METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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アルケミストの怨念

「MSFめ、撤退するつもりか。アルケミスト、あいつらを追撃するんだろう?」

 

「さあさあ始まったよ! お待ちかねのボーナスステージ!」

 

 両手をあげて喜んでいるアーキテクトは放っておくとして、長く戦えない鬱憤を貯め込み続けていたゲーガーは持て余した破壊衝動を発散させる機会を、今か今かと待ち続けていた。

 この戦場に最初にやって来たのはゲーガーとアーキテクトであるが、アルケミストが展開する部隊の全権を握っていることに二人はもう文句を言うこともない…これほどの大規模な作戦を行う権限も能力もない二人は、アルケミストを一人の優秀な指揮官として認めていたのだ。

 

「あたしらの勝利はもう揺るぎ無い…例え私が倒されようとも、一度命令を受けた軍団は止まらない。後はどれだけクズ共を殺し尽くせるかだ」

 

 腰掛けていたアルケミストは立ち上がり、右目を…眼帯の上から手のひらで覆う。

 疼く古傷の痛みに彼女は一瞬眉間にしわを寄せるが、すぐにその表情は元に戻る。

 

「お前も戦場に出るのか?」

 

「あたしがここでやれることはもう全部やったさ、言っただろう…後は蹂躙するだけだ。それに…あたしやマスターを裏切ったアイツはこの手で殺さなければならない、アイツをあたしらから奪った連中も生かして帰さない」

 

「凄まじい執念だな…だがどうするつもりだ、MSFは足止めに部隊を残しているようだが?」

 

「正面の足止め部隊はほっとけば轢き潰せる。用意したのは地上部隊だけじゃない…ヘリを用意してある、乗れ」

 

 アルケミストの縦深戦略は、大規模な戦力による連続的な攻撃と長距離火砲や航空機による敵後方に対する攻撃、そしてヘリや航空機からの空挺降下による退路遮断をもって成り立つ。

 既に空挺のための戦術人形を搭載した大型輸送機やヘリは飛び立った、巡航する無人戦闘機の援護を受けてそれらはなんの問題もなくMSFを追撃し、彼らが守ろうとする町までも蹂躙するだろう。

 

「ドリーマー、お前も来るか?」

 

 アルケミストのその誘いに、ドリーマーはうっすらと笑みをはり付かせたまま首を横に振る。

 

「折角の招待だけど遠慮するわ。あなたたち三人が戦ったら、わたしが出る幕もないでしょう? わたしはここで、戦場の様子を見ることにするわ」

 

「ふん……たくさんのダミーを潜伏させておいてよく言う。というより、お前はもう前線に出向いているんだろう、ダミーを使って」

 

「さあ、どうかしらね?」

 

 あくまで普段の調子を崩さないドリーマー…腹の底に何かを隠し持っているような態度に、彼女をあまり良く思わないゲーガーが不快感を露わにする。

 そこへ前線に向かうヘリが到着した。

 

「アーキテクト、ゲーガー…言わなくても分かってると思うが、情けは無用だ。奴らを一人残らず狩りたて、虫けらのように踏み潰せ。考え着く限りの苦痛を与え惨めに殺せ、惨たらしく殺せ、この世に生まれ落ちたことを後悔させろ…奴らが誰に戦いを挑んだか分からせてやれ。奴らは害悪そのものだ、跪かせ狂犬のように撃ち殺せ」

 

「う、うん……それにしてもすごい殺意だね…人間全部を殺す気? 人間も悪い奴らばかりじゃないと思うけど…」

 

「良い人間は死んだ人間だけだ…アーキテクト、奴らを皆殺しにするのは気が引けるか?」

 

 いつも通りの表情で振り返っただけのアルケミストに、アーキテクトは言いようのない恐怖を感じ萎縮する。

 彼女のしなやかな指が頬を触れた時、そのゾッとするような冷たさにアーキテクトの背筋が凍りつく…。

 

