ハラキリシニカル 作:未遂
最後は間違えたけど、過程が正しかったからいいよね。
「部屋替えを、してみませんかー?」
深夜0時。
「部屋替え、ですか」
それは家具やインテリアを変える、みたいな。
「家具とインテリアはほとんど同じ意味ですしー、それは模様替えではー?」
「はい。つまらないギャグですみません」
「私の部屋とー、お二人の部屋をー、交換してみませんかー? というお誘いですー」
ちら、と玖渚を見る。興味なし、と言った様子。
さて、部屋を交換する事のメリット、デメリットを……考えるまでも無かった。二日目、ようやくこのホテルにも慣れてきた所だけど……。
「いいですよ」
「わーい」
うん。何もデメリットが無い。強いて言えば荷物を運ぶのが面倒くさい、くらいだけど、何も起きない、何の変化も無いこのホテルでの生活に彩りを持たせるためにはそれくらいの事があっても問題ないのだ。自発的に動かなければ、此処では何も起きない。
「友」
「ん。それじゃ、いーちゃん。これと、これと、これもって」
「はいよ」
……訂正。玖渚の荷物である、やたらめったら重いノートPCを持たなければならない事は、明確なデメリットだったかもしれない。
「私が持ちますよー?」
「え」
ひょい、と。
玉鞭さんはノートPCの入ったバッグを持ち上げる。身長が高いのも確かに或るのだろうけど、随分と力持ちだ。こういう所も含めて玖渚と対照的だな。対外に友好的な所とか。
「……っていうか、女性に荷物を持ってもらうって……」
かっこ悪。
部屋替えは恙無く終了した。何か忘れ物があったとか、何かメッセージが残されていた、なんてこともなく。何の意味があったのかと問われれば、多分何の意味も無かったのだろう。ふと思いついて、なんとなく提案した。それをぼく達もなんとなく受け入れた。
それだけ。
ちなみに各部屋、例え泊まる人間が一人でもベッドは二つあるらしく、そこも何も問題なかった。
「それじゃ、ぼくは寝るから」
「うん。おやすみ、いーちゃん」
玖渚と違って僕は夜に眠る。昼間は何もなかったけど、昼寝をしていないので眠いのだ。単純なサイクルの問題。
玖渚は折り畳み式のタッチキーボードなんてものを持ってきていて、キーを叩く音のしないそれを使っている。ぼくへの配慮だとしたら、感無量である。嬉し過ぎて涙が出そうだ。出ないけど。
とりとめのない思考を脳裏で弄びながら、ぼくの意識は深い闇の中へと落ちて行った。
爆音が響いた。一気に、闇の中から引きずり出される。
「友、」
「僕様ちゃんは大丈夫。音は部屋の外からみたいだね」
爆音から機械類を連想し、無いとわかっていながらも玖渚の方を見れば、そこには顔を顰めて耳を塞ぐ姿。ぼくは毛布を被っていたから軽減されたけど、余程うるさかったのだろう。
「マイクが爆音拾って、それが直接イヤホンからさー」
「それは痛い。ところで、なんでマイクなんか使ってたんだ?」
「いーちゃんの寝息拾うためだけど?」
……いや、別にいいけどさ。
いいけどさ!
「それより、いいの? 外。確認しに行かなくて」
忘れてた。
廊下の方にはバタバタと人が集まってくる音。よかった、この部屋を残して他全てが爆発四散したとかではないらしい。
部屋のドアを、そーっと開ける。
美幼女と目が合った。
「……変態?」
第一声は罵声だった。
寝巻の幼女。ウホー! 最高だぜ! なんて事を言っている場合じゃないのは、流石のぼくでもわかる。先程からガンガンと扉を叩く音と、玖渚さん、玖渚さん!? という必死な声が……うん?
扉から完全に出て、その声の方を見る。あー、確か、アンディーメアリー……じゃない、庵泥目在さん、だっけ。彼女が、彼女の目の前にある扉をガンガン叩いているのだ。
「あのー……アイツに何か用ですか?」
「何か用って……えっ」
まるで、幽霊でも見たかのような。
ぼくの存在に心底引いているかのような声を出す目在さん。何、ぼく、寝癖酷い?
