METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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鋼鉄の巨人

「ゲーガー…ねえ、ゲーガーってば…!」

 

 自身を呼ぶ声に振り向いたゲーガーを、どこか不安げな表情のアーキテクトが覗きこむ。

 アルケミストが寄越したヘリには二人の他に搭乗する者はいない、AIの制御によってパイロットすらも省略されたそのヘリもまた、アルケミストがアメリカより持ち帰った技術を元に量産されたヘリである。

 

「なんだ、何か用か?」

 

 いつも通りの素っ気ない態度で応えて見せる。

 するとアーキテクトは"いつものゲーガーだ"などとにこりと微笑むのだが、言われている意味が分からずゲーガーは眉をひそめる。

 

「なんかゲーガー、難しそうな顔をしてたからさ! 上司として心配しちゃったよ!」

 

「何が上司だ、いつも尻拭いをさせてるくせに……だが、心配してくれてありがとう」

 

 能天気なバカだが愛嬌のあるアーキテクトに、少しばかり癒されたゲーガーであった。

 落ち着いたところでアーキテクトは再び問いただすのだ…何を難しそうに考えているのか、と。

 ゲーガーは一度ヘリの内部を軽く見渡すと、窓から見える鉄血の大部隊を厳しい目で見下ろした…。

 

「あのエリアを任されていたのは本来お前と私だ。だというのに、私たちはこんな大規模な作戦の一端すら知らされずバカみたいに騒いでいた」

 

「でも、アルケミストは秘密裏に進めるためにやったって…」

 

「その言葉すらも今は信じられん…お前も感じたはずだ、アイツのメンタルモデルは壊れかかっている。それにこの軍勢、こいつらの戦闘AIはプログラムではなく経験を通して強化されていく。そしてそれらはより高度な管理AIに統率され、兵士一人一人が管理される」

 

「うん? よく分からないんだけど…ゲーガー何が言いたいの?」

 

「気付いたんだよ。その高度な管理AIはどこか遠い安全圏に固定されているのではなく、この兵士一人一人を繋ぐネットワーク内に存在する。ここに展開する軍団がまるで一つの生物であるかのようにな…すなわち兵士は細胞にあたり、部隊は器官といったところか。それはまさしく、機械化された群体生物そのものだ」

 

「ゲーガー…あたし、バカだから何が言いたいのか全然分かんないよ…!」

 

「自己意思で進化し、行動を決定する軍団…各部隊を統率する指揮官はもはや不必要だ。それでも優秀な指揮官は残されるだろうが、無能な指揮官は…」

 

 そこまで言って、ようやくアーキテクトはゲーガーの言いたいことに気がついた。

 今回の戦闘で、アルケミストが用意した軍団は一人の強力な個体よりも、集団の強さの方が強力であるということを証明して見せた…ゲーガーの推測が本当なら、今まで部隊を指揮するのに必要なハイエンドモデルの存在も不要となる。

 そうなれば能力に差があるハイエンドモデルも、今までのように呑気に構えてはいられない。

 処分されることは無いだろうが、価値の下がった個体は今までのような権限を持てず、この軍団内の細胞の一つとして組み込まれてしまうかもしれない。

 そしてハイエンドモデルに与えられる自由意思すらも、不必要な要素として排除されるかもしれない…あくまでこれはゲーガーの憶測だが、一度不信感を抱いたゲーガーは誰も信用できなかった。

 

「でも、なんでアルケミストはそんなシステムを作ったのかな? あの人は、他の誰よりもみんなを大事に想ってたのに…」

 

「さあな、それほどまでに自分の敵が憎くてしょうがないんだろう」

 

「分からないよ…ゲーガーだって知ってるでしょ? アルケミストはよく笑ってみんなの面倒を見てくれて、代理人の仕事も手伝ったり……名前も覚えて貰えないような下級の戦術人形にも優しかったり…本当は優しくていい人なはずなのに、どうして?」

 

「さあな……蝶事件の後に造られた私たちには、あいつの過去は知りようがない。それよりアーキテクト、あれを見てみろ」

 

「んん? うわ、なにあれ!?」

 

 ゲーガーに言われて窓の外を覗いてみたアーキテクトは驚きのあまり席たってヘリの扉にはり付いた。

 アーキテクトが見たもの、それは町のすぐそばに直立する山のように大きな物体だ…灰色の装甲を持ったそれは手足をもち、人型をなしている。

 