「大量殺人、テロ、強盗、強姦をした犯罪者…慈善活動、教師、牧師、医者といったいわゆる善良な人間。あたしはその二つの人種を捕まえて、腹を掻っ捌いてみたことがある……悪人と比べて善良なやつは、さぞ綺麗な中身をしているだろうと思ったが、同じだった」

 

「だ、だろうね…えっと、アルケミスト…?」

 

「張り巡らされたネットワークによって思想は数十秒で世界を駆け巡る。あたしらの存在を認めない連中の憎悪は、何の関係もない人間に植え付けられ、新たな憎しみの苗床として成長していく…分かるかアーキテクト、これは戦争なんだよ。どちらかが相手を完全に殲滅するまで止まらない…絶滅戦争なんだ」

 

「いや、アルケミストの言うことも分かる気がするけど…全部を敵に回すなんて…人間だっていい人は…」

 

「そんなものはいない」

 

「で、でもアルケミストを育ててくれたサクヤさんって人は、人間なんだよね…? その人はいい人だったって、あんたも言ってくれたじゃん!」

 

「そうだよ、その通りだ。だから言っただろう、良い人間は死んだ人間だけだって……あたしは人間を殺したことは一度もない、あたしにとっての人間はマスター一人だけだ。だからね…マスターを穢す同じ形をした屑虫共は残らず駆逐しなければいけないんだよ」

 

 自らの行為に一切の疑問も抱かずに、アルケミストは己の思想を穏やかに…しかし狂気を滲ませて言った。

 同じ勢力の同じ戦術人形で、これほどまでに歪んだ存在を今だかつて見たことのないアーキテクトは目の前で笑顔を浮かべる彼女が、急に恐ろしい存在に思うようになる。

 そんな時、傍にいたゲーガーが静かにアーキテクトの手を引くと、アルケミストの底知れぬ憎悪から守るように彼女との間に立つ。

 

「アルケミスト、あなたがどんな理由で奴らを狙うかは勝手だが…うちの上司を洗脳しないでくれるか、バカだから影響されやすいんだ」

 

「洗脳だなんて人聞きが悪い…ま、奴らを殺す邪魔さえしなければいいさ。乗れよ、向こうに行ったら各々の理由で殺せばいい」

 

「あぁ……アーキテクト、お前はバカなんだからあいつの話をまともに聞くんじゃない。あいつの闇に触れたら、戻って来られなくなるぞ」

 

「う、うん…ありがとね、ゲーガー」

 

 すっかり萎縮してしまったアーキテクトは、とりあえず後ろからゲーガーに抱き付いてみせるが、ゲーガーはめんどくさそうにそれをあしらう。

 迎えのためにやって来たヘリに乗り込み、三人は前線へ向けて移動するのであった…飛び立つヘリをドリーマーは小さく手を振り見送る。

 

「行ってらっしゃい、アルケミスト。存分にあなたの憎しみをまき散らしなさい……ふふ…あなたの言う通り、その憎しみが世界を駆け巡り、戦争という名の花が開く。楽しみね…さぞ、綺麗な花が咲くでしょうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前線から遥か後方の街、MSFが防衛戦力として数個小隊残しておいただけのその町は、スプリングフィールド率いる大隊が駆けつける頃には鉄血の空爆を受けていた。

 対空砲火を受けないのをいいことに、鉄血の無人航空機は悠々と空を旋回しては標的を捉えると一気に降下、通りを逃げる住民たちを無差別に撃ち殺す。

 住民の救出のために真っ先に町へと駆けつけたスプリングフィールドの大隊は、すぐさま対対空ミサイル"スティンガー"を装備した歩兵部隊を展開させる。

 

「無差別に市民を狙うなんて卑劣な奴…! 皆さん、迎撃お願いします!」

 

