METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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憎悪の果てに到達したもの

 一度は激戦が繰り広げられていた無人地帯から抜け出したAR小隊、そして404小隊。

 MSFの援護でその防御陣地まで後退した彼女らはそこで補給を受け取ると即座に反転し、眼下で繰り広げられる鉄血との激戦へと目を向ける。

 相手取る鉄血はうんざりするほどの兵力を投入し展開する部隊を押し潰そうと躍起になっているようだが、戦況はMSFが優勢だ……信じられないが攻める鉄血が苦戦し、それを迎撃するMSFが敵の攻勢をことごとくはじき返すばかりか、月光を効率よく展開して猛攻撃を仕掛けている。

 

「さすがね…何か月も持て余した力を発散させるつもりかしら?」

 

 これにはUMP45も思わず苦笑いを浮かべる。

 いくら鉄血側の足並みがそろっていないとはいえ、数的劣勢を覆すのは並大抵のことではできないというのに。

 相手の裏をかこうと果てしなく伸びていた防御線の全てで行われる攻勢、全てにおいて優勢というわけではないが、防御線を破られた箇所は未だない。

 どこの戦闘に混ざろうか、そう思いながら戦場を見渡していると背後からけたたましい稼働音を鳴り響かせる戦車が通り過ぎていく。

 大隊長FALお抱えの戦車大隊、随伴する歩兵部隊が駆け足で戦車の両側を進む。

 

 その中の一台の戦車に乗っていたFALと目が合うと、UMP45はタイミングをみて戦車の上に駆け上がる。

 

「久しぶりねFAL。戦車長の格好もさまになってきたんじゃない?」

 

「うるさいわね。戦車なんて大嫌いよ! うるさいし、狭いし、暑苦しいし! 戦車砲で敵を木端微塵に吹っ飛ばす爽快感がなかったらとっとと戦車を降りてたわ」

 

 戦車の問題点を本気で嫌そうに語りつつ、戦車で敵を蹂躙できる魅力を嬉しそうに語るFALに対し、UMP45は何とも言えない愛想笑いを浮かべる。

 それはさておき、後方から続々と駆けつけるMSFの戦力は強大で、今更AR小隊や404小隊が参戦してもさほど戦況は左右されない……むしろそれまで孤軍奮闘していた彼女らを気遣い、FALは後方へ下がるよう言った。

 

「でも後ろで見てるわけにもいかないし…」

 

「気にするなよ45……はっきり言わせてもらうなら、塹壕にはり付かせられてた鬱憤を晴らすいい機会をとらないでくれってことだよ」

 

 食い下がるUMP45を諭すのはマシンガン・キッドだ。

 その傍らに自身の銃を重たそうに抱えるネゲヴがおり、かわいらしい笑顔を浮かべて小隊の面々に小さく手を振っている。

 

「エグゼの指示だ、お前らは一先ず後方に下がりな。頭では疲れてなさそうに思えても、身体は休息を求めている…だとよ。AR小隊の皆さんも同じだぜ」

 

「しかし、助けてもらいっぱなしも我々としてはだな…SOPⅡのこともあるし」

 

「あんたM16と言ったな。気持ちは嬉しいが、それだけで十分だ。それに、あんたらに頼らずともあんたらのお仲間が助けに来てくれたみたいだぜ?」

 

 キッドの言葉の意味が分からずにいたM16であったが、彼に後方を指差され、そちらを見る。

 

 低高度を飛行してきた数機のヘリコプター、上空にはさらに編隊を組んだヘリが大きく弧をえがきながら高度を下げている。 

 MSFの陣地に着陸したヘリから降り立つグリフィンの戦術人形たち。

 

「M16、無事だったようね!」

 

「FN小隊、まさか君らが来てくれるとはな!」

 

 増援として真っ先に駆けつけたのは、グリフィン所属のFN小隊だ。

 リーダーをつとめるのはFALであり、隊員にはFNC、Five-seven、FN49ら優秀な隊員がいる…とりわけリーダーをつとめるFALはキレ者という話だ。

 

 さて、駆けつけたFN小隊だが、戦車の砲塔でイライラした様子のMSF所属のFALを見るや驚き目を丸くする。

 

「あら、MSFにわたしがいるわ」

 

「うっさいわね、わたしがどこに居ようが勝手でしょ?」

 