「あわわ…MSFっていつからCG無しのSF映画撮り始めたの!?」

 

「落ち着けアーキテクト、全部現実に起こってることだ…そう、全部な。なあアーキテクト、私が今信用できるのはお前だけだ……だからお前も私を信用してくれ。この先何があったとしてもな…」

 

 ゲーガーの珍しく、縋るような弱々しい瞳にアーキテクトは一瞬動揺するが、すぐに笑顔を浮かべ彼女の隣に腰掛け手を握る。

 

「えへへ、ゲーガーはあたしの相棒だもん、ずっと信用するに決まってるじゃん!」

 

 邪念のない純粋無垢な笑顔はやはり見ていて飽きることは無い。

 この能天気なところに何度助けられたことだろうか…同時に、この笑顔だけはせめて守ってあげたい…そうゲーガーは思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場に、鋼鉄の咆哮が響き渡る。

 それは数機のヘリに吊るされてやって来た……ユーゴで破壊されたZEKEのAI()を受け継ぎ誕生した新たなるメタルギア、その名も"サヘラントロプス"。

 戦場に現われたサヘラントロプスにMSFは戦意を高揚させ、仲間のグリフィンは衝撃を受けているようだったが、驚くのはまだ早い。

 地上に降りたサヘラントロプスは、ZEKEと同じ形態から、直立二足歩行形態へと変形して見せたのだ。

 それはまさしく鋼鉄の巨人、威圧的なその姿は味方には勇気を、敵には恐怖を与える。

 

 しかし敵は感情を持たないマシーン、その姿を前にして、鉄血の軍勢は一切動揺を見せず積極的に撃破しようという構えを見せるのだ。

 

 

「エグゼ、エグゼはどこにいる!?」

 

「落ち着けハンター、エグゼはきっと無事だ」

 

 

 サヘラントロプスと同時に戦場へ駆けつけたのは、エイハヴを筆頭としたMSF戦闘班と、ハンター率いる独立降下猟兵大隊。

 エグゼの危機を知って、ハンターは抱えていた戦場を放り投げて大隊長権限でこの戦場に駆けつけてきてしまったようで、後始末にミラーが苦労したのは言うまでもない。

 しかしこの増援は心強いもの、早速部隊と合流したハンターとエイハヴは、町へ殺到する敵部隊の迎撃に移る。

 

「住民の避難を援護しろ! 人命救助が最優先だ!」

 

 住民たちが町の外の飛行場に避難している間、押し寄せる敵の攻勢を受け止める。

 足止めのために残ったMG5の大隊を迂回し駆けつけた装甲人形と、続々と降下してくる空挺部隊…いまだ途切れることのない鉄血の増援部隊、まさしくそれは鉄の嵐と呼ぶにふさわしい。

 

「エイハヴ、来てくれたんだね!?」

 

 そこへ、連隊副官のスコーピオンが駆けつける…WA2000も一緒にやって来たようだが、そこにエグゼの姿が無いことにハンターは動揺する。

 

「エグゼとははぐれちゃったんだ…先にこっちに来てるもんだと思って…」

 

「まさか、じゃあ助けに行かなきゃならないじゃないか!」

 

「通信をつなげようにも、回線がパンクしちゃってる! もう誰がどこにいるのか全然分からないよ!」

 

「おまけに面倒な奴に出くわしたわ…鉄血のハイエンドモデル"ドリーマー"よ。ああもう、思いだしただけでもムカつくわ!」

 

 

 WA2000が怒りを露わにしているのにも理由がある。

 それは部隊を撤退させている間、ドリーマーが大胆にもWA2000に対し通信で語りかけ、挑発の言葉を繰り返したという。

 

"ゲームをしましょう、MSFの至宝FOXHOUNDのWA2000さん。この戦争が終わるまでにどれだけお互いスコアを稼げるか勝負しましょう?"

 

 ケラケラと笑う仕草は腹立たしく思いだす。

 まあその時WA2000が咄嗟に返した啖呵というのが…。

 

"寝言は寝て言いなさい寝坊助、あんたがどれだけスコアを稼ごうと、わたしがアンタの眉間を撃ち抜いてゲームセットよ。スコープごとアンタをぶち抜いてやるから震えながら這いつくばってなさい!"