 スプリングフィールドの掛け声と共に、スティンガーミサイルが放たれる。

 熱追尾ミサイルは空を飛行する無人航空機を追尾、狙われた航空機も速度をあげて回避行動をとるが間に合わず、ミサイルの直撃を受けて墜落する。

 部隊が敵機の迎撃に移っている間、スプリングフィールドは町の通りを走りぬけ、放送局へと駆け込んだ…ここのスタジオから各家庭や町の要所に取りつけられた防災スピーカーへ発信させることが出来る。

 

 

「緊急連絡、緊急連絡です! 町は今攻撃を受け、鉄血の部隊が町に迫っています…ですがどうか落ち着いて話を聞いてください! MSFは今すぐ住民の皆さまの避難のための手段を用意いたします! 脱出のための航空機やヘリを、町の外の飛行場に用意しています…どうか慌てずにスタッフたちの誘導に従い避難をお願いします、荷物はくれぐれも最低限の量でお願いいたします!」

 

 スタジオのマイクをとり、非常時のマニュアルに沿ったメッセージを町の防災無線を通して住人たちに伝える。

 言葉では落ち着くようにと言ったが、こんな非常時に落ち着いて行動できる人間は多くない…ここからが肝心だ、住人たちをスムーズに避難させるために部隊を避難民の誘導に割かなければならない。

 放送局を飛び出したスプリングフィールドは早速、部隊の元へと戻ると、住人らの誘導のために大隊を編成した。

 いくつかの小隊に分けた部隊のリーダーを指名し、その中には大隊所属のIDWがいた。

 

「あ、あの…スプリングフィールドさん…!」

 

 指示を出し終え、対空迎撃の指揮をとろうとしたスプリングフィールドを呼び止めるIDW…いきなり任された大役に戸惑い、不安に押しつぶされそうな顔で彼女は震えていた。

 指示を待つ兵士たちに一旦待つよう伝えると、スプリングフィールドはIDWの前にしゃがみ込み、その手を握る…。

 

「IDW、落ち着いて…ゆっくり深呼吸してみてください」

 

 言われた通り、深呼吸をIDWは繰り返す。

 それでも不安を隠しきれないIDWに、スプリングフィールドは優しく微笑みかけた。

 

「大丈夫、訓練を思いだしてIDW。こういう時のために厳しい訓練を積んできたんでしょう?」

 

「で、でも…私、部隊を指揮したことなんて実戦で一度もないのにゃ…」

 

「訓練では何度もつとめましたよね? みんなの中で、一番あなたが上手く出来たじゃないですか……心配いりませんIDW、自信を持ちなさい」

 

「無理にゃ! こんな大勢の人を守るなんて無理にゃ……それに私、もう怖くて仕方がないにゃ……家に帰りたいにゃ…!」

 

「IDW…」

 

「私は強くなんかないにゃ…ワルサーさんに教えてもらってた時も、何回も私が足を引っ張ってたのにゃ…! 自信なんて持てないにゃ……スプリングフィールドさんみたいに、強くなんてなれないにゃ…!」

 

 長い塹壕の生活と、この鉄血の大攻勢はIDwの精神を衰弱させていた…限界を感じ泣き崩れるIDWをじっと見つめていたスプリングフィールドは、彼女の手をそっと撫でると、過去の自分を振りかえりながら言った…。

 

「こんな酷いところ、誰もいたくなんかありませんよね…分かりますよ、IDW。私も昔、ユーゴで何もかも嫌になって逃げてしまいましたから…」

 

「…え?」

 

「だけど逃げた先で、よりよい未来があるわけじゃない…あの時みんなの役に立てなかった後悔と悔しさが、ずっと残り続けました。IDW、あなたは決して弱くなんかありませんよ…ワルサーの厳しい訓練を耐え抜いたあなたが弱いはずないですよ。IDW、あなたに必要なのはたった一歩踏み出す勇気です…」

 

