ハラキリシニカル 作:未遂
「強いて言うくらいだったら、言わない方がいい。そう思わないか?」
そうは思わない。
世の中、言葉に出さなければ伝わらない事ばかりだ。一言足りずに理解しあえないくらいなら、一言多くて争い合った方が相互理解は進むと思う。
「ほう? 面白い事を言うじゃあないか戯言遣い。君の言葉が多くてよかった事なんて――君の言葉によって理解が進んだことなんて、一度でもあったのかい?」
楽しそうに笑われてしまった。
ただ、それを言われるとぐぅの音も出ない。ぼくの言葉が原因で事態がこんがらがる事はあるかもしれないけど、ぼくの言葉を要因に事態が収束する事なんてなかったから。あるとすればそれは、初めからなみなみと注がれていたコップいっぱいの水が、言葉の一つで溢れ出したというだけの、ただの決壊に過ぎないだろう。
それは何も考えていないヤツが出した提案だとか。
それは全てに怯えていたヤツが考えた奇策だとか。
それは皆に疑われていたヤツが嗤った便乗だとか。
それは歩く事もできないヤツが下卑た結果だとか。
結局初めからわかりきっていた事だった。
ぼく達はそれを知っていたのに、敢えて見過ごしていたんだ。
彼女たちに許されていたのは、何もしない事。何も見据えない事。何も為し得ない事。何も考えない事。何も言わない事。
強いて、なんて言葉で飾っても、影響を与えてしまうのには変わりない。それなら、最初から。最初から何も言わない方が建設的で――壊滅的だった。
だけど。
「美しさとは何か。外見の美醜、心の美醜。発言の美醜に発声の美醜。過程の美醜や結果の美醜もあるだろうね。あぁ、戯言遣い。きみの場合は生死の美醜と人生の美醜も含まれるのかな。なんにせよ、美しさを求めるのなら一つだけではダメだ。完璧なる美しさ。完全なる美。それは、今挙げたものだけではなく、全てを内包した美ではなくてはいけない」
そんなものは有り得ない。
何かが優れているのなら、何かが劣っている。
何かが美しいのなら、何かは醜悪だ。
何かが役に立つと言うのなら、何かは何の役にも立たないのだろう。
全てを内包すると言う時点で、皮肉な事に、美しくない。
完成された物には先が無い。向上心が無い物は美しくない。
完璧な物には上が無い。前に進めない物は美しくない。
欠点があるから美点が引き立つ。美点があるから欠点が拡大される。
この二つは切っても切り離せない表裏の関係だ。全てを内包してしまえば、醜悪も内包しなければいけなくなる。
だから。
「この世界には美しいモノと醜いモノしかいない。美しくないモノと醜くないモノは存在しないのさ。美しいモノはどこまでも美しく。醜いモノはどこまでも醜い。欠点程度の物で引き立つ美など、元より美しくなかったのだろうさ。同じように、美しいモノで浮き彫りになった醜さなど、元より醜くはなかった」
欠けでお膳立てされた美は美ではないと。
満ちで照らしだされた醜は醜ではないと。
美しさなど個々人の価値観でしかない。世界観でしかない。だから、それに左右されるものは初めから美しくないのだ。
何者にも、何事にも左右されない美しさ。
曖昧で模糊。基準は誰も知らないし、誰も考えない。無意識の訴える美醜の境界。
「どれほど醜ければ、醜悪で。どれほど美しければ、美麗なのか」
上がいれば醜いのか。下がいれば美しいのか。
目指す場所はハイエンド。どこがゴールでどこがスタートラインなのか。
誰も、知らない。
「
クツクツと笑われる。
ぼくの答えなんてわかりきっているくせに。ぼくが答えない事なんてわかりきっているくせに。ぼくの隣にいる蒼色。僕の後ろにいる紅色。ふたりを考えれば、それは意味の無い問いであると知っているくせに。
だから僕は――
「それは美しい選択だったかい?」
ぼくの目前で楽しそうに笑うこの人が、いつまでも、いつまでも楽しそうに口を歪めていたから。
讃えられた者より、讃えた者の方が。
きっと美しい心をしている。
そもそもぼくらは、なんでこのホテルに来たんだっけ?
