さて、外では現在、我が軍とドラキュラ伯爵との戦闘の真っ最中。
私はと言えば、砦の中でゆっくりと状況を観戦中――とはいかなかった。
何故ならば――
「それで、お話とはなんですか、アレン王?」
「……もう少々お待ち下さい。
余人に聞かれるわけには参りませんので」
――クレアスの王、アレンに連れられ、廊下を歩いているのだった。
共に付いてきているのは、クレアスの兵士数人だけ。
なんでも秘密裏に話したい事があるとのことだ。
……こんな状況で侯爵である私を一人連れ出す理由。
なんとなく想像はつくが、付き合ってやることにする。
虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うし。
そんなことを考えながら、歩を進めていく。
何時の間にやら、大分砦の“外れ”に来ている。
戦いの場から最も離れた所だ。
「……そろそろいいでしょう」
アレンの足が止まる。
どうやら、“お話”をする状況が整ったようだ。
「では聞かせて頂きましょうか。
いったい、何の御用命で?」
「ええ、すぐにお伝えしますよ」
言って、クレアス王は軽く片手を上げる。
それを合図に、周りの兵士達が一斉に私へと剣を向けてきた。
「……これは一体何の真似です?」
「ふん、まだ気づかんのか」
彼の口調が変わる。
こちらを見る目も、険しいものへと変貌していた。
「と、言いますと?」
敢えてすっ呆けた答えを口にする。
実のところ色々察しはついているのだが、しばし分かっていない風を装うことにしよう。
「随分と察しが悪いな、ウィンシュタット侯爵。
貴方の身柄をあの吸血鬼に引き渡すつもりなのだよ。
それでこの戦いは“我々”の勝利だからな」
アレンは私の小芝居に気付いていないようで、私を見下げながらそう言った。
――やはり、そうだったか。
「つまり、貴方はドラキュラと名乗る吸血鬼と通じ合っていたわけですか」
「今頃気付いたのかね?
そうとも、あの吸血鬼は私の“協力者”だ」
「では最初からウィンシュタットの領土が目当てだった?」
「如何にも。
我が国の窮乏に頭を悩ませていた時、奴の方から声をかけてきてね。
『帝国の肥沃な大地を手に入れれば、この危機も乗り越えられよう』と」
面白い位に情報を喋ってくれるアレン。
ここまで無能だといっそ清々しい。
というか、よく魔物の誘いなんて受ける気になったものだ。
実は大物なのか、底抜けの馬鹿なのか。
せっかくだからもう少し色々聞いてみよう。
「吸血鬼への“見返り”は何です?
まさか、無報酬で魔物が人間に力を貸すわけはないでしょう」
「それは最初に言った通り――我が娘、ディアナだ。
どこを気に入ったのか知らんが、あの吸血鬼は我が娘に随分とご執心でね。
私もこれ幸いと誘いに乗ったというわけだよ」
「ディアナ王女を――自分の娘を、魔物へ捧げるおつもりか」
「国が救えるなら安いものだ。
あいつもクレアスのためになるなら、喜んで身を捧げるだろうさ」
なるほど。
馬鹿の方だったようだ。
「クレアスでは吸血鬼との戦いで兵士達に犠牲者が出たとも聞いていますが」
「パフォーマンスだよ。
私が吸血鬼と通じていると、帝国の連中に勘付かれるわけにはいかんからな。
必要な犠牲、という奴だ」
凄いな、幾ら自分の優位を確信しているとはいえ、ここまでペラペラ喋るのか。
そりゃこんなのがトップに居れば、クレアスが貧困にあえぐのも無理はない。
「国を守るためなら、娘を犠牲にしても、兵士を無為に死なせても問題ないと」
「当たり前だろう?
王である私の判断以上に重要なもの等ありはしない。
ま、所詮侯爵に過ぎない君には分からんかもしれないがね」
分かりたくもない。
「王女とは短く会話したのみですが、彼女は本当に民のことを想っているようでしたよ。
そんな彼女を生贄にして、心は痛まないのですか」
「それは良かった。
それだけ大事に考えているのなら、なおさら
父として、その意思は尊重しなければ」
The・クズ。
我が父はこんなのとよく長年平穏に付き合いを続けたものだ。
さっさと刈り取ってしまえばよかったのに。
「そもそも、国が貧窮している割に随分と貴方は
民が飢えている最中、自分だけは好き放題食い散らかしているようで」
「……随分とどうでもいいことに食いつくねぇ。
私一人が節制したところで国庫への影響などたかが知れているだろう。
こういう時こそ、王は健やかたるべし、だ」
そのでっぷりと太った腹はどう見ても健康的ではないが。
私の冷たい視線にアレンは少しも動じず、言葉を続ける。
「さ、もういいだろう。
せめてもの手向けとして会話に付き合ってやったが、いい加減終わりだ。
君があの吸血鬼にどう扱われるのか知ったことではないが――せめて楽に死ねるよう祈っているよ。
……拘束しろ」
最後の一言は、周りの兵士に向かってのもの。
しかし――
「…………」
「…………」
「…………」
――その言葉に従う者はいなかった。
「どうした?