「スプリングフィールドさん……うん、分かったにゃ…私、やるにゃ」

 

「ええ、お願いします。ほら、涙を拭いて…」

 

 涙に濡れるIDwの顔を拭いてあげると、彼女はいまだ泣きそうな表情を隠しきれないまでも、唇を噛み締め胸を張る。

 スプリングフィールドは彼女の勇気に敬意を払い、小さな勇姿を見送った…。

 

「大隊長ッ!」

 

 部下の呼び声に振り返ったスプリングフィールドは、部下たちが見上げる空に視線を移す。

 無人戦闘機を狙ったスティンガーミサイルであったが、無人機から撒かれたフレアにかく乱されて目標を見失い爆発する…唯一の有効打が封じられてしまったことにスプリングフィールドが悔しさに唇を噛み締めていると、突如一機の戦闘機が凄まじい速度で飛来し、すり抜けざまに無人機を撃墜していった。

 上空を凄まじい速度で飛びながら、空を裂く音が遅れてやってくる。

 MSFではない、何者かの航空機が無人機を撃破したのだ。

 

 

『誰か聞こえるか、こちらカズヒラ・ミラーだ!』

 

「ミラーさん! こちらスプリングフィールド!」

 

『おぉ、無事だったか! エグゼはどうしたんだ?』

 

「エグゼさんは後で町に来ます、私は一足先に町の住民を避難させるために来ました。それよりミラーさん、あの航空機は?」

 

『ユーゴ連邦空軍の応援部隊だ、イリーナが根回ししてこちらに協力してくれている。スプリングフィールド、代わりに君に伝えるが、MSFの増援部隊もそちらに向かっている』

 

「感謝します、ミラーさん! ですが鉄血の軍勢はとてつもない規模です…このままでは…」

 

『分かっている。住民たちの避難が最優先だ、エイハヴをリーダーに戦闘班のスタッフをそちらに向かわせる』

 

 エイハヴ、ビッグボスも認めるMSFの優秀な戦闘員…ユーゴで弱さを自覚した自分を鍛えてくれた恩師の登場に、スプリングフィールドは思わず笑みを浮かべた。

 

『航空写真で鉄血の軍勢を見た…このエリアを守り切るのは不可能だろう。だが役目は果たすつもりだ、町の住人の救助にヘリと航空機を手配した……それと、まだ未完成だがZEKEに代わるオレたちの新たな抑止力を投入する』

 

「サヘラントロプス…! もう、動かせるのですか!?」

 

『完成度は80%らしいが、未完成の20%の部分は核発射能力にともなう演算処理装置らしい…つまり、単純な戦闘を行うのには何の問題もない』

 

「分かりました、すぐにエグゼに伝えます!」

 

『頼んだ。スプリングフィールド、ボスは今いないかもしれないが…オレはお前たちがボスなしで、この苦境を乗り越えられると信じている!』

 

「ええ、もちろんです!」

 

 MSFで最も優秀とされるエイハヴが、発足時より在籍し、ニカラグアのピースウォーカー事件より所属するベテランの兵士たちを伴い駆けつけてくれる。

 これほど頼りになる増援は他にない…もちろん、ビッグボスを除けばだが…。

 

 この苦境の中で微かな希望をスプリングフィールドは見るのであった。




※捕捉
アルケミストが用意した装甲人形・戦術人形は高度なAIで統制され、戦闘で得た経験を即座に全部隊へ反映させ常にアップグレードがなされている。
一度通じた戦術が、次にまた通用するとは限らない。
同じく無人航空機も経験から学習し、戦闘を行うたびに強化されていく。




ファントムことエイハヴに率いられたMSFのベテラン戦闘班、ユーゴの義勇軍、そしてお待ちかねサヘラントロプス!


なのに不安がぬぐい切れないのはなんでだ?
アルケミストとドリーマーのせいなのか?


次回、鋼鉄の巨人
お楽しみに

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