METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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マザーベース:山猫の特訓

 バルカン半島での初任務が完了して約一週間後の事であった。

 

 その日戦術人形たちはマザーベースの食堂でテーブルを囲み、糧食班からプレゼントされたスイーツをみんなで楽しく食べている最中であった。

 傷が治り退院した9A91の退院祝いも兼ねている。

 食堂にも他のスタッフたちも何人かいて、彼らと戦術人形たちの楽しげな話し声で溢れていた。

 そんな時、食堂の扉が開かれオセロットが現れると、ピタリと会話が止まる。

 

 この食堂は普段オセロットも使用している、いつも彼が現れるたびに静かになるわけではなかったが、その時現れたオセロットは厳しい表情とただならぬ空気を纏っていたために、それを肌で感じたスタッフたちが無意識に会話を止めたのだった。

 オセロットは真っ直ぐに、戦術人形たちのテーブルまで歩を進めてきた。

 

 なんだろうと、不安な表情を浮かべる戦術人形4人を一瞥し、彼は口を開く。

 

 

「午後1時に訓練場に集合しろ、時間厳守だ」

 

 

 それだけをオセロットは口にすると、彼女たちが疑問を挟む間もなくオセロットはスタスタと食堂を去っていってしまった。

 

 唐突な出来事に呆気にとられる四人。

 しばらくの間固まっていた四人であったが、食堂に話し声が戻ってくるにつれてまず先に怒りを現したのはスコーピオンだ。

 

「あいついきなり来てなんなの!?」

 

 イライラした声で、スコーピオンは扉の方を睨みつける。

 せっかくの退院祝いをぶち壊されたことに怒っているのと、折角のスイーツが美味しく無くなってしまったことの両方に怒っているようだ。

 それをどちらかというと、オセロット寄りのWA2000がなだめる。

 

「まあ落ち着きなさいよ、オセロットにも何か考えががあるのよ」

 

「ふん、ワルサーはあいつが好きだからそんな事言えるんだよね!」

 

「な、いい加減なこと言わないでよ! スネークに付きまとってストーカーみたいなアンタに言われたくないわ!」

 

「なにこのメスネコめッ!」

 

「痛ッ!? な、なにすんのよ毒サソリッ!」

 

 口論はすぐさま取っ組み合いのケンカに発展し、お互い髪を引っ張り合ってもつれ込む。

 オロオロとどうしていいか分からない9A91と、必死になだめようと二人を引き剥がしにかかるスプリングフィールド……結局、駆けつけた食堂のスタッフに引き離される二人。

 

「覚えてなさいよスコーピオン…!」

 

「うっさい、本気でひっぱたいてきて……あんたこそ覚えてなよ」

 

「いい加減にしてください二人とも、みんなの迷惑になっていますよ……全くもう。ごめんね9A91」

 

「いえ、大丈夫ですから……それよりもオセロットさんは何の用なんでしょうか?」

 

「分かりませんが、ひとまずこの二人をどうにかしましょう」

 

 お互いそっぽを向く二人に、スプリングフィールドは肩を落とす。

 結局、二人はその後も仲直りすることなく、不安を残したままオセロットが指示した時間を迎える。

 

 スプリングフィールドと9A91をはさみ、ぎすぎすしたままの二人と共に戦術人形たちは指示された訓練場へと足を運ぶ。

 訓練場は彼女たちも何度か足が運んだことがある場所だ。

 プラットフォームの一つを丸々訓練場へと改修したそこは、射撃場の他トレーニング機器やプールなども設置され一個人を兵士に鍛え上げるのには十分な設備が揃っている。

 そんな訓練場を訪れた彼女らを待ち構えていたのは、先ほど食堂に現われた時よりもさらに威圧感を増して、部屋の中央で腕を組むオセロットだ。

 

 ケンカをしていたことも忘れるほどの威圧感に、スコーピオンとWA2000は身体を硬直させる。

 ぎこちない動きで彼の前に、戦術人形たちは足を運ぶ……無意識に列を整え、背筋を伸ばしてその場に立つ。

 

「スコーピオン、WA2000…前に出ろ」

 

 一瞬躊躇した二人だが、オセロットに睨まれおそるおそるといった様子で前に出る。

 二人ともオセロットとは目が合わせられずうつむいたままだ。

 

「お前ら、ここに来る前に問題を起こしたらしいな」

 

 静かな声で、オセロットが言うと二人は思いだしたように互いを罵り合う。

 

「それは、こいつが…」

「ちょっと、なに人のせいにしようとしてるのよ毒サソリ!」

 

「どっちが悪いかなんて関係ないッ!」

 

