泰山仙境を去る前に、封禅の祭壇を観光したいという貂ちゃんの提案を受け入れ1泊追加を決定。
再度召喚され
敵モンスターはいることにはいるのだが、またしても角端の威圧がモノを言ってフリーパスも同然。エンカウント率低下のパッシブスキルが便利すぎる。
もともと険しいだけでそれほどの距離がなかった山頂への登山道、すいすいと進んでいける。のは冒険者側だけで、身体能力に劣る大地人の項樊さんは肩で息をしながら角端の通訳のためについて来ていた。
これでもだいぶ遅く移動していた方なのだが。
疲労困憊の項樊さんを尻目に息ひとつ乱していない冒険者たちの前に現れたのは、祭壇というにはあまりにも奇妙な建造物だった。
鉄の枠にぶら下げられている大きな銅鑼と、大きな鐘つき堂、その脇の池は理解の及ぶ範囲。
それより異様なのは、灰色の鉄骨の塔と巨大なスピーカーと白い球形のXバンドレーダー。
メカメカしいというのか、近代的というのか、神秘的な雰囲気のあった泰山では不釣り合いとすら思える建造物。
このような現代社会的な建造物は、『エルダー・テイル』にもないわけではない。
ただ、それらのほとんどは朽ち果ててかけている姿。
ここにある、傾いてもおらず折れてもおらず目立った損傷のない、元いた世界の面影を極めて強く残す建造物はこれが初めてだ。
「電波塔だな……」
「わーお……」
「冒険者の方々が保全に協力してくれるおかげですよ。保全する技術こそありますが、それに必要な材料や素材は冒険者に納品して頂かないといけません。繊細なんですよ、これでも。ちゃんとした保全が為されていて初めて、全土に轟く覇の号令がかけられるのです」
ギルドウォーによる王権の確定。
それを維持するためには、ギルド間の争いに勝ち続けるだけではなく、それなりの維持コストを要求される。
その維持コストは、覇を唱え対象地域から富を吸い上げることができるための必要経費。
齎される富と効能と名誉は極めて優れてはいるが、ギルド間戦闘に勝ち続ける財力も必要になる以上、維持コストもバカにならない。
それが払えなくなれば空位となり再度の覇権争いが起きる。ギルドウォーシステムとは概ねそういうものだ。
少人数で封禅が行えないのもそのような制約があるからだ。
まさか、こんな鉄の塔の姿をしているとは夢にも思っていなかったが。
「今でも使えるんですか?」
「ええ。生きています。条件さえ揃えば、封禅の儀も行えますし全土への通達もできますし、大陸外への念話も可能です」
「ちょっと、最後なんて言いました!?」
建造物を見上げ、意味深長な表情を浮かべていた索峰が血相を変えていた。
「条件が揃えば大陸外への念話も可能だと。ここ数十年、両手の指で数えられるほどしか使われておりませんが」
わざわざゲーム内で大仰なことをして国外念話をせずとも、メールや無料通話がある時代。
『エルダー・テイル』を介する必要なく、いくらでも部屋の中から世界に繋がれる。
そもそも中国内で争うコンテンツにその機能があったとして、国外に連絡する意味はない。
索峰にとっては国外念話機能は重要だろう。
サーバーを跨いだ念話機能はもともと搭載されておらず、外部連絡手段を失っている現在。発見されたというべきなのか、おそらく数は少ないだろう日本との連絡手段なのだ。
直線距離なら、北京から
しかし日中韓どれも運営会社が違う。サーバーが違う。
ゲームではなくなった今も念話は律儀にも中国サーバー管轄内にしか通じない。
「そんなに日本に連絡したいの?」
「違う日本はどうでもいい。王燁ちゃんのお父さんと連絡取れる可能性がある。向こうも巻き込まれていたら」
「え」
「あ」
その通りだ。
現実世界は無理でも、この世界の中にいるならば、通話ができるかもしれない。
「項樊さん、国外へ念話する場合の条件教えて」
「送り手と受け手が互いにフレンドリストに登録しているか、同一ギルドに所属していることです。起動と通話でそれぞれ別にお金を頂きます。祭壇占有条件を満たさずに使用するので、高額ですが」
「いくらだ」
項樊さんが地面に金額を記した。
一見して法外に高いと思うほどの額が、起動と通話それぞれに記されている。
「時間は?」
「一度繋げば、アクシデントが起きない限りはずっと話せますよ」
「索峰さん、お金、ありますよね。安くはないですけど、これなら」
「幸か不幸か、手持ちにあるな。暴騰売りの利益だいぶ吐くことにはなるが、チャレンジ料はある」
「〈
「せっかくのあぶく銭、使わない選択肢あるか? こっちの持ち分で全額賄えるから、なんなら全部出すぞ」
「索峰6のうち4、あたし3のうち2で、これで出す割合は平等。供与でいいわよね」
「無償供与でいい」
身内の金額交渉はまとまった。あとは、王燁ちゃんの確認だ。
「角端、ちょっと黙っててね。索峰も黙ってて」
気付いたのは索峰だ。
この件で最も資産にダメージが入るのも索峰だ。
おそらく最も乗り気なのも索峰だ。
それでも、ギルドマスターはあたしだ。
「王燁ちゃん、どこまでわかってる?」
「えっと、父様と、話せるかもしれない、って、こと?」
