『ログ・ホライズン』 幻獣記   作:Kaisu

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少女と獣の長

 星明かりと各々にかけられた脈動回復の光しかない闇の中だが、ひとまず安全と思われる状態になった。

 

索峰(さくほう)、この後どうすればいい?」

「やっぱり考えなしに飛び出したか」

 大きなため息が索峰さんから漏れた。

 

「HPが回復し次第、燕都(イェンドン)までできるだけ急いで撤退、それ以外にない。あの手合いがそうそういるとも思えないが」

「まー、そうよね」

「なら聞くな」

 

「あ、あのっ!」

 まるでいないことのように扱われた〈召喚術師(サモナー)〉の少女が、2人の会話に首を差し込んだ。

「ありがとうです、助かりました、特に斧の人。王燁(おうよう)です」

 

 

 身長は上げ底なしの私とほぼ同じぐらい、140cmぐらいだろうか。種族はヒューマンでかなり幼く見える。

 15歳で『エルダー・テイル』をやっている郭貂麟も年齢層分布から見てかなり若い方だが、更に下かもしれない。

 その割にレベルは90で、その防具も性能を意図的に落としている〈翠壁不倒(すいへきふとう)〉の3人よりも明らかに豪華に見える。

 

 なにより、従えている馬の迫力が異様なものだった。

 黒だと思っていたが体毛には青が混じり、濃いめの紺色だ。

 目つきは穏やかだが硬く鋭そうな二本角が背中側に突き出し、がっしりとした肉付きと太く長い足と高い体高の堂々たる体躯。

 たてがみも長く、人間であれば肩と腰と膝の辺りからも雷雲を思わせる黒く輝く毛がたゆたい、毛のない胴体や首は黒い鱗に覆われ、私からはかなり強そうに見える。

 

 

「いいのよ、弱いものイジメは見逃せないもの。そうそう、あたしは崔花翠(さいかすい)、尻尾の大きな狐が索峰、で、こっちの〈森呪遣い(ドルイド)〉が郭貂麟(かくてんりん)ちゃん」

「どうも」

「よろしくです、王燁さん」

 心ここに在らずといった様子の索峰さんがまたなにかを考えている。目線は黒馬に向けられていた。

 

「とりあえず、歩きながら話しましょ。周りの警戒は索峰に任せとけばいいから」

「了解。(てん)ちゃん〈バグズライト〉つけといて」

「わかりました」

 

 私は杖から蛍光虫を呼び出し、明かりとする。

 索峰、郭貂鱗、王燁と召喚獣、崔花翠の順で縦列になり早足で移動し始めた。

 陽は完全に沈み明かりのない森は不気味なほど暗い。

 巨大な召喚獣は、王燁にぴったりと張り付くようにして歩いている。

 

 

「それで、なんで襲われてたのかしら? そもそも、なぜ街の外へ? 仲間はいるの?」

 この場所にいたことは、おそらく燕都(イェンドン・北京)で始動した子だろうという予測は立つ。

 それでも混沌としたあの状況下、街中にいた方が間違いなく安全ではあっただろう。翠姐さんの疑問も最もだった。

 

「仲間は今はいません。家族と『エルダー・テイル』やっていました。父様がアメリカで仕事していて、『エルダー・テイル』を通じて遊んでもらっていました。父様のIN待ち中に、こうなって」

「そういう遊び方あるのね」

「世界タイトルですから、親子のコミュニケーションとして使えなくもないんですかね」

 

 前を向いて歩いていた索峰さんが振り向いた。

「不躾だけど、王燁ちゃん何歳? 相当幼く見えるんだけど」

「えっと、8歳です」

「おぉ、若い」

 

 

 『エルダー・テイル』は基本的に定額課金制である。

 地域の運営によって主たる集金形態は違うが、中国では新規アカウントで100時間無料で遊べて、それ以後は月単位でプレイ料金を要求されるか、制限時間のチケットを買うか。

 生活に合わせいくつかコースはあるが、おおむね月額故に年齢層が高くなりがち。

 郭貂麟自身が最低年齢層とすら言え、年齢一桁はそうそう見かけることはない。もとよりネットに年齢の判別の難しさはあるのだが。

 

 

「王燁ちゃん強いよね、たぶん。その召喚生物もかなり強そうだけど」

角端(かくたん)玲玲(れいれい)って言いますです。この前、父様がプレゼントしてくれました」

「プレゼントってことは、王燁ちゃんのお父さん凄い強運だな。いくら突っ込んだかは知らないけど」

 肩を竦め、呆れとも感嘆とも取れるような仕草を索峰さんがした。

 