 訓練場全体に響き渡る怒鳴り声に、言いあう二人は即座に口を閉ざす。

 

「お前ら、ここを遊園地か何かだと勘違いしてるんじゃないのか? お前たちのここ最近の問題行動は目に余る、ボスの部隊はお遊び集団じゃないんだ。いいかよく聞け、お前らがボスをどう思っているかは知らんが、ボスの下で戦うというなら半端な態度は止めてもらおうか。問題行動、足手纏いはボスのMSFには必要ない」

 

 オセロットはそこで言葉を区切り、スコーピオンとWA2000を元の場所に下がらせる。

 

「お前たちが戦場に出ることを禁止する、代わりにお前たちを今日からオレが訓練する。生活スケジュールも管理する」

 

「待ってください、スネークさんは―――」

「ボスの了承はとってある。ボスは、お前たちが早く役に立つようオレにこの役目を与えた。それと、今度から質問をする時は手を挙げろ」

 

 言われて、すぐさまスプリングフィールドが手を挙げる。

 

「納得がいきません」

 

 抗議するスプリングフィールドの前でオセロットは立ち止まり、冷たい視線で彼女を見下ろす。

 負けじと彼女も見返すが、その身体は微かに震えている。

 少しの間を置いてオセロットは彼女たちの前を歩き始める。

 

「オレがお前たちに教えることは、MSFのために役立つすべてだ。銃を使った訓練から素手での近接戦闘術、国境なき軍隊(MSF)としての行動理念、戦場への適応能力。MSFは戦争をビジネスとする、請けた任務は必ず成功させる。救助するべき対象に銃を向けるようなバカな行動をしないためにも、MSFにいる以上守らなければならない規律も教えるつもりだ」

 

 先のバルカン半島の出来事を言われ、スプリングフィールドは何も言い返せずにうつむく。

 代わりにそれまで大人しくしていたスコーピオンがオセロットにくってかかった。

 

「あたしは別にあんたの教えなんて必要ない、アタシ一人でも十分強くなれる!」

 

「鉄血の戦術人形に軽くあしらわれたお前がほざくな。任務でボスを危険にさらしたのはお前も一緒だ」

 

「さっきから好き勝手言って……何様のつもり…!」

 

 先ほどからの恐怖心は薄れ、スコーピオンは目の前のオセロットを鋭い目つきで睨みつけている。

 普段愛想のいい笑顔を振りまく彼女からは想像もつかない姿だが、オセロットは意に介さない。

 

「オレが憎いかスコーピオン。気に入らないなら殴りかかってきたらどうだ、まあ、子どもにやられるオレではないがな」

 

「本当に、イラつく…! 後で後悔しても知らないんだからッ!」

 

 他の戦術人形たちが止める間もなく、スコーピオンはオセロットに殴りかかっていった。

 

 だがオセロットにはその拳を難なく受け止められた挙句、足を刈られ背中から固い床に倒れ込む。

 背中を強打し、スコーピオンは苦しそうにもがく。

 

「今日から教えるのはCQCの基本だ。弾薬が尽きた時、敵との近距離での戦闘、急な対処に役立つ。さっさと立て、大げさに痛がるな…」

 

 忌々しげにオセロットを睨みながらスコーピオンは立ち上がるが、そんな彼女は無視しオセロットは9A91に視線を向ける。それまで大人しく成り行きを見守っていた彼女は怯えているのか目を泳がせているが、彼は穏やかな声で話しかける。

 

「9A91、お前はケガから復帰したばかりだ。お前には選択の自由がある、だがもし今より強くなりたいのであればオレの訓練を受けることをすすめる」

 

「わ、わたしは…」

 

「他人に頼るな、自分の事だ、自分で決めるんだ」

 

 他の戦術人形に意見を求めようとした彼女に、オセロットはそう言った。

 不安げな様子で俯いていた9A91はいくつかの質問を彼に投げかける。

 

「指揮官は、オセロットさんに訓練されることを望んでいるのですか?」

 

「ああ、君自身のためにもな」

 

「では、訓練を受ければ…指揮官のお役に立てるのでしょうか?」

 

「もちろんだ」

 

「強くなれれば指揮官と一緒にいられるんですよね?」

 

「それは君次第だ」

 

「…やります、わたしは、指揮官のお役に立ってたくさん褒めてもらいたいから。訓練に参加します」

 

 気弱な声だが、オセロットは彼女の瞳から確かな決意を読みとった。

 

 早速訓練を始めようとしたところ、唯一何も言われていないWA2000が不満げな表情でオセロットを見つめている。

 

「なんだ」

 

「わたしには何か言うことは無いの?」

 