「そう。その通り。王燁ちゃんのお父さんと、念話できるかもしれない。
王燁ちゃんはまだ〈翠壁不倒〉には加入してなくて、お父さんと同じギルドって聞いてるから、第1条件はクリア。第2条件の通話料は、こっちが全額持つ。借金じゃなくてプレゼント」
角端がなにか言いたげに頭とたてがみを動かしたが、まだ終わっていないと睨んで制した。
まだ触れていない事柄がある。
「いい、の?」
「いい。だけど、もし念話が繋がらなかった場合、王燁ちゃんのお父さんはこの転移に巻き込まれていない可能性が極めて高くなる」
王燁ちゃんの話では、先にログインして待っているように、と言われていた最中での転移。
よって、王燁ちゃんのお父さんが巻き込まれていた場合、娘も巻き込まれているとほぼ確実に理解している。
もしお父さんが国外でこれと同様の事態に巻き込まれているのであれば、なんらかの形で娘の安否は確かめようとするだろう。
国外からゲームを通じて娘とレクリエーションを行うほどの父親であるならば、なおのこと。
そこへ娘からの念話コールが来れば、なにをしていようがまず間違いなく念話に出る。寝てようが戦闘中だろうが出るだろう。
もし念話に出ない、または通じないというのであれば、巻き込まれていない可能性が高くなる。
中国サーバーの巻き込まれていないだろうフレンドに念話をかけて実験できればいいのだが、挑戦の時点で必要な金額がやたら高い。
1回ならば許容できても、2回となると零細ギルドとして今後のことを思うと厳しいものがある。
「王燁ちゃんのお父さんが巻き込まれていなければ、当分家族に会えないことは確定する。年単位になるかも。
失敗すれば希望をひとつ奪うことになるから、これは先に心の準備をするべきこと。
逆に、成功してお父さんが巻き込まれていることが確定すればお父さんとの再会までの時間も早くなる、と思う」
再会が早くなるかは疑問がある。励みにはなるだろうが。
わざわざ声に出して指摘するほどのことではないけれど。
「今すぐ決める必要はない、けど、考える時間もあまり長くはあげられない。理由は単純。すぐに結論が出ない話に大金は出せない。慈善だけどそれで済ますには惜しすぎる大金。
今後のことを私欲で考えるなら、使わずに残しておいた方がいい。でも必要な出費かもしれないと索峰は判断してた」
全体の決定権はあたしにある。
しかし財布の過半数以上を索峰が握っている。金が絡む以上は、索峰の判断は無視できない。
「さて、いつまで判断待つことにしようかな?」
「明日には泰山下りる予定でしたよね?」
現時刻は、体感で14時。
「お父さんのアメリカの赴任先どこ?」
「サンフランシスコ、って」
「あ、ごめん場所わかんないわ、時差どれぐらいだろう」
「西海岸だろ? 半日ちょい長いぐらいだったような。13、14時間ぐらいか?」
さすがは国外単身赴任者、国は違えど役に立つものだ。
「じゃあ、お父さんがまだ北米にいるとして、時差が生きてるなら向こうは深夜ですね」
項樊さんが、おそるおそる手を挙げた。
「あの、角端様が王燁様に言いたいことがあるようで」
「なに、
『迷う必要はない、やればいい。どのような結果になろうとも、父君とすぐに会えるわけではない。その間は
「こんな暴走親父は頼れねーよ」
反射的に混ぜっかえした索峰が蹴飛ばされて10メートルほど派手に転がった。
「えと、え、と、お願いします。父様と話させてください」
しかし、それで王燁ちゃんの決意が固まった。
「こっちの気が変わるかもしれないんだから、決断早いのはいいことよ。やるんだって、項樊さん」
「かしこまりました。すぐに起動させましょうか?」
「いやすまん、金出す身としてひとつ念を押したい。夜まで待って、時差を向こうの朝か昼に合わせたい。
万が一、念話コールで起きてくれなかったら不幸過ぎる。あと、王燁ちゃん経由で向こうに聞かせたいことを少々まとめたい」
確実性と情報アドバンテージを取りにいきたいらしい索峰。
スポンサーとして、当然の要求かもしれない。
あたし自身、この世界に来てからの短期間で索峰の念話モーニングコールを無視して二度寝三度寝した憶えもあるので、時間帯をずらすのも理解できる。
「あ、項樊さん、念話って1対1だけですか? この設備なら多対1とか多対多はできませんか?」
「多がこちら、1が向こうなら可能ですね。多対多は、向こうも適切な施設がないと」
「できるんですね」
「多といっても、ひとつのマイクにみんなで喋りかけることになりますが」
「十分でしょ」
脳から脳の伝達、原理的には本来他人が介在する余地のないダイレクトチャットに割り込むようなものなのだ。グループチャット化できるなら十分と思う。
案外、いろいろできるようだ。
一応、この場所は戦闘エリアではある。モンスターの出現率が非常に低いだけ。
モンスター避けになる角端がいるのであまり心配はしていないが、警戒を完全に解くことはできない。
索峰が夜を指定したので、もしかしたら、初の野宿はこの電波塔でやることになるかもしれない。
***
半月より少し欠けた月が昇った夜空を、
