異世界の侯爵ライフは他人任せ   作:ぐうたら怪人Z

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⑦ 男爵の妄想▼

 

 

 唐突だが。

 ブラッドリー・ラジィル男爵は、困惑していた。

 

「……吸血鬼と、ですか?」

 

「ああ、戦うことになった。

 君には軍を指揮して貰いたい」

 

 ここはウィンシュタット家の執務室。

 部屋にはブラッドリーの他に、彼の上役である侯爵――エイル・ウィンシュタットしか居ない。

 そして当の侯爵は、椅子に深く腰掛けながらそんなことを言ってきたのである。

 

 本来であれば、未だ男爵の身であり、かつ齢二十を越えたばかりの若輩である自分が侯爵の所有する軍を指揮するなどまず有り得ない話だ。

 しかも相手は万民に害なす魔物、吸血鬼。

 青年は今、実に栄誉ある提案を持ち掛けられている。

 断る理由は無い、はずなのだが。

 

「いえその、エイル卿の指示であるならば異論はありませんが――」

 

「何か言いたいことがあるようだな」

 

 美しい双眸を少し細め、こちらを見つめるエイル侯爵。

 その視線に若干の“圧”を感じつつも、ブラッドリーは答えた。

 

「……失礼ながら、戦う道理がありません。

 その吸血鬼の目的はクレアスの王女であり、俺達とは無関係です。

 クレアスが帝国に下る条件は経済支援のみだったはず」

 

「放っておくわけにもいかない。

 今後クレアスは我が領土となる。

 あんな怪物に領内への居住を許すなんて、ぞっとしないだろう?」

 

 正論である。

 魔物を放置しておけば、いずれ第二第三の犠牲者が出るのは自明の理。

 故に、その吸血鬼を討つこと自体には反論の余地がない。

 ただ――

 

「ええ、討伐は必要です。

 ただ、クレアスにはさらなる見返り(・・・・・・・)を請求しても罰は当たらないのではないかと」

 

 ――他国が抱えている問題を、無償で(・・・)解決することに抵抗を覚えているのだった。

 罰が当たらないどころか、クレアスは相応の謝礼をもってこちらへ依頼してくるのが筋である。

 しかし、まだ若き麗しの侯爵はブラッドリーの提案を軽く流す。

 

「勿論その通りだ。

 しかし今後の統治を考えれば、貸しを作っておくのも手だと思わないか?

 それに――吸血鬼の目的が本当に(・・・)王女だとも限らない」

 

「と、仰いますと?」

 

「一つ、クレアスが帝国へ併合される直前に(・・・)吸血鬼騒動が起きた。

 二つ、さらに、王と王女はこの街(シュタット)へ来る途中でも吸血鬼に襲われ、しかしこちらの迎えが間に合い人的被害は無かった(・・・・・・・・・)

 三つ、昨晩の会合中に吸血鬼が現れたが、奴は王女を狙う素振りを見せなかった(・・・・・・)

 少しばかり、偶然が重なり過ぎてはいないか?」

 

「……まさか、吸血鬼は」

 

「そう、クレアスの“誰か”と組んでいるんじゃないか、と私は考えているわけだ」

 

「となれば、奴の狙いは――――ウィンシュタット?」

 

「その可能性もある、ということだ。

 “誰かさん”と共謀して、な。

 だとすれば、野放しにするとクレアスに“都合のいい偶然”がまた発生するかもしれない。

 しかも、おそらくは我々(ウィンシュタット)にとっては実に“不都合な偶然”が」

 

「……そこまでお考えだったとは」

 

 驚嘆するほか無かった。

 侯爵は、情に流されてこのような判断に至ったと思い込んでいたのだが、とんでもなかった。

 様々な可能性を考慮し、最適な行動をとっているだけなのだ。

 しかもこの口振りから察するに、エイル卿はその“誰か”を既に特定しているように見える。

 流石、見込んだ通りのキレモノっぷりである。

 ブラッドリーは感心の吐息を吐きながら、心中で独りごちる。

 

(ああ、エイル卿――今日も相変わらず実にお綺麗だ)

 

 ……あれ?

