METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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マザーベース:衝撃の新入生

「ここが私たちの宿舎。で、ここがあなたの部屋ね…覚えておきなさい」

 

「はい。ところでセンパイのお部屋はどこにあるんですか?」

 

「あそこの突き当り手前の部屋よ。どうしてそんなことを聞くの?」

 

「それは、これからセンパイの下でお世話になるんですから、少しでもセンパイの事を知りたくてですね」

 

 満面の笑みを浮かべてそんなセリフを口にするのは、先日スオミと入れ替わる形でMSFにやって来た79式である。

 快活でとっても真面目な頑張り屋さん、MSFでは稀に見る優等生な戦術人形の姿…そしてWA2000をセンパイと呼び慕う、79式のキラキラとした瞳に、WA2000はまぶしさに思わず目を細める。

 

 さて、79式がMSF所属になるにあたって、既にMSFの第一線で活躍する人形たちすべてが彼女にとっての"先輩"に当たるわけだが、別に全ての戦術人形をセンパイ呼びしているわけではない。

 ではなぜWA2000だけがセンパイと呼び慕われているかというと、例によって、彼女がまた新兵の受け入れ教育担当に任じられたからである…。

 

 任務帰還後すぐに呼び出されたWA2000はそこで79式の受け入れ教育と今後の指導を命じられたのだった。

 M1919やIDWらを育て終えたと思った後のこれである…しばらくはまた前線から離れて、後方で新兵訓練に励まなくてはならない。

 連隊が大ダメージを受けて大変な時期だというのに、優秀なWA2000が前線には赴かず後方で新兵訓練……彼女は副司令のミラーに対しぼろくそ文句を言ったが、最終的にスネークに説得されて渋々ながら引き受けた形になった。

 ちなみに、WA2000の言葉の暴力でノックアウトされたミラーは、その後数日立ち直れず97式と蘭々にひたすら慰められるのであった…。

 

 

「センパイ? センパイが肩に付けている部隊徽章って…」

 

「"FOXHOUND"の部隊徽章よ。MSFで選りすぐりの兵士が任じられる…私とオセロット、9A91にキッドが今のメンバーよ」

 

「センパイ、かっこいいですね! 私もセンパイと肩を並べてみたいです!」

 

「簡単に言うけど、狭き門よ。ただ強いだけじゃ選ばれないの……ところであなたも、クロアチア警察の特殊部隊出身なんですって?」

 

 宿舎の案内に彼女を連れながらそう質問を投げかける。

 しかし、いつまでも返答が返って来ないことを不審に思い振りかえってみると、79式は少し困ったような表情でWA2000を見つめ返す。

 そこで、そう言えば記憶を消去されていたのを思い出した。

 

「変なことを聞いて悪かったわね、忘れて」

 

「すみません、気を遣わせてしまいまして。記憶を消されるってよっぽどのことですから、前の私は何かやらかしたんでしょうかね?」

 

 自分の過去を知らない79式は、明るく笑って見せた。

 ただ、79式の出身を知るWA2000はその笑顔の裏に潜む、彼女の凄絶な過去を想うとやり切れない想いを抱く……まさか記憶の消去を願ったのが自分自身だと、今の79式は知る由もないのだろう。

 

 また癖のある人形を押し付けられたものだ…。

 次にどんな施設を案内してくれるのか、ワクワクしながらついてくる79式を見ながらそう思うのであった。

 

「ここは研究開発班の棟、MSFの装備と兵器を開発してる。私たち戦術人形が一番世話になる部門かもね、以上」

 

「待てワルサー。そんな簡単すぎる説明はないだろう」

 

 さっさと説明して立ち去ろうと思っていたが、面倒な人物に出くわしてしまう…誰が呼んだかMSF脅威のレズビアン、ストレンジラブその人だ。

 まるで二人がここへ来るのをあらかじめ知っていたかのように、自然に現われたストレンジラブは、さっそく79式をじろじろ見つめ始めるが、そこは彼女を任されたWA2000が立ちはだかる。

 

「センパイ、この方は?」

 

「同性愛者の変態よ。名前と顔だけ覚えとけばいいわ」

 