「事のあらましを説明するのが面倒くさいからってセリフ一つに任せようとするのはやめようよ、いーちゃん。ちなみに此処に来た理由は僕様ちゃんが貰った招待状に金魚のフンみたいな形で付き添ってきた感じだぜ」
「そうか、いつも通りってわけだ」
ひどく簡易的な説明で、それだけにシンプルだ。
ぼく達、というか玖渚はこの蜜梯ホテルに招待された客で、僕はその金魚のフンみたいな付き添い。地の文で言っても特に変わりは無い。むしろ受け入れた分余程惨めになったかもしれない。
「ちなみに招待された理由はなんだっけ?」
「僕様ちゃんが美少女だから」
……いつもなら戯言として聞き流す今更な理由だけど、これが本当なのだから
成程、確かに金魚のフンだ。……ふーん。
「それで、今から何をするんだっけ?」
「夕方の食事、つまり夕食を食べるために食事をするお堂、つまり食堂に直ぐに行く、つまり直行するんだよ」
「つまらないね」
「詰まり過ぎてると思うけど?」
ちなみに食事をするためのお堂だと
しかし何故ぼくは、こんななんでもない時間に今日が二日目である、なんてことを再認したんだっけ?
「これから何か起こるからじゃない?」
「……縁起でもない、とは言い切れないのが嫌だな」
なんというか、経験談で。
食堂にはすでに全員、招待客と招待主が集まっていた。つまり、ぼく達が最後というわけだ。また詰まってしまった。
「こんばんは。お席はあちらとなります」
メイド――なんていうのはあの島にいた彼女らで十分で、玖渚に声を掛けてきたのは執事服の男性。このホテルでぼくと彼だけが男。他は女性という
「いーちゃん?」
「あ、あぁ。すぐに行く」
招待されていない客であるというのに、しっかりと僕の席はあった。
ここに集められた客のコンセプトからして床に這いつくばって犬の様に皿から直接食え、なんて言われることも覚悟していたけど――そういえば一日目も今朝も普通に食事を貰っていた事を思い出す。ふぅ、やれやれ。昨日の晩御飯はなんだったっけな。
促されるまま玖渚の隣の席に座る。うぉ、今日も美味しそうだ。前のご飯は覚えてないけど。
「奥様。全員揃いました」
「全員、揃ったようだね」
執事の人はわざわざ全員に聞こえるような音量で、招待主に声を掛けて。招待主はわざわざそれを言い直す。伝言ゲームを見せつけられているみたいだ。ただしプレイヤーは二人だけ。みたいな。
「みたいというかー、それはただの事実ではー?」
「はい。すみません」
窘められてしまった。
ちぇ。あのセンスは一朝一夕には身に付かないか。
「さて――二日目の食事会を始めようさね。美しき人々よ、グラスを手に取っておくれ」
招待主が演劇でも語るような口調で朗らかに始める。老齢なのに朗明だ。
一応、ぼくは美しき人々ではないけれど、用意されていたグラスを手に取る。玖渚含めて他の招待客は既にグラスを手に取っていて、ぼくが最後だったらしい。恥ずかしい。
「
静かな乾杯。誰も追従しない。
ただ、少しだけ突き出されたグラスが食事を開始する合図となった。
皆、それはもう素晴らしいテーブルマナーを以て食事を始める。音は一切ない。口の音すらない。飲み込む音もない。
美しい食事風景。玖渚ですらその輪に入っているのだから驚嘆だ。あの僕様ちゃん道ベイベーな玖渚が。
「おや、どうしたね。口に合わないものでもあったかい?」
「いえ。僕はいただきますをしてから三十秒ぼーっとしてから食べ始める習慣があるんです」
「へぇ、そりゃあ面白い習慣だ。私も見習おうかね」
そんな、戯言を本気にされても。
ただ、吐いた言葉は消せない。
「……いただきます」
ここから三十秒、待たなければいけなくなった。口は災いの元である。
食事は大変美味しかった。どこがどう美味しかったなど僕の口では筆舌に尽くし難い。美味しいは味が美しいと書く。だからなんだって話なんだけど。
美味しい物を食べると心が満たされる。今の僕は腹が満たされているので、心も満たされたと考えるべきだろう。それならばあれは美味しい物だったと言う事になる。
ダメだ、これだと無理矢理に食べさせられた岩石でも美味しい物になってしまう。もしくは本当に美味しい可能性もある。
「どれほど美味しくてもー、無理矢理な時点で全部不味いと思いますよー?」
「はい。すみません」
諭されてしまった。
ところで何故ぼくは、この人の対面に座っているのだろうか。はて。今まで玖渚と楽しい楽しい食事会に興じていたはずなのに。
「玖渚さんがもうお腹いっぱいと言って部屋に戻られてー、それを皮切りに自室へ戻って行ったみなさん達の中でー、わたしとあなただけがー、最後に残ったからだと思いますよー?」
「はい。おっしゃる通りで」
「別にー、そんなにー、畏まらなくてもいいと思いますよー?」
「あ、そう? このノリ続けるの面倒だったんだよね」
「砕けすぎはー、良くないと思いますよー?」
「はい。申し訳ございません」
怒られてしまった。
さて、先程からデータ資源の無駄遣いと揶揄されんばかりの問答をぼくと交わしているこの人は、誰だったかな。
「私の名前はー、
「疑問符つけないのか」
「別にー、それ、キャラ付じゃないんでー」
さいですか。
しかし、名前に鞭を入れるとか、親の気がしれない。思わずウォホポーッ! とでも言ってしまいそうなスタイルなだけに冗談が過ぎるぞ!
