『ログ・ホライズン』 幻獣記   作:Kaisu

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角端を人化させたところで、獣人枠もマスコット枠も埋まっていることもあり。








ギルマスたちの武装

 燕都(イェンドン/北京)を出て1時間も経っただろうか。

 最初は〈強行軍〉によるバフの加速に振り回され、馬の背にしがみつくような状態だったが、その速度が続くと存外慣れて、姿勢を正し、景色を楽しむこともできるようになった。

 

 慣れの速度差はあれど、他の3人も徐々に背筋が伸び今では皆腰を鞍に落ち着けている。

 でもちょっと腰が痛い。鞍だけでは衝撃吸収の率が良くないようだ。

 

 〈小鬼〉製のバリケードほど直接的な道の封鎖はなかったが、たびたび大型小型モンスターとエンカウントする。その都度角端が先行しては力づくで道を拓けさせたが、中にはそれでも追ってくるモンスターもいた。

 そちらは翠姐(すいねえ)さんが飛刀で麻痺毒をぶつけ、空飛ぶものは索峰(さくほう)さんが騎射で射落している。2人とも無駄撃ちは少なく器用に命中させている。

 

 

 なんだかんだで割り切っているなと郭貂麟(かくてんりん)は思う。

 取り立ててやることもないので、突然先行しては敵を蹴散らし生傷を受ける角端(かくたん)王燁(おうよう)ちゃんを回復するのがもっぱらの仕事。

 王燁ちゃんのMPが切れても角端の暴走が止まらなかったので、MPを回復させる援護歌〈瞑想のノクターン〉はかけ直され〈翠壁不倒(すいへきふとう)〉組のMPは消費速度よりも回復速度の方が上回っている。

 

 

「飛刀とか、矢とか、2人ともこんな移動中なのによく当たりますね」

「ビックリよ。こいつに当てたいって思いながら投げたら、勝手に当たるもの。命中鍛えた甲斐あったわ。ロックオンしてる感じね。たぶん索峰も同じじゃない?」

「こっちはロックオンって感じじゃないなあ。弓向けて、ある程度狙いつけて、ここで今射れば当たる、って時に射れば当たってる。弓なんて現実では触ったこともないけど、不思議と使えるもんだな」

「というか、改めてその武器を弓って言ったら怒られそうよね。ゲームデザインにケチつける気はないけど、楽器武器としても、楽器?ってなるし」

「何回も助けられてるのにそれ言う?」

 

 

 郭貂麟も何度も見たことがある、索峰さんのメインウェポン。銘を〈音叉響弓・遠〉。

 非常に角張った造形で、握りのところのみ縦、上下の反りは直線的、かつ両端に長い音叉がついている。

 弦はなく、使用時に白い魔力の弦が出現するファンタジーデザイン。

 

 射るたびに綺麗ないい音がするが音叉は楽器ではなく調律の道具である。

 厳密には楽器と言い難い鈴や鐘が楽器武器にカテゴライズされているのも見たことがあるので、非常に縛りが緩いというのは知っているが。

 

 大別するとショートボウの括りに入り、〈暗殺者(アサシン)〉〈守護戦士(ガーディアン)〉でも使用はできるが楽器の属性付き。攻撃がヒットした際に援護歌の効果を数秒間強化するため、性能を100%引き出せるのは〈吟遊詩人(バード)〉という性能設定。

 元は〈秘宝級〉で索峰さん自身の〈鑑定士〉で追加効果の付与が行われ、攻撃範囲と射程が伸びて「遠」がついたという。

 

 

 このようなシステム上は複数職で装備できるものの実質特定職専用武器、というのは比較的よく見かける。

 杖ひとつ取っても、単純回復量を増す回復職向け、魔法攻撃力を上げる魔法攻撃職向け、一定以上のMPを一度に消費する際にのみMP消費を抑える大魔法使い向けと性能は千差万別。

 

 翠姐さんが装備している〈幻想級〉2挺斧は索峰さんとは違った方向で強力なもの。

 銘を〈鉄山黒戦斧〉といい、職業によっては両手で別の武器を持てる『エルダー・テイル』において比較的珍しい2挺持ち固定の手斧。

 50cmほどの緩やかに内に反った木製の柄を持ち幅のある半長円状の片刃。ギラつくような黒い刃で、翠姐さん曰く刃の金属部分が異様に重いとのこと。

 