「待てワルサー、その説明では誤解を生むだろう?」

 

「生まないわ、事実だもの。それよりさっさとエグゼの治療に戻りなさいよ、私はアンタと違って忙しいの。無意味に話しかけて、私の時間を無駄にしないでちょうだい」

 

「なにもそこまで言わなくても…」

 

 WA2000にぼろくそに貶されてしょんぼりうなだれて帰っていく…悲壮感漂う彼女の背中を79式は苦笑いを浮かべつつ見送るのであった。

 さて、次にWA2000が向かったのは糧食班の棟だ。

 まあ、ここも大した説明をせずとも読んで字の如く、食糧を造ってるところだとわかるので対して説明もしない。

 そんな風に、WA2000は重要な施設のみを詳しく説明していく。

 

「さてと、次は…あ…」

 

「どうしました? センパイ?」

 

 ふと立ち止まったWA2000の顔を79式は覗き込む様に見つめた。

 先ほどまで不機嫌そうな態度で、ストレンジラブにも毒を吐いていた彼女はある一点を見つめながら、頬を微かに染めて恥じらうように笑っていた。

 

「オセロット、帰って来てたのね?」

 

 任務でしばらく会う機会のなかったオセロットに駆け寄ったWA2000は、頬を染めたまま声をかけた…さっきのようなどすの効いた声ではなく、可憐な声で話しかける姿は、さっきストレンジラブをぼろくそにあしらったのと同一人物とは思えないだろう。

 案の定、79式は表情を凍りつかせたままだ。

 

 相変わらず仏頂面のオセロットであるが、それでも一緒にいられるだけで満足なWA2000はしばらく会えなかった時間を埋めるように話しかけた。

 そんな時だ、もう一人彼女のお節介をやく人物が現れたのは…。

 

 密かにWA2000の背後に忍び寄ったその人物は、唐突にWA2000の胸元を背後から鷲掴みにして見せる。

 当然、WA2000は大きな悲鳴をあげる。

 それから忌々しそうに後ろを振り返ると、目に涙を浮かべながら怒鳴り散らす。

 

「いきなり何すんのよカラビーナ(Kar98k)!」

 

「なにって、我が主(マイスター)の胸を揉んでいるのですよ」

 

「そんなことを言ってるんじゃないわよ! とりあえず離しなさいよ!」

 

「おい、何も用がないならもう行くぞ」

 

「あ、違うのオセロット…待って! くっ……カラビーナ、このバカッ!」

 

 立ち去るオセロットに力なく手を伸ばしたWA2000であったが、折角の機会を邪魔してくれたカラビーナに怒りの矛先を向けると、胸を揉みしだくカラビーナの手を払うと回し蹴りを放つ…が、カラビーナは涼しい顔で避ける。

 

「ふむ……オセロット様のスケベ心を試してみましたが、反応があまりないですね。これは次なるアピールを仕掛けねばなりませんよ、我が主」

 

「余計なお世話よ! まったく……ごめんね79式、この基地にはバカしかいないの」

 

「おやおや? ではこの方が主さまの新たな弟子でありますか。自己紹介させてください…私の名はKarabiner 98(カラビーナーアハトウントノインツィヒ) kurz(クルツ)…親しみを込めてカラビーナとお呼び下さいませ」

 

「79式です、よろしくお願いします! カラビーナさんは、センパイの…?」

 

「従者でございます。私は主さまの盾、あるいは矛となりて敵対者を殲滅する使命を帯びております」

 

「わぁ! センパイ、こんな素晴らしい方を従者に持つなんて、かっこいいですね!」

 

「あんまり本気にしない方がいいわよ…こいつもある意味変人だから…」

 

 狙撃対決で死闘の末に勧誘したはいいが、早くも持て余している感のあるカラビーナは、ここ最近は従者としていかにWA2000とオセロットをくっつけるかで躍起になっている。

 まあ余計なお世話なのだが…。

 その後はカラビーナもいつの間にか施設案内に混ざるようになり、向かった先は訓練施設。

 新規の訓練兵が少ない今、以前のような訓練施設のとり合いは起こっておらず、任務がないスタッフが訓練にやってくるのみだ。

 

