「―――よいしょ、よいしょ……うーん、これ入るかな?」
マザーベースの人形宿舎エリアの一室で、スオミは一人キャリーバッグに荷物を詰め込む作業に追われていた。
日用品や替えの服、たくさんの写真がおさめられたアルバムなど……スオミが借りていた部屋は綺麗に後片付けをされており、最初から置いてあったベッドや机以外の家具等は収納され、ほとんど物がない状態だ。
ちょっとしたものは小さめのリュックサックへと収納、あらかた片づけを終えたスオミは一息つくと、懐中時計を手にして時刻を確かめた。
「まだ時間は余ってるなぁ……うーん、どうしよう?」
時間つぶしに何をするか考え、収納しているうちに汗をかいていたことに気付き、スオミはリュックを背負いある場所へと向かった。
誰もいない脱衣所の中で衣服を脱ぎ向かった場所…マザーベースの施設でもとりわけ評判の良いサウナだ。
清掃後誰も入った形跡の無いサウナへの一番乗り、長い髪をポニーテールにまとめたスオミは早速焼いた石へと水をかける。
途端に、水は焼けた石の温度によって蒸発し、サウナ室は白い蒸気に覆われた。
スオミはマザーベースのサウナが大好きだ、フィンランドにルーツを持つ彼女にとって、マザーベースの本格的なフィンランド式サウナの存在を知った時それはもう大喜びをしていたほどだ。
上質な木材を使用していることで木の香りも楽しめるし、かける水の中に混ぜられたアロマオイルの香りが部屋を満たし、疲れた心もリラックスさせてくれる。
高温の蒸気で身体が温まったところでスオミが手にしたのは白樺を束ねたビヒタだ。
これで身体を軽く叩くことで血液の循環を促して代謝を促進させる…戦術人形のスオミにとってそれがどこまでの意味があるのかは不明だが、それは口にしないのがお約束。
ビヒタで身体を叩くと、程よい刺激にスオミは小さな声を漏らす…それから水を再び石にかけて、追加の蒸気を満たす。
心身を癒す心地よさをスオミは目を閉じて堪能するのだった。
それから少しのぼせてきたところでサウナを出ると、シャワーで汗を流してから脱衣所へと戻る。
タオルで身体の水気を拭き、下着をつけていると9A91がやって来た。
「スオミ、やっぱりここにいたんですね?」
「うん、最後だからもう一回入りたくて。もうそろそろ時間かな?」
「ええ、もうすぐですよ」
「分かった、ちょっと待っててね」
そのまま待たせているのも悪いので、スオミは素早く服を着る。
9A91からはそんなに急がなくて良いと言われ、スオミは少しはにかんだ。
着替えたスオミは9A91と一緒にキャリーバッグを持ちに自室へと戻る…手の空いている9A91が持ってくれると言ったため、スオミは素直に彼女の厚意に甘えるのであった。
すっかり仲良しの二人は、いつも通り楽しそうにおしゃべりをしつつ外へと出ると、そのままヘリポートまで向かっていく。
ヘリポートには数十人ほどの人だかりと、ユーゴの国章が描かれたヘリが一機着陸しており、スオミの事を待っていた人物は既にそこで待っていた。
「やあスオミ、元気にしてた?」
「イリーナちゃん、もっと遅く来ると思ってたよ!」
「いや~、スオミのお迎えだからね。寝ると寝坊するから、一晩中起きてたんだ」
やって来たのはスオミの本来の主人であり、本当の家族であるイリーナだ。
再会の挨拶もそこそこに、スオミはイリーナの隣に並ぶと、集まったみんなに対して振り返る。
「皆さん、色々と言いたいことはたくさんありますが、今日までご指導していただきありがとうございました! 訓練生の私を皆さんは本当の家族のように受け入れてくれました…とてもうれしかったです。今までお世話になりました」
お辞儀をしたスオミは顔をあげると、少し別れの寂しさを感じつつ、お世話になったみんなに対し笑顔を向けるのであった。
「達者でなスオミ、ここで学んだことは無駄にはならないはずだ。これからはイリーナのために頑張るといい」
「うむ、別れは寂しいが、一人の少女の巣立ちって考えれば笑顔でお見送りしなきゃな」
「スネークさん、ミラーさん今までお世話になりました。大変な時期に帰るのは心苦しいのですが…」
スオミは、見送りのこの場に来れなかった何人かの仲間たちの顔を思い浮かべながらそう呟くのであった。
「心配しないでよスオミ、あたしらは大丈夫だから。エグゼだって、そのうち復活するからへーきへーき!」
戦いで傷ついた仲間たちの事を想うスオミの気持ちはとても嬉しいものだが、本来なら彼女はイリーナの元へと帰らなきゃならない…スオミには本当の家族であるイリーナと、帰る家があるのだから。
不安に思うスオミを笑って見送るスコーピオン…エグゼのことで憔悴していた時期もあったが、今はすっかり元気を取り戻しており、その明るさにマザーベースのみんなも励まされている。
