「いかんな……」
水晶に映る光景を見て三代目火影猿飛ヒルゼンは重々しく口を開いた。
アカデミーの卒業式と教師達との会議を終えようやく執務室に戻ってきた三代目の耳に入った報せは衝撃的なものだった。
九尾の人柱力であるうずまきメンマが起こした禁術の書の盗難。
大人しく気が弱い少女が突如起こした大問題はにわかに信じ難かったがすぐさま人を集め捜索を命じ自身も水晶を使ってようやく見つける事が出来た矢先の光景に三代目は頭を抱える。
水晶にはボロボロのうずまきメンマとうちはサスケそしてクナイを片手に笑ってるミズキの姿が映し出されている。
「ミズキめ喋りおって…それにこのままでは二人が殺されてしまう」
上忍の誰かを向かわせるかと考えた三代目だったがすぐに首を横に振る。
そんな暇はない。今すぐに向かわねば取り返しのつかないことになる。
それもよりによってあの二人。
共に里のために尽くしてくれた男達が遺したかけがえのない子らだった。
「頼む間に合ってくれ…!」
三代目火影は着の身着のまま執務室の窓から飛び出し森を目ざして駆け出した。
▼▼▼▼▼▼
「切磋琢磨してきた仲間を間近で引き裂かれた忍がいた。恋人が死んでいく様を見つめるしかない者がいた。家族の待つ家が跡形もなく吹き飛ばされた男がいた。変わり果てた我が子の亡骸を受け取るしかない親がいた。親が自分を庇って瓦礫の下敷きになったのを目の当たりにした子どもがいた」
ミズキの口からかつての悲劇が語られていく。
サスケは先程ミズキの発した言葉がいまだに信じられずにいた。
思わず当のメンマに目を向けるも彼女は凍り付いたように俯いて動かない。
「お前が庇ってたのはそんな化け狐の成れの果てだ」
改めて言われた言葉は事実を突きつけるものだった。
「四代目火影は生まれたばかりのコイツに九尾を封印した。その時からコイツは里中から厄介者扱いされてんだよ。なんせいつ封印が解けるかも分からないガキがのうのうと里で暮らしてんだからな」
サスケの脳裏に先程の里の様子が蘇る。
これまでのメンマに対する里の大人達の憎悪とも取れる接し方と目の前にいる彼女の様子がミズキの言葉をどうしようもないほどに裏付けた。
「お前はそんな化け狐を!里の連中の仇を!馬鹿みたいに命懸けで守ってたんだよっ!ほんっとマヌケすぎて笑っちまうぜ!」
ギャハハハハとミズキ続けて笑い出す。
サスケが言葉を発せられないでいる中、メンマが震えながら口を開く。
「……ごっ…ごめん…なさいっ…ごめんなさいっ…ごめんなさいっ!」
「ッ!」
突如、サスケの心がざわつく。
「…うるせぇよ」
突如沸いた怒りはあっという間に沸点を超えサスケの口は気付かぬ間に動いていた。
怒りに震えた声はミズキの嘲笑とメンマの謝罪を同時に止めさせる。
「関係ねえんだよ…」
「…あっ?」
「化け狐の容れ物だとか、里の仇とかどうでもいいつってんだ」
サスケの脳裏に過去の兄との会話が蘇る。
『シスイが邪魔をして俺と修行ができない?』
それは幼くまだ兄を慕っていた頃の記憶だった。
不満げに口を尖らす幼少の自分に兄は困ったような笑を浮かべて頭を撫でる。
