ちかなんとーーー。   作:黄昏虎おじさん

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中編

夢を見ている…。

昔の情景…。

 

幼日に聞いた童話が聞こえる…。

人魚姫…。

どんな話だったっけ…?

声が聞こえるそれが、人魚姫の物語だということはわかるのだけれど。

まったく何を言っているか、聞こえてくる言葉が理解できない…。

どんな物語だったかを思い出すことも…できない。

 

カナン「…っ…うぅ…。」

 

徐々に感覚が曖昧になって…。

現実へと引き戻されて行く。

あまり気持ちのいい起床ではない…。

 

カナン「…れ…?ひぁ…なん…。」

 

感覚がはっきりとして行くにつれて、日が高く上っていることに気づき…認識する。

 

カナン「えっ!?今何時!?」

 

時計を見るも、すでにバイトの始業時間の5分前になっていることに気づく。

 

カナン「やっば!!」

カナン「バイト…はぁ…間に合わない…。昨日そのまんま寝ちゃってるし…あぁ…。」

カナン「とりあえず、電話しなきゃ…。」

 

初めてバイトに遅刻した。

急いで支度して、家を飛び出して。

ーーバイト先へ着いた。

 

店長「いやー、珍しいこともあるもんだね。君が遅刻するなんて。」

カナン「本当にすみません…。」

店長「遅れたものは仕方ない。」

店長「息切らしてやってきたりして…、家の鍵とかちゃんとしめてきたかい?」

カナン「は、はい…たぶん。」

店長「遅刻してもそんなに急いで来なくていいからね。急いで何かあってもいけないから。」

カナン「はい、わかりました。」

店長「そんなことより!」

カナン「?」

店長「見てよ!アレ!」

カナン「え?」

 

店長が指差す先には主人公がいた。

 

カナン(げっ…主人公君…。)

 

昨日の出来事からなんとなく意識をしてしまっているのだろう。

頬が赫らむ。

店長に勘ぐられないようにと、必死でそれを抑えるつもりで。

…しかめっ面になった。

 

店長「今日ね、あの子ずー…っとああなんだ。」

 

よくよく見ると主人公はまるで、魂が抜けているかのようにホールで棒立ちしている。

 

カナン「…なんですか…あれ。」

店長(あれ?怒ってる?気のせいかな?)

 

思い当たる節があるのだが…今は言えない…。

 

店長「どうしたのかなぁ、彼。」

店長「失恋…とかしちゃったとか?」

カナン「っ!?」

 

成就したんですが…とは言えない。

 

カナン「休ませたりとか、今日は返したほうがいいんじゃないですかね…?」

店長「いやぁ…彼の様子が面白いからついつい…、彼もいつもはテキパキと働いてくれる子だからねぇ…。」

店長「さて、今日は何か起きるのかな?」

 

カナン「さっ…さぁ…?」

 

店長「まあそう言うわけだから、彼にちょっと戻って休むように言ったげて。」

店長「それであとはいつも通り、よろしく!ね?」

カナン「は…はぁい…。」

 

気後れするなぁ…なんて思いながらカナンは主人公の元へと近寄る。

 

カナン「お、おはよ…。」

主人公「あ…おはようございます。」

 

顔を合わせてお互いに沈黙する。

これじゃいけない、そう思ってカナンはいつも通りを装って。

 

カナン「店長が戻って休めってさ。」

主人公「…え?」

カナン「君があんまりボーッとしてるから。」

主人公「あっ…あぁ、はい。」

 

言われた通り戻りかけて、主人公は顔も合わせずカナンに言葉をかける。

 

主人公「…遅かった…ですね。」

カナン「え?あ、あぁ…遅刻しちゃって…ごめんね。」

主人公「珍しい…ですね。」

カナン「君こそ…。」

 

その後はなんとか普通に仕事を済ませた。

いつもならこの後、2人は英語の”講義”をするのだが…今日はと言うと。

いつも仲良く話してる2人が妙によそよそしくして、特に会話も交わさず帰ってしまった。

 

店長「…」

店長「本当に何か起こるかもしれないな…今日は…。」

 

 

家路を歩むカナン。

 