 この場にFALが二人いるという珍現象が起きているが、グリフィン側のFALのダミーリンクも混ぜればこの場に6体ものFALがいることになる……まあ、妙に小奇麗な方がグリフィンで、戦車の上でグリスまみれになっているガラが悪い方がMSFのFALということで見分けられる。

 

「初めましてだなグリフィンのみんな。グリフィンのFALはウェディングドレス着て仲間と殺しあいをしなそうで助かったよ」

 

「え? なにそれ、怖い……MSFのわたしとは関わらない方が良さそうね」

 

「キッド、余計なこと言わないで! まあいいわ、わたしらはもう行くからね!」

 

 それ以上自分と同一の人形と関わることを止めて、MSF側のFALは戦車の内部へ姿を消して戦場へと向かっていった。

 

「それはともかくとして…私たちは現地についたらAR小隊の指示に従えって言われたんだけど?」

 

「MSFが指示するわけにもいかないだろう。M4、あんたがAR小隊のリーダーだったな…増援の部隊はあんたに任せるよ。もしよかったらでいいが、直接的じゃなくてもエグゼと協力して欲しい……お互いの遺恨はさっぱり忘れてな」

 

「ええ、分かってます。邪魔をするつもりはありません」

 

「M4、あんたの気持ちはなんとなく理解できる。だがMSFも悪いやつばかりじゃないさ…オレみたいな最高にいい奴もいる」

 

「キッド兄さん、それ自分で言うかな? ま、キッド兄さんはマシンガンバカだけどいい奴よ」

 

「フォローありがとよネゲヴ。そういうわけで、オレたちもいくぞ。言っとくが、グリフィンの部隊に獲物を残しとくほど優しいと思うなよ!」

 

「ばいばーい、グリフィンのにんぎょうさん!」

 

 後続の戦車の上へと乗り込んだ二人をM4は見送ると、踵を返して振り返る。

 終結したグリフィンの部隊は電磁シールドの影響で、部隊を指揮する指揮官の指示を受けることは出来ない…今この場で彼女らを統率することが出来るのはAR小隊のM4ただ一人。

 

「M4、みんな指示を待っているぞ」

 

「えぇ…分かってます」

 

 M4は一度目を閉じて深呼吸を繰り返す。

 MSFに手を貸すことに疑問はいまだ残っている…だが助けられたことも事実だ。

 恩を仇で返すような汚い真似はするべきじゃない、MSFは仲間ではなく一時的に協力するだけ…M4はそう自分に言い聞かせると、意識を自分が今ここで果たすべき役割に向けた。

 自身を見つめる大勢の戦術人形を見渡す彼女に、迷いは無くなっていた。

 

「皆さん、これより私たちはMSFと共同戦線を張ります。私たちが過去経験したことのない大規模な戦闘です、MSFの部隊との連携は不可欠でしょう。既にお気づきの通り、この戦場は鉄血の電磁シールドにより通信回線が遮断されています…不慣れな連携となりますが、私と姉さんが全力でバックアップするつもりです! どうか皆さんの力を貸してください!」

 

 高らかに宣言したM4の堂々とした姿に、先頭にいたFALは感心するように笑みを浮かべる。

 次の瞬間、グリフィンの戦術人形たちが一斉に雄たけびをあげた…それはM4に自分たちの運命を預けるという確かな意思表示だ。

 その場には誰も怯えた者などいない。

 勇壮な彼女たちの姿につい圧倒されそうになったM4であったが、部隊を指揮する者として情けない姿を見せず、胸をはって応えて見せる。

 

「よくやったなM4、お前は私の自慢の妹だよ」

 

「自分の役割は果たすつもりです…ですがそれには姉さん、あなたの協力が必要不可欠です」

 

「もちろんだM4、私が全力でサポートするさ」

 

 二人は微笑みを浮かべ合い、互いが互いを支え合いこの戦場を戦い抜く決意を決める。

 

 そんな時、空を切る音が鳴ったかと思えばたった今彼女たちのすぐそばを通り抜けていった戦車が爆発を起こし炎上した。

 鉄血の砲撃は電磁シールドのせいで精密な砲撃をできないでいたが、徐々にだが戦術を変更しているのかその精度は上がっている。

 すかさずM4は戦況を見極めると、MSFの部隊が薄い戦線へとグリフィンの戦術人形を派遣する。

 指示を受けた部隊はすぐさま行動に移すと、激しい銃撃と砲撃を躱しながら前線へと進む。

 

