キリいいところで割ったら4分割になりました。
現実世界からゲーム内に飛ばされて8日目。
ギルド〈
野鳥の会方式で地道に数えた奇特な人がいたらしい。7日そこそこでよくぞ集計したものだ。
現実の北京、上海、台湾、広州に相当する4大拠点にそれぞれ飛ばされたプレイヤーの総数はまだわからない。
仮に情報が実数と大きく離れていないとして、
4大拠点に及ばずとも、サーバー負担の軽減や同期処理軽減のための分散地として大小の衛星都市は沿岸部を中心に実装されており、同時に国の広さからくる中継地点としてもデザインされ、そちらを主な拠点とするプレイヤーも多い。
1番近いところでは、天津に相当する場所がそれである。日本におけるアキバとシブヤほどまで密接ではないが、燕都でできることの8割近くは天津でも実現できた。
燕都はゲーム時代よりも街がかなり広くなっている印象はあるが、中国全土に散らばっていたプレイヤーを、一部とはいえ無理やりかき集めて燕都に押し込んだ異常事態。
10000人近くの同時接続者を1都市で捌ききるようには、元来設計されていない。
プレイヤーの数が目に見えて多いことに加えて、もうひとつ。
一般NPCに相当する生活者、大地人も爆増していた。おそらく5倍では少ない。
モンスターが出たから倒してくれ、これが必要だから集めてくれ、といったように、設定として人がいる前提で語られることはあってもゲームの常としてほぼ実体は伴わなかった一般大衆が実際に意思を持って生活している。
最初の夜に果物を積んで燕都に来た隊商も、描写されていなかった部分の本来あるべき人の営み。裏まで気付くことなく、偶然利用した形。
その
驚いたことに、ゲーム時代の索峰というキャラクターを記憶していた一般NPCがいた。
索峰を憶えていたのは、ゲーム時代装備の耐久度を回復させるためのアイテムを時折買っていたNPC武具屋の店員で、特徴的な巨大な狐尾は彼にとっても印象に残るものだったようだ。
実行できることの幅が大きく変わり索峰としてはまるで別物とも思っていたが、ゲーム時代から直接地続きであると判断できる材料だった。
探せば生身の人間が操作していた索峰時代のことを覚えているNPCはもっといるのかもしれない。
索峰を憶えていた店員には「またなにか大きな催しでもあるのか?」と逆質問されたぐらいだった。
彼らにとっては8日前の変化は、なんらかの理由があって冒険者が燕都に集まっただけという認識であるらしかった。
現時点の材料では、巻き込まれているプレイヤーからしか観測されていない事象ということになる。
索峰の知りうる現実地球世界の理屈と科学では説明がつきそうもなく、ならば、この剣と魔法と冒険の世界の理屈で考える方が、まだ正解に近いはずだ。
元の世界に戻ろうと思うなら、8日前の事象を観測したこちら側世界の住人を将来的に見つける必要がある。
どこをどうやって探せばいいのか皆目見当もつかないが。
そんなことを長期目標として頭の隅にピン留めして一夜明け、4人と1頭で改めて燕都市街を歩き、必要そうと思える日用品と消耗品を買い集めた。
王燁と角端の融和を図る一方、3日続けての戦闘訓練を過ごしたことの休憩も兼ねてもいる。
冒険者の体に疲れは残っていない。索峰に休みの気分はあまりなく、戦闘訓練で過ごした数日の間に起きた街の変化を探す心持ちでいた。
崔花翠率いる一行は、はっきり言って目立った。大変不本意だが。
男女比率ではやはり男の方が多い『エルダー・テイル』、女3人男1人というのは多少目を惹くようだった。
先頭をやや暗色だが金髪エルフが進み、背丈の小さい上げ底靴娘がそれに続いて、小さくなったとはいえ角端も召喚されたままで、わかる人には目を剥くような存在。かつ角端の背に横に座る〈
ギルド〈翠壁不倒〉一行が姫の護衛でもしているかの如く。それを1番後ろから追う索峰自身は巨大な尻尾が7本ある。
何度も街を歩いたが、自分と同程度以上の大きな尻尾を持つ者は見なかった。元々この巨大尻尾アバターは日本で購入したものなので、そのせいもあるのかもしれない。