カナン「はぁ…。」

 

昨日の一件で、お互いに好きあっていることを伝えて、キスをして…恋人になったのだろう…。

…だと思うのに、なぜだろうか。

彼に声をかけるのが怖いような。

そんな気持ちがある。

 

カナン「なんか…、なんだろうなぁ…。」

 

初めての恋…戸惑っているのだろうか…。

彼の気持ちがわかったからこそ、どうしていいのかがわからない。

 

カナン「付き合い始めた、ってことでいいんだよね。たぶん…。」

カナン「だったら、次は何をすればいいんだろ…。」

カナン「付き合った2人がすること…。」

 

デート…?

 

悶々と妄想が湧き上がってくる。

あんなとこへ行って…こんなことをして…。

思い浮かぶそれを繋げて紡いで…

 

カナン「あぁーっ!!ダメッ!!」

 

顔を真っ赤にしてつい声が出た。

幸い人通りの少ない道だったため、辺りを見回しても特に人影はなかった。

…ホッとする。

 

カナン「でも、デートかぁ…。」

 

似たようなことは…というか。

水族館に行った、ああいうの。

アレがそのまんまデートじゃないか。

そう思ってカナンは、主人公を誘おうとメッセージを送った。

 

カナン「…。なんて打とっか…。」

 

カナン[やっほ]

カナン[今日はなんかよそよそしくしちゃってごめんね]

カナン[昨日は眠れた?]

 

カナン「…とりあえず返事待ってみるかな…。」

 

家に向かって歩いて、途中でスーパーに寄ってお弁当を買って帰る。

いつもはそれなりに料理をしてみたりするのだが、今日はあまりそういう気にもならない。

 

部屋に着く、いつも通りの部屋。

ーー昨日はそうは思えなかった。

 

ティロリン♪

 

メッセージだーー。

 

主人公[僕も今日はなんだかうわの空で]

主人公[お互い様じゃないかな]

主人公[昨日はあんまり眠れなかったよ]

 

カナン「私はぐっすりだったけどね…。」

 

カナン[そっか]

カナン[ところで]

カナン[昨日のことだけど]

カナン[私たち付き合い始めたってことでいいよね?]

主人公[うん]

カナン[よろしくね]

主人公[こちらこそ!]

 

カナン「…ふっ♪」

 

カナン[じゃあさ]

カナン[今度デートしない?]

カナン[初デート!]

主人公[デート♡]

 

カナン「気持ち悪いよ…ふふっ♪」

 

カナン[キモい]

主人公[ひどい]

カナン[また水族館行かない?]

主人公[イイネ]

カナン[いいところ教えてよ]

主人公[ワカツタ]

カナン[ワカツタ]

主人公[ーー日なら空いてるから]

主人公[その日でいいかな?]

カナン[うん]

主人公[場所決めたらまた連絡するね]

カナン[ワカツタ]

主人公[ワカツタ]

 

これでよし。一息ついて日常を思い返す。

ご飯を食べて、お風呂に入ってーー。

いつも通りを反復してその日を終えた。

 

 

ーーー。

 

 

あのメッセージからしばらく。

デートの日を迎えて待ち合わせ場所へと向かうカナン。

 

カナン「ちょっと気合い入れすぎちゃったかな。」

カナン「時間ギリギリかも…。」

少し早足で歩く。

 

待ち合わせ場所が見えたそこには、主人公が待っていた。

急いで駆け寄って。

 

カナン「ごめん、待たせちゃったね。」

主人公「ううん、僕も今来たところ。」

 

月並みな言葉を交わすも、お互いに少し顔をそらして。

…意識している。

チラリ、チラリと主人公はカナンを見る。

いつもポニーテールにしているカナンが髪を下ろしている。

服装も、ちょっといつもとは違う雰囲気だった。

 

主人公「髪…おろしてるんですね。」

カナン「あ、うん…。」

主人公「…その。かっ…かわ」

主人公(いいですね…。)

 

モゴモゴっと尻すぼみな声は搔き消える。

半分くらいしかまともに聞こえなったが、だいたい内容は伝わったらしく。

カナンは顔を真っ赤にしながらも、小躍りし始めそうなくらい喜んでいた。

 