 

(まつ毛が整い方からして既に芸術的。

 短く切り揃えたあの黒髪の艶やかさ、そしてサラサラ感は、一度でいいから撫でてみたい。

 パッチリとした切れ長の瞳に見つめられるだけで鼓動が早くなってしまう。

 薄い唇は実に瑞々しい――きっとプディングのような柔らかさなのだろう。

 加えてあのムチっとした太ももはどうだ?

 エイル卿は男だ、などと主張する愚かな輩もいるが、この太ももを見てもそれを貫き通せるか?

 この色気、男なんぞに出せてたまるものか)

 

 この男、真面目な会話しながらこんなこと考えていたらしい。

 

(その太ももをくっきりと浮かび上がらせるズボンのチョイスがまた秀逸!

 なんでも帝都の著名なデザイナーが作った、動きやすさを重視したボトムとのことだが――素晴らしい職人もいたものだ!

 最大限の謝辞を送りたい!

 なんなら資金援助したっていい!

 しかしこのズボン、履くのはそうそう容易いことではないぞ。

 何せ自分の下半身にピッチリと張り付きすぎて、そのスタイルをモロに見せてしまうわけだからな。

 エイル卿の脚線美あってこそだろう。

 ……まさか彼女は自らの艶やかさを見せつけようとしているのだろうか?

 寧ろ、俺は誘われている!!?)

 

 そんなわけない。

 ブラッドリーの内心を知る由も無く、エイル侯爵は話を続けた。

 

「引き受けて貰えて嬉しいよ。

 それと君に預ける軍についてなのだが――ウィンシュタットの私兵ではなく、近衛隊を率いて欲しい。

 クレアスが信用できない以上、我が領の兵達にはかの国の動きに対応して貰いたいのでね」

 

「……は?」

 

 反射的に目を丸くしてしまった。

 

「近衛隊と申しますと、先日エイル卿が皇帝陛下より賜れた、あの近衛大隊ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

「その部隊は、ルカ・アシュフィールド公子が隊長を務めていると聞きましたが」

 

「ルカ公子には別にやって欲しいことがある。

 ……大きな声で言えないが、彼は軍を指揮するより、個人で立ち回って貰った方が戦果を挙げてくれるからな。

 ブラッドリー卿も、ルカ公子の腕前について聞いているのではないか?」

 

「まあ、多少は」

 

 帝都の士官学校にて、他を寄せ付けぬ剣腕の持ち主がいる――という噂は聞いていた。

 それがあの(・・)アシュフィールド家の子息とあっては、眉唾として一笑に付すわけにはいかない。

 エイル卿の言う通り、将として動いて貰うよりも戦士として戦って貰った方が適切ではあるだろう。

 ……仮にも“公子”に対してそんな真似、余程の豪胆さがなければできないが。

 

(ルカ・アシュフィールド公子か。

 士官学校にて、エイル卿と男子人気を二分した、愛くるしい少女という話だな)

 

 しかしブラッドリーはまたしても会話と余り関係ないことを思い浮かべていた。

 

(彼女――いや、便宜上は“彼”と呼んでおくか――彼もまた時代の被害者なのだな。

 エイル卿と並び立つ程の美貌を持つというのに、男として振る舞わざるえなくなっている。

 二人は親友と聞くが、やはり同じ境遇に立つ者同士、通ずるものがあったのだろう)

 

 頓珍漢な感想なのだが、生憎と心の声なため誰もつっこみを入れられない。

 しかも顔はずっと真面目な表情のままなのだ。

 ブラッドリーは胸中をおくびにも出さず、エイルへと返事をする。

 

「承知しました。

 俺如きに近衛大隊の指揮など十分に務められるかどうかは保証しかねますが、全力を持って臨ませて頂きます」

 

「頼む。

 ……気休めにもならないだろうが、君ならきっと大丈夫だ。

 知っての通り近衛兵達は癖が強い(・・・・)からな、ブラッドリー卿でなければ早々指揮は執れないだろう。

 下世話な話だが、ここで成果を出してくれれば、君の伯爵授与もより円滑に進められる」

 

「そ、その話、本当に進言して下さったのですか!?」

 

「当然だ。

 先日、陛下へ面会した際にしっかりと伝えてある」

 

「ありがとうございます!!」

 

 歓喜に震える。

 正直なところ、伯爵位の件はなぁなぁで済まされるのではないかと覚悟していたのだ。

 エイル侯爵の義理堅さに感涙すら流れそうだった。

 

(しかし、エイル卿は少々皇帝陛下と親密すぎではないだろうか?

