甲板上で開催されたバーベキューは夜まで続く。
さすがに翌日任務のある者や、酔いつぶれてしまった者などが去ったこともあって人数はまばらになっていた。
肉を焼くための火も今はついておらず、みんな酒を手に思い思いの楽しみ方をしている。
スコーピオンは9A91と肩を組みつつ酒のボトルを手にして、よく分からない歌を歌っている。
酒好きとあってはAR小隊のM16も混ざらないわけにはいかず、スコーピオンと9A91がかつて造り上げた密造酒をぐびぐび飲んでいる…数時間後には酔って寝ているだろう。
別なところを見て見れば、なにやらエグゼがわんわん泣きながら酒に浸っている…泣きわめくエグゼとその娘ヴェルを、ハンターなどが慰めているという状況だが…。
さて、バーベキュー会場を離れてはいるが、場所を変えて酒を飲む者も中にはいる。
時間を見計らってスプリングフィールドがカフェを開き、落ち着いた雰囲気でまったりと飲みたいという人たちのための場所を提供するのであった。
店内には心地よいジャズのサウンドが流され、薄明りの店内の雰囲気によって訪れた者たちは安息の時間を過ごす……ちなみに店の外にはこの落ち着いた雰囲気を壊そうとする輩を排除するため、歴戦の月光が二体絶え間なく監視の目を光らせている。
この静かなカフェを二次会の会場だと勘違いした輩をその脚力で物理的に排除するのだった・・・。
「うぅ……飲み過ぎた…気持ち悪い…」
テーブルの一つではFALが目の前のコップをじっと見つめながら、気だるそうに頭を押さえている。
「調子にのって飲むからよ。なんでスコーピオンに挑んだの?」
「うっさいわね…なんだっていいじゃない」
「ネゲヴ、それはこいつが独女だからだよ。スネークと仲睦まじいスコーピオンを見て危機感持ったんじゃない?」
「あんたムカつくわね…この気持ち悪さが無くなったら、真っ先にアンタをぶちのめしてやる…」
Vectorを軽く睨んだ後、FALはコップに入った水を一気に飲み干してからテーブルに突っ伏した。
大して強くもない癖にスコーピオン相手に酒飲みを挑んだ哀れなFAL……まあ、その戦いは実はVectorがFALを煽ることで勃発したのだが…。
「マスターさん、この哀れな独女に一杯のお水をくださいな」
撃沈したFALのために、水をスプリングフィールドへお願いする。
届けられた水をFALの傍にそっと置いてみるが、彼女は気持ち悪さに唸ったまま起きようとしない…呆れつつも、VectorはFALの背をさすってあげていた。
「ところでネゲヴ、最近はキッドとどうなんだ?」
一緒のテーブルに座っていたMG5がそうたずねる。
MG5はワイングラスを片手に、もう片方の腕で寝息を立てるキャリコを抱いている…時折キャリコは眠そうな目で起きるが、すぐそばにMG5がいることを確認すると、再び眠りにつくのだ。
相変わらずのラブラブぶりを見せつけてくれるリーダーの姿に、現在進行形で恋愛に迷走中のネゲヴは少しばかりイラッとしていた。
「進展なしよ、まったく……あの超絶鈍感男にどうやったら気付いてもらえるのかしらね? というかリーダーはキッド兄さんに絡まれたりしないの? あなたもマシンガンでしょう?」
「絡まれる…というわけではないが、たまに話したりはする。それ以上の会話にはならない」
「まあ、リーダーにはキャリコがいるもんね……はぁ…どうしたもんかしらね、最近はライバルも増えたし」
ライバル、というのはM1919と最近加入したマシンガンタイプの戦術人形であるMG4とB.A.Rだ。
マシンガンが増えてキッドが喜んでいるのは別に構わないが、その人形がキッドを気に入ったとなると話は別だ。
M1919は面倒見の良いキッドを気に入り、MG4は自分の価値を認めてくれたキッドを気に入り、B.A.Rはキッドの明るく頼りがいがあるところを気に入っているらしい……では自分はキッドの何を気に入っているのだろう、そうネゲヴが考えた時、意外にも何が気に入っているのか上手く理由をつけることが出来なかった。