「お前は強制参加だ、特別メニューで訓練してやるから覚悟しろ」

 

「な、なによそれ…?」

 

 かくしてオセロットによる戦術人形たちへの訓練が始まる。

 

 初日ということで彼女たちが満足にCQCをできるはずもなく、ひたすらオセロットに挑んでは叩きつけられ、投げ飛ばされて体で覚えるという訓練が始まった。

 訓練場には叩きつけられる痛そうな音と、少女たちの悲鳴が響き渡るのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーー……身体が、動かな…い…」

 

 スコーピオンはうめき声をだしながら訓練場にうつぶせで倒れていた、ピクリとも動かない。

 彼女だけではない、スプリングフィールドは壁に寄りかかり息を乱し、9A91は座り込んでぼうっとしている……WA2000に至ってはほとんど魂が抜けかかっている有り様だ。

 

 彼女らがオセロットのスパルタ訓練から解放されたのは午後の6時を過ぎようとした頃であった。

 ひたすらCQCの餌食にされ続け身体はボロボロ、生気も無くなっている。

 

 しばらくそのまま死んでいた少女たちであったが、よろよろと立ち上がり訓練場を去っていく。

 大好きな夕食の時間だが、食べ物もろくに喉を通らない状態のため食堂を素通りし、一同マザーベースの浴場へと向かっていった…。

 

 

「イタタタ……背中の感触がないよ」

 

 痛む身体を慎重に動かし、彼女らは衣服を脱ぎ浴場へと入って行く。

 ふらふらと歩くスコーピオンは水風呂に身体を沈める……痛んだ身体に水の冷たさが心地よい、しばらく四人で水風呂の冷たさに身体を癒す。

 

「ねえワルサー…その…悪かったよ、先に手を出して…」

 

「別に、もう怒る気力も無いわ……私こそ悪かったわね」

 

 しばらく水に浸かっていたスコーピオンは、食堂でのケンカの事を思い出し謝罪の言葉を口にする。

 WA2000もまた、虚ろな目で浴場の天井を見上げながら小さな声でつぶやいた。

 

 それから四人同じタイミングで水風呂を出て、今度は大浴場の方へと入って行く。

 きょうの大浴場は泡風呂だ、いつもはただお湯をためただけの風呂だが、ちょっとしたサプライズに少女たちも少し元気を取り戻した。

 

 

「オセロットに酷く痛めつけられたようだな」

 

 

 突然かけられた声に、それまで無気力だった少女たちはギョッとして辺りを見回す。

 

 浴場の湯気で良く見えなかったが、そこには先客がいたようだ。

 当たり前だがその人物は女性で、風呂場にいるというのにサングラスをかけたままだ。

 

「ストレンジラブさん、いらっしゃったんですね?」

 

「ふむ、オセロットに痛めつけられていると聞いて泡風呂を用意したが気に入ってくれて良かった」

 

 背戦術人形たちにとって、ストレンジラブはAI研究への協力ということで深い付き合いをしている存在だが、こうして浴場で遭遇するのは初めてであった。浴場でもサングラスを外さない彼女を改めて変人認定するスコーピオンだった。

 

「全く、あの男も手加減というものを知らないらしい…こんな美しい肌にあざをつけるなんて全く

 

「あの、ストレンジラブさん…?」

 

「ああすまない、あざが酷そうだったのでな」

 

 怪しい雰囲気を醸し出しながら背中を撫でてきた彼女に、スプリングフィールドは若干引き気味だ。

 

「訓練はこれから毎日続くのか?」

 

「ええ、明日も同じ時間に」

 

「そうか、大変だな。ここには野蛮な男共もやっては来れない、ここにいる間はリラックスするといい」

 

 そう言うのは、ここマザーベースの女性専用浴場はマザーベースでもトップクラスのセキュリティを誇っている。MSFのスタッフの10分の1は女性スタッフなのだが、その女性陣に配慮した設計だ。

 無駄に諜報能力や隠密行動に長けた連中である、生半可なセキュリティでは女性たちも安心できないというものだ。

 

「ミラーの話しは聞いたか?」

 

「いえ、ミラーさんが何か?」

 

「オセロットが君らにCQCを教えていると、どこから聞きつけたのか自分も参加すると聞かなくてな……全く呆れた奴だ」

 

「そ、そうですか…ハハハ」

 

 それには彼女たちも愛想笑いをするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、お風呂入ったらちょっと元気になったよね」

 

「フフ、そうですね。泡風呂を用意してくれたストレンジラブさんには感謝しなければなりませんね」

 

「そうね、嬉しいサプライズだわ」

 

「ったく、オセロットの奴め……明日の訓練はサボってやる」

 