『そういうなサスケ。いつかお前にもできるさ。同じ痛みを分け合い、互いに支え合えて、共に強くなっていける友人が』
当時は兄の言葉の意味なんて分からなかった。
納得のいかないままに食い下がり、いつものように謝罪の言葉と共に額を小突かれて過去の憧憬は霧散する。
今になって兄の言葉の意味がようやく理解できた。
記憶の中の感触を確かめるように額を触り、まっすぐミズキとその先にいるメンマを見据えて口を開く。
「里のヤツらがなんて思おうが俺にとってのうずまきメンマは、はじめての友人だ」
口にした途端、再び兄の言葉が脳裏によぎった。
『万華鏡写輪眼。…この眼を開眼する条件は最も親しい友を殺すことだ』
『この俺を殺したいのなら、恨め!憎め!そしていつか俺と同じ同じ眼を持って俺の前にこい』
忌まわしい記憶だ。一族の仇をなんとしても討たねばならない。
ならばサスケは、
「だからもう二度と俺の前で大切な人を殺させはしないっ!」
脳裏によぎった言葉を否定するようにサスケは叫んだ。
一族の仇は必ずとる。
けれど目の前のミズキや親友すら手にかけた兄ように力を手に入れるために他者を蔑ろにするような外道に落ちるつもりは毛頭無い。
「……ハッ!嫌われ者同士気が合うってか!」
「へ、言ってろよカスが。それとも羨ましいってか?お前友達いなさそうだしよォ?」
嘲笑に嘲笑を返すサスケ。
全身ボロボロでもうほとんどチャクラも残ってないがそれでもサスケは立ち上がって口元を吊り上げた。
「羨ましい?んなわけねーだろ!あんな低脳だらけな連中こっちが願い下げだ!俺の足を引っ張りやがったから任務が失敗するんだ!だってのに上層部の連中は俺に責任を被せてアカデミーの教師をやれとよォ?俺の実力を正当に評価しない奴らなんざ眼中にねぇんだよ!」
「…ケッ眼中にねえってのに評価されてぇのかよ。イキがってねぇで身の丈にあった仕事しやがれ」
「……殺す」
これまでとは打って変わった低い声でミズキは呟く。
その瞳には今までに無いほどの殺意が煮えたぎっていた。
ポーチから取り出したクナイを震えるほどに左手で握り締めたミズキはゆっくりとサスケへと近づいていく。
そして身構えるだけで動けずにいるサスケにクナイを振り上げたその時、
「がッ!」
大きく跳ねたメンマが空中で振り上げたミズキの手を蹴り上げクナイを弾き飛ばした。
「っ!このクソギツネがぁっ!」
「影分身の術!!」
怒りのままに叫んだミズキへ間髪入れずに術を出す。
ぼふんっと白煙と共に現れたのは二人のメンマだった。
そのまま現れた二人はミズキに跳びかかり、その隙にメンマはサスケを抱え森の奥へと姿を隠す。
「おまえっ…今のは?」
身を隠した茂みの影で息を切らしながらサスケは隣のメンマに尋ねる。
影分身と言ったか、先程メンマが使った術はアカデミーで習う分身の術とは明らかに異なるものだった。
通常、分身の術は実体のない分身体を作り相手を惑わす術だがメンマの分身は実体を持っていた。
「巻物に書かれてた術っ…さ、さっき…やっと出来るようになったんだってばねっ…」
同じく息を切らして答えるメンマに思わずサスケは歯噛みする。
メンマは巻物を盗んでからのほんの数時間で新たな術を会得したのだ。
それに対して自分はどうだ?
