ドラキュラ伯爵。
はてさて、彼に対する説明は必要かどうか。
怪力無双で変幻自在、神出鬼没、様々な獣を操り、天候をも操作する。
おそらく現代社会において最も有名な、吸血鬼の代表格。
私の目の前に現れた男は、まさにそのイメージ通りの姿形をしていた。
――ただ。
“彼”は元々、ワラキア公ヴラド3世を
ではこの男は何者なのか?
実は私が知らないだけで、本当にドラキュラ伯爵は存在しており、それがこの世界に転生してきた?
それとも、ドラキュラ伯爵を知る“何者か”が、彼の真似をしているだけ?
まあ、今考えたところで答えはでない。
一先ず、この身に迫った問題への対応を優先しよう。
「ドラキュラ伯爵」
私は一歩前に出て、そう話しかける。
「ようこそ、我がウィンシュタット領へ――と、言いたいところだが。
私は君に
仮にも伯爵を名乗りながらこの行い、些か礼に失するのではないか?」
「――ほう」
ドラキュラが声を漏らす。
呆れたようにも、感心したようにも取れる声色だ。
危険な魔物相手に何をしているんだという言われてしまうかもしれないが、こちとら一地方を背負った大貴族。
怯えた顔など、周囲に見せるわけにはいかないのだ。
そんな虚勢を張った私に対し、男はやはり優雅に一礼しつつ、
「これはこれは――失礼した、ウィンシュタット卿。
しかし、私が正式にパーティーへの参列を希望したとして、キミは受け入れるのかね?」
「当然」
私は鷹揚に頷く。
「君が客として振る舞うのであれば、相応の持て成しをしよう。
飲み物は何がお好みかな?
オーダーを貰えれば、すぐ用意させよう。
なんなら、ウィンシュタット家の蔵にある秘蔵の酒を出してやってもいい。
但し――無論のこと、参加者同士の諍いは禁止だ」
「――――フッ」
堪らず――といった調子で、ドラキュラが噴き出した。
そのまま、背中を震わせて笑い出す。
「フ、フ、フ、フハハハハハ!!
有難い申し出だが、それは困る。
何せワタシは、そこに居るディアナ姫をもらい受けに来たのだからね――ハハハハハ!!」
ひとしきり笑い続けてから、再度私の方へと向き直る。
燃えるような赤い瞳が、こちらを見つめてきた。
「だが、このワタシを貴族として扱ってくれたことには感謝しよう。
ワタシを前にして、そこまで堂々たる態度をとれる人間は珍しい」
「そうだろうか?」
「そうだとも。
そこのクレアス王など、ワタシが現れるなり腰を抜かし、震え上がることしかできなかった。
おかげで話をするのに苦労したよ」
やれやれ、というジェスチャーと共にそう語るドラキュラ伯爵。
チラリと横を見ると、当の本人であるアレン殿下は顔を赤くしていた。
どうやら本当のようだ。
「魔物相手に平然としていられる人間など、そう居ないだろう」
「正しく平然と会話をしているキミがそんなことを言っても、説得力に欠けはしないだろうか?」
「私には信頼できる部下が居るのでね」
実のところ今この時にも、警備についた兵達が伯爵へと武器を突き付けている。
彼等の存在が無ければ、こんな余裕ぶって吸血鬼と話などできはしない。
だがドラキュラは兵士の存在など一切気にかけず、話を続けた。
「しかし信頼できる部下ならば、クレアス王にも居ただろう」
「だとすれば、彼に足りないのは勇気ではなく部下への信頼だな」
「ハハハハ、違いない!」
ドラキュラは愉快そうに笑う。
逆にクレアス王は不愉快そうに顔を歪めていたが、ここは我慢して貰いたい。
話の種に使ってしまったのは謝るが、正直その対応は一国の王として如何なものかと思う。
「本当に、キミは興味深いヒトだ。
こんな機会でなければ、こちらからディナーをお誘いしたかもしれないが――――いや」
ふと思いついたように、ドラキュラが提案してきた。
「どうだろう、ウィンシュタット卿。
素直に姫を渡してくれないだろうか?