 

 これには、無線を聞いていた他の人形たちも称賛し、むしろ士気をあげさせるに至ったわけであるが。

 彼女を崇拝するKar98kが好き放題そのネタを使って鼓舞し、おまけに新たな信者を獲得する始末…スネークが生み出し、オセロットが鍛えたFOXHOUNDの名は伊達ではない。

 

「とにかくまずはエグゼを見つけな――――」

 

 その時、空を斬り裂く音と同時に爆発音が鳴り響く。

 サヘラントロプスを狙う無人航空機のミサイルがサヘラントロプスの身体に命中したようだ…咄嗟に見上げたサヘラントロプスは、微動だにせず先ほどと同様の姿勢を維持している。

 変形してから沈黙していたサヘラントロプスであったが、攻撃を受けて、頭部のセンサーが赤く灯る。

 

 

「戦闘態勢ニ移行、敵目標ヲ確認、速ヤカニ排除シマス」

 

 

 サヘラントロプスが一歩踏み出す度に、地面が揺れる。

 最初ぎこちなかった動きは徐々に滑らかに変わり、攻撃を仕掛けてくる無人航空機に向けて頭部の30ミリ機関砲を斉射する…高度な演算装置によって軌道計算がなされ、予測した位置に機関砲を叩き込み、あっという間に無人機を撃墜して見せた。

 

 

「目標撃破、次ノ目標ヲ排除シマス」

 

 

 サヘラントロプスが次に目を狙うのは、町へ攻勢を仕掛ける鉄血の歩兵部隊だ。

 散々MSFとグリフィンの人形たちを苦しめた装甲人形が大挙して押し寄せ、サヘラントロプスに対しロケットランチャーや迫撃砲の照準を向け、攻撃を仕掛けてくる。

 だが無人航空機の爆撃をものともしないサヘラントロプスに、歩兵が装備できる武器程度ではびくともしない。

 

「高高度多連装ミサイル装填完了目標ロックオン……一斉斉射開始」

 

 サヘラントロプスの背部に搭載されたミサイルポッドより、ミサイルが垂直に射出される。

 射出されたミサイルは空高くまで飛んでいくと、ある一定の高度でロックオンされた敵目標の頭上へと降り注ぐ…ほぼ真上から降り注ぐミサイルは、障害物に隠れる鉄血の人形たちを爆風で吹き飛ばす。

 さらに次なる目標へ…押し寄せる鉄血の軍勢はいまだ多い、獲物に困ることは無い。

 次の攻撃へと移ろうとしたサヘラントロプスであったが、突如空を切る音が鳴ったかと思うと、胴体に砲弾が直撃し大きな爆発を起こす…。

 

 高威力、精密な砲撃を得意とするジュピターの砲撃だ。

 それも一発や二発ではなく、何発もサヘラントロプスに砲弾を浴びせるのだ……。

 

 

「砲撃ノ弾道ヨリ、敵位置ヲ解析シマス……特定完了」

 

 

 だがサヘラントロプスは腕に取り付けていたシールドで第二射以降の砲弾をことごとく防ぐと同時に、飛んでくる砲弾からジュピターの位置を特定する。

 背部に搭載したもう一つの武装、ZEKEより受け継ぎ、更なる強化を施されたレールガンが牙を剥く。

 ZEKEよりも短時間でチャージを行ったレールガンは、特定したジュピターめがけて砲弾を射出する……一発、二発と撃ちこんでいくたびに、サヘラントロプスを狙う砲弾の数が減っていきやがて全てのジュピターが沈黙したのか、サヘラントロプスへとんでくる砲撃は止んだ。

 

「損傷状態ヲ確認シマス……診断完了…損傷軽微、任務ノ支障トナル確率0%デス……戦闘ヲ継続シマス」

 

 圧倒的タフネスを見せつけたサヘラントロプスに、どうやら鉄血は打つ手を見出せないようだ……しかしそこで鉄血は全体の動きを変えると同時に、おびただしい数の発煙弾を戦場に撃ちこみ、あっという間に戦場は灰色の煙で覆いつくされる。

 すべてではないが、サヘラントロプスは敵目標を見失い立ち往生する。

 

 鉄血がとった行動は、強力なサヘラントロプスの撃破に執着せず、迂回し他の目標を攻撃することだった。

 

