異世界の侯爵ライフは他人任せ   作:ぐうたら怪人Z

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③ 宰相との再会

 

 

「失礼します」

 

 ドアをノックし許可を得てから、宰相の執務室に入る。

 中はかなり広く、ウィンシュタット家の執務室の倍はありそうだ。

 ただ少々薄暗く、かつ書類が辺りに散乱している。

 この部屋の住人は余り几帳面な性格をしていないらしい。

 

「……おお、エイル君ではありませんか!」

 

 入るなり、これまた大きな執務机に座っていた人物が、やや興奮気味に立ち上がった。

 

「ご無沙汰しています、宰相閣下」

 

「壮健そうで何よりです――エイル閣下」

 

 軽く挨拶を交わす――が。

 

「……あの、宰相である貴方に閣下と呼ばれるのは違和感があるのですが」

 

「私もエイル君から閣下呼ばわりされるのは嫌ですね。

 堅苦しすぎます」

 

 帝国では、自分より官位(役職)が上の相手には閣下の敬称を使う習わしがある。

 ただこの敬称、レアケースではあるが爵位が上の相手にも使用するケースがあって。

 こちらの宰相の爵位は伯爵であることから、今の場合は私と彼のどちらも正しい使い方をしているわけだ。

 しかし仮にも帝国最高峰の権力を持つ宰相に閣下呼ばわりされるのは、むず痒いったらない。

 それで抗議をしたわけだが――

 

昔のように(・・・・・)、私のことは“先生”と呼んで下さい。

 私も貴方のことをエイル君と呼びますから」

 

「は、はぁ……?」

 

 ――ちょっとおかしな方向に話を進められてしまった。

 

 宰相クライブ・フォースター伯。

 その有能さから、伯爵という立場ながら宰相にまで上り詰めた天才だ。

 加えて年齢はまだ30手前という異例の若さ。

 少し服装がだらしなかったり、黒髪がぼさぼさだったりするところに目を瞑れば、背は高いし目鼻の筋も通っていて、外見もかなり整っている。

 なかなかの完璧超人っぷりである。

 

 何故こんな人と私が知り合いなのかと言えば、私の家庭教師としてウィンシュタット家に出入りしていた時期があるのだ。

 まだ私が幼少の頃なので、かなり昔の話だが。

 その伝手もあり、士官学校に通うため帝都に住んでいた際にも何かとお世話になっていた。

 現時点で私が持つ最強のコネクションだ。

 ちなみに、ルカも私の縁を伝ってクライブ先生と何度か顔を会わせている。

 

「では改めて。

 久しぶりです、先生」

 

 再度、挨拶を。

 その台詞に満足したのか、先生もにっこり笑って、

 

「はい、お久しぶりです、エイル君。

 前に会ったのは士官学校の卒業式の日でしたから、かれこれ3年ぶりですか」

 

 言いながら、抱き着いてくる。

 この人は、よくよくハグをしてくるのだ。

 それだけ私を可愛がってくれている、ということなのだろうけれど。

 まあ、現代社会でも欧州あたりならこの程度よくあることだ。

 少し恥ずかしい気もあるが、拒む程でもないだろう。

 

「しかししばらく見ないうちに、大きくなりましたね。

 見違えるようです」

 

 抱き着いたまま、クライブ先生が告げる。

 

「そうですか?

 余り変わったようには思えませんが」

 

「いえいえ、ぐっと大人びましたよ。

 凄く綺麗――あ、いや、立派になりました」

 

 そう言われると、悪い気はしない。

 お世辞であっても、褒められるのは嬉しいものだ。

 と、そこで彼はふと思い出したかのように、

 

「あっと、忘れていました。

 侯爵位の授与、おめでとうございます。

 ウィンシュタット領の領主ともなれば執務も大変でしょうけれど、辛いときはいつでも私を頼って下さい」

 

 今度は頬ずりしてきた。

 剃り残された髭がなんかじょりじょりする。

 ――まあ、これ位なら、普通、なのかな?