 そこで折角だから79式の射撃術でも見よう、ということで射撃場に案内された79式は自身の銃を構える。

 銃を握った79式は、それまでの快活で元気な姿から打って変わり、鋭い目で射撃場の奥を見据える……そして射撃目標の的が現れると、すぐさま照準を合わせ引き金を引く。

 出現した的は即座に撃ち抜かれる……見事な早撃ちに、カラビーナは口笛を鳴らし、WA2000は注意深く彼女の射撃姿勢を観察していた。

 

「優秀な弟子ですね、主さま」

 

「そうね……優秀すぎるわ」

 

「ほう? 主さまが認めるとは、よほどのことです…FOXHOUNDの候補生でありますか?」

 

「まだよ。強いだけじゃ、狐狩りの部隊には入れられない……79式、もう十分よ。ついて来なさい」

 

 WA2000の声で振り返った79式は射撃時に見せていた殺伐とした雰囲気を消し、先ほどまでの愛嬌のある笑顔を浮かべながら彼女を追いかける……その背後を、カラビーナは注意深く、ついて行くのであった。

 三人が向かったのは、同じ施設にある他の訓練スペースだ。

 主にCQCの練習や近接戦闘訓練を行うための訓練エリアであり、広いスペースがとられていた。

 

「Vector、あんた暇でしょ? ちょっと付き合って」

 

「出会って早々にかける言葉がそれって酷くない? あいにく、病み上がりのリハビリで忙しいんだけど…」

 

「リハビリついでに、新入りの79式と闘ってみない?」

 

「その子が新しく入った子? あたしはVector、よろしくね」

 

「79式です、よろしくお願いします」

 

 訓練場の真ん中で握手を交わす二人。

 FALより先に退院をしたVectorは毎日訓練場に通い、身体の調子を整えていた。

 とはいえVectorはジャンクヤード組の高い戦闘力を持つ一人であり、いくら病み上がりでも新兵の相手をさせられるのは乗り気ではない様子。

 WA2000とカラビーナに言われて渋々79式の相手を引き受けるVectorであったが、対面した79式を見た時、すぐにこれが病み上がりの組手には相応しく無いことを悟る。

 

 Vectorを見据え構える姿は、別人と言われてもおかしくない雰囲気だ。

 油断をしていたVectorの隙を狙い一気に走りだした79式はタックルを仕掛けたが、咄嗟に後方に跳び退いたVector…しかし79式はさらに追撃を仕掛けると、タックルでVectorを押し倒す。

 

「くっ…!」

 

 押し倒したVectorに馬乗りになった79式は、そこから握り固めた拳を振り下ろす…その腕を掴み、Vectorは体勢を入れ替える。

 だがそのさなかに逆に腕をとられ、79式は両足でVectorの腕と首を三角絞めで絞めつける。

 79式の細い、しかししなやかで強靭な足に頸動脈を絞めつけられたVectorは途端に苦悶の表情を浮かべる……79式の戦闘力を察していたWA2000であったが、病み上がりとはいえVectorがここまで追い込まれることは予想していなかった。

 

「いけません、主さま! 止めなくては!」

 

 Vectorを絞めつける79式はさらに力を込め、頸動脈を絞めつけるだけでなく、脊髄の破壊までをも狙っているようだった。

 しかし、カラビーナが叫ぶと同時にVectorは79式ごと身体を持ちあげたかと思うと、渾身の力を込めて床に叩き付けた…叩きつけられた衝撃で拘束が解けた79式を、今度はVectorが追撃をかけようとしたが蹴り離されて吹き飛んだ…。

 Vectorを蹴ったのはWA2000だ。

 彼女は蹴り飛ばしたVectorへと近寄ると、彼女の手を掴み強引に引き立たせる。

 

 

「ありがとうワルサー……あんたが止めてくれなかったら、あの子を殺してた…」

 

「そう思ったから止めたの。大丈夫? けがはない?」

 

「ええ……あんたの蹴りが一番痛かったよ…」

 

「カラビーナ、Vectorを送ってあげて」

 