 

「チッ、こざかしい連中だ!」

 

「だが見える敵はサヘラントロプスに任せて、オレたちは町に侵入する敵を迎え撃つぞ! スコーピオン、ワルサー、オレに付いて来い! ハンター、お前はエグゼを見つけて援護するんだ!」

 

「ああ分かった!」

 

 エイハヴの指示を受けてWA2000とスコーピオンは彼の指揮下に入り、ハンターは親友の援護のために、煙幕に包まれた戦場へと駆けだしていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょう、何も見えねえな…!」

 

 撤退の最中、敵機の空爆で本体と引き離されてしまったエグゼは少数の手勢を伴って、煙幕の中を進んでいた。

 最後に見えた町の方角を頼りに進んではいるが、果たして合っているのやら…。

 

「それにしてもヒューイの奴、大したもん造りやがって。今度ケツを蹴り上げてやらねえとな」

 

 サヘラントロプスの圧倒的な力を目の当たりにしたエグゼであるが、過去に自分がサヘラントロプスの前身であるZEKEにボコボコにされた記憶から、サヘラントロプスを見る表情は若干引き攣っている。

 こんな姿を他の者に見られたらきっと大笑いされるだろうから、この煙幕はある意味都合がいい…。

 

 ふと、強い風が吹いたと同時に煙幕がかき消される……強風の中で目を細めたエグゼの目に映ったのは、銃口をこちらに向けて待ち構える鉄血の戦術人形たち。

 咄嗟に伏せたエグゼであったが、追従していた護衛のヘイブン・トルーパー兵は間に合わず、銃弾の餌食にされた。

 

「くそが…やってくれるじゃねえかよ…!」

 

 攻撃を仕掛けてきた敵に向けて、ブレードを手に突撃しようとしたエグゼであったが、何者かに足を引っかけられ勢いのままに転倒した。

 即座に起き上がり、転倒させた相手を睨むエグゼであったが、そこにいたアルケミストの姿に目を見開いた…。

 

 

「やっと会えたねぇ、処刑人…今どんな気持ちだ?」

 

「チッ…姉貴……会いに来るのが早過ぎるんだよお前…!」

 

「そう邪険にすることもないだろう…少し、お話をしようか?」

 

 

 再びたちこめる煙幕、その中でアルケミストが部下たちに指の動きで指示を出すと、部下たちは静かに煙幕の中に身を隠していった…。

 煙幕の中で互いの姿を認識できる近さにまでアルケミストは歩み寄る……今最も会いたくない相手を前に、エグゼは身構え、闘志を剥き出しにして威嚇する。

 だが、対するアルケミストは穏やかな表情で、小さく微笑みかけている…。

 

 

「凄いじゃないか処刑人、あんなデカい兵器を引っ張ってきて。それに、追い込まれた時の撤退も素早い決断だった。流石はあたしの妹分だ、お前の成長を見れて嬉しいよ…ほら、頭を撫でてあげるよ……好きだっただろう、頭を撫でられるのがさ」

 

 そっと伸ばしてきたアルケミストの手を、エグゼは振りはらう。

 変わらぬ表情で笑みを浮かべ続けるアルケミストに、エグゼは先ほどまでの勢いはないが、それでも怯えずに彼女の前に立ち続ける。

 

「ふざけたこと言ってんじゃねえ! お前とオレは、敵同士だ…! 昔がどうだったとか、言ってんじゃねえ!」

 

「何も変わっちゃいないよ処刑人、お前はあたしの可愛い妹分……敵同士だなんて哀しいことを言ってくれるなよ。お前とハンター、そしてデストロイヤー…みんな同じ家族だろう?」

 

「確かにな……だけど、変わっちまったのは姉貴…アンタの方だ。オレが尊敬してたのは、憎悪を抱えたあんたじゃない、過去にしがみついたままのあんたじゃない! オレはいつまでも憎しみに囚われていたくなんかない…過去に嵌まったまま前を歩けなくなるのなんてごめんだ! オレは、アンタとは違う生き方をする!」

 

 もう迷いを抱えていない。

 今の大切な仲間たちとの絆に応えるエグゼの言葉を聞いたアルケミストは、それまでの取り繕っていた笑みを消すと……哀しみに満ちた表情を浮かべるのであった。

 