外すことも隠すこともできず、早くも諦めの境地に達しつつあるこの枯れススキ色の尻尾。操縦はだいぶ慣れてきた。骨が入っているわけではないが、足の指程度には自由に動かせるようになり、意識せずとも尻尾に重心を持っていかれることもなくなった。
自分は気に入っていたが、ゲーム時代は尻尾が横に幅があり過ぎる故にキャラ背後からの視点だと極至近距離が見えなくなるという欠点が存在し、ガチ勢からの人気は低かった。
追加課金必須ということもあり、先発後発の様々なアバターに埋もれ、日本でも普及していたとは言いがたい代物。
こちらの世界に移動してからも、横幅があるのですれ違う相手を掠めたり首だけ後ろを向いたら尻尾がブラインドになって視界を塞いだり体ごと振り向けばバットスイングよろしく
しかし、猫に猫じゃらし、とでも評すべきなのか、崔花翠らを含めて転移してきたプレイヤーたちは男女問わずどうもこの尻尾を触りたくなるらしく、2日目の早朝に100万余の金貨を稼ぐ際の交渉の助けになりもした。
本当になにが災いし幸いするかわからない。
脂っ気を抜き、なるべくふわふわに保つこと。尻尾の手入れを怠ることはおそらく自分にとって今後不利に働くことなのだろうと予感がある。
そして角端の身だしなみ用品が欲しいと王燁が立ち寄ったペット用品店で、見つけてしまった。尻尾の手入れに最適な品を。
最初は王燁が角端に使って試していただけだが、手持ち無沙汰だった郭貂麟が索峰の狐尾にあててみたのが、発見であった。
名を〈天使のブラシ〉。聞き覚えがあった。どんな毛並みも何度か撫でるだけで艶やかに整う、ペット用品。
「索峰の尻尾、ペット用品で綺麗になるのね」
物凄く傷ついた。我ながらここまでショックを受けるものかと思うほど傷ついた。
しかし悲しいかな、面倒だからとほとんど手入れを行わず煤け始めていた尻尾がみるみる柔らかさを取り戻し、あっという間に美しい山吹色の煌めきを放つようになると、必需品だと思い直す他なかった。
ブラシを複数本購入しながら、索峰は必ず代替品を見つけることを心に決めた。
更に心を挫くこととして、尻尾のみならず全身の体毛も簡単に綺麗になると気づいたのは、宿に戻ってからだったが。
それでも王燁にブラッシングされ黒い毛が艶やかにはなり、神々しさは増したのだが。
その様子を見て索峰は思う。
角端って相当知能が高いのではないかと。
知能が高いので、同様にプライドもかなり高いのではないかと。
長く観察したわけではないのだが、そう考えると腑に落ちるところもあるのだ。
喋るボスモンスターは人型でなくても結構思い当たるし、それらが馬鹿だったかと言えばそうではなかった。
いずれプレイヤーによって撃破される存在であっても、多彩なスキルやギミックをもって立ち塞がってきた。
喋らないから知能が低いか、というのもまた否であろう。
半年ほど前のイベントで〈
コミュニケーションを取ることは叶わず、狼の群れが時と場所を選ばず神出鬼没に現れては街や村を荒らし回り、その行動パターンを解析し迎撃及び討伐を可能にするために当時のプレイヤー達は骨を折った。
中国大陸の平野部の広さや海岸線の長さからくる、数でゴリ押してくる防衛戦系のイベントも多く、陵墓からキョンシーらアンデッドがひたすら湧いて出るのを攻略するレイドでは、敵ボスも子分も喋りこそすれ、方向としてはバカゲーのノリが強い稼ぎイベントだった。
翻って角端、格というものがあるのならそれこそかなりのもの。
知能が高くてもなんら不思議なことはない。
肩を並べて戦ったことはまだないが、召喚主の制御のない召喚生物はゲーム時代引き撃ちのいい的であった。
職業間のゲームバランスを平等に保つ上で、召喚術師本人の性能が3分の2、召喚生物3分の1を合わせて他職種と同程度になるように、おおむねは設定されていたはず。
角端は鍛えれば術師本人と大差ないまでに育つ性能。それでも前衛職か武器攻撃職であれば角端単独であれば1人でも倒せるはずの強さ設定になっていた。
