MSF戦術人形連隊隷下第一歩兵大隊、大隊長スプリングフィールド。
装甲車を含む軍用車の隊列の中で、彼女は物憂げな表情で窓の外に広がるジャングルを見つめている。
彼女が指揮する第一大隊は今、西アフリカのとある国にある。
政府側と政権打倒を掲げるゲリラ組織が対立する内戦状態にある国である。
今回MSFに依頼があったのはこの国での戦闘支援ではなく、内戦から逃れるべく隣国の国境地帯に設けられた難民キャンプの警備任務だ。
今回の仕事の依頼者は紛争地の人道支援を目的としたヨーロッパのNGO法人。
そのNGO法人は紛争地での医療行為や食糧の配布などといった人道支援を行っているのだが、ここ最近の戦況の情勢から活動の危険を感じ、護衛のためにPMCを雇ったというわけだ。
だが難民キャンプの護衛という、依頼内容に対し大きな利益が望めない仕事はほとんどのPMCに渋られたようで、困った末に彼らは
利益もたいして見込めず、時に危険を伴う仕事に対しMSF内の一部からも反発はあったのだが、副司令カズヒラ・ミラーとスネークは協議の末この仕事を請けることを決定したというわけだ。
難民キャンプにやって来たスプリングフィールドは、まずそのキャンプの大きさに驚くことになる。
政府側が用意した難民キャンプには、故郷を追われた難民たちが集まり、あちこちに木の枠に布を被せただけのテントが張られている。
ざっと見渡す限りで数千人、これだけの難民の支援は容易ではないはずだ。
「よう、来たか。待ってたぜ」
「こんにちはキッドさん、それにネゲヴさんも」
難民キャンプの外で待ち合わせをしていたキッドとネゲヴの二人と合流、握手を交わす。
二人は内情を探るために一足先に現地へ入り、キッドが主導となってNGO側との協議や現状把握を行い、ある程度の仕事を計画してくれていた。
「分かっていると思うが、今回の仕事は直接戦闘じゃない。あくまで難民キャンプの警備だ。そこにNGOの連中がやっている人道支援は含まれていない、だからオレたちは難民たちに手を出してはならない。いいか?」
「ええ、分かりました」
「よし、あとはそうだな…面倒なんだが色々しがらみがあってだな。オレたちはこの紛争に介入する立場にはない、つまりは目の前で戦闘が起ころうが手を出してはいけない。許されているのは、味方に危機が迫った時の牽制と反撃のみだ。それも、可能な限り戦闘を避けること」
「なんだか、ちょっとややこしいですね」
「そうなんだ。ここだけの話だが、オレたちは
「はい、心得ております」
「その意気だ」
キッドとはそこで一旦別れ、スプリングフィールドは仕事となる難民キャンプ警備のために、一度キャンプを見てまわることになった。
これだけの規模だ、もしも戦闘が近付き集団パニックにでもなったら大変なことになる。
そうならないためにも、周辺の地形や難民たちの現状を把握しておこうとキャンプの周りを車で見てまわる。
「それにしてもすごい数ですね」
「そうね。私も最初見た時驚いた。これでも他に難民キャンプがあるって言うんだからね」
キャンプには老若男女を問わず様々な人が避難しており、女性や子ども、老人の割合が多い。
理由としては若い男は兵士として駆り出されているか、労働力として使役されているかのどちらかとスプリングフィールドは予想する。
彼女の予想はほぼあたっており、それがこの国に広がる闇の一つであるのだが…。
「それにしても、やな感じだよね…見てよ、私たちを見る連中の目」
ネゲヴが言うのは、人道支援を行うNGOの人々の、MSFを見る冷たい視線だ。
「キッド兄さんの言う通り、文句があるなら最初から依頼しなければいいのに。どこからも仕事を拒否されて、私たちが折角請けてやったのに、これってないよね?」
「でも、仕方の無いことだと思います。今の私たちと彼らとは本来相容れない関係ですから。でも、あの人たちも平和のために努力されているのですから、悪い人達ではないと思います」