「スオミ、帰ってからも訓練の事は忘れないように。誰かを守る強さは少しの努力では身につかない、毎日の鍛錬と努力が強さに結びつくの。それを忘れちゃダメよ」
「はい、ワルサー教官も今までお世話になりました! オセロットさんとの関係、応援してますね!」
「な、なによ唐突に!? あんたはそんなこと心配しなくていいから、イリーナのことでも心配してなさい!」
MSFにいる間、いつも訓練を担当してくれていたのはWA2000だ。
そう考えると、彼女には一番お世話になったと言っていいだろう…MSFでの師匠とでもいうべき存在だ。
「404小隊を代表して言うね。スオミ、今までお疲れさま…帰ってからも頑張ってね」
「ありがとうございます45さん。皆さんがMSFに戻ってきてくれてとても嬉しいです…これからも、MSFのみんなを助けてあげてくださいね?」
何人か病院送りになっている404小隊の中でぴんぴんしているUMP45が一人、隊員の代表として見送りにやって来てくれていた。
相変わらず猫を被ったような態度であるが、スオミは彼女の中にMSFに残り続けるという確かな意思を確認し、安心することが出来た。
「スオミ、向こうでも元気にしててくださいね。時々手紙を書きます、良い写真が撮れましたら一緒に送ります」
「うん、私も手紙を書くね。9A91、これ…良かったら貰ってくれないかな?」
大事そうに渡された一枚の画用紙。
画用紙には、スネークやミラーを中心に9A91やスコーピオン、エグゼやWA2000らが集まり笑い合う姿が描かれていた。
それは模写ではなく、スオミがこのMSFという一つの家族をテーマとして自分なりに描いてみた絵なのだと、9A91はすぐに気付く。
絵の中で、誰もがみんな笑っている……写真では表現しきれない温かな情景を、9A91はその絵から感じ取るのであった。
「オセロットさんの笑顔が想像出来なかったから変になっちゃったけど、ちゃんと描けたと思う。私が感じたMSF、家族の絆を描いてみたの。いつまでもみんな笑ってくれるよう願って…」
「ありがとうスオミ、大切にしますね……」
お礼を言うと同時に、9A91は熱いものがこみ上げてくるのを感じ、咄嗟に空を見上げる……だがこみ上げる想いはどうしようもなく、ついには涙の雫となって頬を滴り落ちる。
「もう、ダメだよ9A91…私も我慢してたのに…」
「ごめんなさいスオミ…やっぱり、スオミがいなくなるのを考えると寂しくて…」
つられて涙をこぼすスオミ、二人の涙につられて泣いてしまう人形たちもいた…スコーピオンなどは号泣である。
エグゼも、仮にこの場にいたとしたら声をあげて泣いていただろう。
しまいには抱き合って泣いてしまう二人…永遠の別れではないがそれでも今までのようには会えなくなる寂しさに、二人は声をあげて涙を流した…。
「青春だな…そう思わないか、スネーク?」
「そうだな。オレとしても彼女がいなくなるのは惜しいが、そういう約束だからな」
「すまんな、気を遣わせてしまって。今日までスオミの面倒を見てくれてありがとう…おかげで助かった、これで彼女と平穏に暮らせるようになる」
「内戦も終結し、国内問題も解決しようやく念願がかなうんだ。イリーナ、もうお前は銃を握らなくても生きていける…そうだろう?」
イリーナは頷くと、スオミと9A91の友情をどこかまぶしそうに見つめる。
スオミをMSFに訓練生として預けたイリーナであるが、彼女がスオミを自分から遠ざけていた隠れた理由をスネークは知っている。
内戦終結後、新連邦の下に新たな国家秩序が形成されていくなかで浮き彫りになる、ユーゴの地の複雑な民族問題……内戦で引き裂かれた国家を再び一つにまとめるのは容易ではなく、統一を成し遂げるのには正論や善行だけではどうにもならないのだ。
国内に残る民族主義者、戦争犯罪者、民族間の憎しみ……内戦が遺した爪痕は深く、大きかった。
イリーナはそれらを解決するための手段として、時に手を汚すこともあった……それを、大切に想うスオミに見せられなかったのだ。
「実はな、まだすべてが解決できたわけじゃない。民族の融和を掲げていはいるが、これは何世代も積み重ねて成し遂げなければならないんだ……それに、まだコソボにも火種は残っている。この間も、セルビア人とアルバニア人とで大きな乱闘騒動があったばかりなんだ」
「オレは戦いの中で生き続けてきた、だから平和というものがなんなのかは分からん。だがお前の平和を成し遂げようとする気持ちを否定するつもりはない。イリーナ、スオミはもう一人前の大人だ…お前の事を守れるだけの、支えるだけの強さを持っている。スオミを呼び戻すのは間違った判断じゃない、これからは二人で願いをかなえるんだ」
「フフ…やはりお前にスオミを預けて正解だったよ、感謝する。ところでスネーク、一人紹介したい人形がいるんだ」
そう前置きをしたうえで、イリーナは自分が乗って来たヘリに呼びかける。