 近衛大隊を与えるというのも、普通はまず有り得ぬ話だ。

 ――まさか。

 まさか、陛下とエイル卿は、そういう仲(・・・・・)なのか!?)

 

 ブラッドリーの脳内に(大分失礼な)妄想が広がっていった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

※以下、脳内イメージにつき会話だけの描写となります。

 

皇帝「くっくっく、何度見ても良いものだのぅ、エイル卿。

   普段の男装姿もオツなものだが、やはり女として着飾った格好に勝るものでは無いわ。

   その少々小ぶりながらも美しいおっぱい(ブラッドリーの想像)、隠すには勿体ない」

 

エイル「ご勘弁下さい、陛下。

    こんな姿を見られては、私が女であることが皆にバレてしまいます」

 

皇帝「難儀なものよ、それ程までに侯爵の座へ固執するか。

   望めば今すぐにでも儂の側室にしてやるというのに」

 

エイル「代々続くウィンシュタット家の血筋を絶やす訳には――」

 

皇帝「まあ良い。考えてもみれば、お主を女の姿にして他の男が目を愉しむというのも面白くない。

   だがな、儂の前では女の――いや、雌の姿を晒してもらうぞ?」

 

エイル「あ、ああ、いけません、陛下!

    そこは、そこは――!!」

 

皇帝「いいではないか、いいではないか!」

 

エイル(雌)「あーーれーーーーー♡」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 妄想、終わり。

 

(ふん、はー! ふん、はー! ふん、はー!)

 

 本人達に知られれば侮辱罪で極刑に処されても文句言えない想像をして、ブラッドリーの鼻息は大分荒くなっていた。

 エイル侯爵(本人)が不思議そうな顔をして尋ねてくる。

 

「……?

 どうした、ブラッドリー卿。

 どうも顔色がおかしいようだが?」

 

「い、いえ、どうもしておりません!

 ……時にエイル卿。

 陛下との面会は、よく行っているのでしょうか?」

 

「いや、正式な面会という意味では今回が初めてだ。

 陛下とは、そう太く繋がっているわけでは無い。

 そういうコネクションを私に期待しているなら、すまないが諦めてくれ」

 

「陛下と“つながる”!?」

 

 つい大声を出してしまうブラッドリー。

 思いがけぬ反応に、侯爵がたじろぐ。

 

「そ、そこ驚くところなのか?

 そもそも、私と陛下は繋がっていない、という話だぞ?」

 

「あ、ああ、陛下とエイル卿は繋がったことが無い(・・・・・・・・・)、と。

 安心いたしました」

 

「何に?」

 

 ナニにだろう?

 訝しむエイルに対しブラッドリーは咳払いを一つ挟んでから、、

 

「と、とにかく。

 近衛隊指揮の件、確かに拝命しました。

 一命にかえましても、必ずや吸血鬼の首をとってきてみせましょう」

 

「う、うん、宜しく頼む」

 

 多少怪しまれている感じもするが、どうにか誤魔化せたようだ。

 ブラッドリーは気分を一新させると、毅然とした態度で一礼してみせた。

 

「吸血鬼との戦いは明日の夜でしたね。

 時間はありませんので、早速近衛隊の兵達と顔を会わせておこうと思います。

 互いに面識があった方が、何かと指示を飛ばしやすいので」

 

「ああ、その辺りの判断は君に任せる。

 気負わせるつもりもないが、しっかりやってくれると有難い――何せ、王女が攫われれば、つまり吸血鬼との勝負に負ければ、私の身柄も奴に引き渡すという約束なのでね」

 

「え?」

 

 エイル侯爵が、笑顔でかなりとんでもない発言をしてきた。

 

「身柄を引き渡す?