カナン「あ…ありがとう…///」

 

メッセージではなんとなくやりとりができるのに。

いざ面と向かうとうまく行かない2人。

 

主人公「じゃあ、水族館あっちなんで。」

主人公「…」

 

カナンの手を凝視している主人公

一方カナンはと言うと、顔を真っ赤にして悶々と、それどころではない様子。

 

主人公「…い、行きましょうか。」

カナン「…うん。」

 

ゼンマイを巻いたブリキ人形のように歩く。

そんな調子で今日は一日、砂糖菓子のように甘い2人の関係…というよりは。

うまく噛み合わない歯車が軋み音を上げているように。

ギスギスとした距離感を保っていた。

 

 

ーーー。

 

 

カナン「うまく行かない…。」

 

帰り道。

デートの最中、終始悶々としていたことを後悔する。

 

カナン「変に意識しすぎてるのかな…」

 

今日1日を思い返す…

 

ーー。

 

売店でソフトクリームを買った時。

定番シチュエーションというやつだ…。

 

彼が頬にソフトクリームを付けていたので、

そこへ手を伸ばそうとしたら。

 

ーー彼の唇が目に入る、視線が合う。

真っ赤になったカナンはサッと手を引っ込めて。

主人公「?」

カナン「クリーム…、ついてるよ…。」

主人公「あ…、ありがとう…。」

 

ーー。

 

思わず、ガードレールへと寄っかかるカナン…

 

通行人「!?…あの、お姉さん大丈…」

カナン「うわっ!だっ…大丈夫です〜。」

 

駆け足で逃げていく。

 

カナン(私は…少女漫画の主人公かっ…!)

 

 

ーー家に着く。

 

カナン「はぁ…。」

カナン「…なんかため息ばっかり。」

 

スマートフォンを取り出す。

デート…うまく行かなかったな…。

そんなふうに思いながら…。

デートも、誘うところまではうまく行ってたのに…。

…誘うところまでは…。

 

カナン「そうだ…メッセージなら。」

 

カナン[今日はありがとう]

カナン[楽しかった!]

 

返事を少し待ってみる。

まだかな…まだかな、と。

 

主人公[僕も楽しかった]

カナン[よかった!]

 

パッと笑顔になるカナン

カナン「あ、そうだ」

 

カナン[せっかく付き合い始めたんだから]

カナン[デートとか]

カナン[バイト以外では]

カナン[デスマス言葉禁止!]

主人公[デスマス]

カナン[デスマス]

主人公[わかりました]

カナン[禁止!]

主人公[わかったー!]

 

カナン「ふふふっ♪」

 

なんとなく素直に話せる気がして、しばらくメッセージを送っていた。

ああ、やっぱり彼が好きーーー。

そう思うと彼に会いたいと思えてくるのだが。

 

カナン「…さっきまで会ってたのに…。」

 

モヤモヤしてきた。

ベッドに飛び込んでジタバタもがいて。

…恥ずかしくなって。

 

カナン「水の中に沈められてるみたい…。」

カナン「息苦しいなぁ…。」

 

 

ーーー。

 

 

あれからしばらく。

何度かデートに行くこともあったが。

今ひとつ2人の間の隔たりは解消されず。

いよいよ、そんな妙な距離感に疲れを感じていた。

 

ある夜、ため息混じりに思い悩むカナン。

ついにカナンの頭の中では。

恋人という関係は、2人の間には必要なかったのじゃないかと。

そんな考えが浮かんでいた。

 

思いの外行動に移ることは早かった。

主人公をメッセージで呼び出し、近くの公園へ。

 

デートの時、主人公と合うのにはいつも気合の入れた格好をしていたが。

今日は少しだけラフに…。

どちらかというと付き合い始める前と同じような雰囲気で主人公と会うことにした。

 

日中はまだ暑いこの季節でも、夜は少し涼しくて。

一人夜闇の中にいるのは、少し寂しくて。

人肌恋しい…そんなふうに思いながら待っていると。

一人の人影が近づいてきた。

 

カナン「やっほ、急に呼び出しちゃってごめんね。」

主人公「いいよ、僕も…なんか会いたかったし。」

カナン「え?そ、そっか?」

 

