METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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第六章:Civil War
曇天の空


「―――あれから何年になる?」

 

 とある軍の分屯基地を出た一台の車両。

 グリフィンの専用車である車内には、PMCグリフィンのトップである社長クルーガーがいるほか暗緑色の軍服に身を固めた白髪の男性がいた。

 

「もう十年が経ちました」

 

「十年か……もう十年も経ったというべきか、それともまだ十年しか経っていないというべきか。私はあの大戦の出来事を昨日のように思いだすことが出来る」

 

「あれほどまでに大規模な戦争は、かつてありませんでした……こうして会うということは、何も昔話をするためではありませんのでしょう…カーター将軍」

 

 クルーガーの急かすような言葉に、カーター将軍はその顔に少しばかり笑みを浮かべると、窓の外を流れる景色に目を移す。

 彼は正規軍に所属する人物であり、クルーガーのかつての上官でもある。

 

 

国境なき軍隊(MSF)が鉄血との抗争に敗北したことは私も驚いたものだ。奴らはPMCが順守すべき協定にも加わらない利己的な戦闘集団だと思っていた…だからこそ、あのMSFが鉄血と戦闘を起こしたということは意外だった。ベレ、お前の部隊もその戦いに加わったという話を聞いた……ベレ、あの戦場で何があったのだ?」

 

「わたしもいまだ多くの情報は知り得ませんが……鉄血はかつてない規模の軍勢を統制し、未知のハイエンドモデルがいたとか…あれほどの規模の軍勢を、いつどこで編成したのか皆目見当もつきません」

 

「我々は今かつてない危機に立たされているのかもしれんな。E.L.I.D、環境汚染、絶えない紛争、暴走した鉄血……そして今、我々が最も恐れていた脅威が目を覚まそうとしている」

 

 カーター将軍のその言葉に、クルーガーは気を引かれた。

 正規軍はE.L.I.Dの脅威が無ければ、鉄血の鎮圧は容易いと豪語するだけあり、強大な軍事力を誇る組織だ。

 そんな正規軍をも凌駕する組織が、果たしてこの世に存在するのだろうか?

 だが、かつて軍人であったクルーガーには思い当たる節があった…。

 

「大戦が終わり、新たな世界秩序が形成されてきた。いまだ紛争は後を絶たないとはいえ、あの未曽有の大破壊は起こらないだろうと……だが、そうではない。民衆は忘れ、我々はただ目を背け続けてきたことがある」

 

「ええ……カーター将軍、鉄血は以前北米に渡りました。鉄血はそこで、何かを見つけた…同時に、余計な者を起こしてしまった」

 

「うむ。大戦が終わり十年が経つ……大戦が勃発した日から17年、奴らはじっと機会を待ち望んでいたのか……ベレ、我々は…いや、世界は思いださなければならないのだ……世界が何故、星条旗を恐れていたのか、その理由をな――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マザーベース 医療棟、戦術人形修復エリア

 

「はぁ~…退屈だわ…」

 

 真っ白な医務室のベッドの上で、FALはその日何度目かになる言葉を吐き捨てる。

 普段は滅多なことでは埋まることのないマザーベースの修復施設は、今やぎゅうぎゅう詰めで多くの戦術人形が修復される順番を待っていた。

 多くが連隊を構成するヘイブン・トルーパー兵であり、重傷の者から優先的に修復が行われている。

 

 一応、FALも重傷者の一人だ……ベッドの上で忌々しく天井を見上げる彼女の両足は、膝から下を欠損していた。

 

 怪我の具合的には十分優先対象なのだが、MSFで独自に生み出されているヘイブン・トルーパー兵はパーツの互換性もあり、修復が用意にできるということとやはり重傷者のほとんどが彼女たちであるため、優先的に修復を受けている。

 他にも、I.O.P製戦術人形であるFALの修復には、少々時間がかかるということで後回しにされているところもある……。

 これについては仕方のないことで、本人も了承している。

 

「ほんとに退屈…」

 

「あんたそればっかりだね、それだから恋人の一人もできないんだよ」

 

「うっさいわね…あんたに言われたくないわ、Vector」

 

「まあ、お互い独身同士気楽にやろうじゃないの」

 

 隣のベッドで寝ころぶVectorは四肢の欠損はないが、銃撃を受けた傷があるため入院中…今は隣のベッドで自由がきかないFALを退屈しのぎに弄って暇を潰している。

 

「ネゲヴはいいわよね、キッドがいるからさ」

 

「キッド? あの人鈍感すぎないかな……この間見たら、ネゲヴの病室に大量の子ども向けお菓子差し入れに出してたよ? 子ども扱いするなって、ネゲヴに怒られてたけど……というか、あの人も相当ダメージあったと思うんだけど、なんでもうぴんぴんしてるの?」

