ディアナ・リーヤ・クレアス。
クレアス王国の王女として生を受けた少女。
自分が“化け物”であることをいつ自覚したのかと問われれば、それはこの世に産まれ落ちてすぐである。
この世界で物心がつくよりも早く、彼女は自分がドラキュラという名の吸血鬼であることを認識していた。
しかし。
ならばディアナは王女ではなく吸血鬼なのか、と問われれば答えは否。
彼女は間違いなくクレアス王女である。
そう自分を定義している。
(ま、実のところ
前述の通り、自分が吸血鬼ドラキュラであることははっきりと自覚している。
しかし、ではドラキュラがどのような怪物であったかを、正確に思い出せないのだ。
ドラキュラとしての能力や、“地球”で行ってきたことの断片的な記憶は明確に覚えているものの、“ドラキュラとしての人生”を完全な形で復元できないのである。
生前は“男性”であったにも関わらず、現世では“女性”であることも、不具合を助長しているのかもしれなかった。
ただ、そんな彼女にも明確に
(――自分の国を、守る。
例え
ディアナは産まれた時から、その考えに執着していた。
いや、彼女が王女である以上、持って然るべき感情ではあるのだが。
それでも、幼少の
だからこそ、今回このような“暴挙”に踏み切ったのだ。
大規模な飢饉に見舞われたクレアスを救うには、帝国の資本を奪うより他ない。
……帝国の傘下に甘んじるという道は、“苛烈な遺志”によって到底許容できなかったのである。
(ま、これもドラキュラというより“ヴラド”の感情が基礎になってるわけだけど)
やはりディアナに対して、ドラキュラであった頃合いの人生が与える影響は薄い。
流石に吸血鬼の特徴である吸血欲求はあるのだが。
もっとも、本人がまるで気にしていない以上、深堀のできる話では無い。
(どうでもいいことよ、うん)
さくっと思考を終わらせ、意識を目の前に切り替える。
正面にいる黒髪の美少女――否、美少年であるエイル・ウィンシュタット侯爵が鋭い視線を浴びせてくる。
対して自分は、ワザとらしく肩を竦めた。
「あー、まさかバレちゃってたとはねー」
この世界で吸血鬼ドラキュラのことを知る人物が居るとは、完全に想定外だった。
それがまさか、“敵”の総大将であるエイル侯爵だったなんて、不運にもほどがある。
(いや、ドラキュラのこと知ってたとして、それだけでアタシが吸血鬼だって見破れるもんなの?)
加えて、彼が神懸り的な――としか言いようが無い――推理力の持ち主だったというのも不運に拍車をかけた。
(さすがはアタシが見込んだ男ってとこかしら)
彼に目を付けたのは、やはり間違っていなかったらしい。
これ程の人物、なんとしてでも自分の下に置いておきたい。
(とはいえ洗脳して傀儡にしちゃうと、ちょっと知能レベルが下がっちゃうのが難なのよねー。
どっちみちウィンシュタットを貰うにはエイルが必要なんだから、仕方ないけど)
そう結論付けて、笑みを深くする。
今のディアナに“追い詰められている”という感覚は無い。
当然だ。
化け物である自分が、
いや、エイル侯爵は只人ではないが、それでも彼女にとってみれば一般人とそう変わらない。
“弱点が知られている”という状況を加味しても、である。
「ディアナ――いや、ドラキュラ伯爵と呼んだ方がいいのか?