 

「姉貴……あんた、もう目を覚ませよ…自分を苦しめるのは止めろよ…!」

 

「お前は優しい子だね……あの日からあたしは正気と狂気を行ったり来たり、生きてるのか死んでるのかも分からない日が頻繁にあった……なあ処刑人、あたしは今…笑えているか?」

 

「なんで…そんなことを聞く…?」

 

「マスターはな、サクヤさんは最期に…あたしの笑ってる顔が好きだと言ってくれたんだ。最期にマスターが見せてくれた表情をあたしは今も忘れていない……あの人は、マスターは……涙を流しながら笑っていた…それがとても辛くてな、だけどとても綺麗だったんだ……処刑人、あたしを見てくれ……あたしはマスターが好きな笑顔で笑えているか?」

 

 アルケミストは確かに笑っていたが……彼女の白い頬には、涙が滴り落ちていた。

 その笑顔は、まさしく恩師が別れ際に見せてくれたものと同じだったが…本人は気付くことは無い。

 

「処刑人、どうしてもあたしらから離れるのか?」

 

「ああ、オレには今の大切な仲間がいる」

 

「代理人やデストロイヤーも家族だったじゃないか…それすらも置いて、お前は行ってしまうのか?」

 

「あぁ…そうだ。オレは違う道を選んだ、もう帰れないんだよ…」

 

「そうか、そうか……じゃあ聞かせてくれ、あたしはどうしたらお前の事を引き止められる?」

 

「……そんなの決まってるじゃねえか、あんたが一歩踏み出せばいいんだよ……過去から抜け出して、未来に向かって歩けばいいんだよ!」

 

「そうか……難しいな」

 

「何が難しいんだよ! アンタにできない事なんて何があるってんだよ! アンタは凄い奴だ、オレの憧れだった…それなのに、ダセェ姿を見せてオレをがっかりさせるんじゃねえよ!」

 

「分からないか? あたしの未来は、マスターなくしてありえない。あの日マスターと別れ、マスターの死を知った時からあたしに未来は無くなった…今の腐り切った世界に希望を見出すこともできない、あたしには過去しかないんだよ……過去の記憶は捨てられない、復讐を果たす瞬間だけが生きていることを実感できる、この報復心はあたしのものだ! 誰にも穢すことはできない………だからな処刑人、あたしらのところに戻って来ないというのなら…

あたしをここで殺していけ」

 

「何を言ってんだよ…姉貴?」

 

「あたしはもう自分の意思では止まれない、止まるつもりもない……この怨念は自分でも嫌で嫌で仕方がない、だがあたしの本心なんだろうな。捨てきることは出来ない……どうやらあたしはお前を殺せない、でもお前ならあたしを殺せるだろう? 思うに、あたしはお前に殺されるのがベストな最期なんじゃないかな?」

 

 落ち着いた表情で微笑むアルケミストからは、憎悪も狂気も感じられない…突拍子もないセリフを違和感なく言って見せるアルケミストはただただ憐れで、もの哀しい。 

 おそらく今のアルケミストは正気だ……正気で、こんな言葉を言えるほど彼女のメンタルモデルは壊れかかっている。

 

「武器をとりなよ処刑人、ただ殺されるのもお前のためにならないと思うからね……卒業試験だ処刑人、お前の成長を見せてくれ。そしてあたしの死骸を踏み越えて未来に向けて進んでくれ。本気で行かせてもらうよ……あたしじゃお前を殺せないだろうけど、お前はあたしを殺せる…そう信じているよ?」

 

 憎しみも殺意もない、エグゼの記憶に残る尊敬する姉の姿が今目の前にある。

 こんな場面でしか見れない彼女の本当の姿にエグゼは救いの無さを痛感し、憤りを感じていた……。

 

「やるしか、やるしかねえのかよ……!」

 

 ブレードを握り、身構える……迷いは断ち切ったはずだというのに、乱れる心にエグゼは戸惑う。

 こんな結末は望んでいなかったのに、避けられない宿命に自らの非力さを感じた。




本編で言っていた通り、アルケミストは正気と狂気を行ったり来たりしてました。
そんな彼女が見せる本気……死ぬことが唯一の救いなんだって、アルケミスト自身もそう思っている。
でも、そんなんでいいのか??


次回、慟哭…
お楽しみに

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