前哨基地より飛び立ったヘリは、どしゃ降りの雨の中を飛行する。
雷が轟き、暴風雨が吹くその日の天気はまるでこの荒廃した世界に誘われた日を思い立たせる。
この世界に来てから色々なことがあった、荒廃した街で一人ぼっちの少女を見つけてから波乱の幕開けだ…元々賑やかだったマザーベースにあの子たちが加わり、毎日がお祭り騒ぎのようだった。
目を閉じればあの子たちの笑顔が浮かぶ、今日はどんな行動を起こすか、いたずら好きなあの子には困ったものだ、やり過ぎて叱られてなおそこには暖かな空気があった。
あの子たちはもう、家族であり、日常に欠かせない存在だ。
スネークはヘリの壁に張りつけられてある写真に目を向ける。
壁にかけられたボードにはマザーベースの日常をおさめた写真がはり付けられている。
MSFが旗揚げしたころから現在まで、古ぼけた写真も真新しい写真もある……スネークはその中の一枚をその手に取る。
それは前に食糧調達大作戦後に行われたバーべーキューの様子を映した写真だ。
焚火を囲み楽しい一時を写した写真、その中でスコーピオンはピースサインを向けて笑顔を向けてた。
『スネーク、グリフィンより送られてきたデータを転送する。スコーピオンをさらった処刑人が待ち構えているのは古い製鉄場だ、おそらく鉄血指揮下のもと現在も稼働しているとのことだ。スネーク、敵の全貌はいまだ把握できてはいない…正面からの戦闘は避け、隠密行動をしてくれ。あの子のためにも…』
いつもは陽気なカズの声も、この時ばかりはどこか暗く落ち着かない。
送られてきたデータには処刑人が待ち構える製鉄場の写真が写っている。
以前は人間が稼働していたであろうその工場群は今や鉄血の手に落ちている、そこで生み出されている資源が人類を抹殺するために使われている。
「カズ、みんなの様子はどうだ?」
『今のところは大きな混乱はない、みんなあんたを信じている。ボス、みんなあの子が笑顔で帰ってくることを望んでいるんだ、オレたちは家族を見捨てない。そうだろう、ボス?』
「その通りだ。約束する、必ず連れ帰ってくるさ」
誰もがスコーピオンのために行動を起こしたいと思っている。
はやる気持ちを抑え、彼らは皆スネークが救出を成功させることを信じて待っているのだ。
『ボス、ちょっといいか?』
「オセロットか、ワルサーは落ち着いたか?」
『あぁ、今のところは…ボス、処刑人についての情報をいくつか教えておく。あんたは一度やり合って面識があるだろうが一応な。奴はいまグリフィンのとある戦術人形を捕まえる任務を受けていたらしい、グリフィン側も過去に接触があったらしい』
「手強い奴だったと記憶している。奴が油断していなかったらオレも危なかったかもしれない」
『処刑人はハイエンドモデルと言われる存在だ、そこらの鉄血の人形と比べるな。さっきの続きだが、奴はある目標を追っていた、その目標というのはグリフィン側に関係のある戦術人形だ、オレたちじゃない。それなのに目標を追わず、オレたちの仲間を狙った、計画的にな。ボス、あいつはあんたを狙ってる…あんたが来ることはむしろ奴の望むところだろう』
「厄介な奴に目をつけられたもんだ。スコーピオンが酷い目にあっていなければいいが」
『悠長に行動している猶予はない、早く救出して連れ帰ってくれ。オレの教育はまだ終わっていない、あいつにはまだまだ教え込まなければならないことがある』
態度には出さないものの、オセロットも彼女のことが心配らしい。
通信を終えて、写真を元の額に戻しスネークは葉巻に火をつけようとするが、雨の湿気のせいかうまく火がつかなかった。
葉巻をしまい、スネークはヘリに同乗するエイハヴに声をかける。
「エイハヴ、まだ気負っているのか?」
「ボス、ええ…責任を感じていないと言えば嘘になります」
エイハヴはあの日、彼女たちを二手に分けて任務に出していたことを後悔していた。
簡単な任務だと侮り、スコーピオンを危険な目にあわせてしまった…今更悔やんでも仕方のない事だが、もしもスコーピオン達と同行していたのなら救えたかもしれない、そうエイハヴは自分を責める。
「起きてしまったことだ仕方がない。エイハヴ、今するべきことは自分を責めることじゃない、あの子のために何ができるか考えることだ。気をしっかりもてエイハヴ」
「はい…ボス、今度は必ず助け出しましょう」
「勿論だ」
目標の地点に到達する、天候は相変わらず。
着陸したヘリのドアを開けるとうちつける大量の雨水があっという間にヘリ内部とスネークを濡らす、おまけに気温も低く、この雨の中では体力の低下にも気をつけなくてはならない。
大雨で視界は悪いが遠くには工場の煙突が輪郭としておぼろげに見て取れる、これからそこに向かうのだ。
「ご武運を、ボス」
任務成功を祈るエイハヴの言葉にサムズアップで応え、スネークは鉄血が巣食う工場地帯へと潜入するのであった。
打ちつける雨水によって整備されていな荒れ地のほとんどが泥土と化しているが、スネークはその足場の悪い地形につまずくことなく一気に走破していく。
工場地帯が一望できる場所まで一気に駆け抜けたスネークは、岩場に身をひそめ双眼鏡を取り出し、工場地帯を一望する。