「承知しました、我が主よ」

 

 カラビーナはVectorに肩を貸すことを提案するが、Vectorはやんわりと断った。

 そのまま二人が訓練場から出ていくのを見届けたWA2000は、ため息を一つこぼすと、床に座り込み動揺した様子の79式へと目を向けた。

 そして彼女の前でしゃがみこむ…79式は、やはり動揺した様子で目を泳がせている。

 

「79式……これは単なる訓練よ、命のやり取りじゃない。どうしてVectorを殺そうとしたの?」

 

「………あの…えっと…」

 

「答えられない?」

 

「すみません……身体が無意識に動いて、その…」

 

「そう…分かったわ。今日はもう部屋に行きなさい、後で私が迎えに行くまで待機してなさい。分かったわね?」

 

「はい……センパイ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 79式を自室に送り届けた後WA2000の姿は、オセロットの執務室にあった。

 オセロットが自室に整理してある資料を引きだしているのを、WA2000はコーヒーの入ったマグカップを手にじっと見つめていた。

 

「見つけた、これだ」

 

 ユーゴスラビアの地図と共にオセロットが持ってきたのは、とある新聞の記事だ。

 それは以前、ユーゴで内戦が起こっている最中に発行されていた新聞である……そこにはユーゴ連邦の構成国であるボスニア=ヘルツェゴビナ共和国の紛争を伝えるもので、一面には逃げまどう人々を撮った写真が載せられ、民族浄化の文字が大きく書かれていた。

 そこへ、オセロットはもう一つの資料をWA2000へと手渡した。

 

「内戦勃発から2年後、ボスニアの都市モスタルで起こった虐殺……ヘルツェグ=ボスナ・クロアチア人共和国の軍事組織クロアチア防衛評議会と特殊警察部隊が引き起こしたこの事件は、スレブレニツァの虐殺を彷彿とさせるほどの凄まじい民族浄化を起こした。人口10万のこの都市でクロアチア人の割合は3割……モスレム人やセルビア人の多くは、虐殺を恐れて自主的に避難したようだが…」

 

「虐殺から逃れられなかった人たちは少なくなかった?」

 

「そうだ。ワルサー、民族が、他の民族を排除する民族浄化にどのような手段が用いられるか知っているな?」

 

「もちろんよ、この目で見たもの。殺しだけが民族浄化の手段じゃない……強制的に土地から追放したり、女を捕まえてレイプする……異民族を孕ませれば、その民族はそれ以上増えない」

 

 嫌悪感を滲ませながら言うWA2000は、オセロットに手渡された資料に目を通す。

 そこには、クロアチア警察の特殊部隊…すなわち、79式が所属していた部隊の情報が書かれていた。

 

「モスタルの民族浄化……ここに79式はいたのね……ジェノサイドの執行者として。ねえオセロット、イリーナは79式の記憶を消してあげたって言うけど…たぶん完全には消せてないと思う」

 

「どういうことだ?」

 

「さっきVectorと闘ってもらったんだけど、とてもメンタルモデルを初期化させたとは思えないほど戦い慣れていたわ。戦闘技術だけを残して、他の記憶を消すなんて、AIに詳しいイリーナでも難しいと思うの」

 

「なるほどな…」

 

「79式はもしかしたら、記憶を消したんじゃなくて、ただ蓋をしただけなんじゃないかしら? Vectorに向けたあの殺気…尋常じゃなかった……オセロット、79式はユーゴでどんな地獄を見たのかな?」

 

「考えても仕方がないことだ。だが目を離すな……MSFは今苦しい立場にある、身内に余計なもめ事を抱えていたくはない」

 

「ええ、分かってる。79式は責任をもって面倒を見るわ。ありがとうね、オセロット……それじゃあ」

 

 

 コーヒーを片付け、WA2000はオセロットに手を振り部屋を立ち去っていった…。




おいおい、マザーベースにシリアス持ちこむなよ(呆れ)



ともかく、これからは後輩キャラとしてわーちゃんの後を追っかけていくことになる79式ちゃんです。
むむ、97式と79式で名前が似てるな…間違えないようにせねば。

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