雲はぽつぽつとあるのみ。月に負けじと明るい星がいくつか輝いている。
一度泰山仙境に降りて全員でしっかりとした昼寝を決め、再登頂。
寒いぐらいの涼風が闇と岩肌の隙間をなぞっている。
こちらの時刻は遅くても一向に構わないと狐が言っていたので、皆なるべく眠気を飛ばしていた。
祭壇と呼ばれた奇怪な建造物には部屋がふたつ。玄関口と設備室。
雑多な機械と椅子がいくつかあるだけで、宿にできるほどの広さはない。
祭壇の横に男女別で幕舎を2つ設営し、モンスターが周囲に出ようと臨戦態勢にならないように、狐が敵愾心を下げる特技を全員にかけ、念には念を入れて敵愾心上昇を抑えつける援護歌まで使用して、主人と大地人1人と
「
「はい」
主人が念じると、ぼうっ、と、計器が光りだし、鈴の音が鳴り始めた。
〈
鈴の音が2度目に入ったところで、反応が出た。
驚天動地といった様子。無理もないか。
「繋がりましたね」
「父様! 燁です!」
〈燁もか、そうか、そうか……やはり、来てしまっていたか。ずっと、繋がらなかったんだ、今、アメリカにいるのか〉
機械から聞こえてきている声は、早くも涙声になっている。
「まだ中国サーバーだよ。泰山で、国の外に連絡する方法見つけたの」
〈そんな方法があったのか。よく見つけたな、偉いぞ、燁。それと、物音がするが、近くに誰かいるのか?〉
主人が我と、大地人を見上げた。我と大地人は互いに見合い、我が譲った。
「
〈娘に手を出してないだろうな〉
「私は大地人ですので、なにかしようものなら角端様に塵にされます」
〈そうか、疑ってすまない。角端もいるんだな?〉
「いるよ、強いけど、言うこと聞いてくれないから、すっごくすっごく、すっごく、大変だけど」
大変不本意である。
喉を鳴らして、蹄で床を叩き、存在は示しておく。
〈頑張れ。角端は強いから、助けになるはずだ〉
「えっと、父様、それでねそれでね、角端もそうだけど、ここまで助けてくれた人たちがいるの。食べ物もらって、護衛してもらって、この念話にお金かかってるけど、お金も出してくれたの。呼ぶね」
大地人が部屋を出て3人を呼びすぐに部屋に戻ってきた。
この人数では部屋が少し窮屈に感じる。幅を取る我と狐がいるために、余計に。
「ハロー、でいいのかしら。王燁ちゃんのお父さん。プレイヤーネームで失礼するわ。〈
〈女性ギルマスか、いや失礼、
「それはいいけど、先に同行者あと2人紹介させて。ウチのギルメンで王燁ちゃんと合流した時から一緒にいるのよ。紹介しとかないと説明にさし障るから」
〈わかった〉
斧のエルフが、集音器の前を譲った。
「
〈ああ、こっちの世界で友達もできたのか、すまない、王燁をよろしく頼む〉
若い娘の声だったからか、大きな安堵を感じる返事だった。
「副ギルマスの
「索峰さん、日本人なんだって」
主人の補足説明を聞いて狐が強張った顔をした。
〈変な北京語はそれか。娘に手を出していないだろうな、変なことされてないな、燁〉
狐の強張りの危惧そのままに、機械が発する声色が硬くなった。
「優しい人だよ? 強いし、ふわふわだし、大丈夫」
主人の抽象的な説明は、父から狐への心証を損ねているだけだろう。狐は苦笑いしている。
「あー、王凌清さん、王燁ちゃんには、行動を共にする限り、平等に食べ物分配するよ、味のするやつ。
言葉が句切れ句切れなのは何故だろう。
〈絶対だな〉
「目の届く範囲では」
〈娘に変なことするんじゃないぞ〉
「そんなことしたらギルマスと角端に殺される」
そのまま狐は主人も交えてこの状況に至るまでの説明を一通り述べた。
その過程で狐は主人の父の信頼を多少稼いだようだ。
〈すぐに迎えに行きたいところなんだが、サンフランシスコもいろいろ起きてるんだ〉
「わかるわよ。中国サーバーも似たようなものだと思うから。今はどこでも同じでしょう」
〈燁、その人たち、信用できるか?〉
「うん」
主人の回答は即答だった。
訝しみ、探りを入れ、裏を読むには、主人が成熟していない。
〈そうか。なら信じるしかないか。ギルドマスター崔花翠、様でいいか? すまないが、まだ娘を預かっておいてくれないか。もしかしたら長期間になるかもしれない。礼はする〉
「零細ギルドだから確たる保証はできないけど、娘さんお預かりするわ。悪いようにはしないし、させない」
〈よろしく、お願いする。ほら、燁も〉
「はい父様。崔花翠さん、郭貂麟さん、索峰さん。改めて、よろしくお願いします」
「よろしくね、王燁ちゃん、角端も」
エルフも狐も、今更かしこまる必要ないのにと言いたげな表情だったが、大きく頷いた。
〈ふと思ったのだが、君たちにアメリカまで、サンフランシスコまで来てもらうことは可能だろうか? 私の知り合いがいろんな街に飛ばされて、仲間集めにも苦労しそうなんだ〉
娘も娘なら、父も父か。同じことを考えている。
「それは無理だ。そこまでする義理はないし、まずこっち、男1、女3、歳も自分以外いってない。中国サーバーならいざ知らず、国外に出られるほど戦力はないしまだ情報もほとんどないだろう?