「そうなんですか?」

「追加でリアルマネー払ってやる抽選籤で出る中での、総排出数上限のある部類だよ。狙って出るもんじゃない。レアリティで言えば幻想級。大型アプデ前最後の小アプデでやってた籤」

 郭貂麟はなんとなく合点がいった。強そうに見えた、ではなく、強いのだ。

 同時に、少し羨ましくもあった。

 

 

「ということは、装備もかしら?」

「はい、父様が揃えてくれました」

 王燁の装備は、赤魔導師といった感じのローブ一式。

 こちらを向いていた索峰さんが進行方向に顔を戻した。また考え事を始めた様子に見える。

 

「いいお父さんじゃない」

 

 翠姐さんはそう言うが、8歳に本格的なMMORPGを勧める親も、それは教育としてどうかと郭貂麟は思う。

 確かに国境を越えて遊べるゲームではあるのだが。

 

「『エルダー・テイル』はどれぐらい遊んでたの?」

「4ヶ月……ぐらい? 休みの日に母様の許可を貰うか、父様と一緒に遊ぶときだけでした」

 目の前で上を向いていた索峰さんの尻尾の先端が、力なくへなっと折れた。そして顔を再びこちらに向けた。

 

「もしかして、最初からLv90だったりした?」

「キャラは自分で作ったよ? Lvは私がいない間に父様に上げてもらいました」

「だとしたら、王燁ちゃんのお父さんかなり頑張ったみたいだね。たぶん元から相当このゲームやり込んでたと思う」

 

 よっぽど娘と遊びたかったのか、と索峰さんが付け足したのを私は聞き逃さなかった。

 なぜ父親のゲーム歴がわかったのか、索峰さんに小声で問い返した。

 かなりゲーム内資産使いそうな装備でバランス良く固めてる、とこれも小声で返ってきた。

 

 

「話を戻すわね。王燁ちゃんは、なぜ1人で街の外に?」

「えっと、玲玲が、角端を街で召喚して、乗ってみたんです。そうしたら、言うこと聞いてくれなくて、降りれなくて、消せなくて、そのまま街の外に……」

 

 装備も整っていて、レアキャラも召喚していて、見た目は幼く、単独。

 PK行為の知識に疎い私でも狙いやすそうで実入りもありそうな標的に思える。

 索峰さんは襲撃を下手と断じていたが、襲撃する側も少女を襲うことに気後れがあったか、覚悟が決まり切らなかったのかもしれない。

 

「索峰さん、召喚生物が言うことをきかないってことはあるんですか?」

「いーや、契約した後、熟練度、絆って言えばいいのかな、それが深まることによって、出せる命令コマンドが増えることはあっても、根本的に言うことをきかないってことは、ゲーム時代はなかったはず」

「でも、さっき一緒に戦ってなかったかしら」

「命令は聞いてくれなくても、玲玲は、私を守ってくれました」

「召喚を解除できない、契約者の命令には従わない、でも契約者は守ろうとする。なにそれ、どうなってるのよ索峰」

「わからん。全くわからん。ゲームじゃないからあり得るとしか考える他ない。それにさ、直接介入した翠姐、その子と角端に回復かけた貂ちゃんはちょっと警戒緩められてるみたいだけど、さっきから前歩いてて、変なことしたら突くぞ蹴るぞって視線を角端からビシバシ感じる。自分には全く信用がないらしい」

「玲玲駄目だって〜」

 王燁ちゃんの取りなしにも、角端は「ふーんだ」とでも言いたげに鼻を鳴らしただけだった。

 

 

「ねえ王燁ちゃん、今までどうしてたの?」

「どう……とは?」

「寝るところとか、食べ物とか」

「えっと、ギルドホールの私の部屋にいて、アイテムボックスにあった食べ物食べて寝てました。美味しくはなかった……」

「味のことはね……街には出なかったの?」

「えっと、最初にちょっとだけ街には出ました。すぐに怖くなっちゃって、えっと、知ってる人誰もいなくて、えっと、部屋にいたら、玲玲のこと思い出して、召喚したら言うこと聞いてくれなくて」

 

 かなりしどろもどろな答えで、それだけのことを聞き出すのに4〜5分はかけただろうか。

 時系列的には、単独で飛ばされ、見知らぬ世界で怖くなってギルドの自室に閉じこもり、召喚獣を思い出して街中で召喚したら街の外に連れ出され、そこで襲われ、私たちが助けたということになるようだ。

