「はい、大きく息を吸って…吐いて……よし、異常はありませんね」
FALは病室のベッドに腰掛けながら、医療班の女性スタッフの指示に従い深呼吸をしてみたり、身体を動かしたりと動作のチェックを行っていた。
戦闘で喪失した両足は元通り修復が完了され、まだ若干動かし辛そうな印象を感じるが、日常生活を送る上では問題はないようだ。
「FALさん、今日を持ちまして治療は終了です、大変お疲れさまでした」
「ありがとう、こちらこそ迷惑をかけたわね」
ベッドから立ち上がり、FALは入念に足の感覚を確かめる。
まだ馴染まないのか動かす度に、ひざ下に痛みを感じて顔をしかめて見せる……女性スタッフが心配そうな表情で見ていたが、再び暇な病院に閉じ込められることを嫌ったFALは健康体をアピールするのであった。
「一応治療は終わりましたが、しばらくの間は激しい運動は控えてくださいね。それから、暴飲暴食も控えてください」
「ええ分かったわ、今までお世話になったわね」
治療を担当してくれた女性スタッフに手を振り、FALはゆっくりと病室の扉へと歩いていく。
さて、これから何をするかなと悩みながら扉を開くと、正面には先に退院していたVectorが待っていてくれた。
「退院おめでとうFAL」
微笑みながら退院を祝ってくれるその気遣いにFALは笑みをこぼす。
初っ端から毒でも吐かれるのかと思っていたが、そうでもないらしい…なんだかんだ言ってジャンクヤードに住みつく前からVectorとは腐れ縁が続いている。
「それにしても、退院祝いが一人だけってのは寂しいものね」
「アンタはまだいい方だよ。少なくとも、私がいるでしょ…?」
「あ、そうね……」
少し哀し気に笑うVectorに、失言だったことに気付く。
先に退院したVectorにはもしかしたら誰も退院を祝ってくれる人がいなかったのかもしれない……MSFは今鉄血との抗争で受けた損害の補てんから忙しく、ほとんどの人形は部隊編成に駆り出されているか新規の任務に従事しているのだ。
クールを装うVectorも退院祝いがいないことへの寂しさを感じていたのだ……そんな風に同情していたFALであったが、その気持ちは見事に裏切られる。
「まあ、あたしの時はキャリコにスコーピオンとかワルサーとか9A91とか、あと404小隊のみんなも駆けつけてくれたし賑やかだったけどね? それに比べてアンタ……プッ……これぞ独女のなせるわざだね」
「わたしの同情心返せコラ」
「まあまあ、誰も来てくれないよりいいでしょう? それともなに…イケメンの王子様が迎えに来てくれるとでも? 生憎…MSFには服を着たゴリラしかいないよ」
「あんたそれオセロットとかスネークの前で言ってみなさいよ。ぶっ殺されるわよ?」
そんな風に会話していると、次の患者を見なければならない医療班のスタッフに煙たがられ、二人は病室から追い出されるのであった。
さて、病み上がりで満足に仕事もできないのはVectorも一緒だ。
一応身体はもうすっかり元通りなのだが、医療班からの厳重な言いつけがいき渡っているようで、仕事に急遽戻るということはされていない…その代わり、元気そうな戦術人形は容赦なく駆り出されているようだが…。
「さて、なにする独女…じゃなかったFAL?」
「いい加減はったおすわよアンタ? そうね、リハビリ…って気分でもないしちょっと散歩してようかしらね」
「ナンパ待ちってやつ? 男を誘うにはあんたハイエナみたいに餓えすぎじゃない?」
「さっきからうっさいわね。というか、独身なのはあんたも一緒でしょ!」
「あたしはいいんだよ」
「はぁ? なんでよ?」
「そんなに気になるの?」
「いや、別にどうでもいいけど…」
「そうでしょ?」
「ええ……」
「うん……」
「…………」
「…………」
なんだこのやり取りは?
