METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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マザーベース:デストロイヤーの葛藤

 マザーベースは今日も今日とて平穏そのもの……というわけにはいかなかった。

 というのも、マザーベースの甲板のあちこちで人形たちが殺気立った様子で徘徊し、時々MSFのスタッフにくってかかったりと乱闘騒ぎを起こしかけたりしている。

 この不穏な空気の原因はやはり、スネークがエグゼの設計データと共に連れて帰ってきた二人の存在だった。

 

 

「ビッグボスは何を考えてるの!? 仲間の仇を連れて帰ってきた挙句、野放しにしてるなんて!」

 

 声を荒げてスネークの事を批判しているのは、先の鉄血との戦闘にも従事していたウージーだ。

 彼女のそばにはM1919、IDWなどもおり、口には出さないものの皆彼女と同じ考えを持っていた…集まる彼女たちは、マザーベースのとある棟を恨みがましい目で睨んでいた。

 彼女たちが怒り、スネークを批判している理由…それは鉄血のハイエンドモデル、デストロイヤーとアルケミストの存在だ。

 

 デストロイヤーはエグゼやハンターの例があるのでともかくとして、アルケミストの存在は大きな問題だった。

 

 先の戦闘の記憶が生々しく残る今、仲間たちを大勢失いなおかつ、97式に対し癒えない傷をつけたアルケミストのことは到底受け入れられなかった。

 今にも二人を収容する棟に押しかけていきそうな彼女たちをなだめるため、キッドがなんとか対応しているが…。

 

「とりあえずボスの説明があるまで落ち着けよお前ら。ボスの事だ、何か理由があるに決まってる」

 

「私たちの仲間を大勢殺した奴よ! 許せるわけないじゃない……! あいつに報いを受けさせるべきよ!」

 

「お前らの気持ちはわかるが、無抵抗の相手を寄ってたかって痛めつけるのは止めろ」

 

「あいつが今までにしてきたことよ! ビッグボスも、副司令もおかしいわ、とてもまともだとは思えないわ!」

 

 ウージーの批判が強い口調になった時、キッドは尊敬する二人を侮辱されたことに一瞬怒りを示す…仲間には温厚なキッドの珍しく見る怒りに、ウージーは咄嗟に言い過ぎたことを自覚するが、自分の気持ちに嘘はつけない彼女は震えながらも見返していた。

 

「ウージー、お前の気持ちは痛いほどよく分かる。だがボスとミラーさんを悪く言うのだけは間違っている…あの二人がいたから、オレたちは今日まで生きて来れた、今日まで戦ってこれたんだ。お前の思う通り、ボスだって間違いを起こす。ボスは人間だ、神じゃない。だがオレにとっては神より偉大な人だ、あの人は仲間を蔑ろにしない、見捨てない…だから今日まであの人を信じ続けられた。ウージー、ボスはお前たちの気持ちを踏みにじるつもりじゃないんだ…分かるだろう?」

 

「それは……分かってるつもりだけど…」

 

「今はそれでいいさ。悪かったなウージー、オレも少し頭を冷やす」

 

「うぅ…謝らないでよ、私がばかみたいじゃん…」

 

 キッドの怒りながらも決して怒鳴らず、冷静に諭しかけられる説教に、ウージーはつい感情的になりあらぬことを口にしてしまったことを恥じる…それをキッドはしつこく咎めず、うつむく彼女の肩を叩き励ますのであった。

 とはいえ、まだ彼女たちの猜疑心は完全に消えたわけではない。

 

 

 そんな時、デストロイヤーとアルケミストが収容されている棟からスネークが出てくる。

 先ほどまでスネークの決定に否定的な意見を述べていた人形たちは、途端に動揺し、すぐに整列し敬礼を向けた…スコーピオンら古参人形とは違い、新参の戦術人形の多くはスネークに会う機会は少なくただ対面するのにも緊張する。

 

「ボス、お疲れさまです。お願いがあるんですが、あの二人を連れて帰ってきた真意を聞いても? オレはともかく、この子たちを少しでも納得させてあげられませんか?」

 