早くこの若造を拘束しろと言っておるんだ」
訝し気にしながら、再度命令するアレン。
だが、やはり誰も動かない。
「おい、お前達――――え?」
そこで、ようやくクレアス王は
この男、今まで周りに居る兵士のことなど一顧だにしていなかったのである。
「な、何をしている?
何故――何故、
ようやく、その事実に気付いたらしい。
アレンが連れていた兵達は皆、自らが仕える筈の王へとその切っ先を構えている。
実のところ、会話の途中から既にこんな状況だったのだが、お間抜けなアレンはまるで気付いていなかったようだ。
「ようやく現状が理解できたか、愚かな王様」
「っ!? ウィンシュタット侯爵、お、お前の差し金か!!」
私の言葉に、アレンが目を見開く。
その仰天ぶりに、若干溜飲が下がった。
「差し金? まさか。
私は何もしてはいない。
ただ――クレアスのことを真剣に考える、極めて
「なっ!?」
半分嘘。
今の会話に反感を抱きそうな兵士は、ここに居る半数くらいだ。
残りは“私に寝返るよう”
……アレンがこれ程までに愚図であったなら、要らぬ手配だったかもしれないが。
「王のお考えはよく分かりました」
「我々はおろか、姫様の命まで軽んじていたとは」
「どうやら貴方が居てはクレアスに未来はないようだ」
「知っていますか? ウィンシュタット卿はこの短い間に、帝国までの道中で死んだ兵達の弔いもしておられたのですよ」
「ウィンシュタット卿の方が余程クレアスのことを案じておられる」
矢継ぎ早に放たれる兵の言葉。
自分の脚本通りに物事が運ぶのは、実に気分の良いものだ。
私もこの流れに便乗させて貰う。
「ただ“王である”という事実だけで、民が自分に従うなどと本気で思っていたのか?
我が身可愛さを優先して後先考えず責任すら取れぬ輩に――
「う、う……!」
クレアスの王がたじろぐ。
眼球が揺れ、視点が定まっていない。
実に情けない姿だ。
だいたい、こいつは私が一人で付いてきたという事実に何の疑問も抱かなかったのだろうか。
少しでも頭を巡らせれば、護衛を隠れさせているだの、部下が懐柔されているだの、幾らでも考え付くだろうに。
クレアスの王はそれでもどうにか声を絞り出し、
「お、お前達――王である私にこんなことをしてタダで済むと――」
「君はもう王では無い。
クレアスが帝国傘下につくことを承認したのは、他ならぬ君だろう?」
「あ、う……」
ツッコミに、アレンはあっさり口をつぐむ。
うーむ。
本気で阿保なのか。
少々不安になってきた。
この期に及んでそんな台詞が口から出るとは、まるで状況を認識できていないとは。
ひょっとして、部下がどうして離反したのか理解していないのではないか、この男。
そういう風に演じているだけかもしれないけれども――というか、そう信じたい。
どちらにせよ、これ以上“茶番”に付き合う必要は無いな。
「アレン、君はもう終わりだ。
クレアスの兵士諸君、彼を拘束してくれないか」
「「「はっ!」」」
私の言葉へ兵士達は敬礼で返してくれた。
俊敏な動きで彼等は本来の主を捕縛する。
「――ぐへっ!?
が、ま、待て、そんな――いぎぎぎぎぎぎっ!!?」
少々以上に“手荒く”扱っているのは、目を瞑ってやろう。
兵士達とて、先程の奴の言動には腸煮えくり返っているだろうから。
「……さて」
そんな彼らをしり目に、油断なく周囲を探る。
そろそろ
何のことかと言えば、当然ドラキュラ伯爵だ。
彼にとって、クレアス王は最重要人物である。
となれば当然の帰結として、彼の身に危険が及ぶ際には姿を見せなければならない。
――と、思っていたのだけれど。
「ウィンシュタット卿、この男はどこへ運びますか?」
「……そうだな。
ここを左に行った先に丁度いい空き部屋がある。
そこで拘留しておいてくれ」
「承知しました」
兵士へと指示を飛ばす。
それに従い、彼等はアレンを連行していった。
時折、王の足や背中を蹴飛ばしながら。
本当に人望が無いな、あの男。
まあ、それはそれとして。
「……むむむ」
内心、私は焦りまくっていた。
ドラキュラはまだ来ない。
これはまずい。
私の予想が正しければ、ドラキュラは
「――まさか」
先程から積もっていた不安が、的中してしまったということか。
つまるところ、私は“予想”を外してしまったらしい。
どうも私は、アレン王を
まさか――ここまで“無価値な”男だったとは!
「くそっ」
大ポカをやらかした。
そうとなれば、急がなければならない。
行先は無論、ディアナ王女の所だ。
「ここは任せた!」
「は、はい?」
近くに居た兵士にそう告げると、私は駆け出す。
正直言って、状況は芳しくない。