「まあ、それは同感だけど。なんか偽善っぽくてやなんだよね」
攻撃的なネゲヴの言葉に苦笑しつつ、窓からキャンプを見つめる。
スプリングフィールドが気にかけるのは、難民たちの疲れ切った表情である。
故郷を追われた彼らは何も好きでこんな場所に来ているわけではない…不慣れな環境で、知らない大勢の人と共同生活を強いられ、いつ終わるか分からない生活の中で疲弊しきっているのだ。
子どもたちは笑うことをせず、飢餓に苦しむ子どもたちはやせ細り、対照的に腹部はいびつに膨張している。
「このキャンプに必要なのはなにより水と食糧ですね…」
「そうだね。でも、間違っても難民たちに食糧をあげようと思わないでね。MSFの仕事じゃないし、これだけの難民に対して平等に食糧を提供できる能力もない。一部にあげることは難民間のトラブルにもつながるし…いいことはないよ」
どこか冷めた印象のネゲヴを、スプリングフィールドはじっと見つめる…そんな視線に気付いたのだろう、ネゲヴは少し不愉快そうに顔をしかめた。
「間違っても薄情だなんて思わないでよね。この人たちに同情する気持ちはもちろんあるよ。でもね、覚悟のない善意は偽善に早変わりだ。私には、難民を全員助けようって覚悟も能力もないよ」
「分かってます……私も、ユーゴスラビアでたくさん目にしたことですから。私は、自分の役割を果たすまでです」
「ごめんね、あんたを責めるつもりじゃないんだ。先にキッド兄さんと来て色々調べたけどさ……ここも酷い状況だよ」
ネゲヴは難民たちには目を向けず、どこか達観したような表情で遠い空を見つめている。
その後は最低限の会話だけが続く……ふと、スプリングフィールドは難民のなかに恐ろしいものを見つけてしまった。
両手首を欠損した小さな子ども、よく見れば子どもに限らず大人たちの中にも片腕の無い者もいる。
ユーゴ紛争では埋められた地雷を踏み、片足を失くした人の姿を見たが、それとは明らかに様子が違う。
「スプリングフィールド、もう戻ろう。この警備任務もいつまでもやるわけじゃない、少しの辛抱だよ。なんて、大隊長のあなたにこんな事言うのって生意気かな?」
「いえ、むしろ気遣ってくださってありがとうございます。私は大丈夫ですから」
「ならいいんだ。何か悩みがあったら、お互い相談し合おうね。キッド兄さんもいてくれるから」
「ええ、そうですね。頼りにさせていただきます」
笑って見せるネゲヴに対しスプリングフィールドも微笑みかける。
以前のユーゴ紛争でメンタルを追い込まれていた時とは違う、もう気負わない…強い決意と共にスプリングフィールドはこの仕事に取り掛かるのであった。
難民キャンプの周辺に、警備兵としてヘイブン・トルーパー兵を配置し一小隊に一台のトラックとジープを配備させる。
重装備をもって警備任務に望みたいのがMSFとしての本音であったが、周辺勢力と難民たちへの影響を考え、標準的な小火器のみを装備し、装甲車などはMSFの宿舎においている。
色々と問題はあるかもしれないが、襲撃さえなければこの仕事もそこまで大変なものではない。
部隊配置を済ませたスプリングフィールドは自分のテントで一通の手紙を書いていた。
通信機能を備える戦術人形にしては妙な行為なのだが、スプリングフィールドは手紙で伝えることを好んでいた。
宛名はスネークに対してだった。
時折ペンを止めては考え込み、手紙にすらすらと文字を書き込んでいく。
「おーい、スプリングフィールドいる? あら、ラブレターでも書いてたの?」
「そ、そんなんじゃないですよ! ただ、スネークさんにここ最近の出来事をですね…」
「ふーん。あんたといいワルサーといい、好きな人にどうして回りくどいのかな?」
「ネゲヴさん!? そんな、下心があるわけじゃないですから! もう……それで、なんですか?」