それが、王燁の命令を聞かず独立行動した挙句に王燁をPKから逃れさせるほどの戦闘を行なっていたのだから、相当に奮戦したはずだ。
同レベル帯のプレイヤー4人を手こずらせるオート戦闘召喚生物など、聞いたこともない。いくらプレイヤー側の慣れがまだ一定に達していないとしても。
それを踏まえても、王燁と角端の関係性に謎は残る。
命令を受け付けない癖に、王燁を見捨てようとはしない。
単に王燁を認めないのであれば、もっと露骨に見捨ててもいいはず。
召喚を解除できなくすることができているなら、そもそも召喚に応じないこともできるのではないかと思う。
背中に乗ることを許しているのも矛盾していそうな点で、気に入らないなら振り落とすことぐらいはできるだろう。しかし王燁を振り落そうとする気配はない。
王燁に勧められて郭貂麟が角端に乗せて貰おうとしたら激しく暴れ、乗せようとはしなかった。
あくまで背を許すのは王燁だけであるらしく。
主人としては認めないが、守りはしようとする。歪な主従関係で、親子の関係のようでもあるような。
また、角端の行動について、意味がわからないことはまだある。
召喚直後に王燁が背に乗ったところ、いきなり燕都の外に連れ出されたこと。
いきなり連れ出すほどなにかがあったのに、〈翠壁不倒〉の3人と合流してからは大人しく燕都に戻り、再び連れ出そうとはまだしていないこと。
なにか目的があったと考えるのが自然だが、見当もつかない。
なるべく予想を立てて動きたいと思う索峰にとって、なにを考えているのかわからない角端という不確定要素は、当分の間、悩みのタネになりそうだった。
***
直接害が降りかかって来ているわけでもないし、現状においてなんらかの特段の不便があるわけではないのだが、なんとなーく、トゲのある空気というのはあるものだ。
それは
思えば、比較的平穏であろうという索峰の予想期間はもう過ぎている。
予想を鵜呑みにするなら、もう大きな荒事が起きてもおかしくないことになる。
こういうことに関して、あたしは
だいたい、〈
索峰は崩壊した前ギルド〈羽公〉の頃からの付き合いで、拙い北京語で
ところが困ったことに、自他共に認めざるを得ないほどに崔花翠というプレイヤーは強かったのだ。内輪にとどまらず〈羽公〉の外ですら勇名が轟くほどに。
ある幸運で入手した〈幻想級〉の武器の強さと、それを起点とした独特で派手な戦闘スタイルもあったが、なによりも武器性能を活かしきる集中力とプレイヤー技量の面で優れていて、スタンドプレーに陥ってもそれなりに通用してしまえて、かつ有名になったことで調子に乗ってしまった。
そしてあたしは、崩壊した前ギルド内で
大規模戦闘における協調性のない地雷、もしくは敵陣をいいように翻弄する優れたアタッカー。
ついた二つ名は、「
暴風の如く2挺斧から繰り出される重い連撃でバッサバサ血路を拓き、土砂降りのようにアイテム投げまくる。甚大な被害を与えるか、明後日に逸れて消えるか。
活躍できないときはあっさりと死ぬことが多いことは自覚していたので、侮蔑の意味もあったこれは甘んじて受け入れた。
プレイヤースキルの差異からなぜ皆があたしと同じように活躍できないのか理解できず、あたし基準での無茶で理の通らない要求をかなり投げてしまい、それが「これぐらいできるだろう?」という見下しにとられていた。
その中で、索峰はあたしより遥かに長い『エルダー・テイル』のプレイ歴と技量の高さもあって、要求をきっちり遂行できるプレイヤーだった。
同時に技量からくる説得力でなんとかあたしを制御しようともしていた。
しかし、索峰が中国赴任になりあたしのいたギルド〈羽公〉に入った時点で、〈羽公〉は既に空中分解寸前で、遅すぎた。
当時の索峰の語彙力不足と加入時期の遅さはどうにもならず、あえなくギルドは爆散。
その後、事情を完璧には飲み込んでいなかった索峰も半分騙すような感じで呼んで、大きな目標を立てて〈翠壁不倒〉を立ち上げた。
