にへたりこむ王燁ちゃんがあり、大いに焦った。

 しばらく休ませてと言うので、風の通る場所まで翠姐さんが運び、回復を待っていた。

 

 以前索峰さんが取り囲まれていた時と違うのは、ここが戦闘エリアであること。〈霊芝狐〉も攻撃能力を発揮できる場所。外敵なのである。

 

 が、杞憂だった。

 ノンアクティブ、〈霊芝狐〉は非戦闘状態であった。

 

「な、なになになに!?」

 〈霊芝狐〉たちはフンフンと王燁ちゃんの匂いを確かめるのみで、敵性モンスターではないらしいことがわかるのみ。

 

 

「う、うん?」

「なにが起きてんだこれ」

 

 HPを索峰さんによってゼロにさせられた角端は強制召喚解除されており、今は表にいない。

 一通り王燁ちゃんの匂いを嗅ぎ終えたのか、〈霊芝狐〉ご一行は今度は索峰さんを取り囲む。

 その流れに私と翠姐さんも飲み込まれた。どこから湧いて出たのか、50匹はくだらない。

 

「イベント……なの?」

 軸の定まらない足取りで、王燁ちゃんも〈霊芝狐〉の輪の中に入ってきた。

 

「王燁ちゃん大丈夫?」

「あんまり……」

 そう言う王燁ちゃんの顔色は血の気が失せたままで、唇は紫色だった。

 

「角端はまだ出さない方がいいと思うわ。あと楽な姿勢しなさい。横になっててもいいから」

「そうします……」

 

 言うが早いか、王燁ちゃんは敷き布の上で仰向けになり、目元を覆った。

 近くにいた何匹かの〈霊芝狐〉は、心配そうなというよりも興味があるのか、そちらに目を向けていた。

 この微妙にざわざわした状態で休まるのだろうか。

 

「実際、なにが原因なの、これ」

「ブラッシングしただけ、なんだが、その前にも宿の中に出現したんだよな」

項樊(こうはん)さんは、そうそう見ない種類、とは言ってましたけどね。狐尾族がいると出現しやすいとも」

 狐尾族に親近感でも覚えるのだろうか。

 

 

 〈霊芝狐〉の出現率はレアエンカウントに属するらしい。とてもそうは思えないのだが。

 大群になることもなく、多くても家族単位、5匹で出れば多いのだとか。

 そうなると50匹を超えるこの数は異様だが、よくよく見ると全体がひとかたまりではなく、ヒビとでもいうのか、それぞれの塊ごとにわずかばかりの距離はある。

 さらに細かく観察すると微妙に毛の長さや色合いが異なっている。

 

 郭貂麟の近くにいる〈霊芝狐〉に手を伸ばしてみても逃げることはせず、大人しく撫でられている。

 敵意はないらしい。むしろ友好的。

 

 

「王燁ちゃんの言ってたみたいに、イベントっぽいわね、なにかでイベント発生条件満たしたのかしら」

「だとしたら、どんなイベントだよこれ。大量発生系?」

 30cmに満たない子猫のようなサイズではあるものの、こうワラワラと出てくると、ちょっと気圧される。

 

「あれ?」

 索峰さんを中心に広がる茶色の〈霊芝狐〉の群れの端の方に、体格と色合いが違うものが1匹混じっていた。

 

「〈明星白貂(みょうじょうびゃくてん)〉?」

 

 〈霊芝狐〉が明るい茶色なら、純白にほんのり僅かな赤が混じっている色合い。

 金眼で耳は突き出ておらず、丸い頭で、細長い体。

 サイズは〈霊芝狐〉よりひとまわり大きい。というか長い。

 

「キツネじゃなくてイタチ? いや、オコジョか? わかんねー」

「フェレットよ、索峰」

 

 なぜ狐の集まりにフェレットがいるのか。

 〈霊芝狐〉の平均レベルは概ね40。

 〈明星白貂(みょうじょうフェレット)〉は突出して高いレベル81。

 かといって集団のボスでもなさそう。

 

「あの〈明星白貂〉、ちょっと手懐けてみます」

 項樊さんいわく〈霊芝狐〉は使役可能なモンスターであり、索峰さんへの懐きっぷりを見ていると納得のいく様子。

 それらに混じっていて、こちらに対して敵意がないのであれば、〈森呪遣い(ドルイド)〉の契約生物にできるのではないか?