「姉さん、部隊への指示はこれで終わりました、後は!」

 

「ちょっと待てM4……あれは…?」

 

 ふと戦場を見下ろしたM16が見つけたのは、息も絶え絶えに丘を駆け上がってくるG11の姿だ。

 鉄血に向けて進撃するMSF・グリフィンの連合部隊と逆行する形のG11をそのまま見ていると、最後に彼女は塹壕に転がり込むようにして入ると、大の字で寝ころぶのだった。

 

「やあG11、偵察お疲れ。なんか飲む?」

 

「ハァ…ハァ……! じゃ、じゃあ……冷たいマテ茶を…」

 

「それはないけど、普通の水ならあるよ」

 

「ありがと9………って、飲んでる場合かーーーッ!!」

 

 水の入った水筒を投げ返したG11はむくりと起き上がると、UMP45に向かって何やらわけのわからないことを言いだす…よっぽど焦っているのだろう、何を言っているのかさっぱり聞き取ることが出来ない。

 それを416が一発尻を蹴り上げてやると、ショックのおかげか落ち着くのだった…。

 

「で、偵察してなんか見つけたの? 敵のボスの正体とか掴めたの?」

 

「それは分からないけど…」

 

「チッ…じゃあ何しに偵察出てたのよこの役立たず」

 

「ヤバいの見つけたんだよ! 本当だってば! 今すぐエグゼに報告しないと……! みんな殺されちゃうよ!」

 

 G11の動揺は決して演技などではない。

 それを察した416はUMP45と顔を見合わせると、すぐさまG11の襟を引っ張り司令部へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開戦から数時間後、全ての戦線で優勢を保つMSF及びグリフィンの連合部隊。

 優秀な歩兵部隊と、戦車及び月光の攻撃力によって敵の攻勢を阻み、火力面で圧倒…既に部隊の多くが渡河に成功し、AR小隊が身を潜めていた廃墟まで侵攻を成功させている。

 司令部が置かれているテントには、絶えず兵士たちが出入りを行い、届けられた報告から戦況を分析し作戦を取り決める。

 電磁シールドで通信回線が遮断された現状、唯一遠方と連絡の取れる有線式の電話が常にその音を鳴らしている。

 

 

「報告します、FAL大隊長率いる戦車部隊が鉄血の防衛線を突破しました!」

 

「よっしゃ、その突破口に部隊を集中させて押し広げて!」

 

 

 届けられた報告のうち、即座に判断できるものはすぐに新たな指示を出して対応させる。

 あんなに嫌がりながらも熱心に戦車部隊の訓練を怠らなかったFALの戦車部隊は、戦車の存在を時代遅れにさせるとも言われる月光に対し、決して遅れをとることは無かった。

 戦車の突破力を活かした戦術もよく学習し、戦車単体での独りよがりになりはしない…その頼もしさにスコーピオンは戦況を見極めつつ笑みを浮かべていた。

 

 

「いける…数であたしらは負けているけど、この戦い勝てる! スプリングフィールド、そっちの準備は大丈夫?」

 

「ええ、もちろんです! 部隊のみんなも準備万端です!」

 

「よし…! 見てなよ鉄血のアホどもめ……! ところでわーちゃん、あんたはどうするつもりなの?」

 

 

 ふと、思いだしたようにスコーピオンはWA2000へと振り返る。

 統率する部隊のいないFOXHOUNDである彼女は司令部に届けられる報告を片っ端から読み漁り、情報を吟味しているようだが、どこか納得のいかない様子。

 そしてそれは、同じ司令部にいる連隊長エグゼも同じであった…。

 

 

「二人とも、どうしたんだよ…せっかく戦況はあたしら有利になってるってのに…何か心配事でもあるの?」

 

「いいえ、何もないわ…本当よ。でも言うならば、こんなに攻勢がうまく行き過ぎていることが心配だわ」

 

「わーちゃん……だけど、あたしら勝ってるんだよ? いや、不安になる気持ちはわかるけどさ…」

 

「いや、おかしいだろ? 相手はあのアルケミストだぞ? こんな簡単に攻撃が上手く行くはずがねえんだ……スコーピオン、お前も会って分かってるだろう、あいつのヤバさがよ」

 

 

 見えない脅威を警戒する二人に困惑するスコーピオンだが、こう言った場面で間違った行動を起こす二人ではない。

 スコーピオンも決して油断をしているわけではないが、過度に慎重になり過ぎれば攻撃の機会を無くしてしまうという考えがある…とはいえ、戦術を考えることはエグゼの方が上であることは自覚しているので、無理に意見を押し通すことは無い。