 

「帝国で一番多忙な人に頼るというのは、少々心苦しいですが……」

 

「そんなこと言わずに!

 エイル君のためなら、何肌だって脱ぎますよ?」

 

「……そこまで仰るなら」

 

 いざという時頼りにさせて貰おう。

 言質はとったので、本当に色々してもらうからな?

 ……そんな腹積もりを知ってから知らずか、先生は無邪気な笑顔を見せた。

 私の腰に手を回しながら、

 

「ところでお父上のフェデル様はご壮健で――」

 

「クライブ・フォースター伯爵!」

 

「おわっ!?」

 

 部屋に声が響く。

 ルカのものだった。

 

「る、ルカ・アシュフィールド殿下!?

 いったい何時からそこにいたのです!?」

 

「最初っからずっといたんだけどなー……いやそれはともかく!

 いつまでエイル侯爵に抱き着いているつもりだ!?」

 

「え? あ、ああ! これは失礼!」

 

 指摘され、私をずっと抱き締めていたことに気付いたらしい。

 先生の腕が離れていく。

 親愛表現はいいが、正直、少々やりすぎた感は否めない。

 しかし――

 

「ルカ、仮にも宰相相手にやっていい口の聞き方じゃないだろう?」

 

 ――まずは公子の態度を窘める。

 確かに家柄では公子であるルカが圧倒的に上だが、クライブ伯爵は最高官位の宰相なのだ。

 ここがかなりプライベートな場であるとはいえ、貴族であるなら礼儀作法を蔑ろにしてはならない――が。

 

「エイルは黙っててくれ!」

 

 私の言葉は聞き入れられなかった

 ……考えてみれば、無理も無い。

 ルカはこれで上昇志向が強いのだ。

 そんな彼の前で、宰相と私が親交深いところを見せれば、心穏やかでなくなるのは当然だった。

 

「とにかく、言われた通りエイルは連れてきたんだ。

 顔見せできたんだから、もういいだろう?

 さ、エイル、そろそろ行こうか」

 

「あ、セシリアちゃんも来ていたんですか!

 いやぁ、懐かしいですねぇ!」

 

「人の話聞けよ、お前!?」

 

 ルカを無視してセシリアに話しかけだすクライブ先生。

 公子も公子だが、先生は先生でいい性格している。

 

「ご無沙汰しております、クライブ様」

 

 一方でセシリアは、先生に向けて一礼していた。

 クライブ宰相はそんな彼女に近寄ると、

 

「魔法の勉強は順調そうですね。

 聞いていますよ、“雷光の魔女”の噂」

 

(わたくし)如きに過分な名です」

 

「何を言いますか!

 私は何人もの生徒の家庭教師を担当しましたが、エイル君と貴女はその中でも群を抜いています。

 貴女への授業を最後まで行えなかったのが、本当に心残りでした。

 幸い、エイル君が後を継いでくれたようですが」

 

 台詞にあった通り、実はクライブ先生にはセシリアにも教鞭を振るっていたのだ。

 最初は私が無理を言って頼んだのだが、彼女の才能が分かるや否や、寧ろ率先して引き受けていた。

 結果として彼女の素質は開花し、今では他に比肩する者すらいない魔法使いへと成長したのである。

 

 ……しかし、余りセシリアに詰め寄るのは止めて貰いたい。

 “その気”があるというのであれば、例え先生であっても容赦する気は無い。

 

 さておき、自分の教え子達に会えた喜びをまるで隠さない宰相は、にこやかな笑顔のまま言葉を続ける。

 

「いやぁ、貴方達のような生徒を受け持てたのは、教師冥利に尽きますよ。

 そうだ! 久しぶりに腕前を見せて下さい――――ルカ殿下」

 

「そこで何故僕だ!?