望むならヴラド公でもいいが」
と、そんな風に思考を巡らせていたディアナに先んじて、エイルが話しかけてくる。
「別にディアナで構わないわ。
今更呼び方変えるのも面倒でしょ?」
軽く答える。
この世界に生を受けて十八年、ずっと呼ばれ続けていた名だ、愛着もある。
今更ドラキュラ呼ばわりされても――その前身であるヴラドという名称も含め――どうもしっくり来ない。
「アナタこそ、どうなのよ?」
「私? 私が何だと言うんだ?」
ディアナの呼びかけに、エイルが応える。
「とぼけちゃってもう。
アナタは“地球”で何者だったのかって聞いてるの。
まさか、ヴァン・ヘルシングだなんて言わないわよね?」
仇敵が姿を変えて目の前に現われていた、なんて不幸にも程がある。
話としても
とはいえ、それなら自分がここまで手こずるのも納得ではあるのだが。
しかし、エイルは首を横に振り、
「それこそ、“まさか”だ。
私はそんな高名な人物ではない。
ただの平凡な
「あっそ。
……言う気は無いわけね」
彼の台詞を、ディアナは“回答する意思無し”と受け取った。
当然だ。
ここまで“やれる”人間が、無名の凡人なわけが無い。
これから戦う敵に、与える情報等何もない、というわけだろう。
(それならそれで構わないわ)
所詮は興味本位の質問に過ぎない。
聞けたところで、大した価値など無いだろう。
目を細めて相手を改めて観察する。
エイル侯爵は相変わらず臨戦態勢。
やはり戦いは避けられないようだ、が。
「無駄だろうけど一応、降伏勧告しとくわよ。
あの“人形”を倒して調子づいてるのかもしれないけど、アタシがアレより弱いなんて思ってないわよね?」
生前のイメージを可能な限り再現した、半自律的に動く人形。
ドラキュラの“力”を使って生み出したそれこそが、砦を襲った“ドラキュラ伯爵達”の正体である。
先程エイルが倒した“人形”は、中でも製作に力を込めた代物ではあったのだが――それでも偽物は偽物。
本物であるディアナの力には遠く及ばない。
「アナタの切り札はさっき全部使っちゃったみたいだし。
今負けを認めてくれれば――とりあえず、痛い思いだけはしなくて済むわよ?」
「……いいや」
半ば予想していたことではあるが、侯爵は首を縦に振らなかった。
「やっぱ頑固ねー。
言っとくけど、一回身体を許した程度で温情とかかけてあげるつもりないから」
「その必要は無い。
どうせ――」
言いながら、彼はゆっくりと歩き出す。
すぐ側にある窓際へと――厚いカーテンで閉ざされた窓へと向かって。
「――
そして、窓に備わった“紐”を強く引く。
連動し、全ての窓のカーテンが開いた。
「……え?」
ディアナの口から、思わず声が零れる。
窓の向こう。
そこには――
「――な、なんで!?
なんで、
有り得ない光景に、絶叫。
山間から、太陽が顔を覗かせていたのだ。
まだ、日の出には時間があったはずなのに。
「簡単な話だ。
時計の針を1時間ばかり
屋敷のものも、この砦に設置されているものも、全て。
気づかれないよう、少しずつな」
淡々と語り出すエイル。
「そ、んな!?
だって、兵士達は時間通りに動いて――」
「“約束”の1時間後を開戦時間として伝えていただけだ」
「あ、アタシが気づいてたら、奇襲をかけられて――」
「敵が“約束を違える”ことも考慮し、準備だけは怠らないよう指示していた」
「……な、なんつー」
用意周到過ぎる。
どれだけ策を巡らせていたのだ、この男は。
「んん?
ということは、アタシがドラキュラだって最初から疑ってたってこと?」
「いや?
クレアスとドラキュラが繋がっていることは疑っていたが、当初は君がドラキュラだなんて考えもしていなかったさ。
ただ、“クレアスの誰かがドラキュラである”可能性を考慮して、手を打っていただけだとも。
どうせ大した労力でも無い」
すらすら喋るエイル。
「まあ、立場上あれこれ動かなければならないクレアス兵達には仕掛けられなかったので、実質騙せたのは君とアレン王だけだったんだがね。
アレン王がドラキュラでないことが確定したから、君がそうだと分かったわけだ」
「あ、呆れた……」
要するに、かかるかも分からない罠を自分の
それも、穴だらけの罠を。
自分が懐中時計でも持っていたら途中で気付いていただろうし、あの“人形”が完全に自律していれば何の意味も為さない。
これを行き当たりばったりと捉えるか、鋭い読みと捉えるか、評価は分かれるところであるが――
(――引っかかっちゃった以上、認めるしかないわよね)
故に、深くは突っ込まないことにした。
代わりに、にっこりと笑みを浮かべる。
「色々あるけど、ま、お見事と言っておくわよ。
吸血鬼の弱点である“日の光”をこう利用してくるだなんてね。
―――でも、ごめんねエイル。
せっかくのお持て成しなんだけど、アタシにはソレ、効かないの」
言って、窓から差す光の中を悠然と歩く。
“人”として転生したためか、ディアナはドラキュラとしての弱点を
……流石に“効かない”は嘘だが、弱点を突かれても多少
先程エイルは、“ドラキュラは招かれなければ家に入れない”ことをディアナへ嫌疑をかけた理由にしていたが、それは彼の読み違いである。
(……あの“人形”達は、思いっきり弱点を受け継いじゃってるんだけどね。
何はともあれ、ここに優勢は決した。
エイルに残された最後の策がこの程度であったならば、最早憂慮すべき事項も無い。
日光によって多少“動きにくさ”を感じるものの、たった一人の人間と戦うには十分過ぎる――お釣りが来る位だ。
「じゃあね、エイル。
これで終わりよ」
「ああ、そうだな、終わりだ。
――<
唐突に紡がれる“呪文”。
次の瞬間、ディアナの身体を