すると、中から一人の戦術人形降りてくると、小走りでイリーナの傍に駆け寄り敬礼をした。
「初めましてMSF総司令官さま! 私は"79式"と言います、どうぞお見知りおきを!」
ダークグレーのジャケットを着た茶髪の真面目そうな戦術人形、ボディーに密着するレオタードにガーターベルトと、これまた目のやり場に困る人形…スネークの印象はそれであった。
「スネークだ。イリーナ、彼女は?」
「スオミの代わり…というわけではないが、どうだスネーク? この子を雇わないか? 人手は欲しいだろう?」
「ああ、それはそうだが…どうしたんだ急に?」
「それはだな……79式、少し待っててくれ」
79式をその場に待たせ、イリーナは少し離れた位置にまでスネークを誘った。
そこでイリーナは小声でささやくのだった。
「79式は内戦中、クロアチアの特殊警察部隊に所属していた…分かるだろう?」
「特殊警察部隊…民族主義団体ウスタシャの影響下にあった組織か」
「そうだ、あの子の服の下にはそれを表す"印"がある。旧連邦政府とウスタシャの民族浄化に、あの子は無理矢理加担させられていたんだ……だが任務の最中、敵対するセルビアの武装集団に襲撃されて捕虜になったそうだ……そこであの子は、地獄を見たんだよ」
民族浄化…民族が他民族を虐殺・強制移住・強姦などの手段で特定の地域から殲滅するおぞましい行為。
ユーゴの紛争にかつて介入したMSFは、かの地において、血で血を洗う果てしない民族紛争を目にした……老人も女も、子どもも関係なく、異民族の全てを浄化する地獄のような光景は今も鮮明に思いだすことが出来る。
イリーナ曰く、79式は連邦政府側の警察として民族の敵を逮捕することに利用され、最終的には民族浄化に加担させられていたという。
その後はセルビア側に捕まり、民族浄化の下に行っていた所業を自分が受ける形となった…。
「あの子は内戦時の記憶はない……あの子を檻から解放した時、彼女は自分のメンタルモデルの初期化を懇願してきたんだ。無理もない、虐殺に協力させられた挙句、その後は内戦が終わるまで暴行を受け続けたんだからな。あの子はもう、クロアチアにもセルビアにも居場所はないんだよ……I.O.Pに引き渡そうにも、解体処分されるのがオチだ」
「それで、オレたちに預けようと?」
「できれば私が面倒を見たいが、政治とあの子の掛け持ちはできそうにない。あなたたちが今厳しい立場にあるのは理解している…だがビッグボス、あなたにしかあの子を託せない。引き受けてもらえないだろうか?」
「…分かった。確認だが、あの子はもう内戦時の記憶は全て無いのか?」
「そうだ。だが技術に関することはそのまま残してある、元は警察の特殊部隊所属だ…腕は立つはずだ」
「自分から記憶の削除を願うほど苦痛を抱えていたのなら、記憶を取り戻すことはしない方が良いんだろうな。引き受けようイリーナ、あの子の面倒はオレたちが見る」
「感謝するよ、ビッグボス。79式、こっちへ」
79式を呼ぶとすぐに駆け寄ってくると同時に、背筋を伸ばしかかとを付けて直立する。
期待に満ちた表情でスネークを見つめる79式……今目の前にいる彼女は過去の苦しい記憶は覚えていない。
イリーナは79式に対し、今日からMSFの所属となることを伝えられると、元気よく返事を返す。
「総司令官さま、もう一度自己紹介をさせてください! 79式、これよりMSFに着任します、ご命令を!」
「スネークでいい、それともっと気を楽にして構わない」
「はい、スネークさま!」
いまだかつて"さま"付けでなど呼ばれたことのないスネークは奇妙な感覚に見舞われる。
微笑み、期待感を溢れさせる瞳をきらきらと輝かせる79式……そんな快活そうな素顔の裏で、過去に受けた仕打ちを本人はもう覚えていない。
「79式、歓迎しよう……今日からここがお前の家だ……
79式は背筋をピンと伸ばし、敬礼を向けた。
79式ねぇ……この子をお迎えした時、一瞬で登場が決まったんですよ…まさに天啓を得たって言うのかなw
というわけでキャラ紹介
79式
元クロアチア共和国特殊警察部隊所属の戦術人形。
MSFも介入したユーゴ紛争にてクロアチア警察として戦争に参加。
当初は反連邦を掲げる分離主義者の逮捕に従事したが、内戦が泥沼になるにつれて不穏分子及び敵対民族への攻撃に駆り出される。
そこで凄まじい虐殺、組織的な強姦、住民の追放を目の当たりにして連邦の正義に疑問を浮かべるが、人形である79式は命令を拒否できず民族浄化に加担させられる。
その後、とある任務で敵対民族に捕らえられ、報復としておぞましい暴行を受け続けた。
内戦終結時、イリーナに保護されたが、自分が犯した罪への意識と、自分が受けた暴力の痕に耐え切れず記憶の消去を懇願した…。
なーんで普通に新キャラ登場させられないんだろなこのアホ作者は…
でもまあ、79式は6章であの人と一緒に大活躍するんで勘弁してください…。