 

 

「索峰」

「決定権放棄。好きにして」

 星空を見上げしばらく迷っていた翠姐さんが、おもむろに索峰さんを呼んだ。

 それを即答で投げ返され、翠姐さんが唸る。

 

「王燁ちゃん、行くあてないならしばらく私達と一緒にいない? ここにいる3人しかいないけど、お金とご飯と寝るところは索峰がなんとかするから」

 振り向くことも、不満を述べることも、肩を竦めることも、尻尾から力を抜くことも、索峰さんは一切反応をしなかった。

 どの辺りからはわからないが、この展開は予想していたのではないだろうか。

 

「それにほら、仲間いないんでしょ? だったら、仲間になってあげる。それにほら、ウチは女の方が多いし。『エルダー・テイル』って男のプレイヤーの方が断然多いんだから、珍しいのよ?」

 男1人女2人ぐらいの組み合わせなら割といるよ、という呟きが索峰さんの方から聞こえて来た。

 

「別にギルドに入れって言ってるわけじゃないの。ただ、なにかと大変だと思うから。聞いてたところだと、あんまり『エルダー・テイル』の細かいことまでは知らないんじゃない?」

 総プレイ時間100時間未満の私が言えたことではないが、『エルダー・テイル』の細かいところへの知識は翠姐さんも怪しいところが多々あるように思える。

 

「利用しようって気はないよ。他意もない。ウチのギルマスは単細胞だから、助けたいだけだ。この世界なりの、自分たちと同等の生活は保証するよ」

 先導しながら顔だけこちらに傾けた索峰さんの言葉は、王燁ちゃんよりも訝しげに翠姐さんを眺めていた角端に向けられていたような気がする。

 

 

「えっと、お邪魔になりませんか?」

「お邪魔になんてならないわよ、気にしない気にしない。小っちゃい子は大人に迷惑かけていいのよ。ね、貂ちゃん」

「私はそこまで小さく……、いや小さいですね……」

 

 歳の話だとわかってはいる。

 でも、この郭貂麟の体は王燁のそれと大差のない大きさなのだ。

 そして早々に迷惑をかけた、というのも否定しようのない事実として残っている。

 

「すぐにギルドに入って、とは言わないわ。会ったばかりだもの。他に信用できる人ができたら、そっちに移ればいいの。あなたが持っているアイテムやお金にも一切手をつけない。事態が安定するまで、仮の居場所にすればいいのよ。安定したら、その時に決めればいいの」

「あの、王燁お金ないですよ」

「お金は心配しなくていいわ。索峰がお金持ちだから。1人増えても誤差よ」

 首を伸ばして王燁ちゃんが索峰さんの様子を伺ったので、私は索峰さんの尻尾を一本軽く引っ張り、返答を促した。

 

「ん? ああ、余裕でしょ。ゲーム時代の基準なら10人でも相当長く暮らせる金額あるから。気にしなくていい」

「ね? お金の方は索峰に任せておけばいいの。日用品や必需品に必要なお金は出してくれるわ。くれなくてもあたしがお金索峰から奪うから」

 

 

 崔花翠さんと索峰さんとを王燁ちゃんの視線が行ったり来たりして、困ったように私を向いたので、笑顔を作って言った。

「私の足装備、すごく厚底でしょ? 現実と身長が違いすぎて、とっても歩きにくかったの。

 これは、こっちの世界に来てから索峰さんに買ってもらったもの。現実世界では、私達3人、面識はなかったけど、ちゃんと生活できてる。私も、王燁ちゃんを歓迎する」

 

 目線が私からも離れ、王燁ちゃんは角端を見上げた。

 角端は小さく頷いた。その目は優しいものに、私には見えた。

 

「えっと、王燁です、お世話になります、これからよろしくお願いします」

 王燁ちゃんは、翠姐さんと索峰さん、それから私に、それぞれ一度、頭を下げた。

 

「うん、ようこそ王燁ちゃん」

「それじゃ、街に戻ったら歓迎会しましょ、ね、索峰いいでしょ!?」

「騒ぎたいだけだよね、それ。味のある豪華な食事ってできないし」

 

 燕都はもう近く、進行方向に城壁と監視塔の明かりが見えていた。

 反撃も別のPKパーティも来ることなく、無事に街に帰り着けそうだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 角端(かくたん)玲玲(れいれい)はちっとも言うことを聞いてくれない。