 

 数日をかけて仙境から行ける範囲の戦闘エリアを翠姐さんと2人で探した中で〈明星白貂〉は出会っていない。

 レアエンカウントらしい〈霊芝狐〉に混じって1匹だけなので〈明星白貂〉も珍しいのではないかという目論みもある。

 珍しいと形容できるものは、概ね強いか特殊技能かユニーク能力かに繋げられる。

 

 素のレベルも魅力的で、郭貂麟の現在のレベル83とほぼ同じ。

 この世界に来て10日と経っていないが、ゲーム時代では選択肢に入らなかったレベル帯のモンスターゾーンに連れてこられた影響で、あっさりと2つレベルアップしている。

 

 

 姿勢を低くし〈霊芝狐〉の間をかき分けかき分け、さてどんなことをすれば〈明星白貂〉の興味を惹けるのだろうと思案する。

 ひまわりの種に思い当たった。ハムスターのように食べるだろうか。

 手の届く距離まで近づいたが、逃げそうな素ぶりはない。

 ひまわりの種を一握り出して、目の前に持っていった。

 なんだこれ、といった感じで、匂いを嗅いでいるがそれだけ。アプローチを間違えたらしい。

 

「イタチ系って完全に肉食じゃなかったかしら」

 そんなことを翠姐さんが言う。

 

「肉、肉……」

 肉と聞いて思い出したのが、〈小牙猪〉のドロップアイテムの肉塊。

 こちらの世界で最初に倒したモンスターのドロップ品で、記念のような戒めのようなで、毛皮と共になんとなく持ち続けてはいたものの、捨てるにもちょっとだが使い道もなくて扱いに困っていた骨つきの腿肉。

 〈魔法の鞄(マジックバッグ)〉に入れたままなら劣化しないので、ドロップ直後の状態と同一で高品質。悪く言えば、嗅ぎ慣れない匂いがする。

 

 

 取り出して、ぷらぷらと〈明星白貂〉の前で揺らしてみる。それはもう食いつきようが半端なかった。

 手ずから食べることはしなかったものの、目の前に置くやすぐさまかぶりつき、堪能し始めた。

 

「おお」

 清々しいとすら思えるほどに一心不乱に肉に食らいついている。

 これが釣り針であったならきっと簡単に釣り上げられるだろうほどに。

 

 

「うぉわあ!?」

 

 索峰さんが突然〈霊芝狐〉に飛びかかられていた。

 HPは1も減少していない。ただ、次々と他の〈霊芝狐〉が続いている。

 お目当ては左手のなにからしい。

 みるみる〈霊芝狐〉が減っていく。というよりも、左手のなにかに吸い込まれていく。

 

 最後に、しゅらぼん、と変な音を出して、そこらじゅうにいた〈霊芝狐〉は1匹もいなくなった。

 索峰さんの左手にはなにか紙が握られている。

 

 

「みんないなくなっちゃった……」

 泡食った索峰さんの声に飛び起きた王燁ちゃんが、周囲を見回して呆然としている。

 

「えっと、なにごと?」

「わからん。わからんが、腰のベルトに挿してた〈狐惑(こわく)のお札〉が気になってるみたいだったから外したら、飛びかかられた」

「……名前違いません?」

 

 索峰さんはさきほど〈狐惑のお札〉と言った。

 しかしこっちから見るそれは〈狐惑(こわく)霊符(れいふ)〉になっている。

 

「……おい、〈狐惑のお札〉どこ行った」

 アイテムウィンドウを開いているのか、右手が空中をスライドしている。

 ひとしきり動かした後、索峰さんの目線は右手の先と左手を行き来した。

 

「意味が全くわからんが、〈狐惑のお札〉が〈狐惑の霊符〉に変化したらしい。あと起動アイテムだったのがアバターアイテムに変わってて、常在効果(パッシブ)に弱い状態異常回復速度上昇のボーナスが新たに発生した」

「えぇ、幻想級強化なんて索峰ずるいわよ」

「いやそもそもこれ強化か? こんなイベント強化、中国サーバーにあるわけない、日本産だぞ元は」

 

 クエスチョンマークが索峰さんの頭に見えるよう。

 『エルダー・テイル』に対する造詣が深く、ゲームで説明できるところに結論を求めているのかもしれない。

 

 

「使ってみないの?」

「そうですよ、呪いの品でもなさそうですし、使ってみればいいんです」

 王燁ちゃんの疑問はもっとも。カタログスペックで語れる事態でもないだろう。

 

