さて、色々あってその日の夕刻。
とうとう帝都へ到着した。
現在は、都に築かれた巨大な王城――その傍らにある、貴族専用の馬車発着場に居る。
「如何でしたか、エイル卿。
天馬の馬車の乗り心地は」
御者を務めてくれた男性が、最後に挨拶をしにきてくれた。
「ああ、抜群の乗り心地だった。
なあ、セシリア?」
「……はい、気持ち、良かったです」
いや、実際この御者の操馬技術は大したものだった。
揺れなどほとんど起こらず、おかげで何の支障もなく車内で
「君の御す馬車は素晴らしかった。
是非これからも励んでいって欲しい」
「勿体なきお言葉」
御者の男と握手を交わす。
こういう有能な人物は、丁重に扱っていかねばならない。
「……ふぉおおお、エイル卿と握手を――握手を――!!」
いや、なんで君まで顔を赤くするんだ?
発着場を離れた私達は、さっそく城の中へと入る。
もう日が暮れるまで間が無いため、セシリアとの帝都観光は明日に回すことにした。
皇帝への挨拶?
ああ、そういえばあったなそんな案件も。
「……立派なお城でございますね」
キョロキョロと周囲を見回しながら呟くセシリア。
如何に彼女といえど、始めてくる王宮には目を奪われてしまうか。
「居城はそこに住む者の権力の象徴だからな。
皇帝陛下の住まう城ともなれば、それはもう国の威信にかけて最高峰の代物を建てる」
ウィンシュタットの屋敷もなかなか豪勢ではあるのだが、大きさだけなら、ここはその10倍はある。
歩いている廊下も、下手すれば馬車が通れそうな広さだ。
陛下の趣向なのか、その造りは豪奢さよりも堅牢さを重視しているように見える。
「しかしこれだけ広いと、案内頂く方との合流にも手間取りそうでございますね」
「いや、向こうは慣れているだろうし、そんなことは無いだろう」
今は城内を案内してくれる人との待ち合わせ場所へ移動している最中だ。
無数に部屋があり過ぎて、案内が無ければどこが宿泊部屋なのかも分からない。
と、そんなところへ――
「おやおや、エイル・ウィンシュタットじゃないか」
――私へ声が投げつけられた。
なんとも気障ったらしい口調で。
「おっと失礼、今は侯爵になったか。
ハハハ、あんな辺境の貴族に収まるとは、実に君らしいな?」
現われたのは、一人の貴族だった。
鮮やかな金色のロングヘアを後ろで軽く束ねた、セシリアに比肩しうる美貌の持ち主。
スラリとしたスタイルで、もし道ですれ違えば振り返らない男などいないだろう。
いちいち芝居がかったポーズをとっているのだが、外見の美しさと相まって意外と決まっている。
……その顔を、皮肉な笑顔で歪めていなければ、だが。
「地方貴族は大変だな。
いちいち陛下へお伺いを立てねばならないのだから。
しかし君らが来るたびにこの城が田舎臭くなるのは勘弁願いたいもんだ」
そう言うこいつは、中央貴族なのだろう。
前にも触れたが、ヴァルファス帝国において貴族は大まかに2種類へ分けられる。
帝都で政治を行う中央貴族と、都から離れた土地を管理する地方貴族だ。
ただそれだけであれば問題ないのだが、この中央貴族と地方貴族、基本的にえらく仲が悪い。
中央貴族は地方貴族を都へ来れぬ田舎者と見下し、地方貴族は中央貴族を自分の領地も持たない似非貴族と揶揄するからだ。
生活基盤が皇帝(帝国)に依存している中央貴族は国に対して高い忠義を持つ一方、自らの土地に生活基盤が依存している地方貴族は極論すれば国より自分の領地が大事。
このような違いがあるため、どうしても対立は避けられない。
目の前の貴族は、その関係で私に因縁をふっかけてきたのだろう。
「……坊ちゃま」
「落ち着け、セシリア」
彼女が動き出そうとするのを手で制す。
目が据わっていた。
冷徹に金髪の貴族を睨み付けている。
怒っているのが雰囲気だけで分かった。
というか、パチパチと周辺に雷を発生させるのは止めなさい。
流石に城内で攻撃魔法など使ったら洒落で済まない。
一触即発な彼女を後ろに下がらせると、私はかの貴族の前に立つ。
「これはこれは。
アシュフィールド公子ではありませんか。
ご壮健のようで何よりでございます。
色々とご挨拶を交わしたくはありますが、何分当方は今しがた帝都へ来た田舎者。
積もる話はまた後日にお願いします。
では、失礼――」
一気にそう捲し立てた。
そして相手の反論を待たぬまま、その横を通り過ぎる。
この手の輩は、相手にしないに限る。
金持ち喧嘩せず、だ。
「――流石です、坊ちゃま」
隣を見れば、誇らしげな顔をしているセシリア。
私が波風立てずにいなしたことを、喜ばしく思ってくれたようだ。
彼女に格好良いところを見せられたことに関しては、あの貴族に感謝してもいいかもしれない。
そのまま目的地へ向けて足を急ぐ――と。
「そういうつれない反応するなよぉ!!