「あの人マシンガン大好きって言ってくれてるけど、全員に言ってるからなぁ……任務の時以外はほとんどエイハヴさんとかミラーさんと一緒にいるし」
「キッドって、なんかこう…ホモっぽくない?」
唐突なVectorの発言に、ネゲヴは口に含んでいたジュースを危うく吹きだしかけた。
激しくせき込んでいたネゲヴは時間をかけて息を整えると、ジト目でVectorを睨む。
「詳しく」
「前にあの人と話した時、あんた同性愛者なのって聞いたんだよ」
「ずいぶん容赦なく聞くのね、あんた」
「レズはあちこちいるんだから、ホモがいてもおかしくないでしょ? で、続きなんだけど…」
その時の会話というのが、別にミラーやエイハヴとよく一緒にいるのは恋愛感情とかそう言うのではなく、昔からの戦友としてのつき合いが長いからだ…そう説明したという。
互いに信頼し合い、命を預け合える、そんなかけがえのない仲間たちなんだと…。
「ふぅん、別におかしいことないじゃない」
「そうだね…でも最後までホモは否定しなかったよ、これは怪しいと思うんだけど」
「あんたMSFの男全員に同じ質問してみなさいよ。それか一回ストレンジラブにその腐った電脳診てもらった方がいいわ」
ついつい荒っぽい口調で話してしまい、周囲からの咎めるような視線を受けてネゲヴは舌打ちをして静かになった。
「私のことは良いけどさ、Vectorあんたは気になる人とかいないの?」
「私が気になる人? まあ、いないわけじゃないけれど」
その時、それまでグロッキー状態にあったFALがむくりと起き上がって来た。
どうやら撃沈していても会話は聞こえていたようで、Vectorが気になる人物というのに興味が湧いたらしい…FALは未だ気分の悪そうな表情で、Vectorを問い詰める。
「あんた私を差し置いて好きな人がいるっていうの? だれよ?」
「別に気にする程のことじゃないでしょ?」
「気になるから聞いてんの! 私のこと散々言ってた癖に…あんたの趣味嗜好を聞いてあげようじゃない」
「今のあんたじゃ言っても分からないでしょうね」
「はぁ? ちょっとなによそれ…いいから教えなさいよ」
「あんたが独女じゃなくなったら、教えてあげるよ」
「あっそう…バカバカしい、水でも飲まなきゃやってらんないわ」
「あ、それウォッカだよ」
透明な液体だったために水と間違え、ウォッカを一気に流し込んでしまったFAL…彼女は間違いに気付いてしばらく悶絶していたが、そのうちついに酔いつぶれて寝てしまった。
服の乱れも気にせずテーブルに突っ伏す姿は、まさに婚期を逃してしまった女性の姿そのもののように見える。
そんな彼女に呆れたようにため息をこぼしつつ、Vectorはそっと彼女の乱れた服を直してあげた。
「なあVector」
「なんですかリーダー?」
「いつまで言わないでいるつもりなんだ?」
「今の関係も嫌いじゃないから…それに、FALがいつか気付いたら私も話すよ」
「そうか……まあくれぐれも弄り過ぎないようにな。お前たちのことは今でも大切な部下だと思っている、もちろんネゲヴ、お前もな」
「分かってるってば。それを言うならMG5も、今でも私たちのリーダーなんだから……キャリコにばかり構ってないで、私たちのことも気にかけてよね?」
「もちろんさ」
カフェの扉が開き、据え付けられていた鈴がお客さんが来たことを告げる。
カフェに来たのはWA2000とカラビーナ、そして頬を膨らませて不満げな表情の79式がいた。
「いらっしゃいわーちゃん、カラビーナ、79式」
「あんたも焼肉やったりカフェやったり大変ね。ワインを一つと…アンタたちは何を飲む?」
「
「79式、あなたは………って、いつまで拗ねてるのよ?」
「拗ねてません」
「それを拗ねてるっていうのよ」
「拗ねてません!」
ぷいっと、WA2000から顔を背ける79式…別にそこまで険悪な様子ではないのだが、カフェのマスターとしてお客の仲をうまくとりなすのもスプリングフィールドの役目だ。