 最高レアリティの〈幻想級〉を冠するだけあって並々ならぬ性能を持ち、手数を稼げる上に1撃1撃も重い、という短リーチを補って余りある火力特化武器。

 加えて特技〈トマホークブーメラン〉や刃物投擲に強烈な攻撃ボーナスがつくという変わり種で、投げ斧としての側面も持ち合わせている。

 崔花翠(さいかすい)=〈黒颱風(くろたいふう)〉の二つ名を賜った理由のひとつであり、この武器を入手したがために、独自の投擲優先ビルドを組むことにしたという。

 

 

 かくいう私は〈製作級〉の〈翡翠油椰子杖〉というワンドで、これも50cmほどの短いもの。

 ヒーリングワンドに属するもので主に回復量を伸ばす特殊効果があるが、先日志したシャーマン型ビルドには向かない。

 

 王燁ちゃんは〈製作級〉の〈赤珊瑚王笏〉。1mほどの金属杖で上部に赤珊瑚が装飾として刻みつけられている。

 というよりも王燁ちゃんの装備全体が赤珊瑚で統一されている。

 防具は前合わせのローブだが所々に赤珊瑚が煌めき、首飾りや腰巻きもつけているがそれもやはり赤珊瑚が付いている。

 

 王燁ちゃんの父親が用意してくれた入門装備がこれで、同時に王燁ちゃんの持つ最強の戦闘装備。

 セットで装備することで魔法系ステータスボーナスを得られる組み合わせで、翠姐さんによれば一式揃えようとしてもそう簡単には製作できないレベルの性能を持つ装備群という。

 その恩恵を受けているのはもっぱら角端の方というのは悲しいところで、角端から降りれず真っ先に敵モンスターに突撃させられているのは、もう哀れとしか言えない。

 

 

「ひゃああ〜!」

 今もまた進路上に敵が現れて、角端が雷撃と悲鳴を体に纏わせ突進していく。

 数えていないが7度目ぐらいだろうか。翠姐さんが馬腹を蹴ってそれを追う。相手は大きな蛇のようだ。

 

 角端が王燁ちゃんを振り回しながら大蛇の顎を雷撃の槍で突き上げる。大蛇の目から火花が散った。

 そこへ翠姐さんが滑り込むように間合いを詰め、斧で更に喉元を斬り上げる。

 押し潰そうと体を波打たせた大蛇から2頭の馬が跳び退り、下がった頭に索峰さんの矢が連続して突き立つ。

 

「索峰、リピート!」

「いつでも!」

「〈オープニングギャンビット〉!」

「〈リピートノート〉!」

「〈オープニングギャンビット〉!」

 

 数にして15個ほどだろうか、翠姐さんが切っ先を向けた先に大量のカード型ターゲットマーカーが付着する。

 〈盗剣士(スワッシュバックラー)〉の必殺技のひとつであり、本来は再使用規制時間が長いそれを、索峰さんが〈吟遊詩人(バード)〉の特技で再使用規制時間を無視して強制的に再発動させる。

 更に索峰さんは大蛇の目の前を横切って翠姐さんから視線をズラすおまけ付き。大蛇の頭部左側面がカードで埋め尽くされた。

 

「からのおおお〈ブレイクトリガー〉っ!」

 索峰さんを追った蛇の側頭部、ターゲットマーカーに翠姐さんが斧を叩きつける。

 瞬間、爆竹を鳴らしたかの如く猛烈な炸裂音と連鎖爆発が起きた。

 それだけで6割近く残っていた大蛇のHPが一瞬で消え去った。その後もまだ爆発が続いておりどう見てもオーバーキル。

 

「おー、この蛇強そうでしたのに」

「大きい相手こそ当てやすいのよ、これは」

 

 結果としては瞬殺もいいところだが、この大蛇、〈地鋼蛇〉と表示された亡骸はかなり厳ついし、鱗も皮も分厚そう。

 私の攻撃でダメージが入る絵が見えない。口外に出ている牙は、郭貂麟の身長を優に超えている。

 観察もそこそこに、倒したと見るや、角端が休みなど与えないとばかりに大蛇の死体を迂回し駆け出す。〈軍馬〉もそれを追いかけて走っていく。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 森や山や荒原を玲玲(れいれい)の背中や首にしがみついて6時間も駆けただろうか。