ちょっとしたジョークだろぉ!! 付き合ってよぉっ!!
同じ釜で飯を食った仲じゃないかぁっ!!」
例の貴族が泣きながらしがみ付いてきた。
いきなりのことで、反応が遅れる。
「ええい、急になんだ!
足にしがみ付くな、足に!!」
「あ、コラっ! 僕を足蹴にしたね!?
ちょ、痛い! ホント痛いって!!
やめ、やめろぉおおっ!?」
ゲシゲシと蹴りつけるも、
この野郎、私の脚をしっかりホールドしてやがる!
「あ、あの、坊ちゃま?」
そんな私達を見て、セシリアは唖然としていた。
さっきまで険悪な態度をとっていた相手がいきなり泣きついてきたのだから、そりゃ訳も分からなくなる。
「これは、いったい――?」
「……ああ。
紹介しよう、こいつはルカ・アシュフィールド。
かの三公爵家の一つ、アシュフィールド家の次男で――」
「――エイル・ウィンシュタット侯爵の士官学校時代の寮のルームメイトさ」
ルカが後を継ぐ。
「変なことに巻き込んでしまってすまないね、美しいお嬢さん。
さっきのは久しぶりに会った友人同士のスキンシップってやつさ」
「……友人?」
「だからそういう反応やめろってぇ!
不安になるだろぉ!?」
涙目になって抗議してきた。
だがそんな顔も可愛らしい。
思わず抱きしめたくなる。
一方でセシリアはというと怪訝な顔を崩さず、
「ルームメイト、でございますか?
……あの、失礼ですが、士官学校寮では
「あー」
そこに疑念を持ったか。
いや、当然の疑問だ。
ルカ・アシュフィールド。
美しい青い瞳に整った鼻筋、小さく愛らしい唇。
整った容貌は、まるで人形のようだ。
腰まで伸びたプラチナヘアはサラサラと流れ、それだけで男の目を惹くだろう。
服こそ青のジャケットに白のズボンという“男物”だが――
サイズが
一目で――否、よくよく観察したとしても、こいつの性別を当てるのは難しい。
「セシリア。
信じられないかもしれないが――ルカは、男なんだ」
「えっ!?」
正しく彼女は“信じられない”という顔をした。
ルカが苦笑いをしながら私の後を継ぐ。
「というか、さっきから公子とか次男とか紹介されてたんだけどねー」
「――あ!? も、申し訳ありません!
「いやいや、いいっていいって。
僕の美しさが、男の枠に収まらないこと位、自分が一番よく分かってるからね♪」
……一応、その通りではあるのだが。
自分で言うか、普通?
