異世界の侯爵ライフは他人任せ   作:ぐうたら怪人Z

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⑩ ドラキュラの侵攻▼

 

 

 デュライン砦。

 ヴァルファス帝国とクレアス王国との国境――その山間に造られた巨大かつ堅牢な砦である。

 攻めるに難く、守るに易い、理想的な立地といえる。

 

「もっともそれは、人の軍隊であれば、だ」

 

 そう呟くは、血色の悪い白い肌と口元から覗かせる鋭い犬歯が特徴的な一人の男性。

 即ち、ドラキュラ伯爵。

 

「多くの魔物にとって山の斜面や草木の障害など有ってなきがごとし。

 フフ、これは失策ではないかな、ウィンシュタット卿?」

 

 ニヤリとほくそ笑む。

 その顔は、己の有利を確信していた。

 

「とはいえ――仮に想定通り地の利が働いたとしても、我が“軍隊”に抗すのは難しいと思うがね」

 

 そう言って、伯爵は周囲を見回す。

 そこには――木々の狭間に、岩の陰に、空の暗闇に――多くの魔物達が蠢いていた。

 ドラキュラの血から生み出された――かつて彼が取り込んだ(・・・・・)存在。

 そんな化け物どもがずらりと並び、砦を囲むように配置されている。

 ざっとその数、一万は下らない(・・・・・・・)

 

「対するは――ふむ、少々物足りないな」

 

 遠く、デュライン砦を観察する。

 人外の瞳は、彼我の距離も、闇夜の妨げも無視して、鮮明に“敵影”を捕らえた。

 

「数は千程度、一個大隊といったところか。

 見たところ練度は悪く無いし装備もなかなかの上物だが――数不足は如何ともしがたい」

 

 大規模な戦闘において、数はそのまま力となる。

 個の武力など、このような場ではさして影響力は無いのだ。

 

「しかも、騎兵が一人もいないとは」

 

 単純な移動速度という点において、魔物は人よりも優れている。

 人はただの獣にすら徒競走で勝てないのだから。

 故に、機動力のある騎士隊を用意しておくことは必須である。

 山に挟まれた土地とはいえ、打って出ることを想定してか砦周りは地ならしされ広い平地となっている。

 馬は十分に活用できることだろう。

 ……だというのに、騎馬の姿はどこにも見えなかった。

 

「ふぅむ、まさかとは思うが、ワタシは甘く見られているのかな?」

 

 肩を竦める。

 軽い失望感。

 好敵手と巡り会えたと思ったが、自分の過大評価だったのだろうか?

 

「それとも、ウィンシュタット卿は戦がお得意で無かったか」

 

 考えても詮無きことだ。

 自分がかの侯爵を気に入ってしまったのも事実。

 労無く身柄が手に入るのであれば、それに越したことも無い。

 

「……さて、そろそろ刻限だ」

 

 約束の午前零時が近づいていた。

 戦いまであと僅か。

 

「姫が砦に居ることも先刻確認済み。

 となれば――つまらないが、このまま突貫するが最善か」

 

 まあ、伯爵が率いる魔物達には複雑な作戦行動など期待できないため、元より取れる手は少ない。

 

「いずれ知恵ある魔物も配下に加えたいところだな」

 

 今後の課題を口にしてから、ドラキュラは軽く手を上げる。

 その腕を振り下ろしつつ、叫んだ。

 

「――“征け”!!」

 

 その号令を合図として。

 万の大群が、一斉に砦へと殺到する。

 

 

 

 

 

 

 地を駆ける。

 空を滑空する。

 戦場へと馳せ参じる。

 伯爵はこの戦い、悠然と見物するつもりは毛頭なかった。

 己自身も出向き、一気に勝敗を決すつもりだ。

 

 

「来たぞぉっ!!」

 

 

 遠くから、物見の声。

 自分達の存在に気付いたようだ。

 まだ砦とは距離がある。

 有能な見張りが置かれていたらしい。

 

「……むっ」

 

 小さく声を漏らす。

 砦のあちらこちらに、光が灯された。

 ただの光では無い、砦周辺をくまなく照らし出す程に強力な光だ。

 例えるなら『スポットライト』のような輝き。

 松明やランプによるものではないだろう。

 おそらく、魔法による照明だ。

 

「ひょっとして、あの侍女かな?」

 

 先日自分と対峙したメイドの姿が胸中に浮かぶ。

 あれ程強力な魔法の使い手であれば、この所業もやってのけるだろう。

 

「どちらにせよ、これで闇夜による自軍の有利は無くなったか」

 

 魔物のほとんどが、闇の中でも物を見通せるのである。

 しかし、コレに関しては当然対策してくるものと想定していた。

 闇夜に乗じての不意打ちなど、毛頭考えていない。

 

「正面から、叩き潰してあげよう」

 

 そう宣言して、速度を上げる。

 デュライン砦はもう目の先だ。

 敵軍からも、魔物の姿は既にはっきりと見えていることだろう。

 その証拠に待ち構える兵達は皆武器を構えている。

 

「……我が軍の“数”を見て誰も怯まないか。

 その忠誠心、見事だ。

 ――同情を禁じ得ないよ」

 

 下手をすれば、一気に砦まで打ち壊しかねない程の勢いで魔物達は進軍している。

 果たして彼らは、こちらの初撃に耐えられるのだろうか?