 さすがに握力がなくなってきた頃、玲玲は見たことのない城塞都市の前で走りを止めた。

 

 モンスターとの戦闘は少なくとも40回はあったと思う。

 郭貂麟(かくてんりん)さんのHP回復と索峰(さくほう)さんのMP回復があったとはいえ、皆無傷ではない。

 メイン火力として奮戦した崔花翠(さいかすい)さんと、サブ火力兼サポートとして全方位に注意を払い続けた索峰さんは、残った数値以上にげっそりと精根尽き果てたといった感じ。

 最後の1時間ほどは出くわすモンスターの強さもかなり上がっており2人は再使用規制時間のやりくりにも頭を悩ませていた。

 

 

 王燁(おうよう)が疲れていないか、と聞かれれば違う。

 戦闘で疲れた2人に比べ、王燁は心臓が疲れた。

 

 暴走ジェットコースター玲玲(れいれい)が、急加速しては見知らぬ強そうなモンスターに王燁の心の準備を待たず吶喊(とっかん)していかれては心休まることがない。恐怖ですらある。

 玲玲は平気なのだろうが、吼えられ睨まれ威嚇され、そこに真正面から向かいもれなく激突するチキンレース。それがどれほど怖いかちっとも理解してくれようとしない。

 

 更には回復した側からMPを使われ移動中常に気だるさが抜けなかった。

 恐怖はあってもいちいち反応する気も失せ途中から嵐よ過ぎ去れと皆が相対するモンスターを倒すのを待っていた。

 それは討伐か逃走を行う際に王燁が思考を放棄しても許されるほどの安定感があったということでもある。

 

 

「地に足着いても体が揺れてる気がするー」

「ちょっとホッとしますね。安心感というか安定感というか」

 角端(かくたん)に騎乗生物から降りることを許され郭貂麟さんがしゃがんで地面を触っている。

 

「来ちゃったなあ、泰山砦……」

 しみじみとも苦々しげとも違う不思議な表情で、索峰さんが通り過ぎた城門と城壁を見上げなにかを考えている。

 泰山砦は燕都(イェンドン)に比べると小さいなと思う規模だが、城壁は燕都よりも頑丈そうに見える。

 周囲のモンスターが強いということも関係しているのだろうか。砦ということもあってか武装した大地人(一般NPC)が多い。

 

 

「で、角端さんはなぜここにあたしたちを連れて来たのかしら?」

 

 返事は謎の行動だった。

「ひょわ!?」

 玲玲が王燁の襟首を噛んで持ち上げ、崔花翠さんに押し付けるように動かして、降ろした。

 そのついでとばかりに索峰さんをひと睨みすると玲玲は今来た道を駆け戻っていく。

 

「は?」

 

 索峰さんの疑問符はここにいる4人全員の総意だった。

 理由もわからないまま連れて来られて、説明もないまま主人もろとも街放置。

 意味がわからない。

 

「なにがしたいんだあいつは!」

 数秒の沈黙の後、索峰さんは怒鳴りつけるように怒りを口にした。

 王燁ですら意味不明さに困惑と怒りを覚えるぐらいなのだから、誰だって怒りのひとつも湧くだろう。

 

「玲玲がごめんなさい……」

「次会ったとき絶対張り倒す」

「気持ちはわかりますけど、王燁ちゃんもこれは被害者ですよ、ね、索峰さん抑えて抑えて」

「いや、あたしも1発入れないと気が済まないわ。王燁ちゃんには悪いけど。ホントなに考えてるのよ」

「あぅ……」

翠姐(すいねえ)さんまで……」

 

 巻き込んでしまっただけに居心地が悪い。

 その正当な怒りがこちらに向けられた時には返す言葉がない。

 召喚生物を抑えられない王燁の不手際でもあるだけに。

 

「切り替えていきましょう、ね? とりあえずお昼ご飯とかどうですか?」

 そんな空気の悪さを感じてか、郭貂麟さんが話を変えにかかる。

 曇っているが影の小ささから太陽はほぼ真上にあるようだ。

 