「そんなことより、君がセシリアなのかな?」
「え?」
「あれ、違った?」
「い、いえ、その通りでございます。
どうぞ、よろしくお願い致します。
――しかし、どうして私の名前を?」
「エイルから耳にタコができる位に話を聞いたからね」
意味ありげにウィンクするルカ。
おい、変なことを喋ったら承知せんぞ。
しかしそんな私の想いは奴に伝わらず、そのまま喋り続ける。
「うんうん、聞いてた通り、綺麗な子だなぁ。
僕の横に立って見劣りしない女性なんて、そうそういないよ?」
「……は、はぁ」
どう返していいののか分からず、セシリアは答えを濁す。
このナルシーっぷりを見せられては無理もない。
ただ一応、ルカ的には最上級に近い誉め言葉――のはずだ。
「流石、告白した女の子に悉く“あなたの隣に立ちたくない”と言ってふられたルカ公子だけはあるな」
「そゆこと、心の中だけに留めておけよエイルぅっ!」
気取ったポーズがあっという間に崩れた。
相変わらずの打たれ弱さだ。
ただ実際、この2人が並んでいるのは滅茶苦茶に絵になるのは間違いなかった。
美少女が並び立つ光景は、非常に目に優しい。
「君は変わっていないなぁ、ルカ」
3年前、士官学校に居た頃のままの姿だ。
いや、あの時より少し背は高く、お尻周りの肉付きも良くなり――さらに美しく成長している。
その方向が、女性としての美しさに偏っているのが、こいつの凄い所だ。
まるで男らしくなっていない。
「お前だって大して変わってないだろう。
……相変わらず、その……美人、というか」
「それは言うな」
学生時代から私は背が余り高くなく、その事実は今になっても変わっていない。
これで結構気にしているのだ。
美人だのなんだの、フォローにならぬ。
適当に褒めとけばいいだろ、という魂胆が透けて見える。
少し顔を伏せてもじもじしているルカの姿は実に愛くるしいが、そんなことじゃ騙されないからな。
――と、いかん。
懐かしい顔に会ってつい忘れかけたが、私達は人を待たせている最中であった。
「ルカ、色々話したいのはやまやまだが、案内役と合流しなければならないんだ。
さっきも言ったが、積もる話は少し待ってくれ」
「あ、それなら安心しろ。
僕がその案内役だから」
「……そうなのか?」
だから、こんな良いタイミングで現れたわけか。
私は得心した顔を作り、
「そうか――君、とうとう案内係にまで落ちぶれたのか……」
「そんなわけあるか!?
お前のために買ってでてやったんだよ!!
友達甲斐の無いやつだなっ!!」
「アシュフィールド家の家督争いには負け、帝都で碌な役職にも就けず、お情けで城内案内に任命されたんだな……」
「違うよ!? 違うもん!!」
親から爵位を継げるのは一人だけ。
子供が複数いる場合、他の兄弟は何かしらの手段で食い扶持を稼がなければならないのだ。
それは、最高位の貴族であるアシュフィールド家でも変わらない。
家督を継いだ当主が他の親族の面倒を見るケースも多いが、ルカのところはその辺かなり厳しい家系だからな……可哀そうに。
「いい加減にしろぉ!!
そういうんじゃないんだよっ!!」
「じゃあ、
「……いや、兄上に勝つっていうのはちょっと」
途端弱気になる。
大丈夫か、おい。
「じゃあ、君は将来どうするつもりなんだ」
「そこはほら――エイルー、友達の誼でなんかいい役職ちょうだい♪」
「え? 特攻隊長になりたいって?」
「そこは将軍位くらい用意しろよ」
「ははは、寝言は寝て言え」
いやはや、久々に会ったというのに――いや、久々に会ったからか?――話は弾むものだ。
しかし、何時までも続ける訳にはいかない。
周りの目も気になってきた。
いちいち描写しなかったが、私達はこれまでのやり取りを“城の廊下”で行っている。
「ルカ、そろそろ私達の部屋に案内してくれないか?」
「分かった――あ、いや、ちょっと待った。
そういや、宰相がお前に会いたがってたんだった」
「……そうなのか?」
「そうなのだ」
宰相。
ヴァルファス帝国における文官の最高官位。
単純に考えるなら、皇帝に次ぐ権力の持ち主だ。
そして幸運なことに、私はこの人物と
「ならば、会いに行かない訳にはいかないな」
「……そうだなぁ」
「なんだ、乗り気じゃないな。
君だって知らない相手じゃないだろう?」
自分で言い出した癖に。
「ああ、うん、そうなんだけどさ。
ちょっとあの人は――まあ、いいや。
案内するよ」
「……?」
何とも煮え切らない態度であったが。
先導するルカに続いて、私とセシリアも歩き出した。