いくつかの施設は戦争の傷跡か崩壊していたが主要な工場はほとんど無傷で残されている、あるいは鉄血がここを占拠した際に修復を行ったのかもしれない。
『スネーク、そこは長年の環境汚染により有害なガスや汚染物質がある。ガスマスクは持っているな、それがあれば製鉄所の粉じんも防げるはずだ』
「そのために持たせたのか、戦術人形はこの環境には耐性があるのか?」
『人間とは身体の構造が違うからな、注意してくれボス』
カズの忠告を聞き、スネークは早速マスクを装着する。
呼吸を阻害せず清潔な空気をとり込むこのマスクはこの任務のために、開発班が極めて短時間で生み出したものだ。
そのためいくつか改善点を残したままスネークの手に渡ったが、最低限必要とされる能力だけは備えている。
消音機を取り付けたアサルトライフルを手に、スネークはゆっくりと工場地帯へと入り込んでいく。
工場と工場を繋ぐ道路はとても広く見通しが良いが、この雨が視界を悪くしているために潜入にはとても有利な環境となっている。
さらに潜入任務のために開発された都市型迷彩のスニーキングスーツを着用し、隠密性を高めている。
建物の陰から道路を伺っていると、鉄血の戦術人形が数人巡回しているのが見えた。
いずれもサブマシンガンを持った人形だ、彼女らは足早にその場を去っていきスネークの視界から消えていった…その後も何度か鉄血の巡回兵を見つけたが、特に見つかることもなく順調に工場地帯の奥地へと入って行く。
だがスネークはそれに違和感を感じ、巡回兵の動きをよく観察する。
処刑人はスネークがスコーピオンを助けに来ることを予想している、そのために餌としてスコーピオンを捕らえているのだ。
来ると分かっているのならもっと警備の人数を増やすのが普通の考えだろう。
「オセロット、敵の巡回が異常なまでに少ない。これは…」
『ああ、間違いなく罠だろうな。ボス、聞いてくれ…ワルサーの話しによると処刑人はアンタを捜していたそうだ。スコーピオンを助けに来ると分かっているなら、ただ待っているだけでいい、そう思ってるのかもな』
「だが何故だ、オレを殺したいならもっと別な方法があるだろう」
『分からないかボス? 奴はアンタしか見ていない、他の誰かにくれてやりたくはないんだろう。処刑人はアンタとの対決を望んでいるかもしれない、頑ななまでにな』
処刑人とスネークが対決したのはあの日の一度きり。
たった十数分の対決だけだ、それだけで処刑人はその
処刑人の心情をオセロットはとても理解できる、かつての自分がそうだったのだから。
おそらく処刑人はスコーピオンを殺すことはしないだろうとオセロットは考えたが、それは口に出さなかった…殺されないからと言って、のんびり救助に向かうわけにもいかない。
スネークもまた、これから向かう先が、処刑人の待ち構える
スコーピオンのためにも、みんなのためにも。
かつて救えなかった二人の命、それを繰り返さないためにもスネークはガスと粉塵に覆われた製鉄場へと向かうのだ。
製鉄場の内部は、外とうって変わり温度が40度を超える暑い空間だった。
今も稼働する製鉄場では、第一世代と言われている人形が盲目的に作業に従事している。
スネークの傍を通りがかってもまるで気付かないかのように、決められた作業を延々と繰り返すだけの存在。
工場内部には敵の姿はない。
オセロットの言うとおり、処刑人はただスネークが来るのを待っているのだろう…作業に従事する人形たちの動きを躱しながらスネークは工場の奥へと進む。
やがてスネークは巨大な溶鉱炉のあるエリアへとたどり着いた。
ごうごうと燃える炎と溶かされた金属により、そこは灼熱の空間と化しており外で感じていた寒さなどあっという間に忘れてしまうほどであった。
金属が焼ける独特の匂いと黒煙はマスク越しにもスネークの鼻腔を刺激する。
マスクがなければものの数時間で肺は爛れ死に至るほどの汚染された空間だ。
そんなおぞましい空間に、彼女は拘束されていた。
「スコーピオン…!」
配管に手錠をかけられた彼女はスネークの声に反応せず、力なく壁にもたれかかっている。
すぐさまスネークは駆け寄り、煤で汚れたスコーピオンの頬に手を当てた…。
「スコーピオン、オレだ、スネークだ」
スコーピオンの口をふさいでいた布をとり、彼女の肩をそっと揺する。
肩を揺らすと、彼女は小さな呻き声を漏らし、右目をゆっくりと開く。
「ス…ネーク…」
「待たせたな、スコーピオン」
目を見開いた後、スコーピオンのそのキラキラとした青い瞳に涙が滲む。
力なくのばした彼女の手をそっととりスネークは優しく抱きしめる、スネークの胸の中で少女は嗚咽を漏らす…震える少女の背をそっと撫でると、それまで我慢してきた感情が溢れ彼女は声をあげて泣いた。
パチ、パチ、パチ……。
溶鉱炉の動作音に混じり、この場に似つかわしくない拍手の音が聞こえてきた。
上階の手すりにひじをかけ手を叩くのは、処刑人そのひとだ。
その赤い瞳を輝かせスネークを熱いまなざしで見つめている…いつも他人に見せる獰猛な笑みはなりを潜め、まるで恋い焦がれた相手に会った時のような、穏やかな笑みを浮かべている。
「待っていたぞ、スネーク!」