治安も謎、海路も空路もない。旅自体も不慣れだ。そんな状態で、いつそっちに着くかわからない旅に娘を出したいか?」
当然、狐の返事も同じだった。
〈すまない、君が正しい。忘れてくれ。こちらで努力する〉
「広いけど、中国サーバー範囲内であれば送迎するわよ。陸路で行ける場所なら」
〈なるべく迎えに行きたいが、その時はまた世話になるかもしれない〉
再び狐が会話の舵を取り、質問と確認事項をいくつか投げた。
便宜上の問題で、主人をギルド〈翠壁不倒〉に加入させていいか。
戦力として、我の育成方針、優先項目、主人自身の育成も、必要に応じて主人と話しながら決めていいか。
我に対する扱いをどうするか。
父親から見た、娘の性格や特徴、得手と不得手、好き嫌い。
父からこちら側に確認したいこと、要望。
「ありがとうございました。参考にさせて頂きます」
ギルドの人員として登録すれば色々と話を通しやすくなる。
移動と戦闘なら助けになるが、主人の衣食住までは我も庇護できない。
ただ、我が思うに、4人の中で主人が最も赤裸々に情報を明かされてしまった。
それによって融通は利くようになるのであろうが、そこまで信用してしまっていいのか。迂闊な父により、主人の真名も知られた。
知られてしまった以上、悔やんでもどうしようもないのだが。呼び方が変わることもないだろうし。
「さ、そろそろ王燁ちゃんとお父さんだけにしてあげましょう。索峰が親子の時間にお邪魔し過ぎたわ」
「そりゃないだろう」
〈私も、今後のために必要なことだったと思うが〉
「経緯とか確認とか、索峰出しゃばり過ぎなのよ。ああいうのは王燁ちゃんが全部やるぐらいで良かったのよ」
実務を回している者にそれは少し酷ではなかろうか、と思うが助け船を出す努力をする理由はない。
「ではお邪魔虫はお先に退散します。な、角端」
我もか。
「なに自分だけ居座る気でいたんだ。お前いたら項樊さんも残るから意味ないだろ。人並み以上に頭も良いし。聞かせたくないことのひとつやふたつあるだろ」
納得。主人に一度額を寄せてから、狐の後を追う。
「
「そうですか? じゃ寝ます。昼寝の眠りが浅かったので微妙に眠気が……」
喋る出番はほとんどなく、ただ話を聞いているだけだったのだ。若い
「それでは、王凌清さん、王燁ちゃん、念話の時間制限は無いので心ゆくまで。かけ直しはNGよ」
「はーい」
〈心遣い感謝する〉
最後にエルフが部屋の扉を閉めて、大地人と一緒に出て来た。
***
祭壇の外に出ると雲がだいぶ晴れており、見える星の数も増えていた。
「さて、項樊さんにはまだ通訳やってもらうことになるけど、ここから大人のお話よ。角端に聞きたいことがいくつか」
我と主人を離してまでなにを聞こうというのか。
「一応周辺警戒しながら話すことになるが、角端はMP消費するの禁止。王燁ちゃんの邪魔したくなければな」
『承知した』
我が力を振るうとまだ主人の負担になる。あの時間を邪魔してはいけない。
「まず自分からいこうか。実際どうだった? お前が見たがった、索峰という冒険者の本気」
『本気ではあっただろうが、あれが奥の手の全てではないだろう?』
「昨日使った幻想級は36のうち4つだからな。それでも〈古松弓・天橋立〉と〈銀曜・鏡写〉の組み合わせは、1番目か2番目に攻撃的な奥の手だよ。それ以外は支援側に寄ったり長期戦見据えた構成だったり完全に吹き専型だったり」
固定ダメージを尋常ならざる速度で叩きつける、防御を半ば無視した瞬間的な高火力。
モンスターと相対する時よりも、冒険者同士の争いの方が活きるであろう形。それにしっかり嵌められた。
あの尋常ではない攻撃回数は、一定回数のダメージを軽減する防御術式や一定回数の攻撃ダメージを無効化して受けるはずだったダメージをそのまま回復する吸収型反応回復に対して無類の相性の良さを発揮するだろう。
あれを耐えるには、時間式防御か、耐性そのものを高めるしかない。
『まだ隠す、というのは語弊があるな?』
「自分でメインアタッカーもしなきゃいけないのに支援型になるわけにもいかないし、〈挿翅虎〉戦でも、味方の人数いる前提の長期戦用の装備を単独戦で採用してどうすると。
天橋立銀曜セットは対人か情報が揃ってある程度動きが読み切れる状態で使ってこその組み合わせ。
〈
かといって〈音叉響弓・遠〉中心のベター型だと本気って言われない。隠してるではなく、適切な状況に合致しないから使えない、が正しい」
『懐が広いと見るべきか』
狐の潜在能力は全対応可能の支援型という面で我に似ている。
我とて、本気は出していないと言える状態にある。主従の契約により、これでも力は制限されているのだ。
主人との契約を解除し1頭の角端となれば、たったそれだけで本当の力を出せる。
我に主人の制約があるように、狐にも場面の制約があるだけの話だったのだ。
同行者として狐の底流もある程度推し量ることができている。
今となっては、独り立ちした高い次元で完成されている戦力、と評することができる。
「じゃ、次あたし。〈翠壁不倒〉の3人は1回は
『主人と我も、戻らなければいけない理由が出来てしまったな』
今も続いているであろう、父娘の会談。
その前に、狐が主人の父である王凌清と話して確認事項を交換しあった時に、父側から提案があったのだ。