そこまで言って2人はなんとなくいつものようにギクシャクしてしまう。

お互いに少しだけ目をそらして…。

 

カナン(あー、別れ話持ち出すつもりで呼んだんだけど…、やっぱこうして面と向かうと、気が重いなぁ…。)

カナン(とはいえ、今のギスギスした関係はちょっときついからね…、ごめんね…。)

 

主人公(今のままの関係はなんだか、息苦しいからね…。)

主人公(マツウラさんには悪いけど、ここはお互い距離を置いたほうがいいんじゃないかと、はっきり言わせてもらおう…。)

 

ーーお互い様。

考えていることは同じだった彼らは声を共にして。

 

カナン「あのね。」

主人公「あの!」

 

カナン&主人公「!?」

 

沈黙。

 

カナン「どうぞ、私は…後でもいいから。」

主人公「いや、僕も後からの方が…いいかなって思ったんだけど…。」

 

カナン&主人公(ああー!こういうのが一番嫌!)

 

カナン&主人公「じゃあ!」

 

カナン「うぐっ!」

主人公「…ここは、レディファーストって事で…。」

カナン「あっ!逃げたな!」

主人公「そ、そんな事ないよ。」

カナン「じゃあお先、どうぞ。」

主人公「ぐぬ…」

 

しばらく腕組み悩んで…それからやっと重い腰をあげるように言葉をひねり出した。

 

主人公「マツウラさん、こういうの…もう辞めない?」

カナン「うむ。」

主人公「え…?」

 

カナンは目を瞑って腕を組んだまま下を向いている。

言葉が途切れたからか、片目を開けて催促をしてきた。

 

カナン「ん?続けて。」

主人公「あ、うん。」

主人公「なんとなく、ここしばらくずっとギクシャクした関係が続いてると思う。」

カナン「うむ。」

主人公「…そうなったのも僕たちが…、あの日恋人同士になってからというもので…。」

カナン「うむ。」

主人公「話…ちゃんと聞いてる?」

カナン「うむ。」

主人公「…お互いに好き合ってはいるんだと思うんだけど、結果的にギクシャクしちゃうんじゃ、この関係は…いらないんじゃないかな?って僕は思ったんだ。」

カナン「たしかに。」

主人公「それで今日は、マツウラさんが呼んでくれた機会に…、便乗して…相談したいって…思ったんだけど…。」

 

少しだけ沈黙が流れる。

なぜかウンウンと唸るように腕を組んでカナンが言葉をためて、それから発言した。

 

カナン「本当、今の関係ってめんどくさいだけになってるよね。」

主人公「…ふっ」

カナン「あなたの言う通りだよ!私も同じ意見!」

カナン「それで別れ話?をしようかと思ってたんだよ。」

主人公「絶対僕らは付き合う前の方が、うまくいってたよね。」

 

お互いに恋人同士だというのに、別れ話に意気投合するその矛盾めいた発言に。

如何にもこうにも笑みが隠せず。

2人はクスクスと笑い、堪えられなくなり、やがて声を出して笑い始めた。

 

カナン「あははっ!可笑しいよね本当。」

カナン「お互いに好きってことがわかりきってからの方がギクシャクしちゃうなんて。」

主人公「ふふっある意味僕たちらしいのかもね、似た者同士。」

 

存分に笑いあって、しばらく。

落ち着いてから改めて向きあって2人は会話を続けた。

 

主人公「なんだかお互いに、恋人であることを意識しすぎて。」

主人公「気を使いすぎちゃったのかな?」

 

カナン「…どうする?本当に私たち別れちゃう?」

主人公「そうした方がいいかもって思ってたけど…。」

主人公「なんだかね。」

カナン「なんだろうね?」

主人公「このままでいいんじゃないかな?」

カナン「それもそうだね。」

 

ふふふっとお互いにまた少しだけ笑いあった。

結果的に何にもならなかったことが可笑しくて。

何故今までこうして、分け隔てない関係に戻れなかったのかが不可思議で。

 