 

 

「みんな、どんな些細なことでもいい……オレは何か見落としていないか? どこか穴はないか? どんなことだっていいんだ、何か気付いたことがあるなら言ってくれ…!」

 

 

 そうは言うが、気付いたことなどは既に報告としてあげられている。

 突発的に始まった戦闘であるので情報不足なところもあるが、戦闘が進むにつれて敵の編成や規模なども分かってきている。

 だが気付いたことではなく、疑問に思うことなら確かにある。

 

 

「しいて言うのなら……鉄血はどうして今だ電磁シールドを展開したままなのでしょうか? はっきり言って、もう何の意味もなしていませんが…」

 

「電磁シールドはその名が示す通り、電磁の障壁でエリアを囲い内部と外部の連絡手段を絶つもの…通信回線による連携に頼る私たち戦術人形にとって有効な兵器ではあるけれど、私たちはそれを見越して有線通信を敷設していた」

 

「あぁ、鉄血がよく使う戦法だ…だからそれを見越して通信線を張っておいたんだ。ここまではいい、問題なのは奴らの狙いが分からないことだ」

 

「まったくの謎だわ……むしろもう電磁シールドは、鉄血にとって邪魔でしかないはずなのに。でももしも、奴らの狙いが単なる通信の遮断が目的じゃないとしたら…?」

 

「どういう意味なの、わーちゃん?」

 

 

 

 スコーピオンが疑問を浮かべた時、司令部へと404小隊のメンバーが駆けこんでくる。

 先頭には偵察に出ていたというG11の姿がある。

 

 

「ほら報告しなさいG11、あんた一体何を見つけたの?」

 

「う、うん…! エグゼ、今すぐ全部隊を撤退させないと!」

 

 

 G11の言葉はエグゼ含め全員が予想もしていなかったことだった。

 戦いに勝っている状況で何故撤退しなければいけないのか、そう疑問をぶつける前にG11は必死の表情で叫ぶ。

 

 

「鉄血の大軍勢を見たんだ…今展開している部隊なんか比較にならないくらいのだ! 1万とか2万とか、そんな規模じゃないよ! すぐそこまで来てる…潰されちゃうよ!」

 

「な…何だって…!? ちょっと待ってよ、鉄血はどれだけいるのさ!? そんな大部隊が近付いてきていたら気付くは…ず…!」

 

 そこまで言って、スコーピオンを含めたその場にいた全員が鉄血の策略に気付く…どうして気付かなかったのか、考えればわかるはずだというのに気付けなかった愚かさにWA2000は拳を机に叩き付けた。

 

「まさかアルケミスト…やる気なのか? アレを完成させたのか…?」

 

「アレって? エグゼ、アレってなんなのさ!? なんかヤバい兵器でも造ってたの!?」

 

「違う……アルケミストは熱心に研究してた事がある、アイツはそれを全ての戦術の最適解って言っていた! だとしたら、まずいぞ……今すぐ、全部隊を後退させろ!」

 

「う、うん、分かったよ…!」

 

 撤退命令は即座に指示されるが、勢いに乗ってしまった部隊を引き止めるのは困難なことだ。

 おまけに電磁シールドのおかげで渡河した部隊に対し迅速な連絡をとることもできない……これすらも狙っての行動なのか、恐れていた事態にエグゼの頭は真っ白になっていく…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? あれれ? MSFとグリフィンの部隊が止まったよ!?」

 

 丘の上から戦場を見下ろしていたアーキテクトは、進撃を止めて混乱した様子のMSF・グリフィン連合部隊を不思議そうに見下ろす…考えていても仕方がないのですぐに指揮所へとんで帰ると、既にそこにはゲーガーの姿がある。

 

「アルケミスト! なんか敵の動きが止まったんだけど!? どうしたらいいの、部隊を下がらせて休ませるの!?」

 

「フッ……あいつらも気付いたようだね。だがもう遅い、何もかも遅いんだよ……喜べ二人とも、あたしらの勝ちだ」

 

「どういうことだアルケミスト? 敵はただ動きを止めただけだ、対して我々は大損害を被ったんだぞ?」

 

「もう勝ちだよ、決まったことなんだよ。そろそろ種明かしといこうじゃないか……電磁シールドを解除せよ」

 