 王燁(おうよう)の持つスキル群には、他の召喚生物を介するものはなく、ほぼ玲玲を経由するものしか登録されていない。

 本来であれば、他の召喚獣生物を登録し、行使する余地がある。

 

 いや、あった。

 追加課金籤で父が引き当てたこの「角端」という獣は、神獣麒麟の一種。

 ゲームの生物カテゴリは、空想上の生物を指す幻獣。

 伝説の生物である角端の強さの代償として、角端の召喚中は他のあらゆる召喚生物を呼び出せない。

 角端の玲玲が召喚されたまま召喚を解除できないので、仮に王燁が新しい召喚生物と契約しても使用禁止も同然の状態となっている。

 

 

 そもそも、これは父が強く勧めた育成方針も原因だった。

 父は角端をメインに据えることを強く推奨しており、父知り合いのプレイヤーからも羨望の声を聞き、王燁自身も相当良いものらしいと理解はしていた。

 ゲームの角端の存在を知っていた索峰(さくほう)さんが言うところでは、基礎ステータスも最高ステータスも高く、かつ高い拡張性、言い換えるならカスタマイズ性をも高い次元で持ち合わせた、大当たりに相応しい性能だという。

 

 それもごく最近のアップデートの大当たり枠。

 持っているだけで一目置かれる、年単位月単位で排出数上限が設定される〈幻想級〉位置づけ。

 最前線バリバリの人でも無鍛錬で使えなくもない程度の能力、つまり王燁のような初心者に毛の生えたぐらいの帯域ではチート級。

 中級者でもまだバランスブレイカー級スペック、鍛えれば最前線でも広範囲で最適解になり得る可能性すらある。

 

 ある程度以上やりこんだプレイヤーの現金を狙う部分の上澄みだけを浚ったのだから、そりゃあ生半可じゃない、とは崔花翠(さいかすい)さん。

 一方で、基礎も上限も高い代わり、育成には時間と多額のゲーム内資産が必要になる。

 もちろん全く育成していない状態でも相当に強いが、そこは最上位をターゲットにした追加課金サービス品。育成基準もそれ相応、貴重であったり高価であったりするアイテムを要求される。

 

 『エルダー・テイル』は長い歴史のあるゲームであり、召喚生物は決まった個体を使い続ける傾向にあるため、追加課金タイプの古いキャラクターでもアップデートで育成上限が伸びて環境についていける余地を与えられ、上限が伸びた際にピックアップが行われることも多いそうだ。

 角端もその例に漏れず、初登場の時期は拾ってくれた〈翠壁不倒(すいへきふとう)〉の誰も知らないほど昔に初実装されたキャラクターだという。

 

 

「日本でも、中国サーバーコラボイベントの時に角端のグラフィック見た記憶があるよ」

 玲玲が1番警戒している狐尾族の索峰さんは日本人だそう。

 まさに狐が人になったといった様相で、体よりも大きな明るい茶色の狐尾は、猫じゃらしのような、触ってみたいという衝動を起こさせる人を惑わす尻尾。

 綿と絹の合いの子のようなとても良い感触だった。

 

 逆に玲玲が1番警戒を緩めているように感じるのが、ギルドマスターの崔花翠さん。

 エルフらしいと言えばらしい姿だが武器は2挺斧で、およそエルフのイメージにそぐわない組み合わせ。どこか歴戦の精悍さを感じる。

 

「〈森呪遣い(ドルイド)〉としても、召喚生物を扱う時に言うこときいてくれないと困るんですが、どうなんでしょうね。試しで出した私が召喚した子たちは命令に従順でしたけれど」

 歳が比較的近い郭貂麟(かくてんりん)さんは、ブーツを脱いで背を比べるとほんの数センチ高いだけで、ほとんど同じ背丈だった。

 ハーフアルヴということもあり、ヒューマンの王燁と種族的な差異はあまり感じなかった。

 レベルも装備も4人の中で最も弱く王燁は密かに優越感を得ていた。

 

 

「それにしても面白い生物ね、角端って。街に入ったら小さくなっちゃって。どういう仕組みなのかしら」

「でも、王燁が召喚した時は元の大きさ、街の外の大きさでした」

「自発的に縮んだってこと? 謎生物極まるわね」

「スライムとか、精霊とか、大きさが変化する召喚生物もいたけど、覚えてる限りでは、実体がないか、不定形の生物だったな。しっかり実体がありそうなのに大きさも変化するとは。いや実体あるよな? 自分には触らせてくれないし」

