(伯爵――?
片田舎の貧乏貴族な俺が、伯爵だと――?)
皆の注目がエイル侯爵の侍女へと集まる中、ブラッドリー・ラジィルは己の身に起こったことを独り反芻していた。
よもや、自分が伯爵になってしまうなど、昨日まで思ってもみなかったことだ。
『確約できない』などと言っていたが、この地域一帯を取りまとめる大貴族ウィンシュタット家が後押しすれば、ブラッドリーの伯爵授与はほぼ間違いのないものだろう。
(はは、マジかよ)
空笑いが浮かぶ。
いきなりの大出世だ。
己の決断の正しさを、まじまじと実感する。
(
改めて、この出世劇を演出したエイル侯爵の姿を見る。
他の連中は、常人には考えられぬ程高度な魔法を使用した侍女にばかり気を取られているようだが――
(本当に恐ろしいのはこの
こんな短期間に、式へ集まる全貴族へ根回しを終えているとか――できるか、普通!?)
エイルが侯爵であることを差し引いても、至難な行動であることが想像に難くない。
誰かが難色を示せば式が怪しくなるかもしれず、最悪ラザード伯爵への密告だって考えられる。
しかし、彼女はやり通した。
(――実際のところ、ラザード卿を片付けるのに俺の手助けなど必要なかったのだろうな)
これだけの手腕を持つ人だ。
ラザード程度を辞任に追い込むことなど、造作も無かったに違いない。
ならば何故、彼女は自分を使い、あまつさえ伯爵などという位を渡したのか。
その“意図”を、彼はしっかり認識していた。
(分かっていますよ、エイル卿。
貴女は駒が欲しいんでしょう。
自分に従順な駒が)
要はそういうことなのだろう。
ラザード伯爵という反乱分子を排除した後は、自分に忠実な部下を揃えて権力の地盤を確固たるものにする。
若き辣腕侯爵は、そう目論んでいるのだろう。
そして幸いなことに、ブラッドリーはエイルのお眼鏡にかなったらしい。
(在り来たりと言えばその通りだが、その行動力の凄まじさよ)
どちらも一日で済ましてしまうとは、恐れ入る他ない。
……いや、エイル侯爵はまだまだ先を見据えており、これは“地ならし”の第一歩に過ぎないのかもしれないが。
(公爵の座でも狙っているのか――まさか、皇帝ってことも?)
本来、一笑に付すような話だ。
しかし有り得ない、とは言い切れない。
それだけの可能性を、ブラッドリーは彼女の中に見出していた。
(果たして“女性”が皇帝になるのを頭の固い貴族共が認めるかどうか、だな。
……ああいや、エイル卿は
対外的には
どれほどの人がそれを信じているかは知らないが。
(しかし先代のフェデル様も酷なお方だ。
いくらお家の事情とはいえ、あれ程美麗な“少女”に男としての振る舞いを要求するとは)
帝国貴族の中でも特に格式高い家柄であるが故、なのだろう。
ヴァルファス帝国では女性への爵位授与も珍しくないが、大昔は男性にのみ爵位の所持が許されていたと聞く。
そういった事情から、ウィンシュタット家ともなると男が後を継がねば面目が保てない、ということか。
先代当主のフェデル・ウィンシュタットは聡明かつ公正な人物との話だが、その辺りは如何ともし難かったようだ。
(とはいえ、あれで男ってのは無理があるよなぁ)
服装は男性のものではあるし、立ち振る舞いも男として堂に入っている。
しかし、女としての色気をまるで隠せていない。
胸こそどうにかして誤魔化しているようだが、その細い腰つきやむちっとしたお尻など、気を抜くとつい目がいってしまう。
(そもそも、ラザードがエイル卿を襲おうとした理由も――)
侯爵には権力簒奪のためとだけ報告しているのだが、実は違う。
ラザード伯爵の本当の目的は、エイル本人だったのだ。
つまり奴がやろうとしたのは、暗殺ではなく拉致。
エイル侯爵を失脚させ自分の傀儡に取って変えようとしたのではなく、彼女そのものを己の操り人形に仕立てようと目論んでいた。
その上で、エイルの肢体を下卑た欲望の捌け口にしようと画策していたのである。
全く持って、反吐が出る程の下劣っぷりだ。
(ちっ、貴族の風上に置けぬ下衆野郎め!)
実のところ、このことがブラッドリーに造反を決意させる最後の決め手となった。
ただ、侯爵へ正しく報告を行っていない件に関しては、将来己の失点となりかねないが――
(どうせラザードの末路は変わらないんだ。
エイル卿を不快にさせる必要はない)
――そう判断した。
余計なお世話だったかもしれない。
しかし、年頃の女子にとってこのような話は決して愉快なもので無いはずだ。
(……ま、それはそれとして、だ)
ふと、ブラッドリーは思う。
既に他の貴族達との談笑へ戻ったエイル侯爵の後姿に目をやって、
(ラザード伯爵へ向けていた、蔑んだ視線。
一度、俺にもやってくれないだろうか……!)
あの鋭く、他人を見下げた眼差しを思い出しただけで、心がキュンキュンしてしまう。
心臓を鷲掴みにされたような気分だ。
自然と身体がひれ伏しそうになった。
靴を舐めてもいいと思った位だ――いや寧ろ舐めたい。
生足ならモアグット。
(アレを実際に向けられたら、俺は一体どうなってしまうのだろう!?)
これから始まる、彼女の駒としての生活についつい心弾ませてしまうのだった。
……ブラッドリー・ラジィル。
有能な男に間違いはないのだが、割とダメな病気持ちでもある。