異世界の侯爵ライフは他人任せ   作:ぐうたら怪人Z

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⑧ 王女との一夜(前)

 

 

 慌ただしい一日が終わった。

 昨夜のドラキュラ伯爵襲来からこっち、ほぼ丸一日不眠不休で働いていたのだ。

 あちらに指示を出しこちらに指示を出し、ついでに色々承認もし。

 それらがようやく一段落し、自由時間と相成ったわけである。

 

 ちなみに、セシリアには色々と準備があるため先にデュライン砦へ入って貰っている。

 つまり、私はこの夜一人。

 明日は命を懸けた決戦だというのに、今日は寂しい夜を迎えてしまう――わけではない。

 

「ふっふっふっふ」

 

 思わず含み笑いが漏れる。

 今、私は屋敷の廊下を歩いていた。

 向かう先は“ディアナ王女の居る客室”だ。

 

 ブラッドリー卿も言ってたが、やはり吸血鬼退治を一方的に押し付けられて、はいそうですかで終わらせるのは流石に勿体ない。

 ここは一つ、報酬の“前払い”を頂いても罰は当たらないと思う訳で。

 そんなわけで、王女の部屋の前までやってきたわけである。

 夕飯をとってからまだ間がない。

 この時間ならまだ彼女も起きているはず。

 そう考えて、私はドアをノックする。

 

「はーい、どちら様?」

 

 すぐに王女の返事が来る。

 予想通り、まだ就寝には至っていないようだ。

 

「エイル・ウィンシュタットだよ、ディアナ王女」

 

「ああ、エイル卿?

 何の用かしら?」

 

「明日のことで話があってな。

 ……入ってもいいだろうか」

 

「うん、構わないわ。

 ちょっと待っててね」

 

 扉に近づく足音が部屋の中から聞こえてくる。

 少しして、ドアの鍵がかちゃりと開いた。

 

「こんばんは」

 

「ああ、こんばんは」

 

 扉が開いて出てきたのは、やはりというか当然というか、ディアナ王女。

 部屋着だからか、昨夜のパーティーで見たよりも大分シンプルな形の着物姿だ。

 シンプルというだけで生地は高級そうではあるが。

 ついでに言うと、薄着なせいで王女の肢体のラインが割と見て取れたりもする。

 ……どことは明言しないが、なかなか程良い感じな大きさだ。

 

「まさか立ち話するわけじゃないんでしょ?

 さ、入って入って」

 

「ではお言葉に甘えて」

 

 私が入り口をくぐろうとすると、ディアナ王女が手を握ってきた。

 そのまま彼女が主導する形で部屋の中へ入っていく。

 ……結構簡単にボディタッチを許すんだな。

 確かにフランクな女性のように見えたが、王女なのだからもう少しガードは固いと思ったのだが。

 

「さささ、座って座って」

 

「あ、ああ」

 

 半ば強引に促されるまま、腰を下ろす。

 ――ベッドの上に。

 

 ……おや?

 なんだか凄く自然な流れでベッドに座っているんだが、これはどういうことだろう?

 王女もまた、私のすぐ隣に腰を下ろしている。

 つまり私と彼女は今、一つのベッドの上に居るわけで。

 …………いいのか? 相手、仮にも王女なんだぞ?

 

「えーと、それで、なんの話?」

 

 ぐいっと私の方へ顔を近づけながら、ディアナ王女が聞いてくる。

 近いな。

 とても近い。

 私の方から寄っていけば、触れ合えてしまうではないか。

 内心のドギマギを抑えつつ、会話を続ける。

 

「まあ、そんな大層な話じゃない。

 明日の“戦い”についてだ」

 

「あー、やっぱり」

 

 すぐに納得してくれた。

 彼女からしてみれば、現状で私と話をする内容なんてそれ位しかないだろうけれども。

 

「単刀直入に言おう。

 ディアナ王女、明日は君にもデュライン砦へ来て貰いたい。

 王女である君が最前線に」

 

「うん、いいわよ」

 

「出るというのは納得いかないかもしれないが、安全策は十分に講じて――――って、いいの?」

 

 話の途中だというのにスパっと返答が来てしまった。

 王女であり、かつ吸血鬼のターゲットでもある彼女に砦へ向かわせるには、色々と説得が必要かと思っていたのだが。

 しかしディアナは軽く頷いて、

 

「貴女が必要だと判断したんでしょ?

 なら、あたしがそれを拒むわけにはいかないわよ。

 ……そもそも、根本的にあたしがこの騒動の原因なわけだしね。

 後ろに放っておかないでくれて、感謝したいくらい」

 

「……そうか」

 

 この子はこの子で、覚悟を決めているようだ。

 実に好ましい。

 もっとも、その覚悟が無駄に終わるよう、我々は全力を尽くすわけだが。

 

「で、あたしは砦で何をすればいいの?」

 

「囮だ。

 目標はここに居ると、吸血鬼にアピールして欲しい」

 

 今更取り繕うこともないだろうと考え、はっきり言ってしまう。

 

 ドラキュラ伯爵は魔物大群を引き連れてくるだろう。

 大してこちらの主力は、近衛兵1000人のみ。

 質はともかくとして、数の面では劣勢と見て間違いない。

 となると、なるべく敵には密集してくれた方が対処しやすい、らしい(ブラッドリー男爵談)。

 ディアナ王女には、そのための餌になって欲しいのである。

 

「ふーん?