 そんな、余計な心配まで湧いてくる。

 

「……む?」

 

 その時、あることに気付いた。

 砦の前を固める兵達が、皆一様に同じ姿勢をとっていた。

 全員が、武器を高く掲げている(・・・・・・・・・・)のだ。

 

「あれは――?」

 

 胸騒ぎがする。

 アレと同じモノを、伯爵はつい最近目にしていた。

 

「いや、まさか」

 

 頭を振って不安を払拭する。

 そんなわけが無い。

 アレは、一端の兵ができる芸当ではない。

 かの公子だからこそ行えた(わざ)のはずだ。

 いや仮に可能だとしても、あの魔法を使える兵をこれだけ集めるなど――

 

 ……果たして。

 伯爵の予感は的中する。

 ウィンシュタットの兵達は、異口同音に“ある言葉”を叫んだのだ。

 

「「「――<覚醒せよ、我が魂(ウェイク・アップ)>!!!!」」」

 

 千人の兵全て(・・・・・・)が、淡い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「…………嘘だろう?」

 

 目前で広がる光景に、ドラキュラは絶句していた。

 蹴散らされている。

 蹴散らされている。

 万に届く魔物の大群が、千人程度の人の部隊に。

 

 

 

 ある兵士が、大剣で魔物を一刀両断した。

 返す刀で、もう一匹も斬り伏せる。

 

 ある兵士が、槍で魔物の腹を貫いた。

 そのまま突進し、並み居る怪物共を吹き飛ばしていく。

 

 ある兵士が、斧を投げた。

 回転する刃が空を飛ぶ魔物達を次々に撃墜する。

 

 ある兵士にいたっては、武器すら使っていなかった。

 拳で魔物を砕き、足刀で魔物を切り裂き、後ろから近寄った魔物は背負って投げた。

 

 

 

「ハハ、ハハハ」

 

 思わず渇いた笑いが零れる。

 何だこれは。

 どうなっているんだ。

 一人一人の兵士が、魔物を数匹分に匹敵する戦力を有していた。

 

 逆だ。

 逆のはずだ。

 本来、魔物は幾人もの兵士に立ち向かわれる存在なのだ。

 幾匹もの魔物が一人の兵士に挑む状況など、完全に立場が入れ替わっている。

 

「……超人兵団」

 

 ある単語が声に出る。

 そういえば、聞いたことがあった。

 ヴァルファス帝国の軍は超人の集団である、と。

 一騎当千の強者共が、軍を成して襲ってくるのだと。

 

「尾ひれのついた話だとばかり思っていたが……」

 

 こうなると信じざるを得ない。

 噂は真実だったのだ。

 ヴァルファス帝国は、“超人”のみで形成された軍隊を保有している!

 

「よくクレアスはこんな軍隊と戦えていたものだ……」

 

 そんな考えまで頭に過ぎってしまう。

 戦いを傍観している間にも、じわじわとだが確実に魔物の数は減っていく。

 

 当然だ。

 ウィンシュタットの兵士達は、個々の武力で魔物を凌駕しながら、その上仲間達と連携をとって戦いに臨んでいた。

 騎馬が用意されていなかったのもこうなれば頷ける。

 馬より速く走れる人間(・・・・・・・・・・)に馬は必要ない。

 自分の足で駆けた方が、より精密に陣を調整できるのだから。

 

 一方、魔物には互いに協力し合うという意識は無い。

 ただただ正面からぶつかるのみだ。

 ……魔物達が勝てる道理等無かった。

 

「いや――負ける、のか? ワタシが?」

 

 敗北。

 その二文字を嫌が応にも意識する。

 数多の魔物を率いるドラキュラ伯爵が、人に負ける。

 近代兵器で武装した軍隊ではなく、原始的な武器しか持たぬ戦士達に。

 だが、ウィンシュタットの兵が己の軍に勝っているのは最早疑いようもなかった。

 

「ハ、ハハハ、ハハ――」

 

 呆然としたまま、笑いだす伯爵。

 先程まで力強く大地を駆けていた脚は止まり、腕は力なく垂れる。

 俯き、瞳を静かに閉じると――

 

「――素晴らしい!!」

 

 その言葉と共に、見開いた。

 いつの間にか、手は力強く握られている。

 

「これだ!!

 これでこそだ!!

 このような相手こそ、我が敵に相応しい!!!」

 

 諦観?

 否、己に訪れる感情は歓喜である。

 伯爵は久方ぶりに出会えた強敵を前にして、自分でも不思議に思う程の高揚感を得ていた。

 

「挑戦者の立場になるなど、果たしていつ以来だ!?

 ヴァン・ヘルシングに敗れた時――いや、オスマン帝国との戦争かな!?