 部下にそう指示を飛ばすと、長く戦場を包み込んでいた電磁シールドが解かれる。

 これで外部との通信回線も回復しそれまで苦境に立たされていた鉄血も自由に通信を行えるが、それは相手も同じこと…だがゲーガーが気付いたのはそれとは別なことだ。

 自軍の布陣を移すモニターに、電磁シールドの解除と共に映し出される無数の信号…それは自分たちのすぐ後方に圧倒的数で示されている。

 

「これは…こんな膨大な部隊をどうやって……まさか!」

 

「そのまさかさ。電磁シールドは通信回線の遮断が目的じゃない、本当の目的はこの大部隊を敵に悟られず戦場のすぐそばに展開させることだ……作戦の第一段階は達成した。奴らは部隊の展開に気付かず、後方の予備部隊とグリフィンの部隊を引きだすことに成功した。これより作戦を第二段階にすすめる、今作戦の要は敵戦力の徹底的な破壊にある」

 

 呆気にとられるゲーガーへと歩み寄ると、アルケミストは穏やかな笑みを浮かべてその頬を優しく撫でる。

 

「情報の秘匿が重要だったから、お前には迷惑をかけたな…謝っておくよ。お前の部隊の損害も、敵を引きずりだすための必要な犠牲だった」

 

「そ、そうか…では、これからお前の攻撃が始まるんだな? 是非、作戦を聞かせてくれ」

 

「いいとも」

 

 にこりと笑ったアルケミストはモニターを操作し、この地域の地形マップに切り替える。

 そこに大まかな敵と味方の布陣が表示される。

 

「MSFは長大な距離の防御線を張っているが、そのすべてに攻撃を仕掛ける。さらにその後方の防衛線、そして補給部隊及び砲兵部隊までも破壊する。その要となるのが、ジュピターを含む重砲の密度だ。圧倒的火力支援で敵の防御を粉砕して行動を制限させ、強力な装甲部隊を浸透させる……広正面突破、全縦深同時攻撃を仕掛ける」

 

「待て、そんな大規模な攻勢…正規軍ですらできはしないぞ!?」

 

「出来るんだよ、敵の後方に降下部隊を布陣させて予備戦力を麻痺させる。攻勢を行う第一梯団が疲弊したら第二梯団が攻勢を代わる……そして奴らが築いた防衛線を突破し、一気に全てを制圧する…そうだ、全てを破壊しつくすまで進撃は停まらない」

 

 アルケミストの目標は目の前のMSFだけにとどまらない。

 彼女はそのはるか先、MSFが守ろうとしていた後方の市街地及び工場地帯の制圧までも一つの戦略として組み込んでいる…こんな作戦を行う者など見たことは無い、ゲーガーはただただ圧倒されるばかりか、アルケミストの瞳に宿るどす黒い感情に萎縮する。

 アルケミストが抱く感情は敵対する者への果てしない憎悪だ。

 

「ゲーガー、あたしは人間とそれに与するクズ共が憎い、一人として生かすつもりはない。戦争という手段で連中を絶滅させるために、あたしがほとんどの労力をつぎ込んだ戦略だ……お前もじっくりと堪能してくれ、奴らの惨めな人生に終止符が打たれる様をね…」

 

「あ、あぁ…」

 

「ふふふ……素敵ねアルケミスト、言葉で奴らを絶望に追い込むのも好きだけど……純粋な力で叩き潰すのも素敵よね」

 

 ゲーガーとは対照的に、ドリーマーは狂気じみた笑みを浮かべて喜んだ。

 いまだ事情が分かっていないアーキテクトであったが、ひとまず二人の狂気に気圧されているゲーガーをそっと支える。

 

「争いは対等な立場でないと成立しないというが、言い得て妙だな。これから行うのは一方的な殺戮の時間だ、待たせたね諸君……これより、縦深戦略理論に基づき攻勢を開始する……アイアンストーム(鉄の暴風)作戦、始動…」




アルケミストが戦争という手段で敵を絶滅させるために編み出したもの…。
それは100年以上前、欧州をのみ込み世界を二分した赤き帝国が誇っていた戦略

アルケミストの果てしない憎悪の下で育まれた鋼鉄の兵団がついに、牙を剥く



次回、鋼鉄の嵐が吹き荒れる


※次回からの推奨BGM置いときます
https://m.youtube.com/watch?v=gfW1bkPI8Kc

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