王凌清が燕都に残しているものの中で、主人でも持ち出せる資産を回収して使って欲しいと切り出された。
王凌清が中国サーバーに辿り着くまで時間を要するのと、使われないまま放置しておくぐらいなら、娘の乏しい資産を少しでも充実させてやりたい親心。
ただ、ギルドの根拠地を燕都に設置しており取り出すにも燕都でなければいけない。
渡せるものの中には、未ロックの〈秘宝級〉アイテムや、それに準じる素材もあるというので、取りに行かないことを勧めるには分が悪い。
主人の強化は急務であるし、先立つものはいくらあってもいい。
本来なら1泊程度で燕都に戻る予定を、我が強引に泰山まで連れて来たこともあり、遠征の準備が整っていたとは言い難い。
ここで燕都帰還を強硬に反対しても、主人にとって益にはならないだろう。
『燕都に戻ることには肯定するが、あまり長居は勧められんぞ』
「燕都での用事って、アイテム総ざらいと金品コンバート、どれぐらい時間かかるかしらね?」
「翠壁と、王凌清さんの財産はギルド会館経由で回収すれば済むが、〈魔法の鞄〉の1番大きいものを使うとしても個人のアイテム全回収は無理だろうな。
自分の場合、装備品が相当な容量取るはずだから持ち出すアイテム厳選も必須。そもそも燕都到着時刻がいつになるか全く読めないから、燕都で最低1泊はすると考えた方がいいだろうな」
「午前早めの到着だとしても、すぐには終わらないわよね?」
「無理だろ。アイテム換金の手間もある」
「燕都で1泊しないつもりで全速力で用事終わらせたとしても、夕方発。野宿待ったなしね」
「残念ながら、朝着こうと思ったら前日も野宿だぞ、たぶん」
「ならやっぱり1泊いるわね。燕都出た後にどこ行くかも決めてないし」
宿の情報があるとすれば泰山麓の砦街だが、中継点とするには燕都から距離があり過ぎる。
『燕都に戻る際に道中の村落か荘に寄って宿の渡りをつけるべきだな。使わぬ可能性があるにしても、身を隠す場所になるかもしれん』
余計な時間を使うことになるかもしれないが、行き当たりばったりで宿を求めるよりはマシだろう。
主人や郭貂麟嬢のことを考え野宿は避けようと考えていると、再度召喚された後に主人が言っていた。
身体能力に優れた冒険者といえど、主人の幼さは我としても不安を感じる。
その認識がパーティ主幹2名の共通認識でもあり、無理をさせたくないという方針があるのなら、我も反対する理由はない。
「なるべく早い方がいい、ということではあるけど、急ぐ必要はないわよね?」
「そうだが、渡りをつけることも最初の目的のひとつだったんだよな、燕都出た時点では……」
『予定を大幅に変更させたことは、謝罪する。こちらの事情も理解はしてくれていると思うが』
「それは、な」
狐には恨み言のひとつやふたつ言う権利はあるだろう。
「1泊する前提なら燕都で決めてもいいんだけど、燕都出てからどこ行くかもある程度は決めておきたいところなんだよな。南行くってだけしか方針ないし。さっさと往復して泰山砦で方針立て直しでもいいが、詳しい情報があるのは燕都」
『内陸か海側か、どちらへ向かうかでも変わるな。海側へ行けば開発された都市の数が多くなり人も多い。宿探しも楽だろう。
その代わり、
内陸へ向かえば人は減り村落や都市も減る。宿探しには苦労するかもしれないがモンスターもまばらにはなるだろう。移動に関してはどちらが楽とは言いがたいな』
地を疾る獣の最上位種たる我、このぐらいのことは知っている。
「イベント追加の傾向のせいね。海側優先してたもんねえ」
「つーか
それはそうだ。エルフからは漫然とした南下宣言しか聞いていない。
「北京から北行っても、なんにもないじゃない。長城はあるけどその先はモンゴルだし、それは遠いかなって」
「気持ちはわからなくもないけどな。ハーフガイアプロジェクトで距離半分としても、現実世界なら渤海の縦幅ぐらいの大移動を1日でしてるからな。疲労困憊もいいところになったけどさ」
我を責めているのか、それとも行けなくはないと言いたいのか。
「まー、いいじゃない。目的は探すものじゃない、MMOって。なんなら燕都じゃない場所に腰を落ち着けるってことも目的でしょ。索峰は頭硬すぎるのよ」
「翠姐は軟らかすぎだと思うがな」
『硬軟を2人が持っているのならば、それはバランスが良いということではないのか』
主人を守る観点では狐の緻密さは向いている。必要な情報が揃えば相当なところまで先も広く読むだろう。
掌握した範疇を大きく超えるイレギュラーが起きたり物事が前提から崩壊したりという事態に直面すると立ち直りは遅そうだが。思慮はそこそこに深いが、それだけ遅くなる。
比較して、斧のエルフは思考回路がかなりさっぱりしている。気持ちよく斬れればそれでいいというような力戦型の相がある。不意に強いのはこちらだろう。
遠方を望みがちな者と、近視眼の者。自覚しているのであれば噛み合わせは悪くない。
「上海勢考えると、とりあえず
西安は泰山からかなり西。内陸部の都市。皇陵都と言ったか。割合大きな都市のはずだ。
「燕都は初心者向けの面もあったし、上海の方が高難度のイベントは多いから、気が立ってる人多いのよね」
「最前線ギルドが集まれば火花散らすのは当然だろ」