「まあ、いいけど。索峰、なにか食べる物ある?」

「あるけど、さすがに食べ歩けるものはないな。切ってない皮剥いてない。どこか腰落ち着けられる場所探さないと。まさか街中にゴミ捨てながら歩くわけにもいかないし」

「じゃあ、街歩いて市場か宿場探しましょうか。燕都(イェンドン)に帰るにしても、今日はもう移動したくないわ……」

「もう疲れたよー」

「私も……。腰と足に違和感が……」

 

 

 非戦闘状態になったのでHPとMPは戦闘状態に比べかなり早い速度で自動回復を始めている。

 それでもMPを吸われ続けて引き起こされた体を覆う倦怠感と体の重さは消えないし、疲れのようなものが残っている。

 崔花翠さんの提案に従って、街の中心部に向かって大通りを歩き、民家や街の人の様子を眺めながら移動した。

 〈冒険者〉が見事に誰もいないにも関わらずどこか落ち着きのない雰囲気を感じた。燕都での細かいトゲのあるような雰囲気とは違い、雨の前のように空気全体が重い。

 

 

「ところで、角端が王燁ちゃんを持ち上げたのって、なんの意味が込められていたと思います? 私には、王燁ちゃんを任せた、って感じに見えましたけど」

「あたしにとっては押し付けられた、とも。ねえ王燁ちゃん、角端との繋がりはまだあるの? それとも、野に帰った?」

 

 言われて特技一覧のタブを開く。

〈従者召喚・角端〉〈戦技召喚・角端〉の文字はまだ残っており、王燁から特技を起動できないことも含めて変化はなにもなかった。

 

「まだ玲玲と王燁は繋がってる」

「じゃ、戻って来るつもりは一応あるんですかね?」

「いつ帰って来るかはわからんがなあ」

「玲玲すぐに戻って来る?」

「んー、そう長く王燁ちゃんから離れるつもりはないんじゃないかしら、勘だけど。

 あれだけ懸命に王燁ちゃんを守っていたのが、たかだか数日一緒にいただけのあたしたちに長い時間子守を任せるとは思えないのよ。索峰はまだ信用されてないみたいだったし」

 

「そういえばまだ睨まれてましたね、索峰さん」

「進んで角端から信用を得ようとは思わんがな。こっちだって信用に値する行動を示されてないんだ」

 今日の暴走行為で散々怖い目に遭わされて、王燁も玲玲への信頼がやや薄まっている。

 

「ちょっと出かけるから王燁を預かってくれ、ってところですかね、翠姐さんの勘を根拠にするなら」

「ちょっと、なことを祈るばかり。普通、いつ帰るか伝えるわよね?」

「言葉通じませんし。今更ですけど」

「そうでなくても身勝手が過ぎるからイライラしてるんでしょうが」

「玲玲が本当にすいません、すいません」

 

 王燁がワガママで言うことを聞かなかった時の母様は、よくこんな不機嫌さだった。

 全てではないが、怒りの一部分がこちらに向けられているのがわかる。

 火種を持ち込んだのがわかっているだけに王燁には謝ることしかできない。不用意な返事をするのはより機嫌を損ねることが多かった。

 

 

 好意で受け入れてくれただろう3人にこの状況の予想と心構えはなかっただろう。

 それらの事情の変化に王燁が出せるものはない。

 王燁は我慢強いと思う。でもみんなが同じ我慢強さではないし理不尽な出来事には我慢の限界が早い。

 悔しさより、申し訳なさが辛い。

 3人の輪に入っていけるほど互いに理解もなく、王燁を理解しても事態の変化になにひとつ影響がない。

 

 全てにおいて、あまりにもなにもなかった。

 お荷物程度のマイナスですらない。もっと重いなにか。

 だからと言って捨てられると、1人で生きていける自信もない。

 玲玲には怒りもある。だが、一行の主導権を握っている玲玲の早い帰りを待ちわびてもいる。

 