Vectorのよく分からない受け答えに凄まじい精神的な疲労を感じたFALはそれ以上相手するのを止めて、海風の吹くマザーベースを散歩する。
そんな時、甲板上でWA2000と79式が二人でなにやら作業をしているのを見つけ、興味本位で近付いていく。
どうやら、マザーベースに送られてきた物資の仕分け作業を79式が教わっているようで、WA2000の言葉をメモに取りながら熱心に話を聞いている。
何も無ければ、79式は人当たりがよくて行儀正しく、真面目で元気な優等生なのだが…先日の模擬戦で見た彼女の裏の顔を見たVectorは、注意深く見つめていた。
そんな時、79式が二人の存在に気付くと、一度WA2000にお辞儀をして二人の方へと走り寄る。
「こんにちは! あの、Vectorさん…先日はあんなことをしてしまいまして、本当にすみませんでした…」
ぺこりと頭を下げて謝罪する79式に、事情の分からないFALは戸惑っている。
「別にいいよ、気にしてない。まあ力の加減を間違えちゃったんでしょ…そのくらいやんちゃしてる方が、見込みがあっていいと思うよ」
「なになに、なんかあったの?」
話が分からないFALに、先日の出来事を話してあげると、FALは驚くとともに感心したような様子で79式を見つめた。
「Vectorと互角にやり合うって結構凄いじゃない。どう、今度私と模擬戦やってみない?」
「あー…止めた方がいいと思うよ?」
「なんでよ?」
「独女の毒がうつる。79式も一生独身女になっちゃったらかわいそうでしょう?」
「てめぇ」
二人の奇妙なやり取りに困惑する79式……不毛な争いを繰り広げる二人の元から、WA2000が79式をそっと連れ戻すのであった。
さて、そんな風に取っ組み合いのケンカをしていると、暇そうに空を見上げる404小隊の面子がやってくる……。
「やっほーFAL! 退院今日だったんだ、明日って聞いてたんだけど…」
「今日よ、9。もしかして明日が退院って出回ってたのかしら? こいつしか来てくれなかったわ」
「へぇ。あれ、でも明日が退院日って知らせてたのVectorだよね?」
「えぇ……Vector、あんたいい加減なこと言いまわしてたの?」
「違うよ、退院日が変わったのを言い忘れてただけ。でも、あたしが来てくれたからいいでしょう?」
「あっそ。まあいいわ……ところであんたら、空見上げて何やってんの?」
「えっとね、マザーベースの海鳥を数える仕事をしてるんだよ!」
元気よく言って見せるUMP9であるが、ニートな彼女たちにこんなふざけた仕事を依頼した人物が気になるところ…まあ内容はともかくとして、以前のようなただ飯食おうという魂胆はなさそうなのでいいのだが…。
「退院おめでとうFAL、何かお祝いあげられればいいんだけど…」
「気にしなくてもいいわ45」
「そう。ちょっと聞きたいんだけど、わたしのパンツ見なかった? 一応金庫に入れて保管してたんだけど…」
「あんたまたパンツ盗まれたの……どうしようもないわね。もしかしてあんた今…」
「聞かないでくれる? それにしても帰って来て早々に下着を無くすなんて……MSFに帰ってきたって実感が湧くわね!」
「あんたも一回入院して頭診てもらった方がいいんじゃない?」
パンツを盗まれておいて嬉しそうに笑うUMP45…盗まれ過ぎて感覚が麻痺しているのだろうか、どっちにしろ重傷だ。
退院後初めて404小隊と会い、積もる話しもあって和やかに会話をしていたFALであったが、一つどうしても気になることがあった……それは404小隊の後ろで、パンツを盗られた話を恥ずかしそうに聞いているとある戦術人形だ。
「で、なんでM4が…AR小隊がマザーベースにいるの?」
「あー……なんか流れでこっちに来ちゃって、それから帰るタイミング見失ったみたいだけど……そこのところ、どうなのAR小隊のリーダーさん?」
「えっと、なんというかその……姉さんが…」
気まずそうに隣を見つめるM4…となりでは、真昼間から酒を手に顔を赤らめているM16がいるではないか。
おまけに彼女が手にしているのは、以前スコーピオンと9A91が共同で開発したサソリ印の密造酒だ……高濃度アルコール、一飲み昇天、翌朝二日酔い濃厚という素晴らしくナイスなこの酒を気に入ったM16のせいで足止めをくらっているというわけだ。
「ようするに、新しいニートがMSFに寄生してるってわけね」
「ニートだなんて…! それに寄生虫みたいに言わないでください!」
「あっそ、じゃあそっちのお姉さんが飲みまくった酒代をあんたに請求してもいいのね?」