しかし舞い上がったあたしにギルドマスターとしての管理能力はなく、一緒に〈翠壁不倒〉を立ち上げた〈羽公〉の元メンバーも次々抜けていった。
4ヶ月も経った頃には、初期立ち上げメンバーで残ったのは索峰だけになり、あたしもギルドへの勧誘に飽き疲れて、維持費を削って駄弁り中心の緩いギルドに舵を取り直した。
索峰が〈翠壁不倒〉に残り続けた理由は言葉の壁の問題が大きい。
あたしはイベント事になると首を突っ込むタイプだったので、あたしはちょっとした交渉役兼通訳にされて、人数が必要な大規模イベントに参加したいときは「崔花翠の知人の物静かな
廃人級の吟遊詩人は絶対数が少なく、あたしも単純に強く、セットで働き口を見つけるのには苦労しなかった。
そんなことを続けていれば気心も知れるというもので、索峰が言葉に慣れ、二者間の連携と意思疎通が通り始めると、あたしの頓死率もみるみる下がっていった。
その後も〈翠壁不倒〉に多少の人の出入りはありながらも、索峰の間違った北京語に突っ込みを入れながらズルズルと遊んでいるうちに「黒颱風」の名は蔑称の意味が薄れ、強者の二つ名へ変化していた。
華々しく敵モンスター群を掃討するあたしの手柄の裏に脱線孤立しないよう索峰による攻撃誘導があったが、誘導してもらった方が活躍できるので仕方ない。
そのあたしの頭脳担当が悩んでいるのなら、良い兆候ではないだろう。
こちらの世界に来て長くはないが、索峰が悩んだ後には悪い内容しか出てきていない。
「ねー、なに悩んでるのよ。どうせろくでもないことなんでしょうけど」
「ギルドウォーのシステムまだ生きてるっぽいなあと思ってな」
「つまり?」
「人数と財力があってその気になったら、燕都とその周り支配できちゃうよなあ、と」
「それで?」
「特定ギルド所属以外の人への弾圧や武力制圧や施設占領や重税を、たぶん合法的にできちゃうなあ、なんて」
「あ、それはヤバイわ」
ギルドウォー。
ギルド単位で地域領主を決める、対人型合戦コンテンツ。
中国サーバーにおける一大コンテンツであり、理論上天下統一をも目指すことができる、ある意味中国らしいシステム。
中華人民共和国の範囲を飛び越え、モンゴル、チベット、カザフスタンら中央アジアの一部までをカバーする華南電網公司社の中国サーバー管理地域は管理範囲からして広すぎて、3Dモデリングを多用する形式である『エルダー・テイル』でその土地に合ったイベントを細かく追加していくことは作業量に無理があった。
華南電網公司社は中国企業であり、営利企業である以上、中国国内優先は仕方のないことである。
しかしながら、ログイン人数の多い中国沿岸部、金になる層を満足させなければいけないが、かといって中国沿岸部以外を完全にないがしろにしては、もっと上の『エルダー・テイル』を総監督する米国アタルヴァ社に怒られる。
そんな板挟みに遭い、かといって東~中央アジアの広大な範囲を1社で作れるわけもなく、その過程で生み出されたもの。
ギルドウォーの内容は、有り体に言ってしまえば大都市権益の奪い合いである。
領主の奪い合いに名乗りを挙げ、主に合戦でライバルギルドと戦い、ギルドポイントを貯めることでその都市の所有者となればはかなり強烈な恩恵を受けることができる。
復活の神殿、ギルドホールの出入り、都市間移動のゲート、市場の手数料、都市の出入り、この辺りに税金をかけることはよくある話。
都市周囲の土地及び村にも影響範囲があり、そこに暮らすNPC(という名目)から税金や貢物を受けることもできる。都市所有ギルドに属しているならば、経験値やドロップアイテムへの追加補正がかかり、施設使用料の減免や免除、NPCの台詞も敬うような形式になる。
総じて影響力は凄まじく巨大ギルドにとって一種のステータスにもなるので、こぞって地域に覇を唱えることになる。
圧政を敷きすぎてギルドウォーに興味を持っていなかったプレイヤーにすら反発を買い、抵抗勢力に領主が倒されるなんて例もあれば、真面目に中華統一を目指して実際に中原を制したギルドもある。