「ああそうだった。なんか難民キャンプで子どもが行方不明になったみたいでさ、捜索依頼が来たんだ。キッド兄さんにも伝えなきゃならないから、一緒に行こ」
スプリングフィールドは頷き、書きかけの手紙を引きだしへとしまうと、ネゲヴと共にキッドのテントへと向かう。
途中楽しそうにおしゃべりをしながらキッドのテントを目指した二人だが、テントを開いて中を覗いた二人は、注射器を自分に打とうとしているキッドを見て驚愕する。
「キ、キッドさん!? だめですよ、人間としてそれはやっちゃダメです!」
「キッド兄さん! 薬物、ダメ、絶対! 戻れなくなるよ!?」
「うわッ! いきなりなんなんだって、痛ぇッ!!」
突然大声で喚かれたために手もとがブレ、関係のない箇所に注射器の針が突き刺さりキッドは悲鳴をあげた。
急いで二人はキッドの手から注射器をひったくるが、すぐさまキッドにとり返される。
「あのな、これはマラリアの予防接種だ。人形と違って、人間はこういうのやらなきゃ死んじゃうんだよ」
「あ、そうなの? それなら早く言ってよ。キッド兄さんがジャンキーだと思ったじゃない」
「あのなぁ…」
呆れたキッドが説教をしそうになったが、先ほどの捜索の件を話して説教を封じ込める。
最近はキッドの手綱を握るのも上手いもので、ネゲヴの口車に乗せられて注射器の事はさっさと忘れてしまう。
「なるほどね。子どもの行動範囲だし、あまり遠くへは行っていないだろうから、手分けして捜そう。じゃあ、オレとスプリングフィールドで…」
「キッド兄さん? キッド兄さんは私と行くのよね?」
「ん? まあ、どっちでもいいが」
「はぁ……キッド兄さん、そういうところ…」
「あはは…」
ジト目でネゲヴに睨まれるが何のことかさっぱりな様子のキッド、スプリングフィールドのことを偉そうに言うネゲヴだが、彼女も彼女でなかなかてこずっているようだ。
そんなわけで二人とはその場で分かれ、スプリングフィールドは何人かの部下たちを連れてキャンプ周辺の捜索へと出かけるのであった。
「どこを捜しますかね…」
周辺はなだらかな平地ではあるが、鬱蒼と生い茂るジャングルなどもあり見通しはあまり良くはない。
うだるような暑さの中でスプリングフィールドは車を走らせ、周囲に目をこらす。
ふと、海に面した小さな廃村を発見しそこへ車を止め、部下たちを散開させて捜索にあたる。
「だれかいませんかー?」
廃村を練り歩き、声をかけて返事が帰ってくるのを待つが、返答はない。
以前は漁村であったのだろうか、古ぼけたボートや網などがそこらにうち捨てられている…ボロボロの家屋も覗いてみるが、誰かがいるような気配はない。
「ふぅ…どこに居るんでしょうか?」
照りつける日差しと、じめじめした空気に汗が流れ出る。
涼し気な海にこのまま飛び込んでしまいたい気持ちになるが、まずは子どもを捜しだしてからだ。
人気のない廃村に見切りをつけ、移動をしようとした時…。
「これはこれは、どこの誰かと思えば……MSFの阿呆共の愉快な仲間たちではないか?」
冷たく、あざ笑うような声にそれまでの暑さを忘れて背筋が凍った。
咄嗟に振り返った先、気配もなく、その人物はいつの間にかそこにいた。
人間離れした真っ白な肌、どこか人を見下したような表情と切れ長の瞳、黒のセーラー服に身を包む彼女は直接面識はなくとも忘れようのない人物であった。
「あなたは…ウロボロス…!?」
「御機嫌よう、MSFの木偶人形。元気にしていたかな…?」
かつての強敵が、不敵な笑みを浮かべあざ笑う。
ウロボロス「久しいな下郎ども。ウロボロスである」
エグゼ「呼んでねえよタコ」
アルケミスト「死ね」
デストロイヤー「誰アンタ?」
代理人「あら、ゴミがなんか喋ってますわ」
ウロボロス「くっっ……!!」
ウロボロス再登場!
まーた何か企んでるなこいつは…?