異世界の侯爵ライフは他人任せ   作:ぐうたら怪人Z

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⑨ 侍女の思慕▼(挿絵有り)

 

「――んん」

 

 真夜中。

 セシリアは目を覚ました。

 

「――ここは?」

 

 見慣れた部屋。

 何度も目にしたベッド。

 しかし、こんな風に上へ乗ったことは一度も無い。

 ここは、彼女の主人の寝室であった。

 

「――つまり」

 

 横を見る。

 そこには主人が――エイルが横たわっていた。

 

「――夢では、なかったのですね」

 

 安心して、ほうっと息を吐く。

 余りにも幸せな(・・・)体験だったので、もしや夢の中での出来事だったのではないかと疑ってしまったのだ。

 

(ようやく、坊ちゃまに抱いて頂くことができました……)

 

 下腹部には、その“実感”がある。

 自分の主人へと、全てを捧げることができた感覚が。

 

「ああ、エイル様――」

 

 うっとりと、名を呟く。

 セシリアにとって最も大切な人――いや、己の全てと言っても過言でない人物。

 

 セシリアは、孤児であった。

 物心ついた時には親は無く、身よりもなく、行き着く果ては身売りか物乞いか。

 そんな自分を引き取り、高度な教育を施し、“魔法の力”までも与え、ここまで育てて頂いたのが、エイル・ウィンシュタットなのである。

 あまつさえ、どんくさい(・・・・・)自分に侯爵の秘書役という分不相応な地位までも恵んで下さった。

 

 エイルが望むのであれば、どんなことだってやってのける自信がセシリアにはある。

 それが例え初夜であろうと、だ。

 ――訂正。それは寧ろ彼女自身の願望であった。

 

(……まあ、最初は失敗してしまいましたが)

 

 忘れもしない、エイルが成年に達した日。

 僥倖なことに、彼から夜のお誘いを受けたのだ、が――

『男は少し焦らされた方が燃える』等と同僚に吹き込まれ、その通りに実践したらものの見事にふられてしまった。

 なんたる間抜け。

 

(あの時は、目の前が真っ暗になりました……)

 

 件の同僚を、殺してやろうかとすら考えたほどだ。

 しかし、セシリアにも落ち度はあった。

 

(坊ちゃまと、他の下賤な男共との感性を同じに見立ててしまったことこそ、全ての原因。

 浅はかな(わたくし)に罰が下ったのでしょう)

 

 しかし時は巡り、再びチャンスが舞い降りた。

 今度こそ逃すまいと、体調を万全に整えてこの日に臨んだのである。

 

(……嬉しい。

 こんな幸福、(わたくし)が味わっても良いのでしょうか?)

 

 つい先刻まで行われていた“行為”を思い返し、感触を反芻する。

 長年夢見ていたことが、とうとう実現したのだ。

 嬉しすぎて、涙が零れそうになってしまう。

 

「――ん、ん、セシリア」

 

「坊ちゃまっ!?」

 

 突然、エイルが口を開いた。

 何事かと身構えてしまったが――

 

「寝言、ですか」

 

 どうも、目を覚ましたわけでは無い模様。

 うっすら瞳を開けているものの、完全に眠気眼だ。

 

「むにゃむにゃ……」

 

 愛らしい言葉と共に、もぞもぞと身体を動かす。

 その様子をセシリアはじっと眺め――

 

(――なんて、綺麗な人)

 

 ほう、と甘い息を吐いた。

 エイルの美しい容貌、麗しい肢体には、女の自分ですら目を奪われてしまう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 短く整えられた黒髪は艶やかで、身じろぎに合わせてサラサラと流れる。

 その瞳はまるで黒瑪瑙のように高貴な輝きを放ち。

 肌はキメ細かく、滑らか。

 腰はか細くくびれ、セシリアよりも締まっているように見える。

 それでいてお尻にはむっちりと肉が詰まっており――

 

(柔らかくて、ハリがあって――なんて、いい触り心地でしょう)

 

 無意識に目の前にあるエイルの柔肉を手で触りながら、恍惚に浸るセシリア。

 すべすべで、もっちりで、プリプリだった。

 

「――ん、んんっ」

 

「あら」

 

 起きそうになったので、慌てて手を離す。

 幸い、また寝息を立て始めた。

 

(しかし、実に艶めかしい声でございました)

 

 エイルの声は高く艶があり、ここに関しても十分に女性で通じる。

 総じて、とても“男性”とは思えない身体の持ち主だ。

 つい先ほど、彼によって女にされた(・・・・・)セシリアですら、不意にエイルを少女のように錯覚してしまう程。

 しかもただの女の子ではなく、極上の美少女。

 エイルに比べれば、自分など凡婦に過ぎない――セシリアは本気でそう思っているし、何度か具申したこともあった。

 真剣に受け取ってくれた試しがないが。

 

「エイル様――」

 

 再び、呟く。

 普段は口にしない(・・・・・・・・)、彼の名前。

 

(……この屋敷に居る全員が、坊ちゃまをそう呼ぶものですから)

 

 少しでも、自分は特別な位置にいるのだと思いたかった。

 もう誰も使わない“坊ちゃま”という呼称を敢えて使うことで――使うことを許されていることで――自分がエイルにとって特別な人間なのだと思い込みたかったのだ。

 

(……そうではないことくらい、分かっています)

 

 多少他の使用人と異なる役割に就いているとはいえ、セシリアは所詮ただの侍女。

 一方でエイルはヴァルファス帝国の誇る八侯爵家が一つ、ウィンシュタット家の当主だ。

 釣り合いが取れないどころの騒ぎではない。

 本来、懸想することすらおこがましい。

 

(いずれは、坊ちゃまに相応しい名家のお嬢様と一緒になるのですよね……)

 

 ――おこがましいのだが、そのことについて思いを馳せれば馳せる程、心が苦しくなる。

 胸が張り裂けそうになる。

 

 だから。

 添い遂げることが、不可能であるならば――

 

「どうか――どうか、末永く(わたくし)をお使い下さいませ」

 

 ――せめて、侍女として付き従っていたい。

 そのためなら、彼のどんな要求にも応えてみせる。

 どれだけの努力も厭わない覚悟が、彼女にはあった。

 

「エイル様」

 

 もう一度、主人の名を呟くと。

 セシリアは、静かにエイルへ口づけした。

 

 

 

 ――夜は、静かに更けていく。

 

 

 

 

 

 第1話 完

 

 

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