さすれば、ワタシは真にアナタの客分として振る舞うことを約束しよう」
「なっ!?」
驚きの声をあげたのは、アレン殿下だ。
無理もない。
ディアナ王女を差し出せば安全を保障すると、ディアナ姫とは
臆病風に吹かれてそれを飲んでしまわないか、不安を感じたのだろう。
しかし私の立場として、その提案は問題外だ。
「こちらが承諾できないと分かり切った申し出をされても、困る」
「そうだろうか?
ワタシの脅威はそこのクレアス王から説明を受けたのではないか?
これまで縁もゆかりもない女性を守るため、一国の軍をもってしても抗しきれない魔物の大群の前に立つことこそ蛮勇だと思うがね」
「それは違う」
「む?」
私は何も、“ディアナ王女”を守りたいという理由だけでこの男に対峙しているわけではない。
いや下心も多分にあるが、それはそれとして。
「ことはもっと単純な話だよ、ドラキュラ伯爵。
クレアス王より王女の護衛を承ったのは、私ではなくウィンシュタット家だ。
であるならば、私個人の事情でそれを白紙にすることはできない」
「貴族としての矜持がそれ程大事かね?」
「貴族である君がそれを問うか?」
「……参ったな」
ドラキュラが大きく息を吐いて頭を振る。
なんというか、実に人間臭い。
「いやはや、キミはどうにも魅力的に過ぎる。
これ以上話していると、絆されてしまいそうだよ。
……或いは、それが狙いなのかな?
だとすれば、キミの交渉術は大したものだ――その剛毅さも含めてね」
「吸血鬼である君に褒められるとは、光栄だな」
とはいえ私の話術を評価して貰えるのは嬉しいものの、流石に過分だ。
前述の通り、部下が傍に居てくれなかったら、私だって逃げ出している。
まあ、この伯爵がやたらフレンドリーなので、思っていた以上に話をしやすかった、というのもあるが。
「しかしだからこそ、ここで楽しいトークタイムは終了としよう」
ドラキュラが告げた。
同時に、彼の顔つきが変わる。
紳士然として表情から“怪物”の貌へと。
肌がチリつき喉が妙に乾くのは、伯爵の“殺気”のせいなのだろうか。
単に私が恐怖を抱いているだけかもしれないが。
「さて、ここにお集りの諸君。
ワタシはこれよりクレアス王女ディアナを連れ攫う。
命の惜しい者は道を開けよ。
勇気ある者は名乗りを上げると良い。
先にお相手仕ろう」
気品さえ感じさせる宣戦布告。
そう来てくれるのなら話が早い。
部下へ戦闘開始を命じる――よりも前に。
「よし、とうとう僕の出番だな!」
ルカが動き出した。
「え、アンタ本当に戦うの!?」
「当たり前だろう!?」
ディアナ姫のツッコミに応じつつも、彼はドラキュラ伯爵へと進みゆく。
腰に下げたサーベルを抜き放ち、高らかに口上を述べだす。
「やあやあやあ、僕こそは誇り高きアシュフィールド家子息――」
「おさがり下さい」
「――え?」
が、それは途中で遮られた。
その一瞬後、幾条もの“雷”が吸血鬼へと降り注いだ。
「おおおお!?」
堪らず後ずさるドラキュラ。
雷を放った張本人へと視線を向けると、軽く目を見開いた。
「おやおや、これはまた可憐なお嬢さんだ」
「――ウィンシュタット家に仕える、セシリアと申します」
そこには、いつものように凛とした顔つきで佇む、銀髪の侍女が居た。
彼女の方も準備万端のようで、両腕に魔法で発生させた雷を纏っている。
「貴方が坊ちゃまに敵対するというのであれば、ここで排除せざるを得ませんが――よろしいですね?」
「よろしいとも。
それができるものなら」
先程の雷を見ても、ドラキュラには微塵の焦りも見られなかった。
いや寧ろ、口角を上げて笑みを作り、悦んでいるようにすら見える。
「あ、あれ? 僕の見せ場のはずじゃ――?」
隣でルカが寂しそうにしているが、今は無視。
「では、参ります」