 何故、そんな約定を?」

 

「シュタットの民を人質に取られ、仕方なく、な。

 まあ、“ウィンシュタットの領を頂く”としてしまうと余りに露骨過ぎるが故に、私の身柄の要求へ文面を変えたのだろう。

 だがこれは一方的に不利な条件という訳でもない。

 敵が私に多少なりとも執着しているのであれば、逆にそこを突いて相手の手を緩めさせることも――ブラッドリー卿、聞いているか?」

 

 勿論、聞いていなかった。

 

(この戦いに負ければ、エイル卿が吸血鬼のものに、だと?

 まさか吸血鬼の狙いは彼女の肢体だったのか!!!!)

 

 激しい怒りと共に、ブラッドリーの脳内で再度妄想が展開していった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

※以下、またしても脳内イメージにつき会話だけの描写となります。

 

吸血鬼(ブラッドリーの想像)「ぐぇ、へっへっへ。ようやくオレのモノになったなぁ、エイルぅ」

 

エイル「くっ、近寄るな、化け物!」

 

吸血鬼「そんなツンケンするなよ、エイルちゃん。

    オマエはもう、オレに逆らうことはできないんだぜ?」

 

エイル「あ、ああ――!?

    止めろ! そんな! 服を破くだなんて――!?」

 

吸血鬼「思った通り、イイ身体してんじゃねぇか!!

    コレをオレの好きにしていいと思うと――へへへ、涎が止まらねぇ!」

 

エイル「げ、下衆め!

    身体はオマエの手に下ろうとも、心までは決して屈さんぞ!」

 

吸血鬼「その気丈さ、いつまで持つかなぁ!?

    ひゃはははは、天国(エルシエロ)へ旅立たせてやるぜ!!」

 

エイル(昇天)「あ!? あはぁああああああああん♡」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「ぬがぁあああああああああああっ!!!!!

 許せん!!!!!」

 

「どうしたんだブラッドリー卿!?

 いや、私のことを心配してくれるのは嬉しいが、ちょっと激昂し過ぎだろう!?」

 

 自分で勝手にやった脳内妄想に、勝手に怒り出すブラッドリー。

 情緒不安定にもほどがある。

 

(おのれ吸血鬼!!

 最低のクソ野郎め!!)

 

 いや今のところ、最低なのは彼の方なのだが。

 

(あのエイル卿の肢体にむしゃぶりつこうというのか!!

 むっちりとした太ももに!!

 艶やかな曲線を描くお尻に!!

 そして未だ見ぬ胸の膨らみに!!

 ああああああああああああ!! なんてことだ!!

 くっそ羨まし――じゃなかった、けしからんことを企みやがって!!

 こうなれば俺自らの手でけちょんけちょんのギッタギタに――――――あ?)

 

 そこで彼の動きが止まった。

 妙に冷静な顔になって、エイル侯爵の方に向き直り、

 

「エイル卿」

 

「こ、今度は何だ?」

 

「唐突ですが、急ぎの用がありますので俺はここで失礼します」

 

「え?――あ、ああ、分かった」

 

「では」

 

 短いやり取りの後、踵を返し退室するブラッドリー。

 ……あのままその場に留まれば、我が身の“不様”を晒すところだったのだ。

 かといって、それを避けるため前屈み(・・・)の姿勢をとったならば、それはそれでエイル卿に対して失礼極まりない。

 ブラッドリーは、すぐに立ち去る以外に取る手が無かったのである。

 

(やらねばならないことは多く、それに割ける時間は少ない。

 だがまずは――)

 

 彼は気を鎮めるため、“一人きりになれる場所”を目指すのであった。

 ……大丈夫なのか、この男。

 

 何はともあれ。

 エイルの脅威となる存在は意外と身近にいるのかもしれない。

 

 

 

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