カナン「あ、そうだ。」

カナン「ギクシャクするのが嫌だからって繋がりで。」

カナン「そろそろその、”マツウラさん”っていうの辞めてくれるかな?」

カナン「キスまでした相手に、なんかよそよそしくされてるみたいで、むず痒いんだよね。」

主人公「じゃあカナンちゃ…」

カナン「カナン。」

主人公「カナン。」

カナン「そう、ちゃん付けなんて辞めてよね?」

主人公「ふふっ。じゃあ僕のことも…」

カナン「あなたは”主人公君”で。」

主人公「…なぜ。」

カナン「わたしはバイトの先輩、あなたの上司だよ?」

主人公「それってパワハラ…。っていうか、数週間程度の先輩でしょ。」

カナン「わたしがそう呼びたいからそれでいいの。嫌?」

主人公「まあ、嫌じゃないからいいよ…。」

カナン「ならそう呼ぶね。だってその方が年下の子っぽくて可愛いでしょ?」

主人公「いや、僕らは同い年だろ…やっぱナシだ。僕のことも呼び捨てを希望する!」

カナン「やだっ!うふふ♪」

 

小走りで追いかけっこするみたいにふざけあう2人。

くるりと回って見せて、カナンが主人公の方を見つめて言う。

 

カナン「なんだか、すごく久しぶりにあなたに会えたような気がする。」

主人公「うん。」

カナン「結構寂しかったんだからね。ここしばらく。」

主人公「お互い様、だね。」

 

笑みをこぼしながら、そう言い合って2人は。

見つめあってーー。

息を合わせたかのように、お互い目を閉じてキスを交わした。

 

主人公「…本当、なんで急にこんなになるんだろう。」

主人公「なんだか今までより、君のことを好きになれたかも。」

カナン「わたしも。」

 

手を取り合って二人は見つめ会う。

いつもならすぐ手をはたき飛ばして。

顔をそらしているというのに…。

 

ちらりと腕時計を見て主人公は少しため息をついた。

 

主人公「でも…今日はもう遅いね。ほら、時間。気にしてなかったでしょ?」

カナン「本当だ。」

 

終電までには後数本あるだろう、だけどあんまり長居したくないくらいの微妙な時間帯だった。

 

主人公「もう少しカナンと話をしていたかったな、なんて。ははは…」

 

カナンは…少し黙ってから返事した。

 

カナン「…だったら、一緒にいればいいんじゃないかな?」

主人公「まあ電車の時間にはまだもう少しあるもんね。終電だって…」

カナン「電車の時間まででいいの?」

主人公「…えっ。」

カナン「わたしはもっと、あなたと一緒にいたい。」

 

カナンは主人公の腕をひしっと抱き寄せて甘える。

 

カナン「ダメ…かな?」

 

主人公は…慌てもせず、少し一呼吸して。

 

主人公「でも…居続けるにしても、ここでずっと話していたら。風邪引いちゃいそうだね。」

主人公「どこか行こっか。」

カナン「うふふ♡」

 

抱えていた腕をキュッと強く抱きしめて喜ぶ姿は、いつもの大人びたカナンの雰囲気とは真逆に少女のような純粋さを感じられた。

 

カナン「…そうだ、今日はわたしの家に泊まりなよ。」

主人公「っ!?」

 

思いがけずいい反応をする主人公を見かねて、少し間を置きながら悪い顔をするカナン。

 

カナン「へぇ。」

カナン「今エッチなこと考えたでしょ。」(ニヤニヤ)

主人公「…そんなことない。」

カナン「あの間でどこまでいった?」

主人公「してないって、変な詮索するな。」

カナン「ふふっ、とりあえず行こっか。」

主人公「…いいのかい?その…色々と…。」

カナン「色々と?何が…?」(ニヤ〜)

主人公「いい加減にしろって…」

カナン「ごめんごめん♪君の反応が可愛いから、ついつい。」

主人公「…こんなのも、本当久しぶりな感じだね。」

カナン「うん、私もなんだか嬉しくなっちゃった♪」

 

主人公「だったら…しょうがないな。あの時みたいに、君のいいなりになってついて行こっかな。」

カナン「うん♡」

 