「アバターアイテムになったのが怖いんだが。この尻尾アバターアイテムだったのが、今外せねーんだぞ。つーか起動効果どうなるんだこれ」

「いいからさっさとやりなさい」

 呆れたような急かすような翠姐さんの声で、渋々と索峰さんは〈狐惑の霊符〉を装備した。

 

「ぐごっだだだだだだケツケツ背骨背骨背骨首首首」

 瞬間、奇声と共に索峰さんが腰を抑えて悶絶し、仰向けに倒れた。

 

「ちょ、(てん)ちゃんヒールヒール!」

 言われてHPゲージを見る。索峰さんのHPとMPがガリガリと削れていっている。

 

「〈リーフヒール〉! 〈ガイアビートヒーリング〉!」

「索峰口開けなさい回復薬!」

「んぐぐぐぐ」

 

 こぼすことを厭わず、翠姐さんが回復薬を数本一気に流し込んでいる。

 痛みなのか呼吸困難なのかはっきりしないが、索峰さんは目を白黒させながら体を海老反りにしていた。

 

「溺れる! おぼれるー!」

 腕をバンバン地面に打ち付けてタップし出したのを見てか、王燁ちゃんが翠姐さんを突き飛ばした。

 それで余裕ができたのか、索峰さんは少し回復薬を噴き戻し、肘をついて体の上下を入れ替えて激しく咳き込んだ。

 

「ぢっぞぐずる」

 絞り出した声がそれだった。

 

「あ、HP減少止まってる」

 しばらく索峰さんの嗚咽と咳が続いた。

 酸素が足りないのかゼェヒュウと音をさせながら深呼吸を繰り返し、そのたびに大きな尻尾が上下した。

 

 

 郭貂麟の足に小さな衝撃があった。

 見下ろすと〈明星白貂〉が与えた肉を食い終えたらしく、もっとくれとせがむように〈紅蜥蜴厚底鞋(あかとかげあつぞこぐつ)〉の側面を前足で叩き、気づいたと見るや、背中を弓反りにしながら何回も跳ねた。

 ご機嫌をとる事に成功していたらしい。

 

 息も絶え絶えで激しく咳を続けている索峰さんには悪いが、〈明星白貂〉と契約するチャンスが到来していた。

「ね、私に力、貸してくれない? またお肉あげるから」

「クックッ」

 腰を落とした郭貂麟の右足から〈明星白貂〉は膝の上まで登ってきた。

 了承、のようだ。

 

 右手でウィンドウを開き、召喚契約の欄を開く。

 左手の人差し指に黄色い光が灯りそれを〈明星白貂〉に近づけた。

 前足2本で〈明星白貂〉は光に触れた。

 

「契約成立、よろしくね」

 喜びの舞とばかりに〈明星白貂〉は膝の上で1度また跳ねた。

 

 若干、郭貂麟のMPの上限が減っていた。

 角端と同様に従者召喚状態に伴うものだが、思っていたよりは幅が小さい。あまり維持コストを要求しないモンスターだったらしい。

 索峰さんには翠姐さんがついて背中をさすっているので〈明星白貂〉の召喚時付与効果を確認する。

 

 

 ゲームであった頃、戦闘に引き連れていられる召喚生物には、大別して3つの区分があった。

 妖精や精霊など不定形生物が主に属している、回復やバフを行う支援型。

 狼や猪ら、実在するタイプの獣類が主に属している、術者と共に戦う戦闘補助型。

 ゴーレム系やドラゴン系といった、幻想系実体生物が主に属している、術者からもある程度独立して戦う自律行動型、このいずれか。

 

 もっとも、直接戦闘を行える精霊種や、補助しかしないカーバンクルといった幻想系もいるので、あくまで傾向に過ぎない。

 

 その点、王燁ちゃんの角端は幻想系生物で自律行動型の典型。

 ただ、支援及び戦闘補助の分野でもそれらに特化した召喚生物に比肩か超えるまで性能まで伸ばすことができるところに最高レアの恐ろしさがある。

 ほとんど真価を発揮できておらず、逆に振り回されているけれども。

 

 

 さて〈明星白貂〉、奇しくも、郭貂麟(かくてんりん)と同じ「貂」の文字を持つ召喚生物。

 実在の生物準拠なので高確率で戦闘補助型。私が目指すものはダメージ出力の高い攻撃型森呪遣い。

 火力補助か、守護してくれるタイプなら理想的。せいぜい肘から先ぐらいの大きさなので守護能力があるとは思い難いが。

 

「わぁ、支援型だったの君」

 