「お願いだから、早くしてね」

 誰に聞かせるでもない小さな呟き。

 玲玲が帰ってくるまで、この居心地の悪い空気を、王燁は我慢しないといけない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 宿を見つけ、蜂蜜をたっぷり溶かした甘い湯を飲んで腹を落ち着かせて、昼食と夕食になる分の果物を分配し、街から出ないことを取り決めて、そのあとは思い切って朝まで丸ごと自由時間にした。

 角端(かくたん)が戻ってこないことには動けず、なにかしなければいけないこともないので、どんぶり勘定のゆるゆる予定の方がいい。

 

 怒りの鎮まらない崔花翠(さいかすい)は昼寝を決め込んで部屋に引きこもり、郭貂麟(かくてんりん)王燁(おうよう)の両手に花に引っ張られるように泰山砦の広くはない城下町を見物した。

 索峰の役割は財布として。

 

 

 歳が若いからなのか、単純に馬が合うのか、王燁と郭貂麟はそれなりに打ち解けているように見えた。

 魔法職と回復職ながらどちらも召喚生物を扱い、かつ郭貂麟は魔法攻撃に主眼を置こうとしており、王燁は角端の能力で強化も回復も担当できると、奇妙な方向性の一致が起きている2人。

 装備面で話が合い、これはどうだあれはどうだと、土地柄か燕都よりも充実している大地人(NPC)武具店で話に花を咲かせている。

 

 あえてその会話には参加せず、金は出す宣言だけして自由意志を尊重した。

 こういうのは装備を考えている間が1番楽しい。

 空いた時間で初日以来になる梅石との念話を行ったが、お互い目新しい話はなかった。

 

 武具店を出た時には、郭貂麟の装備が新調され前のものに比べ3段階ぐらい一気に性能が向上しており、索峰の財布に容赦のないダメージが入ったが必要経費(コラテラルダメージ)ということにする。

 新調しなければ泰山周りでの戦闘には力不足が明らかだった。

 

 王燁の赤珊瑚装備一式も1段階強化された。クリムゾンレッドの鮮やかな色彩を見ていると、そりゃあ現実世界で赤珊瑚の密漁もされるだろうと思う。

 こちらの強化には、索峰の持っていた汎用高レベル素材が結構な量の贄と化した。

 索峰自身の装備はもうゲーム時代にほぼ完成しており、素材を持っていたところで当面使う予定もなかったが。

 

 

 索峰がやったことは特殊矢の購入だった。

 〈火薬炸裂矢〉〈麻痺矢〉〈毒矢〉などオーソドックスなものは消費量が半端ではないし、ハイエンドで使う〈壊毒矢〉〈重撃矢〉〈硫酸爆撃矢〉ら高価な矢でもこまめに補充しないとあっという間に尽きる。

 

 ただでさえいつなにが必要になるかわからない現状。

 〈音叉響弓・遠〉による射撃が戦闘スタイルの第1選択なので生産ではなく購入で済む種類の矢弾は多く備える必要がある。

 ゲーム時代のように足りなくなったら街で買い直してさっさと再出撃、とはいかない。

 

 プレイヤー商店か高レベルの矢調合が可能なサブ職業持ち〈冒険者〉による調合及び製作を伴う矢は店売りのものより更に強力だが、備蓄してある分はほぼ封印することになる。

 身内に強力な矢を生産できるサブ職業持ちはおらず、補給手段も確立されていないので、最悪2度と手に入らない可能性すらある。素材さえあれば半永久的に入手可能だった頃とは違うのだ。

 

 

 店売り品だけでは最大火力が3割ほど落ちる。

 しかし索峰が備蓄してある〈冒険者〉製の矢は固定砲台として撃ち続ければ30分で全て使い切るだろう。よほどの相手でなければ温存しなければいけない。

 そのよほどの相手が散見されるのが泰山の周辺のモンスターゾーンでもあるので頭が痛いのだが。

 もちろん第2選択として近接武器も用意はしてあるし、特技の習熟度も上げてちゃんと扱えはするのだが、どうも干戈を交える接近戦はゲームの頃から肌に合わずプレイヤースキルとして劣る。

 

 矢を補充して今更ながらに気付いたが、ゲームの頃との大きな違いとして、トレード不可と譲渡不可のアイテムの縛りが非常に緩くなっていた。

 