 いや全く、大したものだ、ウィンシュタット卿!」

 

 高らかに笑う。

 おそらくは侯爵がいるのであろう砦を睨み付け、

 

「強いのは君だ。

 だが――勝利は、私が頂く」

 

 自らの腕を傷つける。

 皮膚から血が滴り落ち――その血が、新たな魔物へ変貌した。

 骨だけで組上げられた“馬”、スケルトンホースだ。

 伯爵は声無く(いなな)く馬へと跨ると、同じ血で作り上げた『馬上槍』を構え、

 

「いざ、往かん!!」

 

 馬の魔物へ指示を飛ばし、矢のような速度で駆けだした。

 狙いは、砦の中枢。

 他には目もくれず、目的の場所へと一直線に向かっていく。

 

「おおおおおおっ!!!!」

 

 自然、雄叫びが上がる。

 人と魔物が戦う中を、一騎は走り抜けた。

 無論、ただで通してくれるはずが無い。

 吸血鬼の存在に気付いた兵士達が、次々と伯爵へ肉薄していくる。

 

「ぬぅんっ!!」

 

 ドラキュラは馬上槍を操り、彼等を退けていった。

 迎撃が間に合わぬのなら、馬の高速機動で回避する。

 さしもの超人兵達も、魔物でも最上位の速度を誇るスケルトンホースには追い付けないようだ。

 さらには魔物達を使って道を無理やりこじ開けさせる。

 持てる全てを使い、伯爵は砦へと突貫した。

 

 ――しかし。

 

「むっ!?」

 

 突如、真横から強力な一撃。

 槍で受け止めるも、危うく衝撃で身が崩れそうになる。

 どうにかバランスを保ち、襲い来た相手を見やれば――

 

「お前がドラキュラだな?

 我が名はブラッドリー・ラジィル男爵!

 我が主エイル侯爵のため、貴様を討たせて貰う!」

 

 ――青年が一人、こちらを睨み付けていた。

 得物はこちらと同じ、馬上槍。

 その身に“光”を纏っていることから、彼もまた魔法によって強化されているのだろう。

 

 だがこの青年に関して特筆すべきはそこではない。

 彼は“馬”に乗っているのだ。

 馬上槍を持っているのだから当たり前といえばそうなのだが、騎馬の居ないこの戦場では異質に映る。

 その上、彼の乗馬はただ馬では無いのだ。

 

「……正気か?」

 

 今宵、幾度目になるか分からぬ驚きの声。

 ウィンシュタット軍の“非常識さ”は痛い程理解したつもりだったが、まだ足りなかったようだ。

 ブラッドリーと名乗ったこの青年が乗っているのは、“双角馬バイコーン”だったのである。

 

 バイコーン。

 二つの角を持つ馬をそう呼ぶ。

 地上を“時速数百km”で走破する怪物馬だ。

 学術上は“動物”であるのだが、性格は獰猛であり、しかも肉食なため、基本的に魔物扱いされている生物だ。

 当然のことながら、乗馬用になど使えない。

 上に乗ろうものなら、たちまち喰い殺されてしまうだろう。

 

 ――そんな曰くつきの“(魔物)”を、彼は乗りこなしていた。

 

「ハハハハっ!!

 我が愛馬に恐れをなしたか、ドラキュラ!?」

 

 こちらの沈黙を見て、目の前の騎兵――ブラッドリー男爵は嘲笑した。

 そうまでされて、黙っているわけにはいかない。

 

「ふっ、まさか!

 そのような“扱い辛い馬”に乗るキミの酔狂っぷりに、呆れていたのだよ!」

 

「酔狂? 違うね!

 これ程の兵達を率いるには、相応の気概が必要なのさ!!」

 

「……ほほう。

 愚かだな、自らそんなことを宣うとは」

 

 なるほど、確かに大した覇気を放っている。

 その“凄み”だけなら、先日相対した公子や侍女を超えていた。

 いや、実力の方も伯仲しているのだろう。

 バイコーンを乗りこなすだけでなく、長さ3mを超える巨大な馬上槍を片手で軽々と扱っているのだから。

 

「……全く、良い駒を揃えているものだ」

 

 思わず零してしまう。

 無論、誰にも聞こえぬように、だが。

 

「さて、態々大将首が自ら御足労願えたとは僥倖だ。

 名乗りまで上げておいて、よもや逃げることなどあるまいね?」

 

「ありえないな。

 お前の方こそ、臆病風吹かせて敵前逃亡などしてくれるなよ」

 

「それこそありえない。

 こちらにもプライドというものがある」

 

 舌戦を行いつつも、互いに槍を構える。

 周囲には兵士も魔物も入り乱れていたが――それぞれの将の意向を慮ってのことだろう、この一騎討ちを邪魔しようとするものは誰もいなかった。

 

 

 巨大な槍同士がぶつかり合う音が戦場に響く。

 2匹の怪馬が人外の軌道を描き戦場を疾走する。

 そんな二騎に呼応するかのように戦いは苛烈さを増した。

 

 ――終わる気配はまだ、無い。

 

 

 

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