燕都も例外ではなく、実際にギルドが領主となっていた。
「公式のお願いだったけど、燕都は新規ユーザーの受け皿にもなるからLv90に達していないプレイヤーからは搾取するなって不文律あったじゃない。あれさ、システム上は低レベルの人からも徴収は可能って情報サイトに載ってたんだよね」
「低レベルから搾取設定したら半公認抹殺対象として物理でも名声でも袋叩きになるからほとんど実行されなかったやつね」
今は解散してしまったが、時期のアヤでライバルギルドがいなくなりわざと燕都で低レベルプレイヤーからの搾取を始めて悪役になり、一般層を巻き込んだ大合戦を狙ったギルドウォー特化型巨大戦闘ギルドがあったことを記憶している。
「でも今、運営いないから遠慮する必要ないし、4都市にプレイヤーが分散されたから、領主になればかなりのプレイヤーに影響力持てる。噂だと燕都に最低10000人はプレイヤーが集まってるし」
「悪魔の発想ね、あんた」
「思考に余裕ができたら簡単に思いつくことだと思うがな」
「でも多分早いほうでしょ。あたしはギルドウォーが生きてると気づいてもそこまで思考がいかないわ」
「ともあれ、果物の流通を専売制にもできるんじゃないかな、この世界でその気になれば。果物に限った話じゃないけども」
「嫌すぎるわねそれ。文明退化してるじゃないの」
「この世界で悪用するにはうってつけ過ぎるんだよ、ギルドウォーシステムは。リセットかかって領主不在になってるのは、たぶん悪い要素なんだろうな」
「争えって言われてるようなものよね」
「最初から領主権を持つどこかのギルドがいれば、とりあえずそこを中心に自治をする道もあっただろうけど」
10000人以上ものプレイヤーがいれば、野心を持ったギルドや頭の冴える人物が混じっていないわけがない。
そこに、理屈を抜きに力で上に立てるシステムが目の前に転がっているのだ。
「あたしが領主になっちゃうのは? 実務索峰に任せて」
「人が足りないし、コネも財力も足りないから諦めて。仮に領主になっても、都市運営を日本人がやってると知れたら簡単に崩壊するな」
「あー、日本人が都市のトップにいたら確かに反感買うでしょうね」
大きな尻尾もそうだが、索峰は所々に日本のアイテムを使用、装備しており、微妙に中国産キャラクターと差異がある。
それがイコール国籍透視にはならないだろうが、中国にない言い回しをすることもあり、その気になれば日本人であると判断するのは不可能ではないだろう。
索峰が日本人だと知っている人は〈羽公〉元メンバーを中心に、多くはないが、いる。
「じゃ、領主にどこかの誰かがなるとして、それまでになにか準備することってあるかしら?」
「財産整理して、いつでも夜逃げできるようにはしておきたい」
軽い気持ちで投げた問いに、予想外に重い返答だった。
「よ、夜逃げ?」
「ギルドウォーはおそらく起きるよ。戦争の渦中にいてどうする。ギルドウォーシステムもどんな仕様変化が起きてるかわからない。
都市間移動のゲートも死んでて、城壁登ってもバリアみたいなのあって街の外には出られないから、街の出入り口4箇所にPK待ち伏せしておけば、神殿送りで強制送還、プレイヤーを街から出させないようにもできる」
プレイヤーを街に閉じ込める、というのはゲーム時代になかった発想だ。
「一般NPCへも同じことが言えるんじゃないかな。直接的なメリットはまだ思いつかないけども」
「奴隷ってできるのかしら?」
「奴隷制に近いことはできてもおかしくはない、かなあ。倫理観がどこまで維持されるかわからない。ひとつ言えることは女性の立場は多かれ少なかれ落ちるだろう、ってことか。
ゲームの男女比もそうなら、施政者の根源的体質もあるだろうし。カリスマ持った女傑がどれだけいるかね。逆に数少ない女性プレイヤーが姫扱いで優遇される可能性もあるけども」
多くはいないだろう、とは思う。
中小ギルドマスタークラスであればトップに立つ女性プレイヤーはいるが、大規模戦闘の指揮官級ともなると、プレイヤーの男女比もあって男性の圧倒的優位だ。