 オッケー、任せて。

 きっちり吸血鬼共の注意を集めてやるわ」

 

「といっても、姿を見せるのは開戦前だけでいい。

 魔物が君めがけて攻めてきさえすれば、後はこちらで対処しよう」

 

 対処するのは私ではなくルカやブラッドリー男爵だが。

 さらに言えば、魔物が王女を狙って動いてくれるかどうかの保証は無いため、彼女の働きは無為に終わる可能性も高い。

 だがそれでも、彼女には砦に居て貰わなければならない。

 何故か?

 

 ディアナ王女には語っていない本音。

 正直なところ、私はクレアスを信用していない。

 もっとはっきり言えば、この動乱はクレアスとドラキュラ伯爵が共謀して起こしたものだと思っている。

 だからこそ、あの国の連中に“変な動き”をさせないため、王女を囲っておきたいのである。

 要するに、クレアス側への“人質”だ。

 ……まったくもって、本人にはとても言えた話では無い。

 

「貴女は?」

 

「ん?」

 

 唐突に、王女が尋ねてきた。

 

「貴女はどうするつもり?」

 

「どうするも何も――戦いは信頼できる部下達に任せてある。

 それに恥ずかしい話だが、戦闘は余り得意じゃないんだ。

 私が現場でできることなんて、たかが知れている」

 

「じゃあ――」

 

「ああ、だからせいぜい見物するくらいしかやることは無いな。

 戦いの前に兵達へ激励を飛ばす程度のことはするけれども」

 

「――え? アンタ、まさか戦場に出る気なの?」

 

 何故かディアナ王女は訝し気な顔をした。

 私は頭を振って、

 

「いや、戦場には出ないさ。

 せいぜい、砦に引きこもらせて貰う」

 

「別に砦へ来る必要もないでしょう?

 この街で戦果の報告を待ってればいいじゃない」

 

「……ディアナ王女」

 

 どうも、彼女は思い違いをしているようだ。

 

「吸血鬼との戦いは、私の独断なんだ。

 自分の都合で兵達を動かしておいて、当人は街でぬくぬくと過ごす――なんてわけにはいかない。

 それは責任放棄だ――少なくとも、私はそう考えている。

 あとまあ、一応はあの吸血鬼との“賭け”の件もあるしな」

 

 加えて、今回は近衛大隊の初陣でもある。

 下手を打って近衛兵達に舐めてかかられては、今後の活動に支障をきたすかもしれない。

 様々な理由により、私が後方で待機するわけにはいかないのだ。

 

「…………」

 

 一方、私の話を一通り聞いた王女は呆然としていた。

 何かあったのかと不思議に思っていると、居住まいを正し始める。

 

「エイル卿」

 

 そして畏まった声で、話しかけてきた。

 

「この度の救援、誠にありがとうございました。

 仮にも敵国に対し救いの手を伸ばす行為、本来であれば足蹴にされてもおかしくなかったでしょう。

 貴女程の“高貴さ(ノブレス・オブリージュ)”を持つ貴族を私は知りません。

 この地を治める領主が、貴女のような方で本当に良かった」

 

 深々とお辞儀をしてくる。

 その佇まいは正しく王女の風格を纏っていた。

 ……突然どうしたのだろうか?

 

 依然、変わらぬ態度で言葉を続ける。

 

「事ここに至り、クレアスは――少なくとも私は、貴女に対して誠心誠意をもって援助させて頂きます。

 私にできることであれば、どんなことであっても仰って下さい。

 必ずや実行し、貴女のお力になりましょう」

 

「急にそんなことを言われても――――ん?」

 

 今。

 なんでもするって――

 

「言ったわよ」

 

「おわ!?」

 

 いきなり元に戻らないで欲しい。

 あと人の思考を読むような真似は止めて欲しい。

 ちょっと心臓に悪いぞ。

 

「さっきのはまあ、おふざけが過ぎたかもしれないけど。

 エイル卿が望むなら何でも受け入れるっていうのは、本気の話よ。

 貴女がこの話を受けた時から、覚悟は決めてたし」

 

 軽い口調で重い話をしてくれる。

 とりあえず私は聞き返してみた。

 

「どんなことでも?」

 

「うん、どんなことでも」

 

 彼女がさらに近寄ってくる。

 最早ディアナ王女な私のすぐ隣。

 互いに脚が触れ合ってしまっている距離。

 ちょっとアレな言い方をすれば、ベッドの上で接触している状況である。

 

「…………」

 

 これは、アレか。

 アレなのか。

 これまでの人生経験を鑑みて言わせて貰えば。

 

 ――この女、ヤれる!

 

「んっ――」

 

 そう判断した次の瞬間、私はディアナ王女に口づけをしていた。

 

 

 

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