主人公「あ、その前にどこかお店。泊まるにしたって何も持ってないよ。」

カナン「うん、一緒に行こっか♡」

カナン「手、繋ごう?」

 

差し出された手を見て…少し躊躇ってから。

さっきは腕を抱かれたんだ…大丈夫…。

心を鎮めて。

 

主人公「お、おう…」

 

…変な声を出して。

手を繋ぐ、彼女の細長い手。

繊細で可愛らしい…タイプではないが。

特別ななにか、デートの時幾度も凝視した。

繋ぎたかったその手…。

 

カナン「ふふふ♡」

 

喜ぶカナンを見て主人公も笑顔になる。

二人で歩く道、寂しい暗闇の中で。

明かりもないのに、ぽっと明るく見える二人。

特別な関係。

 

 

買い物を終えた二人は家に着いた。

初めてカナンの部屋を訪れた主人公。

思っていた女性の部屋…というのとは少し異なり。

シンプルで無駄なものがあまりない。

言えば、殺風景とも表現できるような様子だった。

 

主人公「やっぱりカナンって結構ストイックな暮らししてる?」

カナン「ストイックって…。」

カナン「んー、今はあんまり物とか買いたくないしね。お金貯めてるもん。」

主人公「そっか。」

 

そう言って中へと入って行く。

 

主人公「お邪魔します。」

カナン「どうぞどうぞ。」

 

手を洗って、買ってきたマグカップを2つ並べてコーヒーを淹れる。

主人公が床に座りかけると。

ベッドの縁に座っていたカナンが隣をバシバシ叩いている。

 

カナン「ソファなんてないから、うち。」

 

渋々主人公はそちらへ向かい、一人分の空間を空けて隣に座ったら。

カナンが寄ってきた。

なんか、いかがわしい店に来たみたいだ…。行ったことないけど。

そんなふうに思いながら主人公の胸の鼓動はドキドキと音を立てていた。

 

…それから話をした。

今まであんまり話せなかったこと。

付き合う前までしていたような雰囲気で、楽しく会話できた。

 

淹れたコーヒーを飲み終えた頃。

 

カナン「あ、なくなっちゃったね。」

カナン「もう一杯淹れてこよっか?」

 

時間はとっくに日を越している。

コーヒーを飲んだからといって、流石に眠気を催してくるような時間。

 

主人公「カナン、明日バイトでしょ?」

カナン「うん。」

主人公「僕も明日は1コマ目から講義があるし…。」

主人公「今日はそろそろお開きにして、寝ようよ。」

 

カナン「…そっか。」

カナン「やっぱ真面目くんだね。君。」

主人公「痛い目見るのは翌朝の自分だよ?」

カナン「それもそうだね。」

 

カナン「じゃあお風呂入れるよ。」

 

ドキッ!

一大イベントを感じたーー。

 

主人公「あぁ…僕はシャワーだけでいいよ。」

カナン「私が入りたいの。だからお湯張っちゃうよ〜。」

 

ピッ![お湯張りを開始します。…]

 

カナン「便利だよねぇ、これ。」

カナン「先に入っちゃっていいからね。」

主人公「いいよ、僕は後で。」

 

カナン「あれ?私の後に入りたいんだ♡」

 

意地悪な声色で、ナンデカナーナンデカナーと繰り返してる。

始まった…と思いつつ。

 

主人公「お好きにどうぞ、私はあなたの仰せの通りに…。」

 

流した。

 

カナン「ーーつまらん。」

 

そう言われて、とりあえずスルーして歯を磨いた。

洗面台に立っているとカナンが隣にやって来て同じように歯を磨き始める。

なんだか今日は磁石でも入ってるかのようにくっついてくる…。

でも嫌な気分ではない。

いつも大人びた風貌でいる彼女だからこそ、そういった行動が幼く、可愛らしく…甘えて来てるように見える。

 

ふと。

ーー抱きしめたい。

そう思って…思い止まろうとしたが。

手が伸びて。

 

鏡に映る彼女の肩に優しく手を回して、軽く抱き寄せる。歯磨きしながら頭をコテッと預けて来た。

 

可愛い…。

 

歯磨きをし終えて2人。

歯ブラシセットを並べて置いて。

なんとなく向き合って。

見つめあって。

キスをして…。

 