 これはこれで当然なのか、とも思う。

 ごく最近ゲーム内では〈蓮子(ハス)マンドラゴラの実〉を集めるイベントがあったが、このアイテムは譲渡不可だった。

 実を集めて特典アイテムに交換するというもので、イベントの都合上譲渡されては困るのでプレイヤー間の譲渡不可になっていた。しかしシステムメタ的には無理でも現実的には手渡しぐらいできるはず。

 

 そんなシステム上の制約は概ね取り去られたらしく、素材や消耗品をざっと見た限りでは譲渡ができないものは見当たらなくなっていた。

 しかし武具は相変わらず譲渡できるものできないものがきっちり設定され、システムとして生きている。

 

 ものは試しと、譲渡不可の秘宝級〈音叉響弓・遠〉を郭貂麟に持ち去らせようとした。

「ふぐぐぐぐううぐぐぐ」

 結果、索峰の腕から1メートルと離れない位置で、〈音叉響弓・遠〉はピクリとも動かなくなった。

 

「なにこれおもしろーい!」

「謎だなあこれはまた」

「どういう仕組みなんでしょうねー」

「思いっきり吹っ飛ばされても武器を手放さないゲームの謎現象の再現、か?」

「確かにそれは謎ですよね」

 検証と研究に力を割けないが、なんとなく、面白そうなことが隠れていそうなことではあった。

 

 

 武具屋を巡り、工房を覗き、露天商を冷やかし、日用品を買い足し、それなりに目を凝らして〈冒険者〉の姿を探したが、燕都(イェンドン)と違って〈冒険者〉の姿は皆無でまだ誰もここには到達していない様子。

 そのため燕都では品切れ高騰に晒された果実類はまだ豊富に残っており、本来の目的であったうちのひとつは達成され少なくとも食の心配は先延ばしにできた。

 肉や魚を食べたいとも思うが、街が違うならとダメ元で買った串焼きステーキは案の定味がせず欲求を満たすには至らない。

 

 主食となりそうなものは発見した。

 発端は果物を買い込んだ店の向かい正面が落花生や松の実などを売っている店だったこと。

 郭貂麟がひまわりの種を好物としており、索峰が果物の価格交渉している間にそちらに吸い寄せられて、非加熱なら味がするらしいという経験則に基づいて、生のひまわりの種なら味がすることを発見したのだ。

 

 索峰にとっては思考の外もいいところだった。ナッツ類はローストするもの、炒る煮る焼くがどこかの過程に加わるものだと思っていた。

 ひまわりの種が中国では好まれることも知っていたが、市場で見かけるのは炒ってスパイスや塩で味付けしたものだった。

 実際、味がするのは生のひまわりの種だけで、この世界においてはやはり炒ったものは味がしない。落花生も炒るか蒸す過程を挟むのか同様。

 

 

「じゃあ生栗なら大丈夫じゃ?」

「え? 食べるの?」

「え? 食べますよね?」

「え?」

「え?」

「王燁は食べられるよ?」

「え、食べられないの自分だけ?」

 かなり大きなカルチャーショック。栗は焼くなり蒸すなりするものだと思っていた。

 どうもこうも焼き栗である天津甘栗の印象が強すぎたらしい。

 

「火を通してないのが欲しいなら、殻付き胡桃もそうだがね」

 非加熱のものを探していると気付いた店主の親父に言われて『くるみ割り人形』の童話を思い出す。

 くるみ割り人形は、生胡桃を割って食べるためのものだったと。

 

「あー、言われてみりゃ確かにそりゃそうだ。日本でもオニグルミ食べるじゃん。なんで思いつかなかった田舎育ち」

 

 どこに食生活改善の糸口があるかわからない。

 とはいえ、この日の収穫はこの程度。

 他の〈冒険者〉が不在で多少気が楽だが、代わりに同じ境遇である〈冒険者〉による新たな発見にも触れられないということでもあり。

 

 燕都が荒れるにせよまだ利用価値はあると思っているし、この騒動が終われば燕都には戻らなければいけないと思う。できるならこの街にでも逃げ場を用意してから。

 そんなしがらみを考えるよりも、もっと別の流れに自分たちが乗せられていることを角端が連れて来た男によって知る




書いてた時の3話終了。


泰山砦および泰山のもろもろはオリジナル設定。
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