「う…それは……姉さん、もう止めてください…!」
「酒は万病の薬…飲めば傷も治るんだぞ、M4~」
「酒臭いです姉さん…! SOPⅡはトラと遊んでどこかに行っちゃうし、というかトラって何なんですか!? おまけにあの…月光…でしたっけ? あれはそこらを歩いてるし、下着を盗まれかけるし……!」
「へえ、M4もMSFライフを結構楽しんでるんだ」
「楽しんでません! もう今すぐ帰りたいのに…!」
真面目なM4には、マザーベースの常識は規格外の非常識に映るようだ。
ある意味新鮮な彼女の様子を微笑ましく思いつつ、FALは隣で好き放題酒を飲んでいるM16を見て自身も酒を飲みたい衝動に駆られる……医療班の女性スタッフの忠告が思い浮かぶが、病院にぶち込まれていた期間のストレス緩和に、つい誘惑に負けてしまうのであった。
というわけで、二人はAR小隊のM16とM4を連れてスプリングフィールドが営むカフェへとやって来た…M4は拒否したが、強制連行である。
「はいはいスプリングフィールド、久しぶりね」
「あらFALさん、退院日は明日って聞いていたんですが?」
「このバカのせいで知らせが行き届いてなかったみたいよ。マスターさん、ビールを貰えないかしら?」
「退院したばかりですよね…? あまりお勧めできませんが…」
「そう堅いこと言わないでよスプリングフィールド。飲まなきゃやってられないのよ?」
「ほどほどにしてくださいね?」
「おーい、あたしのおかわりの酒はどこにあるんだー?」
「M16姉さん、恥ずかしいから止めてください! すみません、本当にすみません!」
姉を嗜めつつ、何度も頭を下げて詫びるM4……妹というのはいつも苦労させられるのかもしれない、特にM16のような姉がいれば…。
そんなわけでFALとVectorにはビールを、M16にはウイスキーを、M4にはオレンジジュースを配る。
乾杯の挨拶もそこそこに一気にビールを煽ったFALは、久しぶりに感じるビールののどごしに酔いしれる。
「くぅ~! ビールの炭酸が喉を突き抜けてくこの感じ、たまらないわね!」
「FAL、あんたやっぱり独女だよ。おっさんくさいもの」
「うっさいわね。お酒は楽しんだもの勝ちよ、マスターさんおかわり頂戴」
「もう、ペースが早過ぎでは? あまり無理はしないでくださいね?」
「平気よ。酒は飲んでも呑まれるな……大人の常識でしょう?」
「―――――ったく、ど素人のわたしに戦車押し付けて、そんで戦車の運用だとか整備とか一週間で全部覚えろってのよ? 信じられない、ブラックもいいところよ……そんで戦車に乗ってみれば窮屈で暑いしやかましい、服もすぐにボロボロの油まみれ、替えがいくらあっても足りないわ! 戦車砲で敵を粉砕して轢き潰す快感が無ければ、とっくの昔に投げ捨ててたわよ……ちょっとM4!? わたしの話を聞いてるの!?」
「えぇ……あのFALさん、もうそろそろ…」
「なによ…わたしが酔っぱらってるとでも? 全然酔っぱらってないわよ……ちっ、もう空だわ……スプリングフィールド? おかわりを…あーもう、ピッチャーでいいわ、ピッチャーでちょうだい!」
見事に酒に呑まれてしまったFAL、酔っぱらってM4に絡んでいく姿にほとほとあきれ果てたスプリングフィールドはそれ以降お酒の提供をやめた…ちなみにM16はカウンターに突っ伏し、ぐーぐーいびきをかいて寝ていた…。
「FAL、もうそろそろお開きにしましょう?」
「なによVector…あんたまで私を酔っ払い扱いするつもり? あのね、私はパートナーがいないんじゃなくて、作らないだけだから……勘違いしないでくれる? 男の一人二人、すぐに作れるんだから…」
「はいはい、そうだね。スプリングフィールド、ご覧の通りだからもう帰るよ」
「気を付けてくださいね?」
「Vector、聞いてるの!? 独女、独女ってバカにして……」
「ハハ、飲み過ぎたみたいだね。ほら帰るよFAL、あんたのパートナーはあたしで十分でしょ?」
「うっさいわね……眠くなって来たわ…」
Vectorに肩を担がれて、FALは重い足取りでスプリングフィールドのカフェを出ていく。
やかましい客がいなくなったことで、カフェに静けさが戻り、ホッと一息をつくスプリングフィールドであった…。
前章まで活躍の機会がなかったVector…FALと絡ませるとすげぇ面白いことに気付いたw
書いてて楽しい!
ARニート小隊爆誕、M4はニートを否定しているが、立派なニートである。
まったく、404小隊でさえ働いている(海鳥の数をかぞえる果てしない仕事)というのにお前らは…。