まずは79式が拗ねている理由を聞かなければどうしようもない、ということで聞いてみると…。
「この子待機命令で前線基地にいたんだけどね。つい忘れられちゃったみたいなの…私が思いだして呼んだんだけど」
「時すでに遅し、焼き肉は終わってしまいましたの」
「なるほど…それで拗ねてらしたんですか?」
「だから、拗ねてませんってば! もう、センパイなんてきらいです…」
「あー悪かったわね79式。お詫びになんでもおごってあげるから…」
「焼き肉の代わり…となるかは分かりませんが、カフェでとっていた熟成肉のステーキなら作れますよ?」
「じゃあそれでお願い。79式も、これならいいでしょう?」
「ステーキ! わぁ、スプリングフィールドさんのお料理は大好きなんですよね! センパイ大好きです!」
「見事な手のひらの返しようですわね」
WA2000とカラビーナの間に挟まれてカウンター席に座る79式は、今か今かと待ちきれない様子で厨房をじっと見つめている。
料理ができるまでの間に、ワイングラスが三つ彼女たちに出される…WA2000らはグラスを軽くぶつけあい、カフェの静かな空間に浸る。
「落ち着く空間ね……外のアホどもと一緒だとこうも落ち着いてられないしね」
「そうですねマイスター…ところでオセロット様は?」
「また仕事で外に出かけたわ」
「オセロット様はいつでもお忙しいのですね。今度のお仕事はどちらに?」
「南米の方よ、あっちに関わる任務があるらしくて、そこの下調べらしいわ」
「ラテンアメリカですか……あちらは欧州とはまた違った争いがあるらしいですね」
「その辺も調べてくるらしいわ。カラビーナ、もしかしたらあなたも呼ばれるかもしれないから準備をしておきなさい」
「承知しました、マイスター…それで、オセロット様にはアプローチを仕掛けられましたか?」
「あのね、今度また何かやらかしたらアンタを営倉入りにさせるからね?」
何かとちょっかいを仕掛けてくるカラビーナだが、先ほどもWA2000とオセロットの仲を取り持とうとしてやらかしたばかりだ。
具体的には、以前造った媚薬・惚れ薬入りハンバーガーをオセロットに食べさせようとしたのだが……甘かった、彼はそれを手に持った段階で異変に気付いたのだ。
そこで終われば良かったのだが、オセロットに"変なものを食わせるな"と叱られてしまったのだ…カラビーナはハンバーガーを渡してさっさと離脱したせいでおとがめなしだ。
「なるほど、改良の余地がありますね。オセロット様に気付かれずに媚薬を盛らなくては…」
「余計なことするなった言ったばかりでしょうが!」
カラビーナのお節介には困ったものだが、地味に距離が近くなっているのは確かだ…だが同時に、オセロットの読めない気持ちにWA2000は終始困惑し続けているのだが…。
そうしているうちに、肉の焼ける音と香ばしい香りが漂ってきた。
スプリングフィールドが持ってきたステーキに、79式は目を輝かせていた。
「さあどうぞ、召し上がれ」
「いただきますスプリングフィールドさん!」
各人が好きに焼くバーベキューの肉も良いが、プロ顔負けの料理の腕があるスプリングフィールドが作ってくれたステーキはとても美味しいだろう…小さく切り分けた肉を頬張る79式は、幸せそうな表情で微笑むのであった。
「良かったわね79式」
「はい! あのセンパイ…さっきはすみません、拗ねてしまって」
「いいのよ、むしろ私の方こそごめんね。ほらたくさん食べなさい、いつも頑張ってるんだから」
79式は頷き、ステーキを美味しそうに食べていく…そんな79式の姿を微笑ましく見つめつつ、二人はワインを嗜むのであった。
こうして賑やかな夜は更けていく…。
朝を迎えればまたいつもの日常がやってくる。
マザーベースは、今日も平和だ。
バーベキュー会はこれでお終い、ほのぼのもお終い(え?)
というわけで次回予告ッッ!
"カルテルランド"!
戦場じゃないけど、戦場並みに悲惨な世界をあなたに…。
予習が必要な方はパブロ・エスコバル、麻薬戦争、ロス・セタス等で検索検索ぅ!