『訳知り顔だな。いや、保有財を考えると経験があって当然か』
「日本にいた時は〈
「〈吟遊詩人〉としての腕なら、索峰は中国サーバーでも上から数えた方が早いわよ、既に」
「そうか?」
「大手に索峰連れてった後にそう言われたわよ、何回も。また連れてこいともね」
1人で集められるとは到底思えない〈幻想級〉の武具や財物を多数保有している狐だ。
相応に強力な集団に所属はしていなければ集まらないだろう。
「今、この世界来てから10日ちょいよね? さすがに西安先回りされてないわよね?」
「ないだろ。燕都から近くて、重要地点の泰山ですらプレイヤー皆無だ」
「なら燕都経由して西安をとりあえず目的地にしとくわ。さらに南下するかは西安着いてから考えるってことで」
「王凌清さんにも、王燁ちゃんに世界見せてやれって言われてるし、な」
王凌清が父親として、娘の扱いで願ったこと。
せっかく優れた身体を得たのだから、街にいるよりいろんな場所に連れ出して体験させてやってくれ、是非に、と要望された。
元の世界に戻ることになっても、異なる文化圏で、見て、触れて、苦労して、なにかを成すことは必ずいい経験になると。
学にはならないかもしれないが、人としての厚みが増すはずだと。
「早く終われば仙境まで戻るつもりだったけど、もう諦めたほうがいいわよね」
「そうだな。寝るか」
「索峰、あんたは見張りね」
「まあ、そう来ると思ったよ。ヘイト全力低下状態でモンスターはどういう反応見せるのか知りたいし、今晩はやるよ。角端もいるから、そうそう近づいてもこないと思うが」
上や横に並ぶもの数少ない獣の長である。小物は避けて通る。
逆に負けん気の強い大物を呼び寄せることもないわけではないが。
「角端、モンスター避けみたいな結界展開できたりしない?」
『可能ではある、が、まだ主人が保たぬ。もっと位階を上げねば』
「まだまだ熟練度不足ってことね。いつか使えるように頑張ってもらいましょ。そうしたら野宿もだいぶ楽になりそうだし、行動範囲も広くなる」
『崔花翠嬢や狐は、できぬのか?』
「あたしは無理」
「自分1人なら装備の工夫で対モンスターステルスに近いことはできる。パーティ単位となると、現状のヘイト上昇率を抑える援護歌と、上がったヘイトを個人単位で下げる特技があるぐらいだな。つまり、もうやってる」
2人とも術師ではないので聞いたところで元より期待薄だ。
あるなら先にやっていただろう。
「無理して野宿する必要はないけどさ、ある程度技術は確立しておきたいのよね。今回みたいなことが起きるかもしれないし」
「食い物と住処、寝床に問題抱えていては、おいおいつらくなってくるのは目に見えてるからな。腰据えて問題に取り組める状態にしたいとこだが」
「その目処も立たないのよね」
このような嘆きを彼らから何度聞いただろう。それほどに余裕がない。
泰山に連れてきてしまったことが、他の冒険者から得られる情報や発見を遮断したこともあり、道を開拓させるがごとく知恵を絞らせている。
我が大きな原因でもあるため、慰めることもできない。
「あー、もう寝るっ。眠いっ! お先っ」
唐突に宣言して去っていく。気まぐれとはおそらく違う。単純に眠かったのだろう。
「翠姐おやすみー。いいよ項樊さんも角端も寝て。いや王燁ちゃんのために起きる必要あるかなもしかしたら」
ひとつ、狐に聞いておきたいことがあった。
『狐、あの鉄の塔を見て、なにを思った。なにか不穏な気配を感じたのだが』
「おう、よく見てたな」
ちょっと驚くような表情を狐はした。
狐が、この鉄の塔を見て閃いたような表情を一瞬だけ浮かべて、その後になにかを考え始めたのを、我は見ていた。
その直後に大陸を跨ぐ念話の存在が明らかになり、すぐに表情を変えていたが。
『狐を警戒していた我だけが気付いたことだと思うぞ』
「項樊さんの前で言っていいものか、って考えでもあるんだがな。この祭壇ぶっ壊したら、もしかしたら後々の憂いが取り去れるんじゃないかと」
「やめてくださいよそんなこと!」
通訳を放棄して、項樊は狐に詰め寄った。
「いや、やらないって。やらないけどさ、祭壇壊したら、地域支配の封禅の儀を行えなくなるでしょ。ギルドウォーシステムを成立させないことができるんじゃないかと思ってな。
電波塔だし、角端が自分に落とした極大雷撃クラスの一撃があれば内部部品もろとも復旧が相当難しいところまで破壊できそうだし、なんなら自分1人でも手当たり次第に機械壊してみるのもありやもな、と」
多少予想はしていたが、派手に物騒なことを考えていたようだ。
「いや、本当にやめてください。そんなことをされたら、我々の存在意義がなくなってしまう」
「完全破壊すると修理再建は難しいということになるんですかね? これはいいことを聞いたかもしれない」
項樊が戦慄している。
どのように維持されてきたかはわからぬが、この世界には稀な技術が使われているのだろうことは建造物の特異さから一目瞭然。
「ここまで言っちゃったから、ねえ。項樊さん、教えてくださいよ。余計な修理したくなければ」
なんという投げやりで雑な脅迫。なにを聞きたいのか。
余計なことを狐に聞いてしまったようだ。
それにしても、ここまで豹変するような者であったろうか?