 開いたウィンドウから目を離し、膝から降りた〈明星白貂〉を見た。

 肉をくれとばかりに食べ終わった骨つき肉の残骸を咥えていた。

 

「そういう約束だったね」

 

 〈小牙猪〉の肉はもうないが、肉系アイテムはまだいくつか残っている。

 〈岩鳥〉の肉を与えて、それに食らいつくのを見てから〈明星白貂〉の性能表示画面に目を戻した。

 

「う、うーん?」

 

 1番行動確率の高い行動に、複数回のダメージ軽減付与とあった。

 行動確率は少ないが、ダメージ遮断付与も持っている。

 

「良縁、か、な?」

 

 支援型ではあるものの、付与効果がかなり戦闘補助型寄り。

 状態異常の回復も火力増強もないが、攻撃ダメージそのものを割合でカットする方向で防御力を高めてくれるタイプ。

 攻撃に当たらない自信があったり、味方冒険者が防御を担当するなら優先度が低い付与効果ではあるが、前衛職ゼロでまるで守備に向かない陣容、私自らも火力を出して相応に敵愾心を集めるであろう今後の予定。

 それを補強できる付与効果持ちは、満点回答ではないかもしれないが、及第点には届いている。

 

 加えて、好きになれそうな姿もしている。

 一心不乱に肉にかじりついている様子はどこか愛らしい。

 鳥の小骨は邪魔じゃないのかとは思うが、お構いなしらしい。

 満足してくれるなら、とりあえずはそれでいい。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 いまだ膝をついたまま上を向けない索峰(さくほう)さんの、力なく垂れた大きな狐尾に異変が起きていた。

 いなくなったと思っていた〈霊芝狐(れいしこ)〉が、尻尾の中から顔を突き出していた。

 それも何匹も。

 

「索峰、さん? 尻尾、気づいてる?」

「もぞもぞしてるのは、わかる」

「狐ちゃんたち、尻尾にいるよ?」

「なんだ、そりゃ……」

「触っていい?」

「好きにして、もうちょい無理……」

 そういったそばから、索峰さんはまた咳き込んだ。

 

 おそるおそる、王燁(おうよう)は明るい茶色の狐尾に入り込んでいる〈霊芝狐〉に手で触れた。

 そして首元を掴み、そのままずるっと抜き出した。

 少し暴れられて、唐突に、しゅらぼんと、煙となって消えた。

 

「わっ」

「えーと、索峰、王燁ちゃんがいま1匹索峰の尻尾から〈霊芝狐〉抜き取ったんだけど、消えたわ」

「みんなで抜きまくって。多少手荒でいいから」

 

 そう言われたので、王燁は索峰さんの尻尾に両手を突っ込み、片っ端から〈霊芝狐〉を掴んでは出し、掴んでは出しを繰り返した。

 崔花翠(さいかすい)さんはもっと手荒で、掴み即投げ抜き。

 どちらにせよ、〈霊芝狐〉たちは索峰さんから離れると簡単に煙となって消えた。

 

 〈霊芝狐〉たちも捕まり続けているのを察したか、なかなか捕まらなくなってきた。

 モグラ叩きのようなことになってきた。崔花翠さんは面白くなってきたのか指と手の動きが一層激しくなった。

 

「79、80、81、82、83、84」

 郭貂麟(かくてんりん)さんは、掴み出された〈霊芝狐〉をカウントしている。

「99、100、101」

「いやこれ、キリないでしょたぶん」

 108のカウントまで達した時、崔花翠さんは一際高く〈霊芝狐〉を放り投げた。

 それも着地を待つことなく煙になった。

 

「王燁もそう思うー」

 たくさん集まっていたのは覚えているが100匹はいなかったと王燁は思う。

 それに100匹も入れるほど索峰さんの尻尾は大きくない。

 その尻尾を見れば、手を突っ込んでかき回されたせいでだいぶボサボサになっていた。

 

 

 ようやく、索峰さんが普通に座った。自分でも〈霊芝狐〉を掴み出している。

 王燁の時と違って索峰さんが掴み出した〈霊芝狐〉は大人しくしており消えもしなかった。

 鼻先から尻尾先まで30センチあるかないか。本当に小さい。

 

「全員出てこい!」

 索峰さんはおもむろに首をひねり、尻尾に向けて命令した。

 にょろりと、2匹の〈霊芝狐〉が尻尾から出てきた。索峰さんに捕まったままの〈霊芝狐〉を含め3体。

 