「そのために来た。みんな思うところがあるのは分かるが、まずは話を聞いてくれ…」

 

 そう前置きをしたうえで、スネークは静かに彼女たちを諭しかける。

 自分が鉄血の支配地域に潜入し、エグゼの設計データを無事手に入れられたこと…そしてそこでデストロイヤーとアルケミストを見つけたということ。

 そこでスネークは、シーカーとドリーマーのことはあえて口にはしなかったが、アルケミストが今置かれている状況……記憶を抹消され、古いバックアップデータをもとにメンタルモデルを再生されたことを伝えた。

 キッドはそれを理解するのに少し時間がかかったが、同じ戦術人形であるウージーたちは即座に理解した。

 

 あの日、MSFの人形たちを苦しめ、97式を拷問したアルケミストは消滅したのだ。

 

 復讐に取りつかれ、破壊と狂気を振り回していた恐るべき怪物の呆気ない最期に彼女たちは戸惑いを隠せなかった…。

 

「同一の人形だが、彼女に罪の意識はない。オレもこんなケースに立ち会うとは想像もしていなかった」

 

「敵だったアルケミストは死んだが、アルケミスト自体は生きている…頭が痛くなりそうですね」

 

 日頃、戦術人形を区別せず同じ人間扱いをしてきたキッドなだけに、アルケミストの現状を頭で理解するのに混乱していた。

 

「あの、司令官? あの鉄血の人形をどうするつもりなんですか?」

 

 M1919は控えめに手を挙げながらスネークに質問を投げかける。

 鉄血を味方にするということは、彼女自身がMSFに加入する以前にエグゼやハンターがいたこともあって珍しいことじゃないという認識があったが、いざ自分が戦った相手を受け入れる立場になった時、そこに抵抗があることを自覚する。

 

「ひとまず武装を解除させてオレたちの監視下に置く。その後については、エグゼが目覚めてから決めようと思っている」

 

「分かりました。あの、じゃあエグゼさんの状態について聞いてもいいですか?」

 

「設計データはストレンジラブに届け、解析に入った。不眠不休で修復に取り掛かるそうだ…研究開発班の総力を挙げてな」

 

「じゃあ、エグゼさんは助かるんですね?」

 

「その通りだ」

 

 その言葉を聞いて、人形たちは安心したように笑みをこぼすのであった。

 いまだアルケミストの問題は解消できていないようだが、数少ない朗報に彼女たちは安堵した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究所を出るまでは強気の状態だったデストロイヤーであったが、いざこうしてMSFの拠点に連れてこられてからは、不安感から落ち着かない様子であった。

 なにせここは敵対するMSFの本拠地、殺そうと思えばいつでも殺せる場に自ら飛び込んでしまったのだから、デストロイヤーは自分の選択を激しく後悔していた。

 とはいえ、あの時はドリーマーに連れ戻されて記憶の修正を強制されるところだったので、選択の余地はなかったのだが…。

 

「うぅ…どうしよう…」

 

 無機質な部屋を行ったり来たり、落ち着きなく歩きまわるデストロイヤー。

 ふと、そんな彼女の手をベッドに腰掛けていたアルケミストが握り、優しく自分の元へ招く…されるがままに引き込まれたデストロイヤーの小さな身体を、アルケミストは包み込む様に抱きしめる。

 たとえ記憶を失くしても変わらない抱擁に、自然と不安感は消えていく…。

 

 懐かしい…悩みもなく、幸せだったころの思い出を思い浮かべる。

 幸せに満ちた、二度と戻ってくることのない日常を…。

 

「デストロイヤー…どうして震えてるんだ? どうして泣いてるんだ…?」

 

「違うよ…泣いてなんかいない」

 

「そう……デストロイヤー、マスターはどこにいるんだ…?」

 

 その問いかけにびくりと肩を震わせた。

 おそるおそる見上げた彼女は、アルケミストの寂しそうな表情に胸の奥が痛むような錯覚を覚えた…。

 