歯磨き粉の匂いがする…そんなふうに一瞬思いながら。

重ねる唇の熱に侵されて。

彼女に夢中になる。

 

[〜♪お風呂が沸きました。]

 

2人してビクつく。

重ねていた唇をハッと離して、一瞬ーー。

なんだか可笑しくなって顔を合わせて笑った。

 

カナン「お風呂湧いたね…。」

主人公「うん…。」

主人公「…でも、ちょっとだけ。」

 

ハグ、少しだけ力強く…。

耳元で彼女の吐息が聞こえる、荒く弱々しく。

その音で催眠をかけられたかのように、熱くなってきて。

 

カナン「…強引だね♡」

主人公「…誘ったくせに。」

カナン「そうだっけ?ふふふ♡」

 

そう言って2人は体を離して。

繋いだ手は離さないで…。

ベッドの方へと歩んでいく。

 

カナン「…まだ、お風呂はいってないよ?」

 

いぢらしい声でわざとらしく主人公に問う。

 

主人公「ごめん…待てないよ。」

 

彼女の後ろ頭に手を回して、ゆっくりと押し倒す。

心なしか彼女も体を後ろに引いて、倒れた気がした。

 

仰向けのカナンと見つめあって。

 

カナン「…するの?」

 

期待しているような瞳。

少しだけ口元が緩んでいて。

挑発めいた言葉で主人公にもう一度問う。

 

それには…言葉は返さず。

熱くキスをしてーーー。

 

 

ーーー。

 

 

繋いだ手を離さないで、2人は抱き合って。

 

カナン「君がこんなに情熱的だったなんて。」

カナン「私騙されちゃったのかな?」

主人公「意外だった?」

主人公「でも僕だって男だよ。」

カナン「羊君だと思ってたら、狼君だったんだね。」

 

ふふふ、そう言って笑って。

 

主人公「君は君で、やっぱり僕を誘ってたんじゃないのかい?」

主人公「執拗にくっついてきて。」

カナン「うん。なんだか外肌寒くって、人肌恋しいな…♡って。」

 

カナン「君が買い忘れって言ってお店に1人で戻ったの見て、確信しちゃった。」

カナン「準備してくれてるんだって♡」

主人公「こうなるだろう…って思ってたから。」

主人公「男の子には必要なんだよ…ここぞって時の物が…。」

カナン「君らしいよね、察してくれてーー。」

カナン「そういうところ大好き♡」

 

抱き合わせてる体を締め付ける。

ギュッ。

まだ暑い季節、クーラーはかけていても。

体が密着するところは汗が滴り、混じり合いーー。

 

キスをして、少し冷静になって時計を見る。

もうこんな時間だーーー。

 

主人公「ごめんね、お風呂入れてたのに…冷めちゃったかな…。」

カナン「いいよ、こっちの方が暖かいから。」

 

しばらくして2人は繋いだ手を離して、冷めた風呂にーー浸かって。

明け白んで来ようとする空を見ながら、少しだけ仮眠をとって。

また朝を迎えたーーー。

 




二本立てにすると約束したな。
あれは嘘だ。(コマンドー

書いてたら途中で、
「あ、これなっがいな〜…。」
なんて思っていたら中編が出来上がりました。テヘッ。

今回はちょっとエッチです。
多分表現的にはR-15に収まっているのだと…。(自信ない)
文章は難しいですね、絵とか動画みたいに、アレが見えたらダメ!って判断できないので(蹴

後編も現在執筆中です。
なんとか同じくらいのボリュームか、それ以下くらいで仕上げたいとこです。
割とこの話から先のそれは急転直下の展開になるので。
もうしばし…お待ちいただければ終わります。
結末(本編)が見えているだけに。
この先起こることというのは大体予想の付くことだと思います。
本編よりだいぶん長くなってしまった番外ですが…。
なんとか終わらせます…。

以上、最後まで読んでいただきありがとうございました。

[数日間のみこっそりアンケート]ep2やっぱり…

  • 消したほうがいい
  • 残しておいて欲しい
  • 書き続けて欲しい
  • 筆者の好きにすればいい

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