「あの、角端様、この方を止めて頂けますか」
「角端が自分を抹殺するより、でかい攻撃何発か祭壇に叩き込む方が先だよ。屋根の上のランプまだ灯ってるし、王燁ちゃんもまだ中にいるっぽいね。角端が制止するにしても、祭壇に寄っていけば角端の雷撃も誤爆しちゃうかも」
主人すら材料にするか、この狐。
小憎たらしいことに、〈
計算かこの場の思いつきか知らぬが、よく回る頭だ。
縋るような目で項樊が我を見たが、粛正に時間がかかること、話がどうなろうと衝動で動く者ではない、そこそこに口も固いだろう、と言ってやるしか手立てがない。
『なにを聞きたい、狐』
「項樊さん、確認したいのは2点。ひとつ、封禅の儀が行われておらず、地域の主が決まっていない状態で祭壇を破壊した場合、なにができなくなるか。ふたつ、封禅の儀が行われて、地域の主がいる状態で破壊した場合、どうなるのか」
「どちらにせよ破壊する選択肢じゃないですか!」
「明日明後日には泰山出ますし、すぐに戻ることもないと思いますが、破壊して去るということはしませんよ。
予防もしくは対症療法として、可能性として知っておきたいだけです。それに、自分がパッと思いつくぐらいですし、似たようなことを思いつく人はいると思うんですよ。
封禅の儀行ってから祭壇破壊すれば代替わりできなくなるから独裁可能じゃないのと。この祭壇を見て考える人は、少なくないんじゃないかな。考えの浅い人が相談なしにやりかねないところもあり」
方法は褒められたものではないが、狐なりの思慮はあったようだ。
どういう頭の構成をしているのか、狐の性根の底部を相当掴んだ気がする。
目の前の物事を考えるより、広く遠く物事を考えがちなのは確定した事項。
余計なところまで気が回って苦労する一方で、肝の据わったところと小さいところが混在している。
中距離以遠の戦闘を得意としているのは、元からの気質かあとから身についたものか判断はつかない。
特化技能も持っており、幕僚や|領袖〈りょうしゅう〉といった職につけるにはいてもいい素材。
遠くを見るだけに、ひとつの手段に固執せず常に複数の角度から探り手を入れるので、着地点をどこに設定しているのかが大変読みにくい。
使われる立場にいるのは、適当ではあるだろう。
人としての器は小さくはないだろうが、|歪〈いびつ〉でねじくれている。
「で、改めて。封禅の儀が行われておらず、地域の主が決まっていない状態で祭壇を破壊した場合、なにができなくなるか。ふたつ、封禅の儀が行われて、地域の主がいる状態で破壊した場合どうなるのか、教えてくださいよ」
項樊から目配せがあったので、いつでも凶行を制止できるように、準備だけはしておく。
「……気乗りはしませんが、過去に例はありましたので、どちらも回答できます。
まず、地域の盟主が不在で祭壇を破壊した場合、封禅の儀、全土への通達、超遠距離通話、それら祭壇で得られる権能が使用不可になります、
地域の盟主が既にいた場合、盟主から見て敵対勢力の冒険者の方が破壊に成功した場合、盟主不在扱いとなり、恩恵やその他権能が停止されます」
「どちらにせよギルドウォーシステム自体は祭壇破壊で一時停止は可能。過去に破壊例があるってことは復旧もやっぱり可能と。具体的にはどれぐらいで復旧できますか?」
「6ヶ月以上はかかりますが、完全再建となっても1年はかからないかと」
「ゲーム時間だと半月から1ヶ月か。こっち時間ではそれなりに長いから、やっぱり祭壇破壊は有効な手ではある。今すぐにやる意味はさほどないだろうけども」
凶行、と定義づけていいのか、この話の流れ次第では、やはり祭壇破壊に及ぶことも頭の中にあったのだろう。
きっかけは我の余計な詮索ではあったが、適当にはぐらかすこともできたはず。
我を横に置いたまま項樊を問い詰める理由はわからない。情報を聞き出すだけなら我は不要だろうに。
信頼を我に取り付けるためのものか、我を一枚噛ませることでなにか利益があるのか。
「仮に、封禅の儀をどこかの団体が行なって地域支配を宣言したとして、どうすれば祭壇破壊を伴わずに地域支配を停止もしくは解除できるんでしょうか?」
「封禅した団体が指定した君主を、ギルドウォーシステムの範囲内で他の団体が直接撃破するか、定期ポイント獲得戦で封禅した団体を上回り、この祭壇を占領することです。
ポイントを規定量集め、戦闘エリアを泰山山頂を含む範囲に指定し、祭壇破壊による停止を成功させた場合、地域支配は解除できます。ただし祭壇攻撃を選択した団体に所属して攻撃に失敗した場合、しばらくギルドウォー戦に参加できません」
「祭壇破壊はちゃぶ台返しの一手でもある代わりにペナルティもあると。クーデターか王宮襲撃みたいなもんだから、失敗したら一族郎党粛清扱いも当然か」