 エイルやセシリアにやってもらう流れだろ!」

 

 急に話をふられて戸惑うルカ。

 

「いえそこはほら、私が見た中で一番魔法の才能が無かったのが殿下でしたから。

 前に見た時からどの程度上達したのか、確認したかったのです。

 こちらの2人は、私が心配するようなことまるでありませんし」

 

「……はっはっは。

 いい度胸だ、宰相閣下。

 僕を侮辱したこと、後悔させてやる!!」

 

 ルカの目が据わった。

 どうやらやる気らしい。

 私が覚えている限りでも、彼の魔法の腕は正直お粗末な代物だったのだが。

 あそこからどの程度研鑽したのか、興味はある。

 

「見てろよ……」

 

 部屋にある燭台の一つへと歩を進めるルカ。

 ろうそくの炎に手をかざすと、呪文を詠唱し意識を集中させ――

 

「――<灯れ、篝火>」

 

 魔法を行使する。

 見る見るうちに炎がその輝きを増していき、部屋が明るくなっていった。

 現代風に言えば、ちょっとした“電灯”程度の輝きだ。

 

「ほぅ」

「へぇ」

 

 先生と私が、感心したように呟く。

 いや、今ルカが使ったのは基本中の基本な魔法。

 炎の輝きを増すという、極々単純な効果であり、より便利な光源を作る程度の代物に過ぎない。

 しかし、3年前の彼は実用的な魔法自体ほとんど(・・・・)使えなかったのだ。

 それを考えれば、大した進歩である――が。

 ここに、その“事情”を知らぬ者が居た。

 

「……あの、それだけなのでございますか?」

 

「はぅっ!!?」

 

 切れ味のいい無情な一言に、ショックを受けるルカ。

 まあ、セシリアからしてみればこの程度の魔法、児戯もいいところ。

 おそらく彼女の中では、“初歩の魔法”にすら達していない(・・・・・・)

 故に、ついつい口に出してしまったのだろう。

 

「も、申し訳ありません、公子様!

 (わたくし)、酷い失言を――!」

 

「あっはっは、気にしなくていいよ、セシリア。

 大貴族である僕がその程度のことで怒るわけが無いだろう?

 ましてや君のような美女を相手に」

 

 公子は朗らかに笑う。

 だがやはりそれで収まりがついたわけでは無いようで。

 

「ところでセシリア、ちょっと僕に手本を見せてくれないかな?

 宰相やエイルが褒めそやすんだ、大層凄い魔法使いなんだろう?

 それでこの件は手打ちにしよう」

 

 そんな、愚かなことを口にした。

 

「承知いたしました。では――」

 

 真に受けたセシリアは、ルカと“同じ魔法”を行使する。

 すると――

 

「――え」

 

 呆然としたルカの呟き。

 部屋にある全ての(・・・)燭台、ランプが輝きを煌々と増したのだ。

 さながら昼間のような明るさが辺りを包んだ。

 

この程度(・・・・)でよろしゅうございますか?」

 

「あ、はい、よろしゅうございます」

 

 余りのショックにルカの口調が変わっていた。

 そりゃセシリアが“同じようなこと”をしようとすれば、当然こうなる。

 

「あ、あのあの、エイルさんエイルさん」

 

「どうしたんだいルカさん」

 

 ちょっと相手のノリに付き合ってみた。

 

「今この子、詠唱せずに魔法を使いましたよ」

 

「使ったね」

 

「……何でそんなことできるの?」

 

「おいルカ。

 それは、士官学校の卒業生としてまずい質問だぞ」

 

 授業で習ったことを覚えていないのか、こいつ。

 せっかくの機会だ、ここで魔法について説明しておこう。

 

 この世界の魔法、『風を操る』『火を燃え盛らせる』『物を凍らせる』等々、その効果は多岐に渡り、一概に定義を言い現わすことは難しい。

 学者はかなり頭を悩ませているそうだが、ここでは“よくあるライトファンタジー世界の魔法を想像して欲しい”の一言で済ませてしまおう。

 実際、小難しく説明するよりそちらの方が理解しやすはずだ。

 ただ、魔法を使うためには、幾つかの“ルール”がある。

 

 まず1つ目。

 魔法の効果を及ぼす対象を、しっかりと認識すること。

 知覚できない対象に、効果を及ぼすことはできない。

 