「あ、えっと……確か、玖渚さんの付き人さん……何故牛笞さんの部屋に?」
「変態だからです」
違う。でも、新留ちゃんがぼくを変態呼ばわりした意味が分かった。
時刻は深夜。執事さんとぼくしか男がいない状況で、一人でいるだろう女性の部屋からぼくが顔を出したのだ。うん。まぁ、うん。
しかし新留ちゃんは耳年増だなぁ。
「寝る前に、玉鞭さんから提案があって。部屋を交換したんです。玖渚ならこっちの部屋にいますよ」
「そう、なんですか。あ、じゃあ、この部屋にいるのは……」
「はい。玉鞭さんです」
それを聞いて、またさっと顔を蒼褪めさせる目在さん。二人の反応を見るに、先程の爆音はこの部屋……今玉鞭さんがいる部屋から響いたのだろう。
そして、部屋の鍵もかかっていると。
「……こうなったら、仕方ありません。ぶち破ります。付き人さん、手伝ってください」
「はい」
まぁ、そうなるよな。
幸いにして部屋はまだ余裕があることを確認済みなので、扉の使えなくなるだろうこの部屋は破棄すればいいし。
「せーので行きますよ」
せーの、と。
特にタイミングがずれると言う事も無く、ぼくと目在さんのタックルは扉に命中した。
敢え無く弾かれたが。
「も、もう一回……」
「申し訳ありません、遅れました。合鍵を持ってきましたので、どうぞ、お下がりください」
「あ、執事さん」
このホテルにいるもう一人の男性こと、執事さん。名前は知らない。
迅速な対応でこの部屋の合鍵を持ってきてくれたらしい。ちなみに部屋は全てカードキーなので、鍵穴の形が先程のタックルで変形した、なんて心配も無い。
ピ、と音がして、鍵が開いた。
執事さんが扉を開ける。
「――これは」
さ、と執事さんの腕が部屋の中を隠すように伸ばされた。意味を察して、目在さんが新留ちゃんを庇うように抱え込む。
「ぼくは大丈夫です」
その腕を掻い潜って、
現場。
そう。
何も起きないはずのホテルで。
玉鞭さんは、死んでいた。
お腹の爆ぜた……まるで人形の腹部を裂いて、中の綿を引き摺り出したかのような、凄惨な光景と共に。
玉鞭さんが死んでいると聞いて、招待主である腹場さんはすぐに警察に連絡した。正確に言えば執事さんに連絡しろ、という命を出し、執事さんが連絡したのだけど。
しかし、警察が来るのにあと三日はかかるという。何故か。
それはこの蜜梯ホテルが東北二つの吊り橋でしか来られないという、ミステリーマニア垂涎モノの立地をしていて且つ、それが両方落とされているという事と、先日発生した大型台風が例年とは異なる進路で以てこのホテルに突撃するように近づいてきている事の二点が理由として挙げられる。
このある種出来過ぎた状況に眉間を抑えながらも、一応理由を聞く。
台風が過ぎ去るのに三日必要。ですよね。
吊り橋は故意だとしても、天災までもがこのホテルを”そういう状況”に仕立て上げようとしている様な気がして、頭が痛くなった。
さて、場面を現場へと戻そう。
元僕達の部屋であるその場所の、窓際の椅子。お洒落な編み椅子であったそれは、酸化して黒くなった血液に染まっている。窓を左に、出口側を右に、つまり入って右側を向いたまま項垂れるようにして亡くなっていた玉鞭さんの遺体は、腹が破かれ、中の臓物が全て掻き出された状態で鎮座していた。
それ以外の部位に外傷なし。ぼく達が聞いた爆音が死因であるのなら、今見た通り、体内で爆発物が爆発し、即死。そう見るべきだろう。
「友、人体が気付かずに飲み込めるほどの大きさ、且つ腹を破くレベルの爆発物って」
「飲み込める大きさは作れるかもしれないけど、気付かないのは無理だと思うよー? で、お腹だけを破くってのも無理。胃って案外高いとこにあるから、まず裂けるのはお腹じゃなくて胸か喉だろうね。少なくとも臓器が一つも潰れてないんだから、爆発物でー、って事はないんじゃないかなー?」
「……だよな。そもそもそんなもの飲み込まないだろうし」
いくらあの人でも。
だからやはり、玉鞭さんは腹を切り裂かれ、臓物を掻き出されて死亡し、犯人がなんらかの爆発物をこの部屋で爆発させ、ぼく達にこの殺人を気付かせた、って所か。
でも、なんのために?
「いーちゃんは寝てたからわかんないだろうけど、結構な爆発音だったよ。爆竹みたいな破裂音じゃなくて、爆発音」
「毛布の中にいたぼくに聞こえたんだから、相当なのはわかるけど……そんなもの、ぼく達の部屋にあったか?」
「んー、機械類が隠されてたら僕様ちゃんが気付かない筈ないんだよねぇ」
そう。
ぼくらと玉鞭さんは、部屋を交換しているのだ。
だからその爆発物は元から部屋に無ければおかしい。そうでなければ、玉鞭さんが持ち込んだことになってしまう。
そしてもう一つ。
「……爆発痕も、ないんだよな」
何かが爆発したのは確実なのに、その痕跡が一切見当たらない。
この部屋に於いて破裂しているものは玉鞭さんの腹だけで、まるでそれが爆発物によるものである、という主張をしたかったためだけの爆音だったのでは、と邪推する程に、なにもなかった。
「わからないことだらけだな……」
玉鞭さんが狙われた理由。彼女の死因。現場の不可解。
一応いつぞやの島やいつぞやの学校での経験を踏まえて”無くなっているモノ”も探してみたけど、それも見つからなかった。
部屋はカードキー式で、カギは閉まっていた。合鍵は執事さんの持ってきたものだけ。窓も閉まっていて、部屋に隠し扉も無し。まぁ、下手人が執事さんでない限り、密室だ。
部屋は荒らされておらず、物色された気配も無い。荷物に関しては全てを知っているわけではないので何とも言えないけど、少なくともまさぐられた、というような感じは無かった。
そして、なによりも。
「……実はぼく達が狙われていた、ってわけじゃなきゃ、いいけど」
玉鞭さんはとばっちりで……犯人はまだ、ぼくか玖渚を狙っている、なんて。
そうじゃなきゃいいけど。