「マスターは…出張だよ。今は研究所に戻って来れないから、ここに移り住んでるんだよ…」

 

「……そう………デストロイヤー、なんでそんな嘘をつくんだ?」

 

「…ッ!?」

 

 それは予測もしていない言葉であった…。

 サクヤの死を知るデストロイヤーは、彼女が落ち着くまでその事実を知らせることは控えようという考えがあったが、その想いは打ち砕かれる。

 デストロイヤーの反応から事を察したアルケミストは、哀しそうに目を伏せる…。

 

「あたしが覚えているのは2059年10月13日までの記憶……でも今は2062年だ…ここに来るまでに、それが見えたんだ…。デストロイヤー、あたしはその間の記憶がない……あたしは一体何をしていたの? マスターはどこにいったんだ?」

 

「それは……違うよ、アルケミストは眠ってたの…ずっと、ずっと…」

 

「なんで嘘をつくんだ…? それに、目を閉じると変な光景が浮かぶ……あたしはいつも血だまりの中にいる…人間や人形が怯えた目であたしを見ている……悲鳴や叫び声が聞こえてくる……デストロイヤー、マスターはどこにいるの?」

 

 その問いかけに、デストロイヤーは答えることが出来なかった。

 彼女を抱きしめようと伸ばした腕は拒絶される……悲哀に満ちたアルケミストの表情をただ見つめるしか出来ない彼女は、自分の不甲斐なさと悔しさに涙を滲ませていた。

 

「マスターは今、いないの……だけど、私がマスターの代わりに…」

 

「お前はサクヤさんじゃない、マスターじゃない……デストロイヤー、マスターはどこにいるんだ…? どこか遠くにいるのか?」

 

「そう、そうだよ……」

 

「もう、逢えないの?」

 

「………いや……それは……」

 

「マスターは…死んじゃったの…?」

 

「…………」

 

「そう………」

 

 デストロイヤーの反応からそれを察した彼女はしばし目を閉じたまま、うなだれる……それから彼女はデストロイヤーに背を向けて、ベッドの上に横になる。

 背中を丸めた彼女は小刻みに震え、すすり泣く声をこぼす…。

 

「一人にしてくれ……」

 

 アルケミストのつぶやきは確かな拒絶…その事実に耐え切れず、デストロイヤーはその場から逃げだすように部屋を飛び出していった…。

 

 

 

 部屋を飛び出し、当てもなく廊下を走りぬけ、もつれた足を引っかけて盛大に転ぶ…。

 倒れた彼女は腕を支えに上体を起こしたが、立つことは出来ない……彼女はそこで、大きな声で泣いた…。

 アルケミストを守れなかったこと、彼女を失ったこと、彼女に嘘をついた罪悪感、そして拒絶されたこと…様々な苦悩が一気に押し寄せたデストロイヤーはこみ上げる感情を爆発させる、

 

 こんな時、いつも助けに来てくれていたアルケミストであったが、どれだけ泣こうとも来てはくれない。

 ただ子どもみたいに泣くことしか出来ない自分に腹立たしさを感じるも、こみ上げる衝動はどうしようもできなかった…。

 

 

「デストロイヤー…」

 

 

 自身を呼ぶ声に、デストロイヤーは顔をあげる…そこにいたのは、ハンターとスコーピオンだ。

 

 

「好きなだけ泣きなよ…泣くのは悪い事じゃない。涙は我慢するもんじゃないよ…」

 

「うるさい…! あんたたちみたいな奴がいるから…アルケミストは…!」

 

「好きに罵ってもいいよ、それでアンタの気が晴れるならさ」

 

「うるさいうるさいうるさい! クズみたいな人形のくせに……うぅ……」

 

 泣き、喚き、罵り、悪態をつく。

 それをスコーピオンは咎めることは無く、ただ静かにデストロイヤーが吐きだす感情を静かに受け止める…。

 

 どれくらい経った時か、落ち着きを取り戻したのか、デストロイヤーはむくりと起き上がると涙で腫れた目で二人を見つめる…。

 