 2つ目。

 その魔法を発現させるための“術式”を頭の中で組むこと。

 魔法を行使するにあたって、もっとも難易度が高いのがこの部分だ。

 効果をイメージするというより、数式をひたすら暗算しながらその式を使ってパズルを組み立てる――という感覚が近いかもしれない。

 非常に複雑な思考を要するため、特定の“動作”に結び付けて“術式の組み立て”を実行する場合がほとんど。

 動作しながら覚えることで記憶しやすくなる、という暗記法の応用だ。

 その“動作”こそが、『呪文の詠唱』である。

 この世界で魔法使いを志す者は幼少の頃から、“特定の文言(呪文)を唱える”と“頭の中に対応した術式が浮かび上がる”よう訓練しているのだ。

 ちなみに、複雑な魔法を使用する場合は必要な術式の量が増えるため、必然的に『呪文』が長くなったりする。

 

 3つ目。

 適切な“触媒”が、手元ないし周囲に存在すること。

 これは、少々特殊なルールかもしれない。

 例えば火の魔法を使いたいならば、火に関連する物品が無ければならないのだ。

 そのものずばりで火のついた松明でもいいし、燐でもいいし、なんなら火蜥蜴の牙でもいい。

 最初のに比べ、残り2つは手に入れるのが難しいが。

 この世界の魔法は、無から有を作り出す(・・・・・・・・・)ことができない(・・・・・・・)のである。

 

 そして4つ目。

 魔法の対象が“範囲内”に居ること。

 術者から離れた対象には効果を及ぼさないのだ。

 ではその射程はどれ程なのかと言うと――個人の素質に大きく左右される。

 一般的には10m前後と言われているが、腕のいい魔法使いなら20~30mの射程を持つ。

 なお、セシリアは100mは余裕らしい。

 

 他にも保有する魔力量の大小や、効率的な術式の組み方等、細かいものが無いわけでも無いが、大まかなルールは以上の4つである。

 

「――というわけだ。

 思い出したか?」

 

 一通りの説明を終え、ルカに確認を取る。

 

「あー、確かそうだったようなー。

 でも今の説明とセシリアが詠唱を使わないことと、どう繋がるんだ?」

 

「少しは自分で考えろ。

 つまりだな――」

 

 『詠唱』は“術式を思い出す”ために必要なのである。

 故に、凄まじい記憶力があれば――“術式を思い出す”のに『詠唱』を用いた暗記法を必要としないのであれば。

 理論上、『詠唱』を用いずに魔法を使用することができる。

 つまり、それがセシリアである。

 

 簡単に言ってしまったが、難易度は尋常じゃない。

 侯爵という立場から、今まで数多くの魔法使いと会って来たが、詠唱無しに魔法を使えたのはセシリアだけだ。

 当然、私もそんなことできない。

 どうも彼女は写真記憶の持ち主のようで、術式を“式の集合体”ではなく“一つの構造物”として捉えることが可能、らしい。

 セシリアの話から類推した仮説に過ぎないが。

 

「ほえー、すっごい」

 

「……いや、全然凄さを理解してないだろう」

 

 途中から考えることを放棄していたように感じる。

 まあ、今回はこの辺りで終わりにしよう。

 セシリアが“触媒無しで魔法を使える”理由の解説は、また次回に。

 

 ――あ、そういえば。

 

「すっかり魔法論講義のようになってしまいましたが。

 先生、結局のところ私を呼び出した理由は何なのでしょう?」

 

 まさか本当に私の顔を見たかっただけ、ということはあるまい。

 話を向けられたクライブ伯爵は、はっとした顔をして、

 

「おっと、そうでした。

 素晴らしい解説に聞き惚れてしまっていましたよ。

 実はですね、明日行われる陛下との面会について、エイル君に耳寄りな情報がありまして」

 

「……ほほぅ」

 

 それはなかなか興味深い。

 そこからしばし、私と宰相との密談が始まるのだった。

 

 

 

 

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