 

「それはほら…MSFの人間はコーラップス液で代謝能力でも上がってるんじゃないの?」

 

「そんなわけないでしょ、独女」

 

「あんたも独女でしょうが! 言っとくけど、私は作ろうと思えばいつでもパートナーくらい作れるわよ!」

 

 不毛な言い争いを繰り広げる二人であったが、巡回にやって来た医療班のスタッフに説教をくらい押し黙る。

 まあ、ジャンクヤード組の彼女たちは例え言い争いになってもそこまで深刻な問題にまでは発展せず、叱られた後は差し入れの果物についてケチをつけることで会話に花を咲かせていた…。

 そんな時、病室の扉が開かれる…お見舞いにやって来たのはキャリコだ。

 

「二人とも、元気そうだね」

 

「えぇ、そうね…両足を戦場に置き忘れてきたけど元気いっぱいよ」

 

「うまいこと言ってるつもりだけど、全然笑えないからね」

 

「黙りなさいVector」

 

 相変わらず元気そうな二人に、キャリコはくすくすと笑う……ただその表情はどこか暗く、目元は一晩中泣いたあとが残っている。

 その後はお互い気まずさからか会話が途切れてしまう。

 キャリコも仲間のよしみでお見舞いにきたものの、やはり最愛のパートナーMG5がいないことで不安に押しつぶされてしまいそうになっている。

 

「キャリコ、不安になる気持ちもわかるけど、リーダーならきっと大丈夫だよ。あの人前にもこんなことあったでしょ、ねえFAL?」

 

「そうね、あの人スコーピオン並みに不死身なところあるから平気よ。Vectorの言う通り、きっと大丈夫よ」

 

「うん……分かってる、私もリーダーのこと信じてる。だけど、だけど……」

 

 途端に、瞳が潤みキャリコは肩を震わせて涙を流した。

 

「あぁ、もう……おいでキャリコ」

 

 そんな彼女を手招きFALは彼女の髪を撫でつつ、抱きしめた。

 患者のFALがお見舞いにきたキャリコを慰める変な光景だが、同じジャンクヤード組のかわいい後輩がくじけそうになるのを黙って見ているほど、FALとVectorは薄情ではない。

 

「みんな落ち着いたら、リーダーを捜しに行きましょ。私たちも協力するからさ…ね、Vector?」

 

「足もないのにたいした台詞がよく言えるね」

 

「落ち着いたらって言ってるでしょうが! ったく…Vectorはこんな調子だけど、こいつにも捜させるから安心しなさい」

 

「そうだよキャリコ、戦車中毒女よりは役に立つと思うよ」

 

「Vector、MG5の代わりにあんたが行方不明になれば良かったのよ……それとね、戦車のこと言うな! わたしまで泣きたくなってきたでしょうが!」

 

 大切に扱い、ようやく戦車の取り扱いにも慣れて愛着も湧いてきたところでの壊滅被害…戦車を喪失したことを思い出したFALもまた悔しさに涙を流す。

 そんな二人のじゃれ合いを見てキャリコも少し元気を取り戻したのか、小さく微笑むのであった…。

 

 

 

 

 医療棟の修復施設は、そんなわけでたくさんの戦術人形でいっぱいだ。

 一方で、研究開発班が置かれている棟のとあるエリアでより高度な治療を受けている人形もいる…。

 そこはAI研究を行い、MSF内で戦術人形のメンテナンス等も手掛けるストレンジラブ博士のラボにて安静にされている…。

 

 天井も壁も、寝台も治療のための機材も白で統一された治療室、その中で彼女は全身をくまなく包帯で覆われ、呼吸器とたくさんのチューブ等に繋がれて寝かされていた。

 そんな彼女を、スネークはガラス越しに物憂げな表情で見つめていた。

 

 

「帰ってきたのか、スネーク」

 

 

 振り返ると、このラボの管理者であるストレンジラブ博士が少々苛立たし気な様子でやってくる…彼女は自分の研究室に他人が入ることを嫌うので、不機嫌なのはいつも通りだが、この日彼女が感じている苛立ちの理由は他にもあった。

 その苛立ちは、自分に向けられていることはスネークも察し、ストレンジラブもわざわざ苛立つ理由を口にもしない。

 

「エグゼの容態は…」

 

「今見えている通りだ。砲撃による全身の裂傷及び火傷、左腕と両足の欠損……人形にとっての心臓であるコアも損傷を受けている。体組織のほとんどが失われ、生命維持装置なくして数時間も生きられない。それがエグゼの今の状態だ」

 

「そうか。ストレンジラブ、まだ予断は許さない状況だろうが、エグゼを助けてくれたことを感謝する」

 

