「遅かったじゃないか、ウィンシュタット卿」
部屋に入った私にかけられたのは、その一言だった。
ここはディアナ王女が待機している部屋。
しかし、聞こえた声は彼女のものでは無い。
「……ドラキュラ伯爵」
「いざ勢い込んでやってきたはいいものの、生憎キミは居なかったものでね。
先に
「――!!」
息を飲む。
部屋の端――その壁際に、“銀髪の少女”が一人倒れていた。
セシリアだ。
私が知る限り、帝国でも最強クラスの魔法使いである彼女が、床に身体を横たえている。
そしてその傍らには――
「エイルっ!」
――ディアナ姫の姿。
悲痛な顔で、私の名を叫んでいる。
「安心したまえ、キミの侍女はまだ生きている。
――手当が遅くなれば、どうなるか分からんがね」
「……そうか」
ドラキュラの言葉に、身体の緊張が僅かに解れる。
確かに、セシリアの胸がかすかに上下に動いていた。
最悪の事態だけは、どうにか避けられたか。
「さて、それでどうするのかな?
ワタシはもうチェックメイト寸前だ。
できれば降伏して貰えると有難い。
これ以上手荒な真似もしたく無いのでね」
「何を馬鹿なことを」
言って、身構える。
といっても碌に武器も持っていないので、すぐ動き出せるよう足を軽く開いた程度だが。
「ワタシと戦うつもり、か。
それは極めて愚かな行為だぞ?」
呆れたような声でドラキュラが告げる。
「考えてもみたまえ。
今、ここにキミが頼りにしている手駒は居ない。
身一つでワタシに挑まねばならないわけだ。
聡明なキミが、この状況を理解できていないとは思えないのだが、ね」
「――かもしれないな」
短く、しかし強く否定の意思を込めて返事する。
そんな私を見てドラキュラは頭を振った。
「ウィンシュタット卿。
ワタシはキミを高く買っている。
素直に敗北を受け入れるのであれば――ある程度はキミに
確かに。
理由は定かではないがこの吸血鬼、私に対してかなり好意的だ。
交渉次第で、そう悪くない落としどころに帰結させることも可能だろう。
しかし――
「――断る。
気遣いは有難いが、徹底抗戦だ」
倒れたセシリアの姿を僅かに見てから、そう断言する。
今の私を突き動かしているのは、ウィンシュタット家の誇りだとか、ディアナ王女との約束だとか、そういうものではない。
ただただ、“あの子”に手を出した輩が許せないのだ。
「……あの侍女か。
彼女がキミの特別な人であることは察しがついていた。
だからこそ殺さずにいたのだが――キミにとってはそれでも許しがたい行為だったのだな」
「よく分かっているじゃないか」
ならば問答が無意味であることも分かるだろう?
……伯爵は言外の意図を読み取ってくれたようで、そこで交渉は終了した。
「では始めようか、ウィンシュタット卿。
せいぜい、抗ってみたまえ」
そう宣言して、吸血鬼が迫る。
手には何時作ったか、血の長剣が握られていた。
……ああは言ってくれたものの、悪いが私に抗うつもりはない。
ドラキュラ伯爵、お前はただ
「ふっ!」
小さく息を吐いて、懐に準備していた“小袋”を放つ。
放物線を描いてドラキュラへと投げられたその袋は、あっさりと長剣で迎撃され――
「――んむぅっ!!?」
途端、ドラキュラが苦しみだした。
そりゃ苦しかろう。
小袋には、“
「こ、こんな、小細工を――っ!?」
小細工とか言う割に、大層なもがきっぷりだ。
余程堪えているように見える。
相手の動きが止まったのを見計らって、準備していた物をもう一つ、懐から取り出した。
「――――な」
“ソレ”に付けた細い鎖が、上手い具合に伯爵に絡まってくれた。
伯爵は一瞬、呆けた顔をしてから、
「ぎゃぁああああああああああああっ!!!?!!!!?」
絶叫を上げた。
大蒜を浴びた際の比ではない。
まるで断末魔のような叫びだ。
「な、何故っ!? 何故っ!? 何故、ここに
「そんなに不思議な物か?
君にとって見慣れたはずの物だろう――その
そう。
私が奴に投げつけたのは、ドラキュラのもう一つの弱点である聖印――十字架だった。
ついでに言うと、銀製だ。
「馬、鹿な――コレが、この世界にあるはずがない!!