 用意されたお風呂でいくらか疲労を回復できた四人は先ほどよりかはいくらか軽い足取りで、食堂を目指していた。

 食堂へ向かいつつ、話しながら歩いている時だった。

 

「あ……」

 

「どうしたの9A91?」

 

「指揮官の声が聞こえます」

 

 目をキラキラと輝かせながら、9A91は飼い主に呼ばれた子犬のように声のする方へと歩いていく。

 スネークがいたのは先ほどいた場所から50メートルほど離れた位置……明らかにおかしい聴力に恐ろしさを感じつつも、他の三人はスネークがいるであろう場所を覗く。

 そこにいたのはスネークだけではなく、オセロットも一緒だったために四人は咄嗟に物陰に隠れる。

 二人は何かを話し合っていて、少女たちはそっと聞き耳を立てる…。

 

 

「訓練が始まったみたいだが、少しやり過ぎじゃないのか?」

 

 どうやらスネークは行き過ぎた訓練内容をとがめているようであった。

 これを聞いてスコーピオンは笑みを浮かべ"もっと言ってやれ"と小声でつぶやいている。

 

「らしくもない、この程度の訓練で根をあげるようではあんたのためにはならん」

 

「だが怪我をさせてしまっては元も子もないだろう。戦術人形とは言え、まだ少女だ」

 

「だからだよ、ボス。戦術人形(彼女たち)は造られて間もなく戦場に投入される。戦闘能力も人格も精神もある程度は決まった形で造られる、それ故に脆い…。オレたちのような人間は何十年も経験を積んで一人前の兵士になる、失敗を経て弱点を克服し戦場という過酷な環境に適応させていく。だが彼女たちは決められた人格で生まれる、どんなに歴戦の風格を纏っていようとも、その心は無垢な赤ん坊同然だ。個人差にもよるが、精神の崩壊は突然来るかもしれない」

 

「9A91、あの子がその状態に近かった。幸い順調に回復してくれたようだが」

 

「ボス、あんたも知っているはずだ、一度壊れた心はそう簡単に治らない。これからMSFはバルカン半島の任務のような汚れ仕事も引き受けるだろう、それを無垢な彼女たちがいつまでも耐えられるはずはない。彼女たちに必要なのは、オレたち人間と同じように経験によって精神を鍛えることだ」

 

「そうだな、オレは……あの子たちを人形扱いするつもりはない、彼女たちは人間だ。あの子たちが望むならMSFの家族として迎え入れる。もちろんお前もだオセロット、お前が一人で損な役をする必要はない」

 

「いいや、ボス。憎まれ役はオレでいい、ボス、あんたはMSFのカリスマ…ここにいる連中はみんなボスに惚れている、彼女たちもな。あんたは心の拠り所なんだ」

 

「だが…」

 

「ボス、オレはアンタのようにはなれない。オレはオレの役目を果たす、アンタはアンタにしかできない役目を果たすんだ。アンタは伝説のBIGBOSSだ、その伝説を穢したくはないのさ」

 

「オセロット……分かった、だが無理はするな。あの子たちの前にお前の精神が壊れては敵わん」

 

「フッ、冗談を…」

 

「明日は任務もない、たまには飲むか?」

 

「そうだな、たまにはいいだろう」

 

 

 

 二人の会話と足音が遠ざかっていった時、少女たちはその場に座り込む。

 

「ねえみんな」

 

 スコーピオンが口を開き、三人の顔を見つめる。

 

「あたし、もうちょっと頑張ってみようと思う……たぶん、これからも弱音を吐くだろうしイラつくときもあると思う。スネークとオセロットについて行けばもっと強くなれると思う、戦場で悔しい思いをしなくてもすむ。でも一人じゃ心細い……だからその…」

 

「フフ、私も同じ考えですよスコーピオン。みんなもそうよね?」

 

「はい。指揮官のためにも、みんなのためにもわたしは頑張ります」

 

「だから言ったでしょ、悪い人じゃないって」

 

「そうだね、ワルサーが惚れるのも無理ないかもね。どっちも似たようなツンデレだもんね」

 

「な、なによそれ……ぶつわよ?」

 

 ニヤニヤと笑うスコーピオンに、WA2000は頬を赤く染めてそっぽを向く。

 

「ま、明日からまた頑張ろ!」

 

 スコーピオンが差し出した拳に、少女たちは拳をつき合わせて応える。

 

 満月の美しい、穏やかな夜の出来事であった…。




オセロットが暴れます(物理)
カズが暴れます(猥褻)
以上でした(笑)


次回もマザーベースpartを予定してます。
次回はスネークが暴れる予定です。

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