そこまで考えて、ふと思い当たった。
「ねえ、女キャラで遊んでた男とか、男キャラで遊んでた女って、今どうなってるのかしら?」
「あ」
虚を衝かれた、索峰の表情はまさにそれだった。
してやったり、と密かに腹のなかで笑った。
「ゲームキャラ優先で性同一性障害状態になるのか、現実の人格に沿ってコンバートされたのか、それは考えてなかった」
「今までの傾向だと、ゲームキャラが優先して参照されてるんじゃない? どちらかの性別限定装備もあるし、索峰だって狐化凄いし、ゲームキャラの性別になったと考えた方が自然よ」
現実とゲームで性別の異なるキャラクターを動かす人はどこにでもいる。『エルダー・テイル』でもそれは変わらない。
「だとしたら悲劇だな。服はともかく、アバターいじれなくなってるし。この尻尾みたいに」
「外れなくなったんだっけ、その尻尾」
「そう。付け尻尾じゃなくて、実際に尾骨から生えてて、神経も繋がってる気配」
「なおのこと、転移時のキャラ固定準拠っぽいわね。何か姿変える方法あるかしら」
「性別まで変える方法はちょっと思いつかないな。それこそアカウント取り直ししてキャラメイクしないと変えられない部分だし」
「困ったことになりそうね。あたしたちじゃどうしようもないけど」
身内にその該当者がいないので確かめようもないが、解決に動く必要もない。
薄情かもしれないが、そこまで手を回すほど無駄な労力は費やせない。
「それで、夜逃げの準備だっけ? 索峰、なんか余裕ないんじゃない」
「詰みの手筋がおぼろげではあるけど見えちゃったからな。嫌でしょ、抗争に巻き込まれて自由に『遊べ』なくなるのって」
「それはまあ、嫌ね。ギスギスオンラインをまた繰り返したくはないわ」
ましてや生身がある。ログアウトするなりギルドを抜けるなりすれば一時凌ぎや根本的解決に至ったゲーム時代とは違い日々の生活に直結する。
今の生活が良いとは言わないが、まるで関わりのなかった誰かに指図されるようになるのも業腹だ。
「誰かが治政か賢政を行う可能性は?」
「可能性で言えばある。が、ほぼ確実に権力争い派閥争いが先に来るのでお察しくださいとしか。その権力争いが終わるという確証もなく。権力争いが終わって、とりあえずひとつにまとまってから、内政でしょ」
ある程度安定するまで相当時間がかかりそうだと聞いている限りではそう思えた。
「中国人の考え方をそこまで詳しくは理解してないけど、杞憂だと思う?」
そう問われて、あたしは腕を組んだ。
「……杞憂と笑って済ませられるほど反論材料がないわ。凄く、ありえそうな気がする。巻き込まれたくはないわね」
環境に対する発言力は非常に薄弱。
若い女という時点でひとつ障壁があり、
発言を重視してもらえるようなバックを育むほどの材料も知己もおらず、そんなしがらみに囚われて動くのも、それはそれで性分に合わない。
「ただ、夜逃げするって言っても、行くアテもなければ、あたしたちみんな旅に耐えられるのって話もあるんだけど、なにか案あるの?」
「……ノープラン。ごめん。準備は要るってことは伝えたかった」
「呆れたってのはちょっと可哀想かしらね? 備えが必要ってことは認識はしたから。貂ちゃんや王燁ちゃんにはどう伝えるのがいいかしら」
「隠してもしょうがないと思う。こんな予想だから、準備しようでいいと思う。なるべく野宿が辛くないようにはしたい」
「了解よ。準備が無駄にはならないでしょ、多分。夜逃げ関係なく、遠からず街の外に何かを求めて出ることにはなるでしょうから」
この時のあたしの予想は、半分当たって半分達成されなかった。
そして索峰の夜逃げ予想と準備も、半分外れて半分役に立った。
予想よりももっと身近に爆弾が紛れていて、事態は索峰の頭の中から飛び出すことになる。
ギルドウォーは地域と都市の制圧戦。
原作において存在する要素だけど設定は詰まっていない。
よってほぼオリジナルな設定を詰めている。