「あれ、これだけ?」

「あれー?」

 あれだけいた数はなんだったのだろう。2人がかりで抜き取りをしていた時はもっと多かったような気がした。

「うーん?」

 索峰さんは尻尾を振り始めたが、もう残っていないらしい。

「3匹か、やっぱり」

 

「〈狐惑(こわく)霊符(れいふ)〉どうなったんです?」

「あー、そういえば」

 そう言ってまたごそごそやり出した索峰さんが取り出したのは、真っ黒ななにかだった。

 

「〈狐惑の霊符(使用済)〉って……、ただの燃えカスだなこりゃ」

 

 呪符だったそれは燃え尽き、取り出したそばから風に煽られどんどん崩れている。

 索峰さんが一握りすると、ただの黒い灰になって風に乗って飛んでいった。

 

「消えないね、〈霊芝狐〉」

「特技になって登録されてるな。〈狐惑のお札〉の効果。そして若干のステータスボーナスと……」

「ステータスボーナス自体は、購入アバターアイテムにはありがちな効果よね」

「あれか? 一定数納品か一定数討伐のイベント扱いかこれ?」

「それなら結果3匹還元っていうのも一応説明つくかしら」

 

 王燁にはさっぱりな話。説明を求めたいとも思わなかった。

 

「とりあえず全員消えろ〈霊芝狐〉」

 

 索峰さんの命令ひとつ、しゅぼぼんと、あっさり〈霊芝狐〉たちは煙になった。

 そのまま自らの尻尾をまさぐり、中にいないことを確認した。

 

「出てこい〈霊芝狐〉」

 そう言った途端、索峰さんは大きく身震いして毛を一瞬だけ逆立てた。

 〈霊芝狐〉がまた索峰さんの尻尾から出てきた。やはり3匹。

 

「消せる?みたいですね、一応」

「正直助かる。あー、しばらく出したままにするから」

 

 1番近くにいた〈霊芝狐〉を王燁は手招きで呼び寄せて腕に抱いた。

 大きな体ではない王燁でも、腕の中の収まる小ささ。

 今度は消えず、大人しく腕の中に収まった。腹を撫でてやると気持ちよさそうな仕草をした。

 

 玲玲(れいれい)もこれぐらい可愛げがあればなと思う。

 大きいし、気難しいし、気性も荒い。

 強いのはわかるが、もうちょっと力関係を王燁に寄せたい。

 その方法は今のところ思いつかない。

 玲玲を再び召喚する前に、なにかひとつでも考えておきたい。

 

 

 ふと目を郭貂麟さんの方に向けると、〈霊芝狐〉となにか別の白い生物が睨み合っていた。

「あ、さっきの〈霊芝狐〉の群れの中に混じってて、索峰さんが悶絶してる間に契約できた子だよ。〈明星白貂(みょうじょうフェレット)〉だって」

 

 〈明星白貂〉は郭貂麟さんの膝の上でここは譲らないとばかりにガンを飛ばしていた。

 これぐらいなら玲玲に比べると可愛いものだ。

 

「名前つけないの?」

「うーん、まだ考えてない。そのうち」

「ふーん」

 玲玲には、語感でなんとなく名付けた覚えがある。

 

 

「そうそう、(てん)ちゃんたちと3人で狩ってて思ったことでさ、索峰に言っておかないといけないことがあったのよ」

「どうした」

「あたしら、野宿無理よ。キャンプ感覚でいたけど、道具とか技術より見張りの頭数がいないのよ」

「ん……?」

 崔花翠さんはなにを言おうとしているのだろう。

 

「ちょっと泰山迷宮潜ったんだけどさ、休憩する時に完全な安全地帯じゃないとモンスターに結構襲われるのよ。で、そうじゃない場合、あたしと貂ちゃんで見張り番交代でやったんだけどさ、まー、気が休まらないの」

 それがどう野宿ができないに繋がるのだろう。

 王燁も一通り寝やすそうなキャンプ用寝具は用意していたのだが。

 

「これ、夜は寝ないとまずいでしょ、で、外で寝るなら、モンスター警戒で、誰かしら夜通しか交代で見張りすることになるでしょ? 索峰は大丈夫そうだけど、乙女に夜更かしは禁物だし」

「おい」

「それは冗談としてもね、まず王燁ちゃんはさすがに見張りさせるわけにはいかないでしょ。角端は知らないけど。

 残りはあたしと貂ちゃんだけど、貂ちゃんも年齢面でどうかってあたしは思うしあたしと索峰だけでは回らないと思うのよ。

 たまに1泊2泊ならどうにかなると思うけど、何回も何回もってなるとあたしはゴメンだわ。荒みそう」

 