新たな術を会得しようと何日も修行を続けているが未だに成功していない。
それだけではない。
ミズキに手も足も出なかった。
先程の窮地を脱せれたのもメンマの新たに覚えた術のおかげだ。
あれがなければ間違いなく殺られていた。
だからこそ焦りがサスケの中に募っていく。
(どうすれば…どうすればもっと強くなれる…)
「ねえ、サスケくん」
メンマに声をかけられサスケはハッと我に返る。
そうだった。今はそれどころじゃない。
一時の窮地は逃れたとはいえ今はまだ気を抜いていい状況では無いのだ。
「どうした?なにかいい作戦でも…」
思いついたのか?と続けようとしたところでサスケの口が止まる。
ふいにトスンと肩に重みが預けられたからだ。
「お、おい…メンマ…?」
「……さっき言ってくれたこと。ほんと…?」
震えた声で不安げにメンマが尋ねた。
メンマが言ってるのはミズキに向けて言い放ったセリフのことだろう。
「チッ、あんな小っ恥ずかしいこと何度も言えるわけねーだろ」
「あっ…うん、ごめん。でも…すごく嬉しかった」
夜の森に先程とは打って変わった静かな時間が流れる。
「あのね、サスケくん。私今日って最悪な日だって思ってた。試験にも落ちて、ヤケになって騙されてるのにも気付かずに馬鹿なことしちゃって、サスケくんも巻き込んじゃって人生最悪な日って思ってた」
「けどサスケくんが見つけてくれて、守ってくれて、助けてくれて…友達だって言ってくれてすごくすっごく嬉しくて、最悪な一日のはずだったのにサスケくんのおかげで今日が一番嬉しい私の人生で最高の日になったってばね。だから」
肩に乗った重みが消える。
月明かりに照らされたメンマは決心したように前だけ見つめていた。
「おい、なに考えてやがる…?」
感じた嫌な予感に応えるようにメンマが立ち上がる。
サスケを見下ろす彼女の表情は悲しげな微笑みを浮かべていた。
「ありがとう、サスケくん。でもやっぱりサスケくんだけでも逃げて。時間は私が稼ぐから」
「ふざけんな!アイツは中忍だぞ!?お前一人でなんとかなる相手じゃねぇ事くらい分かるだろ!?」
気付かぬ間にサスケも立ち上がりメンマの手を咄嗟に取っていた。
「…うん。でも私にはまだチャクラ残ってるから……きっと大丈夫だってばね!それにサスケくんが里に戻って大人の忍を連れてきてくれたらミズキも倒せるだろうし!逃げ回りながら時間稼ぎするだけだってばね!!」
強がりだ。自信ありげな口調と裏腹に小さな震えが握ったメンマの手から伝わってくる。
「…きっと大丈夫だから。ね?だから離して、サスケくん」
メンマの言葉に反してサスケは握った手に更に力を込める。
「くっ…何度も言えるわけねぇつったろうが…!俺は……もう二度と大切な人を失いたくねえんだよ…」
「ッ!うん。ありがとう…でも」
サスケの口から絞り出された言葉にメンマは息を飲む。
けど、だからこそ、それはメンマにとっても同じことだった。
けれど続けようとした言葉を遮るようにサスケは口を開く。
「いいか、里に帰る時は二人でだ。それで明日から一足先に下忍になった俺がお前の修行つけてやるよ」
「サスケくん…」
その光景を思い浮かべてしまう。きつい修行もサスケと一緒に出来ればきっと楽しくできるだろう。
「飯も一緒に食えるし、買い物だって付き合ってやる!それに俺だって家族がいないから日が暮れても一緒に居てやれる!」
「サスケくんっ…!」
やめてと言わんばかりに震えた声をあげるメンマ。
その光景を思い浮かべてしまうとせっかく固めた決意が揺らいでしまう。
けれどサスケはお構い無しに言葉を続けた。
「今日が最高の日だとかつまんねえ事言ってんじゃねぇウスラトンカチ!まだ何もしてないだろうが!これからだってのに勝手に終わらせてんじゃねぇ!」
サスケの叫びが森にこだまする。
ふいにサスケに掴まれたメンマの手のひらに水滴が落ちた。
「あれ…?なんで…?なんで…わたし……絶対に…絶対に…泣かないって…決めたのに……」
ポロポロと溢れ出る涙を空いた片手でメンマは必死に拭う。
しかしそんな行為とは裏腹に涙はとめどなく溢れてくる。
「……二人で、帰るぞ」
「うん……うん」
ようやく涙が止まった頃、サスケは一言だけ告げる。
その言葉を噛み締めながらメンマは小さな声でもしっかりと頷いた。