「玉鞭さんも招待客なんですよね。理由は……聞かなくてもわかりますけど」
「そうですかー? 一応言っておくと、美しいから、だそうですよー?」
うん。
言わないだろうと思って聞かなかったのに、言うのかよ。
そう、玉鞭さんも玖渚と同じ、美しいからこのホテルに招聘されている。ちなみに玖渚は美少女だから。玉鞭さんは美女だから、だ。十人が十人美女と呼ぶだろうその肢体はグラマラスにして余計な肉の無い、モデルや美術品すらも越えてしまう完璧な肉体。黄金比はこの人の身体から取り出したのではないかと思うくらい、美しい。
そして天然だ。ここ、重要。自分が美しい事に欠片も気付いていない、天然キャラだ。ぐへへ。ぼくは巨乳ツンデレ美少女が好きだけど、グラマラス天然が嫌いなワケじゃない。
「胸は大きくないですけどー、新留さんはツンデレ美少女なのではー?」
「……デレ?」
ツンデレとはデレがあって初めて成立するものだ。あの子にはデレがない。ツンオンリー。ツンオンリーはもう嫌いって事だ。どこかの語り部が言っていた気がする。
「あれ、新留ちゃんって苗字はなんでしたっけ」
「新留が苗字ですよー? 名前は鰐江。
「そこは疑問符つくのかよ」
「他人の事ですからー」
そういう基準なのか。
しかし、鰐江。あんな可愛らしい子に、鰐江。親の顔が見て見たい。さぞかしアリゲーターな顔をしていることだろう。クロコダイってるのかもしれないし、ガビアってる可能性もあるな。ラコスってる可能性は……無い。やめておこう。色々な場所に抵触する。
「ちなみに残りの招待客はー、
「はい。すみません」
勝手についてきて。
しかし……アンディ・メアリーって。両親は余程西洋かぶれだったと思われる……苗字を造った段階からなので、かなり遡りそうだけど。
ところであの招待主のお婆さんはなんて名前なんだろう?
「
「名前に黒を入れる親の神経が知りたいですね」
「略すと原黒ですしねー」
……さぞかし、幼少期は虐められた事だろう。ご老体は労わろう。
いや、再婚して原場になった可能性もあるか。むしろ原田や原島みたいな原の付く名字でわざわざ子供に黒なんて文字は付けないだろう。うん。親の正気を疑うのはよくない。
「以上でー、このホテルにいる人間の再認は終了ですねー?」
「いや、まだですね。執事の人。名前知らないです」
「私も知らないのでー、以上ですねー」
知らねえのかよ。
いや、執事の名前を知っている方が珍しいかもしれないけどさ。けどけどさ。
「それでは私はこの辺りで失礼しますねー?
「え?」
……どういう事だろう。
別に、完全に外界から遮断されたどこぞの島で殺人事件があったとか、そういう事は無いはずなのに。
玉鞭さんは、それはもう美しい笑顔でぼくに笑いかけると、そのまま去って行ってしまった。
「……ま、いいか」
何も起こらなければいいんだから。あと、ぼくは探偵じゃないし。
何も起こらなければ、探偵の真似事なんてことをしなくても済むし。
彼女たちにはどうせ、何をする気も無いんだから。
「…………あれ、なんでぼくそんなことを知っているんだっけ」
人のいない廊下では、誰も疑問に答えてくれなかった。