 何も言わず、索峰さんは腕を組み、首をやや後ろに倒して視線を上にやった。

 

「王燁もやるよ? 玲玲もいるから大丈夫」

「悪いけど、8歳の子供はちゃんと寝なさい。現実にしてもこの世界にしてもそれも大事なことだから。夜仕事するには幼すぎるわ」

「身体能力はこっちの世界に来てから伸びてますし、肉体的には実現可能かもしれませんが、精神では年相応ですからね、みんな」

「うー」

 

 体が疲れることに対しては、王燁も自然回復で疲れが抜けるのが早いと思っていた。

 疲労困憊、足が棒、というところから1時間もあれば自由に全力疾走できるまで戻せるのだから。

 そもそも回復魔法や回復アイテムですら体の疲れは回復する。

 体の回復だけ考えるなら寝る必要はほとんどない。玲玲も回復魔法を使えるのでかけてもらえば済む話。

 

 

 ではなぜ寝ることが必要になるのか。

 暗くなれば眠くなる、染み付いた体質もそう。それよりも頭のリセットだと王燁は思う。

 その重要性はつい最近索峰さんが身をもって証明していた。

 あの時王燁は、起きる気配のなかった索峰さんの頰を思いっきりつねったが不気味なほどに反応がなかった。

 人(?)がここまで熟睡できるものなのかと思うほどに。

 

 魔力酔いなのかMP酔いなのか、あの悪心も回復魔法をかけるだけでは治らないもの。

 この世界で王燁が最も実感している疲れの原因でもある。精神力が搾られるとでもいうのだろうか。

 

 

「言われりゃそうだな。王燁ちゃんにしろ貂ちゃんにしろ、夕食後から夜明けまで8時間ぐらいか、1人で見張りだけして起きてろは無理だろうな」

 ウンウンと、強く頷いて肯定する。

 

「いや、それはあたしも無理よ。あたしもゲーム時代大概だったけど、十何時間でもぶっ通しでいける索峰の基準はおかしいから。

 今だからいうけど、深夜まで付き合って眠って昼ログインしたら休みだからって寝ずにインし続けてて、とか頭おかしいから。こっちの世界でもその傾向抜けてないし」

 

「夜中の見張りに徹するなら、2時間でも相当怪しいと思いますよ、私は……」

「2時間は、王燁無理……」

「うーむ」

 腕を組んだまま唸る索峰さん。

 

「見張りが必要なのは夜中なんだから、余計に神経使うでしょうね。暇でもあるでしょうし」

 夜間の見張りとはなにをすべきかも怪しい。

 

翠姐(すいねえ)の言う通りだな。今後、本当に非常時以外は、村なり街なりで宿確保しながら余裕持って移動する、でいいよな?」

「その方針でよろしく。シャワーも浴びたいし。シャワーセット作れないこともないだろうけど落ち着かないし」

「そっちが本命か。風呂の話は否定はしないが」

 

 この体でも汗はかく。

 崔花翠さんが試したことだが、洗濯することでも衣服の耐久度は大きく回復していた。

 衣服が汚れたり汗を吸ったりしても耐久度に応じて綺麗になるので、着続けてもあまり影響がない点では楽。

 特定のアイテムを使って着たままでも耐久度を回復させることができる方法もある。

 ゲームになかったこととして、〈天使のブラシ〉でブラシをかけることでも、わずかではあるが服の耐久値が回復したと索峰さんが言っていた。

 

 

「それにしても、貂ちゃんは予想通りとしても、索峰までペット手に入れるなんてね。あたしだけ仲間はずれ」

「玲玲はペットかなあ?」

 玲玲はペットというにはあまりにも大きく、不遜。

 

「こっちは不本意な入手もいいとこだが」

「可愛いじゃないですか。交渉の助けになると思いますよ、その尻尾と合わせて」

 触りたくなる尻尾と、小動物。

 和ませ力はかなりありそう。

 

「正直、これ以上食い扶持持ってかれるのは困るんだが。アバターだから非戦闘の存在だし、たぶん」

「質量はあるんだから、躾したらなにかできるんじゃない?」

「芸でも仕込んだらどうですか。自分で食事代稼がせるつもりで」

 

 小狐3匹なにか芸ができれば、微笑ましい見世物になりそうだと思う。

 

「戦闘面で役立って欲しいんだがな」

 肩を竦めてみせた索峰さんは、傍にいた1匹を手に乗せ、しげしげと観察を始めた。

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