「感謝される筋合いはない、当然のことをしたまでだ。スネーク、お前はアラスカで遊んでいたわけじゃないことは知っている…だが私個人の意見を言わせてもらえば、お前は仲間の傍を離れるべきではなかったのだ。お前がいれば、この悲劇は防げたかもしれないのだからな…」

 

「分かっている、言い訳をするつもりはない」

 

「それならいい。スネーク、エグゼに会っていくか?」

 

 エグゼは今高度な延命治療を受けている状態であり、本来なら面会どころかラボに誰かを入れることもなかった。

 スネークがラボに入れたのはには、MSFのトップである以外にも、エグゼの望みでもあったからであった…。

 

「眠る前に、エグゼはうわごとの様にお前の名を呼び続けていた。お前が帰ってきたら、会わせてくれとな。他ならぬ彼女の願いだ、私は拒絶することは出来ない……それで、会っていくか?」

 

 返答はもちろんイエスだ。

 肯定の意思を確かめたストレンジラブは無言で頷くと、治療室の中へ入る準備を整える。

 徹底した消毒を受け、専用の衣服に着替えて中へと入っていく。

 真っ白な空間にまぶしさを感じつつ、スネークはゆっくりとエグゼのそばに歩み寄る…。

 

 

 全身を包帯で覆われた姿は、一目で誰なのか判別することができないほどの状態であり、彼女がエグゼであることを知らなければスネークも彼女と認識できなかっただろう。

 両足は膝上からなく、左腕は肘より下を無くしている。

 唯一残る右腕は、かつてAR小隊との戦いで失った代わりに取り付けられた義手であった。

 全身の体組織も多く喪失し、かろうじて(・・・・)生きている状態のエグゼは、自分が持っていた身体の半分以上を失っている。

 

「エグゼ…」

 

 名前を呼びかけたスネークの声に、彼女は反応しない。

 だが意識の奥底で敬愛して止まない相手の存在を感じ取ったのか、エグゼの身体がわずかに動く…。

 それから、唯一残っていた右腕をぎこちなく掲げると、スネークを捜すように手を伸ばした。

 

「エグゼ、オレだ……スネークだ」

 

 伸ばした手を握ると、エグゼもまた弱々しい力で握り返す…。

 呼吸器のマスクの中で、エグゼは小さく口を動かしている……一度ストレンジラブに目を向け、彼女が小さく頷いたのを見たスネークは、そっとマスクを外し耳を傾ける。

 

 

「ヘヘ………待ってた、ぜ……スネー…ク…」

 

「エグゼ、遅れてすまなかった」

 

「そこは……待たせたな……だろ…? そう言って…くれよ…」

 

「…待たせたな…エグゼ……」

 

 心待ちにしていたスネークの言葉を聞いた彼女は、微かに微笑んだように見えた。

 時折スネークがまだそこにいることを感じるように、握った手を動かす。

 

「スネーク……?」

 

「どうした、エグゼ?」

 

「オ、オレ……後悔、してないぞ……アンタのおかげで……前にすすめたんだ………アンタが背中を、押してくれたおかげで……」

 

「オレだけの力なんかじゃない。エグゼ、お前の大きな勇気がそうさせたんだ…お前が憎しみや因縁を乗り越え、404小隊を救った。確かに失ったものは多い、だが、お前のおかげでみんなが大切なものまで失わずに済んだんだ……エグゼ、お前は英雄だ…」

 

「英雄……か。オレには、もったいねぇ……。スネーク、オレは…オレは、まだ…終わってない…そうだろ? いつかまた、立ち上がる……それまでみんなを頼んでも、いいかな…? それと、ヴェルも……あいつは生意気だけど、オレがいないとダメなんだ……でも、スネーク…アンタならヴェルを任せられる…」

 

「安心しろエグゼ、仲間たちやヴェルの事もオレが責任をもって面倒を見る…お前を治す方法も見つけてくる。だから今は休め、安心して待っててくれ」

 

「そうか…ありがとう、スネーク……」

 

 

 エグゼはそっとスネークの手を離す。

 少し長く話しすぎた……呼吸器のマスクをもう一度つけてあげると、エグゼはマスクの中で何かを呟いた。

 マスク越しで聞こえなかったその言葉を聞き返そうとした時には、エグゼは眠りについているのであった…。




ちょっと、どころかかなりしんみりする開幕の6章
病室で繰り広げられるFALとVectorの漫才が唯一の癒しか…。


エグゼが最後に言おうとした言葉は…読者の皆さんの想像にお任せしたいかな…。


次回はとあるキャラとのお別れと、新キャラ登場回。
入れ替わりでやってくる形かな?

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