この世界には――
「そうだな。
準備するのに少々手間がかかったよ」
伯爵の言う通り。
ライナール大陸における教会の聖印は十字架ではない。
この2日間で、鍛冶屋に作らせたのだ。
まあ、形状自体はシンプルなものであるし、製造はそう難しいものではなかった。
「そ、んな――」
私の言葉に、ドラキュラは愕然としている。
「ウィンシュタット卿――キミは――キミは――」
震える唇で言葉を紡ぐ。
「キミは――――
「ああ、そうだ。
気付くのが遅すぎたな」
言って、私は奴に向かって駆けた。
走りながら銀製の“杭”を懐より取り出す。
こちらも、事前に用意していた物だ。
「終わりだ」
その言葉と共に、身動きが取れないドラキュラの胸へと“杭”を打ち込んだ。
「がっ!!?」
思いの外あっさりと、杭は伯爵に突き刺さる。
何か反撃があるか、と身構えるが――
「――あ、あ、あ、あぁあああああああっ!!!?」
然したる抵抗は無く。
ドラキュラ伯爵は――身につけていた衣服も含めて――灰へと還っていった。
後にはそれ以外なにも残らない。
「……ふぅ」
溜め込んでいた息を吐く。
周囲を見渡しても、何か起こる気配はない。
戦いは私の勝利に終わったようだ。
うん、成功したようで何より。
自分の弱点を知られていない、弱点となる物を用意できない、と高を括ったのが彼の敗因だ。
自らと同じく地球から来た者が居るかもしれない、と想定できなかったわけである。
いや、同じ地球から来た人物であっても
もっとも、あの人は普通に真正面からドラキュラを倒せてしまいそうではある。
それはさておき。
「エイル!!」
事の顛末を見届けたディアナが駆け寄ってきた。
「もうっ! アイツの弱点知ってたんならそう言っといてよ!
本気で心配したんだからね!?」
「上手く対処できるとも限らなかったのでね」
「もうっ!!」
王女の言葉に、肩を竦めながら答えた。
感極まって瞳に涙を溜める彼女は、勢いそのままに抱き着いてくる。
「――あら?」
しかし私はそれをするりとかわし、一路セシリアの下へ。
簡単ではあるが状態を確認すると、傷はほとんど見当たらない。
単に眠らされているだけのようだ。
その事実が分かり、ほっと胸を撫で下ろす。
「ちょ、ちょっとちょっとぉ!!
その子が大事なのは分かるけど、ここはヒロインであるアタシと抱擁する場面でしょうが!?」
頬を膨らませ、ぷんすかという擬音でも発しそうなディアナだ。
先程と異なり、迫力ある歩調でこちらに近づいてくる――が。
「止まれっ!」
「えっ」
鋭い口調でそう命じる。
「ど、どうしたのよ、エイル。
怖い顔しちゃって」
動揺する王女に、私は話かけた。
「ドラキュラ伯爵は強力なモンスターだが、一方で弱点が多い事でも有名だ。
先程の大蒜や十字架がその一例だな」
「きゅ、急に講釈?
意味分かんないんだけど……」
戸惑うディアナだが、私は語りを止めない。
「その弱点の一つに『招かれない家には入れない』というものがある。
当たり前の話だが、私はドラキュラ伯爵に招待状なんぞ送った覚えはない。
奴と対面したのは、
そこですっと目を細める。
「ところでディアナ。
君達一行が我が屋敷に来た際、うちの執事が出迎えたそうだな。
その際、『どうぞお入り下さい』くらいのことは言われたんじゃないか?」
「そ、そうだけど……それが何だっていうの」
「何でもない。
ただの確認だ。
まあ、その弱点を抜きに考えたとしても、あの日の吸血鬼の行動は異常だった。
警備を掻い潜り、最も厳重に警戒していた会場へとまんまと侵入したのだから。
言っておくが、ウィンシュタットの兵士に魔物を素通りさせるような盆暗は一人としていないぞ。
そして、それ程の侵入能力があるにも関わらず、今回は態々二重三重に陽動など用意し、兵士が出払ったタイミングを見計らってから現れた。
どうにもおかしいと思わないか?」
「えと、その――何か、都合つかなかったんじゃない?」
「そう、都合がつかなかった。
ウィンシュタットの屋敷は内部構造や警備の配置を把握できていたのに対し、このデュライン砦ではそれができなかったからだ。
あの日、ドラキュラを――いや、ドラキュラを模した“人形”を、会場に
ディアナの様子を伺うが、彼女に変化はない。
「私は最初、アレン王がそうだと思っていた。
だが考えてもみればあの日、彼には護衛としてウィンシュタットの兵を四六時中張り付けていたな。
とすれば、ドラキュラへ連絡を行う機会は無かった筈だ。
しかし――ディアナ、キミは違う。
衣装の準備をすると言われれば、如何に護衛とはいえ兵士達は君から離れざるを得ない。
自由に動ける時間も多かったことだろう」
一度息をついてから、さらに続ける。
「他にもある。
あの吸血鬼は、いくら何でもクレアスに肩入れし過ぎだ。
国を救う見返りに王女を貰う?
なんだそれは。
あれ程の力があるなら、力づくで奪えばいいだろう。
クレアスという国に、随分と思い入れがあるようだな」
「……何が言いたいの、エイル?」
「茶番はここまでだと、言っているんだよ」
挙げていないが、他にも“決定的な理由”がある。
それを今明かす訳にはいかないが。
私は探偵よろしく、人差し指を彼女に突き付け宣言する。
「ディアナ・リーヤ・クレアス。
君が――ドラキュラ伯爵だ」
……正直なところ。
足掻かれると思っていた。
今の話は、別に理路整然と組み立てたわけでは無いし、明確な証拠を提示したわけでも無い。
細かい疑念をかき集めた推測に過ぎない。
とぼけられれば、追及は難しい。
だがディアナ王女は――
「……ふふっ」
――私の推理に対し、ただ“不敵な笑み”を浮かべるのみ。
それはつまり――否定するつもりはない、ということなのだろう。
私はとうとう、