唐突に、狐が視線を上方へ持ち上げた。
「お、ランプ消えてるぞ。王燁ちゃんも通話終わったっぽいな。ならそろそろ切り上げるか。ぼちぼち有意義な話でした。ありがとう項樊さん。祭壇にはなにもせずに帰りますよ」
必要なことは聞き終えたのか、狐は唐突に話を打ち切った。
あからさまに安心した表情をしながら項樊は肩の力を抜いた。簡単に表情を崩すあたりまだまだ若く未熟。
狐にとって、満足のいく内容だったのだろうか。
真意を全て喋ってはいないだろう、とは、思う。
なんらかの意図は感じるものの、言動に一貫性が見られない。
「そういえば、索峰殿は既に
「あれですか、狐尾族限定で挑める〈
「それです」
「以前にやってみろと存在を教えてくれた梅石という人がいまして、全て達成しました。それがなにか?」
「ははは、相当な数の狐尾族が一敗地に
搦め手だけを大量に用意しておいて自分が餌になる性根の捩じくれた野狐かと思えば、存外に位が高い。
武具や言動を見るに、修めている仙術は月華側、陰属性寄りだろうか。
「狐仙ってそんなもんなんですか?」
「狐ではあっても仙人ですから。我々にとって、仙、の号は神に近い」
索峰という狐尾族が狐仙であるならば五大仙で、瑞袞のいう通り、信仰を集める側。
財をもたらし、福を呼ぶ。狐仙であれば、人を飢えから救う。なるほど思い当たる節がある。
冒険者の職業には〈
「柄じゃないな、いつの間にか神の真似事になってたとは」
「索峰殿はそうかもしれません。とはいえ頭のどこかには留めておかれるべきかと。狐仙というものはそういうものだと」
いまこそ七尾であり、獣としての位は我の方がまだ上ではあるが、九尾になれば我に近い瑞獣の域にも至る。
霊力を持つ獣として見た場合、既に相当高い位置に到達している。
150歳に達する程度であるという話であるから、天空には通じず地狐ではあろう。
もっとも、天狐空狐に至るより、九尾の化け狐になる方が早いかもしれぬが。
半ば以上に幻獣の側へ在りようを傾かせている、その神格の高さには気づいていないようだが、これは言わない方がいいのだろうな。
角の立つ対応は収めてもいいが、警戒を解くにはまだ遠い。懸念材料が増えた気すらする。
「狐仙であることは、ひけらかすものでもないだろうとは思いますが」
「目立つ角端様もおられますし、索峰殿のいささか豊か過ぎるようにも見える尻尾は霊力の誇示にもなるでしょう。詳しい者には悟られることもあるかと。
仙人、神獣といった存在はそこにいるだけで注目を集める存在です。少なくとも大地人においては」
「徹底して隠し通すべきだなこりゃ」
正体不明意図不明の威圧感を伴っていた雑な圧迫交渉のときの空気はもう纏っていない。
主人以外に利用されるのは我も御免だ。我が動くことで主人に益があるなら考える余地もあるが。
自由を好しとする〈冒険者〉である狐も、祭り上げられたくはないのだろう。
惑わし、誑かし、化かし、そして気まぐれ、狐尾族はそんな種族。
掴み所のない性格をしているわけではない。性根はひねくれ者の苦労人と、狐尾族としての索峰の実体はわかりやすくはある。
それにしては、見えて触れて掴めるのに、なにを触っているのかよくわからない、そんな印象が拭えない。
疑念を持って観察すると、どうも深井戸の底を覗くがごとく。
力量はあろうが、英雄や傑物ではなく、
主人を含む一行の手綱を握っているのがこれだと思うと、不安が先に来るのは我の穿ちすぎではないだろう。
星辰−せいしん
星、星座
ログホラ自体には関係ない索峰周りの用語解説的な話
天狐
霊力を得た狐のこと。
中国では主に1000年以上生きた狐を指し、日本では霊力を得た狐の最上位。
神に等しい存在。
空狐
天狐より格の低い霊力持ちの狐。
だいたい500年以上生きた狐。1000年以上とも。
ここより上は善寄り。
もはや肉体を持たず精霊としての在りようになる。
地狐
狐狐より更に進んだ狐。
100歳〜500歳の狐を指す。
索峰の現在の位置はこれ。
気狐
修行等で野狐より進んだ能力を持つ。
野良の狐、および狐仙となるために修業中の狐を指す。
狐憑きと呼ばれるものは概ねこいつと気狐が起こしてると言えるはず。
霊狐
呪術者や陰陽師等が使役する
当作品における索峰の霊芝狐はここに分類される。
狐仙
仙狐ともいう。
雑に言えば化け狐。
泰山において狐が仙術を学ぶ試験の逸話が実際にあったりする。
これに合格できないようでは野狐。
月華
月の力。
霊力を持った狐は太陽(日精)から力を得て変幻や仙術を獲得するそうな。
わりと日本と中国の伝承をミックスしてる。