 

 燕都(イェンドン/北京)に戻ってくるや、玲玲は突如として馬から大型犬程度まで体を縮めた。王燁にとっても驚きだった。

 子馬となった角端は巨体ゆえの威圧感を減じて、少しとっつきやすくなった気がする。眼光はいまだ鋭い。

 

 崔花翠さんと郭貂麟さんには少し嫌そうだったがたてがみを撫でることを許した玲玲は、索峰さんが触れようとしたら容赦なく蹴りを入れた。

 小さくなってもパワーは変わらず、軽く数メートル吹っ飛ばされていた。

 主人たる王燁には触っても嫌がる素ぶりは見せていない。でもどこか緊張はしているようだった。

 

 とはいえ、小さくなったことで〈翠壁不倒〉の3人が拠点にしていた宿屋の食堂にも入れたので、不思議ではあっても不便ないことではあった。

 

 

「なに食べるんでしょう、神獣って」

「ゲームでは草食で、葉物野菜や果物なら、特に好き嫌いなく食べてました」

「マンゴー食べるかしら?」

 そう言うと、崔花翠さんは魔法の鞄から身の大きなマンゴーを取り出して、玲玲に差し出した。

 しかし、マンゴーに一瞥こそくれたものの、玲玲は食べようとはしなかった。

 

「森の若草食べてましたよ、お昼は」

「まだ他人の手から食べるまでは許してないのかしらね」

「相当警戒心が高いみたいだな。仕方ないと言えば仕方ないか」

「王燁ちゃんの手からは食べるの?」

 そう言われてみれば、こちらの世界に来てからまだ玲玲に直接食べ物を与えてはいなかった。

 魔法の鞄の中にあったキャベツを出し、葉を何枚か剥いで、玲玲の口元に持っていってみた。

 

 もっしゃ。もしゃ。

 躊躇いなく、玲玲は王燁の手からキャベツを食べた。

 

「おぉ……」

「王燁、ちょっと感動しました」

「王燁ちゃん、そのキャベツ何枚かちょうだってえええ噛むなコラ!」

 索峰さんにキャベツを何枚か渡そうとしたものの、それを横取りするかのように、玲玲はキャベツの葉ごと索峰さんの手に食らいついた。

 

「索峰さん、本当に相性悪いみたいですね」

「ユニコーンの成分も混じってるのかなあ。それとも娘を守る父親のつもりか。それとも狐だからか」

「玲玲がごめんなさい……」

「気にしない、しばらく一緒に戦ってれば態度も軟化するでしょ、たぶん」

 噛まれた手をヒラヒラと振り、索峰さんは笑った。

 

「ま、それはそれとして、私たちも食べましょ」

「味するのはやっぱり果物しかないがな」

 

 料理に味がしないことには王燁も参った。

 それでもギルドの部屋に閉じこもっていた間は、お腹が空けば数少ない味のする果物と味のない料理アイテムで食い繋いでいた。

 それだけに今もあまり期待はしていない。

 

「イチイ、林檎、マンゴー、ライチ、洋梨、グミ、コケモモ、葡萄、西瓜、マンゴスチンかな、今のところあるのは」

 その予想を〈翠壁不倒〉の懐は超えてきた。

 次々取り出される果物で、テーブルに小山ができて甘い匂いが漂ってくる。

 玲玲も無視できず、品定めするような視線を送っている。

 

「ちょっとまって索峰、そんなに色々持ってなかったわよね、あんたいつの間に」

「サブ職の〈鑑定士〉を適当な木に発動したらアイテム名というか、木の名称見えたもんで。イチイとグミとコケモモは自生してたのを練習の合間に採っただけ。

 そんなに量はないし、グミはアクがちょっとキツいし、コケモモは超酸っぱいから。好みは選ぶが食べられないことはない。あとはマンゴー卸すついでに交換しておいた。これもそんなにないけども」

 

「案外食料ピンチだったりするかしら」

「4人で3日までは余裕、その後は、みんなの食べる量次第」

「ダメじゃないの、それ」

 話が変な方向にいっている気がする。

 

 

「果物って自生もしてたんですね」

「季節感が謎なんだよな。果物全般で採れる時期ズレてるはずなんだが」

「よく、知って、ました、ね?」

「半分都市半分山みたいなところで育ったからな。食える木の実はわりかし。山で遊ぶような環境は『エルダー・テイル』に嵌り込んだ原因でもあるが。

 『エルダー・テイル』にこれだけいろいろと野趣味のある果物があるとは思わなかったな」

 

