「ふぅ――」
エイルが退室し、ロイドは大きく息を吐いた。
(相変わらず、お厳しい)
頭の中でぼやく。
まさか声にするわけにはいかない。
ここはウィンシュタット侯爵の屋敷なのだ、どこで誰が聞いているとも限らない。
(建設の立地条件にまで言及するとは……)
今回の打合せで一番キツイ指摘だった。
会議所は利便性等を様々に考慮し、川の程近くに建築する予定だったのだが――
(まさか近くで土砂崩れが起きるとはねぇ)
一週間ほど前、建築予定地の程近くの河原で土手が崩れる事件が起きたのだ。
そして侯爵代理はそのことをしっかりと把握していた。
当然、ロイドとて考慮していなかったわけではないが、似た条件の場所に建築の前例があったため、このままで行けると判断したのだが……
そうは問屋が卸さなかった。
(まず地盤の調査が急務。
危険と判断される場合は地盤工事を行うか、別の土地を探すか、と)
エイルから下された命令だ。
ただでさえ工期が押しているところに、痛い注文を貰ってしまった。
しかし使用者の安全を盾にされてしまっては、頷く以外にない。
(……なんで貴族の坊ちゃんが土木工事の知識まで持っているかね)
ぼやく。
まあ、相手は仮にも帝都士官学校の首席卒業者だ。
幅広い知識を身に着ける機会に恵まれていたのだろう。
(あー、疲れた)
今日は他にも返答に窮する指摘を幾つか貰ってしまった。
会議は小一時間程で終わったものの、まるで数時間続けたかのような疲労感だ。
(フェデル様の時はもっと楽だったんだがなぁ)
現侯爵であり今は執務から遠ざかっているフェデルは、ここまで厳しい追及はしてこなかった。
エイルが執務担当となってから、頭を悩ませる機会が大分増えた。
(――ただまあ、嫌いというわけでもないんだがね)
寧ろ逆だ。
エイルのことを、このギルド長は気に入っている。
(まず
幾度、あの侯爵代理をプライベートでお茶に誘おうとしたことか。
その度に後々のことを考えて踏みとどまったわけだが。
相手が大貴族だというのは勿論あるが、それよりも妻にバレた時の方が心配だ。
エイルの“容姿”はシュタットの住民であれば皆知っている。
彼は男性だから――なんて言い訳、妻に通用するとは思えない。
(ま、勿論顔だけじゃないが)
ロイドにとって、個人への感情とビジネスパートナーとしての感情は別物である。
しかし彼は商売相手としても、エイルへ好感を持っていた。
(今回の件で予算を超過した分は、ウィンシュタット家から無利子で融資する――か)
侯爵代理からの提案だった。
だからこそ、しっかりと調査をしろ、という論法だ。
この“自ら言ったことへの責任をしっかりとる”ところが、非常に好ましい。
(他の貴族相手じゃこうはいかない)
自分の利益ばかり主張してきて、商売にならないことが多いのだ。
そもそも商売とはどういうものか理解していない連中すらいる。
フェデルですら――話の分かる方ではあったが――ここまでの“熱意”は持っていなかった。
簡単に案件を承認してくれたことも、裏返せば領民の仕事へ関心が薄かったとも捉えられる。
(それに、なんだかんだしっかり信用してくれてるみたいだし、な)
エイルの言葉の端々からは、信頼感のようなものが伝わってくるのだ。
先程指摘された調査の方法にしても、細かい指示はしてこなかった。
全てロイドに――結果の判断についても――任せる、ということだ。
ともすれば無責任にも見えるが、
(あの人に限って、それは無い)
断言できる。
昔、侯爵から直々に賜った仕事で、部下が大きな失態をしでかしたことがあった。
ロイドの進退にまで関わるような、でかい失敗だ。
しかしその損失は、他ならぬエイルによって補填された。
その案件を承認したのは自分だから、という理由で。
ロイドへのお咎めも無しだ。
(……痺れたね)
生涯この人についていこう、と割と本気で思ってしまった。
自分の息子にも近い年齢の子供に対して、だ。
彼の仕事ぶりに、責任感の大きさに、それ程まで感銘を受けたのだった。
(加えて、この資料はどうだ)
今日、エイルから渡された資料をもう一度見る。
膨大だった内容が、実に分かりやすく纏められていた。
これまで見たことのない図やグラフまで使われているが、これはエイル侯爵代理自ら考案されたものだそうだ。
(……私が詳細資料を提出したの、昨日だったはずなんだが)
ロイドの知る限り、エイルは昨日も打合せが2件入り、夕方以降は授与式の前祝いパーティーが開かれていたはずだ。
それらをこなした後で、この資料を作ったとするなら――
(エイル様はいつお休みになられているんだ?)
実際、昼夜働き通しているのではないかと疑いたくなる仕事量だ。
ワーカーホリックにも程がある。
(まったく、平民より働く貴族ってのはどうなんだろうねぇ)
呆れ半分、敬い半分で、ため息を吐く。
そして、一つ大きく伸びをしてから、
(……さてと、期待に応えましょうか!)
ロイドは、エイルの指示を実行すべく、動き始めるのだった。