告げて、セシリアが腕を振った。
それを合図に、彼女の生んだ稲光が次々とドラキュラへ襲いかかる。
「ぬぅううううっ!!?」
如何に吸血鬼といえど、雷は避けられないようだ。
手を、脚を、胴を、稲妻が貫いていく。
ドラキュラの肌は焼け焦げ、肉が爆ぜる――が。
「ハハハ、凄まじい魔法の使い手だ。
流石はウィンシュタット卿が信を置くだけある」
全く余裕を崩さない。
それもそのはず、魔法によって傷つけられた肉体は、まるで逆再生でもしているかのような速さで治っていく。
セシリアが次弾を準備する間に、完治してしまった。
「……それが吸血鬼の再生能力でございますか」
「その通り。
キミはずば抜けた魔法の才を持つようだが、この程度ではワタシを殺すに至らんよ」
「では再生する間もなく焼き尽くすまで」
セシリアが
纏う雷が勢いを増す。
作り上げるは成人一人が中に入れそうな程の雷球。
その巨大な稲妻を、ドラキュラへ向かって投射した。
「おっとぉ!!」
伯爵は身を捻り、なんとか直撃だけかわす。
だが右腕はかすり、その部分が丸々
雷の圧倒的な出力に、吸血鬼の持つ強靭な肉体をもってしても耐えられなかったのだ。
――ついでに言うと、ドラキュラの向こう側にある壁も吹き飛んでいる。
いや、いいんだけどね、セシリアが全力で戦えばこうなることは分かっていたから。
修繕工事が大変だな……
「部屋の中でソレはやり過ぎではないかな?」
「御心配なく、これでも手加減しております」
「ハハ、それは恐ろしいことだ」
軽口の応酬をしながらも、2人は手を休めない。
といっても、現状一方的にセシリアが魔法を放っているわけなのだが。
雷の弾が、槍が、鞭が、彼女によって作り出され、猛威を振るっていく。
彼女としては周りに被害が出ないよう、威力を抑えているのだろうが――実際のところ派手に弾幕を飛ばし過ぎて、他の兵達が助太刀できなくなっている。
一方ドラキュラ伯爵はといえば、右に左に飛び回り、どうにか致命傷だけは避けているという状況。
しかし、致命傷でない傷は瞬く間に癒えてしまう。
先程焼失した右腕も、いつの間にか生えていた。
……魔物であることを考慮しても、異常すぎやしないか、この耐久力。
やはり
「ど、どうなってんのよコレ……あの子、いったい何者なの!?
詠唱も触媒も使わないだなんて、聞いたこと無い!!」
戦いを見守るディアナ姫が、震える声で話しかけてきた。
その質問に答えたのはルカだ。
「彼女は特別製なのさ。
術式を丸暗記してるから詠唱の必要が無く、触媒は――えーと、ほら、なんかこう、天才だから必要ない感じ?」
「分かってないなら分かってないって言いなさい」
前言撤回、答えになってなかった。
ディアナ王女にジト目で睨まれ、ルカはあたふたしている。
さて、いい加減そこについても説明をしておくか。
前に語った通り、この世界の魔法には“術式”と“触媒”が必須である。
通常、術式は“詠唱”によって組上げるのだが、セシリアは術式を丸ごと脳内へ記録しているため、それが必要ない――と、ここまでは語ったはずだ。
問題は、触媒の方。
何故、彼女は触媒を使わずに済むのかと言えば――実のところ、その認識は根本的に間違っている。
セシリアは
魔法には、その効果に関連した物品(火魔法であれば火種、水魔法であれば水袋、等)が要る。
これは絶対条件。
才能の大小で無視することはできない。
ならば、雷魔法には雷に関連した触媒が必要になるわけだが――ここで考えてみて欲しい。
現代日本ならば中学校で教わる知識であるが、雷、つまり電流とは『“電子”の移動』である。
そして“電子”はこの世のあらゆる物質に含まれていることもまた、現代人であれば常識のはずだ。
これは逆説的に――
この知識をセシリアは活用しているのである。