「そんなの見つけたなら言いなさいよ索峰」

「練習に集中してたし。本当に食べられるか微妙だったし。それに、食べ物は街の外に求めないと、そろそろ街中の果物がなくなりそう」

「え、じゃあこれは惜しんで食べるべきじゃないんですか?」

「味さえ気にしなければ飢えることはないから。味のするものの確保に努力はするけれど」

「あたしは味なしはまっぴらゴメンだけどね」

「王燁も、できれば……」

 表現しにくいあの無味無臭の食物は、王燁がギルドの部屋から出ようとした後ろ向きな理由のひとつでもあった。とても耐えていられるものではない。

 

 

 玲玲が、いつまで話しているんだとばかりに、服の裾を食み、軽く引っ張った。やはり果物も食べたいようだ。

「索峰さん、とりあえず、食べません?」

 テーブルの下で行われた動きを知ってか知らずか、郭貂麟さんがありがたい切り出しで流れを戻した。

 

「そうね、さっさと食べ始めましょ」

「玲玲も果物食べたいみたいなんですが、食べさせていいですか?」

 崔花翠さんが木皿とナイフを部屋隅から取り寄せている間に、玲玲の希望を索峰さんに伝えた。

 

「どれだけ角端が食べるのか知らないし、今晩のところは常識的な範囲でなら、かなあ。

 あんまり角端の食べる量が多いなら、根本から食料事情考え直さないといけないから。あとイチイは食べさせない方がいいかも。種に毒あるし。少なくとも現実では」

 しばらく迷うような仕草の後の、玲玲を見ながらの返事だった。

 

「ゲーム的な食べられる量の上限はなかったと思います」

「さすがに無尽蔵の胃袋だと支えきれないな」

「ただ、ゲームでは食べさせなくても支障はありませんでした」

 そう言うと、索峰さんは唸った。

「それが今、消えようとしない現状でどれだけアテになるのか」

 

 

 玲玲が変な状態であることは王燁も理解している。

 言葉を介した意思疎通はできず、かといって完全に制御不能かといえばそうではない。

 大きな謎が生きて王燁の横に佇んでいる。

 

 玲玲は索峰さんを強く警戒しているが、索峰さんも、得体のしれない玲玲を警戒しているよう。

 反目とまではいかずとも互いに理解不足があることも納得するだけの情報がないことも事実。

 王燁も、助けてくれたとはいえ、3人の初対面のプレイヤーを完全には信用できていない。

 

 ギルドマスターが王燁を誘うと決めたから従っている、という空気は、ないわけではない。

 思うところがそれぞれにあるはず。

 

「とりあえずは、あるもので食べたいものを早い者勝ちで確保して食べる感じだから、負けないように頑張ろう。食器の準備終わったみたいだし」

 崔花翠さんが小玉の西瓜にナイフを入れ4等分にしている。郭貂麟さんは既にコケモモをつまみ食いして口をすぼめていた。

 

「索峰、王燁ちゃん、はやくしなさーい」

「はい、お邪魔します」

「よし、王燁ちゃん、〈翠壁不倒〉へようこそ。これより歓迎会を始めます!」

 

 この世界に来て初めて、王燁は人と一緒のテーブルを囲んだ。

 歓迎会というには、皮を剥いていない果物が積まれているだけという大雑把さはあるが、人心地ついた。

 寂しかったのだと王燁はいまになって気付く。小さな催しものだが、人の温度を感じるには十分なものだった。




ようやくタイトルの一部回収。




解説
ハーフアルヴとヒューマンの差。

共にエルダー・テイルで開始時に選べる種族。
ヒューマンは現実における人間モチーフ。
癖のない能力の伸びをして、際立った強みも弱みもない種族。
全プレイヤーの約半数はヒューマンを選択するんだとか。

ハーフアルヴは、絶えた古代種族アルヴの血が隔世遺伝や突然変異のようにして生まれる存在。
見た目はヒューマンと差がないレベル。舌にのみ紋様が出てハーフアルヴと判別可能。
狐尾族×狐尾族のようなブリードでも両親の種族的特徴を全く継承せずに産まれてくることもある様子。
魔法系回復系に強みを持つ。



Q,そもそもアルヴって?
A,本作品においては管轄外です。原作に設定こそあるが正直わからん。
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