「アルケミストを…どうするつもり…?」

 

「どうもしない…と言ったら信じるか?」

 

「信じるも何も、アンタたちは私たちを好きに料理できる状況にあるじゃない」

 

「そうだな、だがもし助けてやるといったら?」

 

 ハンターの言葉に、デストロイヤーは眉をひそめ不信感をあらわにする。

 

「助けるの意味が分からない。私たちを何から助けるって言うの? ドリーマーから? 復讐を企む連中から?」

 

「お前たちを苦しめる呪縛からだ」

 

「なるほどね…わたしがどう頑張ってもできなかったことを、あんたらがやるっていうのね? 出来るわけないじゃない…アルケミストの状態は前より酷くなってる……あんたたちとドリーマーに邪魔されたせいで、メンタルモデルの修復が中途半端になっちゃったのよ……おかげで古い記憶と新しい記憶がごちゃ混ぜになってる。とても不安定な状態……こっからどう助けるって言うのよ!?」

 

「んー……やる気と元気と気合?」

 

「そうだな」

 

 すっとぼけた表情で言って見せるスコーピオンに、ハンターは極めて真面目に頷いてみせる。

 予想もしていなかった返答にデストロイヤーの思考が停止する…ようやく思考が再開し始めた時には、そのふざけた回答に怒りを覚え始める。

 

「あのね、ふざけたこと言ってんじゃないわよ! そんな精神論でどうにかなると思ってんの!?」

 

「いや、それはねぇ? エグゼの時も97式の時もそれでだいたいどーにかなっちゃったし…」

 

「あのね、アルケミストと私はあんたらポンコツと違って繊細なの! あんたらのポンコツ理論につき合わせないでよ!」

 

「いや、実際今のアルケミストも気持ちの問題がデカいでしょ? メンタル(気持ち)の問題には精神論っしょ!」

 

「意味が分からない……というか、アンタらどうしてアルケミストを助けるなんて言ってくれるのよ…」

 

「そりゃ、親友の願いだからに決まってんじゃん」

 

「そうだな、その通りだ。今に見てろデストロイヤー、あのメスゴリラが起きたら私たちよりしつこいぞ? 壁を乗り越えた今のアイツはもう無敵だ」

 

「ほんと意味が分からない……でも、アイツなら信用できる……だってあいつは、誰よりも仲間想いで……アルケミストも見捨てようとしなかったから…」

 

「アイツは今も昔も、そういうところは変わってないんじゃないかな?」

 

「そうね……信じて、いいんだね…?」

 

 試すように伺う彼女に、スコーピオンは満面の笑みでVサインを向ける。

 どことなくエグゼと同じような"愛すべきバカ"を感じ取ったデストロイヤーは、いくらか心に余裕を感じるようになった…思い返せば処刑人にハンター、自分とアルケミストの4人は研究所でよくつるんでいたメンバーだ。

 ここにマスターと代理人がいないのが悔やまれるが、この二人が混ざればアルケミストも立ち直らせることが出来るんじゃないだろうか…そんな淡い期待を持ち始めるデストロイヤーであった。

 

「でも、アルケミストをどう立ち直らせるの?」

 

「安心しろデストロイヤー。あのメスゴリラは理屈うんぬんより、本能に問いかけるからな」

 

「ハンター…あんたMSFとつるんでからおかしくなってない?」

 

「あはははは、あんたもこうなるんだよ!」

 

「え゛…それは嫌なんだけど…」

 

 

 




アルケミストは察しがいいから、デストロイヤーの嘘も見抜いてしまう…。
アルケミストは完全に記憶は消去されず…上書き保存をイメージしてもらっていいかもしれませんね。
彼女の本来の記憶は、奥深く…深層に眠っている…。
深層映写じゃないよ。


それにしてもスコーピオンのギャグ方面への修正率つよい(確信)
ここにエグゼも加わったら、大抵のシリアスを真っ向からぶち抜けるんじゃないかな?

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