勿論、教えたのは私だ。
なお、他の属性についても同様のことが言える。
例えば、火。
燃焼とは酸化現象である。
そして大気の5分の1は、その酸化に必要な酸素なのだ。
酸素を触媒にすれば、大よそどこででも火魔法を扱える。
例えば、風。
この世界の魔法使い達は、風の淀んだ場所――狭い屋内や洞窟の中では風魔法を使えない。
しかし風を“気体の流動”、もっと言えば“気体を構成する分子の動き”であると捉えれば、そんな制限など取り払える。
気体分子は常に動き続けているのだから。
別に専門的な話ではない。
現代社会である程度の勉学に励んだものなら、誰もが知っている知識――常識と言ってすらいいだろう。
しかしその常識を活用することで、一流の魔法使いにすら不可能な“(見かけ上は)無触媒での魔法行使”が可能になる。
まあ要するに、ある程度の現代科学を知っている人であれば、誰でもこの世界で超一流の魔法使いになれる、ということなのだが。
私としては、さっさとこの知識を世間に広め、有能な魔法使いを量産したいところなのだが。
まだ家庭教師だった頃のクライブ宰相に、『革新的過ぎるから内密にしておきなさい』と禁じられてしまったのだ。
故に、現代科学を応用した魔法技術を使えるのは、私以外ではセシリアだけだったりする。
――と、膠着状態に入ったことを幸いに説明していたわけだが。
「……まずいぞ」
ぽつりと、ルカが呟いた。
私も同感だ。
確かに、まずい。
いや、戦況はそう変わっていない。
攻め手はセシリアであり、ドラキュラは避けの一手だ。
だが決定的に先程までと違う部分がある。
いや会場は雷によってズタボロになって、部屋の壁が壁の体をなしていなかったりするが、言及したいのはそこではなく。
一撃一撃で被るドラキュラの傷が、浅い。
「――っ!」
セシリアの顔が、焦りで僅かに歪む。
彼女もこの状況が分かっている。
別に、セシリアが魔法の使い過ぎで消耗したわけではない。
ではどうしてこうなったのかと言えば――経験の差だ。
セシリアは強大な魔法を行使できるが、戦いを――ここまで強力な敵との戦いを、これまで体験したことが無い。
その戦闘経験の無さが響き、攻撃の手がどうしても単調になってしまっているのである。
故に、ドラキュラ伯爵に行動を見切られ始めている。
少しリズムを変えてやるだけでも大分違うのだが、残念ながらまだセシリアにそんな引き出しは無い。
「……そろそろ終了かな?
いや、楽しかったよ、お嬢さん」
そんな言葉を零して――ドラキュラの身体が
いや、消えたのではない。
単に
尋常でない速度で、伯爵が駆け出したのである。
向かう先は、セシリア!
「くっ!?」
彼女が呻く。
速い!
しかも上手く攻撃の合間を突かれた!
迎撃が間に合わない!
さてはあの男、今まで相当手を抜いていたな!?
「なに、苦しませるような真似はしない。
痛いのは一瞬さ」
ドラキュラの爪が、長く鋭い形へ変貌する。
その切っ先をセシリアへ振り下ろし――
「――むっ」
しかし彼女に届くことは無かった。
伯爵の腕が、綺麗に
どさり、と傍らに彼の腕が落ちる。
「あー、良かった。
このまま見せ場なく終わったらどうしようかと心配してたんだ」
それを成し遂げた人物――ルカが、軽い口調でそう告げた。
片手には、先程ドラキュラの腕を斬り落としたサーベルを握っている。
数瞬前までは私のすぐ近くに居たというのに、今はセシリアを庇うような位置でドラキュラと対峙していた。
「選手交代だ。
アシュフィールド家子息、ルカ・アシュフィールド。
今度は僕が君のお相手をしてあげよう」
剣を構え、ルカは不敵に笑う。
伯爵もまた、楽しそうに笑い返した。
「……なるほど。
ウィンシュタット領とは、戦乙女の巣窟であったか」
いや男なんだけどね、目の前のそいつは。